2026年10月30日金曜日

10月30日 池の緋鯉と池ざらい

 池の鯉の引き取り

渡辺幸男

 

 今日、池の鯉を、かねだい という専門業者に引き取ってもらいました。業者の担当者の方が見え、池の水を抜きながら、22匹の緋鯉を網ですくい、1・2匹ずつ水の入ったポリ袋に入れ、酸素を足して、ワンボックスカーに積み込んでいました。新潟の池まで持って行っていただけるとのことでした。鯉を捕まえる際、池の水をポンプで抜き続け、最後には、一部、深くなっている場所以外は、水が完全に無い状態になりました。




 上の写真が、池の水が抜けた部分で、下の写真が、深みだけに水が残っている部分です。下の写真は、今朝の水抜きをしながら、1匹ずつ袋に入れる直前の我が家の池の鯉たちです。

 

 これまでアオサギよけにネットを張っていたのですが、それを取り払い、すっきりとした池になっています。池の水漏れがかなりひどく、毎日、かなりの水道水を足していたのですが、鯉たちはほぼ皆元気で、22匹が、引き取りのこの日を迎えることができました。

 

 私の生活の一部であった、我が家の緋鯉とその世話、これが明日からなくなります。私の生活は、どうなるのでしょうか。池仕舞いしたこと自体は、今の私の年齢と状況からみて、極めて正しい判断だとは思っているのですが。

2026年10月25日日曜日

10月25日 私の産業論の視点から見た今の中国経済そして工業の位置と意味

 私の産業論の視点から見た     

   今の中国経済そして工業の位置と意味

−   中国経済そして工業の今とその出発点 –

渡辺幸男

 

開放経済の出発点

―改革開放当初の中国工業の状況、1980年代の出発点―

 中国の改革開放時、世界的な工業水準から見れば、当時の中国の計画経済下で達成された工業化の水準は、かなり遅れたものであった。すなわち、最低限だが一通りの近代工業基盤が、計画経済下でやっと形成されたと言うしかないような水準であった。当然のことながら、当時の世界市場での市場経済下での競争を生き抜いた「企業」、あるいは生き抜けるような企業は、当時の中国における先端技術企業をふくめ、ほとんど存在しなかった

 近代工業製品を一応は作ることができる技術は、ソ連から得ていたが、巨大な人口、可能性としての巨大な市場は存在していても、改革開放当初は極端な低所得水準状況であり、等しく貧しい、広く低水準な潜在的にのみ巨大な市場が存在するとしか言えないような状況であった。当時の先進工業国製品については、その最低水準の低価格量産品でさえ、当時の中国の多くの一般の人々にとっては購買不能とも言えるような、低所得水準の潜在的巨大市場であった。

 そのような状況のもとで、豊富な低賃金労働力の存在を利用すべく、先進工業国向けの安価品の組立工場としての受託生産工場群が、外資系企業の進出工場を中心に沿海部で簇生し、そのような工場に向けての労働力として、中国内の安価労働力に対する巨大な需要が生じ、結果、安価な豊富な工場労働力の供給が極めて大規模に生じた。そのような環境下で、当初の外資系分工場群のみではなく、中国系の受託組立生産企業も簇生した。また、多様な組立製品のための先進工業国の部材供給企業の工場の大量中国進出も生じた。

その結果形成された、ごく低賃金の大量の労働者向けに、ごく安価な消費財等の供給の必要性が生じた。しかし、そこで形成されつつあった市場は、先進工業国の安価量産品でも高価すぎる新規形成市場ということになる。結果、中国国内に、極端な低価格志向の巨大規模かつ当初は潜在的な市場が形成された。強度の低価格志向の量的には巨大な市場(当初は潜在的市場)に向け、多数の新生地場企業による極端な低価格品製品の開発(簡便化開発)と、潜在的低価格品市場の開拓が行われ、他国にない極端な超巨大な低価格品の市場が顕在化した。

そのような市場状況の形成を踏まえ、先進工業国の工業技術について、多くの地場の新興企業が「簡便化」開発をすることで、低価格で巨大規模の地元消費者の低価格志向とその中での新たなニーズに応え、外資系の国内市場への大量進出を防ぎながら、国内市場向け供給の国内新生新興の巨大な企業層が形成された。他方、旧中国国有巨大企業は、近代工業の大規模生産企業であったが、経営面で市場志向が基本的に欠落した単なる生産主体であり、市場経済での市場競争可能な「企業」ではなかった。結果、1990年代における新興企業との競争に多くの国有企業は敗れ、退出あるいは縮小ないしは政府の保護下または外資との合弁で生き残るしかない存在となった。それゆえ、国内向け消費財とその関連市場の主役は、出自は多様な地場の新興企業群となった。郷鎮企業や民営企業そして地方政府支援の新興「国有」企業が大量に簇生し、激しい競争が生じ、そこから生き残った企業群が成長した。結果、超低価格品中心だが、巨大な国内消費財市場に向けた、地場の巨大な生産企業群が形成された。

 

今の中国工業企業への道

 独自なかつ多様な新興工業企業群の大規模形成と低価格品生産技術形成とにより、量的巨大市場である国内市場依存で、中国の競争的市場としての国内市場は、大量の国内新興企業を担い手に、独自な発展を遂げ、巨大市場化した。

他方で、海外企業が中国企業を下請けとして、部品供給企業として活用することで、海外の先進工業技術それ自体は、中国地場企業にも浸透した。それを国内市場向けに、中国新興企業は、先進工業国企業の先進工業製品との競争に大きく曝されることなく、当時の中国の市場状況に合わせた製品開発としての簡便化開発等を通して独自展開を行った。中国内の巨大な低価格市場向けに、中国企業間での極めて激しい競争を通して、新興企業層は一層発展し、巨大化した。

結果、中国国内新興企業群が主導する国内市場が、規模としては、世界最大の市場となっていった。それが、1990年代そして2000年代初頭の国内市場向け中国工業の状況であった。その象徴的存在が、世界最大生産規模の自転車産業そしてバイクや電動2輪車生産の急増であり、山塞携帯生産企業の大量発生と、その巨大化であろう。そして、それは、東南アジア向けそして南アジアやアフリカ向けに独自の輸出産業化を達成し、それまでの先進工業国企業の進出を軸とした低賃金労働力利用の加工組立型の多くの工業製品輸出産業とは異なる、独自製品の輸出産業化を実現した。

 

ただ、乗用車産業だけは、国内市場向けであったにもかかわらず、これらの超低価格製品の簡便化開発から出発した諸産業とは異なり、計画経済下からの既存国有大企業と外資系巨大企業の合弁から出発したことで、改革開放当初より、内生的に一気に発展したEVが中心化するまでは、国内企業は産業の主導的存在としての発展を遂げず、外資系主導の合弁企業による発展となった。その乗用車産業でも、そのEV化を契機に、一挙に乗用車市場として世界最大の国内市場となるだけではなく、旧国有完成車大企業とは関係のない、新興の国内企業中心の先端EV企業群を生み出した。その先頭企業がBYD(比亜迪)といえよう。

また、それに関連してKATLのような世界最大の蓄電池企業も生み出した。同時に、DJIのようなドローンで世界最大の先端製品企業を生み出した。それも、当面は世界最大化した巨大国内市場を対象の中心とした、新興企業間の開発販売競争を通してであり、日本企業のように、米国という海外巨大市場への輸出を通してではなく、自国市場を中心とした発展であった。

 

 今の中国経済の他の側面とその意味

 以上が、現在の中国経済の半面、工業面を中心に見た場合の状況についての私の理解といえよう。同時に、工業の状況を考えるためには、中国経済の現在を見る場合、もう1つ側面を見逃せない。

 中国における地方政府の独自なあり方のもとにある財政基盤と土地保有制度との関係もあり、過剰な住宅建設投資が、近年行われ、大量の未完成物件が生じ、中国経済全体として見たとき、従来に比べ停滞的側面が目立ってきている点

である。

 

最近のFTの特集でも、1990年代以降の日本経済の停滞化と並ぶ、中国経済の停滞化として現在の状況が語られている。(FT, BIG READ. GLOBAL ECONOMY, ‘Two Asian giants. One economic trap’ 21 October 2026, p.15)このFTの記事の見出しには、「日本の不動産不況の後のミスステップは、停滞の数十年と結果した。今、中国が多くの同じ兆候を示し、米国を超えるという野望を脅かしつつある。」と書かれている。

この記事は、日中とも高度成長の結果として経済の変容が生じ、それが経済停滞へとつながるという発想で書かれているように見えた。

 

私の現在の中国経済と工業についての考え

しかし、日中の経済の違いは、一つは、その停滞に至ったという時期のそれぞれの経済の発展水準の違いが持つ意味からである。そして、もう1つの違いは、先に述べた基本的な主要市場が、日本の場合、ある時点から国内市場中心から米国市場中心に移ったのに対し、中国の場合、依然として中国国内市場が中核であるという点である。中国国内市場を中心にして、そこで育った新興企業群それ自体が、グローバル市場での最先端企業化したのちに、海外市場へと進出する状況が、依然として継続している。このことの意味、国内市場の当該国工業にとってもつ意味の違いという点からも、検討する必要があろう。

 

 この当該国の主要企業がもっぱら競争し、新分野を開拓する場となる市場、それが、日本の主導的工業(企業)の場合、1980年代までとそれ以降では、大きく変わった。すなわち、乗用車産業がその典型と言えると思うが、日本国内市場を前提にした競争を通して、革新を遂げていたのに対し、1990年代以降は米国市場での競争を通して先端的な製品開発を行う必要が生じた。その結果、日本工業全体として見た場合、米国市場を中心とした世界市場での大きな転換に追随できず、相対的に衰退、その波及として国内企業群の相対的な停滞が生じた。このように考えられそうである。

 それに対して、中国工業の今は、経済自体はある意味で停滞的、ないしはそれまでに比してみれば相対的に停滞しているが、競争し先進工業製品を生み出す場は、少なくとも、現在までは、(まだ)中国国内市場であるということになる。日系企業の1990年代とこの点が大きく異なるといえよう。ブログで紹介したFT記事のスマート・カメラの例のように、中国国内市場向けの製品開発を通し、新機軸を生み出す企業が輩出し、そこからグローバル市場でのチャンピオンが生まれている。それだけ、中国市場が巨大であり、それが先進的な市場をも持ちうるようになったと言えそうである。韓国や台湾の企業、サムスンやTMSCのような企業は、そもそも、米国市場を核としたグローバル市場進出の中での競争を前提にフロントランナー化した企業群である。それに対し、日系大企業の多くは、日本市場での競争を通して先端化し、結果的に米国市場を含めたグローバル市場でフロントランナー・最先端化した企業と言えるであろう。

 基本的なグローバル先端企業化した状況が大きく異なることで、その後の米国市場を核としたグローバル市場での革新に向けての競争での基本的な姿勢が、ある意味中途半端になったといえるのかもしれない。いわば、宮崎義一氏がかつて言われていた六大企業集団間の寡占間競争を通しての革新が、日本国内での先進工業へのキャッチアップを迅速に行うよう導くような競争では有効であったが、その後の米国市場を中心としたグローバル市場では、最先端化企業を継続的に多く生み出すには適合的でなかったとも言えそうである。

 それに対して、現在の中国企業は、韓国や台湾のグローバル先端企業化したサムスンやTSMCとも異なり、依然として世界最大の工業生産を吸収可能な中国市場を核として先端工業化、更には最先端工業化を実現する余地がある。それゆえ、中国系企業が、EVでそうであったように、巨大化し先端工業化した中国国内市場での競争を通して最先端工業化し、その結果としてEUそして米国市場を含むグローバル市場でも最先端工業企業となる余地があるといえそうである。

 このことは、中国企業の最先端企業化のために重要なのは、中国国内市場での最先端需要の巨大な形成と、その市場をめぐる激しい競争の存在だということになる。まさにそれを象徴する出来事が、世界最大化した乗用車市場を踏まえ、巨大化したEV産業での圧倒的な先行、完成車市場やその主要部品市場での最先端企業の輩出をもたらしているといえそうである。

 

米国経済とその市場の先進工業化にとっての意味の変化

 ここから見えてくることは、これまでの世界経済における米国経済の位置、ないしは地位の相対的変化ということになろう。かつては、世界一の巨大市場かつ先端的工業製品市場は、米国市場であった。それが、2020年代になって、必ずしも、そうは言えなくなったのである。世界経済を主導する市場は米国市場であるとともに中国市場でもある、という状況が生まれつつあるのではないかと、私にはそのように思われてきている。

EU市場が作られたときには、まさに米国市場と並ぶ、世界の先端工業を主導する巨大市場の1つに、EU市場もなるかと私には思えたし、多くの研究者がそのようなことを述べていた。しかし、結果的には、今のところ、世界の工業の動向を主導するような本格的な単一巨大市場とはなっていない。その理由が何であるのか、関税がなく財やサービスの移動が自由なことや労働力の移動が自由であることそれ自体だけで、巨大な単一市場とはなりえないのかもしれない。この点については、私の理解は深まっていない。

その点、中国市場は、EU市場と異なり、言語的にも共通語が存在し、文化的にも現代消費文化としてみるならば、一国全体、12億人余の人々の多くで同一の文化が共有されていると言えそうである。その意味で、現代工業の発展する場としてみるときには、世界最大となりつつある巨大単一市場と言えるのかもしれない。これは、EU経済だけではなくインド経済と中国経済とを比較したときにも言えることなのかもしれない。

乗用車産業の世界最大化の際に見られるように、中国市場は乗用車需要をめぐる文化圏としては、米国同様に一国単位で、単一の12億人余の均質的な市場を形成している。その点で、近代工業製品についても、乗用車に見られるように、需要の特性が構成国ごとにかなり異なるEU市場とは、異質な市場なのかもしれない。そこに、単に関税の無い状況や労働者の自由な移動だけでは評価できない、市場の等質性を持つ巨大市場としての特性があり、その点で米国や中国の市場は、現代工業製品の市場としては、EUやインドと異なる市場なのかもしれない。

 

最後の議論は、かなり感想的な理解水準であり、きちんとした裏付けのある議論とはほど遠いものではある。しかし、私には、今の時点では、世界の工業の今が、このように見えてきている。

2026年10月11日日曜日

10月11日 FTのスマート・カメラ市場の覇者交代記事を読んで

 Langley, W., ‘Technology, Chinese smart camera 

 rivals fight for dominance after GoPro’s decline’

    FT, 10 October 2026, p.11を読んで、勝手に考えたこと

                      渡辺幸男

 

 このFTの記事は、中国における競争の激しさ、そして技術革新の速さ、それを改めて実感させる記事であった。スマート・カメラ市場では、米国のGoProが市場を開拓し、新規市場の覇者として2023年までは、スマート・カメラ市場の過半を握っていたということである。それが、3年後の2026年の第2四半期には、中国深圳のメーカー、ドローンのDJIとInsta360が、それぞれグローバルなスマート・カメラ市場で73%と20%のシェアを得、先行していたはずのGoProは、シェア3%となってしまったということが、この記事で報告されている。

スマート・カメラのGoProも、ロボット掃除機という独自製品の開発そして生産で先行し、その後、中国メーカーに追い上げられ、中国メーカー群の一層の革新的製品の開発販売と低価格化で追い詰められ倒産したルンバのメーカー、 iRobotと同じ道を、歩んでいると、この記事は紹介している。

 

 改めて、新製品市場での中国メーカー群のキャッチアップ力と、その上での独自機能開発と低価格化との能力の強力さ、そしてそれをもたらす、中国企業間(この場合は、広東省の深圳という、中国のより狭い地域内の企業2社が、最終的には覇者を競うこととなったのだが)の新たに形成された市場への進出と、そこでの競争の激しさを感じる。そしてその結果は、中国メーカー群の製品機能開発と低価格化の両面での技術革新能力の凄さの展開そのものとなる。これを、EV開発で痛感したように、またもやスマート・カメラ開発でも痛感させる記事であった。

 

 すなわち、新たな新製品分野の形成とその成長の可能性、あるいはそれへの示唆が米欧のメーカーから与えられれば、中国企業は、既存の企業も新形成企業も一斉にその分野を目指し参入する。ここまでは、どこでもありそうなことだが、その後、中国企業は、流動的で巨大化する可能性を持つ中国国内市場を前提に、激しく競争し、中国企業間で中国内の巨大市場化そして企業巨大化可能な新興市場を巡って独自でかつ低価格な製品の開発そして生産を競い、その中から覇者が、低価格性と独自機能開発性の形成をもとに決まる。

その覇者は、その低価格を一方の柱としつつ、同時に独自機能性等を活かし、そのままグローバル市場へと展開する。結果、米欧市場で先行していた新製品分野開拓企業、この場合は、スマート・カメラのGoProということになるが、それをよってたかって押しつぶし、中国企業群が今度はグローバル市場の覇者となる。こんな姿が、またもや、スマート・カメラの展開を通しても見えてくる。

何よりも、中国市場の持つ巨大さと、それを利用し、テコにした新形成企業を含めた激しい競争、否、新興企業を軸にした競争の激しさ、これが、米欧の先進企業への急速なキャッチアップを可能にする担い手を生み出し選抜し、新興製品分野の世界市場での覇者を中国企業としてしまう。EV市場で見た姿が、ここでも再現している。もちろん、その担い手は変化し、特定の企業群に限定されうるものではない。「財閥」中心の他の東アジア諸国のグローバル化企業との大きな違いと言えるかもしれない。

 

 

 このようにして稼いだ多額の外貨、ドルを、2000年代までの中国政府は、米国債の購入に充ててきた。結果、米国の経常収支の大幅赤字をファイナンスする主要国の1つを形成してきた。それが、大きく変わった、近年、報道されているように中国は「金(gold)」を買い進めている。しかもこれまで巨大に貯めてきた米国債を2010年代以降、一方で、大量に売却し、保有残高を大幅に減らしつつ、金を買い集めている。かつて2000年代には、中国の米国債保有は日本を大幅に上回っていたが、それが中国保有の米国債の顕著な縮小ゆえに逆転した。中国政府の本格的なドル離れが始まったと言える。ドル経済圏からの離脱志向であり、独自な中国中心の経済圏、一帯一路形成志向の発揮、ないしは本格的形成の開始と言えるかもしれない。

 

 米国による世界経済の支配を離脱し、一帯一路政策を通して独自経済圏を形成するための序章が、ついに本格的に始まっているのかもしれない。欧州の素原料供給国化しつつあったロシアは、プーチンのウクライナ侵略開始により、その可能性は塞がれ、あるいは自ら塞ぎ、結果、中国の素原料供給国化しつつある。まさに中国経済圏形成の一環として組み込まれつつあるといえよう。「偉大なロシア帝国」復活は、夢のまた夢となり、ロシア経済は、中国経済圏の1構成要素、「偉大な中華経済圏」の1個の一次原材料供給国に落ちぶれつつある。

 そして今、ドイツの工業が衰退し、EU市場それ自体が、中国新興企業群の直接投資に蹂躙される可能性が出てきた。VWの中国市場での敗退、そしてドイツ国内生産工場の閉鎖は、それを象徴する出来事であろう。中国市場の本格形成・巨大化過程で、大いに儲け、一時は世界最大の乗用車メーカーとなったVW、そのVWの現在のドイツ国内工場の大量閉鎖の状況は、まさに、それを示している。これは、中国市場を自らの発展・繁栄のために活用してきたEU企業群が、中国新興企業との中国国内市場での競争に敗れ、今やEU市場内でも敗退する可能性が出てきたことを象徴する出来事といえよう。何せ、あのドイツの資本財輸出入収支が、対中国収支で赤字に転換したのであるから。

 ロシアが一次原材料供給国として、EU市場から離れ、中国市場・経済のそれになりつつあるのに続き、EUそれ自体が、中国の周辺市場、中国新興企業の投資先経済になりつつあるのではないか、とも思える。ますます、中国経済圏、一帯一路経済圏が実現するのではないかと思えてくる。米国経済を排除し、米国経済圏を矮小化させながら。

そして、トランプ大統領は、その中国の動きを真正面から支援しているとも思える。カナダやメキシコとさえ、米国経済との経済的つながりを破壊しているのだから。

 

 

 スマート・カメラ市場で、中国深圳の2社が、GoProにとって変わって、覇者になることを競っている、という記事から、勝手に発想を広げた。なお、ここで取り上げたトピックスの多くは、すでにこのブログで取り上げたことである。論文ではなく、ブログということなので、典拠を具体的に示さなかったが、これらも、多くは、FTの記事によっている。

2026年9月9日水曜日

9月9日 FT, Adam Tooze, ‘ ‘Chimerica’ is now a chimera and global stability is the victim’ を読んで

 Adam Tooze, ‘ ‘Chimerica’ is now a  chimera           and global stability is the victim’   

FT, 8 Sept. 2026, p.17 ‘Opinion’掲載

 を読んで

 

渡辺幸男

 

 この論考は、私にとって強烈であった。ここのところ、ここでも描かれている中国のドル離れの進展が、大変気になっていたが、それを正面から議論する議論は、FTでもあまり見かけなかったような気がする。それが、この論考は、まさに正面から中国のドル離れと、その当面の意味を述べている。

 これまで、2000年代の世界経済は、米国の巨大な赤字垂れ流しと、経常収支大幅黒字国の中国(そして日本)の米国国債の購入を通してのドル資産蓄積を通して、全体的なバランスが取れていた。この点を、Tooze氏も強調している。その上で、Tooze氏が強調しているのは、そのあり方が、今、大きく変わってきたということである。

 アメリカのドル垂れ流しは相変わらずであり、トランプ政権下でも酷くなる一方であるが、その受け皿となり、曲がりなりにも、4半世紀近くに渡り、世界経済の安定的循環を可能にしてきた、米国経常収支赤字の受け皿としての中国の姿勢が大きく変わったということである。中国の黒字は米国との関連ではなく、欧州とのそれとなったというのである。

結果、「中国は外貨を蓄積し続け、年間1兆ドルにまでなっているが、その外貨の蓄積は、2000年代と大きく異なり、スムーズに米国国債市場へと流れなくなった」と言うのである。米国政府は米国債を発行し続けており、その買い手を当面は見つけているが、それは利潤動機の投資家が、ますます多くを手にしているということである。既存の米国との貿易関係の継続に大きな意味を見出していたような政府、まさに中国政府がそうであったのだが、そうではなく、あくまでも(短期的)利潤動機に基づいて、投資家が大量に米国債を、当面購入し、米国の経常赤字がファイナンスされているというのである。

このウォール・ストリートによる対応により、米国経済がそれなりに均衡を、中・長期的に安定的に維持することが、ますます難しくならざるを得ないと、Tooze氏はいっている。

これまでの‘Chimerica’というビジョンは、マクロ経済的に、それなりに成り立つものであった。しかし、それが崩れ、短期的な思惑でも動くようになっている。

 このように、Tooze氏は述べている。

 

 まさに、私が気になっていた、中国の米国債離れの論理と、それが持つ意味を、正面から直接的に確認しているのが、本論考である。

今、米国との貿易、その大幅黒字を通しての世界経済の安定的拡大が第一であった中国に代わって、米国債の中核的な買い手として、新たな1つの中心になっているのが、短期的な利益にも大きく動かされる、ヘッジ・ファンドであると指摘しているのである。

2000年代以降、毎年、日本と中国が米国債を大きく買い越すことで、世界経済のバランスは、米国の巨大な経常収支の赤字にもかかわらず、維持されてきた。そのバランスの担い手の主要な1つが、中国政府からヘッジ・ファンドのような投資家群に移った、これを指摘した論考である。その帰結は、日中が支えていた米国の経常収支赤字、そのバランスが、いつ崩れてもおかしくないことを意味する。バランスを支えること自体に意味を見出していた、そしてそのような意味を見出して当然と思われる日中から、最も主要な1国、中国が脱落し、それに代わったのが「投資家群」、ということである。

このことが、何を意味するか。環境次第で、その行動が大きく変わる主体が、一方の担い手の主要な1つとなった、ということであろう。

米国の巨大な赤字垂れ流しと日本のそれの尻拭いは変わらないとしても、もう1つの尻拭いをしていた経済、最も強大であった尻拭い国の中国が、その役割から離脱した、あるいは離脱しつつあるというのである。市場本来の機能が、本格的に機能し始める可能性、そして、それゆえ、世界経済の大変動が生じる可能性が、本格的に始動し始めたといえよう。

すなわち、アメリカ国債の大暴落の可能性、これが現実化し始めたとも言える。2008年のリーマン・ショックは、アメリカ経済内の不均衡が世界経済に巨大なショックを与えたものといえる。だが、世界経済の再生産の枠組みそれ自体は、大きく変わることがなく、米中の関係にも変化がなく、中国経済が下支えしながら、米国経済の大幅経常収支赤字をそのまま支え続ける形で、世界経済は新たな発展の道を歩み始めることができた。

しかし、今、世界経済の基本的なバランスそのものが大きく崩れる可能性が生じた。バランスが崩れた後の再建の道、今回の構造変化によって世界経済が行き詰まったときの後のそれは、どのような形で、どのように用意されるのであろうか。私には見えない。

FTのこの論考は、中国経済のアメリカ経済離れ、それが持つ深刻な意味、それを暴露した論考といえよう。それでも、アメリカ経済は経常収支赤字を、米国債を、買い支えること自体に利益を感じていた中国政府ではなく、普通の投資家群に売ることで、ファイナンスし続けようとしている。そして、トランプ米国大統領は自らが勝手に始めたイラン戦争をやめられず、米国経済の経常赤字の一層の巨大化に貢献し続けている。それどころの状況ではないはずなのに。

 

中国政府が売りに出し、持分を大幅に減らしている米国債、他方、英国ロンドン市場で大量に売られながら買われもしている米国債は、各国の政府ではなく投資家群が購入しているようである。中国政府が密かに買い戻しているのではないかと思った私は、極めて浅慮であった。また、いまだに膨大に米国債を抱えている日本政府は、大損の可能性にさらされていることにもなる。リーマン・ショックのときは、日本・中国両政府ともに、米国債を大量売却することはなかった。しかし、今、中国政府は米国債を大量に売り(抜け)、持ち高を大幅に減らしつつあり、同時に大量に金を買っている。

日本政府は・・・。日本政府は、米国債暴落の泥を被る覚悟をし、米国と心中するつもりなのであろうか。あるいは、日本一国だけで、米国債を買い支えることができると、踏んでいるのであろうか・・・。

2026年8月25日火曜日

8月25日 我が家の庭の鯉の池の池仕舞い

 我が家の庭の鯉の池の池仕舞い

 渡辺幸男

 

 今朝、庭の池、二宮に引っ越してきた時に作り、50年余を経過した庭の鯉の池の池仕舞いを決意しました。



                              



今、私は78歳、中学生の時、川崎に住んでいた頃から、庭で鯉と金魚を飼い始めました。1954年に亡くなった祖父、幸次郎が、生前、金魚を飼い、その産卵、孵化、そして稚魚からの飼育を楽しんでいたのをみて、私も、やってみたくなり、その希望を中学生の時にかなえ始め、当時住んでいた川崎の家の庭に小さな池を自分で作ったのが、始まりです。今から65年ぐらい前のことです。川崎の家の庭を大きく作り変えた時に、本格的な池を、父に願って、作ってもらいました。

 その後、母の希望もあり、今住んでいる二宮の家を、1975年に建てました。その時に同時に庭も作りました。その際、父に頼み、本格的な池を作ってもらいました。その後、何回か水の浄化循環装置等を入れ替え、池自体の改修もしてきましたが、基本的に、今までの51年間、今も住んでいる家の庭の池として維持してきました。

 私は、引っ越した翌年、慶應義塾大学に就職し、結婚をし、二宮に住んで51年間、この家に住み続け、五人の子供を育て、子供たちは皆独立し、それぞれ世帯を持ちました。

 その間の私の趣味の1つは、池での金魚や鯉の育成(と繁殖)であり、これをずっと続けてきました。途中からは、金魚はやめ、緋鯉のみの池にしましたが。そして、今、池を泳いでいる鯉は20匹ほどですが、かなり巨大化し、60〜70センチぐらいのものも数匹おります。そして、池を泳いでいる緋鯉は、全て、私が孵化させた鯉の生き残りです。孵化の最後は2010年代半ばなので、すでに一番若い鯉で10歳ぐらいになっています。この鯉の姿は、このブログでも時々紹介しています。先月にもその姿の一端を紹介しました。

 

 池を作って50年余、何回か、修繕を重ね、水の浄化循環装置の仕組みを変える等で、大きな修繕もしてきました。ただ、基本的な池の形態を変えることなく、多少の水漏れがする程度で、これまでの50年間、鯉を多数育て、また、残念ながら、何匹も殺してきました。多い時は、もっと小さめの鯉が70

匹ぐらい、泳いでいたこともあります。ただ、途絶えることなく、鯉を飼ってきました。1980年代半ばに、私が2年間イギリスに家族で留学した時には、いまはなき父が面倒を見てくれ、また私が71歳の時に4か月間入院した時には、妻が面倒を見てくれ、無事、鯉達は泳いでいました。

 そして、いま、私はもうすぐ、80歳、かなり、池の鯉の世話がしんどくなってきていました。しかし、好きな鯉の世話なので、それなりに面倒を見、鯉達、20匹余、巨大化したのも含め、生き残っています。ただ、池も老朽化し、池の石組みとコンクリートの隙間が、諸所でできてきているようで、水漏れがかなりひどくなり、毎日、朝数十分、水道の水を全開にして足し水する必要が出てきていました。

 そこに、先日の私の住む神奈川県西部でも震度4であった地震の発生です。これで、池の水漏れがかなりひどくなりました。今朝、いつも以上に水が漏れ、池の水位が下がってしまったため、池に設置してあるポンプ2台のうちの1つ、循環用のポンプが空回りし、焼き切れ、止まってしまいました。当面は、もう1つのポンプ、滝に水を循環し、水質浄化に使っているポンプは健在なので、鯉達は多分大丈夫だと思うのですが・・・。

 

 さて、どうしたものか。池のひどくなった水漏れを防ぐためには、本格的な改修工事が必要です。本格的な改修工事を行っても、私自身が鯉の面倒をいつまで見ることができるのか、改めて考えてしまいました。

 実は、今回のポンプの故障が起きる、かなり前から、池仕舞いをいつしたら良いかも、かなり抽象的にですが、考え始めていました。そして、今朝のポンプの故障です。そして、ついに、池仕舞いを決意した次第です。

 

 この池仕舞いについて、早速、妻に話し、子供達には、ラインで伝え、決意を固めることにしました。このブログでの池仕舞いに取り掛かることの報告も、決意を固めるための一環とも言えます。

 池仕舞いをするはするで、池の鯉の行き先、池の解体、そして池のない庭の庭づくり、やるべきことは多々あります。ただ、それが完了すれば、私自身による鯉の世話、私ができなくなったのちの鯉の世話の心配をする必要がなくなることになるだけは、確かです。自身の人生に後腐れをなくするための1つだと思って、思い切って(多分)、決意しました。

 

 これを書いて、決意宣言を表明し、後戻りできなくしました。

2026年7月27日月曜日

7月27日 ロシアの対ウクライナ侵略による 非工業化と最先端工業化への分岐

旧ソ連の流れを汲むロシアの工業と

ウクライナの工業の今後 

ロシアの対ウクライナ侵略による

    非工業化と最先端工業化への分岐

 

そして、中国向け一次産品供給周辺国ロシアへと、

   欧州先端工業化の主導国ウクライナへの分岐か?

 

渡辺幸男

 

ロシアの非工業化

ロシアの工業がどう展開するかは、ここ数年の私の「課題」であった。偉大なロシア「帝国」の再建を夢見るプーチン大統領のロシアによるウクライナ侵略の足下で、ロシアの経済はどうなり、その中核を占めるであろう産業、特に工業はどうなっているのであろうか。これが、工業経済論の視点から中小企業を考えてきたかつての研究者、私、渡辺幸男の近年の「研究」「課題」である。

 日本の工業発展の論理を、私なりに理解したつもりになり、また2000年代には中国の工業発展について、それなりの結論を手にし、それぞれ単著を書いた。その後、最も気になってきたのが、ロシアの工業の現状である。

 私は、ロシアの工業の近年の展開を、「非工業化」、(それなりに先端的であった工業が衰退し、一次産品中心のそれなりに豊かな国という意味でだが)、この概念で総括できると考え、ブログにその根拠を私なりに述べてきた。

 

 しかし、具体的なロシア工業の展開についての紹介と分析は、少なくとも日本語での情報としては、極めて限られている。確かに、マクロの数字、例えば工業生産指数のようなものは、それなりに紹介されている。それによれば、ウクライナ侵略が本格化したのち、かなり伸びたものが、近年停滞気味となっていると言った状況のようである。しかし、そのような工業全体の生産量の推移の数字からは、その内実、どのような工業部門のどのような技術に裏付けられ、世界市場でどう評価される工業分野の製品の生産が伸びているのか、と言った情報は、全く伝わってこない。

 同時に、中国から近年伝わってくる、工業の最先端分野での新規注目企業の登場というようなことも、ロシアからはほとんど聞こえてこない。

 

 そのロシアの工業生産が、ウクライナ侵略により軍需があり、豊富な一次産品の輸出が、依然としてそれなりに可能であるにもかかわらず、ここにきて、停滞してきているという、マクロの数字が出てきている。これをどう位置付けることができるか、どう読むべきか、興味深い論点ではある。

 1つには、一次産品の輸出だけでは、ウクライナ侵略のための軍需生産に必要な財や資本財の輸入資金を賄うのに不十分になった、という可能性が示唆される。「非工業化」が進んだ、極端に軍需製品、その完成品の生産のみがロシア国内で可能となっていると思われるロシアゆえに、部材の輸入に必要な外貨が不足する、すなわち部材獲得に必要な資金を、元来は豊富な一次産品の輸出をもってしても、十分には調達できなくなってきた、ということを示唆しているのかもしれない。軍需生産の対する需要は、ウクライナ侵略のための軍機の消耗ゆえに、ほぼ限りなく存在すると言えるのであるから。

 

ウクライナのドローン産業の最先端工業化

 それに対して、ロシアに侵略されたウクライナが、ここにきて戦時経済下で興味深い動きを示している。北海道大学の服部倫卓氏の議論を紹介する形で、このブログでも取り上げたが、かつてロシアと同様に、旧ソ連の遺産、非競争的国有大企業中心のそれなりの先端工業であり、コンコルドスキーと揶揄されたように、欧米の先端工業製品を追いかけ、その真似を国有大企業中心に進める、イノベーションを産まない、国際競争力を持ち得ない「先端工業化」の実現であった旧ソ連の伝統を引き継いだウクライナの工業出身の人材が、ロシアの侵略下で、兵器生産において、新たな本格的な最先端工業的展開を、ベンチャー企業の簇生を通して、示し始めたというのである。

 それがウクライナでの兵器としてのドローンの独自な発展である。いかにロシアに対抗していくかの模索の過程で、今もロシアで行われているような、旧来の他国で開発されたドローンの利用ではなく、戦略の必要に合わせ新たに独自製品を開発するという、独自の模索が、多様な主体のもとで社会的分業を活かし行われ始めているようである。結果、他国にみない今の対ロシア戦に必要な独自の機能を持つドローンを、旧国有大企業ではなく、多数の新興ベンチャー企業が中心となって、水平的そして垂直的社会的分業を活かし開発している、というのである。

 

 戦争を契機として、戦争初期の厳しい状況を持ち堪えた、被侵略国であるウクライナが、危機的状況の中で、新たなニーズに応える形で、新たな開発主体を生み出し、その主体群が旧ソ連以来の技術者達を活かし、多様な先端ドローンを開発し、それが対ロシア戦線での新たな可能性を、ウクライナにもたらしているというのである。

 

 大いなる歴史の皮肉というべきなのであろうか。ウクライナの自立化を嫌い、ロシアへの属国化を目指して、傀儡政権を樹立すべく侵略を開始したプーチン大統領、結果は、侵略者プーチンの思惑と大きく外れた。ウクライナのゼレンスキー大統領は、ベラルーシのルカシェンコ大統領のようにプーチンに屈服することもなく、また傀儡政権への交代も生じず、全面的な戦争となった。このロシアによるウクライナ侵略を、ウクライナが4年以上持ちこたえたことで、旧ソ連以来、ロシアと共有していたウクライナの工業のあり方を、全面的に変えることとなったと、言えそうなのである。

チャンピオン企業をまずは選択し、その企業の育成、最先端工業化に努めてきた欧州諸国、そのほとんどは最先端工業化に失敗したと、私には思える。ウクライナでのベンチャー中心に新たな最先端工業形成を主体的に行っていくことのできる工業企業群の形成は、そのような欧州にとって、新しい現象といえよう。欧州における、新たな本格的最先端工業化の新たな担い手群の形成にもつながる現象とも見えてくる。中長期的には、この経験が、ウクライナ経済の欧州化の中で、全く新しい意味を持ち始め、EU市場でのウクライナ工業の新たな展開を可能するように見えてくる。そして、今や、ドイツを含め、中国工業企業の進出に悩む、欧州工業全体の再活性化にもつながるのではないか、とも思えてくる。

 

プーチンのウクライナ侵略が生んだ皮肉な結果である。旧ソ連工業の流れを汲む国有大企業中心だった、欧米の先端工業に追随するだけだったウクライナ工業が、欧州工業最先端化の担い手として、その欧州工業先端化の可能性を生み出す牽引者となるかもしれないのである。

「非工業化」の道を突き進むロシア工業、それに対する欧州の最先端工業化の牽引役となりつつあるウクライナ工業、その別れ道が、今作られつつあると、私には思えてならない。どうであろうか。5年先を見てみたい。

  

2026年7月16日木曜日

7月16日 我が家の緋鯉達

   我が家の巨大化した鯉         

滝への水の循環を利用した浄水機能が

順調に機能し、

ここのところ、我が家の池の水は極めて綺麗で、緋鯉が鮮やか

 

餌を与えた後、餌を探して

鯉が動き回っている。


池の周りには草が生い茂り、

だいぶ池が覆われてはいるが、

 

また、青鷺よけのネットが、

だいぶ古くなり見場が悪くなっているが、

鯉達は極めて元気


これらの鯉は、全て私が、我が家で孵した鯉、

一番若いので、

7年前に4か月入院した時にすでに数歳になっていたので、

少なくとも、10年近くは経っている。

大きいのは、30年以上。

長生きな鯉、私が最後まで面倒を見ることは、

難しそう。

7月16日  トランプ大統領の対中国政策の持つ意味

 トランプ大統領の対中国政策は、

中国工業の自立的最先端工業化実現の

実質促進役?

−トランプ米大統領の中国への米国先端工業製品や技術の

輸出抑制策の持つ意味−

渡辺幸男

 

 中国の工業の現状は、世界的な基準で見た場合、まだ最先端の工業とはいえないが、現代工業の先端的部分の多くが、すでに中国内に存在している状況といえよう。その中国工業の置かれた環境としては、まずは、中国国内市場の巨大さがあり、その市場が成長しているという特徴がある。また、在中国の中国人技術者層の厚さもその特徴といえよう。さらに重要なのが、中国工業での激しい市場競争の存在であり、多様な新規市場参入企業の多さである。

 ここで議論したいことは、このような中国市場を前提するとき、最先端技術の米国からの、そして米国市場向けの比重の多い他国の企業からの技術輸出の抑制策といったトランプ大統領の対中国政策は、中長期的に見ると、中国工業企業の最先端技術化への、劇薬的な自立化促進剤となりそうである、という点である。トランプ大統領の意図とは、全く正反対の効果を生む可能性を指摘したい。 

 中国の巨大な国内市場とともに、今注目すべきは、中国工業企業にとっての市場となりつつあり、かつ、巨大になりつつあるBRICS市場の存在とその成長、そこへの中国企業の輸出拡大と直接投資の増大である。EU市場へも、米国市場と異なり、中国企業進出、輸出と直接投資が顕著に増加している。

 

 このような国際環境条件下で、トランプ大統領は、米国等の最先端工業品や最先端技術について対中国輸出規制を積極的に行っている。それを通して中国工業が、最先端工業化することを抑えようとしている。対中国輸出規制である。この輸出規制の持つ、中国工業のいっそうの先端化に対しての意味が、改めて問われるのである。

 

日本の工業の先端化と米国との対立、その結果の評価、そして中国工業にとっての意味

日本工業は、1980年代、日本の乗用車産業や半導体等の当時の先端工業で工業に対する優位を形成した。そのために、米国政府は、日系先端工業企業群に対米直接投資を促すこととなった。この時の日系先端企業にとっての外的条件の特徴の1つは、日系企業にとっての米国市場の圧倒的な必要性の存在であった。当時の日系企業は、トヨタ自動車を先頭に、米国市場抜きにしては、成長展望を見通せなかった。そのこともあり、積極的に対米直接投資をし、米国政府の政策意図に対応した。

 

中国の今、中国系企業にとっては、米国市場は重要な市場ではある。が、成長展望を持つために不可欠な市場ではなくなっている。この点が1980年代の日系企業との大きな差異の1つでもあると、私は見ている。何よりも中国国内市場は巨大で、開拓余地が依然として十分にある市場である。中国に立地する企業は、2010年代に、もっぱら中国国内市場に依存して、世界最大の乗用車生産規模を実現できたのである。輸出依存を通して世界的規模の企業を初めて実現できた日系企業とは、大きく異なる存立環境と言える。

巨大化した中国市場に加えるに、成長するBRICS市場がある。本来的には、中国企業にとっては、中国国内(C)を除く、BRIS市場というべき市場がある。巨大市場として顕在化しつつあるインドを中心としたBRIS市場と中国国内市場という、超巨大市場、乗用車でいえば、米国市場を大きく上回るような巨大市場を前提に、たとえ、米国市場への進出を拒絶されたとしても、最先端工業化が先端工業大企業の多数形成と激しい競争の状況下で可能であるような、それを多様に実現できるような場、巨大市場が、米国市場を除いたとしても、存在するようになったのである。これらこそ、1980年代日本工業とは大きく異なる、中国企業にとっての最先端工業化のための独自の市場条件の存在といえる。

 すなわち、中国工業では多様な先端工業大企業群の形成が、中国国内の激しい競争を通して可能であり、それらの企業群が活躍できる国内と米国以外の国外巨大市場、BR IS市場、そしてEU市場を前提に、その結果として形成されたのが、今の中国の先端工業であり先端工業企業なのである。

 そのような先端工業中国企業の象徴的存在が、華為(ファーウェイ)であろう。市場的に、かつ技術的に、米国から締め出されながら、中国市場を核に中国での技術開発を軸にして、当該分野での世界的な最先端工業企業の地位を確立しつつあると言える。

 このような中国企業群の先端工業での独自形成と、中国市場の持つ大きさの先端工業企業群形成における有効性を象徴的に示すものが、乗用車産業とともに、山塞携帯から始まる中国でのスマホの多様な独自発展とグローバル企業群の形成であろう。輸入技術を前提にしながら、国内市場の独自性と大きさを活かし、現代工業レベルで、競争的な多数の先端工業大企業群を、国内市場を中心に、当該分野で形成し実現することが可能なのが、現代中国経済であり、現代中国工業なのである。

その背景には、中国経済における多様な企業の参入を含めた、当該分野での大企業化が進行した場合でも、多様な企業による多数の企業の競争が維持される状況がある。国レベルの政府による、1ないし少数のチャンピオン企業の選考、それへの集中投資をし、グローバルな先端工業企業を育成しようという政策とは、全く異なる、多様な主体による、多様な企業への育成策を背景とした、育成下における育成される企業間での激しい競争、淘汰の進行状況の存在がある。

市場に任せるだけではなく、多大な政治的介入があるが、それが一点ないしは特定少数企業集中ではなく、多様な主体の援助を受けた多様かつ多数の企業主体の育成、形成、これこそが、中国先端産業発展政策の特徴といえる。計画経済下の特定国有巨大企業を通しての先端工業化とは、180度方向の異なる競争的環境を維持した産業育成政策とも言える。そしてそれが、巨大化した国内市場の形成と結びつき、BRIS市場やEU市場をも取り込んで、競争的な先端工業化を実現したのが今の中国先端工業とその企業群といえる。

 故に、トランプ大統領が、アメリカ市場から中国系先端企業群をたとえ締め出し、米国系企業からの最先端技術の提供を阻止することができても、それらは、米国市場にもっぱら依存せざるをえないようなことがなく、国内市場や他市場を中心に自立的に発展可能となる。少なくとも中長期的には、1980年代の日系企業と米国市場との関係とは、決定的に異なることになる。

 

 こう見てくると、トランプ大統領の対中国向けの最先端工業形成抑止政策は、短期的には抑止効果を持つかもしれないが、中長期的には、中国の先端工業の自立性を一層高め、独自の工業経済圏を米国市場外につくり出すように機能する、このように見えてくる。覇権国家、世界の最重要市場として最先端工業化に不可欠な市場と、米国市場を実質的に見ていると思われるトランプ大統領の単純な意図とは全く異なる意義を、トランプ大統領の政策は持ち、そして異なる結果をもたらすものと言えそうである。

 あるいは、トランプ大統領の意図は、初めから、自分の任期中での中国企業の最先端化を抑止すれば、それでも十分意味があると思っているのかもしれないが・・・。

 

先端的な技術を輸入し、先端工業に近づいた中国工業企業と工業経済、その状況を前提に、巨大な独自な国内市場と成長する巨大な多様なBRIS市場を活かし、さらなる発展を遂げようとした時、トランプ大統領による米国企業からの最先端工業製品や最先端技術導入の困難化が生じた。

これを契機に、自立的な先端工業発展を、多様な多数の担い手の激しい競争のもとで、巨大国内市場と米国以外の巨大化する成長市場に向けて、先端工業製品を開発し、自らの自立的最先端工業化を実現しつつあるのが中国工業経済と私は見たい。そのあり方、変化をもたらしたのが、何よりもトランプ大統領の対中国先端工業化抑止政策であると言えそうである。

 

 プーチン大統領のロシア帝国復活の夢の暴走が、ウクライナ侵略戦争とその長期化をうみ、ロシア経済の非工業化をいっそう促進させている。そして、中国に対する一次原料供給国としての再生産の道をロシア経済に方向付けた。それと対を成す、短期的願望実現努力が長期的失敗をもたらしつつある好例が、トランプ大統領の対中国最先端工業化抑止政策といえよう。

古希を過ぎた70歳代の巨大国のトップ、トランプ大統領、プーチン大統領、習主席の三人の中で、80歳代を迎えて最後にほくそ笑むのは、習主席ということか・・・

 

 

 以上の原稿を書いている最中に、中国工業の最先端化を考える上で、大変、興味深い記事を、FTで見たので、それを簡単に紹介し、それが、何故、私にとって興味深いか、以下で述べてみたい。

 

FT ‘China memory-chip maker CXMT

 boosted by Apple tests and local AI supply chain push‘ ( 14 July 2026, p.7)

という記事である。

小見出しに、‘Global shortage of wafer capacity triggers sharp turnaround of 

state-backed group’s fortunes in run-up to blockbuster IPO’とある。

 

 この記事では、安徽省合肥市等の出資を受けた無名な中国の半導体メモリー・メーカーCXMT*の製造する半導体汎用製品DRAMが、Apple社の中国市場向けのデバイス用の部品としての採用に向け、テストされているという情報が告げられている。このCXMTという半導体メモリー・メーカーをめぐる記事である。この会社の名前を、私は全く知らなかった。知らなかったのは、単に私の勉強不足だけではなく、この会社自体が2016年創業と極めて新しく、急激に注目されるようになったためのようである。

記事によれば、安徽省合肥市を中心とし、合肥市等の地方政府に支援された、シリコンバレー帰りの中国系研究者が2016年に創業した、新興のDRAMメーカーのようである。そして、サムスン、SKハイニックス、マイクロンの3社によって独占されているDRAM市場で、本格的に世界第4位の新興メーカーとして急激に規模を拡大しているDRAMメーカーが、安徽省を中心拠点とするCXMTという企業だというのである。これまでの10年間で540万人民元の累積赤字を記録していた同社は、今年の第一四半期だけで、3700万人民元の黒字を出したとのことである。そして、昨年世界のDRAM市場の11%を占め、2028年までには、合肥市、上海市、北京市で工場が新設され、15%の世界シェアとなる見込みだと書かれている。

この記事でさらに興味深いのは、CXMTは米国の禁輸リストに掲載されていないことで、そのため、ASML社のEUV露光装置を購入可能であったとのことである。同社は、15の(地方政府系の)政府系投資ファンドの出資を受けており、地方政府が広大な工場用地を格安で提供し、融資や補助金も提供していることで、産業集積を自らの周りに形成することができている、とのことである。

累積赤字を抱えた新興の先端半導体メーカーが存在でき、それらは、手厚い支援を受けており、時宜に恵まれれば、一挙に黒字化し、グローバル水準の企業への道が開かれる可能性が、実際に存在することを示唆するものといえる。

これまでの中国のチャンピオン企業に対し、トランプ大統領はEUV露光装置の中国企業への売却をASMLに禁じたが、CXMTはそのリストには乗らない、全く無名の新規創業企業のようで、ここでは、結果的に規制が無意味になり、先端の生産装置を導入できたようである。中国における、激しい市場競争(この場合は、既存の米韓のグローバル企業3社だが)と地方政府支援を受けた新規創業企業の多様かつ多数の存在が、新生企業の発展可能性の余地を生むのが現代の中国経済であるということであろう。そのような中国経済の環境が、CXMTのDRAM市場での急成長、アップル社にも注目されるような企業の形成を可能としたとも言える。

このCXMTの例は、中国経済市場での、新規創業の活発さ、それを支える地方政府の存在、そして巨大な国内市場、既存企業との激しい競争(この場合は米韓の巨大3社)、それらが、次世代の産業発展の新たな担い手群を結果として生み出す、このような循環の中国経済での存在を示す一例といえよう。

この企業を通して見えてくる第一のことは、中国で成長する世界市場に挑戦する最先端分野の新規企業は、中央政府に支援されたナショナル・チャンピオン企業ではない、ということであろう。同時に、安徽省の省都合肥市という地方政府レベルによって設立された企業なのである。

そのような企業が、世界的に完全に寡占化したDRAM市場に挑戦する新規創業企業として、シリコンバレー帰りの中国研究者を軸に創業され、それが10年という年月で、中国内の内需中心のはずにもかかわらず、グローバルシェアが10%以上になることを可能とする企業へと成長できるということは、それを可能にするだけの巨大な国内市場が、中国には存在するということになる。当然ながら、いくら中国系企業が存在しない巨大市場であるといえ、無名の新興企業が10年という年月で、世界シェアが10%を超す状況は、いかに中国国内のDRAM市場が大きいかを示すものといえよう。

また、それを一地方政府が支援し、新興の私企業が担う。このような姿は、中国ならではの新規創業のあり方を表しているともいえよう。

同時に、巨大な三大メーカーが存在し、中国企業も現状では、それらから順調に調達できているのであるが、DRAMという汎用的半導体についても、中国国内の利用企業にとって、その先端的な部分の調達がネックになる可能性があり、国内企業による生産と、そこからの調達を望む中国系企業の想いが、かなり存在していると言えるかもしれない。その意味では、トランプ大統領の中国向け輸出規制が、その成長の要因の1つとなっていることを示唆する事例の1つかもしれないと、私には思えてくる。

 

*ネットで調べたところ、CXMT(ChangXin Memory Technologies)とは、「長鑫科技集団股份有限公司」が中国名であり、2016年に設立された中国で唯一のメモリー・メーカーであるようだ。それゆえ、このブログで私が強調した中国企業間の激しい競争の存在とは、無縁な企業であると言える。同時に、創業当初より、中国市場を含めた世界市場を支配する巨大な寡占DRAMメーカー3社の牙城に挑み、その一角を崩すことに挑戦している、中国内の安徽省合肥市という地方政府の支援を受けた、競争的な企業と言えるのではないか。

 

 

2026年7月1日水曜日

7月1日 6月末から7月初めの我が家の花々

 6月末から7月初めの我が家の花々

サンパラソルの花が咲き始めました。

去年は今一つでしたが、

今年はたくさん賑やかに咲きそうです。

 

メダカの水槽で育てた、

一昨年秋に、知人からいただいた睡蓮、

昨夏は一輪も咲かなかったのですが、

今年はいくつもの花を楽しめそうです。

 



君子蘭の鉢にタネがこぼれ、

勝手に咲き始めたインパチェンス、

これも、賑やかです。

 

そしていつものサルビア、

今年の地植えの庭のサルビア、

かなり密集して植えたのですが、

賑やかに咲き始めました。

花々が、

今年の暑い夏を無事越せるかどうか、

気になるところです。

2026年6月30日火曜日

6月30日(7月1日改訂) 服部倫卓著 「ウクライナのドローン大攻勢を支える「遺産」と「革新」」を読んで

 服部倫卓著

 「ウクライナのドローン大攻勢を支える

「遺産」と「革新」」

(Yahoo!ニュース、2026年6月29日) を読んで

 

渡辺幸男

 

 この服部氏の書いた記事の興味深い点は、旧ソ連時代の技術的遺産が、現代のウクライナの革新的ドローン生産に活かされていることとともに、その担い手企業は、旧ソ連時代の国有大企業ではなく、ロシアによる侵略戦争の戦時下で新たに生まれたベンチャー企業群であるという指摘である。

 技術的には、旧ソ連のアントノフと言った巨大国有企業の持っていた技術、そこでの技術者が活かされているが、それらの技術者が活躍し技術革新を行っている場は、旧国有巨大企業ではない。そうではなく、新たに生まれた多様な多数のベンチャー企業である。これらのベンチャーが多様に生まれ、かつての巨大国有企業のような垂直統合型巨大企業ではなく、各企業が専門化し、企業群として多様な水平・垂直型の社会的分業関係を形成しながら、革新的なドローンを多様に生み出しているのが、今のウクライナのドローン産業である、と服部氏は指摘している。旧ソ連の工業生産体制からの様変わりである。

 旧ソ連時代の技術的蓄積の存在は重要であるが、それらは必要条件に過ぎず、それをイノベーションに結びつけているのは、それらを保有していた旧ソ連の巨大国有企業ではない、この指摘がまず重要である。独創的な技術革新を担う可能性を持つ、革新的なあるいは競争的な経営(陣)を保有していないのが、旧ソ連の巨大国有企業である。その点が、ここでも明確に指摘されているといえる。そして、それらの企業が保有していた技術を、そこにいた技術者群を採用すること等で、新たな分野に活かし、自らの独自な製品開発に繋げたのが、新生企業群、ベンチャーそしてその新興企業群の経営者達なのである。多様かつ多層的な多数のベンチャーの存在の重要性である。

 この点を改めてウクライナのドローン産業を通して指摘したのが、この服部氏によるこの記事と言える。

 

 まさにロシアによる侵略に対する、それへの反撃の必要性、その中でドローンの有効性が、一定程度実証されてきた中、改めて、旧ソ連時代に蓄積され国有企業内に眠っていた技術蓄積を活かす、すなわち技術者を活かす主体、ベンチャーがウクライナ国内で多様に多数形成され、それらが、ロシア侵略長期化の下で、本格的に芽吹いてきたのが、今のウクライナでのドローン生産の活況と、対ロシア戦線での多様なドローンの有効活用の背景にあるということになる。旧ソ連時代の技術蓄積を利活用している、戦時下ウクライナの新興ドローン産業企業群の形成といえよう。

 このウクライナのドローン産業での種々の技術革新は、対ロシア戦争ですぐにその有効性が試され、取捨選択され、多様な形で常に発展している。結果、対ロシア戦争での有効な武器として活かされ始めたのが、今のウクライナの対ロシア戦線での反撃の1つの要因といえよう。

 この状況を端的に報告されたのが、この服部氏によるこの記事であるともいえる。

 

 技術そのものの存在と保有自体は、イノベーションの必要条件であるが、十分条件ではない、ということである。十分条件として、多様な試行錯誤を試みる競争的主体群の形成と、それらの主体の多様な市場の中での模索による(この場合は対ロシア戦の戦場の中での)有効技術の取捨選択、これがあってイノベーションの必要十分条件が揃うということであろう。ウクライナのドローン技術の発展、そして、対ロシア戦での多面的な戦果が、まさにこのことを示していると言える。

 

 ウクライナは、対ロシア戦終了後、この新たな伝統を活かせるのであろうか。それともロシアによる侵略以前の旧ソ連時代以来の巨大国有企業支配の世界に戻るのであろうか。多分、この経験は、技術者、新興企業の経営者、そして旧国有企業を引き継いだ人々にも、浸透し、新たな伝統として、ロシアによる侵略戦争終了後のウクライナ再生の際に、改めて活用されていくものとなるのではないか。特にEU市場と緊密な関係をもつようになれば、この方向での技術の展開が主力になる。そんなふうに思える。

 ロシアによる侵略による多様な多数の悲惨な状況の現出の中での、数少ないウクライナ国の将来展望を明るくする要素が、ここには含まれている、と言えそうである。対露戦を生き延びたウクライナ国が、EUの中での活力ある国民経済の中核要素として、このドローン産業での技術革新の簇生の経験は活かされていくように思えてならない。

 旧ソ連国家、その巨大国有企業のもっていた先進的技術が、市場経済での国民経済としての競争力の形成に大きく寄与する可能性を、ロシアからの侵略に苦しんだがゆえに、ウクライナはようやく現実化できるようになったのではないか。

 

 前に、このブログで、ウクライナに進出した外資系企業がウクライナ外の企業に発注した風力発電機について、ウクライナの旧国有企業が自分でも「できる」と、自社で同様な製品を製作し、自社の前にわざわざ展示した話を、松里公孝著『ウクライナ動乱 −ソ連解体から露ウ戦争まで』(ちくま新書、2023年)を引用して紹介したが、そのような企業姿勢が大きく変わる可能性を秘めた、ウクライナのドローン産業の新興企業群を主体とする発展ともいえよう。

 

 こうなると気になるのが、ロシアの方での軍事用ドローンを含めた軍需品の調達のあり方である。どこまで自国で軍事用ドローン等の軍需品を開発しているのか、部品等の調達はどのようになっているのか、これが気になってきた。特に、戦闘状況に応じた、戦場でのロシア軍の需要に応じた開発を、柔軟に行っているのか、これが気になる。

 すなわち、ロシアの調達している戦闘用ドローン等の軍需品は、完成品の輸入か、それともロシア製か、ということから始まり、さらに、ロシア製だとしても、どこまでロシアで戦場のニーズに迅速対応して開発し、ロシア製の部品を作っているのか、である。その上で、ロシア製だとして、それを担っているのは、旧来の軍需製品生産の国有巨大企業か、それとも、ウクライナのように新興ベンチャー企業群かである。

これらの在り方で、ロシア軍にとって、今必要なドローン等の新規開発が、どれほど迅速に、かつ、戦地の需要に応じて展開されているかが決まってくるであろう。

ただ、このような点についての直接的な情報は、ほとんど入ってきていない。ロシア軍もドローンを多用していることは伝わってくるが、そのドローンの内容や多様性、新たな開発状況等については、残念ながら、全く聞こえてこない。ロシアは、中国やイラン等からそれぞれの国の最新の軍事用ドローンを大量に相対的に安価に調達できるだけに、ロシア内での新開発や独自ドローンの生産はあまり行われていないのではないかと、想像するだけである。

 

ウクライナ侵略によって生じた巨大な軍需、その生産拡大を担っているのは、誰か、これが問われることになる。旧態依然とした国有大企業出自の旧ソ連以来の大企業であれば、ウクライナの国有企業出自の企業と同じ発想、他国の先進技術製品を取り込んで、それなりの先端兵器を作れるが、対ウクライナ戦向けに求められる独自技術、イノベーションを生み出すことがなく、旧ソ連からの兵器の多少のグレードアップに終始している可能性が大である。

イノベーションを起こすような企業間競争に巻き込まれ、揉まれたことない、旧ソ連由来の(旧)国有大企業とその経営陣ということになろう。ある意味、先端的な兵器であるが、「コンコルドスキー」的なものの開発に終始しているのではないだろうか。

そこから示唆されることは、ウクライナでの旧ソ連型計画経済下の国有大企業経営が、戦時下、窮地に陥ったゆえに変革され、ニーズに対応した革新的かつ競争的企業群とその経営者群の形成、それに対応できないロシアの旧国有大企業出自の企業群とその経営陣との、ロシアとウクライナとでの共存、そしてウクライナ工業企業群の脱計画経済の本格化すなわち市場経済の本格化そして工業活性化・先端化の進展、他方でのロシア工業の依然とした非工業化の進展となろう。

 

これが、ロシアのウクライナ侵略とその長期化と、その中でのウクライナの反撃により生じた新たな旧ソ連工業での動きと言えそうである。中国経済での先進工業化進展、そしてそれに次いで生じたのが旧ソ連の中でのウクライナの先進工業化進展で、それがロシアによるウクライナ侵略戦争の長期化の結果として、見込まれるのではないだろうか。こんなことが、日本そして中国の中小企業中心に見た工業経済研究者であった私が、今思っていることである。

できれば、あと数年、元気に生き、ウクライナとロシアの工業の行く末を、この目で見てみたいものである。

 

 

2026年6月25日木曜日

6月25日  武内進一編著『アフリカの国家建設  自分たちの国をつくる』を読んで

 武内進一編著『アフリカの国家建設

 自分たちの国をつくる』

白水社、2026年 を読んで

 渡辺幸男


 本著は、私にとり、西欧諸国による植民地とは何か、特にサハラ以南のアフリカ地域にとって、何を意味したのかを、改めて考えること、考え直すことを突きつけられた著作であった。

 

 カリブ海の島々や北米植民地と、そこでの先住民族との関係を通してみた「植民地」形成、先住民族の生活基盤を一方的に破壊し、さらには先住民の生物としての存在を否定し、島々や大陸の主要部分から排除し、島々や大陸空間を、植民する西欧諸国出身の人々の専有物にしてしまう「植民地」、これが一方の極にある「植民地」のあり方といえよう。

それに対して、南アジアや東アジアにみられたような、先住民の社会を再編し、そこから西欧諸国が搾取をする「植民地」、インド亜大陸に典型的に見られたような先住民社会を残し、それを搾取対象として再編成する「植民地」、西欧諸国民が支配者として移民し、現地社会を徹底的に搾取するタイプの「植民地」が他方で考えられる。

私は、今まで西欧諸国による植民地のあり方として、この2つのタイプの存在で理解していた。メキシコや南米のアンデス山脈の太平洋側の諸国は、後者の植民地と質的には同様な関係と理解していた。また、アンデス山脈の大西洋側の地域については、北米のような先住民排除型の植民地と理解していた。

 

そのため、私の頭の中には、本書で取り上げられている、西欧人によるアフリカでの植民地経営と、その後の現地人による独立という植民地関係の独自のあり方についての理解は、極めて希薄だった。

 

本書で描かれているアフリカの植民地は、先住民の一方的排除や皆殺しではない。また既存の先住民の社会そして民族あるいは既存の「前近代国家」を前提にし、それの占領そして支配による先住民搾取型の植民地の形成でもなく、それらのいずれでもない。それらとは異なる形といえる、既存先住民の在り方と無関係で、かつ先住民支配活用を行う植民地形成が生じた。そして、その後、先住民社会のあり方と無関係な恣意的な植民地の境界を前提とした国家が形成された。そのような諸国の現代までの話である。

植民地としてアフリカでそれぞれ一定の領域を支配する西欧諸国、その領域はそこに住む人々とは無関係に占領され分割され、特定の西欧の国の植民地として宣言され、支配される。各植民地ごとに、そこに住む先住民の文化的な一体性や、植民地以前の支配関係とは全く関係なく、各西欧諸国による支配地域の領域が確定され、それを前提に、その領域に住む人々が独立を求める、これがアフリカの植民地の独立、極端に言えば、こういうことになる。西欧各国の植民地形成のための恣意的な支配領域の線引きが、アフリカ大陸については、近々の19世紀に行われ、その結果を前提に先住民による20世紀後半での独立国家の形成が生じ、そして国家建設が行われた。これが本書で記述されている、サハラ以南のアフリカ諸国の成り立ちの大勢ということになる。

 

そんな状況のアフリカで、特に私の無知を大いに自覚させられたのが、ケニアの独立と、その看板、独立の英雄とも言えるケニヤッタ氏の存在についての不十分な認識であった。楠和樹氏による本書の第4章「牧畜民からみた国家建設 ケニアにおけるマサイの領域統治と土地喪失」がそれを明確にしている。ケニヤッタ氏は農耕民のキクユの出身であり、牧畜民であるマサイの人々と、大きくその地域とのつながりや利害が異なっていたとのことである。独立の時期にケニアを含めた広域地域で牧畜業を営んでいたマサイの人々とは、ある面で対立した人である。英雄としてのケニヤッタ氏は、あくまでも農耕民としてのキクユの人々にとってのそれであり、牧畜民としてのマサイの利害とは大きくずれていたとのことである。1960年代、ケニアの独立の報道に接し、私はこのような状況を全く理解していなかった。

しかも、このようなマサイの人々が暮らす地域の分断と縮小は、アフリカの年と呼ばれた20世紀後半の時期に生じている。第一次大戦以降の多くの植民地を含んだ「民族国家」の成立とはあまりにもかけ離れた形で、アフリカでのアフリカの年における独立そして国家形成は生じていた、とも言えそうである。多数派民族の支配する国家の中の少数派民族の問題でもない。民族的な存在と無関係な国家の形成である。

サハラ以南のアフリカ諸国が、1960年代に数多く独立したが、それは植民した西欧出自の人々の独立国家の形成を目指した南アフリカの例はあるが、多くは、そこで元々生活していた人々による、それらの人々の文化や言語に関係なく西欧諸国の占領時における都合で国境を引かれた植民地の、その国境を前提とした独立であったことを、私自身としては、初めて具体的な形で認識させられたのが、本書であった。

先住民の人々による国づくりが始まったわけだが、それは、民族単位の国家とは程遠い以上に、無関係な存在としての国家の出発であった。複数が1つの国になるというだけではなく、民族的存在の恣意的な分断を含むものであった。それも結果的に。

 

このようなそこに住んでいる先住民の在り方とは関係なく、占領していた西欧諸国が勝手に引いた国境、これを大前提に、先住民主体の国家を形成する。これがサハラ以南のアフリカの新興独立国の国家形成の特徴だということである。それから数十年後、南アフリカでの西欧植民者の一方的支配としてのアパルトヘイトが終わり、一層、このような国家形成が一般化したと言える。なお、南アフリカについては、現在多数派として支配政党を担っている先住民系の人々、黒人の方々も、多くは南アフリカ植民地形成後に移住してきた近隣の先住民系の方々とその子孫が多いということが言及されている。植民地形成時の当該地域の先住民そのものやその子孫中心ではないようである。

 

植民地化以前の「民族」を単位としての民族国家の形成、それとは最も遠いのが、サハラ以南のアフリカ諸国なのだということである。国境が先住民の社会と関係なく引かれ、かつアフリカ内でも大規模な移動が生じた、あるいは生じさせられたこと、これらがこのような状況を生み出しているとのことである。

 

ここから生じることは、なんであろうか。

 

まずは、国民国家としての「国民」ないし「民族」の改めての形成の必要、ということになろうか。どの系統の人々が主導権を握るか、それにより、その国の主導者の系統、あるいは言語が決まるということであろう。あるいは、このような状況ゆえに、旧宗主国の言語や文化が、幅を利かせてしまうのであろうか。

 

中小企業研究者になる前の1960年代まで、現代社会の出来事に幅広く関心を持ち、新書等を広く渉猟したつもりだった私、植民地独立闘争等にも関心を持って見てきた筈の私であるが、その知識は1960年代の常識的な、否、浅薄な理解にとどまっていること、これを改めて痛感させられたのが、本書である。