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2026年5月23日土曜日

5月23日 FT, ‘BIG READ. AUTO INDUSTRY’ を読んで

 FT, Inagaki, K. & E. White, BIG READ. AUTO INDUSTRY,

(22 May 2026, p.15) を読んで 

渡辺幸男

 

 本特集記事は、中国の自動車産業の動向を伝え、分析する、稲垣氏等による最新の特集記事である。本特集の見出しは、「メイドイン中国の欧州車群」であり、「西側の自動車メーカー群は、彼らの自国マーケットに、中国の過剰な生産能力を利用し、低コストの車両を輸出しているが、同時に海外の技術に依存しすぎとなることを恐れている」である。

 

 昨年も、本ブログで、同じ稲垣氏らによって書かれた特集記事を何回か紹介してきた。いずれの特集記事も、中国に進出した欧州系乗用車メーカーを巡る状況の紹介とその意味の分析であった。昨年11月の記事は、ドイツのVWをめぐる記事で、ドイツ国内生産拠点の縮小と、開発を含めた中国での生産強化が、ドイツのVWによって実行されようとしているという、衝撃的な特集であった。今回は、中国で生産する、外資系や中国系のより多くの乗用車メーカーを対象に、ほぼ同様な議論が展開されている。

 ごく単純にまとめれば、中国系メーカーが、中国内での過剰生産と激しい競争を前に、より利益の出る海外市場、それも欧州市場等の先進工業国市場へと進出し、その結果、中国が世界最大の乗用車輸出国となった、という形で、中国系企業も含めて議論がまとめられている。

 そこで紹介されているグラフ、「中国乗用車輸出の爆発」と題された2つないし3つのグラフが大変興味深い。1つは、2021年から2025年にかけての5年間の乗用車輸出台数と同輸出金額の推移を示したグラフである。5年間で200万台から700万台へと台数で約3.5倍、金額で見ると、2百億ドル余程度から11百億ドル程度へと5倍程度の急拡大となっている。

残りの2つのグラフは、2020年と2025年それぞれのトップテンの企業の外資系を含む中国の自動車輸出企業の順位とそれらの輸出台数を示したグラフである。ここで興味深いのは5年間で、第1位の輸出企業の輸出台数が、30万台程度から130万台程度と急増していることと、首位の企業が上海汽車から奇瑞汽車へと入れ替わっていること、さらに2020年には圏外であった比亜迪が2位、100万台を輸出しているということである。なお、上海汽車は2025年でも3位にとどまり、50万台を輸出し5年間で20万台程度輸出を拡大しているが、その拡大が見えにくくなるほど、他の2社の拡大は大きい。さらに注目されることは、全体が急拡大している中で、上位10社のうち5社まで5年間で入れ替わっていることである。

 

半端ではない輸出拡大を実現し、かつ、その主要な担い手は、各社が拡大する中でも、その順位や表記企業が、5年程度の期間で、大きく入れ替わっている。これが今の中国の自動車産業、否、中国の工業全般の状況を端的に表現していると、私には思われる。

同時に、ここで注目されることは、乗用車産業について言えば、海外輸出拡大は、国内生産過剰ゆえの、原価を切った、あるいはそれスレスレの輸出の拡大、すなわちダンピング輸出とは、全く言えなそうもないということである。この記事の中で触れられているのは、海外輸出の方が採算的に合うので、奇瑞汽車は積極的に輸出を拡大しているということである。高度成長期の日本の鉄鋼業に一時期見られたような、国内市場向けの生産過剰下での、過剰製品分の採算を度外視しての輸出と同様なものとは、いえそうもないのである。海外が国内より儲かるから、海外市場を急拡大させている。こう言えるのだという。

巨大な市場に育った中国国内市場を前提に、垂直社会的分業下での国内での諸企業による部材からの一貫した生産の拡大と、EV生産をめぐり多様な分野・側面での技術革新が生じ、これにより、実質的な生産コストが、製品の品質向上を伴いながら下落し、国内需要すなわち市場を一層広げている。しかし、国内市場では競合メーカーが多く、競争が激しく、巨大市場が依然として拡大していながら、寡占的市場支配を実現できず、価格競争も激しく、あまり儲からない。他方で、国内生産体系での技術革新と規模の経済性の実現とを活用すれば、海外市場で強い競争力を発揮することは可能であり、それを前提に、輸出が急拡大しているのが、今の中国の乗用車産業、ということになる。

国際競争力を巨大国内市場の存在を前提としての技術革新を通して実現したが、資本の集中が進まないため、その利益は製品価格の低下と国内市場の拡大へと反映するだけで、企業利益の大幅増にはならない。それに対して、海外市場は、中国のEVメーカーから見たら旧態依然とした内燃機関中心の技術革新の進展が遅い寡占的市場である。そこに輸出や直接投資で進出すれば、高い収益性を実現できる、こんな展望が見えてくる。それを着々と、一部の企業は実現し始めている、というのが、このグラフに表現されていることであろう。

 

また、この記事に書かれていることは、このような中国企業の状況下で、その輸出拡大にさらされている欧州市場、欧州市場の既存企業、同時にこれらの企業はかつて中国市場の形成過程で直接投資を中国に行った企業であった。それらがVWをはじめとして、中国市場の拡大とその技術的先進化の下で、どのように生き残るか模索している姿を紹介したものでもあるといえる。

 

 私が初めて中国の現地調査を経験したのは、2000年であった。それから四半世紀余、中国工業の位置は、激しい競争下での、その先進技術化と、巨大な国内市場ゆえに、独自に発展し、かつて米国市場が占めていた位置を、中国市場も占めるようになり、世界の工業の主役の1つである乗用車の製品・生産技術の発展をもリードし始めたとも言えそうである。そして、その道は、かつての日系企業のように米国市場依存へと傾斜することなく、巨大国内市場の開拓を前提にした上で、グローバル化を実現しそうに見える。

時代は変わった、と改めて感じた次第である。

 

 EV化促進を拒否した米トランプ政権下での米国乗用車工業、そして米国市場に専ら依存する日系乗用車メーカー、これらのかつての覇者企業群は、これからの世界市場でどういう位置付けに置かれるのであろうか。これは乗用車産業だけの問題ではないが。FTでは、乗用車メーカーについては、専ら欧州系メーカーが取り上げられ、米系メーカーや日系メーカーについての分析は少ないようであるが。

 

 さらには、内燃機関の乗用車産業さえ維持し得ていない旧ソ連を引き継ぐロシア工業とその市場、欧州ほどの市場としての魅力も中国系乗用車メーカーにとってはないのかもしれない。欧州市場の周辺市場として位置付けられて、中国系メーカーの進出の対象となるようにも思われる。

2026年5月17日日曜日

5月17日  FT「ロシアのミサイルに西側製の部品が見出された」を読んで

 FT記事、

「ロシアのミサイルに西側製の部品が見出された」を読んで

Miller, C., C.Cook, & N.Sedoon, 

Ukraine war  Western parts found in Russian missiles 

 FT, 16 May 2026, p.2 

渡辺幸男 

 

 副見出しは、「部品は重要な軍事用部材についての輸出規制が始まって長くたってから製造されたもの」と言う指摘と、「「それぞれのミサイルが100以上の西側で作られた(部品)を含んでいる」というVlasiuk氏(ウクライナの輸出規制関連係官のトップ)の発言」からなっている。

 

 内容は、見出しに見られるように、この木曜日に、ウクライナに多数打ち込まれたロシア製のミサイルの残骸からわかったことは、半導体チップ等の主要部品に、依然として西側諸国製の部材が100以上使われていると言うこと、そしてそれがTIAMDといったメーカーの2024年や2025年製のシリアルナンバーがついたものであったということである。すなわち、西側諸国の制裁によって規制されている部材が、ウクライナに現在打ち込まれているロシアのミサイルに依然として使われていることの確認である。

 ロシアは現在ウクライナ侵略のために多数のミサイルを生産しているが、それらの生産のために、米国により輸出規制がなされている多くの部材を第3国経由で手に入れることができているし、また、中国製のクローン部品に置き換えたりもされているということが指摘されている。

 すなわち、西側の制裁により厳しく輸出規制がされているが、第3国経由での入手や中国製への置き換えで、依然として主要部品輸入に依存しながらも、ロシアは、自国製の巡航ミサイルの量産体制を維持し、それをウクライナ侵略に使用している、というのが、この記事の内容と言える。

 

 この記事が確認し、経済制裁との関連で主張していること、それ自体が興味深いといえる。が、私としては、その上で、工業経済、工業発展の元研究者としての私としては、いつもの疑問、そしてそのことの持つロシア経済にとって、長期的な意味の重要性を、その事実を通して改めて感じてしまう。

 

 すなわち、ウクライナ本格侵略開始から4年余が経ち、すなわち、西側の最新軍需製品の主要部材についての対ロシア輸出規制が本格化してから4年が経過しながら、主要軍需製品である巡航ミサイルの主要部材について、依然として西側の部材の間接輸入と中国製クローンの輸入に大きく依存しているし、依存できている、否、依存せざるを得ないでいる、ロシアの軍需産業の状況をどう考えたら良いのか、ということである。すなわち、ロシア工業の現状の産業としての自立性のなさが、改めて確認されたことの持つ意味である。

 

 なぜ、ロシア工業は、旧ソ連のそれなりに先進的であった工業、特に兵器産業の当時の先端的な主要生産機能を引き継いでいながら、主要部材について、間接輸入に依存し、中国製のクローンにさえ依存せざるを得ないのはなぜなのか。豊かな天然資源輸出による資金と旧ソ連から引き継いだ軍需産業をもとに、特に巡航ミサイル等のトータルな部材からの生産技術をもとに、軍需用先端部材についてのロシア内生産化を、何故、実現できないのであろうか、という疑問である。

これが、可能であれば、高い金を払って既製品の第3国からの輸入をしないで済むし、中国に依存しないで自律・自立的な軍需産業を構築できるはずである。旧ソ連からの、当時は先進的であった基礎的な軍事製品生産技術の継承を前提にすれば、素人考えでは、4年という年限は十分とは言えないとしても、それなりに開発を実現することができる年限ではないか、と思われる。兵器産業の人材は元々存在したはずだし、天然資源の輸出により資金もかなり豊富に存在し、需要そのものは引く手数多に存在するのであるから、ロシア国内で、この記事で取り上げられているようなチップ部品を、少なくとも軍需用に特化したものであれば、需要は豊富にあるのであるから、国内量産化を実現できるのではないか。そう考えるのである。

 しかし、実態は、この記事にあるように、依然として西側頼りから抜け出られず、多少なりとも、当初から代替したのは、兵器産業では旧ソ連の技術を引き継いだ後発工業国のはずの中国メーカーの生産に依存することによってである、というのである。これをどう見るべきであろうか。

 

 プーチン政権は、ロシアの工業の改めての先進工業化に向けての政策を放棄したのであろうか。私が、かねて主張しているように、ロシア経済の非工業化が、プーチン政権下、そしてウクライナ侵略戦争下で、一層進行したのであろうか。プーチンの意図としては、先端工業化政策を放棄してはいないのであろう。しかし、ウクライナ戦争遂行のための軍事費を維持し、侵略戦争を国民に受け入れさせるために、ロシア国民の生活水準のある程度の向上の実現との両立を実現させざるを得ない。このような政策をとったことの必然的結果として、少なくとも当面は、先進工業化実現を目指しての大量資金投入を諦めざるを得ない、ということなのであろう。

 豊富な原油等の第一次産品の生産、輸出による豊かな外貨収入を前提にしても、長期化している軍事費拡大と、国民生活のそれなりの向上の実現とで、手一杯であり、本格的な先進工業化へ向けての投資を行うことはできないでいる。それが現状なのであろう。ただ、大量の資金を投入したところで、競争的主体が多数生まれるようなことがないような、今のロシアの生産システムでは、台湾や中国に対抗できるような先端工業化推進を実現できるとは、私には思えないが。

 ウクライナ侵略のロシア経済、ロシア工業にとって持つ長期的な意味、これは、極めて重大であることを、この最近のロシア製巡航ミサイルの構成部品が物語っているとも言える。ウクライナ侵略のために今最も必要な最新型の巡航ミサイルの先端技術を担った主要部品でさえ、依然として西側製か中国製を多く含むのである。ロシア化、国産化の進行は実現していないことを、如実に示す記事となっている。

西側のロシアに対する先端工業部材の輸出禁止という制裁措置は、第3国経由で回避されるか中国製で代替され、巡航ミサイルの生産をロシアは維持できている。できているから、戦争を続行できている。しかし、そのことは、同時に、ロシア国内生産の部材のみでは先進的巡航ミサイルさえ作れない、今のロシア工業の水準を示唆している。そして、ウクライナ戦争勝利のために国内生産化が最も求められる先端的兵器でさえ、部材を含めた国産化には程遠い。こんなロシア工業の現状が露呈している記事である。中国製の部材に依存する、依存せざるをえないことはあっても、国内産の部材にもっぱら依存して巡航ミサイルを製造することはできないのである。

 

プーチンの下でのロシアの非工業化の進行、一次産品輸出国への道の結果的追求は、留まるところを知らない、といったところであろう。こんなロシア非工業化の再確認に近い感想を、私に持たらしたのが、この記事である。

 

 

2026年2月3日火曜日

2月3日 日経とFTの記事から見たロシアの非工業化の進展

 日経とFTの記事から見たロシアの非工業化の進展

日経記事 薬文江「中国 半導体装置を国産化」

日本経済新聞、2026131日(12版)7ページ

FT記事 Seddon, M. & C. Cook Russia remains dependent on foreign tech

Financial Times, 2 Feb. 2026, p.2 

を読んで 渡辺幸男

 

サブタイトルが「昨年、世界上位20社に3社」「米の輸出規制で台頭」という、日経の記事は、世界の半導体製造装置メーカーの売上高上位20社について、2022年と2025年(見込み)のそれぞれの年のそれをリストアップし、それを国別に見た場合、どのような分布に変化したのかを見たものである。

 掲載された表によれば、上位20社の中では、日系企業が多く、2022年には8社、2025年には9社となっている。そして、それについで、EUの企業が両年とも5社、米社は22年が3社、25年が2社である。そして、22年はそれ以外では韓国が2社、シンガポールが1社、中国が1社であるのに対し、25年には、中国が3社、シンガポールが1社で韓国がゼロである。すなわち、韓国の2社にかわり、中国が2社増えて3社となった表である。変化としては、中国系企業の躍進が目立つ形となっている。記事自体も、その見出しから分かるように、この中国装置メーカーの躍進に注目したものである。

 

 ただ、私の視点ないしは最近の関心からは、別の点が改めて気になった。すなわち、世界の主要工業国がこの表の企業の出身国として掲げられ、ほぼすべて、すなわち、EU、米国、東アジアの日本を含め韓国等が挙げられ、その中に中国も入ってきている、というのであるが、旧ソ連という「先進工業国」であったはずの経済圏、旧ソ連圏出自の諸国家の製造装置企業が皆無という事実である。旧東ドイツは現在のドイツの一部になっていて、エキサイトという企業がドイツ系企業として表に出ており、勉強不足の私には、その企業の由来をわかっていないので、厳密な議論ではないが、何れにしても旧ソ連邦から分かれた諸国の企業は皆無ということは事実である。

 半導体産業に詳しい人から見たら、旧ソ連出自の国の半導体製造装置企業が、この表で皆無なことは当たり前過ぎることなのかもしれない。私も、旧ソ連が達成していた「先端工業」のなかにおいて、IT関連の工業が非常に遅れていたことは多少知っていた。が、旧ソ連解体後35年が経過しても、半導体製造装置において、有力企業が皆無というのは、現代の先端工業での半導体の占める位置が大きいだけに、やはり注目すべき点であると思われる。

 それに対して、中国は、ということになる。旧社会主義体制が崩壊した時点では、明らかに先端的な工業と言える工業は、旧ソ連と異なり、市場競争力があるかどうかを別としても、保有していなかったといえよう。それが、30年余のうちに、有力な半導体製造装置メーカーが何社も登場している、ということになる。

 この際、決定的に重要なのは、そして政府の積極的な育成策以上に重要と私には思われるのは、この記事にも書いてあるように、中国市場が半導体製造装置市場としても世界の4割を占める市場であるということであろう。この巨大な国内市場、強大な半導体需要とその生産のためのこれまた巨大な製造装置の国内需要を前提に、中国政府の支援策を活かし、かつ米政府規制による先端的製造装置の輸入困難化が重なり、極めて多くの新生の半導体製造装置メーカーが中国内で誕生し、激しく競争し、その中のいくつかの企業が急成長したということができる。もちろん、既存の米欧日韓等の半導体製造装置メーカーが存在しながらの成長は生やさしいことではないと言えるが、自国市場が巨大な市場であることは、自国系の企業が有力企業として成長するための極めて重要かつ有効な条件であることは、当然のことといえよう。

 それに対して、ロシアはどうであろうか。EU市場と一体化し、その市場でのIT需要、そして半導体需要の大きさを活かし、積極的にIT産業育成策を実施し、それに成功していれば、旧ソ連解体後の市場経済のもとでの35年の年月は、新たな半導体製造装置メーカー等のIT産業での有力企業を育成することも、中国がそうであったように、論理的には、可能であった時間の長さといえよう。しかし、結果はこの記事が象徴的に示しているように、旧ソ連圏、ましてや旧ソ連邦の後継諸国では、半導体製造産業それ自体も育たなかったし、ましてやそのための製造装置産業企業も育たなかった。少なくとも、有力半導体製造企業群とそのための製造装置産業企業群の形成について、ロシアの工業について関心を持つ人間の一人である日本の私には伝わってきていない。中国との大きな違いである。このような状況を、改めて示したのが、この記事であるともいえよう。

 

 これをどのように見るべきか。ロシアの人口1億4千万人余、これに旧ソ連の他の諸国、ソ連経済圏の諸国、そして旧ソ連崩壊後急接近したEU市場、これらを合わせれば、十分巨大な現代工業が発展する市場の大きさである。EUと旧ソ連圏諸国市場、EUに加盟した諸国を別とすれば、必ずしも市場として一体化したとは言えないが、旧ソ連解体後にロシアが市場経済化を急速に進める中では、ロシア経済はEU市場を前提にしていたといえよう。

 ただし、欧州市場でのロシアの基本的な位置は、早急な市場経済化を実行したこともあり、「先進工業」製品をそれなりに製造可能であったロシアであるが、その工業の担い手の諸企業には市場競争力がほぼなく、市場開放によりほぼ壊滅、ないしはロシア国家により政策的に維持されるだけの存在になったようである。他方で、豊富な一次産業、農産物や鉱産物については、豊富な天然資源と自然環境とにより、当面の競争優位を、欧州市場で形成し得た。結果、欧州市場の中の一次産品供給国として、その存立を拡大し、他方で、あるいは「それゆえに」とも言えるかもしれないが、「先進工業」部分の市場経済下での先端工業化には失敗した。しかし、それなりに豊かにはなった。このように見ることができよう。

国内市場として潜在的には巨大であったが、あまりにも低価格志向の市場であり、先進国工業製品では資本財も含め高価過ぎ、当時の先進工業製品が国内市場向けに浸透しえなかった中国との大きな差異と言えよう。結果、中国では、国内市場を出発点として、極めて多くの市場経済に適合した新興企業が育ったが、ロシアではそのような新工業企業の簇生は、工業分野では生じなかったように見える。

 

その中で、ロシアによるウクライナ侵略が試みられ、米欧日等から経済制裁をロシアは被ることとなった。結果、欧州市場への一次産品輸出国として、欧州市場の中で一定の地位を確立しつつあったロシア経済だが、制裁の結果、欧州市場への一次産品輸出国としての存立に依存しては、それなりの成長どころか、ソ連解体後に実現した国民生活水準を維持することも難しくなった。

 

 

 以上の日経記事に触発された文書を書いているうちに、下記のようの記事が202622日付のFTに掲載された。上記の記事に対する私の感想と大きく関係するので、その紹介と、それを通して、私が感じたことを書いてみたい。

 

FTの記事は22日付のものの2ページに掲載された、Seddon, M. & C. Cookの共著の記事で、タイトルは ‘Russia remains dependent on foreign tech’とあり、副題は、「クレムリンの内部文書は、基幹的な制裁されている輸入品に代替するための戦いを示している」とされている。

 私の関心に基づき、記事の内容を要約的に紹介すれば、まずは、紹介されているロシア政府の内部文書では、ウクライナ侵略以来西側の技術への依存を弱めようとしてきたが、ドローン等の重要な軍事製品製造技術領域で輸入に依存し続けているとし、2030年までに技術的自立を獲得するようにロシア経済を転換することが必要であるとしている、とのことである。

 しかし、それに対し、記者たちは、ベルリンの専門家の意見を紹介し、現行では海外からの基幹的技術製品であまりにも大きく輸入に依存していることから、ロシアの計画は極めて楽観的であるとしている。また、西側の制裁で、技術的に充足することがロシアの多くの分野で困難になっていると、その専門家は指摘している。例えば、ロシアの最新型の巡航ミサイルの部品の50%ほどが多様な国の多様な部品を輸入してできている。そのような状況のため、制裁によりロシアは中国から調達せざるを得なくなり、中国はロシアが輸入するマイクロ・エレクトロニクス製品の90%を供給している、と指摘している。

また、旅客機不足を補うための努力もうまくいかず、西側の部品供給が途絶したことで、改めて開発し直さねばならなくなっている。また報告書はロシアの基幹部門の企業の80%が、現行の46%から2030年までにロシア製のソフトを使用するようになると、ファンタジーと言えるような予測をしていると、専門家は見ている。

 

 この記事の紹介からも、ロシアの技術面での西側依存、特にIT産業関連での技術的自立性の欠如が理解されよう。ロシア製の最新の巡航ミサイルの主要部品の多くが、西側の企業の製造した部品であり、西側諸国の制裁に対応し国内生産へ移行することができないのである。また、西側の制裁が本格化してから、すでに数年経過した時点での上記の報告書で、今なお、過半の主要企業が西側企業の開発したソフトを使用している状況ということでもある。

 

 このような状況をなんとかしなければ、という意識はプーチン政権内部にもあるようで、プーチン大統領の任期である2030年までにはなんとかと考えているようである。ということは、ウクライナへの侵略戦争はプーチンが満足する形での終わりは見えていないのに、あと4年しか無いことになる。西側から半導体製造装置も輸入できず、中国製の装置だけで、どの程度のものを作ることができるというのであろうか。たとえ、半導体の設計自体はできたとしても、先端的な半導体をどんな製造装置によって、誰によって組立、西側から輸入しているそれに変えるものを作ることができるというのであろうか。

 ウクライナ侵略が本格化し、西側の経済制裁が本格実行される中で、すでに4年が過ぎようとしている。その状況の継続下で、ロシアのIT産業の本格形成が本当に2030年までの残りの4年でできると考えているのであろうか。ましてや、中国へ依存でき、中国はそれなりに先端的に近いIT製品を生産できるのであり、そこからの輸入に依存することが可能である。そのような状況にあり、かつ、ウクライナ侵略戦争遂行とそこでのそれなりの「勝利」が第一であるロシアそしてプーチンが、内製へと切り替えるきっかけを掴めるのであろうか。

国内産の製品がたとえそれなりにできるようになったとしても、試作品を試用し、本格使用を目指すような余裕が、兵器生産の企業を含め今のロシアの企業群にあるのであろうか。私には、プーチンそしてロシア政府にそのような余裕はなく、その時使えるものがあれば、それを優先、すなわち、中国製の部品を優先して使用し、国内での試作品の試用を行う余裕など皆無のように見える。まさに記事にあるように、2030年までに、というのは、‘fantasy’、夢物語であろう。

試作用の部品ができる、ということ自体も、市場経済化したのちのロシア企業の行動を、それなりに見てきたものにとっては夢物語そのものとは思えるのだが。ましてや、実用化できるというというのは、・・・???である。

 

 このように2月に入ってからの日経とFTの2つの記事を見てくると、ロシアの工業の現状の今の「先進工業」からの遅れ、否、相対的な後退が見えてくる。そして、それを逆転し遅れを取り戻そうというロシア政府の意思は存在していそうである。だが、ウクライナへの侵略は、意図的にはロシア工業の自律的再先進工業化を志向していたとしても、本格的国内生産に向けての試行さえ無理であり、結果的には、西側の工業への依存から中国の工業への依存へと調達先を押し曲げるしか選択肢はないと言えそうである。結果、ウクライナ侵略の長期化は、ロシア工業の非先進工業化そして非工業化のさらなる促進をもたらすことになりそうである。

ウクライナ侵略の長期化により、2030年までのプーチン政権下での先進工業化、非「非工業化」の実現は、その端緒だけだとしても、無理であり、夢物語そのものであるといえよう。私には、このように見えてくる。

 

できれば、2030年のロシアの工業状況を、この目で直接は見ることができ無いにしても、新聞等の情報を通してでも、見てみたいものである。非工業化がさらに進行した2030年代のロシアは、完全に中国経済圏の一次産品供給国化しているのでは無いか、と私は予測しているのだが。

2025年11月26日水曜日

11月26日 FT記事、Chinese companies push up price of Russia’s war supplies を読んで

 Cook, C. Chinese companies push up price of Russia’s war supplies

FT, 25 Nov. 2025, p.3


を読んで 渡辺幸男

 

 ロシアによるウクライナ本格侵略開始後の中露貿易の動向が、機械工業関連について紹介されている記事である。その小見出しでは、「中国の輸出業者たちは、ロシアの軍需産業関連バイヤーに対する価格を引き上げ、西側の制裁で輸入を制限され、彼らの供給に依存せざるを得ないことから利益を得ている、と新たな調査研究が明らかにした」としている。

 

 具体的な中身として、特に機械・同関連産業に分類されるような戦争遂行に不可欠であるような製品について、西側の制裁は、輸入製品の価格をより高価にすることで、ロシアの物的生産能力を制約しているとしている、という報告を紹介している。

その中でも、特に私が注目したのは、中国からロシア向けの「ボールベアリング」の輸出についての数字である。2021年と2024年とを比較し、ロシアの中国からの輸入金額は76%増大しているが、中国からのロシア向けの輸出量はその期間に13%も下落している、という指摘である。機械や兵器生産において不可欠な部品であるボールベアリングの中国からの輸入金額は急増しているのに、中国からの輸入数量は逆に減少しているのである。ボールベアリングの単位あたりの価格が倍増しているにもかかわらず、輸入の拡大にはつながっていないということを示唆している可能性が高いといえよう。

 

これをどう見るべきであろうか。

ベアリングは、機械や兵器の生産には不可欠な部品である。また、中国政府ないしは中国企業が、主体的に輸出を制限しているということは考えられにくい。そうであるならば、可能性の1つとしては、中国製のベアリングの価格が急騰し、ロシアが他国からの調達を行い、中国製品の価格が高止まりしながらも、調達先代替により中国からの調達が減少している、ということがありうる。いま一つの可能性は、戦時下にあるロシアだが、輸入原資が不足してきていて、思うように輸入量を増やすどころか維持することさえできなくなったということが考えられる。さらには、ロシア国内での機械や兵器の生産それ自体の水準拡大どころか維持さえ困難となり、部品としてのベアリング需要が減り、中国からの調達も縮小したという可能性も考えられる。

 

制裁に参加している西側諸国以外で、機械や兵器に使用可能なレベルの部品を大量に供給可能で、中国からの調達に量的にも代替可能な工業国は、果たして存在しているのであろうか。この記事にも書かれているように、制裁に参加していない国からの輸入の価格は、対中国と同様に価格上昇しているようであるから、供給面での中国からの代替国の存在の可能性については、必要量の巨大さという面から見て、ほぼ不可能ではないだろうか。

そのように見てくると、ボールベアリングの中国からの輸入量が縮小しているということは、ロシア側での理由によるのではないかと考えられる。戦時下であることから、ロシアの機械工業や兵器産業という、戦時体制を物的に支えるロシア内工業生産に対する需要が縮小するということは、ほぼあり得ないであろう。あるとすれば、生産体制そのものを制約する状況の発生か、部品調達をする際の輸入原資の不足の発生か、のいずれかということになろう。私には、物的な生産能力そのものが限界にきて縮小するということよりも、輸入原資の不足の可能性が、理由として大きいと考えられる。

他の国からの輸入価格も急騰していると、この記事の最後に触れられていることからも、輸入原資の不足の可能性は高いのではないだろうか。原油や天然ガス等の輸出による外貨の獲得、それらも欧州への輸出等の制裁による制約強化で先細りである。他方で、国民の生活水準を維持するための消費財等については、それらの輸入水準を維持しながらのウクライナ侵略遂行が必要である。すなわち生活水準切り詰めを伴う本格的戦時体制への移行へについては大きな制約がある。その中で、外貨獲得機会の縮小が響いてきたのではないか。こんなふうに考えるのであるが、如何であろうか。

 

ウクライナにとって、ロシアの侵略に対抗することがますます困難になってきていることは確かなようであり、その結果として米国トランプ政権の強引な和平案にも、一定の理解を示さなければならないような状況に、ウクライナ政府は陥っているようにもみえる。しかし、同時に、ロシア側も、ロシア国民の許容範囲でウクライナ侵略戦争を実行していくこと、プーチン大統領側の強気姿勢にも拘らず、これも困難になりつつある。このようにも見えてくる。

ロシア側の兵士の人的損害の多さが指摘され、徴兵の本格的実施への制約等で、それが侵略戦争遂行の難しさをロシア側にもたらしているということであるが、同時に、ロシア政府は資金面でも侵略続行のための限界にぶつかりつつあるのではないか。このような示唆を感じさせるFTのこの記事である。

2025年7月29日火曜日

7月29日  FT ‘China’s profitless investment boom' を読んで

 ‘China’s profitless investment boom'

by Joe Leahy, Wenjie Ding and William Langley,

FT BIG READ. CHINESE ECONOMY, 29 July 2025, p13

を読んで 渡辺幸男

 

 ブログに「米国との経済的対立と、中国・ロシア産業経済の方向性」を掲載した日の午後に配達されたFTに、この記事が掲載されていた。「中国の利潤無き投資ブーム」とも訳すべき、大変興味深いとともに、ブログで展開した私の中国産業経済理解の妥当性を問うとも思える内容の記事である。

 

 記事の内容は、中国で消費拡大が一方で叫ばれながら、依然として設備投資主導の景気刺激策が展開されている、という内容につながる議論である。まずは、地方政府、それも省レベルのような大きな地方政府ではなく、下級の地方政府が依然として積極的に工業団地を建設し、工業企業の誘致活動をしているが、その多くには十分な企業が集まっていない。たとえ土地が売れたとしても空き地のままであるか、よくて倉庫建設にとどまり、工場の建設そして稼働には至っていない。これらの点について、事例を通しての紹介がされている。

 また、雑貨類の生産工場では、過当競争状況に陥り、利幅が極めて薄くなっている状況も紹介されている。さらに、機械工業関連でも過剰生産能力が目立っているとしている。航空機部品製造やロボット製造のような分野でも、過剰生産傾向は強く、海外への進出を考えざるを得ないとの言及もなされ、工業生産全般における過剰投資と、低利潤状況が紹介されている。

 しかも、地方政府等の支援を受けた工場建設等による過剰設備状況は、中央政府の抑制策にもかかわらず、いろいろな形で継続され、状況の改善は見られないとしている。そして、本記事の締めくくりは、地方政府の官僚の言として、「我々は全面的に中央政府の政策を支持しているので、もう鉄鋼業や炭鉱業のような産業については支援していない」という、皮肉な表現で締め括られている。

 

 この記事が言いたいことは、中国経済が投資依存の経済である傾向は、簡単には変わらない、ということであろう。その動きの中心的部分は、下級地方政府の利害が地元への工場建設の実現にかかっている中国の政治状況である、ということでもあろう。それゆえ、本記事の見出しは、「地方政府はハイテク設備を生産する新工場の投資を誘導しているが、実際には、経済成長刺激とは程遠く、過剰生産能力の積み重ね、一層の薄利へとつながっている」としている。

 中国経済での過剰投資傾向、特に先端産業に絡む分野に向けての投資の過剰は、地方政府の利害に絡んでいるがゆえに、中央政府の投資抑制そして消費需要拡大への動きに地方政府が対応し、大きく減少することは困難であろう、ということであろう。過剰投資傾向の今後の継続、投資分野を変えながらの過剰投資の継続が、地方政府の利害ゆえに見込まれることを指摘する記事といえよう。

 同時にこの記事から受け取れることは、産業向けの設備投資を促進するとしても、下級地方政府は、いつも同じような産業を支援するのではなく、その時代時代で注目されている新産業企業の誘致をする方向で、誘致対象を変えてきている、ということであろう。しかし、注目される新分野への投資が、地方政府間の競争を通して、過剰投資として実現され、当初より参入企業の利益は薄くなりがちである、ということでもあろう。

 同時に、参入を意図する企業にとって、中国の地方政府間の誘致競争は、大変強力な助人となってきたし、今もそうであることを、この記事は示している。新産業分野での激しい参入と、その後の新規参入企業間の「過当競争」が生じ、急激な新産業分野での新規参入企業間の優劣の顕在化、そして勝者と敗者の明確化、急成長企業と脱落企業の共存が繰り返されることとなる。

 同時にこの過程こそ、中国での新産業形成と、そこでの無数とも言え得る企業の参入とチャンピオン企業の形成の過程でもあり、それが依然として存在し続けている、ということを示すものとも言える。そのためのキーパーソン的な存在が下級地方政府であるといえ、それが依然健在であることを示す記事と言えよう。

 このFTの記事を我田引水的に議論そして理解すれば、このようになろう。私のここでの理解が現実的な議論と言え得るのかどうかは、今後の中国産業経済を見守ることで明らかになるであろう。

 

2025年4月29日火曜日

4月29日 FT ‘Can China rescue Europe’s carmakers?’を読んで

FT BIG READ. ELECTRIC VEHICLES

Can China rescue Europe’s carmakers?’ 

By K. Inagaki, E. White and P. Nilsson, FT, 16 April 2025, p.15 

を読んで考えたこと 渡辺幸男

 

 1970年代から日本の乗用車産業のキャッチアップとそこでの下請中小企業の意味と位置や、そして2000年から中国での産業発展をも追いかけてきた私にとって、このFTの記事は極めて衝撃的である。タイトルそのものが、「中国は欧州のカーメーカーたちを救うことができるか?」と度肝を抜くようなものとなっているだけではない。タイトルの上の記事の要約として、「顕著な役割の逆転のなかで、中国の技術がworld-leadingであるといえるバッテリーやソフトウェアのような領域で、EUはその優れた技術の見返りに市場へのアクセスを提供しつつある」と書かれている。

 この記事の本文の中に明確に述べられているのであるが、乗用車産業における中国と欧州との関係は、この40年間で大逆転したとし、その契機が乗用車のEV化開発での両者の差異で、そこで逆転が生じたとしている。

  そして、欧州のメーカーの中国のそれに対する、決定的な技術的遅れは、EVのソフトウェアとバッテリー技術とにあるとしている。また、中国の市場は国内企業間での競争が極めて激しく、成功した企業は、起業家によって作り出されているという発言を、肯定的に引用している。

 

 上記の記事の議論で特記されていない点で気になるのは、中国市場の持つ大きさである。実際、記事に付記されている世界の地域別EVの販売台数でみると、2024年には、世界全体で17百万台くらいの中、中国市場だけで1千万台余となっている。このうちの台数ベースでの圧倒的部分が中国系EVメーカーの生産したものとなろう。そこでの新興企業の激しい競争、テスラを含めたそれが生じており、その中で生き残ったメーカーがBYD等ということになり、またそこに多く使われているバッテリーがBYD製やCATL製等であるということであろう。

今一つ注目すべきことが、これらの企業は、いずれも新興企業であるということである。40年ほど前までに欧米の乗用車メーカーと提携し、合弁企業を作った既存の自動車メーカーであった国有大企業の上海汽車や第一汽車等ではなく、まったくの新興企業である。BYDはバッテリーメ―カーとしては1995年創業でEVには2000年代に参入、CATL1999年創業、いずれも米欧日韓の乗用車メーカとの合弁企業が中国市場を席巻した時代の中で生まれた、新興企業そのものである。計画経済時代の歴史を引き継ぐ改革開放下で外資進出の受け皿となった既存の主要巨大国有企業とは関係のない企業であると言える。中国市場の改革開放下で合弁の受け皿となった旧来からの自動車メーカーとしての国有大企業の名は、この記事には全く見えてこない。

 

私が研究者を始めた頃の日本の乗用車メーカーは、戦前からの蓄積を踏まえ、多くのメーカーが欧州の先行した乗用車メーカーと提携し、それら企業の乗用車のライセンス生産を行い、先端乗用車生産の技術を学ぶ状況をようやく脱し、自立化したところであった。巷には、まだ、日産オースチン、日野ルノー、いすゞヒルマンという、かつてのライセンス生産車の名残が存在していた。そして1980年代、日系の乗用車メーカーは、米国向け輸出を本格化し、日米貿易摩擦を引き起こした。

 

また中国乗用車産業の本格的形成は、さらにそれより大きく遅れた。1980年代末からの中国の改革開放後、フォルクスワーゲンを筆頭に、欧州、米国そして日韓の乗用車メーカーが相次いで、巨大化が見通されていた中国市場に直接投資をした。それは、中国政府の政策により中国既存国有企業群と合弁企業という形を取らざるをえず、その形で現地直接投資をし、成長する中国市場を2000年代までリードしていた。中国政府が期待した計画経済時の伝統を引き継ぎ合弁に参加した国有大企業群からは、全くと言っていいほど、自立化した乗用車メーカーは生まれず、それらの国有企業は外資への「貸家」業を展開し、大家としての「店賃」で満足するような状況であったといえる。

他方で、吉利等の新興民営企業、そして新興地方国有企業の中国系企業の参入はあったが、欧米日韓系の現地合弁企業に拮抗するような市場競争力を持つ中国系企業は、内燃機関使用の自動車産業では、ついに生まれなかった。この状況を大きく変えたのが、EV化の進展である。中国市場でのEV化では、中国政府が自動車産業のEV化を契機に外資系企業の市場支配を脱することを目指したことから、その政策の後押しもあり、現地系民営企業が多数新生し、既存企業をも巻き込んだ激しい生き残り競争を生じせしめ、その中から技術的高度化を実現する企業も生まれた。その中のいくつかの企業が急発展し、テスラと並んでEVメーカーとして技術的にも世界市場の先頭を走る企業群が生まれた。その代表が新興EVメーカーのBYDであり、この分野の主要部品である蓄電池のメーカー、CATLということになる。

40年の年月の経過の中で、欧州系乗用車企業と中国系乗用車企業との位置、立場が逆転し、ファルクスワーゲンを筆頭とした欧州企業の40年前における中国市場への進出と同様な現象が、今や、中国系企業の欧州市場への進出として生じている。欧州の現地企業との合弁で中国企業の直接投資を受け入れ、現地企業の残存再発展を図るという、40年前に生じたことを想起させ、しかも、それが全く逆方向で生じているということを紹介しているのが、この記事ということになる。

 

 ここで注目すべきは、まずは、巨大な国内市場の存在と、多様な企業群の活発な参入、その結果として激しい生き残り競争の存在ということになろう。ただし、巨大な市場が形成されても、もし、外資との合弁で高い収益を得ている旧来の国有企業のみが参入可能な市場であれば、このような欧中の逆転現象は起きなかったということも、この記事での注目点である。巨大な既存の国有企業という存在がありながら、多様な新興企業の参入を許容し、かつ、それをも自国系企業の産業発展の中に組み込んでいく国家政策の存在も注目すべきであろう。「多様な新興企業の参入」と「それを許容する国家産業政策」の双方に注目すべきであろう。

 政策上の決定的な特徴は、かつての欧州で見られたような、戦略的な重要分野での既存の特定企業の選定とそれへの集中的支援による、自国系企業の世界市場での生き残り発展を実現する、という政策ではないということである。自国の巨大市場を前提に、そこでの参入新興企業間での激しい競争を、結果的とも言えそうではあるのだが、許容することで、イノベーションを担う多様な新興企業群の形成を実現し、それが新たな巨大新産業企業群となり、それらの中国系新興企業がグローバル市場をリードする存在となった。このように見ることができよう。

 

 多分に結果的に、以上のようになったと、中国の産業政策を見ることができよう。先にも指摘したように、1980年代末の改革開放期の中国は、潜在的な巨大市場としての自国乗用車市場に外資系企業の直接投資を呼び込んだ。その際、自国系の自動車産業企業を発展させるための担い手としては、もっぱら既存の巨大国有自動車産業企業を想定していたといえる。しかし、この目論見は、見事に失敗し、直接投資の合弁の受け皿となった既存巨大国有企業は、巨額な「店賃」に満足する「大家」となってしまった。

欧州各国にみられたような、チャンピオン企業1・2社を選抜し育成するような、ごく少数大企業に絞った産業政策ではなかったが、既存巨大国有企業群も次世代をリードする国内企業へとは転身できなかったのである。乗用車市場の世界最大化と言える巨大市場化が実現したにもかかわらず、既存の巨大国有企業はその市場のチャンピオンとはなれなかった。この点は、注目すべき点であろう。内燃機関の自動車産業では、中国国内企業でも、吉利のように民営企業として激しい競争の中から生き抜き成長した新興の民営大企業や地方国有大企業がいくつか形成されたが、本格的にグローバル化できるような存在とはなれなかった。

既存の世界市場での企業間競争において、一度自国内市場を外資系企業に占拠されてしまうと、そこからグローバル企業として自生的に発展する企業が形成されるということは、たとえ急速に拡大し、超巨大市場になった改革開放後の中国市場でも難しいことであったのであろう。それに対して、EVは、用途としては既存の乗用車と同様であるが、技術体系が根本的に異なる耐久消費財である。そのEVの市場を巡り、激しく開発競争する企業が存立する場として、巨大な中国市場は、参入する企業の多さと多様さ、またそれらを支援する政策主体の中央政府のみではなく地方政府も加えた多様さ、さらに一挙に巨大化する可能性のある市場の存在、それが激しい参入、開発競争をひきおこし、独自なグローバルにみても先行する新興企業群を生み出したといえよう。

 

ここまで大胆に結論づけて良いのか、私自身として、実は迷うところでもある。しかし、今の中国を見ていると、巨大な新市場の形成と、そこへの自由な参入企業の大量存在、その前提としての参入を許す環境ないしは参入を許容する環境、また、それらの参入企業群を支援する多様な主体の存在、このようなことが、極めて重要な要素となっていることが見えてくる。現代資本主義的市場経済のもつ、依然としての発展可能性を示すものと、中国でのEV産業の進展、そして中国企業の中からのトップランナー企業の形成から、言えるかもしれない。 

2024年9月25日水曜日

9月25日  FT ‘Presidential vote. Imports’,   ‘China flags its presence in US election campaign’

 FT  ‘Presidential vote. Imports’,

China flags its presence in US election campaign’,

Financial Times, 25 September 2024, p.4 を読んで 

渡辺幸男

 

 この「大統領選挙、輸入、中国はその存在を米国選挙戦で示している」というタイトルのFTの記事は、現代の産業のあり方として大変興味深く、同時に、私にとっては色々な意味で面白い記事でもあった。

 この記事の内容は、今回の米国大統領選のキャンペーンで振られている共和党と民主党両陣営の候補者、トランプ前大統領とルイス副大統領の応援旗についての生産供給についての話である。

 記事のオチは、米国の大手旗メーカーは、今回の大統領選で販売の5から10%の増加を期待していたが、中国製の旗が市場を席巻したので良くて前年並みにとどまる、ということである。これは、中国製品の輸入抑制、工業製品の国内生産化を訴えるトランプ前大統領陣営の応援旗を含めての話である。また、シカゴの旗メーカーは、自社で作ると材料費だけで1本5ドルでも足りないのに、中国浙江省金華市義烏市のメーカーは、1000本のキャンペーンフラッグを1本当たり90セントで売っている、とも指摘している。

 ただ、義烏市のメーカーから見ると、販売増は、それほど単純なことではないようである。当初は米国市場向けについて、アメリカのバイヤーに卸していたのだが、そのルートが米国政府の政策等からダメになったようである。アメリカのバイヤーは多少高くつくが、東南アジアからの調達に切り替えた、とのことである。ただ、義烏市のメーカーはAmazonを通しての米国市場への直販に切り替え、オンラインストアを開き、米国の状況変化に迅速に対応し、商品開発をし、販売を維持し拡大しているとのことである。

 Amazonで“Trump flag 2024”検索すると、最初の48社の販売者のうちアドレスが中国なものが46社となっている、と紹介されている。義烏の生産者は、ニュースを見、価格づけを行い、迅速に供給対応をしているとのことである。上海のコンサルタントによれば、状況に対応して生産するのに米国だと1〜2週間かかるのに、中国では1〜2日で対応し、安いだけではなく、状況に敏感に生産内容を変化させての供給が可能であると指摘している。

 結果、トランプ陣営の応援旗の多くが中国製であり、米国内に生産が戻るどころではない。それどころか、アメリカのバイヤーが中国以外の東南アジア諸国から調達し米国向けに販売しようとしても、中国の浙江省義烏市の旗メーカーは、Amazonを通しての直販を実現し、アメリカの状況に迅速に生産対応することで、トランプ陣営の応援旗の多くについても、中国メーカーが敏感に機を見ることで、生産供給することに成功している、と指摘している。このことが、いくつかの事実を通して確認されている記事ということになる。

 

 この話のオチは、アメリカのバイヤーが米政府の規制で中国から調達できなくても、米国内での生産と調達に戻ることはない。まず、これが第1点である。第2点は、アマゾンという米国発の新たな流通経路の開発そして発展が、機を見るに敏な中国義烏のメーカーに活用され、中国からの日用品の対米輸出が直販の形で依然として活発に行われている、という点である。あんなに中国からの輸入を国内生産に代替させようと唱えてきているトランプ前大統領陣営、その応援旗についても。という皮肉な話でもある。

 

 本来の議論、産業経済論という私の議論の土俵から見れば、産業と流通は一体のものであり、両者がうまく組み合わさることで、産業の発展や、新たな状況への対応展開が可能となる、ということであろう。市場経済での物作りの要点は、製造業者、「メーカー」の立場から見れば、販売市場とルートの存在の多様性を念頭に、最終消費者の需要とその変化に、いかに迅速に対応するか、そのための物的な生産供給基盤をどのように構築し維持し、ダイナミックな生産体制をつくるか、ということになろう。

 中国義烏市の多様な「メーカー」にとっては、米国市場向けでは、かつての日本の米国市場向けの地場産業産地の企業が抱えていた流通ルートの限定性という問題については、柔軟な輸送網ネットワークとインターネット上での取引網の形成により、大きく緩和されたということができよう。アメリカのバイヤーに依存しなければならない状況以外の選択肢ができ、同時に、市場情報のより迅速な流通捕捉も可能となった。それにより、生産システムの柔軟性をより有効に活用できるようになった。

このような状況下で、トランプ氏は、どのようにして中国製の極めて安価な時機にかなったトランプ大統領候補応援旗のような商品の、中国メーカーによる開発と米国市場での販売を阻止しようとしているのであろうか。あるいは阻止できると本当に思っているのであろうか。中国から第3国経由で米国市場に中国製品についてインターネットを通して供給することも、いくらでも可能であろう。中国の義烏の中小企業にとってさえも。

 米国内で、安価な旗が大量に生産され、自国市場向けに販売される可能性を、前大統領が期待しているとは、全く思えないが。旗の生産も製造業であること、米国にも生産者がいることには、自動車産業と変わりがない。


追記:浙江省金華市義烏市とそこの卸売市場そしてメーカーとは

 (ここからは、926日に追加した)

 義烏市は、浙江省(省都、杭州市)の内陸にある金華市(地級市)の一部を構成する県級市であり、残念ながら、私自身は調査に訪れたことはないが、そこの市場は中国最大級の消費財の卸売市場であると聞いている。義烏市にある中国の巨大な卸売市場は、中国内の多くの卸売市場と同様に、単なる消費財の集散地としての市場ではなく、背後に巨大な生産システムを構築している卸売市場である。多様な消費財の生産が可能となる大小様々な中小企業が、周辺地域に社会的分業的集積を構成し、多様な財の産地型産業集積として市場から発せられる多様な消費財に対してそれぞれ機能的に専門化しながら、需要に対応し、迅速に生産供給する体制を構築している。

 そのような巨大な産業集積への中国内外からの需要の受容と販売の拠点として、その集積の中心に「卸売市場・義烏市場」があるとも言える。このような市場は、まずは巨大な中国内需要を充足するために形成され、それが、国内の多地域のバイヤーの多様な大小様々の注文に迅速に応える柔軟かつ巨大な生産力の集積となり、「市場」となったことで、海外からのバイヤーも引きつけることになった。海外向けにも生産供給する中核に市場がなり、かつその周辺に海外向け製品の生産を念頭におく、多くの「メーカー」も形成された。

なお、この場合の「メーカー」の多くは、私が浙江省の温州市等にある他の市場でみた同様の市場の場合は、「メーカー」と言っても、主要生産部分を企業内で一貫生産するタイプの製造企業ではなく、日本の産地でいう製造問屋、製品の企画開発といくばくかの生産工程を担い、商品の開発販売リスクの主要な担い手となり、多くの部品生産等については、外注に柔軟に依存するような存在、そのような企業が多くみられた。いわば、日本のアパレル産業でいう「メーカー」に近い存在といえよう。義烏市場の場合も、このような社会的分業が広範に行われているようである。

このような柔軟かつ巨大な社会的分業体制の構築、これが「メーカー」による大小様々なある範囲内の新規需要に、柔軟かつ迅速に対応することを可能しているとみられる。

 海外企業が、低賃金労働力等を念頭に、発展途上国内に新たに生産拠点を設けたような生産体系とは全く異なる成り立ちと集積内容を持つものと言える。ここからは全くの想像ということになるが、本記事の米国のバイヤーが東南アジアの国に調達拠点を移した、という場合の多くは、以下のような状況となるであろう。

すなわち、低賃金労働力の動員を中心に、物流インフラがある程度整った労働力が豊富な地域に、調達先工場を新たに「作った」(全く新規ではないとしても、既存の転用等で)場合が多く、多様な柔軟な社会的分業は望むべくもない状況であろう。現在の中国と比較し、表面的には労賃水準は低くとも、変化の激しい消費財需要に必要な柔軟な部品調達等を含めたトータルコストは高くつく、ということになるであろう。かつて、日本の産地型産業集積が、国内賃金の高騰にもかかわらず、ある程度までは、輸出競争力を維持しえたように。

 

2024年1月8日月曜日

1月8日 FT, ‘Chinese exports of machine tools to Russia surge’ を読んで

  Leahy, Joe, Chris Cook, Max Seddon & Max Harlow,

Ukraine conflict. Military components

Chinese exports of machine tools to Russia surge

                 FT, 3 Jan. 2024, p.2

 

を読んで 渡辺幸男

 

ウクライナ侵略によるロシア経済の非工業化の一層の進展についての

再確認

 

 2024年1月3日付のFTの2面に、ロシアの工業の非工業化に関心がある私にとって、大変興味深い記事が掲載された。この記事のメインタイトルは上にあるように「中国の工作機械のロシア向け輸出が急増」というもので、その上に「ウクライナ紛争、軍事用部品」とあり、記事の要約では「キーウの同盟国は、モスクワの防衛産業にとって重要な先進的な部材の供給増により警告される」とある。また、中見出しには「事実は、ロシアがヨーロッパからの機械輸入を遮断され、中国に依存するしかない、ということである」という発言が紹介されている。

 

 記事の内容について、私の関心に基づいて要約するならば、以下のようになる。

 ロシアの税関統計を利用し、ロシアへの中国製の重要な先進的工作機械の輸出が、ウクライナへの本格的侵略以来10倍に増えたことを指摘している。いまや、モスクワの兵器生産にとって決定的に重要な高精度のCNC装置の取引では、中国製の輸入が支配的な存在である。2022年2月には650万ドルであったCNC工作機械の中国製のロシア向け輸出が、税関の記録では、2023年7月には68百万ドルとなっている、とまずは紹介している。

 その上で、これは、ヨーロッパからの輸入が厳しく制限されたことで、ロシアは中国製のCNC輸入を選択せざるを得なかったことによる、とも指摘されているとしている。結果、中国製のCNC工作機械が、絶対額として増加しただけではなく、ロシアが輸入するCNC工作機械の輸入全体が急増する中で、中国製が12%から57%へと割合を急増している。また、絶対的には台湾製や韓国製の輸入も増えている。一方、侵略開始前に主要輸入元であったヨーロッパ製の輸入が占める比率が低下しただけではなく、絶対額でも顕著に低下している。

 他方で、ロシアの軍需工場での中国製CNC工作機械の使用は、まだ顕著に少ない様である、とも述べている。例えば、宣伝用の動画で撮られているロシアの軍需工場で使用されているCNC工作機械は、ほとんどが欧州製か台湾・韓国そして日本製である。これらの事実は、ロシアの軍需工場では、中国製のCNC工作機械が、精度や耐久性の面で日本製やドイツ製より劣るということで、信用されておらず、使用されていないことを示唆するとのロシア外のアナリストの見解が紹介されている。

 中国から輸入された中国製のCNC工作機械、それ自体は軍需工場で精密金属加工のために使われるために大量に輸入されたのではないようである。そうではなく、これまで輸入された欧州製等のCNC工作機械が軍需生産に集中され、それ以外の分野での金属加工の工作機械が不足しために、その穴埋めとして中国製が大量に輸入され、軍需生産以外の分野で使われている、ということを示唆する結論となっている。

 さらに本文には紹介がないが、掲載されたグラフをみれば、CNC工作機械についてのロシアの輸入金額の総額が、ウクライナ本格侵略前と比べ、月額4千万ドル強の水準から22年前半の月には月額2千万ドル台に減少したが、237月には月額1億2千万ドル前後へと侵略前の2〜3倍に増大していることがわかる。全体として、輸入金額が急増し、その中で、欧州からの輸入は絶対的に激減し、中国を中心とした台湾や韓国からの輸入が激増したということになる。

 

 以上、勝手に私が要約した記事内容である。記事そのものは新聞半ページ近くの大きさがあり、内容的に多くの論点に触れているが、私の関心に従えば、このようになると言える。

 

 ここから見えてくることは何か、次にこの点について考えてみたい。

 何よりも、ここで注目したいことは、ロシア国内では、高精度のCNC工作機械を生産することが出来ないだけではなく、精度が落ち、民需用の生産向けのCNC工作機械も、生産能力がほぼない、あるいは少なくとも、需要に応じて生産量を拡大することが出来ない、ということであろう。軍需用の高精度の精密金属製機器の生産用機械について、ロシア国内で生産することが出来ず、欧州製等の高精度の機械を輸入せざるを得ないのみならず、非軍需向けの精度の劣る工作機械を含めたCNC工作機械一般を増産できない、あるいは生産できない状況になっている、といえる。

 旧ソ連は、国際競争力は別として、当時の先端的な工作機械を自国内で生産し、旧ソ連圏内に供給していた。自給的生産体制をソ連圏として維持していたのである。だからこそ、米ソ対立の中で、自立的工業先進国として、高度な軍需製品を生産し、米国側に対抗していた。そのソ連が崩壊して30年余が経過した。その過程で、ロシアを中心とした旧ソ連の非工業化が進行した。ロシアは、原油やガスの輸出国への特化が進行し、先端的工業製品のみならず繊維製品等を含め工業製品を幅広くかつ数多く輸入するようになり、特に欧州から輸入するようになった。その欧州製の高精度の金属加工機械を使用して、ロシア製の先端的な武器の金属部分の加工・生産を行っている。このことが、ロシアの軍需産業の宣伝用の動画を通してみて取れるのである。

宣伝用動画ということであれば、通常、自国産の先端機械を使用した工場を登場させるものであろうが、そのような状況には全くないことから、欧州製そして日本や台湾製の先端工作機械を多用する兵器工場を紹介したのであろう。しかも、欧州からの工作機械の輸入が止まった中でも、依然として欧州製の機械を中心に兵器を製造している動画をアップしている。これは、自らの生産能力が、欧州からの直輸入が困難になっても、従来の水準を維持していることを強調したいがゆえであろうか。中国経由の欧州製工作機械の輸入も中国からの輸入に計上されている可能性もある税関統計であるが、この記事の図の注記によれば、利用している統計は税関統計だが、登録された原産国別に計上されているとしている。それゆえ、税関統計を利用しているが、この場合は生産国別の統計と言えそうである。

 

同時に注目すべきことは、金属部品加工の中核部分である工作機械に関して、従来の主要輸入元からの輸入が止まっても、自国製の工作機械生産へと最大努力を投入するという方向ではなく、他の多少精度等が劣る機械が輸入可能であれば、それの輸入に頼らざるを得ない先進兵器生産国が、現在のロシアということである。自立、ないしは自給可能な工業生産国から程遠い状況にあることを、この記事は示唆している。言い換えれば、従来の輸入元からの輸入が途絶しても、それを国内生産での代替とする方向での経済的、政治的力が十分には働かない、あるいは働かせられない、かつての先進工業国ということになる。他方で、中国製の「先進的」工作機械を豊富に輸入することは、今のロシアにとって可能だということになる。急ぎの増産のためには、自国内での基盤産業の再生を待っていられないし、待っていなくとも他の供給源が存在する、ということになる。

 

今回のウクライナ侵略による米欧等からの経済制裁により、先進工業製品の直接的な輸入が困難化したことが、ロシアに非工業からの脱出を可能とさせ、再先進工業化へと転進させる契機になる可能性の存在を考えていた私にとって、今回の記事は、その道への転進がほとんど進展していないこと、あるいは進展しそうにもないことを示唆する貴重なロシア工業状況の紹介となったと言える。旧ソ連時代から生産する能力がなかった先進半導体を依然として生産できないだけではなく、ロシア工業は、かつては生産していた(その当時の)先進的工作機械の国内生産も困難な「非工業国」となった、ということなのであろう。ロシアの再工業化の核となる先端半導体や先端工作機械を開発生産する能力を確保し、ロシア経済が再先進工業化を目指すような可能性が、全く示唆されないどころか、ほぼ否定されているようなFTの記事であった。

 

「先端的」中国工業製品の輸入が可能であり、欧州からの輸入が経済制裁で制約されても、それをすり抜けることが非工業化したロシア経済にとって可能である。そして、それがウクライナ侵略戦争の継続を可能とするロシアの自国での兵器生産を実現させている。同時に、長期的にはロシア経済の非工業化の徹底化、中国の先進工業化の進展という結果をもたらしている。このように見ることも可能なようである。

さらには、このような状況は、近い将来、ロシアは、先進工業化し巨大国内市場をもつ中国経済に対して、原油等の一次原料を豊富に供給することで経済成長を維持する、中国経済依存の周辺国になる可能性も示唆していると言えよう。中国経済にとってみれば、ロシアは国境を接した諸国の1つとして、他の旧ソ連構成の中央アジア諸国、カザフスタンのような国と同様に、世界最大の中国経済の工業生産を軸とした発展のための、有力な素原料供給国となる、というのがロシア経済の今後の展望であることを示唆するような記事とも言える。プーチン大統領の素原料輸出依存の経済成長政策、それによる国民経済の当面の発展確保は、ロシア経済にとって、長期的にはより一層の非工業化という、大きな代償を将来支払うことになると言えそうである。

 

 プーチン政権下で、欧州への素原料供給・工業製品輸入国としての豊かさ追求の一定の実現が、ウクライナ侵略の開始とその長期化により、自立的工業国へと再転換するのではなく、素原料供給・工業製品輸入国としてはそのままで中国へのそれに転換し、中国の周辺国として新たな発展展望を模索せざるを得ないことになる。これが、ウクライナ侵略が長期的にはロシア工業にとって意味することのようであり、その可能性を示唆する記事といえよう。

ロシアは、国民生活水準の向上を、この転換を通して維持していけるのであろうか。あるいは、ロシア国民は、ヨーロッパ製ではなく、中国製、そしてインド製やトルコ製の消費財の輸入で満足するのであろうか。

ウクライナ侵略が長期化し、長引けば長引くほど、これらの点についての懸念は強まることになる。モスクワでスターバックスが撤退し、もじりのスターズ・コーヒーが生まれた話どころの問題ではない。


やはり、プーチン大統領にとって、キーウ進軍の形でのウクライナ侵略開始は、短期で傀儡政権樹立のための侵略であり、ハンガリー動乱やプラハの春の旧ソ連軍侵攻による鎮圧の再現を夢想していた、ということであろう。旧ソ連の中のウクライナなのだから、ロシア人の多いウクライナなのだから、と、ロシア軍の侵攻で一挙に傀儡政権の樹立が可能だと、夢見ていたのであろう。その代償は、極めてロシア経済にとっても大きなものとなる。

2023年1月18日水曜日

1月18日 G. ラックマン「ロシアにとって勝利持続への道はない」(FT,1月17日)を読んで

 Rachman, G., There is no path to lasting Russian victory

「ロシアにとって勝利持続への道はない」FT, 17 Jan. 2023, p.17)を読んで

渡辺幸男

 

 久しぶりに、勝手なコメントを書きたくなる、興味深いFTの記事に遭遇した。それが、上記のタイトルのG. Rachman氏の論説である。

 

 ここでは、ロシアのウクライナ侵略について、どのように見るべきか、改めて議論がなされている。そこでの主張の中心は、タイトルにあるように、ロシアのウクライナ侵略では、今後、ロシアによる戦場での一定の成果が生じても、持続的なロシアの勝利とはならない、ということである。たとえ、ロシアがウクライナのゼレンスキー大統領を追放できても、10年単位のゲリラ戦がウクライナで生じるだけであり、アフガニスタンでの旧ソ連の戦争が「ピクニック」のように見えてくる、ことになるとしている。

 たとえ一時的に勝利しても、ロシアのウクライナ占領軍やその傀儡政権は、長期的なゲリラ戦に巻き込まれ、その一時の「勝利」はロシアをより一層、長期の災難へと導くというのである。第2次世界大戦の対ドイツ戦での旧ソ連の最終的な勝利は、自国での戦いであり、その上にヨーロッパ諸国を味方にしての戦いであったが、今回はウクライナがその立場にある。ロシアの味方はヨーロッパには存在せず、南の諸国の中に存在するだけであり、何よりもロシアが侵略者なのである。旧ソ連のアフガン戦争が「ピクニック」とみえるような状況になり、プーチン大統領のロシアにとっては、論理的には降伏も可能だが、降伏は自らの完全否定となるプーチン大統領にとって受け入れ難いことであろうとも述べている。

 そしていずれにしても、プーチン大統領が長い戦争を遂行するには、ロシア国内のエリートの長期に渡る無条件的な愛国主義的支援が不可欠である。しかし、無条件的な愛国主義的エリートは、仲間を戦場に送り、そして殺すことになり、持続可能とは言えない。ロシアの本当の愛国主義的エリートの多くは投獄されたり亡命したりしているが、彼らがプーチン大統領と彼の戦争をやめさせるとき、ロシアには初めて、「道徳的、経済的、そして国際的な地位を再構築するチャンス」が生まれる、と締めくくっている。

 

 この論説でのポイントは、今回の戦争が、ロシアのウクライナへの侵略戦争であり、たとえウクライナ現政権が崩壊したとしても、戦争は長期のゲリラ戦となり、侵略者ロシアは、この30年欧州諸国へのエネルギー資源供給者として成長を遂げてきたのであり、その欧米諸国から総スカンを喰らい、多少なりとも積極的な支援を期待できるのは南の諸国の中にあるだけで、それもイランぐらいであり、中国等も積極的には支援しないであろうというが第一の点である。そして、それにもかかわらず、プーチン大統領は引くに引けず、泥沼で足掻くことになる。しかもその足掻きを維持できるのは、ロシアの愛国主義的エリート層の無条件の支持があってのものであるが、それ自体無理であろう、ということで締め括られている。

 

 この論説を読んで、改めて、ロシアのプーチン大統領の読み間違えの深刻さを痛感した次第である。多くの人が指摘しているように、プーチン大統領はキーウに向けて侵略を開始すれば、本格的な抵抗もないまま、数日ないし10日くらいで、ゼレンスキー政権を追放し、傀儡政権を打ち立てることができると読んでいたのであろう。2014年のクリミア半島のあまりに容易な自国領土化の事実上の成功、これこそが読み違えに向けての原点であろう。クリミアで成功したのだから、それを見た目でより大規模に行えば、ウクライナ全土を属国化できる、という読みである。

 そのような読みがあったからこそ、最前線に向かう自国の兵士に、直前まで演習への参加と思わせていても、問題ないと考えていたのであろう。兵士の絶対数さえ十分であれば、その戦闘意欲や兵站状況とその背後にある大義等は関係なく、ゼレンスキー政権は崩壊すると。これが完全に見込み外れであったことから、引くに引けない羽目に陥った。そして、時間を経過させ、米欧による本格的なウクライナ支援を呼び込んでしまった。しかも、ラックマン氏によれば、プーチン大統領は自らが破滅するまで、戦い続けざるを得なくなっている、ということになる。

 その結果、プーチン大統領は、当面の勝利を得ようとして、無差別攻撃を行い、民間人の大量虐殺や、社会生活のインフラの意図的破壊をおこなっている。これは、当面ウクライナ人を傷め、生活困難に至らしめることになる。しかし、このようにウクライナ国民を徹底的に痛めつけるならば、プーチン大統領がたとえ傀儡政権を打ち立てることに成功したとしても、その傀儡政権は、ウクライナ人の多く、ウクライナ国民の圧倒的な部分の人々の協力を得られないことになるであろう。ラックマン氏はアフガンどころではない長期の激しいゲリラ戦になると言っている。数日で傀儡政権を樹立できなかったボタンの掛け違い、そこに至ったプーチン大統領の状況の読み違いゆえに、引くに引けず、泥沼にますますハマる状況を作り出してしまっている。ほぼ1世紀前の、どこかの新興帝国の侵略者の中国での失敗を素直になぞっているようにも見える。

 その読み違いの根本は、2014年段階のウクライナ国民のウクライナ国民としてのアイデンティティが、クリミアのロシア併合で大きく変わり、強化されたことであり、それをさらに強めているのが、いまのロシアのウクライナ侵略だと、ラックマン氏は言うのである。

しかも、ロシア、そしてプーチン政権は、ここ30年、旧ソ連の崩壊後、ヨーロッパへのエネルギー資源の輸出国として、ロシア国民1億4千万人にとってのある程度豊かさを実現した。そのことを通してプーチン大統領は自らの権力基盤を堅固なものとした。このロシア国民にとってのある程度の豊かさをもたらした対欧州向けの天然エネルギーの順調な輸出と、それを中心とする豊かさへの道は、2度と再現不可能であろう。欧州の主要国は今回の侵略で、ロシアへの天然エネルギー依存が極めて国民的にリスクの大きなことであることを認識したであろう。ここでもプーチン大統領の読み違いが見えてくる。エネルギー資源をロシアに大きく依存するヨーロッパ諸国は、形だけの制裁にとどまり、本格的な経済制裁をロシアに向け発動せず、ロシアへの全面的な経済制裁発動は控える、というクリミア奪取の経験の再現を期待したのであろう。

ヨーロッパへの天然エネルギー資源の輸出拡大の道が閉ざされた中で、ロシアは、どのように改めて経済の回復成長を実現し、高所得国へと近づこうとしているのであろうか。中国とインドという巨大な人口のエネルギー輸入国への輸出の大幅拡大の可能性に将来に賭けているのであろうか。そのことを通して、オーストラリアのようになろうとしているのであろうか。1億4千万人が高所得になるだけの天然資源と農産物の成長する輸出市場を中長期的に確保できるのであろうか。

 それとも、旧ソ連が、それなりに実現した、自国の勢力圏内での完結型の工業化を、改めて再現しようとしているのか。中央アジアの諸国を含め、今回のウクライナ侵略で、周辺国のロシア勢力圏化への積極的な協力の確保は不可能であろう。いつ主権を否定する侵略を行うかもしれないロシアに、積極的に協力する国は、政権基盤がぐらついているベラルーシのルカシェンコ政権ぐらいであろう。

 

 プーチン大統領の権力者としての一層の頑張りは、ラックマン氏もいうように、ロシアの悲劇の深化ということになろう。悲劇への道を突き進む指導者のもとで、その指導者に盲目的に従う国民、歴史的には、幾つものその姿を見てきた、その再来がプーチン大統領支配下のロシア「帝国」ということになろう。工業生産については、国際競争力と勢力圏内完結性の両面において、旧ソ連以下の状況にある現在のロシアだが、国際エネルギー供給者としての地位の確保と、多少の豊かさの実現による国民的支持を得た支配者の見込み違いが、国家としての破滅につながるような泥沼、いな底なし沼にはまる、という国家的悲劇をもたらしつつある。しかも、この支配者は、自らの非を認めることが全面的な自己の破滅となるような、逃げ場のない支配者、事実上、政権交代の仕組みを持たせない体制の独裁者である。

 今こそ、ロシア革命の時と言えるかもしれない。プーチン「皇帝」打倒のためのロシア革命である。しかし、ラックマン氏が期待するように、本当の愛国的エリートが、反プーチン大統領で蜂起する可能性があるのであろうか。その多くが投獄され国外逃亡している人々でもある。天然エネルギーを買ってくれるところは、買い叩かれるとしても、中国やインドといった巨大人口国を中心に存在し続けるであろう。このことにより、ロシア経済はジリ貧とはなるが、獲得した豊かさを少しずつ手放すことで済み、経済崩壊を意味しないですむ。このジリ貧状況は、一挙崩壊より、ロシア経済には、長期的な、より大きなダメージを与えることになるかもしれない。新たな道の模索をしない、あるいはできないまま、ジリ貧状態が長期化する。そして、天然エネルギーである石油や天然ガスの需要者とその量が、絶対的に減る。再生可能エネルギーへの代替により。同時に、そこそこの水準で天然資源への依存が維持されることで、本格的な再工業化へのエネルギーは、ロシアでは生じないことになる。再工業化の担い手となる可能性を持つ多くの人々は、海外に脱出しているがゆえに、一層のこと。

 

 一刻も早い、ロシアでの政権交代、ラックマン氏の言う真の愛国主義的エリートによる政権奪取、「ロシア革命」を願うばかりである、が・・・。

 

 ただ、それにしても、ロシアの高所得国化への道が、私には見えてこない。1億4千万人のロシアの人々にとって、天然資源輸出を通しての高所得国への道は極めて困難に見える。が、他方で、米欧そしてアジアの先進工業諸国からの経済制裁下でのロシアにおける工業発展の道、これもまた私には全く見えてこない。今のロシアの工業状況では、旧ソ連レベルのラーダの量産さえ、できるとは思われない。しかも、この30年でかつての旧ソ連が持っていた勢力圏内完結型の工業構造は完全に解体し、広範な工業生産における米欧を含めた国際分業に依存する天然資源輸出主導の、そこそこに豊かさを実現した国民経済となっているロシア、今後の発展的展開の筋道が見えてこない。

 見えてくるのは、中国経済への天然資源と農産物の輸出で食いつなぐ、高所得国化できなかった停滞的ロシアなのだが・・・。これも、世界経済の再生エネルギーへの転換により経済破綻しなければであるが。


お詫び:論説の著者の日本語表記が、間違っていました。ラックマン氏の翻訳書を読んでいながら間違えてしまいました。お詫びいたします。最初の公開時には、ラッチマン氏と表記していましたが、ラックマン氏と修正しました。




2022年1月24日月曜日

1月24日 FT記事、‘Russia Builds ‘fortress’ against western threats‘ を読んで

 FT記事を読んで

Seddon, M & P. Ivanova Russia Builds fortress against western threats’

FT, 19 Jan. 2022, p.2

渡辺幸男

 この記事は、基本的に今のロシアの対外スタンスを端的に表現しているものであった。対ウクライナについてのロシアの強行姿勢の背景について議論していて、その中心は、米欧諸国からのウクライナ政策についての金融制裁に備えているし、その水準は十分なものだ、という内容である。

 備えの第一は対欧州へのガス供給である。ロシアのガスへの欧州諸国の依存はあまり減っておらず、ガス供給制限を行うという脅しは十分意味がある、というのが、この記事の第一の論点である。第二は、米国の金融制裁に備え、外貨を積み増し、しかも外貨の構成でドル依存を減らし、金や人民元を増やしているという点である。この原資となっているのが、一方での石油価格高騰であり、他方での、成長率を抑え、国内インフラ投資の抑制していることであると指摘している。

 資源大国ロシアの面目躍如、これが原資となりプーチン大統領の対外政策での強気、侵略的姿勢、勢力圏の設定努力を支えていると言える。このような内容の記事である。

 この記事を読んで、プーチン大統領の強気の対外政策の、よって来たる所以を私なりにより強く理解できた。今のロシアにとって、資源価格の高騰は、強気の対外政策を実行する好機である、ということができよう。このような状況は、ごく短期なものではなく、それなりに継続する短中期なものといえよう。

 大きく状況を変えるとしたら、欧州のエネルギー依存の状況が、ロシアのガスを1つの中心とするものから、自然エネルギー中心、そして原子力発電の復活拡大による変化が本格化し、大きく変化する長期的な動向である、といえよう。それゆえ、資源大国ロシアとその強気は、当面、短中期では、維持されるということになろう。

 ただ、この記事の最後の方での指摘が、私には大変気になった。ドル依存を減らすために、ロシアが外貨の保有構成内容を変えるのみではなく、外貨の積み上げ努力をしており、そのために、国内景気への刺激を抑え、低成長率に甘んじ、またその流れとも言えるが、インフラ投資も抑えているということである。このことは、長期的な意味、特にロシア経済の現在の弱点を修正とするというより、悪化させる長期的な含意が大きいと、私には思える。

 ロシア経済は、旧ソ連解体後、一層、資源輸出国としての性格を強めている。その一方、軍事産業、すなわち政府需要依存を中核とした産業部門を除く、工業部門の国際競争力、もともと旧ソ連時代にもなかったが、旧ソ連圏内の囲い込んだ市場の需要を確保でき、それに依存して多様な工業部門がロシア国内に存在しえていた。そこから、旧ソ連解体後の国内市場での米欧企業、そして中国やトルコといった後進工業化国の企業との競争が生じ始めるという状況下で、資本財から工業原料そして安価な量産消費材まで、対外依存が高まっている。戦後高度成長期後半の日本と同様に、一通りの工業生産を国内生産できた旧ソ連時代と異なり、今や、工業面で内需対応能力のある国内生産のロシア系企業が激減しているだけではなく、外資系の企業のロシアへの直接投資も限定的であり、国内で内需向けの工業製品を生産することは、量産的な消費財から設備投資用の資本財に至るまで、基本的に困難になり、多くを輸入に依存せざるをえないようになっている。(藤原克美『移行期ロシアの繊維産業 ソビエト工業の崩壊と再編』(春風社,2012)は、本ブログでもかつて紹介したが、旧ソ連では繊維製品を繊維機械から始め紡績から衣服製造まで国内向けにソ連の国内企業が生産し、国内市場に供給していた。が、ソ連崩壊後は、衣服用の布帛は輸入品に変わり、繊維機械生産は壊滅的状況にある。国内完結型の繊維産体系が崩壊したことを示している。)

すなわち、工業製品については、相対的に優良あるいは安価な海外生産製品に大きく依存していることになる。多様な工業製品について海外生産品に依存していることでは、ある意味で現在の米国と共通しているのであるが、決定的な違いは、米国には企画開発し販売を行うファブレス的な先進工業製品生産企業が、多数立地しているのに対し、ロシアの場合、生産基盤が国内に存在しないだけではなく、国際競争力のある企画開発するファブレス企業も、ほとんどその存在は、我々には伝わってこない、という状況なのである。

 すなわち、国内市場向けの外資による乗用車生産工場も国内に存立しなくなった豊かな国オーストラリアと同様な状況、より人口が多く、一人当たりの豊かさでは、オーストラリアと比較すれば、まだまだな水準の国でありながら、その世界経済での位置づけでは同様になっていると言える。ただ、人口は、オーストラリアが25百万人余であるのに対し、ロシアは144百万人余である。六倍近くである。資源大国であったとしても、これだけの数の国民を、その生活水準面で米国並みに近づけるためには、資源大国である一方、他方での工業先進国であること、工業製品分野での、何らかの意味での先進化が必要であろう。この点では、全くもって未だの感があるのが、ロシアという資源大国である。

 このような状況での、インフラ投資抑制、成長率抑制が意味するものは何か。これが、このメモで考えたいことである。もちろん短中期ではなく、長期的なロシア産業そして経済展望ということになる。米欧からの経済制裁、ここからは、高級消費財や資本財等の先端工業製品の輸入が多少困難になる可能性が存在する。しかし他方で、中国やトルコとは友好関係を構築しており、それゆえ、安価な消費財や部材とそして量産的な電子製品等についての貿易関係も順調であろう。ロシア国内企業の工業生産が、米欧による経済制裁の過程で、国内市場向けにでも多くの分野で復活し、ロシア国内での市場競争力を構築することができる展望を見出すことができるかどうか、これがロシア経済の長期的な課題であろう。

 しかし、今のインフラ投資を抑制し低成長を受け入れても、米欧諸国と対立しながら、旧ソ連圏諸国への対外強行政策を維持する、というプーチン政権の姿勢から、このような展望は、全く見出せない。プーチン大統領が君臨していると考えられる短中期的な期間では有効な対外政策だが、プーチン後のロシア経済の展望としては、全く逆行的な政策であると思える。この政策は、トルコや中国経済の発展にとってはロシア市場を今以上に確保できるという意味で大きな意味がある。がしかし、ロシア工業にとっては、経済としての長期的発展には逆行する政策といえよう。私にはプーチン大統領の当面の君臨維持のためだけの政策にみえる。ロシア経済の先進工業化のためには、全く逆行的と思えるのである。軍需産業以外についての国際競争力のある工業分野企業のロシア国内形成が、海外企業のロシアへの直接投資を含め、天然資源輸出優先と国内インフラ低投資からは、全く見えてこない。

 資源立国ロシアの資源を利用した国際的に優位な強い立場、そして当面のその維持は可能でも、それ以後の発展展望が見えない。プーチン大統領の野望、威信維持のために、偉大なロシア(帝国)再建のために、長期的発展、豊かな天然資源を活用した豊かなロシア経済とそして豊かなロシア国民生活への道の模索が停止されているのではないか。そのように感じられてしょうがない。

 余計なお世話、資源輸入国日本の老人が危惧する必要が全くない話であるかもしれない。しかし、豊かな安定した隣国の誕生は、隣国日本や中国、そして欧州諸国にとっても大変大きな意味のあることであろう。それに対して、軍需用の一部分野を除いた一般的な工業製品については、ほぼ全面的に外資そして輸入に依存する資源大国、国民的な豊かさを実現し難いが故に、国際的な威信の回復を領土的な覇権によって自国民にみせざるを得ない政府、これは隣国にとっては、大変厄介な話である。

北方領土問題も、この脈絡からは、絶対何らの進展も見せないであろう。弱い工業生産力にもかかわらず、強力な覇権国家であることを常に国民に示すことが存立継続の第一条件となっているプーチン政権にとって、領土を拡大することを志向したとしても、第二次世界大戦で事実上獲得した領土を一寸たりとも隣国に戻すといったことは、政権としての自滅以外の何者でもなく、絶対的に避けるべき事態であろう。

2021年10月7日木曜日

10月7日 Martin Wolf ‘Threats from China’s real estate bubble’ を読んで

Martin Wolf Threats from China’s real estate bubble

 (「中国の不動産バブルのもたらす脅威」)FT, 6 Oct. 2021, p.17 を読んで

 

*この論説記事の私なりの要約

上記のWolf氏の論説記事の小見出しは、小見出し1が、 ‘Property’s great boom has reached its limit the economy now needs new drivers of demand’ であり、小見出し2が、 ‘Policy should shift spending towards consumption, and away from wasteful investment’ である。住宅建設資産形成によるブームが限界にきており、新たな需要創出が今や必要であると言うのが、第1の小見出しである。投資効率が下がっており、政策は、消費支出増大に向け舵を切るべきである、と言うのが第2の小見出しである。

 つまり、Wolf氏は、中国でGDPに占める貯蓄の比率が高く、同時に固定資本形成の比率が極めて高く、しかも近年それが高まっていること、しかし、それにもかかわらず成長率は低下し、投資の効率が顕著に低下していることをまずは指摘している。同時に、家計や非金融企業の負債が高まっていることも指摘している。すなわち、借金の増大で固定資本形成比率が高まっているが、それが成長率の上昇に結びつかず、逆に成長率低下となっていることを指摘している。非効率な投資が増加していることを意味するとしている。

 また、住宅については超過供給能力となっており、かつ住宅保有比率も極めて高くなり、不動産ブームの終焉のシグナルが示されている、とも述べている。

 それ故、住宅投資を一方の中心とした投資重視の方向から転換し、消費支出拡大、家計と公的の双方の消費支出の構造的改革に基づく拡大こそ、今の中国経済にとって必要なことであると指摘する。固定資本形成、特に住宅投資依存での成長維持の行き詰まりを、恒大集団の不良債権問題の顕在化に見ている論説記事と言える。

 

*このWolf氏の論説記事を通して考えたこと

住宅としての不動産の建設供給は、近年の効率が低下しているとしても、中国経済成長の1つの核であったが、それも、もう無理であると言うのが、Wolf氏の見立てであろう。GDP成長の中心を、住宅投資を中心とした国内固定資本形成から、公私双方の消費支出の増大へと、大きく構造改革することの必要を述べている。

 住宅を中心とした不動産投資は、価格高騰ゆえに販売が困難になり、収益性が低下しているだけではなく、実需自体が価格水準如何を問わず縮小している、と言う見立てをしているのが、Wolf氏である。これは、107日付の朝日新聞朝刊6面の中国対外経済貿易大学教授の西村友作氏へのインタビュー記事(西山明宏「中国恒大危機 リーマンとは違う、経済の危機や崩壊 つながらない」同紙13版)とは大きく異なる内容となっている。そこでは、住宅需要に関して、「いまだに実需が強い」とし、「仮に価格が下がっても、・・買いたい人はすぐ出てくるので、下支えされる」としている。

 この点で興味深いのは、Wolf氏の記事に掲載されている「住宅はますます投機的資産(increasingly speculative asset)になっている」と題されたグラフである。そこでは、住宅の購入者を、最初の住宅購入か、それとも既に1つの住宅保有、さらにはそれ以上の住宅を保有している人の購入かで分け、それぞれの比率を出している。それを見ると、2015年までは60%前後の事例が最初の住宅の購入者であったのに対し、その後急速にその比率は低下し、2018年には最初の住宅購入者の比率は20%以下を占めるに過ぎないものとなり、2戸以上の住宅をすでに持っている購買者が20%を上回り、両者が逆転している。また、過半を占めているのは、すでに住宅を1戸保有している購入者層である。住宅価格高騰下での住宅購入者層の劇的な変化が示されている。すでに住宅を持っている人々が、運用資産として住宅を購入していることが圧倒的に多いことを思わせる統計である。

 問題は、この統計をどう読むかである。Wolf氏は、価格高騰等の要素を考慮しても、これこそ住宅購入者層の本来的な大きな変化を示していると読んでいる。それに対し西村氏の見解は、このグラフはあくまでも価格高騰ゆえに、通常の住宅購入希望者層の手に届かなくなったことの結果(私が勝手に推論して、あえて言うならば)のグラフと、見ていることになろう。どちらが正しいのであろうか。

Wolf氏の主張が妥当であれば、GDPレベルでの何らかの大きな転換を達成できなければ、住宅バブルの崩壊は、中国経済にとっては、生産性は低下しつつあるとしても、経済成長の大きな動力であった住宅投資を一挙に縮小させることになる。結果として、巨大な貯蓄の使い道が失われ、より一層の低成長ないしは停滞に陥ることになろう。恒大集団の不良債権問題は、不良債権として巨大で、それゆえに金融市場への波及を免れないだけではなく、中国経済の成長構造を本格的に変えることができなければ、中国的な経済停滞に陥る可能性を示唆するものとなっている。

 低成長化した中国経済にとっての住宅投資のもつ意味の評価そして国民経済上の位置づけが、Wolf氏の議論は先にブログに掲載した私の見解とは異なっている。このような私との差異から、Wolf氏の議論は、中国経済の大きな転換、消費支出主導への転換の必要性を強調する議論となったといえる。

Wolf氏の議論を妥当なものとすれば、その上で、考えるべきは、消費支出増大主導の経済成長への転換は、現在の中国経済にとって可能なのであろうか、ということになる。可能であるとすれば、どのような政策とプロセスで可能となるのであろうか。残念ながら、転換の必要性だけに触れ、これらの点についてWolf氏の記事は触れていない。それしか道はないというWolf氏の主張の反映と言えるかもしれない。

他方、西村氏の理解が妥当ならば、住宅ブームは住宅価格のバブル崩壊し価格がある程度下落し、多くの中国人にとって手の届く価格まで低下すれば、再度、住宅需要が本格的に膨らみ、住宅投資を経済発展の1つの軸とした経済発展の再来が、中国経済にとって見込めるということになろう。が、どうであろうか。

私の前回のブログも、ある意味で西村氏の理解に近いものであった。住宅バブルの崩壊自体は、これまでの中国の経済発展のあり方に大きな変更をもたらさず、金融的にバブル崩壊の余波が解決すれば、一時的な経済縮小要因にとどまり、高度成長が再現することはないとしても、2010年代並みの成長が中国経済で回復する、と言うのが私の理解であった。そこに、1990年代の日本経済のバブル崩壊と金融危機の後の、国内製造業生産構造の大変化を伴った故の長期停滞化との、中国経済の現状との差異を見出した。

このようなことから言えることは、中国経済の今後を占うには、1つは、2010年代の経済成長の一方の担い手であった住宅投資の実需がバブル崩壊後に回復可能かどうかが重要である、と言うことであり、また、住宅投資の回復がなくとも、これまでの中国経済の成長を支えてきた住宅投資以外の需要、世界の工業製品の製造拠点としての成長と、消費財のみならず資本財についても巨大化した国内市場の一層の拡大を国内生産が担うことでの成長、これらにより、住宅投資の停滞ないしは縮小をカバーして、それなりの成長を維持できるかどうか、いずれかが可能か、と言うことになる。さらに言えば、Wolf氏流に、消費支出の大幅な増大を何らかの方法で実現するということでも、成長率の回復は見込めるであろう。

ただ、Wolf氏は一方的に消費支出の増大が必要というだけで、その可能性に関わる検討はない。西村氏によれば、住宅投資についても、バブルがはじけ住宅価格がある程度低下すれば、住宅需要は本格的に回復するということになる。そうであれば、従来の成長軌道より多少成長率は下がるとしても、従来の形態で、中国経済の成長が回復し維持されるであろう。私から見れば、西村氏の見解は、住宅需要の回復について極めて楽観的であり、また、Wolf氏の消費支出の増大への期待は、政策的にどのような筋道で可能かが見えてこない。

その上で、従来の構造を前提にしても、住宅投資以外の中国経済の現在持つ可能性が発揮され、ある程度の成長が維持される可能性が高い、というのが、私の考えである。全く裏付けを示さない議論ということでは、Wolf氏の消費支出の増大の必要性の主張の実現可能性と、私の議論は同様であるが、このような可能性が高いと、今のところ考えている。住宅投資バブルの崩壊後、金融的混乱はあるとしても、その後、中国経済の成長は、従来構造を前提に、住宅投資の急回復がなくとも、それなりに回復するのではないか、というのが、私の見立てである。

ある意味、これは「八卦」であるが、「八卦」なりの根拠は、私が2000年から2011年にかけて実際に見てきた中国経済の巨大さ、そこでの民営企業の模索の極めて多数で多様であること、それらを地方政府が支援し、大中小様々な企業が多様な可能性を現実化させていた事実である。このような環境が、習政権の下で大きく損なわれているようなことが生じていないならば、私の「八卦」は当たるのではないかと思っている。

 

参考記事

Martin Wolf Threats from China’s real estate bubble

        Financial Times, 6 Oct. 2021, p.17

西山明宏「中国恒大危機 リーマンとは違う、経済の危機や崩壊

 つながらない」朝日新聞、107日朝刊、13版、6面

(対外経済貿易大学教授の西村友作氏へのインタビュー記事)