我が家の巨大化した鯉
滝への水の循環を利用した浄水機能が
順調に機能し、
ここのところ、我が家の池の水は極めて綺麗で、緋鯉が鮮やか
餌を与えた後、餌を探して
鯉が動き回っている。
池の周りには草が生い茂り、
だいぶ池が覆われてはいるが、
また、青鷺よけのネットが、
だいぶ古くなり見場が悪くなっているが、
鯉達は極めて元気
我が家の花と、私が時々書いている小論 投稿者プロフィール 慶應義塾大学名誉教授 専門 中小企業論・工業経済論・産業集積論
我が家の巨大化した鯉
滝への水の循環を利用した浄水機能が
順調に機能し、
ここのところ、我が家の池の水は極めて綺麗で、緋鯉が鮮やか
餌を与えた後、餌を探して
鯉が動き回っている。
池の周りには草が生い茂り、
だいぶ池が覆われてはいるが、
また、青鷺よけのネットが、
だいぶ古くなり見場が悪くなっているが、
鯉達は極めて元気
トランプ大統領の対中国政策は、
中国工業の自立的最先端工業化実現の
実質促進役?
−トランプ米大統領の中国への米国先端工業製品や技術の
輸出抑制策の持つ意味−
渡辺幸男
中国の工業の現状は、世界的な基準で見た場合、まだ最先端の工業とはいえないが、現代工業の先端的部分の多くが、すでに中国内に存在している状況といえよう。その中国工業の置かれた環境としては、まずは、中国国内市場の巨大さがあり、その市場が成長しているという特徴がある。また、在中国の中国人技術者層の厚さもその特徴といえよう。さらに重要なのが、中国工業での激しい市場競争の存在であり、多様な新規市場参入企業の多さである。
ここで議論したいことは、このような中国市場を前提するとき、最先端技術の米国からの、そして米国市場向けの比重の多い他国の企業からの技術輸出の抑制策といったトランプ大統領の対中国政策は、中長期的に見ると、中国工業企業の最先端技術化への、劇薬的な自立化促進剤となりそうである、という点である。トランプ大統領の意図とは、全く正反対の効果を生む可能性を指摘したい。
中国の巨大な国内市場とともに、今注目すべきは、中国工業企業にとっての市場となりつつあり、かつ、巨大になりつつあるBRICS市場の存在とその成長、そこへの中国企業の輸出拡大と直接投資の増大である。EU市場へも、米国市場と異なり、中国企業進出、輸出と直接投資が顕著に増加している。
このような国際環境条件下で、トランプ大統領は、米国等の最先端工業品や最先端技術について対中国輸出規制を積極的に行っている。それを通して中国工業が、最先端工業化することを抑えようとしている。対中国輸出規制である。この輸出規制の持つ、中国工業のいっそうの先端化に対しての意味が、改めて問われるのである。
日本の工業の先端化と米国との対立、その結果の評価、そして中国工業にとっての意味
日本工業は、1980年代、日本の乗用車産業や半導体等の当時の先端工業で工業に対する優位を形成した。そのために、米国政府は、日系先端工業企業群に対米直接投資を促すこととなった。この時の日系先端企業にとっての外的条件の特徴の1つは、日系企業にとっての米国市場の圧倒的な必要性の存在であった。当時の日系企業は、トヨタ自動車を先頭に、米国市場抜きにしては、成長展望を見通せなかった。そのこともあり、積極的に対米直接投資をし、米国政府の政策意図に対応した。
中国の今、中国系企業にとっては、米国市場は重要な市場ではある。が、成長展望を持つために不可欠な市場ではなくなっている。この点が1980年代の日系企業との大きな差異の1つでもあると、私は見ている。何よりも中国国内市場は巨大で、開拓余地が依然として十分にある市場である。中国に立地する企業は、2010年代に、もっぱら中国国内市場に依存して、世界最大の乗用車生産規模を実現できたのである。輸出依存を通して世界的規模の企業を初めて実現できた日系企業とは、大きく異なる存立環境と言える。
巨大化した中国市場に加えるに、成長するBRICS市場がある。本来的には、中国企業にとっては、中国国内(C)を除く、BRIS市場というべき市場がある。巨大市場として顕在化しつつあるインドを中心としたBRIS市場と中国国内市場という、超巨大市場、乗用車でいえば、米国市場を大きく上回るような巨大市場を前提に、たとえ、米国市場への進出を拒絶されたとしても、最先端工業化が先端工業大企業の多数形成と激しい競争の状況下で可能であるような、それを多様に実現できるような場、巨大市場が、米国市場を除いたとしても、存在するようになったのである。これらこそ、1980年代日本工業とは大きく異なる、中国企業にとっての最先端工業化のための独自の市場条件の存在といえる。
すなわち、中国工業では多様な先端工業大企業群の形成が、中国国内の激しい競争を通して可能であり、それらの企業群が活躍できる国内と米国以外の国外巨大市場、BR IS市場、そしてEU市場を前提に、その結果として形成されたのが、今の中国の先端工業であり先端工業企業なのである。
そのような先端工業中国企業の象徴的存在が、華為(ファーウェイ)であろう。市場的に、かつ技術的に、米国から締め出されながら、中国市場を核に中国での技術開発を軸にして、当該分野での世界的な最先端工業企業の地位を確立しつつあると言える。
このような中国企業群の先端工業での独自形成と、中国市場の持つ大きさの先端工業企業群形成における有効性を象徴的に示すものが、乗用車産業とともに、山塞携帯から始まる中国でのスマホの多様な独自発展とグローバル企業群の形成であろう。輸入技術を前提にしながら、国内市場の独自性と大きさを活かし、現代工業レベルで、競争的な多数の先端工業大企業群を、国内市場を中心に、当該分野で形成し実現することが可能なのが、現代中国経済であり、現代中国工業なのである。
その背景には、中国経済における多様な企業の参入を含めた、当該分野での大企業化が進行した場合でも、多様な企業による多数の企業の競争が維持される状況がある。国レベルの政府による、1ないし少数のチャンピオン企業の選考、それへの集中投資をし、グローバルな先端工業企業を育成しようという政策とは、全く異なる、多様な主体による、多様な企業への育成策を背景とした、育成下における育成される企業間での激しい競争、淘汰の進行状況の存在がある。
市場に任せるだけではなく、多大な政治的介入があるが、それが一点ないしは特定少数企業集中ではなく、多様な主体の援助を受けた多様かつ多数の企業主体の育成、形成、これこそが、中国先端産業発展政策の特徴といえる。計画経済下の特定国有巨大企業を通しての先端工業化とは、180度方向の異なる競争的環境を維持した産業育成政策とも言える。そしてそれが、巨大化した国内市場の形成と結びつき、BRIS市場やEU市場をも取り込んで、競争的な先端工業化を実現したのが今の中国先端工業とその企業群といえる。
故に、トランプ大統領が、アメリカ市場から中国系先端企業群をたとえ締め出し、米国系企業からの最先端技術の提供を阻止することができても、それらは、米国市場にもっぱら依存せざるをえないようなことがなく、国内市場や他市場を中心に自立的に発展可能となる。少なくとも中長期的には、1980年代の日系企業と米国市場との関係とは、決定的に異なることになる。
こう見てくると、トランプ大統領の対中国向けの最先端工業形成抑止政策は、短期的には抑止効果を持つかもしれないが、中長期的には、中国の先端工業の自立性を一層高め、独自の工業経済圏を米国市場外につくり出すように機能する、このように見えてくる。覇権国家、世界の最重要市場として最先端工業化に不可欠な市場と、米国市場を実質的に見ていると思われるトランプ大統領の単純な意図とは全く異なる意義を、トランプ大統領の政策は持ち、そして異なる結果をもたらすものと言えそうである。
あるいは、トランプ大統領の意図は、初めから、自分の任期中での中国企業の最先端化を抑止すれば、それでも十分意味があると思っているのかもしれないが・・・。
先端的な技術を輸入し、先端工業に近づいた中国工業企業と工業経済、その状況を前提に、巨大な独自な国内市場と成長する巨大な多様なBRIS市場を活かし、さらなる発展を遂げようとした時、トランプ大統領による米国企業からの最先端工業製品や最先端技術導入の困難化が生じた。
これを契機に、自立的な先端工業発展を、多様な多数の担い手の激しい競争のもとで、巨大国内市場と米国以外の巨大化する成長市場に向けて、先端工業製品を開発し、自らの自立的最先端工業化を実現しつつあるのが中国工業経済と私は見たい。そのあり方、変化をもたらしたのが、何よりもトランプ大統領の対中国先端工業化抑止政策であると言えそうである。
プーチン大統領のロシア帝国復活の夢の暴走が、ウクライナ侵略戦争とその長期化をうみ、ロシア経済の非工業化をいっそう促進させている。そして、中国に対する一次原料供給国としての再生産の道をロシア経済に方向付けた。それと対を成す、短期的願望実現努力が長期的失敗をもたらしつつある好例が、トランプ大統領の対中国最先端工業化抑止政策といえよう。
古希を過ぎた70歳代の巨大国のトップ、トランプ大統領、プーチン大統領、習主席の三人の中で、80歳代を迎えて最後にほくそ笑むのは、習主席ということか・・・
以上の原稿を書いている最中に、中国工業の最先端化を考える上で、大変、興味深い記事を、FTで見たので、それを簡単に紹介し、それが、何故、私にとって興味深いか、以下で述べてみたい。
FT ‘China memory-chip maker CXMT
boosted by Apple tests and local AI supply chain push‘ ( 14 July 2026, p.7)
という記事である。
小見出しに、‘Global shortage of wafer capacity triggers sharp turnaround of
state-backed group’s fortunes in run-up to blockbuster IPO’とある。
この記事では、安徽省合肥市等の出資を受けた無名な中国の半導体メモリー・メーカーCXMT*の製造する半導体汎用製品DRAMが、Apple社の中国市場向けのデバイス用の部品としての採用に向け、テストされているという情報が告げられている。このCXMTという半導体メモリー・メーカーをめぐる記事である。この会社の名前を、私は全く知らなかった。知らなかったのは、単に私の勉強不足だけではなく、この会社自体が2016年創業と極めて新しく、急激に注目されるようになったためのようである。
記事によれば、安徽省合肥市を中心とし、合肥市等の地方政府に支援された、シリコンバレー帰りの中国系研究者が2016年に創業した、新興のDRAMメーカーのようである。そして、サムスン、SKハイニックス、マイクロンの3社によって独占されているDRAM市場で、本格的に世界第4位の新興メーカーとして急激に規模を拡大しているDRAMメーカーが、安徽省を中心拠点とするCXMTという企業だというのである。これまでの10年間で540万人民元の累積赤字を記録していた同社は、今年の第一四半期だけで、3700万人民元の黒字を出したとのことである。そして、昨年世界のDRAM市場の11%を占め、2028年までには、合肥市、上海市、北京市で工場が新設され、15%の世界シェアとなる見込みだと書かれている。
この記事でさらに興味深いのは、CXMTは米国の禁輸リストに掲載されていないことで、そのため、ASML社のEUV露光装置を購入可能であったとのことである。同社は、15の(地方政府系の)政府系投資ファンドの出資を受けており、地方政府が広大な工場用地を格安で提供し、融資や補助金も提供していることで、産業集積を自らの周りに形成することができている、とのことである。
累積赤字を抱えた新興の先端半導体メーカーが存在でき、それらは、手厚い支援を受けており、時宜に恵まれれば、一挙に黒字化し、グローバル水準の企業への道が開かれる可能性が、実際に存在することを示唆するものといえる。
これまでの中国のチャンピオン企業に対し、トランプ大統領はEUV露光装置の中国企業への売却をASMLに禁じたが、CXMTはそのリストには乗らない、全く無名の新規創業企業のようで、ここでは、結果的に規制が無意味になり、先端の生産装置を導入できたようである。中国における、激しい市場競争(この場合は、既存の米韓のグローバル企業3社だが)と地方政府支援を受けた新規創業企業の多様かつ多数の存在が、新生企業の発展可能性の余地を生むのが現代の中国経済であるということであろう。そのような中国経済の環境が、CXMTのDRAM市場での急成長、アップル社にも注目されるような企業の形成を可能としたとも言える。
このCXMTの例は、中国経済市場での、新規創業の活発さ、それを支える地方政府の存在、そして巨大な国内市場、既存企業との激しい競争(この場合は米韓の巨大3社)、それらが、次世代の産業発展の新たな担い手群を結果として生み出す、このような循環の中国経済での存在を示す一例といえよう。
この企業を通して見えてくる第一のことは、中国で成長する世界市場に挑戦する最先端分野の新規企業は、中央政府に支援されたナショナル・チャンピオン企業ではない、ということであろう。同時に、安徽省の省都合肥市という地方政府レベルによって設立された企業なのである。
そのような企業が、世界的に完全に寡占化したDRAM市場に挑戦する新規創業企業として、シリコンバレー帰りの中国研究者を軸に創業され、それが10年という年月で、中国内の内需中心のはずにもかかわらず、グローバルシェアが10%以上になることを可能とする企業へと成長できるということは、それを可能にするだけの巨大な国内市場が、中国には存在するということになる。当然ながら、いくら中国系企業が存在しない巨大市場であるといえ、無名の新興企業が10年という年月で、世界シェアが10%を超す状況は、いかに中国国内のDRAM市場が大きいかを示すものといえよう。
また、それを一地方政府が支援し、新興の私企業が担う。このような姿は、中国ならではの新規創業のあり方を表しているともいえよう。
同時に、巨大な三大メーカーが存在し、中国企業も現状では、それらから順調に調達できているのであるが、DRAMという汎用的半導体についても、中国国内の利用企業にとって、その先端的な部分の調達がネックになる可能性があり、国内企業による生産と、そこからの調達を望む中国系企業の想いが、かなり存在していると言えるかもしれない。その意味では、トランプ大統領の中国向け輸出規制が、その成長の要因の1つとなっていることを示唆する事例の1つかもしれないと、私には思えてくる。
*ネットで調べたところ、CXMT(ChangXin Memory Technologies)とは、「長鑫科技集団股份有限公司」が中国名であり、2016年に設立された中国で唯一のメモリー・メーカーであるようだ。それゆえ、このブログで私が強調した中国企業間の激しい競争の存在とは、無縁な企業であると言える。同時に、創業当初より、中国市場を含めた世界市場を支配する巨大な寡占DRAMメーカー3社の牙城に挑み、その一角を崩すことに挑戦している、中国内の安徽省合肥市という地方政府の支援を受けた、競争的な企業と言えるのではないか。
6月末から7月初めの我が家の花々
サンパラソルの花が咲き始めました。
去年は今一つでしたが、
今年はたくさん賑やかに咲きそうです。
メダカの水槽で育てた、
一昨年秋に、知人からいただいた睡蓮、
昨夏は一輪も咲かなかったのですが、
今年はいくつもの花を楽しめそうです。
君子蘭の鉢にタネがこぼれ、
勝手に咲き始めたインパチェンス、
これも、賑やかです。
そしていつものサルビア、
今年の地植えの庭のサルビア、
かなり密集して植えたのですが、
賑やかに咲き始めました。
花々が、
今年の暑い夏を無事越せるかどうか、
気になるところです。
服部倫卓著
「ウクライナのドローン大攻勢を支える
「遺産」と「革新」」
(Yahoo!ニュース、2026年6月29日) を読んで
渡辺幸男
この服部氏の書いた記事の興味深い点は、旧ソ連時代の技術的遺産が、現代のウクライナの革新的ドローン生産に活かされていることとともに、その担い手企業は、旧ソ連時代の国有大企業ではなく、ロシアによる侵略戦争の戦時下で新たに生まれたベンチャー企業群であるという指摘である。
技術的には、旧ソ連のアントノフと言った巨大国有企業の持っていた技術、そこでの技術者が活かされているが、それらの技術者が活躍し技術革新を行っている場は、旧国有巨大企業ではない。そうではなく、新たに生まれた多様な多数のベンチャー企業である。これらのベンチャーが多様に生まれ、かつての巨大国有企業のような垂直統合型巨大企業ではなく、各企業が専門化し、企業群として多様な水平・垂直型の社会的分業関係を形成しながら、革新的なドローンを多様に生み出しているのが、今のウクライナのドローン産業である、と服部氏は指摘している。旧ソ連の工業生産体制からの様変わりである。
旧ソ連時代の技術的蓄積の存在は重要であるが、それらは必要条件に過ぎず、それをイノベーションに結びつけているのは、それらを保有していた旧ソ連の巨大国有企業ではない、この指摘がまず重要である。独創的な技術革新を担う可能性を持つ、革新的なあるいは競争的な経営(陣)を保有していないのが、旧ソ連の巨大国有企業である。その点が、ここでも明確に指摘されているといえる。そして、それらの企業が保有していた技術を、そこにいた技術者群を採用すること等で、新たな分野に活かし、自らの独自な製品開発に繋げたのが、新生企業群、ベンチャーそしてその新興企業群の経営者達なのである。多様かつ多層的な多数のベンチャーの存在の重要性である。
この点を改めてウクライナのドローン産業を通して指摘したのが、この服部氏によるこの記事と言える。
まさにロシアによる侵略に対する、それへの反撃の必要性、その中でドローンの有効性が、一定程度実証されてきた中、改めて、旧ソ連時代に蓄積され国有企業内に眠っていた技術蓄積を活かす、すなわち技術者を活かす主体、ベンチャーがウクライナ国内で多様に多数形成され、それらが、ロシア侵略長期化の下で、本格的に芽吹いてきたのが、今のウクライナでのドローン生産の活況と、対ロシア戦線での多様なドローンの有効活用の背景にあるということになる。旧ソ連時代の技術蓄積を利活用している、戦時下ウクライナの新興ドローン産業企業群の形成といえよう。
このウクライナのドローン産業での種々の技術革新は、対ロシア戦争ですぐにその有効性が試され、取捨選択され、多様な形で常に発展している。結果、対ロシア戦争での有効な武器として活かされ始めたのが、今のウクライナの対ロシア戦線での反撃の1つの要因といえよう。
この状況を端的に報告されたのが、この服部氏によるこの記事であるともいえる。
技術そのものの存在と保有自体は、イノベーションの必要条件であるが、十分条件ではない、ということである。十分条件として、多様な試行錯誤を試みる競争的主体群の形成と、それらの主体の多様な市場の中での模索による(この場合は対ロシア戦の戦場の中での)有効技術の取捨選択、これがあってイノベーションの必要十分条件が揃うということであろう。ウクライナのドローン技術の発展、そして、対ロシア戦での多面的な戦果が、まさにこのことを示していると言える。
ウクライナは、対ロシア戦終了後、この新たな伝統を活かせるのであろうか。それともロシアによる侵略以前の旧ソ連時代以来の巨大国有企業支配の世界に戻るのであろうか。多分、この経験は、技術者、新興企業の経営者、そして旧国有企業を引き継いだ人々にも、浸透し、新たな伝統として、ロシアによる侵略戦争終了後のウクライナ再生の際に、改めて活用されていくものとなるのではないか。特にEU市場と緊密な関係をもつようになれば、この方向での技術の展開が主力になる。そんなふうに思える。
ロシアによる侵略による多様な多数の悲惨な状況の現出の中での、数少ないウクライナ国の将来展望を明るくする要素が、ここには含まれている、と言えそうである。対露戦を生き延びたウクライナ国が、EUの中での活力ある国民経済の中核要素として、このドローン産業での技術革新の簇生の経験は活かされていくように思えてならない。
旧ソ連国家、その巨大国有企業のもっていた先進的技術が、市場経済での国民経済としての競争力の形成に大きく寄与する可能性を、ロシアからの侵略に苦しんだがゆえに、ウクライナはようやく現実化できるようになったのではないか。
前に、このブログで、ウクライナに進出した外資系企業がウクライナ外の企業に発注した風力発電機について、ウクライナの旧国有企業が自分でも「できる」と、自社で同様な製品を製作し、自社の前にわざわざ展示した話を、松里公孝著『ウクライナ動乱 −ソ連解体から露ウ戦争まで』(ちくま新書、2023年)を引用して紹介したが、そのような企業姿勢が大きく変わる可能性を秘めた、ウクライナのドローン産業の新興企業群を主体とする発展ともいえよう。
こうなると気になるのが、ロシアの方での軍事用ドローンを含めた軍需品の調達のあり方である。どこまで自国で軍事用ドローン等の軍需品を開発しているのか、部品等の調達はどのようになっているのか、これが気になってきた。特に、戦闘状況に応じた、戦場でのロシア軍の需要に応じた開発を、柔軟に行っているのか、これが気になる。
すなわち、ロシアの調達している戦闘用ドローン等の軍需品は、完成品の輸入か、それともロシア製か、ということから始まり、さらに、ロシア製だとしても、どこまでロシアで戦場のニーズに迅速対応して開発し、ロシア製の部品を作っているのか、である。その上で、ロシア製だとして、それを担っているのは、旧来の軍需製品生産の国有巨大企業か、それとも、ウクライナのように新興ベンチャー企業群かである。
これらの在り方で、ロシア軍にとって、今必要なドローン等の新規開発が、どれほど迅速に、かつ、戦地の需要に応じて展開されているかが決まってくるであろう。
ただ、このような点についての直接的な情報は、ほとんど入ってきていない。ロシア軍もドローンを多用していることは伝わってくるが、そのドローンの内容や多様性、新たな開発状況等については、残念ながら、全く聞こえてこない。ロシアは、中国やイラン等からそれぞれの国の最新の軍事用ドローンを大量に相対的に安価に調達できるだけに、ロシア内での新開発や独自ドローンの生産はあまり行われていないのではないかと、想像するだけである。
ウクライナ侵略によって生じた巨大な軍需、その生産拡大を担っているのは、誰か、これが問われることになる。旧態依然とした国有大企業出自の旧ソ連以来の大企業であれば、ウクライナの国有企業出自の企業と同じ発想、他国の先進技術製品を取り込んで、それなりの先端兵器を作れるが、対ウクライナ戦向けに求められる独自技術、イノベーションを生み出すことがなく、旧ソ連からの兵器の多少のグレードアップに終始している可能性が大である。
イノベーションを起こすような企業間競争に巻き込まれ、揉まれたことない、旧ソ連由来の(旧)国有大企業とその経営陣ということになろう。ある意味、先端的な兵器であるが、「コンコルドスキー」的なものの開発に終始しているのではないだろうか。
そこから示唆されることは、ウクライナでの旧ソ連型計画経済下の国有大企業経営が、戦時下、窮地に陥ったゆえに変革され、ニーズに対応した革新的かつ競争的企業群とその経営者群の形成、それに対応できないロシアの旧国有大企業出自の企業群とその経営陣との、ロシアとウクライナとでの共存、そしてウクライナ工業企業群の脱計画経済の本格化すなわち市場経済の本格化そして工業活性化・先端化の進展、他方でのロシア工業の依然とした非工業化の進展となろう。
これが、ロシアのウクライナ侵略とその長期化と、その中でのウクライナの反撃により生じた新たな旧ソ連工業での動きと言えそうである。中国経済での先進工業化進展、そしてそれに次いで生じたのが旧ソ連の中でのウクライナの先進工業化進展で、それがロシアによるウクライナ侵略戦争の長期化の結果として、見込まれるのではないだろうか。こんなことが、日本そして中国の中小企業中心に見た工業経済研究者であった私が、今思っていることである。
できれば、あと数年、元気に生き、ウクライナとロシアの工業の行く末を、この目で見てみたいものである。
武内進一編著『アフリカの国家建設
自分たちの国をつくる』
白水社、2026年 を読んで
渡辺幸男
本著は、私にとり、西欧諸国による植民地とは何か、特にサハラ以南のアフリカ地域にとって、何を意味したのかを、改めて考えること、考え直すことを突きつけられた著作であった。
カリブ海の島々や北米植民地と、そこでの先住民族との関係を通してみた「植民地」形成、先住民族の生活基盤を一方的に破壊し、さらには先住民の生物としての存在を否定し、島々や大陸の主要部分から排除し、島々や大陸空間を、植民する西欧諸国出身の人々の専有物にしてしまう「植民地」、これが一方の極にある「植民地」のあり方といえよう。
それに対して、南アジアや東アジアにみられたような、先住民の社会を再編し、そこから西欧諸国が搾取をする「植民地」、インド亜大陸に典型的に見られたような先住民社会を残し、それを搾取対象として再編成する「植民地」、西欧諸国民が支配者として移民し、現地社会を徹底的に搾取するタイプの「植民地」が他方で考えられる。
私は、今まで西欧諸国による植民地のあり方として、この2つのタイプの存在で理解していた。メキシコや南米のアンデス山脈の太平洋側の諸国は、後者の植民地と質的には同様な関係と理解していた。また、アンデス山脈の大西洋側の地域については、北米のような先住民排除型の植民地と理解していた。
そのため、私の頭の中には、本書で取り上げられている、西欧人によるアフリカでの植民地経営と、その後の現地人による独立という植民地関係の独自のあり方についての理解は、極めて希薄だった。
本書で描かれているアフリカの植民地は、先住民の一方的排除や皆殺しではない。また既存の先住民の社会そして民族あるいは既存の「前近代国家」を前提にし、それの占領そして支配による先住民搾取型の植民地の形成でもなく、それらのいずれでもない。それらとは異なる形といえる、既存先住民の在り方と無関係で、かつ先住民支配活用を行う植民地形成が生じた。そして、その後、先住民社会のあり方と無関係な恣意的な植民地の境界を前提とした国家が形成された。そのような諸国の現代までの話である。
植民地としてアフリカでそれぞれ一定の領域を支配する西欧諸国、その領域はそこに住む人々とは無関係に占領され分割され、特定の西欧の国の植民地として宣言され、支配される。各植民地ごとに、そこに住む先住民の文化的な一体性や、植民地以前の支配関係とは全く関係なく、各西欧諸国による支配地域の領域が確定され、それを前提に、その領域に住む人々が独立を求める、これがアフリカの植民地の独立、極端に言えば、こういうことになる。西欧各国の植民地形成のための恣意的な支配領域の線引きが、アフリカ大陸については、近々の19世紀に行われ、その結果を前提に先住民による20世紀後半での独立国家の形成が生じ、そして国家建設が行われた。これが本書で記述されている、サハラ以南のアフリカ諸国の成り立ちの大勢ということになる。
そんな状況のアフリカで、特に私の無知を大いに自覚させられたのが、ケニアの独立と、その看板、独立の英雄とも言えるケニヤッタ氏の存在についての不十分な認識であった。楠和樹氏による本書の第4章「牧畜民からみた国家建設 ケニアにおけるマサイの領域統治と土地喪失」がそれを明確にしている。ケニヤッタ氏は農耕民のキクユの出身であり、牧畜民であるマサイの人々と、大きくその地域とのつながりや利害が異なっていたとのことである。独立の時期にケニアを含めた広域地域で牧畜業を営んでいたマサイの人々とは、ある面で対立した人である。英雄としてのケニヤッタ氏は、あくまでも農耕民としてのキクユの人々にとってのそれであり、牧畜民としてのマサイの利害とは大きくずれていたとのことである。1960年代、ケニアの独立の報道に接し、私はこのような状況を全く理解していなかった。
しかも、このようなマサイの人々が暮らす地域の分断と縮小は、アフリカの年と呼ばれた20世紀後半の時期に生じている。第一次大戦以降の多くの植民地を含んだ「民族国家」の成立とはあまりにもかけ離れた形で、アフリカでのアフリカの年における独立そして国家形成は生じていた、とも言えそうである。多数派民族の支配する国家の中の少数派民族の問題でもない。民族的な存在と無関係な国家の形成である。
サハラ以南のアフリカ諸国が、1960年代に数多く独立したが、それは植民した西欧出自の人々の独立国家の形成を目指した南アフリカの例はあるが、多くは、そこで元々生活していた人々による、それらの人々の文化や言語に関係なく西欧諸国の占領時における都合で国境を引かれた植民地の、その国境を前提とした独立であったことを、私自身としては、初めて具体的な形で認識させられたのが、本書であった。
先住民の人々による国づくりが始まったわけだが、それは、民族単位の国家とは程遠い以上に、無関係な存在としての国家の出発であった。複数が1つの国になるというだけではなく、民族的存在の恣意的な分断を含むものであった。それも結果的に。
このようなそこに住んでいる先住民の在り方とは関係なく、占領していた西欧諸国が勝手に引いた国境、これを大前提に、先住民主体の国家を形成する。これがサハラ以南のアフリカの新興独立国の国家形成の特徴だということである。それから数十年後、南アフリカでの西欧植民者の一方的支配としてのアパルトヘイトが終わり、一層、このような国家形成が一般化したと言える。なお、南アフリカについては、現在多数派として支配政党を担っている先住民系の人々、黒人の方々も、多くは南アフリカ植民地形成後に移住してきた近隣の先住民系の方々とその子孫が多いということが言及されている。植民地形成時の当該地域の先住民そのものやその子孫中心ではないようである。
植民地化以前の「民族」を単位としての民族国家の形成、それとは最も遠いのが、サハラ以南のアフリカ諸国なのだということである。国境が先住民の社会と関係なく引かれ、かつアフリカ内でも大規模な移動が生じた、あるいは生じさせられたこと、これらがこのような状況を生み出しているとのことである。
ここから生じることは、なんであろうか。
まずは、国民国家としての「国民」ないし「民族」の改めての形成の必要、ということになろうか。どの系統の人々が主導権を握るか、それにより、その国の主導者の系統、あるいは言語が決まるということであろう。あるいは、このような状況ゆえに、旧宗主国の言語や文化が、幅を利かせてしまうのであろうか。
中小企業研究者になる前の1960年代まで、現代社会の出来事に幅広く関心を持ち、新書等を広く渉猟したつもりだった私、植民地独立闘争等にも関心を持って見てきた筈の私であるが、その知識は1960年代の常識的な、否、浅薄な理解にとどまっていること、これを改めて痛感させられたのが、本書である。
冬をテラスの中で無事越したサルビアの苗、
元気に花をつけています。
少し密に植えすぎた感があるのですが、
賑やかさはなかなかなものです。
軒下で冬を越したゼラニウム、
かなり痛みましたが、
残った枝から多くの花が元気に咲きました。
私の花を育てる気合いが落ちてきたため、
冬を越す鉢がかなり減りましたが、
初夏を迎え、それなりに咲き始めました。
いつものように、エントランスが賑やかになりました。
FT, Inagaki, K. & E. White, ‘BIG READ. AUTO INDUSTRY’,
(22 May 2026, p.15) を読んで
渡辺幸男
本特集記事は、中国の自動車産業の動向を伝え、分析する、稲垣氏等による最新の特集記事である。本特集の見出しは、「メイドイン中国の欧州車群」であり、「西側の自動車メーカー群は、彼らの自国マーケットに、中国の過剰な生産能力を利用し、低コストの車両を輸出しているが、同時に海外の技術に依存しすぎとなることを恐れている」である。
昨年も、本ブログで、同じ稲垣氏らによって書かれた特集記事を何回か紹介してきた。いずれの特集記事も、中国に進出した欧州系乗用車メーカーを巡る状況の紹介とその意味の分析であった。昨年11月の記事は、ドイツのVWをめぐる記事で、ドイツ国内生産拠点の縮小と、開発を含めた中国での生産強化が、ドイツのVWによって実行されようとしているという、衝撃的な特集であった。今回は、中国で生産する、外資系や中国系のより多くの乗用車メーカーを対象に、ほぼ同様な議論が展開されている。
ごく単純にまとめれば、中国系メーカーが、中国内での過剰生産と激しい競争を前に、より利益の出る海外市場、それも欧州市場等の先進工業国市場へと進出し、その結果、中国が世界最大の乗用車輸出国となった、という形で、中国系企業も含めて議論がまとめられている。
そこで紹介されているグラフ、「中国乗用車輸出の爆発」と題された2つないし3つのグラフが大変興味深い。1つは、2021年から2025年にかけての5年間の乗用車輸出台数と同輸出金額の推移を示したグラフである。5年間で200万台から700万台へと台数で約3.5倍、金額で見ると、2百億ドル余程度から11百億ドル程度へと5倍程度の急拡大となっている。
残りの2つのグラフは、2020年と2025年それぞれのトップテンの企業の外資系を含む中国の自動車輸出企業の順位とそれらの輸出台数を示したグラフである。ここで興味深いのは5年間で、第1位の輸出企業の輸出台数が、30万台程度から130万台程度と急増していることと、首位の企業が上海汽車から奇瑞汽車へと入れ替わっていること、さらに2020年には圏外であった比亜迪が2位、100万台を輸出しているということである。なお、上海汽車は2025年でも3位にとどまり、50万台を輸出し5年間で20万台程度輸出を拡大しているが、その拡大が見えにくくなるほど、他の2社の拡大は大きい。さらに注目されることは、全体が急拡大している中で、上位10社のうち5社まで5年間で入れ替わっていることである。
半端ではない輸出拡大を実現し、かつ、その主要な担い手は、各社が拡大する中でも、その順位や表記企業が、5年程度の期間で、大きく入れ替わっている。これが今の中国の自動車産業、否、中国の工業全般の状況を端的に表現していると、私には思われる。
同時に、ここで注目されることは、乗用車産業について言えば、海外輸出拡大は、国内生産過剰ゆえの、原価を切った、あるいはそれスレスレの輸出の拡大、すなわちダンピング輸出とは、全く言えなそうもないということである。この記事の中で触れられているのは、海外輸出の方が採算的に合うので、奇瑞汽車は積極的に輸出を拡大しているということである。高度成長期の日本の鉄鋼業に一時期見られたような、国内市場向けの生産過剰下での、過剰製品分の採算を度外視しての輸出と同様なものとは、いえそうもないのである。海外が国内より儲かるから、海外市場を急拡大させている。こう言えるのだという。
巨大な市場に育った中国国内市場を前提に、垂直社会的分業下での国内での諸企業による部材からの一貫した生産の拡大と、EV生産をめぐり多様な分野・側面での技術革新が生じ、これにより、実質的な生産コストが、製品の品質向上を伴いながら下落し、国内需要すなわち市場を一層広げている。しかし、国内市場では競合メーカーが多く、競争が激しく、巨大市場が依然として拡大していながら、寡占的市場支配を実現できず、価格競争も激しく、あまり儲からない。他方で、国内生産体系での技術革新と規模の経済性の実現とを活用すれば、海外市場で強い競争力を発揮することは可能であり、それを前提に、輸出が急拡大しているのが、今の中国の乗用車産業、ということになる。
国際競争力を巨大国内市場の存在を前提としての技術革新を通して実現したが、資本の集中が進まないため、その利益は製品価格の低下と国内市場の拡大へと反映するだけで、企業利益の大幅増にはならない。それに対して、海外市場は、中国のEVメーカーから見たら旧態依然とした内燃機関中心の技術革新の進展が遅い寡占的市場である。そこに輸出や直接投資で進出すれば、高い収益性を実現できる、こんな展望が見えてくる。それを着々と、一部の企業は実現し始めている、というのが、このグラフに表現されていることであろう。
また、この記事に書かれていることは、このような中国企業の状況下で、その輸出拡大にさらされている欧州市場、欧州市場の既存企業、同時にこれらの企業はかつて中国市場の形成過程で直接投資を中国に行った企業であった。それらがVWをはじめとして、中国市場の拡大とその技術的先進化の下で、どのように生き残るか模索している姿を紹介したものでもあるといえる。
私が初めて中国の現地調査を経験したのは、2000年であった。それから四半世紀余、中国工業の位置は、激しい競争下での、その先進技術化と、巨大な国内市場ゆえに、独自に発展し、かつて米国市場が占めていた位置を、中国市場も占めるようになり、世界の工業の主役の1つである乗用車の製品・生産技術の発展をもリードし始めたとも言えそうである。そして、その道は、かつての日系企業のように米国市場依存へと傾斜することなく、巨大国内市場の開拓を前提にした上で、グローバル化を実現しそうに見える。
時代は変わった、と改めて感じた次第である。
EV化促進を拒否した米トランプ政権下での米国乗用車工業、そして米国市場に専ら依存する日系乗用車メーカー、これらのかつての覇者企業群は、これからの世界市場でどういう位置付けに置かれるのであろうか。これは乗用車産業だけの問題ではないが。FTでは、乗用車メーカーについては、専ら欧州系メーカーが取り上げられ、米系メーカーや日系メーカーについての分析は少ないようであるが。
さらには、内燃機関の乗用車産業さえ維持し得ていない旧ソ連を引き継ぐロシア工業とその市場、欧州ほどの市場としての魅力も中国系乗用車メーカーにとってはないのかもしれない。欧州市場の周辺市場として位置付けられて、中国系メーカーの進出の対象となるようにも思われる。