2026年7月16日木曜日

7月16日  トランプ大統領の対中国政策の持つ意味

 トランプ大統領の対中国政策は、

中国工業の自立的最先端工業化実現の

実質促進役?

−トランプ米大統領の中国への米国先端工業製品や技術の

輸出抑制策の持つ意味−

渡辺幸男

 

 中国の工業の現状は、世界的な基準で見た場合、まだ最先端の工業とはいえないが、現代工業の先端的部分の多くが、すでに中国内に存在している状況といえよう。その中国工業の置かれた環境としては、まずは、中国国内市場の巨大さがあり、その市場が成長しているという特徴がある。また、在中国の中国人技術者層の厚さもその特徴といえよう。さらに重要なのが、中国工業での激しい市場競争の存在であり、多様な新規市場参入企業の多さである。

 ここで議論したいことは、このような中国市場を前提するとき、最先端技術の米国からの、そして米国市場向けの比重の多い他国の企業からの技術輸出の抑制策といったトランプ大統領の対中国政策は、中長期的に見ると、中国工業企業の最先端技術化への、劇薬的な自立化促進剤となりそうである、という点である。トランプ大統領の意図とは、全く正反対の効果を生む可能性を指摘したい。 

 中国の巨大な国内市場とともに、今注目すべきは、中国工業企業にとっての市場となりつつあり、かつ、巨大になりつつあるBRICS市場の存在とその成長、そこへの中国企業の輸出拡大と直接投資の増大である。EU市場へも、米国市場と異なり、中国企業進出、輸出と直接投資が顕著に増加している。

 

 このような国際環境条件下で、トランプ大統領は、米国等の最先端工業品や最先端技術について対中国輸出規制を積極的に行っている。それを通して中国工業が、最先端工業化することを抑えようとしている。対中国輸出規制である。この輸出規制の持つ、中国工業のいっそうの先端化に対しての意味が、改めて問われるのである。

 

日本の工業の先端化と米国との対立、その結果の評価、そして中国工業にとっての意味

日本工業は、1980年代、日本の乗用車産業や半導体等の当時の先端工業で工業に対する優位を形成した。そのために、米国政府は、日系先端工業企業群に対米直接投資を促すこととなった。この時の日系先端企業にとっての外的条件の特徴の1つは、日系企業にとっての米国市場の圧倒的な必要性の存在であった。当時の日系企業は、トヨタ自動車を先頭に、米国市場抜きにしては、成長展望を見通せなかった。そのこともあり、積極的に対米直接投資をし、米国政府の政策意図に対応した。

 

中国の今、中国系企業にとっては、米国市場は重要な市場ではある。が、成長展望を持つために不可欠な市場ではなくなっている。この点が1980年代の日系企業との大きな差異の1つでもあると、私は見ている。何よりも中国国内市場は巨大で、開拓余地が依然として十分にある市場である。中国に立地する企業は、2010年代に、もっぱら中国国内市場に依存して、世界最大の乗用車生産規模を実現できたのである。輸出依存を通して世界的規模の企業を初めて実現できた日系企業とは、大きく異なる存立環境と言える。

巨大化した中国市場に加えるに、成長するBRICS市場がある。本来的には、中国企業にとっては、中国国内(C)を除く、BRIS市場というべき市場がある。巨大市場として顕在化しつつあるインドを中心としたBRIS市場と中国国内市場という、超巨大市場、乗用車でいえば、米国市場を大きく上回るような巨大市場を前提に、たとえ、米国市場への進出を拒絶されたとしても、最先端工業化が先端工業大企業の多数形成と激しい競争の状況下で可能であるような、それを多様に実現できるような場、巨大市場が、米国市場を除いたとしても、存在するようになったのである。これらこそ、1980年代日本工業とは大きく異なる、中国企業にとっての最先端工業化のための独自の市場条件の存在といえる。

 すなわち、中国工業では多様な先端工業大企業群の形成が、中国国内の激しい競争を通して可能であり、それらの企業群が活躍できる国内と米国以外の国外巨大市場、BR IS市場、そしてEU市場を前提に、その結果として形成されたのが、今の中国の先端工業であり先端工業企業なのである。

 そのような先端工業中国企業の象徴的存在が、華為(ファーウェイ)であろう。市場的に、かつ技術的に、米国から締め出されながら、中国市場を核に中国での技術開発を軸にして、当該分野での世界的な最先端工業企業の地位を確立しつつあると言える。

 このような中国企業群の先端工業での独自形成と、中国市場の持つ大きさの先端工業企業群形成における有効性を象徴的に示すものが、乗用車産業とともに、山塞携帯から始まる中国でのスマホの多様な独自発展とグローバル企業群の形成であろう。輸入技術を前提にしながら、国内市場の独自性と大きさを活かし、現代工業レベルで、競争的な多数の先端工業大企業群を、国内市場を中心に、当該分野で形成し実現することが可能なのが、現代中国経済であり、現代中国工業なのである。

その背景には、中国経済における多様な企業の参入を含めた、当該分野での大企業化が進行した場合でも、多様な企業による多数の企業の競争が維持される状況がある。国レベルの政府による、1ないし少数のチャンピオン企業の選考、それへの集中投資をし、グローバルな先端工業企業を育成しようという政策とは、全く異なる、多様な主体による、多様な企業への育成策を背景とした、育成下における育成される企業間での激しい競争、淘汰の進行状況の存在がある。

市場に任せるだけではなく、多大な政治的介入があるが、それが一点ないしは特定少数企業集中ではなく、多様な主体の援助を受けた多様かつ多数の企業主体の育成、形成、これこそが、中国先端産業発展政策の特徴といえる。計画経済下の特定国有巨大企業を通しての先端工業化とは、180度方向の異なる競争的環境を維持した産業育成政策とも言える。そしてそれが、巨大化した国内市場の形成と結びつき、BRIS市場やEU市場をも取り込んで、競争的な先端工業化を実現したのが今の中国先端工業とその企業群といえる。

 故に、トランプ大統領が、アメリカ市場から中国系先端企業群をたとえ締め出し、米国系企業からの最先端技術の提供を阻止することができても、それらは、米国市場にもっぱら依存せざるをえないようなことがなく、国内市場や他市場を中心に自立的に発展可能となる。少なくとも中長期的には、1980年代の日系企業と米国市場との関係とは、決定的に異なることになる。

 

 こう見てくると、トランプ大統領の対中国向けの最先端工業形成抑止政策は、短期的には抑止効果を持つかもしれないが、中長期的には、中国の先端工業の自立性を一層高め、独自の工業経済圏を米国市場外につくり出すように機能する、このように見えてくる。覇権国家、世界の最重要市場として最先端工業化に不可欠な市場と、米国市場を実質的に見ていると思われるトランプ大統領の単純な意図とは全く異なる意義を、トランプ大統領の政策は持ち、そして異なる結果をもたらすものと言えそうである。

 あるいは、トランプ大統領の意図は、初めから、自分の任期中での中国企業の最先端化を抑止すれば、それでも十分意味があると思っているのかもしれないが・・・。

 

先端的な技術を輸入し、先端工業に近づいた中国工業企業と工業経済、その状況を前提に、巨大な独自な国内市場と成長する巨大な多様なBRIS市場を活かし、さらなる発展を遂げようとした時、トランプ大統領による米国企業からの最先端工業製品や最先端技術導入の困難化が生じた。

これを契機に、自立的な先端工業発展を、多様な多数の担い手の激しい競争のもとで、巨大国内市場と米国以外の巨大化する成長市場に向けて、先端工業製品を開発し、自らの自立的最先端工業化を実現しつつあるのが中国工業経済と私は見たい。そのあり方、変化をもたらしたのが、何よりもトランプ大統領の対中国先端工業化抑止政策であると言えそうである。

 

 プーチン大統領のロシア帝国復活の夢の暴走が、ウクライナ侵略戦争とその長期化をうみ、ロシア経済の非工業化をいっそう促進させている。そして、中国に対する一次原料供給国としての再生産の道をロシア経済に方向付けた。それと対を成す、短期的願望実現努力が長期的失敗をもたらしつつある好例が、トランプ大統領の対中国最先端工業化抑止政策といえよう。

古希を過ぎた70歳代の巨大国のトップ、トランプ大統領、プーチン大統領、習主席の三人の中で、80歳代を迎えて最後にほくそ笑むのは、習主席ということか・・・

 

 

 以上の原稿を書いている最中に、中国工業の最先端化を考える上で、大変、興味深い記事を、FTで見たので、それを簡単に紹介し、それが、何故、私にとって興味深いか、以下で述べてみたい。

 

FT ‘China memory-chip maker CXMT

 boosted by Apple tests and local AI supply chain push‘ ( 14 July 2026, p.7

という記事である。

小見出しに、‘Global shortage of wafer capacity triggers sharp turnaround of 

state-backed group’s fortunes in run-up to blockbuster IPO’とある。

 

 この記事では、安徽省合肥市等の出資を受けた無名な中国の半導体メモリー・メーカーCXMT*の製造する半導体汎用製品DRAMが、Apple社の中国市場向けのデバイス用の部品としての採用に向け、テストされているという情報が告げられている。このCXMTという半導体メモリー・メーカーをめぐる記事である。この会社の名前を、私は全く知らなかった。知らなかったのは、単に私の勉強不足だけではなく、この会社自体が2016年創業と極めて新しく、急激に注目されるようになったためのようである。

記事によれば、安徽省合肥市を中心とし、合肥市等の地方政府に支援された、シリコンバレー帰りの中国系研究者が2016年に創業した、新興のDRAMメーカーのようである。そして、サムスン、SKハイニックス、マイクロンの3社によって独占されているDRAM市場で、本格的に世界第4位の新興メーカーとして急激に規模を拡大しているDRAMメーカーが、安徽省を中心拠点とするCXMTという企業だというのである。これまでの10年間で540万人民元の累積赤字を記録していた同社は、今年の第一四半期だけで、3700万人民元の黒字を出したとのことである。そして、昨年世界のDRAM市場の11%を占め、2028年までには、合肥市、上海市、北京市で工場が新設され、15%の世界シェアとなる見込みだと書かれている。

この記事でさらに興味深いのは、CXMTは米国の禁輸リストに掲載されていないことで、そのため、ASML社のEUV露光装置を購入可能であったとのことである。同社は、15の(地方政府系の)政府系投資ファンドの出資を受けており、地方政府が広大な工場用地を格安で提供し、融資や補助金も提供していることで、産業集積を自らの周りに形成することができている、とのことである。

累積赤字を抱えた新興の先端半導体メーカーが存在でき、それらは、手厚い支援を受けており、時宜に恵まれれば、一挙に黒字化し、グローバル水準の企業への道が開かれる可能性が、実際に存在することを示唆するものといえる。

これまでの中国のチャンピオン企業に対し、トランプ大統領はEUV露光装置の中国企業への売却をASMLに禁じたが、CXMTはそのリストには乗らない、全く無名の新規創業企業のようで、ここでは、結果的に規制が無意味になり、先端の生産装置を導入できたようである。中国における、激しい市場競争(この場合は、既存の米韓のグローバル企業3社だが)と地方政府支援を受けた新規創業企業の多様かつ多数の存在が、新生企業の発展可能性の余地を生むのが現代の中国経済であるということであろう。そのような中国経済の環境が、CXMTDRAM市場での急成長、アップル社にも注目されるような企業の形成を可能としたとも言える。

このCXMTの例は、中国経済市場での、新規創業の活発さ、それを支える地方政府の存在、そして巨大な国内市場、既存企業との激しい競争(この場合は米韓の巨大3社)、それらが、次世代の産業発展の新たな担い手群を結果として生み出す、このような循環の中国経済での存在を示す一例といえよう。

この企業を通して見えてくる第一のことは、中国で成長する世界市場に挑戦する最先端分野の新規企業は、中央政府に支援されたナショナル・チャンピオン企業ではない、ということであろう。同時に、安徽省の省都合肥市という地方政府レベルによって設立された企業なのである。

そのような企業が、世界的に完全に寡占化したDRAM市場に挑戦する新規創業企業として、シリコンバレー帰りの中国研究者を軸に創業され、それが10年という年月で、中国内の内需中心のはずにもかかわらず、グローバルシェアが10%以上になることを可能とする企業へと成長できるということは、それを可能にするだけの巨大な国内市場が、中国には存在するということになる。当然ながら、いくら中国系企業が存在しない巨大市場であるといえ、無名の新興企業が10年という年月で、世界シェアが10%を超す状況は、いかに中国国内のDRAM市場が大きいかを示すものといえよう。

また、それを一地方政府が支援し、新興の私企業が担う。このような姿は、中国ならではの新規創業のあり方を表しているともいえよう。

同時に、巨大な三大メーカーが存在し、中国企業も現状では、それらから順調に調達できているのであるが、DRAMという汎用的半導体についても、中国国内の利用企業にとって、その先端的な部分の調達がネックになる可能性があり、国内企業による生産と、そこからの調達を望む中国系企業の想いが、かなり存在していると言えるかもしれない。その意味では、トランプ大統領の中国向け輸出規制が、その成長の要因の1つとなっていることを示唆する事例の1つかもしれないと、私には思えてくる。

 

*ネットで調べたところ、CXMTChangXin Memory Technologies)とは、「長鑫科技集団股份有限公司」が中国名であり、2016年に設立された中国で唯一のメモリー・メーカーであるようだ。それゆえ、このブログで私が強調した中国企業間の激しい競争の存在とは、無縁な企業であると言える。同時に、創業当初より、中国市場を含めた世界市場を支配する巨大な寡占DRAMメーカー3社の牙城に挑み、その一角を崩すことに挑戦している、中国内の安徽省合肥市という地方政府の支援を受けた、競争的な企業と言えるのではないか。

 

 

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