服部倫卓著
「ウクライナのドローン大攻勢を支える
「遺産」と「革新」」
(Yahoo!ニュース、2026年6月29日) を読んで
渡辺幸男
この服部氏の書いた記事の興味深い点は、旧ソ連時代の技術的遺産が、現代のウクライナの革新的ドローン生産に活かされていることとともに、その担い手企業は、旧ソ連時代の国有大企業ではなく、ロシアによる侵略戦争の戦時下で新たに生まれたベンチャー企業群であるという指摘である。
技術的には、旧ソ連のアントノフと言った巨大国有企業の持っていた技術、そこでの技術者が活かされているが、それらの技術者が活躍し技術革新を行っている場は、旧国有巨大企業ではない。そうではなく、新たに生まれた多様な多数のベンチャー企業である。これらのベンチャーが多様に生まれ、かつての巨大国有企業のような垂直統合型巨大企業ではなく、各企業が専門化し、企業群として多様な水平・垂直型の社会的分業関係を形成しながら、革新的なドローンを多様に生み出しているのが、今のウクライナのドローン産業である、と服部氏は指摘している。旧ソ連の工業生産体制からの様変わりである。
旧ソ連時代の技術的蓄積の存在は重要であるが、それらは必要条件に過ぎず、それをイノベーションに結びつけているのは、それらを保有していた旧ソ連の巨大国有企業ではない、この指摘がまず重要である。独創的な技術革新を担う可能性を持つ、革新的なあるいは競争的な経営(陣)を保有していないのが、旧ソ連の巨大国有企業である。その点が、ここでも明確に指摘されているといえる。そして、それらの企業が保有していた技術を、そこにいた技術者群を採用すること等で、新たな分野に活かし、自らの独自な製品開発に繋げたのが、新生企業群、ベンチャーそしてその新興企業群の経営者達なのである。多様かつ多層的な多数のベンチャーの存在の重要性である。
この点を改めてウクライナのドローン産業を通して指摘したのが、この服部氏によるこの記事と言える。
まさにロシアによる侵略に対する、それへの反撃の必要性、その中でドローンの有効性が、一定程度実証されてきた中、改めて、旧ソ連時代に蓄積され国有企業内に眠っていた技術蓄積を活かす、すなわち技術者を活かす主体、ベンチャーがウクライナ国内で多様に多数形成され、それらが、ロシア侵略長期化の下で、本格的に芽吹いてきたのが、今のウクライナでのドローン生産の活況と、対ロシア戦線での多様なドローンの有効活用の背景にあるということになる。旧ソ連時代の技術蓄積を利活用している、戦時下ウクライナの新興ドローン産業企業群の形成といえよう。
このウクライナのドローン産業での種々の技術革新は、対ロシア戦争ですぐにその有効性が試され、取捨選択され、多様な形で常に発展している。結果、対ロシア戦争での有効な武器として活かされ始めたのが、今のウクライナの対ロシア戦線での反撃の1つの要因といえよう。
この状況を端的に報告されたのが、この服部氏によるこの記事であるともいえる。
技術そのものの存在と保有自体は、イノベーションの必要条件であるが、十分条件ではない、ということである。十分条件として、多様な試行錯誤を試みる競争的主体群の形成と、それらの主体の多様な市場の中での模索による(この場合は対ロシア戦の戦場の中での)有効技術の取捨選択、これがあってイノベーションの必要十分条件が揃うということであろう。ウクライナのドローン技術の発展、そして、対ロシア戦での多面的な戦果が、まさにこのことを示していると言える。
ウクライナは、対ロシア戦終了後、この新たな伝統を活かせるのであろうか。それともロシアによる侵略以前の旧ソ連時代以来の巨大国有企業支配の世界に戻るのであろうか。多分、この経験は、技術者、新興企業の経営者、そして旧国有企業を引き継いだ人々にも、浸透し、新たな伝統として、ロシアによる侵略戦争終了後のウクライナ再生の際に、改めて活用されていくものとなるのではないか。特にEU市場と緊密な関係をもつようになれば、この方向での技術の展開が主力になる。そんなふうに思える。
ロシアによる侵略による多様な多数の悲惨な状況の現出の中での、数少ないウクライナ国の将来展望を明るくする要素が、ここには含まれている、と言えそうである。対露戦を生き延びたウクライナ国が、EUの中での活力ある国民経済の中核要素として、このドローン産業での技術革新の簇生の経験は活かされていくように思えてならない。
旧ソ連国家、その巨大国有企業のもっていた先進的技術が、市場経済での国民経済としての競争力の形成に大きく寄与する可能性を、ロシアからの侵略に苦しんだがゆえに、ウクライナはようやく現実化できるようになったのではないか。
前に、このブログで、ウクライナに進出した外資系企業がウクライナ外の企業に発注した風力発電機について、ウクライナの旧国有企業が自分でも「できる」と、自社で同様な製品を製作し、自社の前にわざわざ展示した話を、松里公孝著『ウクライナ動乱 −ソ連解体から露ウ戦争まで』(ちくま新書、2023年)を引用して紹介したが、そのような企業姿勢が大きく変わる可能性を秘めた、ウクライナのドローン産業の新興企業群を主体とする発展ともいえよう。
こうなると気になるのが、ロシアの方での軍事用ドローンを含めた軍需品の調達のあり方である。どこまで自国で軍事用ドローン等の軍需品を開発しているのか、部品等の調達はどのようになっているのか、これが気になってきた。特に、戦闘状況に応じた、戦場でのロシア軍の需要に応じた開発を、柔軟に行っているのか、これが気になる。
すなわち、ロシアの調達している戦闘用ドローン等の軍需品は、完成品の輸入か、それともロシア製か、ということから始まり、さらに、ロシア製だとしても、どこまでロシアで戦場のニーズに迅速対応して開発し、ロシア製の部品を作っているのか、である。その上で、ロシア製だとして、それを担っているのは、旧来の軍需製品生産の国有巨大企業か、それとも、ウクライナのように新興ベンチャー企業群かである。
これらの在り方で、ロシア軍にとって、今必要なドローン等の新規開発が、どれほど迅速に、かつ、戦地の需要に応じて展開されているかが決まってくるであろう。
ただ、このような点についての直接的な情報は、ほとんど入ってきていない。ロシア軍もドローンを多用していることは伝わってくるが、そのドローンの内容や多様性、新たな開発状況等については、残念ながら、全く聞こえてこない。ロシアは、中国やイラン等からそれぞれの国の最新の軍事用ドローンを大量に相対的に安価に調達できるだけに、ロシア内での新開発や独自ドローンの生産はあまり行われていないのではないかと、想像するだけである。
ウクライナ侵略によって生じた巨大な軍需、その生産拡大を担っているのは、誰か、これが問われることになる。旧態依然とした国有大企業出自の旧ソ連以来の大企業であれば、ウクライナの国有企業出自の企業と同じ発想、他国の先進技術製品を取り込んで、それなりの先端兵器を作れるが、対ウクライナ戦向けに求められる独自技術、イノベーションを生み出すことがなく、旧ソ連からの兵器の多少のグレードアップに終始している可能性が大である。
イノベーションを起こすような企業間競争に巻き込まれ、揉まれたことない、旧ソ連由来の(旧)国有大企業とその経営陣ということになろう。ある意味、先端的な兵器であるが、「コンコルドスキー」的なものの開発に終始しているのではないだろうか。
そこから示唆されることは、ウクライナでの旧ソ連型計画経済下の国有大企業経営が、戦時下、窮地に陥ったゆえに変革され、ニーズに対応した革新的かつ競争的企業群とその経営者群の形成、それに対応できないロシアの旧国有大企業出自の企業群とその経営陣との、ロシアとウクライナとでの共存、そしてウクライナ工業企業群の脱計画経済の本格化すなわち市場経済の本格化そして工業活性化・先端化の進展、他方でのロシア工業の依然とした非工業化の進展となろう。
これが、ロシアのウクライナ侵略とその長期化と、その中でのウクライナの反撃により生じた新たな旧ソ連工業での動きと言えそうである。中国経済での先進工業化進展、そしてそれに次いで生じたのが旧ソ連の中でのウクライナの先進工業化進展で、それがロシアによるウクライナ侵略戦争の長期化の結果として、見込まれるのではないだろうか。こんなことが、日本そして中国の中小企業中心に見た工業経済研究者であった私が、今思っていることである。
できれば、あと数年、元気に生き、ウクライナとロシアの工業の行く末を、この目で見てみたいものである。