私の産業論の視点から見た
今の中国経済そして工業の位置と意味
− 中国経済そして工業の今とその出発点 –
渡辺幸男
開放経済の出発点
―改革開放当初の中国工業の状況、1980年代の出発点―
中国の改革開放時、世界的な工業水準から見れば、当時の中国の計画経済下で達成された工業化の水準は、かなり遅れたものであった。すなわち、最低限だが一通りの近代工業基盤が、計画経済下でやっと形成されたと言うしかないような水準であった。当然のことながら、当時の世界市場での市場経済下での競争を生き抜いた「企業」、あるいは生き抜けるような企業は、当時の中国における先端技術企業をふくめ、ほとんど存在しなかった
近代工業製品を一応は作ることができる技術は、ソ連から得ていたが、巨大な人口、可能性としての巨大な市場は存在していても、改革開放当初は極端な低所得水準状況であり、等しく貧しい、広く低水準な潜在的にのみ巨大な市場が存在するとしか言えないような状況であった。当時の先進工業国製品については、その最低水準の低価格量産品でさえ、当時の中国の多くの一般の人々にとっては購買不能とも言えるような、低所得水準の潜在的巨大市場であった。
そのような状況のもとで、豊富な低賃金労働力の存在を利用すべく、先進工業国向けの安価品の組立工場としての受託生産工場群が、外資系企業の進出工場を中心に沿海部で簇生し、そのような工場に向けての労働力として、中国内の安価労働力に対する巨大な需要が生じ、結果、安価な豊富な工場労働力の供給が極めて大規模に生じた。そのような環境下で、当初の外資系分工場群のみではなく、中国系の受託組立生産企業も簇生した。また、多様な組立製品のための先進工業国の部材供給企業の工場の大量中国進出も生じた。
その結果形成された、ごく低賃金の大量の労働者向けに、ごく安価な消費財等の供給の必要性が生じた。しかし、そこで形成されつつあった市場は、先進工業国の安価量産品でも高価すぎる新規形成市場ということになる。結果、中国国内に、極端な低価格志向の巨大規模かつ当初は潜在的な市場が形成された。強度の低価格志向の量的には巨大な市場(当初は潜在的市場)に向け、多数の新生地場企業による極端な低価格品製品の開発(簡便化開発)と、潜在的低価格品市場の開拓が行われ、他国にない極端な超巨大な低価格品の市場が顕在化した。
そのような市場状況の形成を踏まえ、先進工業国の工業技術について、多くの地場の新興企業が「簡便化」開発をすることで、低価格で巨大規模の地元消費者の低価格志向とその中での新たなニーズに応え、外資系の国内市場への大量進出を防ぎながら、国内市場向け供給の国内新生新興の巨大な企業層が形成された。他方、旧中国国有巨大企業は、近代工業の大規模生産企業であったが、経営面で市場志向が基本的に欠落した単なる生産主体であり、市場経済での市場競争可能な「企業」ではなかった。結果、1990年代における新興企業との競争に多くの国有企業は敗れ、退出あるいは縮小ないしは政府の保護下または外資との合弁で生き残るしかない存在となった。それゆえ、国内向け消費財とその関連市場の主役は、出自は多様な地場の新興企業群となった。郷鎮企業や民営企業そして地方政府支援の新興「国有」企業が大量に簇生し、激しい競争が生じ、そこから生き残った企業群が成長した。結果、超低価格品中心だが、巨大な国内消費財市場に向けた、地場の巨大な生産企業群が形成された。
今の中国工業企業への道
独自なかつ多様な新興工業企業群の大規模形成と低価格品生産技術形成とにより、量的巨大市場である国内市場依存で、中国の競争的市場としての国内市場は、大量の国内新興企業を担い手に、独自な発展を遂げ、巨大市場化した。
他方で、海外企業が中国企業を下請けとして、部品供給企業として活用することで、海外の先進工業技術それ自体は、中国地場企業にも浸透した。それを国内市場向けに、中国新興企業は、先進工業国企業の先進工業製品との競争に大きく曝されることなく、当時の中国の市場状況に合わせた製品開発としての簡便化開発等を通して独自展開を行った。中国内の巨大な低価格市場向けに、中国企業間での極めて激しい競争を通して、新興企業層は一層発展し、巨大化した。
結果、中国国内新興企業群が主導する国内市場が、規模としては、世界最大の市場となっていった。それが、1990年代そして2000年代初頭の国内市場向け中国工業の状況であった。その象徴的存在が、世界最大生産規模の自転車産業そしてバイクや電動2輪車生産の急増であり、山塞携帯生産企業の大量発生と、その巨大化であろう。そして、それは、東南アジア向けそして南アジアやアフリカ向けに独自の輸出産業化を達成し、それまでの先進工業国企業の進出を軸とした低賃金労働力利用の加工組立型の多くの工業製品輸出産業とは異なる、独自製品の輸出産業化を実現した。
ただ、乗用車産業だけは、国内市場向けであったにもかかわらず、これらの超低価格製品の簡便化開発から出発した諸産業とは異なり、計画経済下からの既存国有大企業と外資系巨大企業の合弁から出発したことで、改革開放当初より、内生的に一気に発展したEVが中心化するまでは、国内企業は産業の主導的存在としての発展を遂げず、外資系主導の合弁企業による発展となった。その乗用車産業でも、そのEV化を契機に、一挙に乗用車市場として世界最大の国内市場となるだけではなく、旧国有完成車大企業とは関係のない、新興の国内企業中心の先端EV企業群を生み出した。その先頭企業がBYD(比亜迪)といえよう。
また、それに関連してKATLのような世界最大の蓄電池企業も生み出した。同時に、DJIのようなドローンで世界最大の先端製品企業を生み出した。それも、当面は世界最大化した巨大国内市場を対象の中心とした、新興企業間の開発販売競争を通してであり、日本企業のように、米国という海外巨大市場への輸出を通してではなく、自国市場を中心とした発展であった。
今の中国経済の他の側面とその意味
以上が、現在の中国経済の半面、工業面を中心に見た場合の状況についての私の理解といえよう。同時に、工業の状況を考えるためには、中国経済の現在を見る場合、もう1つ側面を見逃せない。
中国における地方政府の独自なあり方のもとにある財政基盤と土地保有制度との関係もあり、過剰な住宅建設投資が、近年行われ、大量の未完成物件が生じ、中国経済全体として見たとき、従来に比べ停滞的側面が目立ってきている点
である。
最近のFTの特集でも、1990年代以降の日本経済の停滞化と並ぶ、中国経済の停滞化として現在の状況が語られている。(FT, BIG READ. GLOBAL ECONOMY, ‘Two Asian giants. One economic trap’ 21 October 2026, p.15)このFTの記事の見出しには、「日本の不動産不況の後のミスステップは、停滞の数十年と結果した。今、中国が多くの同じ兆候を示し、米国を超えるという野望を脅かしつつある。」と書かれている。
この記事は、日中とも高度成長の結果として経済の変容が生じ、それが経済停滞へとつながるという発想で書かれているように見えた。
私の現在の中国経済と工業についての考え
しかし、日中の経済の違いは、一つは、その停滞に至ったという時期のそれぞれの経済の発展水準の違いが持つ意味からである。そして、もう1つの違いは、先に述べた基本的な主要市場が、日本の場合、ある時点から国内市場中心から米国市場中心に移ったのに対し、中国の場合、依然として中国国内市場が中核であるという点である。中国国内市場を中心にして、そこで育った新興企業群それ自体が、グローバル市場での最先端企業化したのちに、海外市場へと進出する状況が、依然として継続している。このことの意味、国内市場の当該国工業にとってもつ意味の違いという点からも、検討する必要があろう。
この当該国の主要企業がもっぱら競争し、新分野を開拓する場となる市場、それが、日本の主導的工業(企業)の場合、1980年代までとそれ以降では、大きく変わった。すなわち、乗用車産業がその典型と言えると思うが、日本国内市場を前提にした競争を通して、革新を遂げていたのに対し、1990年代以降は米国市場での競争を通して先端的な製品開発を行う必要が生じた。その結果、日本工業全体として見た場合、米国市場を中心とした世界市場での大きな転換に追随できず、相対的に衰退、その波及として国内企業群の相対的な停滞が生じた。このように考えられそうである。
それに対して、中国工業の今は、経済自体はある意味で停滞的、ないしはそれまでに比してみれば相対的に停滞しているが、競争し先進工業製品を生み出す場は、少なくとも、現在までは、(まだ)中国国内市場であるということになる。日系企業の1990年代とこの点が大きく異なるといえよう。ブログで紹介したFT記事のスマート・カメラの例のように、中国国内市場向けの製品開発を通し、新機軸を生み出す企業が輩出し、そこからグローバル市場でのチャンピオンが生まれている。それだけ、中国市場が巨大であり、それが先進的な市場をも持ちうるようになったと言えそうである。韓国や台湾の企業、サムスンやTMSCのような企業は、そもそも、米国市場を核としたグローバル市場進出の中での競争を前提にフロントランナー化した企業群である。それに対し、日系大企業の多くは、日本市場での競争を通して先端化し、結果的に米国市場を含めたグローバル市場でフロントランナー・最先端化した企業と言えるであろう。
基本的なグローバル先端企業化した状況が大きく異なることで、その後の米国市場を核としたグローバル市場での革新に向けての競争での基本的な姿勢が、ある意味中途半端になったといえるのかもしれない。いわば、宮崎義一氏がかつて言われていた六大企業集団間の寡占間競争を通しての革新が、日本国内での先進工業へのキャッチアップを迅速に行うよう導くような競争では有効であったが、その後の米国市場を中心としたグローバル市場では、最先端化企業を継続的に多く生み出すには適合的でなかったとも言えそうである。
それに対して、現在の中国企業は、韓国や台湾のグローバル先端企業化したサムスンやTSMCとも異なり、依然として世界最大の工業生産を吸収可能な中国市場を核として先端工業化、更には最先端工業化を実現する余地がある。それゆえ、中国系企業が、EVでそうであったように、巨大化し先端工業化した中国国内市場での競争を通して最先端工業化し、その結果としてEUそして米国市場を含むグローバル市場でも最先端工業企業となる余地があるといえそうである。
このことは、中国企業の最先端企業化のために重要なのは、中国国内市場での最先端需要の巨大な形成と、その市場をめぐる激しい競争の存在だということになる。まさにそれを象徴する出来事が、世界最大化した乗用車市場を踏まえ、巨大化したEV産業での圧倒的な先行、完成車市場やその主要部品市場での最先端企業の輩出をもたらしているといえそうである。
米国経済とその市場の先進工業化にとっての意味の変化
ここから見えてくることは、これまでの世界経済における米国経済の位置、ないしは地位の相対的変化ということになろう。かつては、世界一の巨大市場かつ先端的工業製品市場は、米国市場であった。それが、2020年代になって、必ずしも、そうは言えなくなったのである。世界経済を主導する市場は米国市場であるとともに中国市場でもある、という状況が生まれつつあるのではないかと、私にはそのように思われてきている。
EU市場が作られたときには、まさに米国市場と並ぶ、世界の先端工業を主導する巨大市場の1つに、EU市場もなるかと私には思えたし、多くの研究者がそのようなことを述べていた。しかし、結果的には、今のところ、世界の工業の動向を主導するような本格的な単一巨大市場とはなっていない。その理由が何であるのか、関税がなく財やサービスの移動が自由なことや労働力の移動が自由であることそれ自体だけで、巨大な単一市場とはなりえないのかもしれない。この点については、私の理解は深まっていない。
その点、中国市場は、EU市場と異なり、言語的にも共通語が存在し、文化的にも現代消費文化としてみるならば、一国全体、12億人余の人々の多くで同一の文化が共有されていると言えそうである。その意味で、現代工業の発展する場としてみるときには、世界最大となりつつある巨大単一市場と言えるのかもしれない。これは、EU経済だけではなくインド経済と中国経済とを比較したときにも言えることなのかもしれない。
乗用車産業の世界最大化の際に見られるように、中国市場は乗用車需要をめぐる文化圏としては、米国同様に一国単位で、単一の12億人余の均質的な市場を形成している。その点で、近代工業製品についても、乗用車に見られるように、需要の特性が構成国ごとにかなり異なるEU市場とは、異質な市場なのかもしれない。そこに、単に関税の無い状況や労働者の自由な移動だけでは評価できない、市場の等質性を持つ巨大市場としての特性があり、その点で米国や中国の市場は、現代工業製品の市場としては、EUやインドと異なる市場なのかもしれない。
最後の議論は、かなり感想的な理解水準であり、きちんとした裏付けのある議論とはほど遠いものではある。しかし、私には、今の時点では、世界の工業の今が、このように見えてきている。
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