2023年5月9日火曜日

5月9日 ウクライナへの侵略下におけるロシアの工業再考

 ウクライナへの侵略下におけるロシアの工業再考

渡辺幸男

 

はじめに

まず現在のロシアの工業を考える際に必要なことは、現在のロシアの産業の母体となったのは旧ソ連からの産業であり製造業であるということと同時に、旧ソ連圏内完結型という独自な構造を持った、ロシアを中心とした独自に形成された工業生産の構造自体は、1990年代に完全に解体したということである。

ロシアがその中核を成していた旧ソ連圏内の工業は、それぞれの産業部門の製品が国際競争力を持っていたかを別として、旧ソ連圏内で農業製品や鉱業製品の一次素原料はもちろんのこと、工業製品のほぼ全てを、非耐久消費財のみならず、耐久消費財や資本財、そして軍需製品等、ほぼ全てを部材の一次加工から、そして完成部品・完成品に至るまで圏内で、しかもほぼ完結する形で生産するという特徴を持っていた。生産が可能なだけではなく、圏内の需要をほぼ充足、輸入に依存できないし、しないということから需要が抑制されていたにしても、生産能力に規定されていながらも、圏内の需要を圏内生産で充足していたといえる。

この意味での旧ソ連圏内需要の充足は、人工衛星やジェット旅客機あるいは量産乗用車、金属・機械生産のための工作機械、そしてアパレル製品やその生産のために繊維機械といった、実に幅広い工業製品についてもの充足であった。このような状況を「旧ソ連圏内完結型の生産構造」と、私は呼んでいる。この完結型の生産構造で生産される製品の特徴の一つは、工業製品の多くについては、米欧の市場で競争力の持つ製品の生産ではなかったことである。量産乗用車ラーダが代表していたように米欧製品との競争のない旧ソ連圏内でのみ存立し販売できる商品群がほとんどであった。

 

国際分業型の構造へと変化

 この旧ソ連圏内完結型の工業生産が、旧ソ連圏の解体、ソ連邦の崩壊解体により、ロシア連邦が生まれ、そのロシアが旧ソ連圏内の主要産業について、一次製品生産とともに工業製品生産についても受け継いだが、米欧、特に欧州との競争、自国内市場についても、欧州製品との競争にさらされ、大きな構造変化を被った。1億4千万人規模の市場となったロシア連邦市場は、西欧諸国に比べ所得水準はかなり低かったが、以下で述べるような一次産品とその一次加工品については、高い国際競争力を持っていたこともあり、低所得国化することなく、中所得国としてそれなりの大きさの市場を提供し、かつ一次産品輸出を通しての海外製品の購入能力を持つ、市場として一定以上の大きさを持つ、かつ一定程度の経済成長を実現していたこともあり、西欧諸国企業にとって販売市場として魅力的な経済となった。

 しかも、一方的な市場開放と一部オリガルヒによる経済支配により、市場開放の成果が、多くのロシア国民に行き渡らず、富の顕著な偏在が生じた。そのような旧ソ連解体直後のロシア経済に対し、エリツィン大統領を引き継いだプーチン大統領は、資源企業の国有化や課税強化を通して、天然資源輸出とその一次加工品輸出での国際競争力を利用し、財政収入を豊かにし、年金改革等を通して一般国民の消費水準の底上げを実現した。そのために、ロシアルーブルの為替レートを高く維持し、国際競争力のある天然資源輸出そして農産物輸出で稼ぎ、国民の生活水準の向上を、一定程度、持続的に実現することに成功した。

 すなわち、旧ソ連時代に保有していた工業製品の生産能力の改善による工業製品の国際競争力強化による輸出拡大ではなく、国内工業生産能力の減退を放置しながらも、豊富な天然資源の輸出を通しての工業製品の輸入能力の増強を実現し、高為替水準を通して、国民生活水準の上昇を実現したのである。

 国内(旧ソ連の場合は圏内)完結型の生産構造の放棄、ある意味での国際分業関係強化、自国の得意分野へのシフト、これらを通して、これまでよりは豊かな国民生活を、早期に大々的に実現した。これが2000年代のロシアということができよう。そこで生じたことは、旧ソ連圏内として保有していた工業製品についての圏内完結型の工業の多くを、欧州や中国の工業製品に、部材を含め依存する構造へとシフトさせる、ということであった。自立経済圏志向の旧ソ連圏的なあり方から、豊かな天然資源と農産物輸出国へのシフト、1億4千万人の国民経済を、オーストラリア型の豊かな天然資源と農産物輸出に依存し成長する一次産品輸出依存国へとシフトさせたのである。

 これは、巨大な社会実験である。オーストラリアの人口は2500万人強であり、ロシアの人口の5分の1以下にすぎない。原油輸出で成長したサウジアラビアの人口は3600万人弱であり、ロシアの4分の1程度である。1億4千万人の国民を天然資源と農産物の輸出で豊かにし続けることは可能なのであろうか。この発展方向を追求することで、先進工業国並みの一人当たり所得の水準を実現することは可能なのであろうか。

 この点で参考になるのが、南米の姿であろう。豊かな農産物と工業用原材料資源に恵まれながら、南米のブラジルやアルゼンチンといった諸国は、中所得国から高所得国へと発展することができず、かつてはそれらの国よりかなり国民所得水準が低かった日本経済に対し、大きく遅れを取るといった状況となっている。それに対して、米国(USA)は、19世紀においてその南部は欧州向け農産物輸出により経済成長を実現していたが、南北戦争を契機としているのかどうかは別として、北部の工業化が優位となり、先進工業国としての国際競争力を19世紀から20世紀にかけ実現し、高所得国であり、大量の移民も受け入れ、人口的にも3億人を超える覇権国家となった。幅広い工業生産での優位を維持することなく、1億人を超える規模の国民経済で、高所得化を実現した国家はいまだ存在していない。

 

 このロシアの工業製品の国内生産、特に基幹的な工作機械や産業機械等の資本財、また半導体等の先端部品の国内生産の「放棄」を、ロシア経済の「非工業化」と、私は呼んでいる。私が目を通すことができたロシアの工業の2000年代の動向を示した統計的実態を含めた実態調査を踏まえた日本語で書かれた実証研究、藤原克美氏のロシアの繊維産業と繊維生産のための繊維機械産業についての著作(藤原克美、2012年)、丸川知雄氏と服部倫卓氏のロシアの鉄鋼製品輸出についての共著論文(丸川知雄・服部倫卓、2019年)、ジェトロのロシア工作機械についての報告書(日本貿易振興機構、2021年)、いずれも、工業生産、特に資本財や自国天然資源の加工製品でもその2次加工品についての国際競争力の喪失ないしは無さ(元々持っていなかったが、経済体制ゆえに維持できていたというべきだが)と、輸入への代替を明らかにしている。藤原氏の著作は、資本財のみではなく、主要アパレル製品といった非耐久消費財でも国内生産はほぼ消滅したという、衝撃的な事実を紹介している。

 

 ただし、ロシア経済は、国による調達と輸出を軸とする軍需製品生産だけは、旧ソ連圏内完結型の生産体制並みの水準を保持し、その限りでは軍事産業それ自体として健在といえよう。ただし、20世紀末から21世紀にかけて、一挙に進展した、軍需製品のIT化にかんしていえば、ロシア軍需工業は旧ソ連経済産業の解体後の時期に於ける軍需関連IT部材や製品の国際的な技術進歩にまったくついていけず、国内企業の生産基盤を形成できず、輸入部材依存になっていた。その意味では、非軍需工業生産部品や製品とほぼ同様な状況に陥っている。

 

このように先進工業国生産体制に組み込まれた一次産品輸出国である経済そして「工業国」であるロシアが、ウクライナ侵略を開始し、その結果として、欧米日の先進工業国からの厳しい経済制裁を被ったのである。欧米日からの経済制裁により、国内に存在する既存完成工業製品の補修用部品に関する部品調達についても、元来の生産販売メーカーから調達できなくなった。そのため、ダミー企業や迂回輸入を利用し、あるいは中国製への代替を図り、部品等の調達を図った。その結果として、当面、ロシアは工業生産水準を、縮小一辺倒にすることなく、一定程度の水準に維持することには成功したようである。

また、米欧から輸入規制を受け、船荷保険の適用が制限され、輸出が抑制された原油等についても、中印等の非西欧国との取引を拡大し、一般的な相場よりかなり低い水準ではあるが、原油輸出について量的水準を維持しているようである。そのために、ロシアの原油生産国有会社ロスネフトが、インド国籍の石油タンカー保有会社の設立に関わった模様であり、その企業は世界中からタンカーを買い集め、世界有数、世界第11位のタンカー保有企業として突如出現し、ロシアからインドへの原油輸出を実現していると報じられている(Wilson, 他、2023年)。米欧企業が支配している輸出の際の保険の利用も制約されているが、この企業は特定国との取引に専業化することで、この問題を回避し、一挙にインドへの輸出を拡大したというのである。

このような対応は、輸出それ自体は、米欧以外の諸国からの需要を利用し、自ら輸送手段を調達することで実現している。が、しかし、低価格販売と、コスト増加の双方で、大きな負担を強いられるとともに、平時に戻った際の輸送船団維持ないしは処分等についての負担が巨大となる可能性を同時にもたらすものであるといえる。非常時ゆえに、数量の充足を第一に短期でかき集めたタンカー、これをきちんとメンテナンスを行い、維持し、平時において国際競争力のあるタンカー群にしていくことが可能であろうか。造船能力のないロシアが、必要に迫られかき集めたタンカー群、量的にはそれなりに集まったようだが、平時における競争力維持は、大いに疑問とされよう。

長期的展望を持つのであれば、遠回りでも、自国内での造船業の強化を実現し、生産とメンテナンスの双方の能力を充実しながら、自国製造の船での運輸能力を確保するのが、王道であろう。しかし、その時間はなく、結果的には、弥縫策に終わり、戦争が終われば、無に帰す原油タンカー群であると思われる。

 

いずれにしても、軍需品の生産維持を優先しながら、工業生産水準の維持に努めた結果、軍需品ではない乗用車の生産は3分の1以下に低下している。もちろん、ロシアでの乗用車生産は、輸出競争力のない乗用車生産であり、特にロシア系メーカーはそうである。最近の乗用車には必須となっているようなABSのような機構さえも組み込むことができない、ただ走るだけの旧ソ連時代レベルの乗用車の生産でも、その生産量が3分の1以下に落ち込んだのである。日本製の中古車の輸入は活発化していることから見て、この乗用車の国内生産の縮小は、需要の縮小以上に、生産能力の問題の結果としての縮小であると言えそうである。

 さらに、資本財(工作機械等の産業機械、あるいは航空機等の産業用輸送機械)の輸入は正規ルートでは不可能となり、それらの補修用部品も正規ルートを通しては入手困難となっている。

その結果、旧ソ連圏時代は、ソ連圏内で完結型生産体制を構築したことで、資本財から耐久消費財そして消費財を、先にも指摘したように原材料から一次加工そして部品さらには完成品と全てソ連圏内で生産可能であり、ほぼ自給していた。しかし、現在は藤原克美氏が示すように、繊維製品用資本財は輸入、民需用の中高級繊維製品も輸入依存となり、カーテン生地等を国内生産するのみということである。

また、ジェトロの報告書によれば、国内利用の工作機械のほとんどを輸入しているとされている。さらにいえば、半導体の本格的な生産能力はなく、一部半導体の企画開発はできるが、先端半導体については、全面的に企画開発そして生産とも、海外そして海外企業に依存している状況にあるとのことである。

 丸川・服部両氏によれば、国際競争力のある鉄鉱石資源がある等から、鉄鉱石の一次加工品には国際競争力があるが、2次加工鉄鋼製品の国際競争力はなく、鉄鋼の国際販売はできるが、鉄鋼完成品の国際競争力はないと指摘されている。原油と天然ガスの鉱物燃料の輸出能力と輸出競争力を保有し、農産物とその一次加工品等の輸出能力と競争力も保有している。これらと鉄鋼等の鉱物資源の一次加工品の輸出競争力で、14千万人のロシア国民の生活水準向上を実現し、それを維持している状況である。それにもかかわらず、主要資本財や消費財の工業製品についての輸入元の欧州を敵に回す可能性が大なウクライナ侵略を敢行した。

 

 以上が、2022年のプーチン政権下のロシア工業を中心としたロシア経済の状況と言える。それにもかかわらず、なぜ、ウクライナ侵略が可能と考えたのであろうか。2014年のクリミア半島強奪の「成功」の体験こそ、このようなロシアのプーチン政権の判断の誤りを導いたのであろう。クリミア半島強奪をほとんどロシア軍が無傷のまま実現し、その際の米欧のロシア経済に対する制裁もロシア経済にとって決定的なダメージを与えるものとはならなかった。

 まずはゼレンスキー政権の短期間での崩壊を前提に、その後に傀儡政権を樹立すれば、米欧の経済制裁も、多大な影響を与えるものとならず、形だけのもので終わる、という読みがプーチン政権にはあった。このように考えることによってのみ、ロシア政府のウクライナ侵略実行について理解することが可能となる。ロシア経済、特にその工業は脆弱であり、長期の本格的な戦争、他国侵略とその維持については、主要先進工業国からの本格的経済制裁の下で耐えられる水準にはない。先進工業国からの部材や完成品の供給に大きく依存する工業製品をもとに軍需品生産を行っている国が、何故、主要先進工業国の経済制裁下で、必要な軍需生産を維持できるのであろうか。たとえ、原材料等の輸出により、外貨を稼ぐことが維持されたとしても。

 

 ボタンの掛け違い、ウクライナ侵略が短期収束し、ロシアにとって友好的な傀儡政権樹立につながる、という読み、このもとに侵略を開始した。しかし、読みは全く外れ、戦闘は長期化し、自らの軍需生産のための工業基盤の脆弱さを痛感せざるをない状況に陥ったが、他方で政権維持を可能とするような妥協の余地がロシア現行政権にとってはなくなった。このように見ることができよう。

 

 核保有国ロシアを核戦争に突入させることなく、経済制裁を通してロシア経済をじわじわと締め付ける、このような状況は、ロシアの資源輸出に依存することが少なく、ロシアを主要仮想敵国としてきた米国にとって、最適な姿ということであろう。また、欧州各国政府にとっては、資源依存の関係が強くあるロシアに対し、経済制裁を課し資源輸入を縮小することは、かなりの痛みを伴うものであるが、隣接するロシアの好戦的な姿勢に対しては、その痛みを背負うことも仕方がないことと国民に受容され、本格的な経済制裁、ロシア資源依存からの解放の追求となろう。特にバルト3国といった旧ソ連構成国やポーランド等の旧ソ連経済圏構成国を受け入れたEUにとって、旧ソ連からの独立国ウクライナへの一方的なロシアの侵略は、到底受け入れることができるものではないであろう。

 

 このような2022年の224日に開始されたロシアのウクライナ侵略は、今や、2回目の夏を迎えようとしている。ロシアによるウクライナ侵略の戦線は膠着状態に陥っている。ロシアそしてウクライナ双方にとっての人的損失は、膨大な数字となっているようである。ロシアは、プーチン大統領の命運をかけた侵略を続行しているが、自国領土化を2022年の侵略後に宣言したウクライナの4州については、2014年に自国領土化を宣言したクリミア半島のようには、その諸州を全面的に占領することさえできていない。いわば、自国領土化したはずの東部と南部の4州内で、依然としてウクライナ軍との戦闘に従事し、対峙している状況である。全面的に占領をしてもいない州を、一方的に自国領土と宣言し、侵略を維持している。このような状況をロシア国民は、どのように認識しているのであろうか。

 

その結果は、長引く戦争状態、経済的、特に民需向け工業生産の縮小となる。乗用車需要を充足するためには、乗用車、生産台数が3分の1となった状況下では、正規販売ルートから新車を輸入できないゆえ、中古車しか輸入できない。工業生産は、発展途上国並みの生産へと縮小しつつある。同時に、旧ソ連型の完結型の工業生産の再建も不可能であり、工業生産能力のジリ貧状況の継続しかない状況へと向かっている。プーチン大統領にとっては、自らの地位を当面維持することができれば、後は野となれ山となれ、ということなのであろうか。

 

 以上、ウクライナ侵略下でのロシア経済について、その工業生産の側面を中心に、今の時点で、手に入れた日本語資料をもとに、改めて、私なりに書いてみた。内容的には、ほとんどこれまで書いてきたものの焼き直しであるが、戦争開始後1年と2ヶ月を過ぎ、ロシア工業の限界がますます見えてきた今、当初の理解が大きく間違っていなかったことの確認も兼ね、あえて、繰り返し的内容をまとめてみた次第である。

 それにしても、本稿は、私が手に入れることができたロシア経済、特にロシア工業の現況についての日本語文献が、いかに貧弱か、この点を露呈している論考とも言える。これは、私の努力の足りなさだけによるのではなさそうである。ロシアの工業実態について、日本の研究者にとって現場を見る機会がごく限られ、さらには統計自体の発表もさらに限定的になってきていることが影響しているようである。2000年前後から10年ほど中国工業の現場を歩き回って、実態を私自身の目で見ながら日本の戦後の工業発展の実態と比較でき、また多くの日本の研究者の目で見た実態調査報告や実態研究を読みながら、考えることができた、私の中国工業発展の研究、これができたことが、いかに幸運であったか、改めて感じている次第である。

 

参考文献

日本貿易振興機構海外調査部サンクトペテロブルグ事務所編、2021

『ロシア工作機械市場概況』JETRO2021

藤原克美、2012年『移行期ロシアの繊維産業 ソビエト工業の崩壊と再編』

春風社 

丸川知雄・服部倫卓、2019

「中国・ロシアの鉄鋼業–競争力の源泉は何か?」

『比較経済研究』561号、20191

Wilson, T., C. Cook, C. Cornish & A. Stognei, 2023年 

‘Mystery Mumbai company emerges as big transporter of oil

 from sanctions-hit Russia’ Financial Times, 55, 3ページ

 

2023年4月25日火曜日

4月25日 我家の鯉と生垣 春真っ盛り

春、真っ盛りとなり、
我家の池の鯉、
食欲旺盛です。
この写真2枚は、朝の食事風景です。

池の周りの草木の新緑と、
食欲旺盛な鯉たち、
朝、餌を放り入れると一斉に食べに浮かんできます。

また、生垣では、トキワマンサクの花が終わり、
今年は残念ながら白と赤の花で覆われるということはなく、
その代わり、若葉が一斉に目立ち始めています。
「新緑」とは言えない色ですが。
また、トキワマンサクの下に植えたホットリップス、
真っ赤な花をたくさん着け、
こちらは大成功です。



 

2023年3月29日水曜日

3月28日 我が家の君子蘭が本格的に咲き始めました

エントランスの君子蘭、
賑やかな開花の時期を迎えました。
3月28日、
君子蘭が本格的に咲き始めました。
これからが楽しみです。

3月20日には、漸く色がついてきました。

3月11日、
室内の廊下で冬を越させていた君子蘭、
蕾がついたものを、
霜の降りる可能性が減ったことで、
エントランスに出しました。




 

2023年2月27日月曜日

2月27日 今年の早春の我が家のエントランス

本格的な春を前に
我が家のエントランスにも、
早春の花、クリスマスローズが咲き始めました。


これが、何年も前に購入した親株です。
賑やかに白い花をつけました。


これらは我が家でタネから発芽し、
大きく育ち、本格的に花をつけ始めた株です。
白い花の株だけを購入したのですが、
タネからは紫色の花の株も生まれました。

いつもの年ならば、今、花盛りのはずの西洋サクラソウ、
今年は、夏の暑さのせいか、ほとんど発芽せず、
発芽したのも遅く、
この時期になって、小さな株がなんとか蕾をつけました。

ノースポールの発芽も出遅れ、
ようやく本葉が出てきたところで、冬を迎えてしまい。
育ち損なっています。
4月ごろには本格的に咲き始めることを楽しみにしています。

 夏が暑く、冬の冷え込みがひどく、
我が家の冬のエントランスは、例年に比べ寂しい限りです。
ようやくクリスマスローズが本格的に咲き始め、
エントランスを我が家の花で飾ることができました。

2023年1月18日水曜日

1月18日 G. ラックマン「ロシアにとって勝利持続への道はない」(FT,1月17日)を読んで

 Rachman, G., There is no path to lasting Russian victory

「ロシアにとって勝利持続への道はない」FT, 17 Jan. 2023, p.17)を読んで

渡辺幸男

 

 久しぶりに、勝手なコメントを書きたくなる、興味深いFTの記事に遭遇した。それが、上記のタイトルのG. Rachman氏の論説である。

 

 ここでは、ロシアのウクライナ侵略について、どのように見るべきか、改めて議論がなされている。そこでの主張の中心は、タイトルにあるように、ロシアのウクライナ侵略では、今後、ロシアによる戦場での一定の成果が生じても、持続的なロシアの勝利とはならない、ということである。たとえ、ロシアがウクライナのゼレンスキー大統領を追放できても、10年単位のゲリラ戦がウクライナで生じるだけであり、アフガニスタンでの旧ソ連の戦争が「ピクニック」のように見えてくる、ことになるとしている。

 たとえ一時的に勝利しても、ロシアのウクライナ占領軍やその傀儡政権は、長期的なゲリラ戦に巻き込まれ、その一時の「勝利」はロシアをより一層、長期の災難へと導くというのである。第2次世界大戦の対ドイツ戦での旧ソ連の最終的な勝利は、自国での戦いであり、その上にヨーロッパ諸国を味方にしての戦いであったが、今回はウクライナがその立場にある。ロシアの味方はヨーロッパには存在せず、南の諸国の中に存在するだけであり、何よりもロシアが侵略者なのである。旧ソ連のアフガン戦争が「ピクニック」とみえるような状況になり、プーチン大統領のロシアにとっては、論理的には降伏も可能だが、降伏は自らの完全否定となるプーチン大統領にとって受け入れ難いことであろうとも述べている。

 そしていずれにしても、プーチン大統領が長い戦争を遂行するには、ロシア国内のエリートの長期に渡る無条件的な愛国主義的支援が不可欠である。しかし、無条件的な愛国主義的エリートは、仲間を戦場に送り、そして殺すことになり、持続可能とは言えない。ロシアの本当の愛国主義的エリートの多くは投獄されたり亡命したりしているが、彼らがプーチン大統領と彼の戦争をやめさせるとき、ロシアには初めて、「道徳的、経済的、そして国際的な地位を再構築するチャンス」が生まれる、と締めくくっている。

 

 この論説でのポイントは、今回の戦争が、ロシアのウクライナへの侵略戦争であり、たとえウクライナ現政権が崩壊したとしても、戦争は長期のゲリラ戦となり、侵略者ロシアは、この30年欧州諸国へのエネルギー資源供給者として成長を遂げてきたのであり、その欧米諸国から総スカンを喰らい、多少なりとも積極的な支援を期待できるのは南の諸国の中にあるだけで、それもイランぐらいであり、中国等も積極的には支援しないであろうというが第一の点である。そして、それにもかかわらず、プーチン大統領は引くに引けず、泥沼で足掻くことになる。しかもその足掻きを維持できるのは、ロシアの愛国主義的エリート層の無条件の支持があってのものであるが、それ自体無理であろう、ということで締め括られている。

 

 この論説を読んで、改めて、ロシアのプーチン大統領の読み間違えの深刻さを痛感した次第である。多くの人が指摘しているように、プーチン大統領はキーウに向けて侵略を開始すれば、本格的な抵抗もないまま、数日ないし10日くらいで、ゼレンスキー政権を追放し、傀儡政権を打ち立てることができると読んでいたのであろう。2014年のクリミア半島のあまりに容易な自国領土化の事実上の成功、これこそが読み違えに向けての原点であろう。クリミアで成功したのだから、それを見た目でより大規模に行えば、ウクライナ全土を属国化できる、という読みである。

 そのような読みがあったからこそ、最前線に向かう自国の兵士に、直前まで演習への参加と思わせていても、問題ないと考えていたのであろう。兵士の絶対数さえ十分であれば、その戦闘意欲や兵站状況とその背後にある大義等は関係なく、ゼレンスキー政権は崩壊すると。これが完全に見込み外れであったことから、引くに引けない羽目に陥った。そして、時間を経過させ、米欧による本格的なウクライナ支援を呼び込んでしまった。しかも、ラックマン氏によれば、プーチン大統領は自らが破滅するまで、戦い続けざるを得なくなっている、ということになる。

 その結果、プーチン大統領は、当面の勝利を得ようとして、無差別攻撃を行い、民間人の大量虐殺や、社会生活のインフラの意図的破壊をおこなっている。これは、当面ウクライナ人を傷め、生活困難に至らしめることになる。しかし、このようにウクライナ国民を徹底的に痛めつけるならば、プーチン大統領がたとえ傀儡政権を打ち立てることに成功したとしても、その傀儡政権は、ウクライナ人の多く、ウクライナ国民の圧倒的な部分の人々の協力を得られないことになるであろう。ラックマン氏はアフガンどころではない長期の激しいゲリラ戦になると言っている。数日で傀儡政権を樹立できなかったボタンの掛け違い、そこに至ったプーチン大統領の状況の読み違いゆえに、引くに引けず、泥沼にますますハマる状況を作り出してしまっている。ほぼ1世紀前の、どこかの新興帝国の侵略者の中国での失敗を素直になぞっているようにも見える。

 その読み違いの根本は、2014年段階のウクライナ国民のウクライナ国民としてのアイデンティティが、クリミアのロシア併合で大きく変わり、強化されたことであり、それをさらに強めているのが、いまのロシアのウクライナ侵略だと、ラックマン氏は言うのである。

しかも、ロシア、そしてプーチン政権は、ここ30年、旧ソ連の崩壊後、ヨーロッパへのエネルギー資源の輸出国として、ロシア国民1億4千万人にとってのある程度豊かさを実現した。そのことを通してプーチン大統領は自らの権力基盤を堅固なものとした。このロシア国民にとってのある程度の豊かさをもたらした対欧州向けの天然エネルギーの順調な輸出と、それを中心とする豊かさへの道は、2度と再現不可能であろう。欧州の主要国は今回の侵略で、ロシアへの天然エネルギー依存が極めて国民的にリスクの大きなことであることを認識したであろう。ここでもプーチン大統領の読み違いが見えてくる。エネルギー資源をロシアに大きく依存するヨーロッパ諸国は、形だけの制裁にとどまり、本格的な経済制裁をロシアに向け発動せず、ロシアへの全面的な経済制裁発動は控える、というクリミア奪取の経験の再現を期待したのであろう。

ヨーロッパへの天然エネルギー資源の輸出拡大の道が閉ざされた中で、ロシアは、どのように改めて経済の回復成長を実現し、高所得国へと近づこうとしているのであろうか。中国とインドという巨大な人口のエネルギー輸入国への輸出の大幅拡大の可能性に将来に賭けているのであろうか。そのことを通して、オーストラリアのようになろうとしているのであろうか。1億4千万人が高所得になるだけの天然資源と農産物の成長する輸出市場を中長期的に確保できるのであろうか。

 それとも、旧ソ連が、それなりに実現した、自国の勢力圏内での完結型の工業化を、改めて再現しようとしているのか。中央アジアの諸国を含め、今回のウクライナ侵略で、周辺国のロシア勢力圏化への積極的な協力の確保は不可能であろう。いつ主権を否定する侵略を行うかもしれないロシアに、積極的に協力する国は、政権基盤がぐらついているベラルーシのルカシェンコ政権ぐらいであろう。

 

 プーチン大統領の権力者としての一層の頑張りは、ラックマン氏もいうように、ロシアの悲劇の深化ということになろう。悲劇への道を突き進む指導者のもとで、その指導者に盲目的に従う国民、歴史的には、幾つものその姿を見てきた、その再来がプーチン大統領支配下のロシア「帝国」ということになろう。工業生産については、国際競争力と勢力圏内完結性の両面において、旧ソ連以下の状況にある現在のロシアだが、国際エネルギー供給者としての地位の確保と、多少の豊かさの実現による国民的支持を得た支配者の見込み違いが、国家としての破滅につながるような泥沼、いな底なし沼にはまる、という国家的悲劇をもたらしつつある。しかも、この支配者は、自らの非を認めることが全面的な自己の破滅となるような、逃げ場のない支配者、事実上、政権交代の仕組みを持たせない体制の独裁者である。

 今こそ、ロシア革命の時と言えるかもしれない。プーチン「皇帝」打倒のためのロシア革命である。しかし、ラックマン氏が期待するように、本当の愛国的エリートが、反プーチン大統領で蜂起する可能性があるのであろうか。その多くが投獄され国外逃亡している人々でもある。天然エネルギーを買ってくれるところは、買い叩かれるとしても、中国やインドといった巨大人口国を中心に存在し続けるであろう。このことにより、ロシア経済はジリ貧とはなるが、獲得した豊かさを少しずつ手放すことで済み、経済崩壊を意味しないですむ。このジリ貧状況は、一挙崩壊より、ロシア経済には、長期的な、より大きなダメージを与えることになるかもしれない。新たな道の模索をしない、あるいはできないまま、ジリ貧状態が長期化する。そして、天然エネルギーである石油や天然ガスの需要者とその量が、絶対的に減る。再生可能エネルギーへの代替により。同時に、そこそこの水準で天然資源への依存が維持されることで、本格的な再工業化へのエネルギーは、ロシアでは生じないことになる。再工業化の担い手となる可能性を持つ多くの人々は、海外に脱出しているがゆえに、一層のこと。

 

 一刻も早い、ロシアでの政権交代、ラックマン氏の言う真の愛国主義的エリートによる政権奪取、「ロシア革命」を願うばかりである、が・・・。

 

 ただ、それにしても、ロシアの高所得国化への道が、私には見えてこない。1億4千万人のロシアの人々にとって、天然資源輸出を通しての高所得国への道は極めて困難に見える。が、他方で、米欧そしてアジアの先進工業諸国からの経済制裁下でのロシアにおける工業発展の道、これもまた私には全く見えてこない。今のロシアの工業状況では、旧ソ連レベルのラーダの量産さえ、できるとは思われない。しかも、この30年でかつての旧ソ連が持っていた勢力圏内完結型の工業構造は完全に解体し、広範な工業生産における米欧を含めた国際分業に依存する天然資源輸出主導の、そこそこに豊かさを実現した国民経済となっているロシア、今後の発展的展開の筋道が見えてこない。

 見えてくるのは、中国経済への天然資源と農産物の輸出で食いつなぐ、高所得国化できなかった停滞的ロシアなのだが・・・。これも、世界経済の再生エネルギーへの転換により経済破綻しなければであるが。


お詫び:論説の著者の日本語表記が、間違っていました。ラックマン氏の翻訳書を読んでいながら間違えてしまいました。お詫びいたします。最初の公開時には、ラッチマン氏と表記していましたが、ラックマン氏と修正しました。




2023年1月1日日曜日

1月1日 癸卯元旦 謹賀新年

                                                                                                                                                    癸卯元旦

明けましておめでとうございます

渡辺幸男

 

 私の昨年1年間、一昨年とほとんど変わらない1年でした。ただし、一昨年、久しぶりに『21世紀中小企業論』の改訂版を出版するために、原稿を書きましたが、そのような仕事も昨年はありませんでした。また、多摩川を越える仕事も、ごくわずかであり、新型コロナの流行もあり、旅行も行かず、神奈川県内でほぼ完結した1年でした。リモートでの会議や学会への参加は、いくつかあり、出不精の私には、ますます暮らしやすい環境になったと感じた次第です。

 ただ、年末から新年にかけての季節労働である「中小企業研究奨励賞」の審査委員としての仕事は、今年度まで引き受けていることもあり、10月に入り、急に緊張感が高まり、久しぶりに、研究書と格闘する日々を過ごしました。このところ、中小企業研究以外の研究書を読むことが多く、なるほど、と感心するだけで読み飛ばしていましたが、審査するとなると、そうもいきません。緊張感が全く異なります。他の委員の見解を拝読し、私の理解と大きく異なることから、さらに読み直すといったこともしました。

 この審査委員の季節労働についても、本年度末、すなわち今年3月をもって終了することにしました。故佐藤芳雄教授がまだ現役の時に亡くなられためだと思うのですが、思わぬ若さで中小企業研究奨励賞の専門委員から審査委員に移行することになりました。それから20年余、審査委員として当初は好きなことを言っていられたのですが、経済部門の主査、あるいは審査委員長になってからは、審査委員の諸氏の見解をまとめるという役目が加わり、私の性格からは、かなり自己抑制をせざるを得ないきつい状況とになりました。言いたいことを抑え、と言っても、かなり自己主張をしていたとは思うのですが、立場上、審査委員諸氏の見解をまとめるということを、常に考えざるをえず、それなりに努力し、私なりにストレスを感じてきました。

 中小企業研究奨励賞の審査委員の任にあたることで、自分の主たる専門分野以外の著作、特に歴史的研究や計量的研究をも読むことを求められ、中小企業研究に関する私の理解の幅も広がったように感じます。それを自分の分野での研究にどこまで活かせたかは疑問ですが、中小企業研究者としての発想やアプローチの多様なあり方についての認識は深まったと思っています。審査委員としての活動の機会を与えてくださった商工総合研究所の方々に感謝です。

 

 さて、季節労働もする必要がなくなり、次年度からは、どのような生活を送るか、この問題が生じるかもしれません。ただ20194月から7月にかけての手術入院生活以後の、ここ数年の状況から言えることは、専門外の研究書、多くは近年の研究成果を反映した歴史学関係の専門書あるいはその入門書ですが、これを興味にしたがって、勝手に読み飛ばすということが、楽しくてしょうがない、と言った状況です。数年前まで、自身の研究がらみ、およびその周辺の研究書を読むことが多かったのですが、かなり状況が変化し、近年の歴史研究の成果を追いかける形での読書となっています。

 その結果、読書を通じて、私なりの見解を述べたくなり、ブログに書くということも減ってきました。あるいは、ほとんどなくなってしまいました。

 

 また、もう1つの趣味である、庭仕事を楽しむ、ということの1つである花については、ここ数年の体力の衰えの影響で、これまで毎年繰り返し世代更新で咲かせてきた鉢植えを、かなり維持できなくなり、種類を減らしてしまいました。エントランスの花々についても、かつての彩りが減ってきています。ただ、それでも、いくつか、サルビア、ゼラニウムやクリスマスローズといった花々の鉢植え、これ等を維持し、あるいは増やすことにも成功し、それなりにエントランスの四季の花々を維持することはできているつもりでいます。ブログにも、だいぶ回数は減りましたが、それ等の花々の移り変わりを、依然としてしつこく掲載しています。

 もう1つの趣味の庭仕事である、池の錦鯉の孵化と育成、こちらは私の中学生以来の趣味、60年余、極めてしつこく続けています。場所と広さは変わりましたが、我が家の池で鯉を卵から孵し、成魚になるまで長く育てる。こんな日々が、未だ続いています。ただ、新たに卵からの孵化、そして稚魚の育成、これについては諦めました。今いる鯉、4年以上(病気で倒れる前に孵した幼魚)たった鯉を最年少に、30数歳の鯉まで、数十匹、これの面倒を見続け、この夏も無事越させることができ、冬を迎え、池の深みで静かに、しかし元気に泳いでいます。

 池の鯉の天敵、まずは猫、これは池の周りを工夫し、猫が池に手を入れることができないようにしたことで、だいぶ前から、ほぼ完璧に防いでいます。もう1つの天敵、青鷺、こちらはしつこくやってきています。我が家の屋根に止まり、周りの様子を伺い、池のほとりに降りてきて、孵って数年以内の幼魚を狙います。かなりやられたのですが、ネットを張ることで、近頃は防げるようになりました。でも、まだ狙いに時々飛来します。知恵比べといったところです。

 60年以上続けている鯉の飼育、できる限り、といっても体がある程度動くことが前提ですが、続けていきます。孵化の再開は無理にしても。

 

 最後に中小企業・産業構造に関する研究者としての今後ですが、気になった本を勝手に読み、勝手な感想をブログに書くことは続けたいと思っています。特に中国、ロシア、インドの産業発展の実態についての研究を、中小企業を念頭に置いて読み、新興工業国の産業発展を、日本での産業発展と対比しながら、考える。こんなことを、日本語の文献を通して行えたらいいな、と思う日々です。

ただ、産業の現場に行って、その報告をされる研究者の方が限られており、新興工業国の産業、特に広義の機械工業についての日本語による研究成果については、目にする機会が、ごく限られています。2000年前後に、中国産業の研究者と一緒に中国の産業発展の現場を自分の目で見るような幸運には、恵まれないであろうし、そんな機会がたとえ降ってきても、もうそれに応じる知的体力はないので、ぜひ、他の方の研究成果を見たいのですが・・・。

2022年12月13日火曜日

12月13日 我が家の晩秋

我が家のエントランス
もみじの紅葉
今年は、植木屋さんが早めに入ったので、
少し寂しい紅葉ですが、
暖かかったことから、ようやく本格的な紅葉となりました。

エントランスの庭園灯に
紅葉が映えます。
父が、川崎から持ってきた灯籠も、
相変わらず、その存在感を示しています。