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2026年3月11日水曜日

3月11日 プーチンとトランプは、同じ穴のムジナか?

 プーチンとトランプは、同じ穴のムジナか?

渡辺幸男

 

 プーチンのウクライナ侵略は、2014年のクリミア半島の無血奪取に始まった。そして、ウクライナ東部への侵略、2022年の本格的侵略へとつながる。クリミア半島での成功が、ゼレンスキー政権の崩壊、そして傀儡政権としてのウクライナ元首の挿げ替えを目指した、(後から見れば)不用意な形でのウクライナへの全面侵略開始、そしてウクライナ東部戦線での膠着状態、大量の自国兵士の死傷者発生、すなわち自ら泥沼にハマりにいき、引くに引けない侵略戦争へ、そしてその長期化、それなりの「勝利」の実現の困難化、戦争開始の際の目的を大きく割り引いた上でのそれなりの「勝利」の宣言と終戦との困難化へと繋がっている。

 2026年のトランプは、もっと短期に、同じようなことをしているように見える。ヴェネゼエラからのマドゥーロ大統領の誘拐、そして自国兵士の損傷なく、ヴェネゼエラ政府の米国政府の傀儡化の実現を達成できたように見える。同じことをイランに対して始めた。イスラエルと組んで、最高指導者の暗殺をはじめとして主要政権幹部の暗殺、その後、イラン政府の傀儡化を実現しようとした。

しかし、である。イラン政府は、ヴェネゼエラ政府の副大統領が受け入れたような米国への自国政府の傀儡化について、これを拒否した。結果、米国は引くに引けない状況に、自らを追い込んでいるのではないか。4〜5週間で侵略は終わり、傀儡政権を樹立できるとのトランプの思惑は、大いに外れそうである。

イランはヴェネゼエラではない。ヴェネゼエラでの成功体験が、悪影響をトランプに与え、泥沼へと誘い、世界経済を混乱させ、米国経済にも悪影響を与え、トランプ政権の存立基盤自体を掘り崩しつつある。

このように見えてくる。どうであろうか。

プーチンがウクライナで犯している失敗を、トランプは、もっと短期で、より過激に繰り返すのではないか。

ここでトランプは、引くことができるか、それが勝負どころであろう。引くことができれば、トランプの政権基盤自体は弱体化するが、とりあえず侵略長期化という泥沼にハマることはないことになる。ただ、自らの面子を重視すれば、引くに引けない状況に陥るであろう。

トランプが、ウクライナ援助をしぶり、プーチンに甘いのは、プーチンと同じ発想の、自国の勢力圏たる近隣諸国に対する力による支配を主張する帝国主義的人間であることの反映ではないか。それゆえ、プーチンの行動を十分理解でき、その発想の大元については、これを肯定し、共鳴するからではないか。このように思えてくる。ロシアのウクライナ侵略について危機感を持って身近に感じているヨーロッパ諸国民とその政府首脳たちとの大きな違いが、そこには存在するようである。

 

ここまでを、2026310日午後2時までに書いた。

 

 その日の午後2時過ぎに我が家に届いた、フィナンシャル・タイムズのOpinion欄(p.17)で、ギデオン・ラックマン氏がトランプのイラン侵略の問題を取り上げ、‘Trump’s Venezuela plan is failing in Iran’(トランプのヴェネゼエラ・プランはイランでは失敗しつつある)というタイトルで小論を書いている。そのサブタイトルは、「中東での米国の軍事的介入は、すでに、カラカスで使用されたモデルから劇的に乖離している」というものである。

 そして、その小論の結論部分の最後の2つのパラグラフで、「トランプは明確に敗北している場合でも、勝利を主張することのできるという極めてユニークな能力を保持している」とし、「事態の一層の追求と迅速な撤退との選択を迫られたとき、彼の気質と政治的利害は、損切りへの選択を目指すであろう」と述べる。ただ、「イランでの勝利を宣言し、撤退するのはそれほど単純なことではないであろう」とし、その理由として「当該地域には、米国の軍事基地群、経済的諸資産、傷つきやすい同盟諸国があり、4万人の米兵がおり、トランプは好きなときに戦争を始められるが、同様に好き勝手なときに戦争を終えることはできず、‘Operation Epic Fury’は、‘an epic failure(大失敗)となるリスクがある」と締め括っている。

 

 まさにロシアのプーチン大統領が4年ほど前に踏み込んだ道と、トランプ大統領のイラン侵略戦争開始は、あまりにも共通している。ただ、プーチンとトランプでは、性格が大きく異なることを、ラックマン氏は最後に指摘し、トランプが、プーチンとは異なり、不利な戦況のもとでも、勝手に勝利宣言し撤退する可能性を指摘している。が、しかし、両者におけるその性格に違いも、イラン侵略の際の中東での米国の置かれた環境下では発揮され難く、プーチン同様に戦争の長期化、泥沼化へとつながる道を歩まざるを得なくなるかもしれないと、ラックマン氏は締め括っているのである。

 

 帝国主義者としての似たもの同士、プーチンロシア大統領とトランプ米国大統領、ともに、第2次大戦後の世界で保持していた帝国主義的覇権がほころび始めたときに政権につき、帝国主義国としての再興を目指した。その結果が、プーチンの場合は、ロシア以外の旧ソ連諸国でのロシア人居住地域の分離独立、そしてウクライナ政府の傀儡政権化ないしはロシア人居住地域である東部ウクライナの分離、ロシアへの併合となった。また、トランプ大統領の場合では、WTOのルールを無視した高関税による自国内再工業化の試み、そして西半球の米国にとっての勢力圏宣言と、グローバル規模での反米勢力支配の国家の武力による解体の試みとなったといえよう。

 ただし、奇妙とも言えるのは、第2次大戦後のような覇権国家、帝国主義国家間の対立としての米ソ(今の米露)対決となっていないことである。ロシアがグローバルな覇権国家としての力を失ったこと、旧ソ連、そして旧ロシア帝国領土の回復を目指すに留まらざるを得ないことが、このような米露対決とはなっていない理由であろう。21世紀20年代の覇権国家は、米国と中国ということなのであろう。

 覇権国家から脱落した旧ソ連の継承国家としてロシア、そして覇権国家としての存立が怪しくなってきた米国、その両者に似たような帝国主義的志向の大統領が生まれ、それがウクライナ侵略戦争を引き起こし、イラン侵略戦争を引き起こしたのであろう。

 

 いずれにしても、今、注目すべきは、トランプがラックマン氏のいうように、とにかく勝手に勝利宣言を出し、一方的に対イラン戦争から撤退することができるかどうかであろう。それが可能であり、その可能性を選択しえるのがトランプであるとも言えるのであるから。泥沼にハマらざるを得なかったプーチンとの大きな違いである。

 同じ穴のムジナであるプーチンとトランプであるが、同じムジナでも性格が大きく異なる。自らの思惑外れた時、失敗の締めくくり方が、両者で大きく変わるかもしれない。あるいは、性格が大きく異なるムジナだが、環境がもたらす強制力の方が強く、それが性格の異なるムジナの行動を最終的に決め、結局、両者で同じような結果、戦争の長期化をもたらすのであろうか。

 このような状況がもたらす結果は、他人事ではなく、我々の生活がかかっていることではある。が、興味深いことでもある。

2023年5月9日火曜日

5月9日 ウクライナへの侵略下におけるロシアの工業再考

 ウクライナへの侵略下におけるロシアの工業再考

渡辺幸男

 

はじめに

まず現在のロシアの工業を考える際に必要なことは、現在のロシアの産業の母体となったのは旧ソ連からの産業であり製造業であるということと同時に、旧ソ連圏内完結型という独自な構造を持った、ロシアを中心とした独自に形成された工業生産の構造自体は、1990年代に完全に解体したということである。

ロシアがその中核を成していた旧ソ連圏内の工業は、それぞれの産業部門の製品が国際競争力を持っていたかを別として、旧ソ連圏内で農業製品や鉱業製品の一次素原料はもちろんのこと、工業製品のほぼ全てを、非耐久消費財のみならず、耐久消費財や資本財、そして軍需製品等、ほぼ全てを部材の一次加工から、そして完成部品・完成品に至るまで圏内で、しかもほぼ完結する形で生産するという特徴を持っていた。生産が可能なだけではなく、圏内の需要をほぼ充足、輸入に依存できないし、しないということから需要が抑制されていたにしても、生産能力に規定されていながらも、圏内の需要を圏内生産で充足していたといえる。

この意味での旧ソ連圏内需要の充足は、人工衛星やジェット旅客機あるいは量産乗用車、金属・機械生産のための工作機械、そしてアパレル製品やその生産のために繊維機械といった、実に幅広い工業製品についてもの充足であった。このような状況を「旧ソ連圏内完結型の生産構造」と、私は呼んでいる。この完結型の生産構造で生産される製品の特徴の一つは、工業製品の多くについては、米欧の市場で競争力の持つ製品の生産ではなかったことである。量産乗用車ラーダが代表していたように米欧製品との競争のない旧ソ連圏内でのみ存立し販売できる商品群がほとんどであった。

 

国際分業型の構造へと変化

 この旧ソ連圏内完結型の工業生産が、旧ソ連圏の解体、ソ連邦の崩壊解体により、ロシア連邦が生まれ、そのロシアが旧ソ連圏内の主要産業について、一次製品生産とともに工業製品生産についても受け継いだが、米欧、特に欧州との競争、自国内市場についても、欧州製品との競争にさらされ、大きな構造変化を被った。1億4千万人規模の市場となったロシア連邦市場は、西欧諸国に比べ所得水準はかなり低かったが、以下で述べるような一次産品とその一次加工品については、高い国際競争力を持っていたこともあり、低所得国化することなく、中所得国としてそれなりの大きさの市場を提供し、かつ一次産品輸出を通しての海外製品の購入能力を持つ、市場として一定以上の大きさを持つ、かつ一定程度の経済成長を実現していたこともあり、西欧諸国企業にとって販売市場として魅力的な経済となった。

 しかも、一方的な市場開放と一部オリガルヒによる経済支配により、市場開放の成果が、多くのロシア国民に行き渡らず、富の顕著な偏在が生じた。そのような旧ソ連解体直後のロシア経済に対し、エリツィン大統領を引き継いだプーチン大統領は、資源企業の国有化や課税強化を通して、天然資源輸出とその一次加工品輸出での国際競争力を利用し、財政収入を豊かにし、年金改革等を通して一般国民の消費水準の底上げを実現した。そのために、ロシアルーブルの為替レートを高く維持し、国際競争力のある天然資源輸出そして農産物輸出で稼ぎ、国民の生活水準の向上を、一定程度、持続的に実現することに成功した。

 すなわち、旧ソ連時代に保有していた工業製品の生産能力の改善による工業製品の国際競争力強化による輸出拡大ではなく、国内工業生産能力の減退を放置しながらも、豊富な天然資源の輸出を通しての工業製品の輸入能力の増強を実現し、高為替水準を通して、国民生活水準の上昇を実現したのである。

 国内(旧ソ連の場合は圏内)完結型の生産構造の放棄、ある意味での国際分業関係強化、自国の得意分野へのシフト、これらを通して、これまでよりは豊かな国民生活を、早期に大々的に実現した。これが2000年代のロシアということができよう。そこで生じたことは、旧ソ連圏内として保有していた工業製品についての圏内完結型の工業の多くを、欧州や中国の工業製品に、部材を含め依存する構造へとシフトさせる、ということであった。自立経済圏志向の旧ソ連圏的なあり方から、豊かな天然資源と農産物輸出国へのシフト、1億4千万人の国民経済を、オーストラリア型の豊かな天然資源と農産物輸出に依存し成長する一次産品輸出依存国へとシフトさせたのである。

 これは、巨大な社会実験である。オーストラリアの人口は2500万人強であり、ロシアの人口の5分の1以下にすぎない。原油輸出で成長したサウジアラビアの人口は3600万人弱であり、ロシアの4分の1程度である。1億4千万人の国民を天然資源と農産物の輸出で豊かにし続けることは可能なのであろうか。この発展方向を追求することで、先進工業国並みの一人当たり所得の水準を実現することは可能なのであろうか。

 この点で参考になるのが、南米の姿であろう。豊かな農産物と工業用原材料資源に恵まれながら、南米のブラジルやアルゼンチンといった諸国は、中所得国から高所得国へと発展することができず、かつてはそれらの国よりかなり国民所得水準が低かった日本経済に対し、大きく遅れを取るといった状況となっている。それに対して、米国(USA)は、19世紀においてその南部は欧州向け農産物輸出により経済成長を実現していたが、南北戦争を契機としているのかどうかは別として、北部の工業化が優位となり、先進工業国としての国際競争力を19世紀から20世紀にかけ実現し、高所得国であり、大量の移民も受け入れ、人口的にも3億人を超える覇権国家となった。幅広い工業生産での優位を維持することなく、1億人を超える規模の国民経済で、高所得化を実現した国家はいまだ存在していない。

 

 このロシアの工業製品の国内生産、特に基幹的な工作機械や産業機械等の資本財、また半導体等の先端部品の国内生産の「放棄」を、ロシア経済の「非工業化」と、私は呼んでいる。私が目を通すことができたロシアの工業の2000年代の動向を示した統計的実態を含めた実態調査を踏まえた日本語で書かれた実証研究、藤原克美氏のロシアの繊維産業と繊維生産のための繊維機械産業についての著作(藤原克美、2012年)、丸川知雄氏と服部倫卓氏のロシアの鉄鋼製品輸出についての共著論文(丸川知雄・服部倫卓、2019年)、ジェトロのロシア工作機械についての報告書(日本貿易振興機構、2021年)、いずれも、工業生産、特に資本財や自国天然資源の加工製品でもその2次加工品についての国際競争力の喪失ないしは無さ(元々持っていなかったが、経済体制ゆえに維持できていたというべきだが)と、輸入への代替を明らかにしている。藤原氏の著作は、資本財のみではなく、主要アパレル製品といった非耐久消費財でも国内生産はほぼ消滅したという、衝撃的な事実を紹介している。

 

 ただし、ロシア経済は、国による調達と輸出を軸とする軍需製品生産だけは、旧ソ連圏内完結型の生産体制並みの水準を保持し、その限りでは軍事産業それ自体として健在といえよう。ただし、20世紀末から21世紀にかけて、一挙に進展した、軍需製品のIT化にかんしていえば、ロシア軍需工業は旧ソ連経済産業の解体後の時期に於ける軍需関連IT部材や製品の国際的な技術進歩にまったくついていけず、国内企業の生産基盤を形成できず、輸入部材依存になっていた。その意味では、非軍需工業生産部品や製品とほぼ同様な状況に陥っている。

 

このように先進工業国生産体制に組み込まれた一次産品輸出国である経済そして「工業国」であるロシアが、ウクライナ侵略を開始し、その結果として、欧米日の先進工業国からの厳しい経済制裁を被ったのである。欧米日からの経済制裁により、国内に存在する既存完成工業製品の補修用部品に関する部品調達についても、元来の生産販売メーカーから調達できなくなった。そのため、ダミー企業や迂回輸入を利用し、あるいは中国製への代替を図り、部品等の調達を図った。その結果として、当面、ロシアは工業生産水準を、縮小一辺倒にすることなく、一定程度の水準に維持することには成功したようである。

また、米欧から輸入規制を受け、船荷保険の適用が制限され、輸出が抑制された原油等についても、中印等の非西欧国との取引を拡大し、一般的な相場よりかなり低い水準ではあるが、原油輸出について量的水準を維持しているようである。そのために、ロシアの原油生産国有会社ロスネフトが、インド国籍の石油タンカー保有会社の設立に関わった模様であり、その企業は世界中からタンカーを買い集め、世界有数、世界第11位のタンカー保有企業として突如出現し、ロシアからインドへの原油輸出を実現していると報じられている(Wilson, 他、2023年)。米欧企業が支配している輸出の際の保険の利用も制約されているが、この企業は特定国との取引に専業化することで、この問題を回避し、一挙にインドへの輸出を拡大したというのである。

このような対応は、輸出それ自体は、米欧以外の諸国からの需要を利用し、自ら輸送手段を調達することで実現している。が、しかし、低価格販売と、コスト増加の双方で、大きな負担を強いられるとともに、平時に戻った際の輸送船団維持ないしは処分等についての負担が巨大となる可能性を同時にもたらすものであるといえる。非常時ゆえに、数量の充足を第一に短期でかき集めたタンカー、これをきちんとメンテナンスを行い、維持し、平時において国際競争力のあるタンカー群にしていくことが可能であろうか。造船能力のないロシアが、必要に迫られかき集めたタンカー群、量的にはそれなりに集まったようだが、平時における競争力維持は、大いに疑問とされよう。

長期的展望を持つのであれば、遠回りでも、自国内での造船業の強化を実現し、生産とメンテナンスの双方の能力を充実しながら、自国製造の船での運輸能力を確保するのが、王道であろう。しかし、その時間はなく、結果的には、弥縫策に終わり、戦争が終われば、無に帰す原油タンカー群であると思われる。

 

いずれにしても、軍需品の生産維持を優先しながら、工業生産水準の維持に努めた結果、軍需品ではない乗用車の生産は3分の1以下に低下している。もちろん、ロシアでの乗用車生産は、輸出競争力のない乗用車生産であり、特にロシア系メーカーはそうである。最近の乗用車には必須となっているようなABSのような機構さえも組み込むことができない、ただ走るだけの旧ソ連時代レベルの乗用車の生産でも、その生産量が3分の1以下に落ち込んだのである。日本製の中古車の輸入は活発化していることから見て、この乗用車の国内生産の縮小は、需要の縮小以上に、生産能力の問題の結果としての縮小であると言えそうである。

 さらに、資本財(工作機械等の産業機械、あるいは航空機等の産業用輸送機械)の輸入は正規ルートでは不可能となり、それらの補修用部品も正規ルートを通しては入手困難となっている。

その結果、旧ソ連圏時代は、ソ連圏内で完結型生産体制を構築したことで、資本財から耐久消費財そして消費財を、先にも指摘したように原材料から一次加工そして部品さらには完成品と全てソ連圏内で生産可能であり、ほぼ自給していた。しかし、現在は藤原克美氏が示すように、繊維製品用資本財は輸入、民需用の中高級繊維製品も輸入依存となり、カーテン生地等を国内生産するのみということである。

また、ジェトロの報告書によれば、国内利用の工作機械のほとんどを輸入しているとされている。さらにいえば、半導体の本格的な生産能力はなく、一部半導体の企画開発はできるが、先端半導体については、全面的に企画開発そして生産とも、海外そして海外企業に依存している状況にあるとのことである。

 丸川・服部両氏によれば、国際競争力のある鉄鉱石資源がある等から、鉄鉱石の一次加工品には国際競争力があるが、2次加工鉄鋼製品の国際競争力はなく、鉄鋼の国際販売はできるが、鉄鋼完成品の国際競争力はないと指摘されている。原油と天然ガスの鉱物燃料の輸出能力と輸出競争力を保有し、農産物とその一次加工品等の輸出能力と競争力も保有している。これらと鉄鋼等の鉱物資源の一次加工品の輸出競争力で、14千万人のロシア国民の生活水準向上を実現し、それを維持している状況である。それにもかかわらず、主要資本財や消費財の工業製品についての輸入元の欧州を敵に回す可能性が大なウクライナ侵略を敢行した。

 

 以上が、2022年のプーチン政権下のロシア工業を中心としたロシア経済の状況と言える。それにもかかわらず、なぜ、ウクライナ侵略が可能と考えたのであろうか。2014年のクリミア半島強奪の「成功」の体験こそ、このようなロシアのプーチン政権の判断の誤りを導いたのであろう。クリミア半島強奪をほとんどロシア軍が無傷のまま実現し、その際の米欧のロシア経済に対する制裁もロシア経済にとって決定的なダメージを与えるものとはならなかった。

 まずはゼレンスキー政権の短期間での崩壊を前提に、その後に傀儡政権を樹立すれば、米欧の経済制裁も、多大な影響を与えるものとならず、形だけのもので終わる、という読みがプーチン政権にはあった。このように考えることによってのみ、ロシア政府のウクライナ侵略実行について理解することが可能となる。ロシア経済、特にその工業は脆弱であり、長期の本格的な戦争、他国侵略とその維持については、主要先進工業国からの本格的経済制裁の下で耐えられる水準にはない。先進工業国からの部材や完成品の供給に大きく依存する工業製品をもとに軍需品生産を行っている国が、何故、主要先進工業国の経済制裁下で、必要な軍需生産を維持できるのであろうか。たとえ、原材料等の輸出により、外貨を稼ぐことが維持されたとしても。

 

 ボタンの掛け違い、ウクライナ侵略が短期収束し、ロシアにとって友好的な傀儡政権樹立につながる、という読み、このもとに侵略を開始した。しかし、読みは全く外れ、戦闘は長期化し、自らの軍需生産のための工業基盤の脆弱さを痛感せざるをない状況に陥ったが、他方で政権維持を可能とするような妥協の余地がロシア現行政権にとってはなくなった。このように見ることができよう。

 

 核保有国ロシアを核戦争に突入させることなく、経済制裁を通してロシア経済をじわじわと締め付ける、このような状況は、ロシアの資源輸出に依存することが少なく、ロシアを主要仮想敵国としてきた米国にとって、最適な姿ということであろう。また、欧州各国政府にとっては、資源依存の関係が強くあるロシアに対し、経済制裁を課し資源輸入を縮小することは、かなりの痛みを伴うものであるが、隣接するロシアの好戦的な姿勢に対しては、その痛みを背負うことも仕方がないことと国民に受容され、本格的な経済制裁、ロシア資源依存からの解放の追求となろう。特にバルト3国といった旧ソ連構成国やポーランド等の旧ソ連経済圏構成国を受け入れたEUにとって、旧ソ連からの独立国ウクライナへの一方的なロシアの侵略は、到底受け入れることができるものではないであろう。

 

 このような2022年の224日に開始されたロシアのウクライナ侵略は、今や、2回目の夏を迎えようとしている。ロシアによるウクライナ侵略の戦線は膠着状態に陥っている。ロシアそしてウクライナ双方にとっての人的損失は、膨大な数字となっているようである。ロシアは、プーチン大統領の命運をかけた侵略を続行しているが、自国領土化を2022年の侵略後に宣言したウクライナの4州については、2014年に自国領土化を宣言したクリミア半島のようには、その諸州を全面的に占領することさえできていない。いわば、自国領土化したはずの東部と南部の4州内で、依然としてウクライナ軍との戦闘に従事し、対峙している状況である。全面的に占領をしてもいない州を、一方的に自国領土と宣言し、侵略を維持している。このような状況をロシア国民は、どのように認識しているのであろうか。

 

その結果は、長引く戦争状態、経済的、特に民需向け工業生産の縮小となる。乗用車需要を充足するためには、乗用車、生産台数が3分の1となった状況下では、正規販売ルートから新車を輸入できないゆえ、中古車しか輸入できない。工業生産は、発展途上国並みの生産へと縮小しつつある。同時に、旧ソ連型の完結型の工業生産の再建も不可能であり、工業生産能力のジリ貧状況の継続しかない状況へと向かっている。プーチン大統領にとっては、自らの地位を当面維持することができれば、後は野となれ山となれ、ということなのであろうか。

 

 以上、ウクライナ侵略下でのロシア経済について、その工業生産の側面を中心に、今の時点で、手に入れた日本語資料をもとに、改めて、私なりに書いてみた。内容的には、ほとんどこれまで書いてきたものの焼き直しであるが、戦争開始後1年と2ヶ月を過ぎ、ロシア工業の限界がますます見えてきた今、当初の理解が大きく間違っていなかったことの確認も兼ね、あえて、繰り返し的内容をまとめてみた次第である。

 それにしても、本稿は、私が手に入れることができたロシア経済、特にロシア工業の現況についての日本語文献が、いかに貧弱か、この点を露呈している論考とも言える。これは、私の努力の足りなさだけによるのではなさそうである。ロシアの工業実態について、日本の研究者にとって現場を見る機会がごく限られ、さらには統計自体の発表もさらに限定的になってきていることが影響しているようである。2000年前後から10年ほど中国工業の現場を歩き回って、実態を私自身の目で見ながら日本の戦後の工業発展の実態と比較でき、また多くの日本の研究者の目で見た実態調査報告や実態研究を読みながら、考えることができた、私の中国工業発展の研究、これができたことが、いかに幸運であったか、改めて感じている次第である。

 

参考文献

日本貿易振興機構海外調査部サンクトペテロブルグ事務所編、2021

『ロシア工作機械市場概況』JETRO2021

藤原克美、2012年『移行期ロシアの繊維産業 ソビエト工業の崩壊と再編』

春風社 

丸川知雄・服部倫卓、2019

「中国・ロシアの鉄鋼業–競争力の源泉は何か?」

『比較経済研究』561号、20191

Wilson, T., C. Cook, C. Cornish & A. Stognei, 2023年 

‘Mystery Mumbai company emerges as big transporter of oil

 from sanctions-hit Russia’ Financial Times, 55, 3ページ

 

2023年1月18日水曜日

1月18日 G. ラックマン「ロシアにとって勝利持続への道はない」(FT,1月17日)を読んで

 Rachman, G., There is no path to lasting Russian victory

「ロシアにとって勝利持続への道はない」FT, 17 Jan. 2023, p.17)を読んで

渡辺幸男

 

 久しぶりに、勝手なコメントを書きたくなる、興味深いFTの記事に遭遇した。それが、上記のタイトルのG. Rachman氏の論説である。

 

 ここでは、ロシアのウクライナ侵略について、どのように見るべきか、改めて議論がなされている。そこでの主張の中心は、タイトルにあるように、ロシアのウクライナ侵略では、今後、ロシアによる戦場での一定の成果が生じても、持続的なロシアの勝利とはならない、ということである。たとえ、ロシアがウクライナのゼレンスキー大統領を追放できても、10年単位のゲリラ戦がウクライナで生じるだけであり、アフガニスタンでの旧ソ連の戦争が「ピクニック」のように見えてくる、ことになるとしている。

 たとえ一時的に勝利しても、ロシアのウクライナ占領軍やその傀儡政権は、長期的なゲリラ戦に巻き込まれ、その一時の「勝利」はロシアをより一層、長期の災難へと導くというのである。第2次世界大戦の対ドイツ戦での旧ソ連の最終的な勝利は、自国での戦いであり、その上にヨーロッパ諸国を味方にしての戦いであったが、今回はウクライナがその立場にある。ロシアの味方はヨーロッパには存在せず、南の諸国の中に存在するだけであり、何よりもロシアが侵略者なのである。旧ソ連のアフガン戦争が「ピクニック」とみえるような状況になり、プーチン大統領のロシアにとっては、論理的には降伏も可能だが、降伏は自らの完全否定となるプーチン大統領にとって受け入れ難いことであろうとも述べている。

 そしていずれにしても、プーチン大統領が長い戦争を遂行するには、ロシア国内のエリートの長期に渡る無条件的な愛国主義的支援が不可欠である。しかし、無条件的な愛国主義的エリートは、仲間を戦場に送り、そして殺すことになり、持続可能とは言えない。ロシアの本当の愛国主義的エリートの多くは投獄されたり亡命したりしているが、彼らがプーチン大統領と彼の戦争をやめさせるとき、ロシアには初めて、「道徳的、経済的、そして国際的な地位を再構築するチャンス」が生まれる、と締めくくっている。

 

 この論説でのポイントは、今回の戦争が、ロシアのウクライナへの侵略戦争であり、たとえウクライナ現政権が崩壊したとしても、戦争は長期のゲリラ戦となり、侵略者ロシアは、この30年欧州諸国へのエネルギー資源供給者として成長を遂げてきたのであり、その欧米諸国から総スカンを喰らい、多少なりとも積極的な支援を期待できるのは南の諸国の中にあるだけで、それもイランぐらいであり、中国等も積極的には支援しないであろうというが第一の点である。そして、それにもかかわらず、プーチン大統領は引くに引けず、泥沼で足掻くことになる。しかもその足掻きを維持できるのは、ロシアの愛国主義的エリート層の無条件の支持があってのものであるが、それ自体無理であろう、ということで締め括られている。

 

 この論説を読んで、改めて、ロシアのプーチン大統領の読み間違えの深刻さを痛感した次第である。多くの人が指摘しているように、プーチン大統領はキーウに向けて侵略を開始すれば、本格的な抵抗もないまま、数日ないし10日くらいで、ゼレンスキー政権を追放し、傀儡政権を打ち立てることができると読んでいたのであろう。2014年のクリミア半島のあまりに容易な自国領土化の事実上の成功、これこそが読み違えに向けての原点であろう。クリミアで成功したのだから、それを見た目でより大規模に行えば、ウクライナ全土を属国化できる、という読みである。

 そのような読みがあったからこそ、最前線に向かう自国の兵士に、直前まで演習への参加と思わせていても、問題ないと考えていたのであろう。兵士の絶対数さえ十分であれば、その戦闘意欲や兵站状況とその背後にある大義等は関係なく、ゼレンスキー政権は崩壊すると。これが完全に見込み外れであったことから、引くに引けない羽目に陥った。そして、時間を経過させ、米欧による本格的なウクライナ支援を呼び込んでしまった。しかも、ラックマン氏によれば、プーチン大統領は自らが破滅するまで、戦い続けざるを得なくなっている、ということになる。

 その結果、プーチン大統領は、当面の勝利を得ようとして、無差別攻撃を行い、民間人の大量虐殺や、社会生活のインフラの意図的破壊をおこなっている。これは、当面ウクライナ人を傷め、生活困難に至らしめることになる。しかし、このようにウクライナ国民を徹底的に痛めつけるならば、プーチン大統領がたとえ傀儡政権を打ち立てることに成功したとしても、その傀儡政権は、ウクライナ人の多く、ウクライナ国民の圧倒的な部分の人々の協力を得られないことになるであろう。ラックマン氏はアフガンどころではない長期の激しいゲリラ戦になると言っている。数日で傀儡政権を樹立できなかったボタンの掛け違い、そこに至ったプーチン大統領の状況の読み違いゆえに、引くに引けず、泥沼にますますハマる状況を作り出してしまっている。ほぼ1世紀前の、どこかの新興帝国の侵略者の中国での失敗を素直になぞっているようにも見える。

 その読み違いの根本は、2014年段階のウクライナ国民のウクライナ国民としてのアイデンティティが、クリミアのロシア併合で大きく変わり、強化されたことであり、それをさらに強めているのが、いまのロシアのウクライナ侵略だと、ラックマン氏は言うのである。

しかも、ロシア、そしてプーチン政権は、ここ30年、旧ソ連の崩壊後、ヨーロッパへのエネルギー資源の輸出国として、ロシア国民1億4千万人にとってのある程度豊かさを実現した。そのことを通してプーチン大統領は自らの権力基盤を堅固なものとした。このロシア国民にとってのある程度の豊かさをもたらした対欧州向けの天然エネルギーの順調な輸出と、それを中心とする豊かさへの道は、2度と再現不可能であろう。欧州の主要国は今回の侵略で、ロシアへの天然エネルギー依存が極めて国民的にリスクの大きなことであることを認識したであろう。ここでもプーチン大統領の読み違いが見えてくる。エネルギー資源をロシアに大きく依存するヨーロッパ諸国は、形だけの制裁にとどまり、本格的な経済制裁をロシアに向け発動せず、ロシアへの全面的な経済制裁発動は控える、というクリミア奪取の経験の再現を期待したのであろう。

ヨーロッパへの天然エネルギー資源の輸出拡大の道が閉ざされた中で、ロシアは、どのように改めて経済の回復成長を実現し、高所得国へと近づこうとしているのであろうか。中国とインドという巨大な人口のエネルギー輸入国への輸出の大幅拡大の可能性に将来に賭けているのであろうか。そのことを通して、オーストラリアのようになろうとしているのであろうか。1億4千万人が高所得になるだけの天然資源と農産物の成長する輸出市場を中長期的に確保できるのであろうか。

 それとも、旧ソ連が、それなりに実現した、自国の勢力圏内での完結型の工業化を、改めて再現しようとしているのか。中央アジアの諸国を含め、今回のウクライナ侵略で、周辺国のロシア勢力圏化への積極的な協力の確保は不可能であろう。いつ主権を否定する侵略を行うかもしれないロシアに、積極的に協力する国は、政権基盤がぐらついているベラルーシのルカシェンコ政権ぐらいであろう。

 

 プーチン大統領の権力者としての一層の頑張りは、ラックマン氏もいうように、ロシアの悲劇の深化ということになろう。悲劇への道を突き進む指導者のもとで、その指導者に盲目的に従う国民、歴史的には、幾つものその姿を見てきた、その再来がプーチン大統領支配下のロシア「帝国」ということになろう。工業生産については、国際競争力と勢力圏内完結性の両面において、旧ソ連以下の状況にある現在のロシアだが、国際エネルギー供給者としての地位の確保と、多少の豊かさの実現による国民的支持を得た支配者の見込み違いが、国家としての破滅につながるような泥沼、いな底なし沼にはまる、という国家的悲劇をもたらしつつある。しかも、この支配者は、自らの非を認めることが全面的な自己の破滅となるような、逃げ場のない支配者、事実上、政権交代の仕組みを持たせない体制の独裁者である。

 今こそ、ロシア革命の時と言えるかもしれない。プーチン「皇帝」打倒のためのロシア革命である。しかし、ラックマン氏が期待するように、本当の愛国的エリートが、反プーチン大統領で蜂起する可能性があるのであろうか。その多くが投獄され国外逃亡している人々でもある。天然エネルギーを買ってくれるところは、買い叩かれるとしても、中国やインドといった巨大人口国を中心に存在し続けるであろう。このことにより、ロシア経済はジリ貧とはなるが、獲得した豊かさを少しずつ手放すことで済み、経済崩壊を意味しないですむ。このジリ貧状況は、一挙崩壊より、ロシア経済には、長期的な、より大きなダメージを与えることになるかもしれない。新たな道の模索をしない、あるいはできないまま、ジリ貧状態が長期化する。そして、天然エネルギーである石油や天然ガスの需要者とその量が、絶対的に減る。再生可能エネルギーへの代替により。同時に、そこそこの水準で天然資源への依存が維持されることで、本格的な再工業化へのエネルギーは、ロシアでは生じないことになる。再工業化の担い手となる可能性を持つ多くの人々は、海外に脱出しているがゆえに、一層のこと。

 

 一刻も早い、ロシアでの政権交代、ラックマン氏の言う真の愛国主義的エリートによる政権奪取、「ロシア革命」を願うばかりである、が・・・。

 

 ただ、それにしても、ロシアの高所得国化への道が、私には見えてこない。1億4千万人のロシアの人々にとって、天然資源輸出を通しての高所得国への道は極めて困難に見える。が、他方で、米欧そしてアジアの先進工業諸国からの経済制裁下でのロシアにおける工業発展の道、これもまた私には全く見えてこない。今のロシアの工業状況では、旧ソ連レベルのラーダの量産さえ、できるとは思われない。しかも、この30年でかつての旧ソ連が持っていた勢力圏内完結型の工業構造は完全に解体し、広範な工業生産における米欧を含めた国際分業に依存する天然資源輸出主導の、そこそこに豊かさを実現した国民経済となっているロシア、今後の発展的展開の筋道が見えてこない。

 見えてくるのは、中国経済への天然資源と農産物の輸出で食いつなぐ、高所得国化できなかった停滞的ロシアなのだが・・・。これも、世界経済の再生エネルギーへの転換により経済破綻しなければであるが。


お詫び:論説の著者の日本語表記が、間違っていました。ラックマン氏の翻訳書を読んでいながら間違えてしまいました。お詫びいたします。最初の公開時には、ラッチマン氏と表記していましたが、ラックマン氏と修正しました。




2022年4月12日火曜日

4月12日 ロシアのウクライナ侵略戦争と元産業論研究者

 ロシアのウクライナ侵略に関連して 

ロシアの産業と侵略の展望

渡辺幸男


 以下は  、元産業論研究者の視点から、今のロシアの産業状況と、今回のウクライナ侵略戦争、その長期化の持つ意味について、戦争開始後1月半の時点で、考えてみたことを、文章化したものである。


 旧ソ連の中心であり、旧ソ連崩壊後も1億人以上の人口を維持しているロシアは、ソ連時代の工業基盤の多くを引き継いでいる筈の国でもある。そのロシアがウクライナを侵略し、ウクライナの現政権を打倒し、傀儡政権を擁立しようと、全面戦争を仕掛けた。そのようなロシアの工業、世界最大の核保有国であり、最新兵器を多数持ち、宇宙開発でも先頭を走るロシア、しかし、その工業基盤は、旧ソ連以来の弱点を克服できないまま、今に至っている。それを端的に表現するのが、ロシアの輸出入構造である。

 先端兵器を生産できる工業力を持つ経済でありながら、その輸出入構造は、全く工業国の体を成していない。ロシアの輸出入構造を改めて見ると、天然資源とその一次加工品をもっぱら輸出し、完成品としての工業製品、資本財として、耐久消費財として、そして日用品としての工業完成品について、もっぱら輸入しているということが明白となる(通商産業省編『通商白書2018年版』)。それも一方で先進工業国を多く含むドイツ等の欧州との取引でそのような関係にあるだけではなく、後発工業化国である中国との輸出入関係でも、天然資源と一次加工品を輸出し、電話機を中心とした機械工業製品をはじめ、多様な工業製品をもっぱら輸入している(ジェトロ中国北アジア課編)。

 輸出入構造だけを見ると、工業国とは全く見て取れない状況である。豊かな天然資源をもとに、購買力平価で見た一人当たりGDPは、中国を上回っているが、先進工業国やオーストラリアといった一次産品輸出主体の高所得国とは比べ物にならない低い水準である。2020年には、米国63,414ドル、ドイツ54,264ドル、オーストラリア52,397ドル、イギリス45,853ドル、日本41,733ドル、ロシア28,213ドル、中国17,204ドル(Global Note202234日閲覧)となっている。中国より大きいが、米国の半分以下であるし、人口規模がかなり近い日本と比較しても、その3分の2強の水準といったところである。国民全体が、豊かな天然資源の輸出を通して、オーストラリア等と並ぶような先進工業国並みの豊かな生活水準を実現しているわけでもない。

 しかも、ロシアの輸出入を見てみると、基本的に一次産品ないしはその一次加工品を輸出し、工業製品を輸入していることは、対世界でも、対中国と同様である。この国が、工業製品でもある核ミサイルの保有台数では世界一であり、それらは自国産のミサイルでもある。「先端」的な軍備品の保有高では世界一であり、それらについて国内工業基盤を利用して生産してきたはずである。しかし、携帯電話ないしはスマートフォンについては量産できないらしく、中国からの輸入品の第1位が電話機輸入で、53億ドル余りになり、ロシアの電話機輸入の71%を中国製が占めていることとなっている。中国に原油や天然ガスを売り、中国からスマホを輸入しているのである。ロシアから中国への輸出の上位10品目に、機械関連の製品は全く入っていない(ジェトロ中国北アジア課編)。

 このことが意味するのは、私がその存在の重要性を強調してやまない機械工業の基盤産業がソ連崩壊後に消滅したと考えられることである。ソ連時代は、国際競争力はなくとも、東側諸国の工業製品生産国として、機械工業の基盤産業も存在していたと思われる。それがなければ、曲がりなりも国産部品だけで乗用車を量産することは不可能である。国際競争力が全くないとしても、機械製品を部品から国産化することは不可能である。私の記憶に残っている一例を挙げれば、私の大学院生時代、1970年代に旧ソ連を旅行した院生仲間が、買ってきて見せてくれたソ連製の腕時計を挙げることができる。確かにそれは腕時計であり、当時の円換算で見ても、極めて安い時計であったが、動くことは動き、時を刻んでいた。しかし、当時の日本ではクォーツが導入され、時計は時間が狂わないことが当たり前になりつつあったが、その腕時計は、毎日時間を合わせないと、決まった電車に乗るためには使えない代物であった。しかし、動くことは動いたのである。毎日時間を合わせれば、なんとか決まった電車に乗るためにも使えた。

 当時のソ連では、スプートニクを打ち上げることができ、核弾頭付きの大陸間弾道弾を数多く保有できただけではなく、耐久消費財としての機械製品も、国内で部材から生産できた。繰り返すが、先の腕時計とかソ連崩壊時のラーダといった乗用車生産の産業の存在で象徴されるように、全く国際競争力はない量産機械ではあったが、純ソ連産の量産機械も生産可能であった。

 その旧ソ連の中核部分を引き継いだロシア、そこでの輸出製品が、ほぼ天然資源とその一次加工品に限られ、機械製品は、対中国でも量産耐久消費財としての機械どころか、資本財としての機械についても、全く10位以内の輸出品目に入っていないのである。それに対して、先にも指摘したように、中国の対ロシア輸出の第1位製品は、スマートフォンを中心とした量産電子機器としての電話である。もちろん、その部材、ましてや生産のための資本財全てを中国国内で生産しているわけではないが、完成品としての電話が中国からの輸出品の10%近くを占めているのである。ロシア国内で、中国で少し前までやっていたように、また今インドで本格化しているように、部材を海外から調達して組み立てる、ということでもないようである。

 藤原克美氏の研究によれば、工業製品を海外に依存するのは、機械製品に限定されず、繊維製品においても、アパレル関係の布地生産や、そして紡織機械生産についても、かつてのソ連時代には国内に存在し、自給していたが、ソ連崩壊後、ほとんどその存在が消え、一部のアパレル用以外のカーテン等のための布地の生産が残っているのみであるとのことである。また、かつては存在した紡織関連の機械の国内生産もほぼ消滅したとのことである(藤原克美、2012年)。

 豊かな天然資源依存の国、たとえば、オーストラリアでも、かつては乗用車の組立工場が外資系企業の直接投資の形、幾つもオーストラリア国内に存在していた。しかし、完成車輸送コストの低下と生産拠点の集中による規模の経済性のより一層の進展から、外資系乗用車組立工場の撤退が一斉に生じ、今やオーストラリアで組立てられる量産乗用車は存在しない状況となっている。

これと似たような状況が、天然資源はオーストラリア同様に豊富だが、オーストラリアほど一人当たりGDPが高くないロシアでも生じているといえる。豊かな天然資源で国民生活を支え、工業製品については資本財から耐久消費財、そして日用品等の非耐久消費財まで、高級品は欧州依存、中低級品は中国やトルコ依存となっている。自国系企業が生産する国内工業生産品の多くは、低級品市場を含め、少なくとも海外で販売できるような競争力を持つものではなくなっているし、国内供給者としての存在すら怪しくなっている。工業製品として国際競争力を持つものとして残っているのは、旧ソ連時代から、性能としては一流のはずの軍需用製品だけということになる。

 さらに、一流のはずの軍需用製品であるが、ウクライナ侵略を通して伝えられる軍が使用する通信機器の水準は、傍受可能な製品を軍需用に使用しているといった水準にあるとのことである。軍用の一部すら、輸入民需製品に置き換わっていることが推測される。

 今回のウクライナ侵攻で、米欧諸国からの最新機器やそれらの生産のための部材の輸入が困難になっている。このことが長期に続けば、かつてのソ連圏の工業のように、海外との競争から守られた市場を、少なくとも旧ソ連圏内のいくつかの国を含めた市場を対象に国際競争力はないが、その市場内では供給できる工業企業群が再生するかもしれない。ただし、そのためには、中国そしてトルコやインドからの輸入が途絶する必要があろう。これらが途絶せず輸入可能である限り、旧ソ連圏のような市場の孤立は生ぜず、中低価格品では圧倒的な国際競争力を持つ中国等の後発工業化国からの輸入品にロシア市場は席巻されることとなろう。ただ、その限りでは、軍需品の遅れている部分を、スマホ輸入のように輸入製品や部材の活用で、ある程度克服できるかもしれない。

 

 プーチン大統領にとって、ゼレンスキー政権を打倒し、傀儡政権を擁立するためにウクライナ侵略することは、それゆえ、短期に政権打倒を実現することが絶対条件であった筈である。それによって、ロシア国民の生活に大きく影響するような事態を避けることが、不可欠だった筈である。

 しかし、今や1ヶ月以上経過し、首都キーウ陥落は諦めざるを得ない状況にある。ゼレンスキー政権のウクライナ内での存立基盤は、一層固まり、傀儡政権擁立どころではない。東部の2州とクリミア半島への陸路を占領したとしても、そのことは、ロシア国内向けのプーチン大統領のポーズにとっては意味があるとしても、原油天然ガスの輸出販売市場としての欧州の確保や欧州からの中高級消費財の輸入の本格的な再開にはつながりそうもない。欧州製品については「欲しがりません。勝つまでは」といつまでロシア国民は我慢するのであろうか。我慢できるのであろうか。

 原油や天然ガスの欧日からの需要は低水準にとどまり、ジリ貧となろう。それを中国やインドからの需要が全面的にカバーできるとは思えない。今、原油価格が高騰しているから見えていないが、原油価格水準が落ち着きを取り戻したら、どうなるのであろうか。原油や天然ガスについては、量的な充足が問題である。代替エネルギーを含め、多少高くてもエネルギーとして量的に確保できれば、ロシア産にこだわる理由は全くない。しかし、米欧日の資本財は、量ではなく、代替不能な製品群を多く含む。先端半導体のように、あるいはそれを生産するためのASMLの露光装置のように、これらがなければ、先端兵器を含めた機械工業製品をこれから作っていくための基本的な資本財に欠けることとなる。

 

 ここまで見てきて最も感じたことは、旧ソ連解体時の新古典派経済学者の提言が、見事に生かされたのが今のロシアである、ということができそうだということである。当時のグローバル経済を前提に、旧ソ連での比較優位産業をみれば、それは天然資源を採掘し一次加工程度を行い販売することである。つまり、世界市場に開かれた形での比較優位を追求した結果、素直に比較優位産業である資源販売を核とする産業構造にシフトして、それなりに豊かになったといえる。同時に、それは比較劣位であった機械工業等を含め市場に委ねた工業製品分野は全て放棄する方向、一般市場で取引される工業製品の生産を放棄する方向である。まさに、その方向での徹底的な経済構造・産業構造のシフトが実現したのが、今のロシアであろう。

 比較優位を追求した結果と資源賦存の状況から、依然として巨大な天然資源供給国であり続けられたことで、世界経済の中で一定の位置を占め、強国としてのロシア、巨大な軍需生産と軍事力をもつ国家として再生産可能となった。軍備に関する部分は市場の競争に委ねなかったがゆえに、新古典派的世界に開放しなかったがゆえに、工業生産全般が解体しても、それなりに当面、少なくとも30年間ほどは完成品生産能力としては残った。旧ソ連解体30年後の今、部材生産がどこまでできているかは不明だが。

つまり、軍機の完成品生産は、中央政府が天然資源で得た資金を、直接その維持再生産のために注ぎ込んでいるがゆえに存在しえている。同時に、今、ロシア系企業として半導体生産で残っているのは、技術的に大きく遅れた軍需依存の企業数社だけだということも報じられている。これらのことは、まさに市場からほぼ完全に遮断した時に生じることと、グローバルな市場競争に素直に委ねた時に何が生じることとの双方を示唆している。

 

 勝手に、色々、中小企業を中心とした産業論の元研究者として、ロシアの工業に関して、思いつくことをそのまま書いてきた。ここで考えたいことは、産業論の視点から見た場合、電撃的な侵略で、一挙に既存政権を打倒し、傀儡政権を短期間に擁立し、ロシアの勢力圏としてのウクライナを作り出す以外に、今回のウクライナ侵略が、プーチン大統領なりに意味を持つものとなりうる可能性はあるのか、そのための検討でもある。

産業論的視点から見た現況は、ウクライナの産業にとって、大規模な物理的な破壊が行われており、これほどの悲劇的なことはないといえる。同時に、ロシアの工業基盤の状況から見れば、ロシア経済にとっても、侵略による戦争状況が、長期化すればするほど、天然資源依存の国民経済とその下でのロシア国民の生活を維持することは、困難になるといえる。それを少しでも緩和しているのが、中国からの工業製品輸入であり、トルコやインドからの工業製品輸入であると言えよう。これがなければ、ロシアの一般市民の生活は、まともな新品の衣服さえ手に入らない状況に一気になろう。侵略戦争をプーチンの顔が立つように終えられるまで、プーチンを圧倒的に支持するロシア国民は、「(欧米製品については)欲しがりません。勝つまでは」すなわち「勝つまでは(中国製やトルコ製で)我慢、我慢」ということになる。このような国民に大きな犠牲を生じる状況は、いつまで持つのであろうか。ロシア国民のプーチン大統領支持が一挙に縮小するのは、結構間近ではないのか。同時に、当面は、工業製品の主要供給国としての中国そしてインドやトルコの対ロシア姿勢が、プーチン政権の生命線となる、ということでもある。

 

参考文献

Global Note「世界の1人当たり購買力平価GDP 国別ランキング・推移(世銀」( https://www.globalnote.jp/post-3389.html  202234日閲覧)

経済産業省編『通商白書2018年版』(https://www.meti.go.jp/report/tsuhaku2018/2018honbun/i1250000.html、 

202244日閲覧)

中国北アジア課『2021年の中ロ貿易、輸出入とも3割超の伸び、中国はエネルギー禁輸への反対表明 』(ジェトロ2022317日、https://www.jetro.go.jp/biznews/2022/03/af99a5fab099f762.html  202244日閲覧)

藤原克美『移行期ロシアの繊維産業–ソビエト軽工業の崩壊と再編』(2012年、春風社)