2021年1月17日日曜日

1月17日 小論  インテル、お前もか!

日経「先端半導体 瀬戸際の米」「インテル劣勢、トップ交代」「自前の生産見直しも」「微細化競争で遅れ」「新CEO 技術立て直し期待」(20211152ページ)

(図のタイトル、「半導体業界は水平分業が進む」「インテルは半導体の高性能化で遅れを取った」)


FT New Intel boss faces gruelling turnround test 15 Jan. 2021, p.8 を読んで

渡辺幸男

 

 上記の2つの記事を読んで、まず感じたことは、「インテル、お前もか!」ないしは「いつか来た道」であった。

かつて、垂直統合型の半導体生産企業として、フロントランナー化した日系企業、その多くは、単に半導体生産で垂直統合していただけではなく、総合電機メーカーや通信機器メーカーという完成品、多くはそれも多様な完成品メーカーでもあった。電機産業の完成品と主要部品の双方に関して水平的多角化を実現しており、半導体についても当然のことのように開発・設計と生産を統合していた。そして、キャッチアップ完了と思えた1980年代、そして韓国サムスンに追いつかれた1990年代と、時代を追うにつれ、フロントランナーから多くの日系企業の多くの半導体部門が脱落した。いまや、いくつかの半導体でグローバル競争の土俵に乗れているに過ぎない。PCCPU、スマートフォンを構成する幾つかの主要な半導体、その多くは、日系企業以外が、当該分野をリードしている。

 そのような日系企業がかつて陥った状況に陥る恐れが、いまやインテルに生じているのではないか。そんなことを感じさせる記事である。特に、PCCPUで、常にインテルの後塵を拝していたAMDが、ファブレス化でインテルに大きく先行したことで、垂直統合型の生産体制を堅持していたインテルに対し優位に立っているという記事内容は、極めて衝撃的である。

 双方の記事で強調されるのは、今回のインテルのCEO交代が、インテルの半導体生産における台湾TSMCに対する、先端的な生産面で劣後化したということに起因していると強調している点である。7ナノメートルの回路線幅での生産を可能としたTSMCと、それに数年の遅れを取ったインテル、ということになる。この線幅競争には、当然のことながら(と私に思えるが)、日系企業は含まれない。日系半導体生産企業が線幅競争のフロントランナーであったのは、遠い過去のことである。サムスン電子とTSMCがその前の段階まで、この分野でインテルと競い合い、TMSCが一歩先んじ、その結果、インテルに先んじてファブレス化しTSMCに生産委託をしているAMDに、インテルは大きく先を越された、と述べられている。

 それゆえ、インテルも、他のファブレスメーカー同様に、少なくとも部分的にはファブレス化せざるを得ないというのがFTの記事の強調点でもある。それに対して日経は、インテルの7ナノ化の遅れが米国の半導体生産産業という観点から、大きな問題になるという点を強調している。これらの違いは、強調点が、各国間競争を念頭に置いた産業論である日経と、グローバルな半導体生産競争におけるインテルの競争力という産業論視点から個別企業経営を軸に議論するFTとの違いによるともいえる。

 半導体産業の先端部品での競争を各国別動向として見ることには、どれほど意味があるのであろうか。先端半導体の生産は、メモリーとインテルの主要製品を除き、基本的には垂直統合ではなくファブレス化した企業とファウンドリとの社会的分業のグローバルな連関の中で成り立っている。クァルコム、AMD、エヌビディアといった先端的半導体メーカーは、基本的にファブレス企業であり、開発・設計そして販売に特化している。それらの半導体の生産を引き受けているのが台湾のTMSC等のファウンドリやファウンドリも兼業する韓国のサムソン電子である。半導体メーカーとしてインテルやメモリーメーカーが、垂直統合型として例外的存在の形で残っていた。日系企業は主要半導体について言えば、キオクシアのフラッシュメモリー以外、垂直統合型としては明確に先端ではなくなっている、という状況にある。もちろん半導体製造装置では、先端技術を担う企業が多く存在するのも日系企業ではある。

 以上のような状況は、今では、日系半導体開発企業としては、TSMCやサムスン電子に受託してもらえるような有力製品を開発・設計することが、重要であるような状況にあることを示唆するともいえよう。

 このように見てくると、現在の半導体産業を考える視点としては、まずもってはグローバルな市場でのグローバルな市場を前提とした半導体開発・設計メーカーと、グローバルな受託生産企業、先端的なファウンドリの存在との社会的分業を前提とした競争、と捉えるべきなのであろう。そこに、国家戦略の観点から米国政府によるグローバル市場からの中国企業の排除が政策的に生じている、と見ることができよう。そもそも、米国内だけに主要な先端的な半導体「生産」(先端主要半導体製品の開発・設計、生産そして先端主要半導体製造装置の開発・設計・生産)を囲い込めるような状況なのではない。もちろん、中国国内には先端的な半導体企業の本拠地、主要生産拠点、主要開発拠点、さらには主要半導体製造装置企業の主要開発生産拠点は存在しない。もともと、インテルは、基本的に垂直統合型の半導体メーカーであり、米系ファブレスメーカーの生産受託企業ではない。米系ファブレスメーカーにとっての(先端的な)受託生産者すなわちファウンドリは、米国内の専業的ファウンドリとともに、台湾生産立地の台湾系であり、韓国生産立地の韓国系なのである。その最先端ファウンドリこそ台湾のTSMCとなる。

 このようにみてくると、日経記事の「米国メーカーが脱落する」(実際は、垂直統合型メーカーとしてのインテルが、垂直統合型として脱落)といったこと自体は、それほど大きな問題ではない、とも言えそうである。少なくとも半導体産業の産業としてのダイナミズムという視点から見るならば。

 他方で、FTが企業間競争の視点から取り上げている、インテルの課題は、これまで内製化してきた部品を、既存の大手ファウンドリに外注する際の幾つもの課題の存在である。1つは、内部の生産機能を専用的利用してきたことによる、開発・設計部門と生産部門との、インテル内部特有のつながりの存在と、それを前提し活用した設計生産方法を、改めて再編することの必要性である。今一つは、新規に大手ファウンドリに発注する際に、どこまで生産量を十分確保できるかの問題である。既存の有力な顧客を抱える先端のTSMCにとって、その生産能力をインテルにどれだけ振り分けられるか、少なくとも当面その量は限定的であろう、というのがFTの見立てである。後者の問題は、当面、極めて大きな問題であろう。サムスン電子のファウンドリ部門との協力で、これを緩和することが志向されているとFTの記事には書かれている。

 また、前者の問題、内製と作り方を変えざるを得ないという、ファウンドリへの発注の既存のあり方に順応する必要性、これは、中期的には、より大きな問題であろう。これまで、内製であるが故に、開発と生産部門が相互になじんだ状況を前提にして設計を行うことは、今後のインテルには許されないことになる。この点こそ、「いつかきた道」とも思える状況、すなわちかつて垂直的統合形態で生産していた日系半導体生産企業の多くが、競争力を喪失した過程が、より大規模に強烈にPCCPUで世界を制覇していた、あるいは未だしているグローバル企業インテルに生じつつある、ということにつながる可能性を秘めている。

AMDと同じ土俵で戦う必要性、先端製品で競争するのであれば、生産で差別化できないどころか、逆に、これまで行ってこなかった外注するに向いた開発設計を行うことが改めて必要となり、それを早急に行うことができなければ、多くの半導体で先端企業としての地位を失うことになる。この点では競合するAMD等のファブレスメーカーに対しては一歩遅れていることを自覚することが求められることになる。それがなければ、例え、サムスン電子との協力で、他のファブレスメーカー並みにファウンドリを活用できても、それを生かし切ることはできず、同じ土俵に立った既存のファブレスメーカーの後塵を拝することになる。

かつての日系半導体メーカーの多くが経験した悪夢、その巨大な再現となるかもしれない。これこそ、「インテル、お前もか」というタイトルへの道の可能性を示唆するものである。競争優位を長期にわたって実現するために有効に機能した開発から生産・販売に関する自社内に蓄積された経験、これを競争環境が変化したことを踏まえ、同じ製品群について大きく変える、ということがいかに難しいか、これ自体は日系企業がここ数十年、散々経験してきたことである。これが、今、インテルの半導体生産で、再度試されている、というのがFTの記事の主要な含意ではないか、と感じた次第である。

市場の継続的存続拡大の下で、生産のあり方が大きく変化した。生産体制での連続性が、生産技術の大きな変化を伴いながら断絶した。旧来の生産体制下で大成功した企業が、どこまで新たな生産体制環境に順応できるのであろうか、これがインテルを事例に、再度実験され始めている。これこそが、インテルCEO交代に関して見るべき、産業論的な意味での最大課題ではなかろうか。

 

*日経では、いつものことながら、開発・設計と生産の双方を自社内で行うのが「垂直統合」で、開発・設計と生産とが、「それぞれ強みに特化」し社会的分業を行うことを「水平分業」としている。FTでは前者について‘the vertically integrated business’ あるいはインテルには ‘integration of design and manufacturing’ が染み込まれていると表現しているが、‘“fablessmodel‘という表現はあるが、「水平分業」に当たる言葉は出てこない。

 開発・設計と生産という垂直的(vertically)に分業している関係にある機能が、自社内にあるのが垂直統合である。これは日経の図からもFTの表現からも明確である。他方で、その対概念は、日経掲載の図からも明らかなように、この場合のインテルのfabless化とは、開発・設計と生産という垂直的な分業関係を自社内のものから他社に発注する関係に変えることであり、垂直的な関連性を持つ機能の間で、社内分業ではなく社会的分業を形成することである。このブログの中でも、繰り返しいってきたことであるが、垂直的な関係の中での企業内分業か企業間分業かの変化であり、垂直的な関係そのものには全く変化がない。

もし水平(社会的)分業ということであれば、この場合であれば、PCでのCPUメーカーが例えば他のPC部品であるハードディスクも自社内で生産するのが水平統合であり、ハードディスクは他社が生産するのが水平(社会的)分業という意味での分業である。ファブレス化は、このような意味でのhorizontalな(社会的)分業関係になるのではない。水平的分業から水平的統合に移行したこの分野の近年における典型的な例は、HDDメーカー、ウエスタン・デジタルがフラッシュメモリーメーカーのサンディスクを買収した例であろう。両者はもともと記憶装置分野で異なるタイプの用途が大きく違っていた記憶装置の、それぞれのトップメーカーであった。その意味で水平(社会的)分業関係にあった。それがウエスタン・デジタルのサンディスク買収で、水平統合関係になった。

2021年1月1日金曜日

辛丑 元旦  あけましておめでとうございます

                       辛丑 元旦

謹 賀 新 年

                                                        渡辺幸男

 

 昨年、2020年も、私にとって、2019年春以来の大変大きな変化の続きの年でした。こうして2021年の元旦を、それなりに元気に迎えているということ、今年も「幸いなり」という以外ありません。

 一昨年の4月初めからの4ヶ月近くの東海大大磯病院での手術と入院、その後の通院、ようやく1年後の昨年の4月初め、手術自体の治療は終了しました。一応治癒と言うことになりましたが、骨髄炎の炎症により痛めた腰から下の神経の一部は元の水準までは回復せず、後遺症として、右足を中心とした足の痺れが残りました。

 ただ、リハビリのおかげと麻痺の程度が激しくなかったせいで、杖をついてですが、家の周辺の坂道での歩行を30分以上連続で行うことができるほどに回復しています。昨年の日課、毎日4千歩の散歩を40分近くかけて行い、それを含め、少なくとも1日8千歩以上を歩く、と言うこともほぼ実現できました。何せ、手術の直前は、右足が完全に痺れ、全く右足の存在を感じとれなくなっていたのですから。多少痺れがはじまっていた左足の状況もあり、もう少し手術が遅れれば、炎症から回復しても車椅子生活がいいところで、寝たきりにもなりかねなかったのです。一大回復だと、私自身、思っています。診察初日の午後に、すぐ、残業を決断し緊急手術をしてくださった、東海大大磯病院の長井医師とスタッフの方々に感謝、感謝です。

 昨年の10月には、中小企業研究奨励賞の関係で有楽町での会議に出席することになりました。坂道がないと言うことで、杖を持たずに出かけ、電車を乗り継ぎ、無事会場に到着することができました。帰りは、有楽町から東京駅まで歩道を20分間ほど歩き、東海道線に東京駅から直接乗って帰宅しました。我ながら、なかなかのものだと、びっくりした次第です。

 昨年は、Covid-19の影響もあり、夏以降、先の10月の東京行き以外は、多摩川を渡ることもなく、統一論題報告者として参加した中小企業学会全国大会をはじめとした学会等も、自宅からのズームでの参加で過ごしてきました。車の運転も再開しているのですが、高速をまともに走ったのは、川崎の津田山にある我が家の墓への春秋の彼岸前や正月前の墓掃除を兼ねた墓参だけでした。一昨年は確か、妻の運転で墓参りも出かけたのですが、昨年は、自分で運転することができました。まだ他の都県へのドライブは行わず、レストラン等にも寄らず墓地からの直帰に努め、密を避けてのドライブに徹しています。

 また、東海大大磯病院での手術に関連しての検査で、不整脈が見つかったこともあり、いまだに3月に1回、大磯病院に通院している基礎疾患ありの高齢者ということもあり、go to トラベルといったものの利用も全くしませんでした。病院通いと時々の学会活動や奨励賞審査の季節労働以外では、もっぱら家での庭仕事、鯉の世話とめだかの養殖、そして草花の栽培、これと読書、そして多少のブログ執筆で2020年の1年間を過ごしました。

 最近目を通している著作は、1719世紀の東アジアや東南アジアの経済に関わるような研究で、現在の日中を中心とした東(南)アジアの経済発展をどのように見たら良いのか、自らの視野を広げる読書をしています。自分が関心を持ち、かつ自らの直接の研究テーマでは無く、成果や審査結果を求められない研究書の読書が、これほど楽しいものとは思いませんでした。名古屋大学出版会等が出版している分厚い専門書が、幾つも我が家にたまってきました。

 

 今年も、昨年に続き、できれば、庭仕事と読書、そして時々学会等の昔の仕事の臨時仕事、という1年を、できれば送りたいと思っています。自らの体調と相談してのことですが。

 

追:かつては、週のうち2日ほど必死の思いで断酒し、それ以外は毎日飲酒をし、寝酒も嗜んでいた私ですが、最近は、金・土・日の週3日と祭日に夕食時に食中酒を楽しむだけになっています。おいしい日本酒、ワイン、ビールを、好みで選び、ほろ酔いを週3日ほど楽しむことは、退院後にも復活し、今も続けています。これが生活のメリハリにもなっている、と勝手に思っています。

 

2020年12月29日火曜日

12月29日 真冬を前にしたエントランスと花々

 植木屋さんがはいりました。
エントランスのモミジはほぼ葉を落とし、
周りの常緑樹が綺麗に刈り込まれ、
灯籠がよく見え、目立つようになりました。

エントランスに移動した
冬の花、
西洋桜草は、ようやく花を開き始めました。
ただ、まだほんのちらほら、
に過ぎませんが。

桜草には蕾がたくさんつき始めているので、
これからが楽しみです。

クリスマスローズの花はまだ開きませんが、
蕾がつき始め、かなり大きくなったのもあります。
今年も、かなりの数、花が咲きそうです。

軒下に集めた、
ゼラニウムとサルビア、それに紫紺野牡丹、
先週の初霜を耐え、
まだ、元気に咲いています。
この年末年始の数年に一度の寒さ、
軒下のサルビアは、耐え切れないでしょうが、
ゼラニウムと野牡丹は・・・
まだ、花をつけ続けることを期待しているのですが。

写真の奥の方に見えるお隣との境の塀においた西洋桜草、
葉の勢いは良いので、
いずれ多くの花をつけてくれることでしょう。
楽しみです。



2020年12月8日火曜日

12月8日 初冬のエントランス サルビアと冬の花々の準備

 立冬が過ぎ、
二宮の我が家にも、
霜の降る本格的な冬が、すぐそこに。
エントランスの灯籠の前のモミジも本格的に色づいてきました。

門の前のサルビアの鉢、
霜の降りる直前、精一杯、咲き誇っています。

庭で、今年の秋、種からの芽生を苗として育ててきた
西洋桜草、マラコイデスの鉢が、
いよいよ花芽をつけてきました。
今年も真冬のエントランスで、賑やかに花をつけてくれそうです。

秋のエントランスを飾ってくれたゼラニウム、
軒下に密着して並べました。
冬をなんとか無事越せると嬉しいです。
今はまだ花も沢山ついており、
色とりどり、賑やかです。
ゼラニウムの手前には、
やはり、昨年の種からの芽生えを育て、
花芽をつけ始めたノースポールとマラコイデスを
並べてみました。

エントランスの階段の手すりの下には、
クリスマスローズ、
今年も賑やかに花をつけてくれそうです。
数年かけて育てた苗が、それぞれ大きくなり、
冬の楽しみを増やしてくれそうです。

真冬に向け、
我が家のエントランス、
ようやく冬の準備が、ほぼ完了。
ただ、君子蘭は、もう一段寒くなるまで軒下で耐えさせ、
寒さを実感させ、花芽をつけさせる。
ということで、
まだ家の中に入れず、エントランスの玄関脇に置かれたままです。
来週早々には、お向かいの家の屋根に霜が降りそうなので、
その時、エントランスの冬支度が完了です。

2020年11月17日火曜日

11月17日19日21日 櫨の木の紅葉、そして短い命

 晩秋、ハゼの紅葉
我が家の庭の櫨の木、
秋の蒼空のもと、真っ赤に色づきました。

この季節、庭での楽しみの第一、
櫨の木の紅葉
下の葉から紅葉し、
葉が落ちることなく、一番上まで到達しました。

松など、周りの木は緑が濃く、
白木蓮の黄葉もまだ始まったばかり、
ハゼが目立ちます。
この角度で庭のハゼを仰ぎ見るのが、

我が家の庭が、最も鬱蒼と見える位置です。

 向こう側の隣の家も見えず、住宅地の一角とは思えない構図です。

19日のハゼ、一層、朱色に染まり
空の秋の雲、
手前に、陽に光る蜘蛛の糸、
ますます、ハゼが、我が家の庭で輝いてみえます。


そして、金曜日の、激しい南風、
ハゼの紅葉は、終わりました。
蒼空に、残ったハゼの紅葉より、枝が目立つことになりました。


2020年10月19日月曜日

10月19日 夜明けのサルビア

 

我が家の庭のサルビア、
秋が深まり、ますます朱色が深まってきています。
3枚の写真は、今日の日の出の時間の写真、
ただ、今日は曇り、陽が当たらない中での夜明け、
特に朱色と緑のコントラストが綺麗でした。

この時間帯、サルビアの朱色が最も素晴らしい時、
花柄摘みを多少なりとも行い、
朱色が、さらに鮮やかになっています。

まだ、10月後半が始まったばかり、
我が家のあたりで、霜が本格的に降りるには、あと2ヶ月、
2ヶ月は十分楽しめそうです。






2020年10月13日火曜日

10月17日 小論 私の中小企業研究「社会的分業と中小企業」

 私の中小企業研究「社会的分業と中小企業」

 20201010日と11日の両日に、日本中小企業学会第40回全国大会が、駒澤大学の長山宗広教授を準備委員長にオンライン開催されました。その際、11日の統一論題報告が40回記念として企画された中で、私は「社会的分業と中小企業」というタイトルで報告の1つを担当しました。以下の文章は、その内容として、前もって座長宛に送付したものです。

私がこれまで考え行なってきた中小企業研究、実態調査研究の成果の中から、最も中核的な部分である山脈構造型社会的分業構造という概念図について、それを導き出した経緯と、私自身が考えるその意味をまとめたものです。中小企業学会会員以外を含め、関心があるより幅広い方々に、もしおられればですが、見ていただきたいと考え、改めて当ブログに掲載することを考え、全国大会事務局から許可をえ、ブログにアップした次第です。

報告そのものでは、オンラインとはいえ、30分間という長時間、実際は時間超過し35分間喋ってしまったのですが、長い時間しゃべり続けて、声が少し変わってしまいました。大学で講義を担当していた時には、90分間マイクなしに100名以上の学生を対象に喋っていて、なんら問題が生じなかったのですが。それは昔々のこととなったことを痛感した次第です。定年退職が20133月、もう7年以上経ちます。その間、講義めいたことは全くせず、大学院の演習で多少しゃべりましたが、それからもだいぶ経ち、近頃は、コロナ禍もあり家に籠り、妻との多少の会話が中心の毎日です。喉は大きく変わった、と痛感した次第です。

なお、本稿は、学会論集に投稿予定の原稿そのものではなく、統一論題で大会当日報告した内容で見ると、その3分の2から半分に留まる縮刷版です。また、最初の投稿日は10月13日となっていますが、図の掲載に失敗したため、17日に完成稿をアップしました。そのため、タイトルは17日となっています。

 

【統一論題報告】

 社会的分業構造と中小企業

渡辺幸男

 本報告では、私のこれまでの研究方法を簡単に述べ、その具体的事例として、日本の機械工業の社会的分業構造としての山脈型社会的分業構造図に至った経過を紹介したい。

1、私の中小企業研究の方法

① 私の中小企業研究の方法は、マルクス経済学の経済理論の基本的枠組みを踏まえ、実態把握を論理的理解へと昇華させる方法といえる。すなわち、マルクス経済学の経済理論での(国民経済の下での)市場と諸資本の競争という枠組みから、中小企業を中心に産業そしてそのダイナミズムを見ていくという方法である。

市場と諸資本の競争を、それぞれの国民経済の制度的・歴史的環境を背景に考察し、各国経済について、中小企業を中心において、各産業のあり方とその発展を考察する方法とも言える。中小企業からの視点を軸にし、裾野産業・基盤産業等を重視し、それをも通して産業を理解し、産業発展を理解する方法の有効性、必要性から、このような方法を採用した。

②  私の研究対象となる中小企業は、多数で多様な中小企業層の全体であり、多数・多様な中小企業群による模索の重要性を認識し、重視している。それゆえ、層としての中小企業に着目し、産業のダイナミズムを考える方法とも言える。特定のタイプの中小企業、例えば、中小企業全般ではなくベンチャー等にのみ注目するといった研究方法ではない。

③  さらに、自らの目で見、足で稼いだ「実態」について、自ら把握したことに基づき、それを論理的に整理したものにより、既存の議論を批判的に検討するという方法でもある。自身としては、「ただもの論(唯物論)」と自称している方法である。まずは、機械工業零細企業の存立論理でこのような方法を試み、それを、戦後日本の機械工業を中心とした下請系列取引関係についての理解に応用し、次いで、日本の機械工業の社会的分業構造の理解に適用した。その結果、日本の機械工業の社会的分業構造を山脈構造型社会的分業構造として把握する議論となった。それが、拙著『日本機械工業の社会的分業構造』(有斐閣、1997年)として結実した。

 

2、私の研究事例  「(日本の)機械工業の社会的分業構造の理解」

①  日本の機械工業の社会的分業構造を、私は、「中小企業の存立する市場と競争相手」の視点から理解するように努めた。すなわち、それまでの多くの研究が依拠していたような、特定の完成品機械分野の大企業にとっての下請分業構造の一部として、中小企業群を見るのではなく、まずは、中小企業それ自体の存立実態が、具体的にどのようなものであるかを見ることから始めた。その結果、「機械工業」では、機械金属工業の製品が多様なだけではなく、素材生産から部材生産そして完成品生産に至る川上から川下まで、その流れが錯綜しており、完成機械ごとに社会的分業を括れるような形で、機械工業の社会的分業は存在していないということが確認された。これこそ、実態を通して、その存在から確認したことの第一の点と言える。

②  この状況は、完成機械分野ごとにみていた旧来のピラミッド型の社会的分業構造概念図では説明不能ないしは表現不能なことである。ピラミッド型として表現することで、社会的分業を担う(中小)企業の存立の場(市場)とそれぞれの競争相手について誤解が生じる可能性が大きくなる。たとえば、特定の機械製品用の完成部品をもっぱら(企画開発し)生産供給する企業については、当該完成品機械分野と一体化したものとして把握しても、誤解を招くことは生じない。しかし、多様な製品に供給可能な、特定加工に専門化しているような(中小)企業については、特定機械分野にのみ繋がっているかのように表現することは、その存立する市場と競争相手について実態とズレることになり、誤解を生じる可能性が強いことになる。

実態を踏まえ、錯綜した取引関係の存在を表現しようとするならば、誰が誰と競争しているかを論理的に提示することが可能な概念図が必要となる。それこそ、私が提起した山脈構造型社会的分業構造概念図であった。

 

3、ピラミッド型社会的分業構造概念図と山脈構造型社会的分業構造概念図

①  いわゆるピラミッド構造型の社会的分業構造図について、実態を踏まえた詳細な図の典型的な事例としては、以下のような図がある。これは、特定完成品機械大企業(分野)を核に、当該完成品機械が生産されるための社会的分業構造を表現した図で、『昭和53年版中小企業白書』に掲載されていた。そこでのサプライヤー層の調査は、極めて綿密かつ丁寧に行われ、精度の高いものとなっている。


  図 昭和53年版白書における自動車産業の社会的分業構造図

出所:中小企業庁編『昭和53年版中小企業白書』(1978年)168169ページ

 

この『白書』の本文では、本図は以下のように説明されている。「自動車(乗用車)工業を・・・みると、下請企業が親企業と相互依存の関係を持ちながら緊密にかつ多層の協力関係を形成していることが示されている。すなわち、親企業1社の下に一次下請171事業所、二次下請延べ5,437事業所及び三次下請延べ41,703事業所が分業体制を構成している。・・・このように自動車工業における分業構造は網目状の様相を呈している」(同書、167ページ)

 A社の(社会的)分業構造として、完成車メーカーからの視点により、完成車生産に至る階層的な社会的分業構造が描かれている。それゆえ、他の完成機械等の分野とのつながりの存在や可能性は全く言及されておらず、階層的な社会的分業構造全体が乗用車工業(それもA社1社)に包摂された形で描かれている。そこでは、2次や3次の下請(中小)企業の多くについて、特定加工への専門化している姿が明示的に描かれている。しかしながら、それらの特定加工専門化(中小)企業が乗用車工業以外の産業企業との取引を保有している、あるいは取引可能であるという機械金属工業の基盤産業的認識は示されていない。乗用車工業の中にあくまでも包摂されている存在として示されている。乗用車という完成品生産単位で、特定加工専門化企業群も存在しているかのように描かれ、そのように認識されても仕方がない形の図でもって描かれている。

 これは、基本的に最終完成品を生産する巨大完成品機械メーカーの側からのみ社会的分業構造を見ていることから、このように見えてしまうことがほぼ必然的に生じてしまうとも言える。世界最大の単品巨大市場である乗用車生産企業からみれば、全ては乗用車に向かっている川上工程ということになり、乗用車のため(だけ)に加工専門化(中小)企業も存在すると、認識されてもおかしくないし、それを反映した図とも言える。

 実際、私自身、当初は(実態調査を本格的に行い、多様な製品分野とつながりを持つ小零細企業層の存在を知るまでは)、このような社会的分業構造として、機械工業各製品分野の社会的分業構造を認識していた。

② このピラミッド構造型の社会的分業構造図に対し、実態調査を行うことにより、根本的な疑問が生じたのである。特定加工専門化小零細企業群についての自らの実態調査を踏まえ、これら上記の図に描かれている特定加工専門化(中小零細)企業にとっての「市場と競争相手」を見るならば、当該(中小零細)企業が専門化している加工をおこなっている企業群全体が競争相手であり、市場は、完成品単位で存在するのではなく、当該企業が専門化した加工ごとに存在していることが見えてきた。

機械金属工業の種々なる完成品の生産の中で必要とされる特定加工専門化企業群、特に種々の機械加工に専門化した(中小)事業所(企業)が、業種分類上の恣意的な分類事情によって、特定完成品のみの社会的分業構造の階層の中下層を形成するかのように示されているのが、ピラミッド型社会的分業構造把握である。また、これは機械加工専門化事業所(企業)が専ら業種分類上の恣意的な理由により、特定加工に専門化していることではなく、最も多くを受託している特定製品の業種に分類され、完成品機械ごとに業種分類されることによると認識される。同時に、機械金属製品向けにプレス加工部品を供給したりメッキ加工を行っている事業所(企業)は、どのような製品向けが主力であるかは関係なく、専門化している加工で業種分類されてしまうことになる。先の白書の図で2次や3次で特定加工に専門化してる事業所のうち、プレス加工等に専門化している事業所は、乗用車向けだけの生産に特化していても、業種分類上は、自動車部品の細分類業種どころか機械工業関連の中分類業種に分類されることなく、中分類24の金属製品製造業に分類され、機械工業分野の1つとしての自動車生産に特化していることは、業種分類上では完全に無視されることになる

それゆえ、専門化と市場と競争の関係を、改めて概念図化して示す必要が生じた。そこから私のいう山脈構造型社会的分業構造概念図が生まれたのである。これによって、これまで底辺産業として、あるいは基盤産業として言われてきた小零細企業群が、何故、一国経済の機械金属工業全体にとっての「底辺」であり「基盤」であるのかも、より明らかにされた。これに、多様な取引関係のあり方が加わったのが、下に示した私の最終的な概念図となる。

 

出所:拙著『日本機械工業の社会的分業構造』有斐閣、1997年、159ページ

 

 この図で言わんとしていることの1つは、機械工業の各製品生産分野さらには特定完成品向けの完成部品生産分野は、それぞれ自立した産業分野を形成している。しかし、同時に、汎用部品生産企業群や特定加工専門化企業群については、機械工業さらには機械金属工業全体によって共同利用されている、ということである。それゆえ、特定加工専門化企業は、自企業が主として関わっている特定完成品機械向けの同様の専門加工企業と競争しているだけではなく、他の製品向けの同様な加工に専門化している企業とも競争している。また、特定加工専門化企業の多くは、特定製品の部品等の部分加工を行うだけではなく、多様な製品向けの部品について同様な加工を受託加工している。さらには、需要の変化に応じて、業務内容を大きく変えることなく、全く異なる機械向けの生産に従事することが可能である。工業統計表等の業種別集計では、このような行動は中分類ないしは小分類業種レベルでの特定加工専門化事業所(企業)の業種転換として表現されてしまうことも多い。しかし、この場合の業種転換は、主要取引先が変わり、その取引先が生産する完成機械としての製品が大きく変わっただけで、特定加工専門化事業所(企業)の業務内容はほとんど変化していないことになる。この点をも表現した概念図なのである。

 他方、同じ特定加工の専門化し、完成機械メーカーないしは完成機械部品メーカーから特定加工を受託している事業所(企業)であっても、機械加工ではなく、プレス加工やメッキ加工に専門化している事業所(企業)は、先にも触れたように、業種分類上での扱いが全く異なっている。これらの事業所(企業)は、もともと専門化している加工に従って業種分類され、主として携わっている部品がどの完成機械に使用されるかによっては業種上は分類されない。そのため、こちらの側は、業種分類別でのカウントでは、当該事業所がたとえ特定完成機械関連の部品加工に専門化していても、当該完成品の属する業種に属する事業所としてカウントされないことになる。また、受注先企業の主要製品が大きく変化しても、当該加工専門化事業所(企業)の業種分類には、全く変化がない。

例えば、自動車部品だけのプレス加工あるいはメッキ加工に専門化している事業所(企業)は、他の完成機械がらみの加工を行っていなくとも、自動車部品の機械加工に専門化している企業が分類される「3113自動車部分品・附属品製造業」には分類されない。そうではなく、中分類業種も異なる「2451アルミニウム・同合金プレス製品製造業」や「2452金属プレス製品製造業(アルミニウム・同合金を除く)」、また「2464電気めっき業(表面処理鋼材製造業を除く)」といった細分類業種に分類され、どのような製品の部品を加工しているかについては、業種分類に全く反映されない。

 上記の山脈構造型社会的分業概念図は、まさに、1990年代半ばの私のパソコンでの図形作成能力の限界が露呈している図であるが、この図で言いたいことの主要な点の一方は、上記のことである。

 

4 結論

 実態調査を通して得た具体的な存立形態の情報を論理的に整理し、それを踏まえ既存の機械工業での社会的分業についての概念図を書き直すことで、機械工業の基本的なあり方についての認識を、より正確に把握することが、あるいは実態を知らない人が、図を見て誤解した理解に陥ることを避けることが可能となった。このように言えよう。

 

付論1 

 また、このような理解を通して、改革開放後の中国の産業発展を見た時、その潜在的可能性を理解することができた。すなわち、機械工業の基盤的部分が、技術的には遅れているが、すでに幅広く自生的に存在し、それを活用することで、中国での新市場の発掘に長けた起業家による新規創業企業が、自らが発見し開拓しようとする中国市場にとっては新製品である市場に容易に参入可能である理由を理解することが可能となった。

 中国では、個別の企業の技術水準は、同時代の日本の特定加工専門化企業群と大きく異なっていたが、機械金属工業にとっての基盤をなす特定加工専門化企業群が、多様に多数存在し、相互に競争していた。それゆえ、完成機械や完成部品について、独自の市場を開拓しようとする起業家にとって、自らの企画する製品を具体化するための要素技術を、国内で安価に入手することができたのである。これが、ある時代までは、改革開放下における中国の機械工業発展を容易にしたものといえる。このような発見を中国での調査を通して実現できたのも、上記のような機械金属工業の社会的分業構造についての理解を、日本での実態調査を通じて得ていたことによると言える。

 

付論2

 山脈型社会的分業構造図には、上記の企業(事業所)の専門化の表現を主内容とする社会的分業それ自体についてとともに、今1つ、下請(系列)取引関係等の企業間の取引関係を表現する内容が含まれている。今回の港氏の報告と重なる部分についての、私の理解を表現するものでもある。それについては、私の報告に与えられた時間の関係もあり、本日は、全面的に割愛することにした。

 今回の大会が、当初の予定のように、駒澤大学で開催されたのであれば、各自の報告の後で、報告者等による討論が予定されていた。そこで可能あれば触れるつもりであった。が、残念ながら、その機会がなくなり、港氏と私の学会での論争の続編を展開することは不可能となった。