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2020年10月13日火曜日

10月17日 小論 私の中小企業研究「社会的分業と中小企業」

 私の中小企業研究「社会的分業と中小企業」

 20201010日と11日の両日に、日本中小企業学会第40回全国大会が、駒澤大学の長山宗広教授を準備委員長にオンライン開催されました。その際、11日の統一論題報告が40回記念として企画された中で、私は「社会的分業と中小企業」というタイトルで報告の1つを担当しました。以下の文章は、その内容として、前もって座長宛に送付したものです。

私がこれまで考え行なってきた中小企業研究、実態調査研究の成果の中から、最も中核的な部分である山脈構造型社会的分業構造という概念図について、それを導き出した経緯と、私自身が考えるその意味をまとめたものです。中小企業学会会員以外を含め、関心があるより幅広い方々に、もしおられればですが、見ていただきたいと考え、改めて当ブログに掲載することを考え、全国大会事務局から許可をえ、ブログにアップした次第です。

報告そのものでは、オンラインとはいえ、30分間という長時間、実際は時間超過し35分間喋ってしまったのですが、長い時間しゃべり続けて、声が少し変わってしまいました。大学で講義を担当していた時には、90分間マイクなしに100名以上の学生を対象に喋っていて、なんら問題が生じなかったのですが。それは昔々のこととなったことを痛感した次第です。定年退職が20133月、もう7年以上経ちます。その間、講義めいたことは全くせず、大学院の演習で多少しゃべりましたが、それからもだいぶ経ち、近頃は、コロナ禍もあり家に籠り、妻との多少の会話が中心の毎日です。喉は大きく変わった、と痛感した次第です。

なお、本稿は、学会論集に投稿予定の原稿そのものではなく、統一論題で大会当日報告した内容で見ると、その3分の2から半分に留まる縮刷版です。また、最初の投稿日は10月13日となっていますが、図の掲載に失敗したため、17日に完成稿をアップしました。そのため、タイトルは17日となっています。

 

【統一論題報告】

 社会的分業構造と中小企業

渡辺幸男

 本報告では、私のこれまでの研究方法を簡単に述べ、その具体的事例として、日本の機械工業の社会的分業構造としての山脈型社会的分業構造図に至った経過を紹介したい。

1、私の中小企業研究の方法

① 私の中小企業研究の方法は、マルクス経済学の経済理論の基本的枠組みを踏まえ、実態把握を論理的理解へと昇華させる方法といえる。すなわち、マルクス経済学の経済理論での(国民経済の下での)市場と諸資本の競争という枠組みから、中小企業を中心に産業そしてそのダイナミズムを見ていくという方法である。

市場と諸資本の競争を、それぞれの国民経済の制度的・歴史的環境を背景に考察し、各国経済について、中小企業を中心において、各産業のあり方とその発展を考察する方法とも言える。中小企業からの視点を軸にし、裾野産業・基盤産業等を重視し、それをも通して産業を理解し、産業発展を理解する方法の有効性、必要性から、このような方法を採用した。

②  私の研究対象となる中小企業は、多数で多様な中小企業層の全体であり、多数・多様な中小企業群による模索の重要性を認識し、重視している。それゆえ、層としての中小企業に着目し、産業のダイナミズムを考える方法とも言える。特定のタイプの中小企業、例えば、中小企業全般ではなくベンチャー等にのみ注目するといった研究方法ではない。

③  さらに、自らの目で見、足で稼いだ「実態」について、自ら把握したことに基づき、それを論理的に整理したものにより、既存の議論を批判的に検討するという方法でもある。自身としては、「ただもの論(唯物論)」と自称している方法である。まずは、機械工業零細企業の存立論理でこのような方法を試み、それを、戦後日本の機械工業を中心とした下請系列取引関係についての理解に応用し、次いで、日本の機械工業の社会的分業構造の理解に適用した。その結果、日本の機械工業の社会的分業構造を山脈構造型社会的分業構造として把握する議論となった。それが、拙著『日本機械工業の社会的分業構造』(有斐閣、1997年)として結実した。

 

2、私の研究事例  「(日本の)機械工業の社会的分業構造の理解」

①  日本の機械工業の社会的分業構造を、私は、「中小企業の存立する市場と競争相手」の視点から理解するように努めた。すなわち、それまでの多くの研究が依拠していたような、特定の完成品機械分野の大企業にとっての下請分業構造の一部として、中小企業群を見るのではなく、まずは、中小企業それ自体の存立実態が、具体的にどのようなものであるかを見ることから始めた。その結果、「機械工業」では、機械金属工業の製品が多様なだけではなく、素材生産から部材生産そして完成品生産に至る川上から川下まで、その流れが錯綜しており、完成機械ごとに社会的分業を括れるような形で、機械工業の社会的分業は存在していないということが確認された。これこそ、実態を通して、その存在から確認したことの第一の点と言える。

②  この状況は、完成機械分野ごとにみていた旧来のピラミッド型の社会的分業構造概念図では説明不能ないしは表現不能なことである。ピラミッド型として表現することで、社会的分業を担う(中小)企業の存立の場(市場)とそれぞれの競争相手について誤解が生じる可能性が大きくなる。たとえば、特定の機械製品用の完成部品をもっぱら(企画開発し)生産供給する企業については、当該完成品機械分野と一体化したものとして把握しても、誤解を招くことは生じない。しかし、多様な製品に供給可能な、特定加工に専門化しているような(中小)企業については、特定機械分野にのみ繋がっているかのように表現することは、その存立する市場と競争相手について実態とズレることになり、誤解を生じる可能性が強いことになる。

実態を踏まえ、錯綜した取引関係の存在を表現しようとするならば、誰が誰と競争しているかを論理的に提示することが可能な概念図が必要となる。それこそ、私が提起した山脈構造型社会的分業構造概念図であった。

 

3、ピラミッド型社会的分業構造概念図と山脈構造型社会的分業構造概念図

①  いわゆるピラミッド構造型の社会的分業構造図について、実態を踏まえた詳細な図の典型的な事例としては、以下のような図がある。これは、特定完成品機械大企業(分野)を核に、当該完成品機械が生産されるための社会的分業構造を表現した図で、『昭和53年版中小企業白書』に掲載されていた。そこでのサプライヤー層の調査は、極めて綿密かつ丁寧に行われ、精度の高いものとなっている。


  図 昭和53年版白書における自動車産業の社会的分業構造図

出所:中小企業庁編『昭和53年版中小企業白書』(1978年)168169ページ

 

この『白書』の本文では、本図は以下のように説明されている。「自動車(乗用車)工業を・・・みると、下請企業が親企業と相互依存の関係を持ちながら緊密にかつ多層の協力関係を形成していることが示されている。すなわち、親企業1社の下に一次下請171事業所、二次下請延べ5,437事業所及び三次下請延べ41,703事業所が分業体制を構成している。・・・このように自動車工業における分業構造は網目状の様相を呈している」(同書、167ページ)

 A社の(社会的)分業構造として、完成車メーカーからの視点により、完成車生産に至る階層的な社会的分業構造が描かれている。それゆえ、他の完成機械等の分野とのつながりの存在や可能性は全く言及されておらず、階層的な社会的分業構造全体が乗用車工業(それもA社1社)に包摂された形で描かれている。そこでは、2次や3次の下請(中小)企業の多くについて、特定加工への専門化している姿が明示的に描かれている。しかしながら、それらの特定加工専門化(中小)企業が乗用車工業以外の産業企業との取引を保有している、あるいは取引可能であるという機械金属工業の基盤産業的認識は示されていない。乗用車工業の中にあくまでも包摂されている存在として示されている。乗用車という完成品生産単位で、特定加工専門化企業群も存在しているかのように描かれ、そのように認識されても仕方がない形の図でもって描かれている。

 これは、基本的に最終完成品を生産する巨大完成品機械メーカーの側からのみ社会的分業構造を見ていることから、このように見えてしまうことがほぼ必然的に生じてしまうとも言える。世界最大の単品巨大市場である乗用車生産企業からみれば、全ては乗用車に向かっている川上工程ということになり、乗用車のため(だけ)に加工専門化(中小)企業も存在すると、認識されてもおかしくないし、それを反映した図とも言える。

 実際、私自身、当初は(実態調査を本格的に行い、多様な製品分野とつながりを持つ小零細企業層の存在を知るまでは)、このような社会的分業構造として、機械工業各製品分野の社会的分業構造を認識していた。

② このピラミッド構造型の社会的分業構造図に対し、実態調査を行うことにより、根本的な疑問が生じたのである。特定加工専門化小零細企業群についての自らの実態調査を踏まえ、これら上記の図に描かれている特定加工専門化(中小零細)企業にとっての「市場と競争相手」を見るならば、当該(中小零細)企業が専門化している加工をおこなっている企業群全体が競争相手であり、市場は、完成品単位で存在するのではなく、当該企業が専門化した加工ごとに存在していることが見えてきた。

機械金属工業の種々なる完成品の生産の中で必要とされる特定加工専門化企業群、特に種々の機械加工に専門化した(中小)事業所(企業)が、業種分類上の恣意的な分類事情によって、特定完成品のみの社会的分業構造の階層の中下層を形成するかのように示されているのが、ピラミッド型社会的分業構造把握である。また、これは機械加工専門化事業所(企業)が専ら業種分類上の恣意的な理由により、特定加工に専門化していることではなく、最も多くを受託している特定製品の業種に分類され、完成品機械ごとに業種分類されることによると認識される。同時に、機械金属製品向けにプレス加工部品を供給したりメッキ加工を行っている事業所(企業)は、どのような製品向けが主力であるかは関係なく、専門化している加工で業種分類されてしまうことになる。先の白書の図で2次や3次で特定加工に専門化してる事業所のうち、プレス加工等に専門化している事業所は、乗用車向けだけの生産に特化していても、業種分類上は、自動車部品の細分類業種どころか機械工業関連の中分類業種に分類されることなく、中分類24の金属製品製造業に分類され、機械工業分野の1つとしての自動車生産に特化していることは、業種分類上では完全に無視されることになる

それゆえ、専門化と市場と競争の関係を、改めて概念図化して示す必要が生じた。そこから私のいう山脈構造型社会的分業構造概念図が生まれたのである。これによって、これまで底辺産業として、あるいは基盤産業として言われてきた小零細企業群が、何故、一国経済の機械金属工業全体にとっての「底辺」であり「基盤」であるのかも、より明らかにされた。これに、多様な取引関係のあり方が加わったのが、下に示した私の最終的な概念図となる。

 

出所:拙著『日本機械工業の社会的分業構造』有斐閣、1997年、159ページ

 

 この図で言わんとしていることの1つは、機械工業の各製品生産分野さらには特定完成品向けの完成部品生産分野は、それぞれ自立した産業分野を形成している。しかし、同時に、汎用部品生産企業群や特定加工専門化企業群については、機械工業さらには機械金属工業全体によって共同利用されている、ということである。それゆえ、特定加工専門化企業は、自企業が主として関わっている特定完成品機械向けの同様の専門加工企業と競争しているだけではなく、他の製品向けの同様な加工に専門化している企業とも競争している。また、特定加工専門化企業の多くは、特定製品の部品等の部分加工を行うだけではなく、多様な製品向けの部品について同様な加工を受託加工している。さらには、需要の変化に応じて、業務内容を大きく変えることなく、全く異なる機械向けの生産に従事することが可能である。工業統計表等の業種別集計では、このような行動は中分類ないしは小分類業種レベルでの特定加工専門化事業所(企業)の業種転換として表現されてしまうことも多い。しかし、この場合の業種転換は、主要取引先が変わり、その取引先が生産する完成機械としての製品が大きく変わっただけで、特定加工専門化事業所(企業)の業務内容はほとんど変化していないことになる。この点をも表現した概念図なのである。

 他方、同じ特定加工の専門化し、完成機械メーカーないしは完成機械部品メーカーから特定加工を受託している事業所(企業)であっても、機械加工ではなく、プレス加工やメッキ加工に専門化している事業所(企業)は、先にも触れたように、業種分類上での扱いが全く異なっている。これらの事業所(企業)は、もともと専門化している加工に従って業種分類され、主として携わっている部品がどの完成機械に使用されるかによっては業種上は分類されない。そのため、こちらの側は、業種分類別でのカウントでは、当該事業所がたとえ特定完成機械関連の部品加工に専門化していても、当該完成品の属する業種に属する事業所としてカウントされないことになる。また、受注先企業の主要製品が大きく変化しても、当該加工専門化事業所(企業)の業種分類には、全く変化がない。

例えば、自動車部品だけのプレス加工あるいはメッキ加工に専門化している事業所(企業)は、他の完成機械がらみの加工を行っていなくとも、自動車部品の機械加工に専門化している企業が分類される「3113自動車部分品・附属品製造業」には分類されない。そうではなく、中分類業種も異なる「2451アルミニウム・同合金プレス製品製造業」や「2452金属プレス製品製造業(アルミニウム・同合金を除く)」、また「2464電気めっき業(表面処理鋼材製造業を除く)」といった細分類業種に分類され、どのような製品の部品を加工しているかについては、業種分類に全く反映されない。

 上記の山脈構造型社会的分業概念図は、まさに、1990年代半ばの私のパソコンでの図形作成能力の限界が露呈している図であるが、この図で言いたいことの主要な点の一方は、上記のことである。

 

4 結論

 実態調査を通して得た具体的な存立形態の情報を論理的に整理し、それを踏まえ既存の機械工業での社会的分業についての概念図を書き直すことで、機械工業の基本的なあり方についての認識を、より正確に把握することが、あるいは実態を知らない人が、図を見て誤解した理解に陥ることを避けることが可能となった。このように言えよう。

 

付論1 

 また、このような理解を通して、改革開放後の中国の産業発展を見た時、その潜在的可能性を理解することができた。すなわち、機械工業の基盤的部分が、技術的には遅れているが、すでに幅広く自生的に存在し、それを活用することで、中国での新市場の発掘に長けた起業家による新規創業企業が、自らが発見し開拓しようとする中国市場にとっては新製品である市場に容易に参入可能である理由を理解することが可能となった。

 中国では、個別の企業の技術水準は、同時代の日本の特定加工専門化企業群と大きく異なっていたが、機械金属工業にとっての基盤をなす特定加工専門化企業群が、多様に多数存在し、相互に競争していた。それゆえ、完成機械や完成部品について、独自の市場を開拓しようとする起業家にとって、自らの企画する製品を具体化するための要素技術を、国内で安価に入手することができたのである。これが、ある時代までは、改革開放下における中国の機械工業発展を容易にしたものといえる。このような発見を中国での調査を通して実現できたのも、上記のような機械金属工業の社会的分業構造についての理解を、日本での実態調査を通じて得ていたことによると言える。

 

付論2

 山脈型社会的分業構造図には、上記の企業(事業所)の専門化の表現を主内容とする社会的分業それ自体についてとともに、今1つ、下請(系列)取引関係等の企業間の取引関係を表現する内容が含まれている。今回の港氏の報告と重なる部分についての、私の理解を表現するものでもある。それについては、私の報告に与えられた時間の関係もあり、本日は、全面的に割愛することにした。

 今回の大会が、当初の予定のように、駒澤大学で開催されたのであれば、各自の報告の後で、報告者等による討論が予定されていた。そこで可能あれば触れるつもりであった。が、残念ながら、その機会がなくなり、港氏と私の学会での論争の続編を展開することは不可能となった。

2019年7月23日火曜日

7月23日 園田・蕭編『チャイナ・リスクといかに向きあうか』を読んで

園田茂人・蕭新煌編『チャイナ・リスクといかに向きあうか
−日韓台の企業の挑戦』東京大学出版会、2016
 を読んで考えたこと  渡辺幸男

 本書の存在を、川上桃子・松本はる香編『中台関係のダイナミズムと台湾 馬英九政権期の展開』((アジア経済研究所)研究双書 6392019年)を読むことで知った。産業発展それ自体が主たる部分である、近年の私の関心事から少し外れるところにあるテーマであるが、中国市場を、近接3カ国・地域の企業が、どのように評価し市場開拓に挑んでいるかに興味を持ち、読書の幅を広げ、読んで見た。その結果、チャイナ・リスクをどう把握すべきなのか、改めて私なりに考えて見る機会を得た。いつもと同様であるが、本書を読んでみて私自身が感じたことを、私の土俵に引きつけて考えてみたのが、以下の内容である。

本書の内容
目次
はじめに 中国の台頭をめぐる挑戦と応戦
  −企業のチャイナ・リスク認識という課題設定
第Ⅰ部 台湾
第1章     中国における「台商」  −その政治的リスク下の生存戦略
第2章     政治ゲームとしてのビジネス −台湾企業の政治的役割をめぐって
第Ⅱ部 韓国
第3章     韓国の大企業はなぜ中国投資に積極的なのか
    −政治的リスクと経済的機会の狭間で
第4章     韓国中小企業の中国適応戦略
第Ⅲ部 日本
第5章     日本企業のチャイナ・リスク認識に見る三〇年
第6章     反日デモはチャイナ・リスク認識に影響を与えたか
        −二一世紀以降のビジネスリスクと駐在員の役割変化
第7章     「関係」のポリティクスとリスク管理
    −中国における日韓台企業の比較
おわりに 日韓台企業にとってのチャイナ・リスク
 −その比較から得られる知見

はじめに
 本書の特徴は、日韓台それぞれの企業の中国進出とそこでのリスクについて、進出各企業の認識を中心に、日韓台それぞれの研究者がインタビュー調査を行い、それに基づき議論を展開していることである。その際のチャイナ・リスクとは、広義の政治的リスクであり、中国市場の持つ市場それ自身の独自性から生まれるであろうリスクではない。その上で、3カ国で、それぞれの出自国と中国との政治的な関係が異なることから生まれる政治的リスクを描いている。それ自体は興味深いものである。これまで、このような視点で中国の産業発展を見てこなかった私にとっては、なるほどと思う論点がいくつも存在した。

1、台湾企業の例
例えば、台湾企業の中国進出と、地方政府の裁量権の大きさゆえの、対応の難しさについての議論も、大変興味深かった。中国では、法律が存在し中央集権的な国家であると言われながら、いろいろなレベルの地方政府がそれぞれ勝手に法律を解釈をしたり、あるいは勝手な解釈が可能な法制度であることを利用して、法律を恣意的に運用し、それぞれのレベルの地方政府あるいはその役人個人の利益を、台湾企業との関係の中で追求している姿が描かれている。台湾企業側から見た時のその実態が、極めて赤裸々に描かれている。
 ただ、このような地方政府の行動それ自体は、台湾系企業そして外資系企業に対してのみ取られる行動ではない。私が中国の中小企業を中心に聞き取り調査を行ってきて感じたことは、地元民営企業に対しての対応でも各段階の地方政府の裁量権が極めて大きいということであった。いわば、「構造改革経済特区」が、中国の地方政府ごと、それも各レベルの地方政府ごとに、自由に設定可能な状況とも見ることができる。そこでは、当然自国系企業といえども、その対象となり、外資系であるから特別に「恣意的」に扱われるわけではない。地方政府とその役人にとって役にたつかどうか、どう役にたつかどうかで、対応や適用が決まることになる。
 すなわち、中国各地に進出した台湾系企業は、進出先の地方政府にとって、さらにはそこの役人にとって、独自な政策解釈で地域への利益や個人にとっての利益を還元させやすい存在と見なされたのであろう。だからこそ、台湾系企業は建前としての法治国家に進出しながら、地方政府とその役人の裁量権の大きさに悩まされ続けていると言える。

2、韓国中小企業の話
 また、韓国の中小企業、特に製造業系の中小企業の場合、現地市場をも対象としうるサムスンや現代自動車等、韓国系大企業と異なり、その圧倒的部分は、あくまでも中国でかつて豊富であった低賃金労働力を求めての進出であったことが、明確に示されている。それが21世紀になり、賃金高騰や単純な低賃金労働力のみを求める加工輸出型外資系企業の受入れについて、中国側政府の姿勢の変化が顕著に生じた。その結果の韓国中小企業側の「愚痴」が、中国進出韓国中小企業のインタビューから浮かび上がってきている。これ自体も、さもありなん、と思える事項である。
韓国の巨大企業は後段で見るように、本書の出版以降の変化として、現地中国系企業に追い上げられ、従来の現地市場での優位を維持できなくなっているが、韓国製造業中小企業の多くについては、それ以前に、本書での調査以前に、中国進出の意味をほぼ喪失している、ということが伝わってくるインタビュー結果であった。
ただ、同じ章の最後の方では、異なる事例も紹介されている。すなわち、韓国中小企業の中には、中国進出の主たる理由であった低賃金労働量の利用から、中国国内市場の開拓を目指す方向へと転進した企業も存在することが、示唆されている。が、残念ながら、中小企業をもっぱら扱っている章でありながら、使用している資料は中小企業に限定されていない。サムスンの中国西部進出の事例も紹介されているように、巨大企業も含む韓国企業一般についての大韓貿易振興公社(KOTRA)が作成した内部資料のようである。第4章のタイトルは「韓国中小企業の中国適応戦略」でもあるにも関わらず、何の断りもなく、韓国の企業全般の資料が使われている。しかも、結論部分ではなぜか「韓国の中小企業」となっている。さらに、その議論は転進のタイプ分けに終わり、その差異が生じたことについての分析はない。
 産業論の視点から見ると、どんなタイプの中小企業が、何故、中国国内市場開拓へと転進できたのか具体的な分析が欲しいところである。
 このような状況を、日系中小・中堅企業の場合と比較しながら眺めると、かつてアパレル等の日系の製造業中小・中堅企業が、韓国や台湾そして中国へと進出し、いくつかの例外企業を残し、撤退した状況が、韓国の2000年代に再現しているようにも見えてくる。ただ、日系中小・中堅企業の中には、その変化の中で中国等の生産体制を自立的に変化させ、その後ASEAN進出のための母工場化を遂げた例も、近年紹介されている(1)。本書では、このような前向きな可能性への示唆については、巨大企業の事例以外あまり存在しない。しかし、新たな可能性は少数派から生まれるのであり、韓国中小企業にとってのチャイナ・リスクを問題とするのであれば、その点を確認し、分析を加えてもらいたかった。

3、本書での日系企業にとってのチャイナ・リスク
 そこで描かれていることは、日本の現場労働者のあり方、歴史的に形成されてきた工場労働者のあり方等と、日系企業が進出先である中国で直面した労働慣行との、極めて大きなギャップである。これが第5章の20世紀におけるチャイナ・リスクとされている。これは、特定の進出先の国名がつくようなリスクなのであろうか。まさに歴史的環境の異なる地域への進出の際に遭遇する経営課題一般であり、「チャイナ・リスク」と特別視すべき「リスク」ではないであろう。どこに進出することになろうとも、海外進出の際に、常に意識しなければならない経営課題の中国版というしかない「リスク」である。
 海外進出し、出自国と同様な経営が可能だと思うのは、これこそ幻想である。その意味で、ここで議論されている「チャイナ・リスク」は、リスクであるとしても、「チャイナ・リスク」ではなく、海外進出一般の「リスク」の中国版ということになろう。ただし、本書は、海外進出「リスク」の中国版についての紹介は行なっているが、それへの対応、すなわちそれぞれの出自国なりの「リスク」中国版の解消の道については、事実上、現地の状況に適合するといったことのみ、日韓台いずれの場合も議論しているに過ぎない。すなわち、状況の紹介を主としている著作である。

4、外資系企業の中国進出リスク、チャイナ・リスクの中核は何であるのか
私の視点から見たとき、この本の中で最も興味深かったのは、韓国大企業の中国進出での成功を紹介している章であった。サムスンや現代自動車が、中国市場進出で「大成功」をしている姿、2017年のTHAADミサイルが在韓米軍に配備される以前の状況が描かれている。しかし、このTHAADミサイルの在韓米軍による配備の後の中国政府の韓国企業に対する態度の変化、そしてその後のサムスンのスマホや現代自動車の乗用車での中国内市場シェアの激減、これらのことは、当然視野に入っていない著作である。
 興味深いのは、執筆の時期的な制約ゆえに中韓の紛争が、政治的リスクとして視野に入っていないこと自体ではなく、それを契機にしているが、日中紛争の後の日系乗用車メーカーの製品等とは異なり、1・2年後に旧来の状況に復帰していないことである。すなわち、これらの韓国メーカーの製品の中国市場での存在は、かつての日系企業の携帯電話のように、中国市場での存在感を激減させ続けているということが持つ意味である。
 韓国系企業のこれらの製品は、1990年代韓国企業が中国市場に進出した当時、中国系企業の製品より完成度や機能水準が高く、同時に日米欧の製品に比べ価格が低く、お得感があったことが、後発で進出しながら中国市場で大きなシェアを獲得できた理由としてあげられている。他方で、最近の新聞等では、サムスンのスマホや現代自動車の乗用車の中国市場でのシェアが急減している理由を、韓国系企業の製品より安価な中国系企業の製品内容面での追い上げの中で、韓国系企業の製品は中国系企業の製品に対し差別化できなくなり、価格的には不利となったためであるとしている。すなわち、かつての優位性が変化したことが、THAADミサイル事件からそれなりの時間が経過してもシェアを回復できないという分析が報道されている(2)
 携帯電話そしてスマートフォンの中国市場での各国企業の動向は、激動している。かつてノキアと日系企業が支配的であった市場は、アップルとサムスンそして中国系企業にいれかわり、しかも中国系企業そのものも、かつての国有企業系中心から、華為、小米、OPPOVIVOといった新興メーカーに取って代わられている。そのような過程の中で、かつてのノキアのようにサムスンは巨大中国市場で一時的な覇者となったのち、一挙にその中国市場でのシェアを減らした。このように見ることができよう。ここにきてアップルも中国市場でのシェアを急減させているが、2919年第一四半期のシェアは7%で、サムスンの1%(3)とは大きく異なっている。かつての中国スマホ市場の覇者、サムスンは、世界最大規模市場である中国市場では見る影もない状況にある。
 このように見てくると、本書では、チャイナ・リスクをもっぱら広義の政治的な側面について見ているが、その視点が妥当かどうかが問われることになる。中国での市場競争のあり方それ自体が、各個別企業にとっては、大きなリスクになる可能性を、上記の歴史的事実は示している。巨大な魅力的な市場としての中国市場は、同時に、極めて変化が激しく、寡占的企業による安定的支配が困難な市場であるとも言える。巨大で成長を続けている新興の市場だけに、市場での需要内容の変化は激しく、また、参入が極めて容易かつ活発な市場であるがゆえ、かつベンチャーキャピタル等の発展で、小米に見られるように新興企業が急速に発展する余地が大きな市場ゆえに、一時的に覇者となった巨大企業が、安定的に市場支配を維持することが、極めて難しい市場でもある。
 この点は、外資系企業に限定される話ではない。私が実際に見てきた中国自転車産業では、改革開放後の1990年代に一時的に中国市場での覇者となった天津の垂直統合巨大国有企業であった飛鴿自行車が、市場の変化に全く対応できず、拡大する中国市場の中で、顕著な衰退を経験している。計画経済期から改革開放初期に、世界最大の中国自転車市場を寡占的に支配していた国有巨大企業3社、飛鴿自行車、そして上海の永久自行車や鳳凰自行車は、それぞれの展開は異なっていたが、いずれも、例外なく、寡占的市場支配を喪失している。それに取って代わったのは、改革開放初期に中国進出していた、今や世界最大手の自転車メーカーである台湾のジャイアント(巨大機械工業)や、日本の最大手メーカーであるブリヂストン自転車ではなく、改革開放期に新たに生まれた天津の富士逹自行車等の中国系新興企業群である。
 このように見てくると、外資系巨大企業にとっての本当のチャイナ・リスクとは、本書が中心的検討課題としている政治的リスク関連ではなく、中国国内市場での競争で安定的に覇者の地位を確保し、寡占的市場支配を維持することの困難性にあるのではないか、とも言える。改めて日系巨大企業が中国市場に進出し、当該市場で一時的にでも寡占的な地位を占め、その後その地位を喪失した市場を見てみると、いくつもの量産型の家電製品分野等が出てくる。薄型テレビを含めたテレビ、携帯電話等がそれである。ただ、日系巨大企業も近年のサムスンと同様に、一時の覇権は多くの場合長続きせず、量産型家電製品等の中国市場での存在としては、見る影もない状況である。他方で、ジューキの縫製機械に代表されるような産業機械分野では、依然として中国市場の覇者として存在している日系大企業も多く見られる。
 政治リスクが外資系企業の栄枯盛衰に決定的であったとすれば、このような状況は存在し得なかったであろう。政治的リスクは存在し、それを克服することは、個別外資系企業にとっては重要な経営上の課題であることは確かである。しかし、そのことは、政治的リスクを克服したからといって、中国市場での主要企業としての存在を保証されることを意味しているのではない。そうではなく、そのことを克服した上で、変化が激しく成長著しい巨大市場としての中国市場で経営戦略的に生き延び、成長する努力をし、それに成功することこそが、自らの存立を中国市場で維持拡大することにつながるのである。
外資系企業にとって最大のチャイナ・リスクは、激しい市場の変化そのものであろう。その中で寡占的大企業として生き抜いていくことにより、最大のチャイナ・リスクを克服したことになろう。その最も成功した事例は、乗用車市場でのVWなのかもしれない。

5、中国経済についての本書の見方
本書の著者は、「中国は・・・国家主導型資本主義とでもいえる特徴を見せるようになっている」が、「中国の党=国家体制が市場経済への管理・監督をやめ、市場を自律的に作動させようとしたことは一度もない」(本書、238ページ)(傍点、引用者)とする。「現在の中国に資本主義の「精神」が横溢しており、もはや共産主義国家ではないといった議論もなされているが、これは明らかに幻想である」(本書、238ページ)とも述べている。私の中国理解と完全に異なる。
外資系企業が地方政府にコネを持つことは、市場競争に参加する条件であり、市場競争を排除することにはならない。中国の市場は巨大であり、多様な段階の地方政府が、多様な存立形態の企業を支援しながら、自らの地域等への利益をもたらそうとしている。地方政府との繋がり等が主要な市場への参加条件の1つとならない市場経済社会とは大きく異なるが、同時に、企業間の激しい市場競争に溢れた社会が、中国経済である。その市場での競争そのものについては、中国共産党は否定していない。中国共産党の政治体制としての覇権を堅持しているが、そのことが市場での競争の「自律性」の消滅とならないのが、中国経済であると、私は考える。
だからこそ、最大のチャイナ・リスクは、巨大な成長する競争的中国市場の激しい変化である、というのが、私の理解なのだが。
繰り返しになるが、本書で再三取り上げられている地方政府官僚等とのコネは、あるいは「関係(关系guanxi)」は、市場支配を可能にするための条件ではなく、成長する競争的中国市場への参加条件である。結果、激しい多様な競争、その結果の優勝劣敗の頻発状況が生じているのが中国である。中央政府から市場独占を認められた一部の巨大国有企業を除けば、多様な存立形態の企業群が、すなわち、多様なレベルの国有企業群や、活発に創業している民営企業群を含め、激しく競争する市場経済を構成している。だからこそ、外資系企業のみならず中国系民営企業そして中国中央政府・地方政府国有企業も含めて、市場の論理の結果としての栄枯盛衰を繰り返している。
結果として、改革開放初期に世界最大の自転車市場で寡占的市場支配を実現した巨大国有企業の没落が生じ、携帯電話やスマートフォンでの外資系や国有大企業の衰退と新興中国系企業の台頭が生じているのである。本格的な市場経済の下で、激しい競争が「自律性」を持って展開されていると捉えなければ、現在の中国系企業に担われた中国産業の発展は理解不能であろう。
中国経済のダイナミックな、計画されざる経済・産業発展を、著者らはどのように説明するのであろうか。これが、本書への最大の疑問である。

(1) 例えば、丹下英明「海外に展開する日系繊維企業の現状と課題−日系縫製業者による国内外での事業展開を中心に−」(中小企業季報』2019 No.120194)で紹介されている事例は、中国に進出し、さらにASEANにも進出した繊維関連企業の場合、国内に生産基盤を残すとともに、中国の工場をASEAN進出のための母工場化している事例が、いくつか紹介されている。
(2) 例えば、広岡延隆「中国自動車市場から忘れられつつある韓国勢」日経ビジネス電子版、201948日がある。
(3) 香港の調査会社カウンターポイント・テクノロジー・マーケット・リサーチ523日、2019年第1四半期(13月)「中国スマホ市場でiPhone販売が失速、20191Qは前年比48%減」 https://www.bcnretail.com

2019721日閲覧)

2018年9月24日月曜日

9月24日 小論 私の中小企業研究のあり方 平野哲也論文に触発されて

私の中小企業研究のあり方 平野哲也論文に触発されて
平野哲也「中小企業研究の方法的立場 
       −中小企業概念の系譜とデザインの方法−」
日本中小企業学会論集37、同友館、2018
を読んで 渡辺幸男

はじめに
 久しぶりに、中小企業研究のあり方が、各国でどのように異なるか、正面から議論した論文に接し、触発され、自分ならどうなのか、考えてみたくなった。ただし、私自身は、近年特に自覚してきているのだが、ますます中小企業から見た産業発展研究という視座に立つようになっており、中小企業研究そのものというより経済学的な産業発展研究に主眼を置いている研究者となっている。そのような研究者から見た中小企業研究のあり方として、平野論文を見、そして自分の見解を述べていきたい。
 なお本稿で取り上げる平野哲也氏の論文は、日本中小企業学会第37回全国大会の報告をベースに執筆され、日本中小企業学会の査読を受け『日本中小企業学会論集37号』に収録されたものである。さらに、その後、日本中小企業学会第38回全国大会において若手奨励賞を授与された論文でもある。

平野論文の結論
平野論文においては、「日本の研究史」では「中小企業の「問題性」「積極性」といった価値論に基づく規範科学的な視点から中小企業群・層に関する「構造的」な把握による中小企業の概念規定が主流」であるとする。そして、「海外の研究史」では「実証科学をベースとし、中小企業の普遍性あるいは条件適合性を巡って中小企業の概念規定が行われてきた」、そして「中心は現在主流となる量的研究を方法とする実証研究の潮流」であるとしている。結果として、「日本の中小企業概念の規定方法には「規範科学バイアス」」があり、「海外の中小企業概念の規定方法には「実証科学バイアス」」(論集37p.213)があるとしている。

平野論文で気になった点
平野論文では、「日本と海外の中小企業概念の研究史をレビュー」(論集37p.208)と述べられている。しかし、「日本と海外」という比較は、私の理解からいえば、奇妙に思える。
 まずは各国国民経済間での比較、中小企業という存在は各国国民経済を背景として把握される中小企業なはず(ここが決定的に認識が(平野氏や)「海外」の研究と異なる点かもしれない)であり、中小企業研究で、日本だけが特異なのであろうか、という疑問が生じる。私は、そうではなく、それぞれの国民経済の歴史的背景と現状により、各国の中小企業がそれぞれ独自な存在形態を持っていると理解している。また、それゆえに、それぞれの国民経済ごとに中小企業研究の歴史があり、それは英国と米国とで異なるということは、私なりの両国の中小企業研究のあり方をかつて1980年代に見てきたことから感じている。ただ、ここ何十年間かの間に米国と西欧で、「海外」とくくれるような研究の収斂が生じたのかもしれない(中小企業の「普遍性」を言えるということは、まさにそのような現象が生じているのかもしれない)が、それについては、全く不勉強である。
 さらに、平野氏の場合は、米国と西欧の中小企業研究が、「海外」を代表しているように見える。韓国・台湾・中国といった工業化国が眼中にないのではないかと思える。しかし、ここ数十年間の東アジア諸国の工業化の進展を前提とするとき、すなわち現代の中小企業の研究を産業発展論的視点から考えるとき、日本以外の東アジアの工業化国での中小企業研究史を考察対象にすることは、不可欠であろう。少なくとも日本の研究者にとっては。

論点 私にとっての「中小企業」研究、そのための「中小企業」とは
私が中小企業を中小企業として取り上げる視点は、まずは日本の産業発展研究における中小企業であるその一環としての日本の機械工業での下請系列的取引関係の形成であり、日本各地の製造業産業集積の形成・再生産ということになる。
産業発展は、国民経済ごとに大きくその論理が異なり、また、そこでの中小企業の意味や機能も大きく異なる。日本の下請系列取引関係を通しての機械工業発展を見てきた者として、さらに最近は中国の近年の垂直分裂下での新企業主導の産業発展として、これまでは少なくとも中小企業としての新企業主導の産業発展を見を見てきた者として、この点については明確に言えることである。競合しつつある日中の機械工業で、その急速な発展過程での中小企業の意味は大きく異なる。しかも、その差異は、各国民経済の市場環境の差異を反映している。この点を産業発展研究から確認した。同時に、このようの国民経済単位で把握可能なのは中小企業であって、大企業ではないことも明確である。
その際の中小企業とは、企業一般(一般性:Generality, Universality)の中の、大企業(独自性:Identity)ではない存在としての中小企業(独自性:Identity)である。大企業一般(一般性:Generality, Universality)という把握は間違いであり、もちろん、それに対する特殊な中小企業(特殊性:Specificity)ではない。中小企業として括られる存在が、一定の意味を持つ国民経済的状況だから、企業一般で議論できない。当然のことながら、企業一般で議論可能な場合は、中小企業概念を使用する必要はない。
中小企業とは何かを問う必要は、それぞれの課題との関連で、それとの脈絡で出てくるのであり、中小企業一般を抽象的に規定する必要性はない。中小企業「理論」を必要としないゆえに、「中小企業研究」はあっても、「中小企業学」は存在しない。
そもそも日本での中小企業研究は、後発工業化国日本の産業発展の遅れの1つの重要な要因としての中小企業の技術的遅れ、小宮山琢二のいう「二重の隔絶性」(小宮山琢二、1941年)から出発している。すなわち、日本の先進工業化への課題としての政策的概念としての「中小企業」が浮かび上がり、経済理論的な位置付けや経営学的な位置付けは、後追いで確認された。各国経済で、中小企業に注目する理由は多様であり、課題によって中小企業の具体的政策対象範囲が規定されると言える。
経済理論的な意味では、「企業一般」があり、そこから広く外部資金を導入可能な「大企業」が生まれ、「中小企業」が、「企業一般」− 「大企業」=「中小企業」、すなわち、残余として概念構成された。
それゆえに、私自身の中小企業の概念規定は、大企業ではない企業ということで、寡占的市場構造下での競争的な資本・企業であり、経済学的には、大企業とは異なり社会的資本を広く集めることが困難な資本・企業である。また、同時に、そのような企業は、経営学的には、階統的な経営構造を持つ大企業と異なり、相対的に単層的な経営構造の企業となる。しかし、このような規定では、各国民経済での中小企業の存在意味と意義は見えてこない。それゆえ、中小企業を中小企業として括る意味や意義も見えてこない。
中小企業は、各国民経済の中での寡占的市場支配と大企業のあり方により規定され、各国民経済ごとに、その存立の形態は異なり、国民経済にとっての意味・意義も異なることになる。各国民経済の経済段階的状況の変化により、存立の意味・意義もまた異なることになる。

中小企業は、あくまでも寡占的市場構造が支配的な経済下の大企業ではない企業群・層である。それゆえ、それぞれの国民経済で、環境が異なり、それにより規定される存在となる。だからこそ、事例研究により、当該経済での中小企業の存在形態・理由を具体的に見ていく必要がある。

 国民経済という枠組みを外して、中小企業を中小企業として取り出し、それを量的にどのような存在か見ていくこと、これが可能なためには、各国民経済間での差異が、ほぼ存在せず、中小企業の意味や意義も各国民経済間で異ならないような状況が前提になろう。そうであれば、平野氏のいう「海外」での研究がそうであるように量的に把握する実証科学として、国民経済を超えて中小企業層を取り出し、分析することが、大きな意味を持とう。現代経済における一般的な中小企業像を描くために。
 しかし、私の理解では、現代でも、グローバル化が進展した現代経済においても、国民経済ごとの再生産の独自性は存在し、各国民経済での再生産における中小企業の位置や意味は異なる可能性が高い。だからこそ、米国にはシリコンバレーが存在し、日本では同様な集積を人為的に作ろうとしたが、未だ存在していない。しかし、中国深圳地区では、シリコンバレーと似たような新規創業企業中心の産業集積、日本の各自治体が夢見た産業集積が形成されつつある。これは国民経済としての日中の差異を前提しなくては、理解できない現象であろう。新規創業企業それ自体の問題ではなく、それが形成される国民経済的環境の差異こそ重要であることを示している現象と、私は考える。

終わりに
 平野論文を批判的に検討することで、改めて中小企業は国民経済単位で考えられるべきものであり、平野氏のいう「海外」での研究のように国民経済横断的に中小企業の「普遍性」を前提に量的に把握することは、実証的であることは事実だが、中小企業の存在のあり方ゆえに、あまり意味のないだと再確認した。また、特定の問題にこだわった形で、中小企業論を諸国民経済横断的に展開する必要もないとも言える。
中小企業は、各国民経済に存在し、それぞれの国民経済の環境の独自性ゆえに、独自な存在と機能を国民経済に対して発揮している。この中小企業が発揮している内容の論理を、各国民経済に沿って把握することが、私自身が考える産業発展研究に必要な中小企業研究である。このようなものとして、自身の中小企業研究を改めて確認できた。

参考文献
小宮山琢二、1941年『日本中小工業研究』中央公論社
日本中小企業学会編、2018年『新時代の中小企業経営 −Globalization
Localizationのもとで−  日本中小企業学会論集37』同友館

2018年7月15日日曜日

7月15日 小論 事例調査研究の方法について

7月8日東部部会に出席して感じたこと
        事例調査研究の方法について

はじめに
 7月8日の日本中小企業学会東部部会に出席し、6件の報告を聞いた。全ての報告に対し、相変わらず質問をしたが、いかんせん、質疑の時間が短く、十分に議論ができなかった。全ての報告が事例調査研究という形態をとっていたが、事例調査研究報告として、十分な内容を持っているといえるものかについて、特に疑問を感じた。その疑問をまさに代弁してくれたのが、東京経済大学准教授、山本聡会員の若手研究者の報告へのコメントであった。
 山本氏のコメントは、具体的な事例調査のそれ自体の方法への疑問、研究報告としてのレビューのあり方への疑問、主要参考文献の研究書としての適切さについての疑問、そこから導かれた結論の意義についての疑問、という形で、報告全体に疑問を呈していた。この山本氏のコメントに触発され、自分自身の事例調査研究を振り返り、改めて私にとっての事例調査研究のあるべき姿を考えて見たくなった。
 まずは、山本聡氏がコメントの対象とした報告を巡って、自分なりに論点を整理したのち、山本氏とメールで多少のやりとりを行なった。その結果、特定の報告に対するコメントとして山本氏のコメントを受け止めるのではなく、中小企業研究における事例調査研究のあり方一般の問題として議論する必要があろうと思うようになった。以下は、東部部会での報告と山本氏のコメントに触発され、改めて中小企業研究としての事例調査研究の方法と意義を、私自身の経験を中心に、私なりに検討したものである。

1)  事例調査と事例調査「研究」
多くの事例調査が、多様な機関や組織そして個別の研究者によって、多数行われている。また、その成果、調査結果の報告も数多く存在している。それ自体は事例調査報告であり、事例調査「研究」とイコールのものではない。この点をまずは確認する必要がある。それぞれの事例調査は、それがきちんと聞き取り内容を整理した調査結果であれば、少なくとも資料としては役に立つものとなる。また調査報告として報告書が刊行される場合が多く、それ自体は資料として保存され、研究のための材料となりうるものとなるであろう。しかし、それらは「研究」ではなく、あくまでも事例を整理し紹介した資料というべきものである。
私も、20歳代の終わり頃から十年ほど、数多くの調査に参加し、調査報告を毎年年度末を中心に、原稿用紙にして数百枚から千枚単位で書いていた時代があった。機械振興協会経済研究所や当時の中小企業振興事業団といった組織の調査プロジェクトに参加する形でのものが多かった。ここで書いた報告書の一部は、私にとっては大変勉強にはなったが、これ自体は事例調査「研究」ではなく、あくまでも事例聞き取り調査に関する調査報告であった。とりあえず、調査したことから言えることを、既存の議論の有無等とは関係はなく、まとめとして書いた記憶がある。事例調査をしてわかったことを、新たな発見かどうかには関係なく、単に並べたものと言える。いわば事例紹介とそのまとめともいうべきものである。しかし、これ自体は、資料として意味のある事例調査報告であっても、事例調査「研究」ではない。

2)  事例調査研究の目的
 単なる「事例紹介とそのまとめ」にとどまらない事例調査「研究」とは、どのような内容を持つことが不可欠であろうか。この点を考える上で、まず何よりも重要な点は、事例調査を通して、新たな「発見」を行うということである。なんらかの「発見」がなければ、事例調査をどれだけ積み重ねようと、個別事例紹介集にとどまることになる。新たな事象の発見を行い、それを論理的に説明すること、これが事例調査研究の研究としての意義となろう。事例調査は多少の数を重ねても、それ自体で蓋然性の程度を示すものとなりにくい。研究としては、あくまでも新たに発見した事象について定性的な内容を明らかにするものであると言える。
 それでは、研究につながる事象の「発見」とは、どのようなものを含むであろうか。発見には、いろいろな内容の発見が含まれると考える
 まずは、これまでの理論や議論では対象となっていなかった事象で、既存の理論や議論で説明可能な事象の発見がある。これを通して、既存の理論や議論の適用範囲がより広がることになる。
また、事例調査を通しての「発見」には、これまでの理論や議論で説明可能な事象の範囲の確認・確定と言った内容が存在する。理論の適用範囲の限定性を示すということである。同時にそのことは、その範囲内であれば、適用可能であるということを示すことでもある。
 さらには、これまでの理論や議論で分析されていない、説明されていないタイプの事象、そして、これまでの理論や議論で説明できない事象の発見という、本来的な「発見」も、まさに発見である。

3)  事例調査研究の方法
 「発見」したと考えた事象の独自性に関わる先行の研究、理論や議論のレビューが、次の段階で必要となる。自分が発見したと思った独自な事象も、すでに既存の理論や議論が包摂する内容である場合が多数存在する。自らの研究フィールドとする分野の理論や議論では、これまで論理的に説明されてこなかった新たな事象と言えたとしても、他の分野の理論や議論では、すでにその説明の論理が存在するような場合も数多くある。発見したことの内容を、どのような視点から説明することができるか、多様なアプローチの存在を前提にレビューすることが必要であろう。
 私が1970年代後半から東京の機械工業零細企業の存立基盤を検討していた際にも、既存の中小企業研究では、地域的な視点を持ったものとしては、東京の零細企業についてはほとんど本格的な事例調査研究は存在しなかった。しかし、板倉勝高・井出策夫・竹内淳彦の3氏のような経済地理研究者からのアプローチがすでに存在し、「底辺産業論」として京浜地域の機械工業零細企業を位置付け、その意味を説明する議論が展開されていた(例えば、3氏による共著の1つ『大都市零細工業の構造 地域的産業集団の理論』新評論、1973年)。私も、それらの議論から多くを学ばせてもらった上で、さらにそれらを通しても理解できなかった点に何故の問いを重ね、京浜地域の機械工業零細企業の再生産の論理を自らのものとして発見していった。経済地理学からのアプローチでは、多様な機械工業企業が活用する共用的基盤としてある地理的範囲に零細企業層が存在すること、それが底辺産業と名付けられるものとしては議論されていた。ただ、そこではそのような零細企業が、より具体的にどのような仕事内容を受注し、そして何故層として再生産可能なのか、企業間関係を通しての零細企業層再生産の経済的な論理の追究が弱かった。私自身が改めて発見し論理化したのは、存在それ自体の発見と論理化ではなく、その層としての再生産の論理ということができる。

4)  発見した独自事象の論理的説明
 これまでの理論の対象外であったり議論されてこなかった事象を発見したとしても、その事象の報告だけでは、研究報告ではなく、やはり事例紹介ということができよう。ただし、極めて興味深い事例を発見し紹介しているということにはなるが。あるいは課題提起の研究報告とはなるかもしれないが。
発見した事象について、それは何故存在するのか、経済論理的にあるいは社会科学的に説明することが、次に求められる。1つは、既存の理論や議論との関係を示すことが求められる。特に、これまで対象となって来なかった事象についてであれば、その理由を含め、既存のどのような理論や議論で、どのように説明されるか、改めて確認を行うことが求められよう。
新たに発見した既存の理論や議論で説明不能な事象を、経済現象として問題とするのであれば、経済現象を説明する基本的な論理にまで戻り、改めて説明論理を再構築することになる。どこまで戻って論理を再構築するか、その事象の独自性の程度によるということになろう。経済現象であり、私の研究対象である産業の発展の論理の枠内であれば、当該産業企業群が直面する市場の状況と競争の状況、それに制度的環境といったものにまで戻れば、多くの新たな事象の論理の解明の緒を把握することが可能となろう。
私がかつて研究対象としていた東京の機械工業零細企業の存立基盤についても、量産型工場が域外へと転出していく中で、一品生産型の産業機械や試作開発関係の工場部門が京浜地域で残存拡大し、それらからの需要を対象に、「仲間取引」等を活用することで、零細企業層が層として再生産していたことを明らかにした。それが確認できたとして、日本経済政策学会で報告した(「大都市金属加工零細経営の存立基盤  −東京の城東・城南地域の場合 −」 日本経済政策学会第37回大会, 19805月、(要旨日本経済政策学会年報XXIX 『経済政策の国際協調と日本経済』勁草書房、19815月所収)。なお、日本中小企業学会が創設されたのは1980年、第1回全国大会が開催されたのは1981年であり、それまでの中小企業研究の発表の場は、日本経済政策学会が1つの中心であった。
また、三田学会雑誌に査読対象論文として投稿し、受理され掲載された。拙稿「大都市における機械工業零細経営の機能と存立基盤」『三田学会雑誌』(722号、19794月)がそれである。最初に三田学会雑誌に査読論文として掲載された「零細規模経営増加についての分析」『三田学会雑誌』(6710, 197410月)が、当時の零細企業増加現象について、瀧澤菊太郎氏と清成忠男氏との論争について、統計的事実を確認すれば、両者の議論とも不適切という、いわば両者の議論がともに妥当しないことを発見したと称するにすぎない論文であった。しかし、72巻2号に掲載された論文は、急増する東京の機械工業零細企業の存立基盤を、従来の議論では説明困難なものを、経済の基本的状況にまで戻って明らかにしたものと、今でも私なりには評価している。その意味で、日本の機械工業の発展研究の中で、どこまで意味のある発見かどうかは別として、既存の理論や議論では説明できない事象を発見し、その事象の論理を、私なりに解明したものと、自ら評価している。

5)  可能であれば、その事象の蓋然性の程度の評価
 自ら発見した事象を論理的に説明した上で求められることは、その事象の蓋然性の程度を評価することであろう。私自身が最も苦手とするところでもある。大都市の機械工業零細企業の独自な存立形態の蓋然性を、既存統計を通して評価することは極めてむずかしい。
ただ幸運なことに、私がこの問題に取り組んでいた時期に、当時の我々の調査研究グループのリーダーであった佐藤芳雄慶應義塾大学教授(当時、故人)が、墨田区が主体的に実施した区役所職員を動員しての区内製造業事業所3000件規模の全数調査で回答率95%という驚異的水準を実現した調査、23区自治体が初めて本格的に行ったと思われる全数アンケート調査のための委員会の長を務められた。そのおかげで全数アンケート調査の個票を閲覧し分析する機会に恵まれた。それを通して、既存統計では全く窺い知れない、機械工業零細企業の存立実態、個別零細企業にとっての多様な製品分野の取引先や再外注先の存在を、墨田区という範囲内であるが、量的に確認できた。これにより、大都市の機械工業零細企業の存立をめぐる私に理解の量的妥当性もある程度確認できた。その成果が、拙稿「墨田区金属プレス加工零細経営の分析()   −統計分析−」(『三田学会雑誌』726号、197912)である。

まとめ
 以上、私が事例調査「研究」をどのようなものと考え、実際に自身として何をやってきたか、初期の「研究」成果と自負するものを紹介しながら、まとめてみた。ここで何より言いたかったことは、事例調査「研究」の意味は、既存の理論や議論の不足する部分、妥当範囲や説明不能な事象と言ったものの発見を行い、それを少なくとも定性的に解明し、その事象を説明する論理を示すことにある。事例調査研究という研究手法は、量的な意味での評価には役に立ちにくい研究方法だが、新たなことの発見には最も適切な手法であると考えられる。

 逆に言えば、繰り返しにもなるが、既存の理論や議論で説明可能な、すでにそれらの理論や議論の対象とされている事象・事例を調査し、それを新たな事例として紹介するだけの報告は研究ではない、ということである。これらは、その水準を別とすれば、私が30歳前後に毎年原稿用紙数百枚以上書いていた、下請中小企業についての事例調査報告書と同様のものということになる。