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2022年8月7日日曜日

8月7日 日経記事、鄭婷方・黎子荷「半導体供給網 無数のネック」を読んで

鄭婷方・黎子荷「「国内化」による安全保障に不都合な真実

 半導体供給網 無数のネック」NIKKEI Asia, Global Eye

(日本経済新聞、202287日、12版、8ページ)を読んで 渡辺幸男

 

久しぶりに、私のかつての専門に近い分野での興味深い記事に出会った。米欧日の各国の政府が、台湾のTSMCを中心に、最新の半導体メーカーの自地域内誘致を進めているが、それがたとえ成功したとしても「「国内化」による安全保障」としては「それはおとぎ話にすぎない」と切り捨てている。実に明快な結論である。

その根拠は、半導体生産におけるサプライチェーンについての理解にある。すなわち、今、半導体不足の中で供給力強化に乗り出している半導体最大手で最先端技術の担い手であるTSMCそのものが「サプライチェーン(供給網)のボトルネックに直面している」というのである。そこからの含意は、「半導体製造の「国内化」を」実現したとしても、その「製造プロセスに必要不可欠な数百の原材料、化学薬品、消耗部品、工業用ガス、さらに機器や原材料を供給するネットワーク」が存在し、それらは「数十カ国をまたいで機能し」ているのであり、「これを1つの国や地域で行うのは困難である」ということである。

さらに、それぞれの「専門企業」のうちで、半導体製造の基準を満たすのは、「それぞれ世界に数社しかない」とのことである。すなわち、数十カ国に広がる専門企業、しかしそれぞれの分野については数社しか存在しない部品、部材、製造装置を集めること、それによって最先端の半導体生産がはじめて可能となっている、ということである。具体的にどのような部材や製造装置がそうなのか、簡単な指摘も行われている。部材についても、その分野の製品が作れれば、どの企業の製品でも使用可能というのではなく、ごく限定された最先端の部材のみ使用可能ということも指摘されている。

結果、「供給網のどの部分も二重化ですら簡単ではない」と締めくくっている。ここでの議論は、半導体製造、それも先端的なそれについては、単に半導体製造について最終組立企業としてのTSMCをはじめとした数社のみが、先端的な半導体を製造できるというだけではなく、幅広い高度な専門企業群の社会的分業が、グローバルな形で、素原料を含め、部材、製造装置、製造装置用の部材といった多様な分野との社会的分業から成り立っており、かつ、先端的な半導体につながる製品を生産できる企業は、世界でも、それぞれの分野で少数企業である、ということが指摘されている。それゆえ、最終製造工程の最先端工場を誘致するという形で、今、米欧日で進められている「半導体製造の「国内化」」は、半導体の自国・自地域への安定的供給を実現するという意味では、それ自体だけでは「おとぎ話にすぎない」ということになる。

この限りでは、まさにその通りだというしかない。それぞれ最先端の少数企業に担われている社会的分業に基づくサプライチェーンの各環節は、それぞれについて少数の生産拠点がグローバルな広がりの中で、各地に、それぞれなりに展開する形で存在している。それぞれ他の企業がすぐには追随できないような少数専門化企業によって担われている。そのどの環節が損なわれても、先端的半導体は製造困難となり、近年生じたような半導体不足が少なくとも短中期的には継続することになる。このことの一面については、韓国と日本との半導体生産用のフッ化水素ガス(エッチングガス)の規制をめぐる争いを通して、すでに明らかになっている点ともいえよう。

 

ここまでは、極めて納得的な記事である。しかし、その上で、かつて社会的分業論を専門研究分野としてきた私にとっては、気になる点がいくつか抜け落ちているような気がした。1つは、社会的分業の担い手である半導体生産の川上部門や製造設備製造部門、そしてその生産のための川上部門の企業の、個別企業としての再生産をめぐる存立形態についての議論が、それである。今ひとつは、「供給網の強靭化」を実現するための有効な方法模索の方向性についてである。

 

前者の各関節を担う、専門企業の存立形態について、少数寡占が多いということは指摘されているが、その専門企業の存立形態、再生産形態についての言及はない。ごく一般的な議論としていうならば、それらの少数寡占状況を生み出している専門企業の多くは、半導体部材、また半導体製造装置向けだけに専業化している企業は少ないとみられるということである。それぞれの専門企業が、特定の部材生産分野、製造装置分野で、半導体に専門化しない形で存立している場合が圧倒的である。この記事でも、「バルブやパイプ」といった半導体製造に使用する部材や製造装置の部材について言及しているが、その専門メーカーは、特殊パイプやバルブを少なくとも専門の1つにしている企業であるが、半導体関連のためだけにパイプやバルブを生産している企業は、ほぼ皆無であろう。どんな製品であっても、半導体の部材の一部や製造装置の部材の一部を構成するにすぎず、先進的な開発能力のある企業が、それだけで自らの持つ開発力や資本力等を使い切り、諸費用を回収するには、特殊すぎる部材と言える。

 それぞれパイプやバルブを含めた専門メーカーとして多様な特注や特別企画の製品の生産を含め、高度な製品を幅広く受注し、それらを通して開発から生産を行う企業、さらにはその一部を担う企業であろう。重要な供給先として半導体関連が存在するとしても、あくまでも自社の受注の一部を構成する一分野というのが、その存立、再生産の多くの企業の場合の在り方である場合が多いと、私は考える。それらの企業の多くは、私のいう機械工業の基盤産業の先端的な、相対的に大企業的な部分とも言える。多様な機械分野で使用される部材を幅広く開発生産している中で、半導体向けや半導体製造装置向けの受注も行い、それらの分野でも先端化した企業の可能性が高い。

 これらの企業は、経路依存的であると同時に、その専門化した分野にとって都合の良い立地、すなわち人材確保や関連企業の利用状況、そして原材料調達等の面で、立地上優位な地点に、その開発と生産の拠点を展開している。結果として、グローバルに生産立地を展開している企業もあれば、特定地点に集中生産立地している企業もあろう。それぞれの企業の歴史的経緯と立地論理に従い、特定地域に単数ないしは複数立地をし、グローバルに高度専門化部材を供給しているといえよう。

繰り返すが、多くのこれらの企業は、半導体製造のためだけに存立しているのではなく、多様な製品分野からのニーズに応える専門化企業として存在しているのである。この点を忘れると、大きな間違いを犯すことになる。世界最大規模の単一製品生産産業である乗用車産業では、多くの場合これと異なり、大手完成車メーカーを頂点に、ほぼ乗用車専用部材に専門化した形で多くの部材メーカーとその2次サプライヤが、乗用車生産にほぼ専門化する形で存在し、多くの場合、大規模市場の近くに乗用車産業集積、いわゆる企業城下町を形成し、多くの部材部分をも含め、集積内完結の形で生産している。しかし、機械工業の社会的分業のあり方としては、あるいはサプライチェーンのあり方としては、乗用車産業はそれ自体では巨大だが存立形態としては例外的産業分野と言える。トラック等の自動車を含め多くの機械や機械部品の生産分野の部材は、多様な製品や部材に供給している専門部材メーカーによって担われている。それゆえ、その部材メーカーにとっての川上のサプライヤから見ても、川下の完成品ないしは完成部品は極めて多様な分野となり、それらの立地は分散的である。

すなわち、半導体関連のサプライヤにとって、半導体生産メーカーは、重要な顧客分野であるとしても、多くある分野の1つにすぎない場合が多いのである。半導体生産向けだけをもっぱら念頭において、その生産体制や立地を選択することは、これらの部材生産企業にとっては、その企業としての再生産を阻害することになりかねないのである。この点の確認をした上で、サプライチェーンの問題を議論することが必要であるが、この点についての議論はもちろんのこと、この点について言及も、残念ながら、この記事にはなかった。

 

いま1つは、「各国の半導体製造の「国内化」」は「供給網を強靭化」するとの話は「おとぎ話にすぎない」として、それではどうしたら良いのか、何か対応策はあるのか、この点である。素原料まで遡るサプライチェーンを含めて、どうすれば、多少なりともリスクを軽減できるのであろうか。この点についての言及も、この記事には存在しない。

私なりの考え、その実現可能性自体についても、かなり怪しいのではあるが、この点についての私なりの考えを示したい。なお、本記事で主張されている、サプライチェーンの重要性を考慮すれば、半導体生産について最先端の最終組立工場を自国内に立地させれば、安全保障上の問題をかなり解消できると見るのは浅はかである、という考えそのものについては、私も肯定的に評価する。その上で、ではどうしたら良いのか、と言うのが、この論点である。

半導体の最先端の最終組立工場が、台湾そして韓国に多く立地するという、中国近接地域、「隣国」と係争を抱えている地域にもっぱら立地していることのリスクは、何れにしても、先端半導体を安定的に確保するためには、地政学的リスクが極めて大きいとは言える。また、サプライチェーンの中のそれぞれの部分が、特定少数企業への依存や特定地域への立地企業への依存という形で、偏って存在しており、この点のリスクも大きいことは事実である。これをいくらかでも緩和するために可能なことは何か。これが考えたいことである。

まず、この点を考える前提として、当然のことながら、サプライチェーンを構成する企業に代替する企業を、新たにゼロから作ることは、極めて困難である、ということがある。既存の企業や多くの場合はその既存の工場群を前提に、あらためて、安定的な先端半導体の入手の方法を考える必要があろう。少なくとも短中期的には。

そうであれば、必要なことは、サプライチェーンのそれぞれの部分について、「分散の必要性」ということになる。分散には大きく分けて2つの意味での分散があり、それを考慮すべきである。第一は、TSMCの米日への誘致に代表されるように、地理的分散である。半導体の主要消費地を前提に、その開発と生産の拠点をできる限り地理的に分散する。それも当然のことながら、最終組立に関して分散するだけではなく、サプライチェーンの最上流である素原料部分から、完成部品生産までも、また、製造設備の生産についても、特定地域にそれぞれについて集中させることなく、地理的に分散させること、これがまずは必要なことであろう。

今ひとつは、担い手としての企業の分散、すなわち特定1企業によるサプライチェーンのいずれかの部分の独占を、できる限り回避するということである。半導体製造装置のASMLが典型的であると言えると思われるが、技術開発競争の結果として、特定1企業が先端的部分、部材でも製造装置でも、完成品生産でも、いずれかどこかを占めてしまうことが生じがちである。これを、できる限り避ける努力をするということでもある。

このような2つの側面での集中を回避し、分散を実現すること、このことこそが、半導体のようなグローバルに生産される先端的に製品を安定的に確保するために最も必要とされることであろう。しかし、「言うは易く、行うは難し」の典型例であろう。特に、技術的競争の結果としての事実上の独占形成、TSMCASMLのような例の発生を、どのようにしたら避けることができるのか、諸企業間の競争を通しての技術的発展、健全な資本主義的経済発展の根幹であると思うが、これを肯定した上で、どのようにして結果的に生じる独占を防ぐか。その手立てについて、私にはわからない。しかし、少なくとも、できるだけ、特定1企業によって支配的な技術状況を作り出しやすいような環境を避けることは必要であり、多少なりとも効果があろう。

 

以上、今日の日経の記事を読んで、勝手なことを考え、それを一気に書き綴った。資本主義の持つ、競争を通して技術進歩を実現する、と言うことが如実に、かつ具体的に現れているのが、半導体生産産業である。また、そのような技術開発競争が、独占的停滞へと転化せず、次々と新たな段階に突入し、多様な側面から新たなチャンピオンが登場しているのも半導体生産産業である。しかも、半導体生産そのものは、グローバルな形での多様な機械工業の基盤産業の存在の上に、再生産可能となり、発展可能となっている。これをかなり上手く表現しているのが、本記事であろう。

 より一層の半導体生産産業の健全な発展が、どのような形で実現するのか、しないのか、私なりに、今後もその展開を追いかけていきたい。2次情報に依存するしかないが。 

 

2020年10月13日火曜日

10月17日 小論 私の中小企業研究「社会的分業と中小企業」

 私の中小企業研究「社会的分業と中小企業」

 20201010日と11日の両日に、日本中小企業学会第40回全国大会が、駒澤大学の長山宗広教授を準備委員長にオンライン開催されました。その際、11日の統一論題報告が40回記念として企画された中で、私は「社会的分業と中小企業」というタイトルで報告の1つを担当しました。以下の文章は、その内容として、前もって座長宛に送付したものです。

私がこれまで考え行なってきた中小企業研究、実態調査研究の成果の中から、最も中核的な部分である山脈構造型社会的分業構造という概念図について、それを導き出した経緯と、私自身が考えるその意味をまとめたものです。中小企業学会会員以外を含め、関心があるより幅広い方々に、もしおられればですが、見ていただきたいと考え、改めて当ブログに掲載することを考え、全国大会事務局から許可をえ、ブログにアップした次第です。

報告そのものでは、オンラインとはいえ、30分間という長時間、実際は時間超過し35分間喋ってしまったのですが、長い時間しゃべり続けて、声が少し変わってしまいました。大学で講義を担当していた時には、90分間マイクなしに100名以上の学生を対象に喋っていて、なんら問題が生じなかったのですが。それは昔々のこととなったことを痛感した次第です。定年退職が20133月、もう7年以上経ちます。その間、講義めいたことは全くせず、大学院の演習で多少しゃべりましたが、それからもだいぶ経ち、近頃は、コロナ禍もあり家に籠り、妻との多少の会話が中心の毎日です。喉は大きく変わった、と痛感した次第です。

なお、本稿は、学会論集に投稿予定の原稿そのものではなく、統一論題で大会当日報告した内容で見ると、その3分の2から半分に留まる縮刷版です。また、最初の投稿日は10月13日となっていますが、図の掲載に失敗したため、17日に完成稿をアップしました。そのため、タイトルは17日となっています。

 

【統一論題報告】

 社会的分業構造と中小企業

渡辺幸男

 本報告では、私のこれまでの研究方法を簡単に述べ、その具体的事例として、日本の機械工業の社会的分業構造としての山脈型社会的分業構造図に至った経過を紹介したい。

1、私の中小企業研究の方法

① 私の中小企業研究の方法は、マルクス経済学の経済理論の基本的枠組みを踏まえ、実態把握を論理的理解へと昇華させる方法といえる。すなわち、マルクス経済学の経済理論での(国民経済の下での)市場と諸資本の競争という枠組みから、中小企業を中心に産業そしてそのダイナミズムを見ていくという方法である。

市場と諸資本の競争を、それぞれの国民経済の制度的・歴史的環境を背景に考察し、各国経済について、中小企業を中心において、各産業のあり方とその発展を考察する方法とも言える。中小企業からの視点を軸にし、裾野産業・基盤産業等を重視し、それをも通して産業を理解し、産業発展を理解する方法の有効性、必要性から、このような方法を採用した。

②  私の研究対象となる中小企業は、多数で多様な中小企業層の全体であり、多数・多様な中小企業群による模索の重要性を認識し、重視している。それゆえ、層としての中小企業に着目し、産業のダイナミズムを考える方法とも言える。特定のタイプの中小企業、例えば、中小企業全般ではなくベンチャー等にのみ注目するといった研究方法ではない。

③  さらに、自らの目で見、足で稼いだ「実態」について、自ら把握したことに基づき、それを論理的に整理したものにより、既存の議論を批判的に検討するという方法でもある。自身としては、「ただもの論(唯物論)」と自称している方法である。まずは、機械工業零細企業の存立論理でこのような方法を試み、それを、戦後日本の機械工業を中心とした下請系列取引関係についての理解に応用し、次いで、日本の機械工業の社会的分業構造の理解に適用した。その結果、日本の機械工業の社会的分業構造を山脈構造型社会的分業構造として把握する議論となった。それが、拙著『日本機械工業の社会的分業構造』(有斐閣、1997年)として結実した。

 

2、私の研究事例  「(日本の)機械工業の社会的分業構造の理解」

①  日本の機械工業の社会的分業構造を、私は、「中小企業の存立する市場と競争相手」の視点から理解するように努めた。すなわち、それまでの多くの研究が依拠していたような、特定の完成品機械分野の大企業にとっての下請分業構造の一部として、中小企業群を見るのではなく、まずは、中小企業それ自体の存立実態が、具体的にどのようなものであるかを見ることから始めた。その結果、「機械工業」では、機械金属工業の製品が多様なだけではなく、素材生産から部材生産そして完成品生産に至る川上から川下まで、その流れが錯綜しており、完成機械ごとに社会的分業を括れるような形で、機械工業の社会的分業は存在していないということが確認された。これこそ、実態を通して、その存在から確認したことの第一の点と言える。

②  この状況は、完成機械分野ごとにみていた旧来のピラミッド型の社会的分業構造概念図では説明不能ないしは表現不能なことである。ピラミッド型として表現することで、社会的分業を担う(中小)企業の存立の場(市場)とそれぞれの競争相手について誤解が生じる可能性が大きくなる。たとえば、特定の機械製品用の完成部品をもっぱら(企画開発し)生産供給する企業については、当該完成品機械分野と一体化したものとして把握しても、誤解を招くことは生じない。しかし、多様な製品に供給可能な、特定加工に専門化しているような(中小)企業については、特定機械分野にのみ繋がっているかのように表現することは、その存立する市場と競争相手について実態とズレることになり、誤解を生じる可能性が強いことになる。

実態を踏まえ、錯綜した取引関係の存在を表現しようとするならば、誰が誰と競争しているかを論理的に提示することが可能な概念図が必要となる。それこそ、私が提起した山脈構造型社会的分業構造概念図であった。

 

3、ピラミッド型社会的分業構造概念図と山脈構造型社会的分業構造概念図

①  いわゆるピラミッド構造型の社会的分業構造図について、実態を踏まえた詳細な図の典型的な事例としては、以下のような図がある。これは、特定完成品機械大企業(分野)を核に、当該完成品機械が生産されるための社会的分業構造を表現した図で、『昭和53年版中小企業白書』に掲載されていた。そこでのサプライヤー層の調査は、極めて綿密かつ丁寧に行われ、精度の高いものとなっている。


  図 昭和53年版白書における自動車産業の社会的分業構造図

出所:中小企業庁編『昭和53年版中小企業白書』(1978年)168169ページ

 

この『白書』の本文では、本図は以下のように説明されている。「自動車(乗用車)工業を・・・みると、下請企業が親企業と相互依存の関係を持ちながら緊密にかつ多層の協力関係を形成していることが示されている。すなわち、親企業1社の下に一次下請171事業所、二次下請延べ5,437事業所及び三次下請延べ41,703事業所が分業体制を構成している。・・・このように自動車工業における分業構造は網目状の様相を呈している」(同書、167ページ)

 A社の(社会的)分業構造として、完成車メーカーからの視点により、完成車生産に至る階層的な社会的分業構造が描かれている。それゆえ、他の完成機械等の分野とのつながりの存在や可能性は全く言及されておらず、階層的な社会的分業構造全体が乗用車工業(それもA社1社)に包摂された形で描かれている。そこでは、2次や3次の下請(中小)企業の多くについて、特定加工への専門化している姿が明示的に描かれている。しかしながら、それらの特定加工専門化(中小)企業が乗用車工業以外の産業企業との取引を保有している、あるいは取引可能であるという機械金属工業の基盤産業的認識は示されていない。乗用車工業の中にあくまでも包摂されている存在として示されている。乗用車という完成品生産単位で、特定加工専門化企業群も存在しているかのように描かれ、そのように認識されても仕方がない形の図でもって描かれている。

 これは、基本的に最終完成品を生産する巨大完成品機械メーカーの側からのみ社会的分業構造を見ていることから、このように見えてしまうことがほぼ必然的に生じてしまうとも言える。世界最大の単品巨大市場である乗用車生産企業からみれば、全ては乗用車に向かっている川上工程ということになり、乗用車のため(だけ)に加工専門化(中小)企業も存在すると、認識されてもおかしくないし、それを反映した図とも言える。

 実際、私自身、当初は(実態調査を本格的に行い、多様な製品分野とつながりを持つ小零細企業層の存在を知るまでは)、このような社会的分業構造として、機械工業各製品分野の社会的分業構造を認識していた。

② このピラミッド構造型の社会的分業構造図に対し、実態調査を行うことにより、根本的な疑問が生じたのである。特定加工専門化小零細企業群についての自らの実態調査を踏まえ、これら上記の図に描かれている特定加工専門化(中小零細)企業にとっての「市場と競争相手」を見るならば、当該(中小零細)企業が専門化している加工をおこなっている企業群全体が競争相手であり、市場は、完成品単位で存在するのではなく、当該企業が専門化した加工ごとに存在していることが見えてきた。

機械金属工業の種々なる完成品の生産の中で必要とされる特定加工専門化企業群、特に種々の機械加工に専門化した(中小)事業所(企業)が、業種分類上の恣意的な分類事情によって、特定完成品のみの社会的分業構造の階層の中下層を形成するかのように示されているのが、ピラミッド型社会的分業構造把握である。また、これは機械加工専門化事業所(企業)が専ら業種分類上の恣意的な理由により、特定加工に専門化していることではなく、最も多くを受託している特定製品の業種に分類され、完成品機械ごとに業種分類されることによると認識される。同時に、機械金属製品向けにプレス加工部品を供給したりメッキ加工を行っている事業所(企業)は、どのような製品向けが主力であるかは関係なく、専門化している加工で業種分類されてしまうことになる。先の白書の図で2次や3次で特定加工に専門化してる事業所のうち、プレス加工等に専門化している事業所は、乗用車向けだけの生産に特化していても、業種分類上は、自動車部品の細分類業種どころか機械工業関連の中分類業種に分類されることなく、中分類24の金属製品製造業に分類され、機械工業分野の1つとしての自動車生産に特化していることは、業種分類上では完全に無視されることになる

それゆえ、専門化と市場と競争の関係を、改めて概念図化して示す必要が生じた。そこから私のいう山脈構造型社会的分業構造概念図が生まれたのである。これによって、これまで底辺産業として、あるいは基盤産業として言われてきた小零細企業群が、何故、一国経済の機械金属工業全体にとっての「底辺」であり「基盤」であるのかも、より明らかにされた。これに、多様な取引関係のあり方が加わったのが、下に示した私の最終的な概念図となる。

 

出所:拙著『日本機械工業の社会的分業構造』有斐閣、1997年、159ページ

 

 この図で言わんとしていることの1つは、機械工業の各製品生産分野さらには特定完成品向けの完成部品生産分野は、それぞれ自立した産業分野を形成している。しかし、同時に、汎用部品生産企業群や特定加工専門化企業群については、機械工業さらには機械金属工業全体によって共同利用されている、ということである。それゆえ、特定加工専門化企業は、自企業が主として関わっている特定完成品機械向けの同様の専門加工企業と競争しているだけではなく、他の製品向けの同様な加工に専門化している企業とも競争している。また、特定加工専門化企業の多くは、特定製品の部品等の部分加工を行うだけではなく、多様な製品向けの部品について同様な加工を受託加工している。さらには、需要の変化に応じて、業務内容を大きく変えることなく、全く異なる機械向けの生産に従事することが可能である。工業統計表等の業種別集計では、このような行動は中分類ないしは小分類業種レベルでの特定加工専門化事業所(企業)の業種転換として表現されてしまうことも多い。しかし、この場合の業種転換は、主要取引先が変わり、その取引先が生産する完成機械としての製品が大きく変わっただけで、特定加工専門化事業所(企業)の業務内容はほとんど変化していないことになる。この点をも表現した概念図なのである。

 他方、同じ特定加工の専門化し、完成機械メーカーないしは完成機械部品メーカーから特定加工を受託している事業所(企業)であっても、機械加工ではなく、プレス加工やメッキ加工に専門化している事業所(企業)は、先にも触れたように、業種分類上での扱いが全く異なっている。これらの事業所(企業)は、もともと専門化している加工に従って業種分類され、主として携わっている部品がどの完成機械に使用されるかによっては業種上は分類されない。そのため、こちらの側は、業種分類別でのカウントでは、当該事業所がたとえ特定完成機械関連の部品加工に専門化していても、当該完成品の属する業種に属する事業所としてカウントされないことになる。また、受注先企業の主要製品が大きく変化しても、当該加工専門化事業所(企業)の業種分類には、全く変化がない。

例えば、自動車部品だけのプレス加工あるいはメッキ加工に専門化している事業所(企業)は、他の完成機械がらみの加工を行っていなくとも、自動車部品の機械加工に専門化している企業が分類される「3113自動車部分品・附属品製造業」には分類されない。そうではなく、中分類業種も異なる「2451アルミニウム・同合金プレス製品製造業」や「2452金属プレス製品製造業(アルミニウム・同合金を除く)」、また「2464電気めっき業(表面処理鋼材製造業を除く)」といった細分類業種に分類され、どのような製品の部品を加工しているかについては、業種分類に全く反映されない。

 上記の山脈構造型社会的分業概念図は、まさに、1990年代半ばの私のパソコンでの図形作成能力の限界が露呈している図であるが、この図で言いたいことの主要な点の一方は、上記のことである。

 

4 結論

 実態調査を通して得た具体的な存立形態の情報を論理的に整理し、それを踏まえ既存の機械工業での社会的分業についての概念図を書き直すことで、機械工業の基本的なあり方についての認識を、より正確に把握することが、あるいは実態を知らない人が、図を見て誤解した理解に陥ることを避けることが可能となった。このように言えよう。

 

付論1 

 また、このような理解を通して、改革開放後の中国の産業発展を見た時、その潜在的可能性を理解することができた。すなわち、機械工業の基盤的部分が、技術的には遅れているが、すでに幅広く自生的に存在し、それを活用することで、中国での新市場の発掘に長けた起業家による新規創業企業が、自らが発見し開拓しようとする中国市場にとっては新製品である市場に容易に参入可能である理由を理解することが可能となった。

 中国では、個別の企業の技術水準は、同時代の日本の特定加工専門化企業群と大きく異なっていたが、機械金属工業にとっての基盤をなす特定加工専門化企業群が、多様に多数存在し、相互に競争していた。それゆえ、完成機械や完成部品について、独自の市場を開拓しようとする起業家にとって、自らの企画する製品を具体化するための要素技術を、国内で安価に入手することができたのである。これが、ある時代までは、改革開放下における中国の機械工業発展を容易にしたものといえる。このような発見を中国での調査を通して実現できたのも、上記のような機械金属工業の社会的分業構造についての理解を、日本での実態調査を通じて得ていたことによると言える。

 

付論2

 山脈型社会的分業構造図には、上記の企業(事業所)の専門化の表現を主内容とする社会的分業それ自体についてとともに、今1つ、下請(系列)取引関係等の企業間の取引関係を表現する内容が含まれている。今回の港氏の報告と重なる部分についての、私の理解を表現するものでもある。それについては、私の報告に与えられた時間の関係もあり、本日は、全面的に割愛することにした。

 今回の大会が、当初の予定のように、駒澤大学で開催されたのであれば、各自の報告の後で、報告者等による討論が予定されていた。そこで可能あれば触れるつもりであった。が、残念ながら、その機会がなくなり、港氏と私の学会での論争の続編を展開することは不可能となった。

2018年1月23日火曜日

1月23日 小論 AIは乗用車産業に何をもたらすのか

中西豊紀「ケイレツ解体AIが招く 日本流 車ピラミッドの限界」
(日本経済新聞、2018122日朝刊、p.5「経営の視点」欄)を読んで
渡辺幸男

 上記の記事について、私の関心から抜き書きすれば、以下のようになる。
シリコンバレー支局の中西氏の日経記事は、2018年の春闘でトヨタ自動車の系列に注目し、「1次、2次とピラミッド状に広がる取引先企業の頂点に立ち、その判断は・・・千を超える傘下企業の賃金水準にも影響」しているとし、
「そんな日本の自動車産業独自の「ケイレツ」が今、静かに壊れ始めている」とする。
他方で、「自動運転の開発が進みソフトウェアの重要性が増す中で、独自性が高いAI企業は引く手あまただ」・・・「こうした企業を自動車ピラミッドで位置付けると、1次、2次サプライヤーにすぎないが、どこかの「家長」に連なる意識はない」と指摘している。例として、「自動運転ベンチャー、ナウトの・・・最高経営責任者は「我々はデータ時代のプラットファーマー。特定のメーカーとの取引に絞ることはない」と断言する」と紹介している。
さらには、「自動運転の土台技術をバイドゥが作り上げ、自動車メーカーはそれを採用するだけ。そんな懸念が各社をバイドゥとの提携に走らせる」とも書き、「従来のピラミッド思考を捨て、対等で緩やかなプロの企業連合を形成するような発想にまで至れるだろうか」とまとめている。

上記の記事について、私はいくつもの点が気なった。
まずは、「日本の自動車産業独自の「ケイレツ」」という表現である。日本の自動車産業に特徴的であった、系列取引関係は、現在でも「日本の自動車産業」の特徴であろうか。ケイレツそれ自体は「日本・・・独自」であるが、「静かに壊れ始めている」のは、言えたとしても「日本の自動車産業」ではなく、乗用車メーカートヨタの最後に残った「ケイレツ」である。他の乗用車メーカーがかつて構築していた「ケイレツ」取引関係は、90年代の激変の中で、ほぼ解体した。この意味で、この記事は、まずは何が壊れ始めたという点で、誤解を生むものといえよう。90年代までに壊れなかったのはトヨタの「ケイレツ」のみで、電機産業や他の乗用車メーカーのそれは、今や存在していない。
 そして、その最後に残ったトヨタの「ケイレツ」を壊し始めようとしているのが、自動運転を中心としたAIの発展であるかもしれないとしている。その際、2つの点がポイントとして紹介され、自動運転のAIを開発する一方の主役は、乗用車産業外の海外新興企業であり、これらの企業は特定少数の乗用車メーカー向けではなく、幅広くグローバルに乗用車メーカー群にプラットフォームを提供する企業として紹介されている。他方で中国市場を背景として自動運転技術を開発している中国の検索エンジンにおけるチャンピオン、バイドゥ(百度)にも同様な可能性を見ている。
 すなわち、自動運転をめぐり、かつてPCやスマホの普及の過程で生じた現象、特定の中核部品開発企業やソフト開発企業が、プラットフォームを形成し、それを元に多くの完成品メーカーがグローバルに生産供給するという図式である。これを素直に読めば、乗用車産業に、電子機器産業特にスマホ等の量産耐久消費財としてのそれと同様なことが生じる可能性を示唆しているとも読める。
 しかしながら、この記事の最後の締めくくりは、先に紹介したように、ケイレツが壊れた先は、「従来のピラミッド」ではなく、「対等で緩やかなプロの企業連合を形成するような発想に至れるだろうか」と言っている。少なくとも電子機器産業での展開を見る限り、IBM主導のPCは、マイクロソフトとインテルという2大中核「部品」開発企業主導の産業に変わったように、既存の主導的企業を核とした新たな「企業連合」形態の形成ではなかった。主導権は、中核部品・ソフト開発企業に移り、完成品生産企業、例えばIBMPC事業そのものを売却した。結果として、完成品企業というのは、基本的に中核部品・ソフトを前提に、製品を設計し組み立てるに過ぎない多数のメーカー、さらにはEMSに依存する多数の多様なファブレスメーカーとなった。
 トヨタのみが21世紀になっても維持してきた「ケイレツ」が、自動運転の開発がもたらすPC的な開発生産体制への転換により解体し、「緩やかなプロの企業連合」になるというのは、IBMが自社内に保有していた、中核部品と中核ソフトの開発を外注したことを契機に生じた、インテルとマイクロソフトのプラットフォーム化とは、あまりにも異なる姿である。何故、「企業連合」になると言えるのであろうか。
 産業内での主導権の所在変化は、乗用車産業のようにすでにグローバル化した産業では、グローバルに生じる。乗用車産業では、これまで開発の中核を完成車メーカーが担ってきた。これは、搭載する内燃機関との整合性が、完成車の設計上、極めて重要な位置を占めていたことによるといえよう。そのため、完成車設計の受託開発サービス企業も一般化せず、グローバルにはマイナーな存在に止まってきた。しかし、乗用車の開発における中核部分が乗用車本体の設計から他の中核部品や中核ソフトに移るのであれば、そして、動力機関が、設計の難しい内燃機関から電動モーターに移るのであれば特に、それらの中核部品を踏まえて、自らのコンセプトによる乗用車開発を行うことも、ごくありふれたことになり、多様な多数の企業が多様なニーズに応じて設計開発すると考えることができる。さらには、完成車のコンセプトのみを開発し、具体的な車体設計をも他社に委託するような「メーカー」の形成も視野に入れることができよう。
 中国の電動二輪車では、まさにこのようなことが生じている。既存の部品を前提に、自社の完成車を開発し、成功している企業も数多く存在する。四輪乗用車では、高速移動する製品として、安全性が極めて重要であるが、その制御が自動運転AI依存となれば、電動モーターの持つ、設計上の柔軟性と組み合わされることで、車体設計そのものは、これまでのように中心的開発部分として存在し続けることはないであろう。車体設計は、工学的な制約の下ではあるが、内燃機関ゆえの制約を外され、より自由な形態を追求することになろう。
 特に世界最大規模となった中国の乗用車市場では、中国内外の双方の市場で優位に立つ既存の自国系企業が存在しないだけに、また、多くの企業が内燃機関の乗用車の生産の場合にも、依然として多様な形で参入する余地が大きかっただけに、自由な発想をもって、プラットフォーム化した中核部品やソフトを活用し、多数、多様なニーズに対応した完成車メーカーが参入することになりそうである。結果、これまでの乗用車産業には見られない、多様なコンセプトの乗用車が開発され、まずは中国市場を中心に、多様性に富んだ乗用車市場が顕在化する可能性が高い。
 以上のように、私も、この記事の著者と同様に、AI化により日本の乗用車産業の社会的分業構造が大きく変わると見ている。しかも、その変化はケイレツ関係を維持しているトヨタグループにとって、最も大きくなるものであろう。しかし、その結果生じる新たな社会的分業構造が、この記事の日経記者のように「対等で緩やかなプロの企業連合を形成する」ことになる、という可能性は高くない、というのが私の可能性についての理解である。
他産業の事例と、乗用車産業のあり方の変化方向から、私が考える可能性としては、完成車メーカー主導の産業のあり方が、大きく変わり、プラットフォームとなる中核部品やソフトが開発され、それの導入により多様な完成車メーカーの参入が見られるということである。特に、中国でこのような現象が先導的に顕在化し、中国の状況にグローバル市場全体が影響され、乗用車の完成車生産をめぐる社会的分業構造の顕著な変化が生じる可能性が高いと見る。そのような変化の中核が、中核部品やソフトの開発メーカーの製品のプラットフォーム化であると見るべきであろう。

 

2017年7月11日火曜日

7月11日 小論 FT記事からEMSの意味を考える

 小論 Financial Times記事*でのインドスマホ市場の動向紹介と、
           その動向が持つグローバルな社会的分業への示唆
    *‘Landmark tax reform poses threat to Indian smartphone industry
                            (FT, 4 July 2017, p.13)
渡辺幸男

目次
はじめに
Financial Timesの記事の要旨>
<補足:日本経済新聞(75日)の記事>
 *早川麗・伊原健作、2017、「中台勢 インド生産拡大」での関連部分
<‘Landmark tax reform poses threat to Indian smartphone industry
                       を読んで考えたこと>
 *2つの記事の中で、私が特に注目したこと
 *私にとって、2つの記事から見えてきたことと、その含意
<現代のEMS企業とかつての日本のOEM企業との差異は何か?>
<大小様々なEMS企業群の形成が意味すること>
<補足:EMS企業の存在とともに重要な製造装置メーカーの自立的存在>
<現代の機械工業社会的分業構造をどう見るべきか>
参考文献

はじめに
 私の最近の関心の1つは、現代の電子機械工業を中心とした機械工業の社会的分業を、どのように把握すべきかにある。かつて、日本の機械工業の社会的分業構造図を、山脈型社会的分業構造図として表現した(渡辺幸男、1997)。しかし、そこで念頭に置かれた社会的分業は、1980年代初めまでの日本の状況、日本国内完結型の生産体制のもとでの社会的分業であった。現代でも、乗用車産業を中核に置くと、それに近い社会的分業を想定することは、ある程度可能であろう。ただし、多様な機械産業との関わりが、その枠からはみ出ることになる。
 しかしながら、乗用車産業、そして一品生産的な産業機械産業企業群の生産体制を事実上の例外として、他の機械工業は、極めて広域的な、さらにはグローバルな社会的分業の中で拡大再生産されている。その社会的分業構造を、どのように把握したら良いのか。いくつかの議論が存在していることも、多少は理解している。例えば、グローバル・バリュー・チェーンといった議論がそれである。
 しかしながら、具体的な社会的分業を考えていく中で、川上から川下に向けての社会的分業、垂直的社会的分業では単純に把握できないような社会的分業が、極めてグローバルな形で形成されていることに気がついた。それは、一部組立工程が、低賃金労働力の豊富な地域に国境を越えて転出し、単に機械を開発し生産する個別企業内で地域間分業が生じるだけではなく、開発と組立について地域間分業を含む社会的分業として広範囲に形成されてきたことである。半導体受託生産企業や電子機器製造受託サービス企業、すなわちファンドリーやEMSといった受託生産サービス専業の巨大企業と、企画開発と販売だけを行うファブレスメーカーとの広域的な社会的分業の形成がその代表的事例である。しかも、後ほど見るように、これらの受託生産サービス企業は、かつての日本に存在したOEM受託企業のような取引上相対的に劣位にあり、技術的に遅れ気味の企業とは異なり、自立的に発展し、独自な生産技術を開発する能力のある大企業を含む企業群となってきている。
 このような近年のグローバルレベルでの社会的分業とその変化を、どのように考えるべきか、そのヒントが74日付のFinancial Timesの記事にあった。そこで、この記事を紹介するとともに、その記事を利用しながら、私が上記の社会的分業の意味に関連して、感じていることを以下で述べたい。

Mundy, Simon2017、‘Landmark tax reform poses threat to Indian smartphone industry


 Financial Timesの記事の要旨>
 Intexをはじめとするインドの電子機器メーカーは、中国から輸入した部材を組立てる形で、インドブランドのスマホを販売し、国内市場で高いシェアを実現していたが、中国メーカーがインド国内での組立に乗り出したために、シェアを失いつつある。さらに、政府のスマホにおける「インド国内での製造」を育成する政策、71日からの税制改革によってインドブランドは大打撃を受けるかもしれないとされる。
 インドは中国に続く世界第2位のスマホユーザーがいるが、これが国内電子機器産業へと、まだ繋がっていない。製造業部門の比率の低さ、中国の半分の水準であることを変えることをインド政府は目指し、スマホに注目した。インドの電子機械産業は、輸入が370億ドルであるのに対し、輸出は82億ドルにとどまっている。ただ、事態は前進している。インドメーカーの国内組立やサムスンやいくつかの急成長する中国系メーカーのインド内組立で、国内組立比率は2014年の30%から2016年初頭の80%へと急増した。これは、多分に「差別的課税」によりもたらされた。これが、国内組立スマホと比べ輸入スマホのコストを押し上げた。ただ、これはこれから大きく変わるかもしれない。これからは、輸入品も国内組立品も一律12%の実効税率となる。10%の関税を輸入スマホに課すという話も出ているが、政府は今の所このような差別的課税システムについて、なんら言及していない。
 たとえ差別的課税をしたところ、スマホ生産でのインド国内での付加価値は製品価格の2~3%以上ではなく、インドブランドの中には単なる「スクリュードライバー技術」に過ぎないものもあるから、あまり意味がない、という見解もある。ただ、政府は、1年半以上、部品の国内生産を促す補完的輸入関税について話している。それはPC板へと拡張されようとしている。その影響もあり、Intexも部品の内製化に取組み始め、今年遅くにはPC板も生産することを予定している。ただし、この政策は、外資系企業もインド国内での生産を深化させるという結果をもたらしている。
 現在、小米のインドで売られるスマホの95%は、Foxconnのインド国内の受託生産工場で生産されている。これが、小米が2016年第4四半期に、インド国内市場でサムスンに次ぐ第2位の販売を可能にした一因でもある。また、上位5社の残りの3社も全て中国系であり、これまで、上位5社に入っていたインド系4社は、すべて5位以内から転落した。Intexの創業者はインドブランドを支援するために中国ブランドのインド内生産スマホに特別課税すべきだとしているが、今の所、政府はその点には関心を寄せていない。投資先としてのインドについての外資の評判のほうを重視しているようである。
 何れにしても、輸入製品により重い課税をすることで、外資がインド国内でより多く製造することを進めさせ、そのことは外資がインド外にもつ巨大な生産単位による優位性を享受することを抑えていると言える。インド産業を育成したいのであれば、政府は、より積極的にインド内生産を促進するようなインセンティブを与えることが必要であるし、そのような方向で一挙には無理ではあるが、国内で完結した生産体制へと向かうことができる、という見解も紹介している。

<補足:日本経済新聞(75日)の記事>
*早川麗・伊原健作、2017、「中台勢 インド生産拡大」
                   での関連部分(「 」内は引用)
「インドで・・・台湾の鴻海(ホンハイ)精密工業(FTの記事でのFoxconnの親会社・・・筆者)はスマートフォン(スマホ)などの受託生産能力を拡大し、インド国外にも供給する」
「電子機器の受託製造サービス(EMS)世界最大手、鴻海が17年からインドで最大50億ドルを投じる見通しだと伝えた」
「(鴻海精密工業には・・・筆者)インドでは既に複数の拠点があり、中国の小米(シャオミ)やOPPO(オッポ、広東欧珀移動通信)のスマホを製造しているとされる。米アップルによるスマホの現地生産の受託企業候補にも浮上し、現地の需要に合わせた生産能力の拡大が必要になっていた」
「サムスン電子 北部ウッタルブラデシュ州の工場で携帯電話や冷蔵庫、薄型テレビを生産」

<‘Landmark tax reform poses threat to Indian smartphone industry
                       を読んで考えたこと>
*2つの記事の中で、私が特に注目したこと
 小米のインド市場での急成長と、それを支えるFoxconnによるインド国内受託生産工場の新設、拡張に私は特に注目した。小米は、インド向け製品を開発したが、インドでの生産はFoxconn依存である。これにより、輸入規制をクリアし、シェアを急拡大、サムスンに次ぐ地位を確保可能になったことを、このFT記事は示唆している。また日経の記事によれば、Foxconnのインド工場自体は、小米以外からも受託、他の中国系メーカーの急成長にも貢献している可能性が大である(早川麗・伊原健作、2017)。
 FTの記事に掲載されていた下記の図によれば、中国ブランドのシェア50%強へ、サムスンは267%水準を維持している。また、中国ブランドの急成長は、2015年後半ごろから開始され、16年に一挙に20%から50%へ、14年にサムスンのシェアをインドブランド全体として抜いたインドブランドのシェア縮小が、同時に発生(50%弱から178%へ)している。



 同時に、Financial Times(以下、FTと略す)の記事から読み取れることは、インドブランドは、中国からの輸入部品を使ってシェア拡大を一時的に実現したということである。その後、中国系ブランドがFoxconnへの委託生産を利用しながら、インド内生産を実現し、シェア急拡大し、インドブランドのシェアを急激に低下せしめた。
 これらのことに特に注目した。以下で、注目したことの理由を示していきたい。

*私にとって、2つの記事から見えてきたことと、その含意
 ここで興味深い事実は、まずは、インドのブランドも、中国のブランドも、両者ともにベースバンドICとしてMTKやクアルコムのものを使い、後の多くの部品については中国産を使用し、現在ではインドで組立て、販売しているということである。また、インド国内での最終生産、組立を行うことを政策的に求められ、その結果、中国ブランドが本格的にインド国内での生産に、Foxconnへの委託生産という形で進出したということである。単純に理解すれば、Foxconnは受託生産者であり、中国ブランドのみならず、アップル社のスマートフォンも組立てているように、委託者の国籍は関係ないと言える。
 インドの国内市場向けの生産で、受託生産者としてのFoxconnに依存して、何故中国ブランド、特に小米が急成長できるのであろうか。ここに私が注目する第一の点が存在する。
 繰り返すが、使用している部材はインドブランドも中国ブランドも、ベースバンドICについて中国外のファブレスメーカーの同様なものを使用し、その他は中国を中心とした同様の部材生産者から調達していることになる。垂直統合していないということで、インドと中国のブランドで部材面での差異は、基本的には存在しない。さらに組立においてさえ外部委託、それも台湾のEMSに依存しているのが中国ブランドであり、これまた他のメーカーも委託可能である。
 それにもかかわらず、急激な市場での上位メーカーの交代が生じ、インドブランドがサムスンやアップルと並び上位を占めていたインド市場で、インド市場が急拡大する過程で、一気にサムスン以外は中国ブランド企業、その多くはファブレスメーカーが占めるようになった。上位5社中4社までが中国ブランドということである。
 中国と並ぶ巨大市場となったインドで、何故、ほぼ同じ部材を使用し、かつファブレスメーカーである中国ブランドに、インドブランドは大きく遅れをとることになったのであろうか。
 製品開発と販売努力こそファブレスメーカーの命、中核的競争力であると言える。そうであれば、まさに製品開発とさらにマーケティングでインドブランドと中国ブランドとに大きな差異があったことが推測されることになる。FTの記事の中のインドブランドのいくつかは「スクリュードライバー技術」の企業であるという指摘が示唆的である。既存の輸入キットを組み立てるだけのような企業には、インド市場向けの「開発」は存在しようがない。インドの企業が中国の企業に対し、インド国内市場向けの製品開発で負け、しかも市場シェアで先行したにもかかわらず、一気に中国系企業にシュアを奪われた。このことは、中国国内市場での激しい競争で鍛えられた中国系ファブレスメーカーは、インド市場に進出する際にも、当該市場向けの開発に注力し、マーケティングにも力点を置き、製品面での独自性を出し市場での優位を確保しようとしたことを推測させるのである。
 ただ残念ながら、これらの記事や、私がこれまで見てきたいくつかの報告では、インドブランドのスマホの開発の状況についての具体的な話を見いだすことができていない。そのため、上記の話は、全くの推測にとどまっている。

 今一つ注目すべきことは、現代の中国のファブレスなスマホメーカーとEMSとの関連の持つ意味である。海外進出する際に、中国ファブレスメーカーは、現地市場向けに開発投資を行うことは不可欠であるが、巨大組立工場、規模の経済性を実現できる組立工場に投資する必要性はない、ということになる。組立工場への巨額投資のリスクを回避し、しかも迅速に現地生産に移行できることになる。もちろんそのためには、同時並行的に巨大なEMS企業が現地生産へと進出することが必要条件である。
 他方でEMS企業にとっては、特定企業からの受託生産ではなく、現地市場向けや当該地域から海外輸出の総量の動向こそが重要となる。現地化した大規模な受託生産組立工場がフル操業するかどうかは、サムスンがインドでそうであるような自社内組立企業として、自社製品がどれだけ販売できるかどうかに関わっているのではなく、受託先企業群総体の現地での需要量こそが問題となる。
 Foxconnの場合も、中国系のファブレスメーカーの現地組立化の量とアップルからの委託量の総量の動向が、現地工場への巨額投資の妥当性を決定することになる。最終製品市場での勝者が自社内組立企業でなければ、インドのように巨大市場が存在する場合には、あとは自社がEMS間の競争で優位に立つかどうかなのである。それゆえ、自社製品の組立工場を現地化する場合に比べ、インドのように国内生産保護のもとで巨大市場が形成されつつある場合には、より容易に大規模投資が可能となり、巨大既存EMS企業が保持している電子製品についての生産技術面での優位性が、規模の経済性とともに、極めて発揮しやすくなる。
 さらに言えば、インドブランド企業が生産技術面での優位性を得るためには、少なくとも中国系ブランド企業に対し引けを取らない生産技術を利用するためには、Foxconn等の外資系EMSの生産技術に依存することが必要となろう。同時にそのことは不可能ではない。ただし、インド系ブランド企業がファブレスメーカー化して中国系ブランド企業に伍して市場で生き残るためには、企画開発面での独自性あるいは優位性を実現することが不可欠であろう。FTの記事に出てきた「スクリュードライバー技術」であることから示唆されるような輸入キットをそのまま組立販売するといった存在形態では、生き残る余地は存在しないことになろう。

*まとめ
 このように見てくるならば、中国系ブランドの急成長スマホメーカーの多くを占めるファブレスメーカーの発展、展開を考える際には、いっぽうでMTKやクアルコムに典型的に示されるように中核部材を中心とした部材メーカーとのグローバル・バリュー・チェーン上でのつながりの重要性が、まずは言える。そして深圳等の関連産業を含めた産業集積地域内に立地することも重要である。それらと共に、ファブレスメーカーとしての成長を可能とするEMSの存在とその利用可能性が、重要な要素となることが理解されよう。
 その際にファブレスメーカーにとって重要なのは、EMSは集積内に存在するかどうかではなく、EMSが存在し、それが先の例ではインド国内といったより広域的な地域内で利用可能かどうかである。また、アップル社にとって不可欠なEMSは、シリコンバレーに主力受託生産工場を確保しているわけではない。現時点では、主要な委託先生産工場はもっぱら中国に存在している。中国で組立てて、中国を含めた全世界に向け販売している。一定規模以上の委託量があれば、委託先工場の立地は、委託元企業に近接する必要性は全くないこととなる。これがインドでも実行可能となったことを、今回の記事は示唆していることになる。

<現代のEMS企業とかつての日本のOEM企業との差異は何か?>
(なお、OEM生産(企業)という表現には、完成品受託生産(企業)とは異なる別の意味で使用される場合、すなわち補修用部品に対する完成品組付用部品の生産とそれを行う企業をさす場合がある。ここでは、完成品受託生産(企業)を意味するものとして使用している)
*ここまでEMS企業とファブレスメーカーとの関係を中心に考察を進めてきて、自分自身として、奇妙な感覚にとらわれた。包括的な受託生産企業として、日本の機械工業では「OEM(Original Equipment Manufacturing)企業」と呼ばれる完成品生産受託企業が存在したし、現在も存在していると思われる。これらのOEM企業と現代のEMS企業とを比較した時、その共通性と差異はどこにあるのか、この点をまずは確認し、その上で、その差異の意味を考える。
 両者は、受託側企業が、委託側企業によって与えられた完成品の仕様書や図面に従い、数量と価格を決めて生産を受託し、決められた時期に完成品を納入する、という点では基本的に何ら異なる点はない。字義通り、完成品の生産の委託を受け、委託側の指示に従い生産を行う、注文生産の企業である。逆に言えば、いずれの企業も自社が企画した製品の生産を行うことなく、他社からの注文に従って完成品を生産する受託生産サービス企業ということになる。
 ただし、より両者の存立状況を詳しく見ていくと、大きな差異も存在する。私が現時点から見て両者の間の最も大きな差異であると考えているのは、その技術の水準、および技術開発力である。かつてOEM生産を行なっていた日本の企業の多くは、委託側の企業も同様な生産を自社内でも行なっており、並行的に外部委託を行なっていた場合が多かった。さらにその委託側の自社内の生産技術水準は、日本国内として見るならば、多くの場合に先端的な生産技術水準であったと言える。逆に言えば、受託する側の企業の生産技術水準は、委託側とよくて同等の水準であり、多くは委託する側からの指導を受けるような水準であった。さらに、自立的な生産技術水準の向上という意味では、委託側の自社内での生産における生産技術水準の向上を上回る場合は、ほとんど存在しなかった。
 他方で、現代のEMSの中には、当該企業が受託する完成品についての生産技術では、グローバルに見て最先端の水準を実現し、しかも自立的に先端化を実現している企業が多く存在している。受託生産サービスの専門企業として、当該分野での競争の結果、生き残ったEMS企業は先端的な生産技術を自社内で確保できる企業であると言える。特に委託側企業がファブレスメーカーである場合には、委託する側が受託する側の生産技術面で指導するといった、かつて日本のOEM企業へ発注した委託側企業が行なったような生産技術面での委託側の優位は存在しようがない。ファブレスメーカーとしては、EMS企業の中から最も優れた生産技術を持つ企業を選択し、その企業に生産を委託することこそ重要なのである。
 また、ファブレスメーカーからの委託を中心とするEMS企業の場合、競争相手は、かつてのOEM企業と大きく異なる。技術の項目の際に言及したように、かつての日本のOEM企業は、委託する側に生産技術の優位が存在する場合が多かっただけではなく、委託する側が自社内に同様の完成品組立生産機能を保持していた。すなわち、OEM企業にとって競争相手は、同様な立場にあるOEM企業だけではなく、委託側企業の自社内生産部門も含まれていた。次に見る規模の問題も関わるのであるが、委託する側が技術的に同等かあるいはより優位な内製部門を持っているということは、受託する側のOEM企業にとって、極めて競争上不利な状況に置かれるということになる。
 多くの場合、このような取引上不利な立場にOEM企業が置かれていたことにより、委託企業側と従属的な取引関係を結び、委託企業からの経営への関与をOEM企業が甘受することも、多く見られた。しかし、EMS企業の場合は、技術的に自立的に発展し、競争相手は委託側の自社内生産部門を含まないことが多く、EMS企業同士の競争が中心となる。それゆえ、取引関係上で委託企業に対して不利な立場になるということは、その存立状況からの蓋然性としては、一般的ではないと言える。それゆえ、取引上の有利不利は、あくまでもEMS企業としてEMS企業間での競争で、優位か劣位かによって決まることになる。OEM企業が持っていた委託側企業の社内生産との競争という側面がなくなることで、取引上不利に陥りやすい状況が解消されているのが、現代のEMS企業なのである。
 また、現代のEMS企業はグローバルな市場での受託生産者の場合も多いので、その規模は大小さまざまであり、グローバル市場レベルでのEMS企業間競争で優位に立てば、グローバル市場の巨大企業となりうることになる。他方で、かつての日本国内のOEM企業は、日本市場の大きさに制約され、そして少数特定委託企業へ依存する場合が多く、その多くは中小企業であった。技術的な発展の自立性が低く、規模が相対的に小さなことからも、委託側企業との取引上で、さらに不利な立場におかれることとなった。
 また、両者は、企業発展方向性としても、大きく異なっている。かつての日本のOEM企業のほとんどは、OEM企業として特定完成品の生産技術を習得することをステップに、自社開発を実現し、自社で製品開発を行うODM企業となり、さらには自社ブランドを確立し販売市場に直接進出し、OBM企業となることを発展の方向性としていた。このような発想は、日本のOEM企業だけではなく、グローバル大のEMS大企業を多く生み出している台湾の企業の場合も、パソコンのエイサーに見られ、あるいは自転車のジャイアンツに見られるように、同様に受託生産企業から自社ブランドメーカーへの道を発展方向性として認識し、志向していた。
 ただ、実際に生じた発展方向としては、台湾でも上記のOBM企業化だけではなく、FTで紹介されたFoxconnすなわち鴻海精密工業の辿った道も存在していたことになる。自立したEMS企業自体としての巨大企業化であり、EMS企業としての優位性確立を軸とした多角的、垂直的事業展開という発展方向である。
 また、丁・潘(2013)によれば、深圳で山寨携帯電話が大量に生産された際、その基板生産の開発設計企業と基板組立企業、また携帯電話開発設計企業と組立企業は別個に存在し、それぞれ社会的分業を行なっていたとされている。その際の受託組立生産サービス企業としてのSMT企業や完成品組立企業は、外資系エレクトロニクス産業企業が深圳に進出した際に形成され、それが新たに形成された携帯電話関係の企業によっても活用されたとしている。この時期における組立受注サービス企業群は、技術水準と規模から見れば、日本のOEM受託企業と同様に、外資系エレクトロニクスメーカーの生産技術水準を上回るものではなかったし、大企業と言えるような存在ではなかったであろう。
 しかしながら、現代のEMSやファンドリーは、単に受託生産サービスを提供するだけではなく、自立的に生産技術の開発等を実現し、かつ大規模設備投資を実行可能な資本規模を保有している巨大企業を多く含む。その意味では、当初深圳に形成された受託生産サービス企業群の進化形ということもできよう。

<大小様々なEMS企業群の形成が意味すること>
 かつての日本で多く見られたOEM企業ではなく、EMS企業、完成品受託生産企業が、グローバルに数多く存在することは、何を意味するか、これが次の論点である。EMS企業はEMS企業として、激しく競争しており、競争の圧力のもとで自らの生産技術を高度化することに専心することになる。EMS企業群が自立的に発展することになり、自立的に発展すればするほど、EMS企業に委託する企業、特にファブレスメーカーは自らの完成品の企画・開発と販売に専心できることになる。同時に、既存のファブレスメーカーだけではなく、潜在的な企業家にとっても、EMS企業の多様な多数存在は、創業に際し、ものづくり方面についての資本投下をすることなく、完成品の企画と開発および販売への資本投下のみで済むことになり、参入障壁が極めて低くなることを意味する。
 すなわち、一方でのEMS企業群の発展は、グローバルな意味で多様なファブレスメーカーの簇生状況を生み出す可能性を高めることになる。また、うまくEMS企業を活用できるがどうかが、新規参入企業がより容易に目指す製品分野に参入し、市場で一定の地位を確保できるかに差異をもたらすことになろう。
 先に見た、小米のインド市場への参入、急激なシェア拡大を可能した極めて重要な必要条件として、鴻海精密工業のインドへの直接投資、EMS企業としてのインド進出という状況があるといえよう。このような状況が示唆することは、EMS企業群のインド進出は、インドで自社の完成品を販売しようとする外資のみならず、インド系企業にとっても、共有されうる産業基盤の新たな形成ということになろう。電子機械産業を中心とした機械産業の製品開発型完成品メーカー、ファブレスメーカーとしての参入を目指すベンチャー群にとっての基盤産業の形成を意味する。
 このように見てくると、当面、Foxconnのインド進出は、後発の相対的に低所得な国の顧客向けの製品の開発で、一日の長があるインド進出中国主要メーカーに有利に働いているが、これは、そのまま継続するかどうかは不明ということになる。小米が後発スマホメーカーでありながら中国市場で急成長したように、インド市場のニーズを最も的確に把握し、それに向けた製品開発に成功した企業ないしはベンチャーが、国籍を問わず、生産技術の保有の有無に関係なく、次の巨大インド市場での覇者になる可能性が存在しているということを、このような状況は意味している。
 特にEMS企業が生産技術面では先端的な状況を実現しているようになっていることは、自社内に生産部門を保有する完成品メーカーとファブレス企業が、同一の完成品市場で競争する際に、極めて大きな意味を持つことになる。外部委託するファブレスメーカーが、内製しているメーカーに同じ市場で競争上不利にならないどころか、市場への供給速度や生産技術面でも有利になるという可能性の存在を意味している。完成品の企画開発を行なっている完成品メーカーは、自社内で生産するかどうかではなく、どのEMS企業に委託するのが競争上有利かということが問題となる状況が生まれることを意味する。
 このような状況は半導体産業等ではすでに生じており、パソコンのCPUで自社内生産のインテルとAMDの競争であったが、スマホのベースバンドICでは、クアルコムもMTKも半導体受託生産サービス企業の生産技術を前提に、自社の半導体を企画開発し、生産委託し、グローバル市場に供給している。ここでは委託生産が前提で半導体メーカー間の製品開発競争が行われ、受託生産サービス企業はより微細な加工が可能な生産システムの開発を、各種の半導体製造装置メーカーとともに行っており、ファブレスメーカーは、その成果を活用しているのである。

<補足:EMS企業の存在とともに重要な製造装置メーカーの自立的存在>
 自社で企画した完成品の生産を行なっていないEMSが、生産技術で先端技術を追求することが可能となるためには、当然とも言えるが、製造装置を自由に購買し、さらには製造装置メーカーと新たな製造ラインの開発を共同で行うことができることが重要な必要条件となる。かつて、汎用コンピューターの世界に君臨していたIBMは、その当時、後にインテルやマイクロソフトに委託した部分であるCPUOSを自社内で開発し、同時に半導体を自社生産していた。それだけではなく、主要な製造装置について、自社内で開発していたと言われる。製造装置まで含めた垂直的統合企業であり、「メーカー」であった。そこでは、新規参入企業は、製造装置を含め、IBMに対応できる装置を自ら開発するか、あるいはそのような装置の開発を他の産業機械メーカーに委託することが不可欠となる。
 それに比して、現在では、主要な製造装置メーカーは、外販を主としている産業機械メーカーであり、自社専用に製造装置を開発している事例は、ほとんど存在しない。私がかつて聞き取りを行ったことのあるPC板組立の主要製造装置であるSMTSurface Mounting Technology、表面実装機)の場合も、グローバル市場で見て業界2位メーカーの富士機械製造はほぼSMTの専業メーカーであり、業界トップのパナソニックも自社内で使用するとしても、そのための生産というよりも外販向け生産が中心であり、その結果として業界トップの地位を築いている。

<現代の機械工業社会的分業構造をどう見るべきか>
 中国経済経営学会の春季大会が愛知大学で71日に開催された。そこで日置史郎氏が丁可氏との共同論文を報告した。そこでのテーマはグローバル・バリュー・チェーンと産業集積の、深圳のスマホ関連企業にとってのそれぞれの意味を、アンケート調査を基にした計量分析で解明することであった。そこでの調査対象となったのは、設計と中核的部品と組立てたPC板を供給する独立デザインハウスとそれらをまとめ製品にするインテグレーターに加え、両者を内部に統合した垂直統合企業である。具体的な中国スマホ産業のバリュー・チェーンを示した図が、同論文の図1(日置・丁、201ページ)である。そこには、ベースバンドICの供給者としてプラットフォーム・ベンダーから流れが始まり、上記の2社へとつながる図が描かれている。
 
   出所、日置・丁、2017201ページ

 その下部に、商社や部品供給企業とインテグレーターとの間に「Contract factories」と表記されている。しかしながら、本文でその存在の説明はない。これが、実際にPC板の組立を行いスマホの組立を行っている大小のEMSに相当すると、私には理解される。社会的分業の中で、この「Contract factories」が存在するかどうかによって、そもそも数多くの深圳等に存立する中国のファブレスメーカーとしてのデザインハウスや垂直統合企業と言われる企業が存立可能となっているし、急拡大も可能となっている、と私には思われる。
 単なる部品供給企業ではなく、またPC板設計(組立)と完成品設計(組立)といった、製品生産での川上から川下に向けての流れではなく、受託組立生産者が存在すること、これが重要な意味を持つ。
 なお、図1の元となった丁可・潘九堂論文(丁・潘、2013)は、スマホではなくガラ携の山寨携帯電話についての議論であり、ベースバンドICMTKが中心である。そこでは、PC板組立受注企業がSMT工場として掲載され、深圳に「1000社程度立地している」(丁・潘、2013年、111ページ)としている。部品の供給をめぐる集積の意味とは異なる、関連サービス業の集積の意味が示唆されている。金型や組立のサポーティング・インダストリーについては、同書の112ページの注8)によれば、山寨携帯電話産業形成以前の外資系エレクトロニクス企業の進出を契機として形成されたとされている。
 外資系エレクトロニクス産業の多数立地を契機に、産業集積内にこれらの組立受託生産サービス企業群が多数形成されたことが、次のファブレスの山寨携帯メーカーの簇生を可能とした。ここまではいわば日本でのOEM企業の簇生と共通しているのかもしれない。しかし、同時に、台湾系の受託生産企業に見られるように、そのような企業群の中から自立的に発展する企業が生み出された可能性がある。この点、私としての大いに知りたいところでもある。
 何れにしても、北京(や東莞)生まれのスマホのファブレスメーカーである小米(やOPPO)は、EMS最大手の台湾系企業の鴻海精密工業を活用することで、インド市場で急成長を実現し、小米は自社生産企業であるサムスンに次ぐシェア第2位のメーカーとなっている。現代の社会的分業としてのEMSの存在の大きさ、製品開発型の完成品企業にとっての重要性を示すものと言える。この意味で、EMS等の受託生産サービス企業群を、自立的な(生産)技術開発力と大規模工場への巨大投資能力を持つ存在として、社会的分業構造の中に位置付け、現代の基盤産業の中核として評価する必要があろう。同時に、このような受託生産サービス企業群による産業基盤の形成は、製品開発と新市場開拓に専心する広域にわたるファブレスメーカーの簇生の基盤ともなり、よりダイナミックな発展展開を関連産業にもたらすことになる。これらが、FTの記事を読み、私なりに考えたことの主要な点であると言える。


参考文献
Mundy, Simon2017 ‘Landmark tax reform poses threat to Indian smartphone industry (Financial Times, 4 July, 13ページ)
丁可・潘九堂、2013 「「山寨」携帯電話:プラットフォームと中小企業発展のダイナミズム」(渡邉真理子編著『中国の産業はどのように発展してきたか』勁草書房の第4章)
早川麗・伊原健作、2017 「中台勢 インド生産拡大」(日本経済新聞、75日、11ページ)
日置史郎・丁可、2017 ‘Industrial clusters and global value chains as complementary channels of knowledge and information: A case study of China’ mobile phone-set industry’ (『中国経済経営学会2017年度春季研究集会 報告レジュメ等資料』中国経済経営学会、188215ページ)

渡辺幸男、1987 『日本機械工業の社会的分業構造 階層構造・産業集積からの下請制把握』有斐閣