エントランス、
ゼラニウム、ノースポール、サルビア 、
春本番
我が家の庭とエントランスに、
本格的な春がやってきました。
庭のボケが賑やかに。
公益社団法人 中小企業研究センター編
『エフェクチュエーション・アプローチによる地場産業の新たな担い手創造に関する調査研究〜若者・女性・外国人の地場産業への参入・企業の可能性』
(調査研究報告No.138、令和6年12月、同所)
を読んで 渡辺幸男
本報告書は、私がかつて実態調査を行う際、2000年前後に大変お世話になった中小企業センターによる、最新かつ本格的な実態調査研究の報告書である。その上、当時、私とともに中小企業センターの調査に参加した当時の若手研究者が複数参加している調査研究報告書でもあり、大変興味深く感じ、勝手な形で読み進んだ。そこからの、中間的な感想を、結論部分の章にもっぱら焦点を当て、書いたものが以下の文章である。
本報告書の目次
第1章 調査研究の目的と方法 (山本篤民氏担当)
第2章 地場産業産地の動向と人材育成 (遠山恭司氏担当)
第3章 地場産業の産地における新たな人材の参入とスクールの役割
(吉原元子氏担当)
第4章 スクールの修了生における起業活動とエフェクチュエーション
(長谷川英伸氏担当)
第5章 地場産業の新たな担い手創造と産地の振興 (山本篤民氏担当)
(以上、99ページまで)
事例編 (103ページから188ページ)
本報告書は、全体として、地場産業の新たな担い手として、地場産業地域における後継者育成機関等が、地域外の人々の当該産業についての技能習熟の場となり、そのような技能を学ぶ人から起業する担い手が生まれていることに注目し、「地場産業の新たな担い手創造」につながる可能性を、実態調査を通して明らかにしようとしている。その結論部分が、第5章である。
私は、本報告書をはじめから読み始めたが、何を結論として述べているのか気になりはじめ、途中から第5章を先に読むこととした。その結果、第5章を読んで、その後、他の章にも目を通し、以下に述べるようなことを感じた。
そこで明らかにされていることは、まずは、既存の地場産業に関心を持ち、産地に設置されたスクールに、域外から来て通うようになった人が多く存在していること、それらの人々が技能習熟し、尚且つ起業することも生じていることを確認していることである。その上で、そのような経路で開業した企業家には、「既存の産地企業」と異なり、産地問屋等を通さず、独自な販路を開拓している起業・企業家が多いことを明らかにしている。その生産の性格は、手工業的製品や工芸的製品の少量生産が多い、ということも確認している。
ここから、産地のスクールを通して、当該産地が保有していた製品をより工芸的な少量生産品として再生していく志向を持った起業家の形成を確認している。産地の伝統的な製品を踏まえ、その技術を継承しながらも、市場を変え、非量産的な工芸的性格の強い製品作りに向かっての新たな開業が、スクールを通して生じているということである。
その上で、著者たちは、これらの人々に、産地産業集積の新たな担い手の創造、そして、さらには産地の再生産の可能性をも見出しているようにも見える。あえて言えば、縮小再生産であろうと、既存産業集積の再生産が、既存の完結した産業集積として可能であるかのように述べているようにも見える。それは本当であろうか。これが、まず私が感じた正直な感想である。
このようなスクールを通しての開業が、産業集積の新たな担い手の形成であることは、私も理解するが、これらの新たな担い手が、既存の「産地の産業集積」の(たとえ縮小再生産に近いものであろうと)再生産を可能とするような、新たな担い手の層だと言えるかについては、私には疑問に思えた。
その第一が、多くの産地の産業集積は、産地が主力とする完成品生産の中小企業群からなっている企業だけの集積ではないということである。当然のことながら、産地内は部品や工程等での細かな社会的分業が形成され、それらの社会的分業の担い手の相互の繋がりの中で再生産しているのである。
本報告書で注目されているのは、そのような社会的分業の担い手の存在を前提にした上で、手工業的な少量生産に特化した工芸的な生産者群の新たな形成であると思われる。そのような人々が形成されていること、しかもある程度の層として形成されていること、それ自体は調査結果そのものであり、その通りなのであろうと、私にも理解できる。しかし、その人々が、その生産を行う上で、旧来の産地内の社会的分業にどの程度依存しているのか、この点がよくわからない。これがわからないことで、新たな質の企業家層の形成、スクール卒業の外部からの人材の企業の持つ意味を、産地型の産業集積の今後を考える上で、どう見るかが変わってくることになる。
新たなタイプの起業家層の質と量の2つの問題なってくるであろう。質として検討すべきは、工芸的少量生産者として起業することで、旧来の社会的分業に依存せず、川上から川下まで、主要な行程を内製化する可能性である。芸術的な製品を単品生産する工芸作家の多くは、工程の外注をせずに内製化している、といった事例を仄聞している。
もう1つは、少量生産のスクール出身の起業家群が、どれほどの大きさの外注を行うかと言う量的な問題である。量産的な生産について産地問屋を通してこれまでの中小企業が受注していた場合、当然のことながら、それに応じて少量生産の場合に比したならば、一企業あたりで見て比較にならない量の外注を実行していたと言える。それに相応するような外注量を実現できる分厚い工芸的少量生産企業家層を形成することが可能なのであろうか。残念ながら、この調査報告書を通しては、そのような極めて多数な小規模企業家層の形成を示唆するような状況の紹介はない。あくまでもそれなりの数のスクール卒業者の少量生産者としての開業が確認されているだけである。
そうだとすると、産地産業集積としては、スクール出身の小企業層の形成は、その再生産のために、存在しないよりはマシだが、それが中心となることで産地産業集積としての社会的分業関係を含めた再生産が可能となるとは言えそうにもないことになる。
もしそうであるならば、工芸的な小企業が起業する場としては、旧来の産業集積は機能することができるが、産業集積そのものの再生産、その社会的分業を含めた再生産を保証するものとは、到底言えそうにないことになる。
私が2000年代初頭に調査した産業集積にすでに垣間見られたように、既存の産業集積それ自体は、単独の産業集積として(たとえ、縮小再生産であろうと)再生産していく展望は、スクール出身の新たなタイプの小起業家が簇生したとしても、本格的なものとして開けない、ということになるのではないか。
本章のタイトルは、「地場産業の新たな担い手創造と産地の振興」である。「新たな担い手創造」それ自体は、本調査から十分言えると思うが、それが「産地の振興」、少なくとも産地内社会的分業の(たとえ、縮小再生産であろうと)再生産を可能とする規模で生じるのかは、本報告書の調査範囲内では、見えてこないといえよう。私の勝手な想像だが、この新たな担い手の性格からして、既存の産地内基盤産業企業にとっての重要な需要家群となることは、質量両面から、ほぼ不可能ではないかと推測される。どうであろうか。
本報告書で扱っている新規創業者群が、それぞれなりに関連産業の存在を必要としているであろうことは、量的な大きさを別とすれば、十分私にも想像できるし、理解できる。そうであれば、ネット通信環境や宅配便等の物流環境が、大きく進展している状況を踏まえるとき、なぜ、旧来の産業集積ごとの完結した社会的分業構造にこだわっているように見えるような、産業集積単位でのみ物事を考えているように思われるような叙述をおこなっているのであろうか。もっと真正面から、旧来の産業集積を越えた社会的分業を利用した、工芸的新規開業企業を紹介するなりして、産業ごとの広域的な、あるいは産業をも越えた広域的な社会的分業の中で、新たな起業家が、各地のスクール等を通しても、形成されている、という形で述べないのであろうか。なぜ、ここまで旧来の産業集積単位の議論にこだわるのであろうか。それとも、このような認識の仕方には、私が理解していない、実態的な根拠が存在するのであろうか。
実際に、スクールの卒業生の中には、かなりの数、スクール立地の産業集積地域内で開業立地するのではなく、地域外で同業種系の職種に就業する例が、本調査報告書の事例の中でも、豊岡のかばん産地の例などで紹介されていた。
実態から見ても、すでに2000年ごろでも、既存産業集積いわゆる産地産業あるいは地場産業を越えた取引関係、社会的分業関係に依存する、旧集積内中小企業が、多く形成されていたことは見えていた。また、近年もそのような事例は、執筆者諸氏自身が積極的に評価しているかどうかは別とすれば、本報告書の執筆者達を含め、多くの産業集積研究者による実態調査報告からも垣間見られている、と私には思えるのだが。どうであろうか。
今ひとつ気になるのは、事例産業集積が、機械金属工業関連の産地、産業集積を対象としていないように見えることの意味である。産地型の産業集積の中で、機械金属工業に属すような集積も、これまで数多く存在していた。そのような集積の事例は、本報告書では、全くと言って良いくらい事例として取り上げられていない。なぜなのであろうか。1つ考えられることはスクールとして取り上げる対象として、その技能があまりにも多様であるという、機械金属工業の特徴があるのかもしれない。あるいは、1990年代にすでに広域的な分業形成に巻き込まれ、産地として完結した構造がほぼ完全に解体していることによるのかもしれない。
何れにしても、産地型の産業集積として、本報告書で取り上げた事例の性格を、地場産業としても一定の業種に偏って取り上げていること、そしてその理由を明確に示しておくこと、これらが欠けており、これらに言及することが調査報告書としては必要なことであったのではないかと思われる。
具体的に事例を述べれば、私が調査した経験を持つ燕の金属洋食器や、あるいは川口や岩手の鋳物産地といった事例である。機械金属系の産地型産業集積は、本報告書で取り上げられているような繊維や雑貨関連の産地型産業集積とは、大きく異なった展開を示しており、それらの展開をも念頭においた上で、スクールと既存産地型産業集積の再生産の議論を展開する必要があったのではないだろうか。このような疑問を感じた。
いずれにしても、本報告書は、地場産業集積の今を、スクールからの卒業生に焦点を当てることで、これまでの視角からの研究とは異なる可能性を、国内地場産業とそれについての研究に関して見出している、あるいは見出そうという努力をしている研究の成果であると言える。
すでに自ら実態調査を行うことを完全にやめた元実態調査研究者、否、元研究者にとっては、眩しく感じられるような実態研究とその成果である。それゆえにこそ、あえて勝手な注文を行ったといえる。せっかくの実態調査の成果を、より豊かに活用していただきたい、というまさに「老婆心」からといえる。
近年個別経営の可能性を追求するような研究が、ともすると中小企業研究には多くなっている。私としては、本報告書のように、とりあえず個別中小企業の経営戦略がらみの議論から離れ、中小企業の置かれた産業実態を解明し、その意味を追求する研究を渇望している。その意味で、大変興味深く感じた報告書であり、あえて勝手な意見を、展開し、それを自らのブログに掲載した次第である。
正月に想う BRICSとは
渡辺幸男
私は、2000年に縁あって中国の中小企業、とくに工業中小企業の発展とそのための政策についての日中共同の調査研究プロジェクトの日本側主査を務めることとなった。それまで日本国内の日系企業からみた海外進出先として中国等を、日本国内からだけ眺めていた日本の中小工業企業に関する研究者であったのが、この時を機会に、中国の現地中小企業の形成そして再生産や発展をそれ自体として観察し、評価することとなった。また、その際、丸川知雄氏や駒形哲哉氏といった中国現地企業に対して直接聴き取り調査をし、中国の工業発展を考察していた(当時の)若手研究者とともに聴き取り調査に従事することができた。主査とは言え、実際には、中国経済については全くの素人であった私は、彼らに事実上導かれながら、ようやく聴き取り調査研究に従事し、主査としての役目をそれなりに果たすことができた。
そこから、新興工業国、BRICSの一角を、自らの研究対象とできるレベルで知ることになった。中国工業中小企業への聴き取り調査等を通して中国工業の発展の独自性を認識し、中国経済の持つ可能性を見たことで、BRICSと呼ばれるその他の主要な後発工業化国についても関心を持ち始めた。特にロシアとインドそしてブラジルについては、現地調査等を行った著作、数は少ないが、その日本語で書かれたいくつかの著書や論文を読む機会も持つことができた。私のブログ、「渡辺幸男の晴耕雨読日誌」でもいくつか、そのような国についての論考や記事を私なりに紹介し、検討してきた。
そのような私にとって、BRICSの中で最も抜けていたのが南アフリカの現状、特にその工業に関する状況であった。そんな中、FTの新年1月3日の号で、BRICSの一翼である南アフリカ共和国のインフラ、特に水道インフラの悪化について、ヨハネスブルグの例が紹介されていた(Rose, R. & M. Mark ‘South Africa. Essential services Johannesburg bears brunt of water crisis’, FT, 3 January 2025, p.4)。南アは、近年BRICSの一角として注目されているが、そこで紹介されていたインフラの状況は、実に悲惨なものだった。
インフラ整備が進まないということではなく、水道事業について、既存のインフラの維持更新ができずに、これまでの水準を維持できなくなっている、ということが紹介されていた。その中で興味深かったのは、行政の担当者が、専門性で選ばれることなく、コネで役職についているため、メンテナンスや補修が不適切になるという指摘である。根本的な管理システムの人材育成採用システムが構築されていない、少なくとも人材供給の面では、ということになる。官僚が、本来的な機能的な意味で採用された官僚ではなく、役得に向けての情実人事で採用された官僚ということなのだろうか。
結果として、ヨハネスブルグの経済は、BRICSの一角を担う南アフリカの中の最大都市にも関わらず、ここ10年間のGDPの伸びで見ても年1%を下回り、実質的に停滞しているということだ。何をか言わんや、である。インフラの整備そしてその維持、適切なメンテナンスは、経済発展のための第1の必要条件である。それがなされていない、という紹介、そして、その結果としての経済の停滞状況は、衝撃的だった。少なくとも南アフリカ経済を具体的に知らない私にとっては。
グローバルサウスの代表格の1つである南アフリカの中の最大都市ヨハネスブルグでのインフラの維持の困難、そしてその悪化、結果、水道がダメになる。こんなことが、今生じている。どう見たら良いのであろうか。アパルトヘイトの体制下で構築されたインフラ、それが生かされず、解体しつつある。このような南アフリカの状況は、この国を発展するグローバルサウスの代表的な国々の1つとして見ることに対して、疑問を呈することとなろう。人種差別の極限を示していた旧体制を乗り越え、そこで構築されたインフラを活かし、維持改良し、より幅広い人々のために使う、というのが民主化した南アフリカのあるべき姿と思われるが。それができずにいるのが、今の南アフリカのようだ。
BRICSという時、そこに含まれる各国と各国経済は、同様の水準や、同様の発展展望を持っている後発工業化国ではない。ブラジルは、南米1位の人口規模のもと、豊富な鉱物資源や農産物を輸出し、経済発展を遂げつつある。ただし、1次産品の輸出国としての発展が中核で、工業発展そのものは、部分的のようである。昨年暮れにロシア上空で撃墜されたと思われる旧ソ連を構成していたアゼルバイジャンのアゼルバイジャン航空の小型ジェット旅客機エンブラエルの製造元、エンブラエル社に見られるように、一部には、国際競争力を持つ自生的工業企業も育っている。が、自動車生産等は外資系企業のブラジル内生産が主導しているようである。
ロシアは、旧ソ連時代には「先進」工業国であった。国際競争力はないが、20世紀後半において、ジェット旅客機製造企業を含め多くの産業で先進工業分野の企業を国内企業としてもっていた。ソ連解体の後、市場経済化し、そのもとで、多くの(先進工業を含めた)工業分野は国際競争力を持たないことを露呈し、軍需製品生産企業を除いて解体したようである。その代表例が、ジェット旅客機生産産業であり乗用車工業であろう。そして、ソ連解体後、30年余を経過し、その中核的存在であったロシア連邦は、対外バランスから見ると、農産物と石油や天然ガスといった鉱業製品、すなわち一次産品が輸出競争力を持ち、半導体や電子機器等の先端工業製品をほぼ全面的に輸入に依存する非先進工業国となった。
他方でインドは、未だ先進工業企業としての存在感を世界市場では示していないが、先進工業分野の人材は豊富に育ち、インド内外での活躍が目立っている。この事実をどのように評価すべきか、難しいところである。また、世界一の人口大国だが、その人口規模が巨大な国内市場を形成し、その市場が先進工業発展をめぐる自国内企業の切磋琢磨の場になっているとは、どうも言えそうもない。電子機器等の分野では、中国系企業の進出が際立ち、それをいかに抑え、自国系の企業を育てるかが、当面の課題となっているようである。国内市場の大きさを活かせていないように、側からは見える。その理由は、実際にインドの産業を見ていない私には、よくわからないが。
それに対して中国であるが、今や、世界の先端をいくはずの米国経済、そしてその国のリーダーから、最大のライバル国とみなされるようになってきた。20世紀末に、日本とその工業が、米国から、その経済覇権を脅かす存在として、ある意味で敵視され、あるいは覇権国家への道を潰す行動を、米国政府によってとられたように、今や、当時の日本経済以上に、米国の経済覇権を脅かす存在として、中国とその工業がみなされている。
また、中国とその経済はグローバルサウスのリーダーとなりつつあり、ウクライナ侵略で目一杯のロシア連邦の後ろ盾として、ロシアからの1次産品輸出を対価に、先進工業製品をロシアに供給する主たる経済ともなってもいる。グローバルサウスの発展と経済力の中核的存在とも言える。ロシアのウクライナ侵略の膠着状態化によって、ますます中国の経済力、工業生産力が、BRICSの中で目立つようになってきた。
そして、先の南アフリカである。当初のBRICsのSは小文字であり、中国までの4カ国を指していたようだが、南アフリカを加え、大文字のSを使うようになった。本当に南アフリカはグローバルサウスを代表する、発展する国なのであろうか。金等の鉱産物の生産は、相変わらず活発のようであるが、工業国としての発展、そのためのインフラの整備、それどころか維持も問題であるというのが、先に見たFTの記事の内容とも言える。
グローバルサウスの代表格、BRICS5カ国について、それぞれの経済の現況は大きく異なり、世界経済の中でその存在感を高めるような、自律的な経済、工業発展の展望を持つかどうか、どうも5カ国の中でも大きな差があるように、私には見える。(元)産業(発展)論研究者として、ますますそれぞれの国の工業の実態について知りたくなった。中国については自分で2000年から10年余にわたり実際に見ることができた。しかし、インドやブラジルの工業については日本語で書かれた調査研究を手に入れ、眺めただけであり、そのような文献さえロシアについては数が少ないと言える。また南アはもっと私には遠い存在である。
5者を比較し、その存在の意味と展望をそれぞれについて考えたいのだが。さらには、かつては豊かさを誇ったアルゼンチン経済が、ミレイ大統領のもとで産業発展をどう遂げられるかも気になる。
そして、インドネシア、タイ、マレーシア等の東南アジア諸国の工業発展、これも、漏れ聞くところでは、大変興味深そうである。
いずれにしても、自分で調査に行き、聴き取り結果等を使って、独自な議論を展開する体力(知的を含め)はなくなっている。しかし、関心はあるので、誰か、実態を見、その結果を日本語で報告してくれないだろうか。それを常々考え、その成果を探し回っている。
これらから多くを知り、学ぶと同時に、それらを比較検討し、日本、そして中国の産業発展を見てきたものとして、それらの国の産業の発展のあり方を眺め、私なりに是非楽しみたいと思う、今日この頃である。
研究者としての知的体力は顕著に減ったが、工業発展についての関心、それを検討する議論を眺め、自分なりに考えてみたい気持ちは、依然として存在しているようである。
乙巳元旦
謹 賀 新 年
明けましておめでとうございます。おかげさまで、今年も、新年を、夫婦ともに、それなりに元気に迎えることができました。感謝、感謝です。
暮れから子供や孫が多数、我が家に帰ってきて、賑やかな正月を迎えています。夫婦二人で過ごしている我が家、普段は広い家で、子供が家族連れで遊びにきて泊まることも多いのですが、それが一家族だけだとあまり普段と変わらないのですが、子供五人とその家族が揃うと、かなりいっぱいになります。
元旦の朝、次から次へと居間に集まり、ゲーム等を始めた孫たち、その数が数名を越すと、きわめて賑やかになり、普段の我が家とは異なった雰囲気となります。正月の楽しみです。正月元旦の我が家恒例の集まりには、これに私の妹夫婦たちも加わり、今年は総勢23名になりました。いつまで続けることができるか。準備の中心を担う妻の元気次第ということでしょう。暮れから正月にかけての準備、その中心にある我が家流のお節料理、ローストビーフ、煮豚、お刺身、それにお煮しめ、その多くを妻が作り準備します。ここ数十年の年中行事ですが、妻の気力と体力はたいしたものです。私は、多少の手伝いレベルでしか参加できません。我が家流の正月の集まりを長年にわたって続けて来られているのも、妻のパワーのおかげです。ここでも、感謝、感謝です。
下の写真は、今年の元旦の集まりの際に妻が用意してくれた料理の中心部分です。これらを、このテーブルに着席した私たちは妹夫婦4名と6名で、楽しみました。孫たちも時々摘みに来ましたが。もちろん、五人の子供たちとその家族には、もう2テーブル用意され、そこにもお節は同様にセットされているのですが。
私の昨年は、2022年度、2023年の3月をもって、中小企業研究奨励賞の審査委員の職も退き、研究者としての仕事から完全に解放(?)されました。読みたい本を年末まで、好きなように読み、2年近くを過ごした気がします。(1日に公開したこのブログでは、1年間違え、「2024年の3月をもって」と書いてしまいました。満75歳になったのを期に辞めたにも関わらずです。お詫びし、訂正します。こまったものです)中小企業研究関連の著作は数冊のみで、地球の歴史、生物の歴史、人間の古代史、これらの研究の入門書の新しいものを、片っ端から読みました。ネットで注文すれば、翌日には多くの本は届きます。1960年代の学生時代、ゼミに入った頃から、工業経済や中小企業を中心とした経済学の分野以外の研究については、興味がありながら、当時一番関心があった中小工業研究に関連する著作の読書以外は、ほぼ禁欲してきました。その反動もあり、いろいろな学術分野の入門書、その21世紀に入っての研究成果を紹介するものを、好みに従い、新聞や雑誌での紹介に従い読んでいます。乱読もいいところです。
その一方で、私が研究対象としてきた産業論関連では、ロシアの旧ソ連以来の工業変化、これを知りたくいろいろ、こちらは専門文献や調査書を探し、うまく日本語のものが見つかると読んで、感想文をブログに書いています。ただ、ロシアの工業の現状についての日本語文献は、たまにしか出版されず、欲求不満に陥っています。
計画経済下での旧ソ連工業としてのロシア工業、それが、市場経済化したことでどのように変化したか、変化しなかったのか、なかなか見えてきません。ロシアと中国との展開の違いを見たくてしょうがないのですが。残念ながら私の視野には、真正面からこの問題を論じている日本語文献は全く入って来ないといった状況です。世界市場での市場競争力はなかったが、先進的ではあった旧ソ連の工業、その現在が見たくてしょうがないのです。
断片的な情報を通して見る限り、現ロシア連邦は一次産品の輸出に専ら依存してそれなりの豊かさを追求する、先進工業育成を放棄した経済にしか見えてきません。国際競争力はなかったが、先進的であった旧ソ連のロシア連邦内に立地していた工業生産力は、どうなったのでしょうか。その担い手であった人々はどこに行って、何をしているのでしょうか。そして、計画経済では何が可能で、市場経済がもたらすものとどこで何が違うのでしょうか。私なりに考えていきたいことが生まれてきているこの頃です。
今年、このような点についても、少しでも理解が深まれば、嬉しいのですが。