2022年5月20日金曜日

5月20日 ロシア工業の「非工業化」とウクライナ侵略、それらが意味すること

       ロシア工業の「非工業化」とロシアのウクライナ侵略、

それらが意味すること

渡辺幸男

はじめに

 ロシアがウクライナ侵略を開始して、3ヶ月近くが経った。ロシアの侵略について、プーチン大統領が侵略当初思い描いていた姿、意図した形では進展していないことは明確である。短期にウクライナに傀儡政権を樹立し、勝利宣言をするというシナリオは、完全に崩れた。長期戦の様相を呈してきている。

 そこで問題となるのが、ロシアの兵器生産能力である。ウクライナに対しては、米欧諸国が、NATO加盟国を中心に積極的に防御的な最新兵器を中心に供給を進めており、米国の兵器生産大手、ロッキード・マーティン等も本格的な増産態勢に入ったと伝えられ、供給が途絶えたり、一気に減少することなどといった事態は、当面考えられないであろう。

 他方で、ロシアの状況はどうであろうか。私は、かねてブログで、ロシアの「非工業化」の進展を議論してきた。ロシアの工業生産の停滞ないしは縮小を、ルーブル昂騰による一時的現象としての「オランダ病」(例えば、吉井昌彦・溝端佐登史編著、70ページ、あるいは、田畑伸一郎、27ページ)とみなす見解も多々見られる。しかし、私は「オランダ病」という認識の前提にある為替変動如何で工業生産が回復する可能性が存在するようなのが、今のロシア工業の状況ではないと考えている。ロシアの「非工業化」が、旧ソ連の解体後の30年間、着実に進行し、ロシアの勢力圏内で工業生産を完結できなくなっている、すなわちロシア勢力圏内完結型工業生産体制ではなくなっているだけではなく、フルセット型、すなわち輸入にも依存するとしても、ロシアの勢力圏内で、最新半導体や産業機械等を含め、一通りの工業製品をそれなりの量で本格的生産が可能な工業構造を持つという意味でのフルセット型の工業生産構造でもなくなっていると見ている。つまり、ロシアでは、主要工業製品が輸入に代替される「非工業化」、重要な工業製品生産部門の多くの欠落が顕著に進展し、為替レート如何でフルセット型の国内工業生産が復活する可能性が存在するような構造ではなくなっている、と見るべきだと考えている。これが「非工業化」と私がよんでいることである。

 まず認識すべきことは、かつて旧ソ連の時代、ロシアが宇宙航空機産業そして核兵器製造等を含め、ロシア工業は旧ソ連圏内完結型の工業生産構造を構築していた、という事実である。ロシア共和国を中心に、旧ソ連圏内で、工業製品の部材や、工作機械といった資本財をはじめ、全ての消費財を生産していた。ただし、その特徴は、市場の競争にさらされることのない、司令経済の下での生産体系の地域内構築であった。全てを作れるが、国際競争力を持てた工業製品は兵器等が中心であり、その他の工業製品のうち国際競争力を持っていたのは、域内の豊富な天然資源を基にした天然資源の一次加工品止まりであった。全て域内で生産可能であった日用消費財、耐久消費財、設備機械、いずれも旧ソ連圏にとっての域外市場で競争力を持つものではなかった。

 これらの点を、以下では、藤原克美氏の研究成果を利用して、まずは見ていく。その上で、その補強材料としてジェトロによるロシアの工作機械工業調査を紹介する。その結果を踏まえ、貿易面でどのようなことが生じているかを、いくつかの研究や統計を紹介しながら確認する。これにより、私のいう「非工業化」がロシアで本格的に進行しており、現状の天然資源輸出中心の経済国としての世界経済での位置から、国際経済上で抜け出すことは、ロシア経済にとっては短中期的には非常に困難なことを示す。

(なお、本稿は、私のロシアの工業の現状についての認識とその根拠を、より明確に示すために、本ブログに既に発表したいくつかの論考に、新たな書き加えと再編を行い、1つの論考としたものである。)

 

1 藤原克美氏の研究の含意

 以下の部分は、藤原克美(2012)を読み、ロシア工業の最近の動向を基に、「工業化」とは何かを考えた結果についてのものである。本書を取り上げたのは、その著作で描かれたロシアの繊維産業の状況とその変化が、(ロシアの)近年の工業化ないしは工業構造の変化とはどのようなものかを考えるうえで、大変興味深いものであったことからである。それゆえ、本著作を取り上げ、紹介し、いくつか私が考えたことを提示した。

なお、私は、ロシア経済について全くの素人であるので、入門書等をも多少参考にしながら、同書を検討した。より具体的に言えば、検討課題は、同書が言うところのロシア繊維産業(主として布帛(織布)・アパレル(縫製)生産)の「再編」とはどのようなものであるかである。産業としての復活過程なのか、ロシア産業高度化の一環としての繊維産業の縮小ということなのか、それとも、ロシア産業構造劣化の象徴的存在なのか、という疑問である。この点に対する見解と、その理由・根拠を考え、本節のまとめとする。

a  旧ソ連時代の工業の概要

 まず、藤原著の「表1−4工業部門別従業員数」(藤原、2728ページ)を通して、1940年と1980年の従業員数を比較すると、全工業で1300万人余から3159万人余へと、約2.5倍に増えている。そのうち、機械工業だけでも1940年には全体の4分の1強であったのが、1980年には1561万人と工業全体の半分近くなり、繊維工業中心の軽工業も521万人と3分の1を占めている。旧ソ連では、28千万人の人口のうちの3千万人以上が工業人口であり、かなりの工業国と言え、そのなかでも、特に機械工業の大きさが目立っていた。

 また、繊維機械の生産も1986年には織機だけで2万台を超えていた(藤原、表2-1040ページ)。しかし、それから14年、ソ連解体後の2000年には織機の生産は113台へと激減している(藤原、表8-9153ページ)。ちなみに、日本の2013年の織機の国内生産は1万7千台である(『平成25年 経済産業省生産動態統計年報』)

 さらに織布生産での生産性の上昇率について、1960年を100として1990年の状況で見ると、一人当たりの織布生産量はフランスでは3倍に増えているが、旧ソ連では1.5倍、50%増にとどまっている(藤原、図2-443ページ)。また()労働省『労働生産性統計調査報告』を利用して、1970年を100とした生産物単位あたり所用労働時間指数を見ると、日本の綿紡績では1959年が199.91973年が73.3であり、綿糸の時間当り生産量は約半分の14年間で2.7倍になっている。旧ソ連での生産性の上昇率の低さが目立っている。

 このように旧ソ連には、機械工業を中心に工業生産部門が主要生産部門として存在していた。同時にそれらの生産性の伸び率の低さは、極めて顕著であることが示唆されている。元々生産性が高いとは言えない旧ソ連の工業部門であるが、戦後西側諸国の工業部門の生産性がそれなりに上昇していく中、それに取り残された工業部門が旧ソ連の工業部門であると言えよう。

b) 旧ソ連解体後のロシアの状況

 旧ソ連時代においても工業部門の拡大は順調ではないことが示唆されるが、旧ソ連以後のそれは、工業部門それ自体の顕著な縮小、ないしは消滅が生じたのである。ロシアの部門別生産量について1991年を100としてみると、2009年には、燃料・エネルギー部門は120だが、機械工業全体で40となっている(藤原、図8-1146ページ)。特に、乗用車を除く機械部門は急減している。すなわち、乗用車は1992年を100として2005年には110.9100を上回っているが、冷蔵庫は87と多少の減少だが、金属切削機は9、プレス機も9であり、トラクターは7となっている(藤原、表8-3149ページ)。産業用機械の生産は1割以下への減少と、激減している。繊維産業機械について見ても、199018千台余生産されていたものが、2000年には113台と1%以下に減少している(藤原、表8-9153ページ)。

  藤原氏の関心は繊維製品の生産にあるが、その関連で示される繊維機械の生産は、繊維製品以上に壊滅的な状況となっている。旧ソ連時代にソ連内で作れたものが、旧ソ連解体で開放経済化した途端、ほぼ工作機械をはじめとして、産業機械生産全般が消滅に近い状況となったことが垣間見える。

 このような統計的事実を踏まえながら、藤原氏は、繊維製品のロシア内生産企業についても、「低品質・高コスト構造をソ連から引き継いだロシアの繊維企業は国内市場で充分な競争力を持たなかった」(藤原、233ページ)とし、「市場競争を基礎に生産の拡大を目指す企業も存在する」し、「ごく一部の企業には、グローバルな競争の下でも生存の可能性がある程度残されている」と述べ、「これらの企業のターゲットは、寝具や子供服といったニッチの領域」(藤原、232233ページ)と述べる。「各経済主体に埋め込まれたソビエト的な行動様式は、このように根強いもの」であり、「私的所有が生まれ、市場の競争圧力があっても、それは自動的には生産性の上昇をもたらさないことを示していた」(藤原、234ページ)とまとめている。

繊維製品とそれを生産するための繊維機械、これらの工業分野は、旧ソ連には幅広く存在し、国内供給を担っていたのだが、市場競争を通して、生産性を高め、その中でより生産性を高めた企業が生き残り、全体としての工業生産を拡大する、というメカニズム、資本主義的競争的市場経済では当たり前のメカニズムが、旧ソ連解体後のロシアでは働かず、国内生産の壊滅的崩壊となり、工業製品の幅広い海外依存が生じたことが紹介されている。

 

2 広範な工業発展がない中での軍需産業関連の発展をめざす政策の実現可能性?

広範な工業発展がない中で、「「イノベーション・シナリオ」というものが想定され」「重視されている製造業部門は、航空機産業、ロケット・宇宙産業、造船業、無線電子工業などである」(吉井・溝端、6869ページ)といった発想は存立可能なのか。これらの産業の発展あるいは維持は、「非工業化」しているロシアにおいて実現可能であろうか。

 ロケット・宇宙産業以外は、市場経済下では、民需市場に大きく依存し、そこでの生産力を転用し、軍需での高い開発水準と相対的に安価な調達を実現している。ロケット・宇宙産業も同様な方向に進もうとしている。民需市場を確保するだけの能力に欠ける、事業単位としてのロシア軍需企業が、海外市場を含めた民需市場を前提にした、企業経営を実現できるのであろうか。使用価値的には造れるが経済的に競争力あるものについては造れないのではないか。

 日本の企業が世界の半導体市場を256kDRAMで圧倒していた1980年代、同時代の旧ソ連圏内の東独でのDRAM製造が象徴的なように、製品開発はなんとかできるが、一個あたり生産にはべらぼうなコストがかかり、競争力のある製品とはならない可能性が高い。民間市場での競争力がなく、国内軍需で支えられ、それゆえ市場競争力志向が失せ、市場競争力の回復可能性を喪失、という悪循環が生じる。今のロシアの兵器製造企業の状況は、先端的な兵器を造れるだけに、なおさら質(たち)が悪いと私には思える。

 中国企業の場合には、相対的に安価な製品を量産的に生産可能であるし、市場競争力を持つ分野を確保し、グローバル展開が可能である。ロシアでは、この部分がなく、使用機械や部材等を含め、全部をロシア内で生産するならば、相対的にみてきわめて高コストだが、最終製品としての先端的な兵器については、競争力のあるものとして一応製造できる、このことの悪循環が存在する。

 民需市場に大きく依存する量産型機械工業の存在がない中で、一品生産的な上記産業を支える、相対的な低コストを実現することが可能となるような機械工業の基盤産業を保有することができるのであろうか。私の理解する機械工業論からは不可能と判断される。その部分を輸入に依存するのであれば、それなりに可能となる。今の工作機械や先端半導体の対外依存状況から見て、まさに、ロシアの競争力ある兵器産業は、このような状態にあるといえよう。競争力ある兵器生産を維持するためには、資本財や部材については対外依存せざるを得ないということになり、国内生産へシフトする可能性は、極めて小さくなる。

 このようなロシアの状況は、戦前の日本の軍需生産にも近い。最高水準の兵器を設計開発し、製造機械と一部部品がそろえば兵器の量産的生産もできるが、決定的な製造機械と部材は輸入依存という状況である。戦争が始まり、輸入が途絶えると、工作機械が耐久年数を超え、兵器の品質が顕著に低下する。これと必ずしも同じ状況ではないが、これとの類似性もロシア兵器産業には垣間見られる。

 まさにウクライナ侵略開始で、その戦争が長期化する中、この問題が、半導体不足や工作機械の陳腐化といった形で表面化しつつあるのではないかと、私には思われる。

 

3 ジェトロレポートにみるロシア工作機械の国内生産と輸出入の状況

 かつて実態調査を踏まえ、統計的事実も念頭におきながらも、実態調査から示唆された工業発展の論理を、日本の高度成長期とそれ以降そして中国の改革開放後について見てきた元産業論研究者である私としては、現在のロシアの工業諸部門、軍需産業部門も含め、そこでの競争と投資の具体的姿をぜひみることにより、私のいうロシアの「非工業化」が実際に進行しているのかどうか、それとも、「オランダ病」として理解可能であり、為替レート次第で再発展する工業が依然ロシアには存在しており、私の理解は間違っているのか、自分の眼で見て確認したいところである。しかし、知的体力の顕著な弱化と調査環境の悪化の双方で、今の私には、このようなロシアでの実態調査は不可能となっている。

 同時に、邦文でのロシア経済研究は、多く出版されているが、ロシア工業の実態、軍需産業を含め、その実態から工業の発展展望をおこなっている、あるいは調査報告をしているものは、ほとんどない。藤原克美氏のロシア繊維産業の研究が、私が接した唯一に近い、実態研究を踏まえたロシア産業についての著作といえる。なぜ、日本のロシア経済研究者は、ロシアの工業発展の論理を、その実態にまで踏み込んで議論しようとしないのであろうか。それともかつての中国のように、実態に踏み込むことは、日本の研究者には許されていないのであろうか。

 このような欲求不満に陥った元産業論研究者が、たまたま見つけることができたのが、ジェトロのレポート『ロシア工作機械市場概況』(2021)である。ジェトロがロシア現地の調査機関に委託してまとめた調査研究レポートであり、ロシアの工業の中核の1つを占めているといえるロシア工作機械工業の現状についてのレポートである。

 本レポートで私がまず注目したのは、ロシア国内での金属切削加工機械生産台数と輸入台数の開きである。本レポートの「図2 ロシア国内における金属切削加工機械の生産台数」によれば、2020年には国内生産台数は4,331台であり、ここ数年4,000台前半を行き来する状況である(ジェトロレポート、6ページ)。他方で、同年の海外からのロシアへの金属切削加工機械の輸入台数は、68万台余であり、これまたここ数年での大きな変動はない(ジェトロレポート、7ページ)。この状況について、本レポートでは「品質の低さから国内生産品へのニーズが急増することは考えにくく」(ジェトロレポート、6ページ)と述べている。(ここでいう「金属切削加工機械」がどのような範囲の機械を指しているのか、本レポートを見る限りでは、よく分からない。近年ではホビー用の旋盤等も多く存在しており、本格的な金属加工用の切削機械なのかどうかは不明である。注意をしてこの図を見るべきだとは感じているが、いずれにしても、その数字の乖離はあまりにも大きく、金属切削加工機械が輸入依存であることについては歴然としている)

 ロシア国内生産台数は4千台強、輸入台数は68万台、台数比では国内生産は輸入の1%以下ということになる。しかも、市場環境が変わっても品質ゆえに国内生産品への需要が増えることは考えにくいと、レポート自体は結論づけている。機械工業の要の1つである金属切削加工機械1つとっても、ロシア国内生産はごくマイナーであり、品質面で輸入品と競合できるものではないとの指摘が、本レポートの指摘の中核部分といえよう。もちろん、国内生産台数には、外資系企業のロシア国内生産であろうとも、あるいは、単なる組立だけをロシア国内で行っていても、統計的に国内生産に含まれることになるであろう。そうであるにもかかわらず、68万台と4000台の開きがあるのである。

たとえ、輸入が途絶したとしても、毎年輸入していた60万台余を実績として1万台も達していない国内生産で補うことは、質量共に、一朝一夕では不可能であることは、火を見るよりも明らかである。なぜ、このような状況を「オランダ病」といった為替レートゆえの不振ということができるのであろうか。工作機械、この場合は金属切削加工機械に限定されてはいるが、そのほぼ全面的な対外依存への移行状況は、「非工業化」そのものといえよう。

 同時に、ロシア政府そのものは、この問題の存在と重要性に気がついていて、2017年には国内工作機械工業の復活を目的とした助成金政策を実施しているとのことである(ジェトロレポート、11ページ)。ただし、その目標年次は2030年であり、10年以上の期間をかけての復活への施策であり、為替レートが変われば復活するような状況ではないことを、ロシア政府自体が自覚しているということであろう。なお同レポートによれば、旧ソ連末期のソ連製工作機械の国内シェアは94%であったという識者(1)もいるとのことである。

 30年間で、ロシア国内に設置された工作機械の多くが外国製になり、とくに新規投資される工作機械の圧倒的部分が輸入製品となった。その状況を多少なりとも方向転換させることを目指す政策が、すくなくとも10年以上をかけることを目処に目指されている、ということであろう。国内需要に応えていた自国系企業の国内工作機械産業が消滅し、それを再生するために10年以上の月日が必要と、ロシア政府自身が自覚しているのである。実際のところ、このような助成金政策で復活可能だとは、私には思えないが。

 ロシア国内企業が、ロシア国内で外国製品そして外資系企業が参入困難あるいは参入意欲を持たないような独自な市場を見出し、それをめぐって国内企業間の激しい競争が行われるような市場分野、そのような分野を開拓し、そこでの先端化を軸に、他の分野へのその波及で国際競争力を実現する。こんなシナリオが描ければ、10年単位での展望は生じるかもしれないが、ロシアで実現することが当面あるとは、私には思えない。このような内発的発展は、中国の改革開放後では生じていたと、私は理解している(渡辺、2016年、参照)。

このジェトロレポートがロシア工作機械産業の現状をほぼ正確に反映したものであれば、少なくとも、旧ソ連時代に国内需要のほとんどを充足していたロシアの工作機械産業は、実質的に消滅し、ロシア国内工作機械需要のほとんどは輸入工作機械によって充足されているということができよう。他方で、工作機械を使用する加工業企業はロシア国内に存在していることを、このことは意味している。工作機械需要がロシア国内にあること、その需要者がロシア系企業か外資系企業かは分からないが、そのことは事実であろう。それゆえ、輸入工作機械を使用した工業活動がロシア国内で行われているということは言えそうである。

 ロシア経済には、私が理解するように「非工業化」したとしても、すべての工業活動が海外化し、全ての工業完成品を輸入しているのではなく、金属関連の工業製品についても、ロシア国内での加工を一定行う企業層が存在する、ということを示しているであろう。ロシア経済は、天然資源に恵まれ、通常であれば外貨獲得能力に恵まれ、購買力平価での一人当たりGDP水準で見て日本の3分の2ほどの1億4千万人の人口がいる市場を持っているのであるから、その需要に向け、市場近接生産が有効な分野が多く存在するということであろう。立地的に、需要への変化への迅速対応や、輸送費コストとの関連から最終組立を市場近接で行ったほうが有利といった理由で消費市場への近接が必要とされるとか、あるいは鉄鋼の半製品のように天然資源生産地域への近接が必要とされるような工業生産についてはロシア国内で生産がなされる。しかし、それ以外の市場近接や素原料生産地近接立地を必要としないような工業製品、特に質的差異が大きく生産性や品質に関わるような工作機械等の産業機械や最先端の半導体等の部材については、最も品質の高い工業製品を生産する経済地域の企業からほとんどを輸入する、ということが生じているのであろう。

この点に関しては、天然資源が豊かで外貨獲得能力があり、一人当たりGDPは先進工業国並みであるが人口25百万人ほどのオーストラリアでの乗用車産業の消滅が、大変示唆的である。この豊かなしかし人口規模としては乗用車生産の川上から川下までの規模の経済性を実現するには不十分な市場であったオーストラリアでは、かつては組立だけは市場近接で行う十分な市場の大きさがあったゆえに、その部分のみであるがオーストラリア立地が各完成乗用車メーカーにより希求された。しかし、完成車輸送コストが低下したことで、より生産性の高い地域で集中生産をし、規模の経済性を追求することが有効な生産立地となり、オーストラリア経済の豊かさそのものは全く変わらないのに、オーストラリアでの外資系企業の完成車組立工場、これが全ての組立工場であったが、それらは消滅した。

この例が、ここでも思い出される。オーストラリアと同様に天然資源と第一次産業に恵まれたロシアは、比較優位の原則に従い、市場近接が重視されず質的差異が大きな工業製品の生産についてはロシア国外に立地し、そこからの輸入に依存する体制が、外資系企業によって構築される。これが、ロシア経済の「非工業化」の進行といえる。その象徴的に表現するものが、ジェトロレポートが取り上げた工作機械産業と言えるであろう。

繰り返すが、ロシアの工業は「オランダ病」に陥っているのではなく、ロシアの工業では、旧ソ連解体後、旧ソ連が保有していた川上から川下までの旧ソ連圏内完結型の工業生産体系の「非工業化」が進展しているのである。現在世界の先端をいっているかのように見えるロシアの宇宙航空産業および軍需産業も、それらをかつては支えていたロシア国内の工業基盤については、まさに字義通りの「空洞化」が顕著に進行した、否、今も進行していると言えそうである。

 

4 ロシアの「非工業化」をロシアの貿易構造から見る

ロシアの工業、世界最大の核保有国であり、最新兵器を多数持ち、宇宙開発でも先頭を走るロシア、しかし、その工業基盤は、これまで見てきたように、旧ソ連以来の弱点である国際競争力の無さを克服できないまま、ソ連解体後、「非工業化」するに至っている。以下で見るようにロシアの輸出入構造は、まさにそのことを明確に反映している。

 先端兵器を生産できる工業力を持つ経済でありながら、その輸出入構造は、全く工業国の体を成していない。ロシアの輸出入構造を改めて見ると、天然資源とその一次加工品をもっぱら輸出し、完成品としての工業製品、資本財として、耐久消費財として、そして日用品としての工業完成品について、もっぱら輸入しているということが明白となる(通商産業省編『通商白書2018年版』第1部第2章第5節ロシア及び中央アジア)。それも一方で先進工業国を多く含むドイツ等の欧州との取引でそのような関係にあるだけではなく、後発工業化国である中国との輸出入関係でも、天然資源と一次加工品を輸出し、電話機を中心とした機械工業製品をはじめ、多様な工業製品をもっぱら輸入している(ジェトロ中国北アジア課編)。

 輸出入構造だけを見ると、工業国とは全く見て取れない状況である。豊かな天然資源をもとに、購買力平価で見た一人当たりGDPは、中国を上回っているが、先進工業国やオーストラリアといった一次産品輸出主体の高所得国とは比べ物にならない低い水準である。2020年には、米国63,414ドル、ドイツ54,264ドル、オーストラリア52,397ドル、イギリス45,853ドル、日本41,733ドル、ロシア28,213ドル、中国17,204ドル(Global Note202234日閲覧)となっている。中国より大きいが、米国の半分以下であるし、人口規模がかなり近い日本と比較しても、その3分の2強の水準といったところである。国民全体が、豊かな天然資源の輸出を通して、オーストラリア等と並ぶような先進工業国並みの豊かな生活水準を実現しているわけでもない。

 しかも、ロシアの輸出入を見てみると、基本的に一次産品ないしはその一次加工品を輸出し、工業製品を輸入していることは、対中国でも、対世界と同様である。この国が、工業製品でもある核ミサイルの保有台数では世界一であり、それらは自国産のミサイルでもある。「先端」的な軍備品の保有高では世界一であり、それらについて国内工業基盤を利用して生産してきたはずである。しかし、携帯電話ないしはスマートフォンについては量産できないらしく、中国からの輸入品の第1位が電話機輸入で、53億ドル余りになり、ロシアの電話機輸入の71%を中国製が占めていることとなっている。中国に原油や天然ガスを売り、中国からスマホ等の工業製品を多く輸入しているのである。ロシアから中国への輸出の上位10品目に、機械関連の製品は全く入っていない。同時に中国の対ロシア向け輸出品目上位10位までは、機械関連を中心に全て工業製品である。(ジェトロ中国北アジア課編)。

 このことが意味するのは、私がその存在の重要性を強調してやまない機械工業の基盤産業がソ連崩壊後に消滅したと考えられることである。ソ連時代は、国際競争力はなくとも、東側諸国の工業製品生産国として、機械工業の基盤産業も存在していたと思われる。それがなければ、曲がりなりも国産部品だけで乗用車を量産することは不可能である。国際競争力が全くないとしても、機械製品を部品から国産化することは不可能である。私の記憶に残っている一例を挙げれば、私の大学院生時代、1970年代に旧ソ連を旅行した院生仲間が、買ってきて見せてくれたソ連製の腕時計を挙げることができる。確かにそれは腕時計であり、当時の円換算で見ても、極めて安い時計であったが、動くことは動き、時を刻んでいた。しかし、当時の日本ではクォーツが導入され、時計は時間が狂わないことが当たり前になりつつあったが、その腕時計は、毎日時間を合わせないと、決まった電車に乗るためには使えない代物であった。しかし、動くことは動いたのである。毎日時間を合わせれば、なんとか決まった電車に乗るためにも使えた。

 当時のソ連では、スプートニクを打ち上げることができ、核弾頭付きの大陸間弾道弾を数多く保有できただけではなく、耐久消費財としての機械製品も、国内で部材から生産できた。繰り返すが、先の腕時計とかソ連崩壊時のラーダといった乗用車生産の産業の存在で象徴されるように、全く国際競争力はない量産機械ではあったが、純ソ連産の量産機械も生産可能であった。

 その旧ソ連の中核部分を引き継いだロシア、そこでの輸出製品が、ほぼ天然資源とその一次加工品に限られ、機械製品は、対中国でも量産耐久消費財としての機械どころか、資本財としての機械についても、全く10位以内の輸出品目に入っていないのである。それに対して、先にも指摘したように、中国の対ロシア輸出の第1位製品は、スマートフォンを中心とした量産電子機器としての電話である。もちろん、その部材、ましてや生産のための資本財全てを中国国内で生産しているわけではないが、完成品としての電話が中国からの輸出品の10%近くを占めているのである。

 今回のウクライナ侵攻で、米欧諸国からの最新機器やそれらの生産のための部材の輸入が困難になっている。このことが長期に続けば、かつてのソ連圏の工業のように、海外との競争から守られた市場を、少なくとも旧ソ連内のいくつかの国を含めた市場を対象に国際競争力はないが、その市場内では供給できる工業企業群が再生するかもしれない。ただし、そのためには、中国そしてトルコやインドからの輸入も途絶する必要があろう。これらが途絶せず輸入可能である限り、旧ソ連圏のような市場の孤立は生ぜず、中低価格品では圧倒的な国際競争力を持つ中国等の後発工業化国からの輸入品にロシア市場は席巻されることとなろう。ただ、その限りでは、軍需品の遅れている部分を、スマホ輸入のように輸入製品や部材の活用で、ある程度克服できるかもしれない。

 

4の補 丸川知雄・服部倫卓「中国・ロシアの鉄鋼業–競争力の源泉は何か?–」

に見るロシア鉄鋼業の現在

 丸川・服部共著論文は、鉄鋼業のあり方・状況を、中国とロシアを中心に各国比較した論文である。中国の状況の独自性と、ロシアの鉄鉱石産出国としての特性といったことを、浮かび上げることに成功した興味深い論文でもある。丸川・服部論文を通して、ロシア鉄鋼業の輸出状況を見ることで、より具体的にロシアの工業製品の輸出内容、他の鉄鋼輸出国と比較しながら、その質を確認し、私が「非工業化」と呼ぶことが、鉄鋼輸出にも反映していることをみていきたい。

 「図1 鉄鋼大国の生産・輸出入構造(2016年)」(丸川・服部、32ページ)は、特に大変興味深い。輸出の絶対量では年間1億トン以上と世界1の鉄鋼大国かつ鉄鋼輸出国である中国だが、国内生産が8億トンあり、内需が7億トンとなる。それに対し、日本は年産1億トンでその4割弱を輸出、ロシアの年生産量は7千万トンでその44%を輸出し、輸出の絶対量で世界最大の中国の輸出依存度は13%にとどまっていることが示されている。世界市場に多大な影響を与える中国鉄鋼業は、未だ基本的に内需向け鉄鋼生産国なのである。

 さらに輸出される加工製品としての鉄鋼について、その加工がスラブ等の半製品か、それとも鋼板等の鉄鋼としての意味での製品か、によって分けると、数量ベースでみてロシアの輸出の半分は半製品であり、中国のそれは1万トン余で、全輸出の0.01%にとどまっている。しかも、ロシアの製品の輸出先で製品中心なのは、旧ソ連の諸国からなるCIS向けだけであり、後の地域向けはいずれも半製品が過半を占めている(丸川・服部、表6、表735ページ)。

 本論文での中国とロシアを中心にした鉄鋼の生産と輸出の構造比較から見えてくることは、中国の巨大な鉄鋼生産量の9割近くが、内需向けということであり、それと比較して10分の1以下の生産規模のロシアの鉄鋼生産は、輸出依存が大きく、かつそれも先進工業国向けでは半製品の輸出が半分以上を占めるという、素原料生産国という姿である。たとえ、国内で多少とも加工して輸出するとしても、旧ソ連内共和国向け以外では、その一次加工品中心であり、天然資源輸出国という性格がきわめて強いことである。工業製品として鉄鋼製品、鋼板等も最終製品とは必ずしも言えず、完成金属製品や機械の部材として利用され、建設用資材として使用される部分が多いのであるが、そのような意味での製品でも、ロシアは自国内で生産を行う部分が少なく、対外的には、基本的に天然資源がらみの原材料およびその一次加工品を輸出する天然資源国の姿をとっているといえる。

 ここでも、ロシアの輸出構造は天然資源国のそれであり、一応一次加工までは自国内で行っているが、最終製品としての鉄製品の輸出ではなく、天然資源に依存した輸出構造が、ようやく一次加工品の輸出にまで辿り着いたといったような姿を示している。同じ鉄鋼品の輸出と言っても、鉄鋼製品についての国際競争力が不足している姿を露呈している。なお、ロシアの企業による半製品の輸出には、ヨーロッパにある自社の製品製造工場向けのものも含まれるとのことであるが、丸川・服部論文の注(1)によれば、そのような形態でのロシア工場の経営は、必ずしもうまくいってなく、一部工場を売却した例もあるとのことである(丸川・服部、46ページ)。ロシアの鉄鋼メーカーのビジネスモデルとして、ロシア国内で半製品に加工し、それを需要先である欧州にある自社工場で製品に仕上げ、鉄鋼製品需要に自社で対応する、というビジネスモデルが成功している、すなわち鉄鋼メーカーとしてロシア系企業が競争力を持っているとは、必ずしも言えないようである。

 鉄鉱石の産出国であり、しかも、鉄鋼への加工能力があり、旧ソ連時代は、ほぼ全ての工業製品をソ連圏内向けに生産供給した、ソ連圏内完結型の工業生産体制を構築していたロシアであるが、国内での鉄鋼製品の2次加工製品については欧州諸国市場での競争力を確保できず、基本的に先進工業国向けでは、素原料生産国での一次加工をしての輸出へと後退したといえる。旧ソ連の解体後に、鉄鋼業でも非工業化が進展したといえよう。

 

5 まとめ

a プーチン大統領にとって、ゼレンスキー政権を打倒し、傀儡政権を擁立するためにウクライナ侵略することは、それゆえ、短期に政権打倒を実現することが絶対条件であった筈である。それによって、ロシア国民の生活に大きく影響するような事態を避けることが、不可欠だった筈である。

 しかし、今や3ヶ月近く経過し、首都キーウ陥落については諦めたような状況にある。ゼレンスキー政権のウクライナ内での存立基盤は、一層固まり、傀儡政権擁立どころではない。東部の2州とクリミア半島への陸路を占領したとしても、そのことは、ロシア国内向けのプーチン大統領のポーズにとっては意味があるとしても、原油天然ガスの輸出販売市場の確保や欧州からの中高級消費財の輸入の本格的な再開にはつながりそうもない。欧州製品については「欲しがりません。勝つまでは」といつまでロシア国民は我慢するのであろうか。我慢できるのであろうか。

 原油や天然ガスの欧日からの需要は低水準にとどまり、一挙に消滅することはないとしても、ジリ貧となろう。それを中国やインドからの需要が全面的にカバーできるとは思えない。今、原油価格が高騰しているから見えていないが、原油価格水準が落ち着きを取り戻したら、どうなるのであろうか。原油や天然ガスについては、量的な充足が問題である。代替エネルギーを含め、多少高くてもエネルギーとして量的に確保できれば、ロシア産にこだわる理由は全くない。しかし、米欧日の資本財は、量ではなく、代替不能な製品群を多く含む。かつて大日本帝国の艦上戦闘機零戦を設計図通りの性能を発揮するものに仕上げるのに、対戦相手の米国シンシナティ・ミラクロンの工作機械が不可欠であった。同様なことがいくつかの先端分野では現代も存在する。例えば、先端半導体がそれであり、あるいはそれを生産するための露光装置も同様である。これらがなければ、先端兵器をこれから作っていくための基本的な部材や資本財に欠けることとなる。

b ここまで見てきて最も感じたことは、旧ソ連解体時の新古典派経済学者の提言が、見事に生かされたのが今のロシアである、ということができそうだということである。当時のグローバル経済を前提に、旧ソ連での比較優位産業をみれば、それは天然資源を採掘し一次加工程度を行い、世界に向けて販売することである。つまり、世界市場に開かれた形での比較優位を追求した結果、素直に比較優位産業である資源販売を核とする産業構造にシフトして、国民経済としてそして国民一人ひとりの生活水準として、それなりに豊かになったといえる。同時に、それは比較劣位であった機械工業等を含め工業製品分野はほぼ全て放棄する方向を意味した。まさに、その方向での徹底的な経済構造・産業構造のシフト、「非工業化」が実現したのが、今のロシアであろう。

 比較優位を追求した結果と資源賦存の状況から、依然として巨大な天然資源供給国であり続けられたことで、世界経済の中で一定の位置を占め、強国としてのロシア、巨大な軍需生産と軍事力をもつ国家として再生産可能となった。軍備に関する部分は市場の競争に委ねなかったがゆえに、新古典派的世界に開放しなかったがゆえに、工業生産全般が解体しても、それなりに当面は完成品生産能力としては残った。部材生産がどこまで国内生産できているかは不明だが。

つまり、兵器の完成品生産は、中央政府が天然資源で得た資金を、直接その維持再生産のために注ぎ込んでいるがゆえに存在しえている。同時に、今、ロシア系企業として半導体生産で残っているのは、技術的に大きく遅れた軍需依存の企業数社だけだということも報じられている。これらのことは、まさに市場からほぼ完全に遮断した時に生じることと、グローバルな市場競争に素直に委ねた時に何が生じることとの双方を示唆している。

 

おわりに

 勝手に色々、中小企業を中心とした産業論の元研究者として、ロシアの工業に関して、他の方々の調査結果等を読み漁り、そこから思いついたことをそのまま書いてきた。ここで考えたいことは、産業論の視点から見た場合、電撃的な侵略で、一挙に既存政権を打倒し、傀儡政権を短期間に擁立し、ロシアの勢力圏としてのウクライナを作り出す以外に、今回のウクライナ侵略が、プーチン大統領なりに意味を持つものとなりうる可能性はあるのか、そのための検討でもある。

産業論的視点から見た現況は、ウクライナの産業、工業も農業もであるがウクライナの全ての産業にとって、大規模な物理的な破壊が行われており、これほどの悲劇的なことはないといえる。同時に、ロシアの工業基盤の状況から見れば、ロシア経済にとっても、侵略による戦争状況が、長期化すればするほど、天然資源依存の国民経済とその下でのロシア国民の生活を維持することは、困難になるといえる。それを少しでも緩和しているのが、中国からの工業製品輸入であり、トルコやインドからの工業製品輸入であると言えよう。これがなければ、ロシアの一般市民の生活は、欧州製のアパレルどころか、まともな新品の衣服さえ手に入らない状況に一気になろう。

侵略戦争をプーチンの顔が立つように終えられるまで、プーチンを圧倒的に支持するロシア国民は、「(欧米製品は)欲しがりません。勝つまでは」すなわち「勝つまでは(中国製やトルコ製で)我慢、我慢」ということになる。このような国民に大きな犠牲を生じる状況は、いつまで持つのであろうか。ロシア国民のプーチン支持が一挙に縮小するのは、結構間近ではないのか。同時に、当面は、工業製品の主要供給国としての中国そしてインドやトルコの対ロシア姿勢が、プーチン政権の生命線となる、ということでもある。

 

(1) ジェトロレーポートによれば、「ソビエト時代末期である1980年代、工作機械の生産はソ連にとって重要な産業であった。ソ連工作機械・工具省は238もの鋳造工場と30以上もの研究・設計施設を有していた。ソ連製品の国内シェアは94%であったという識者もいる。しかしソ連崩壊によって、・・・工作機械の本土のユーザーは高品質な外国産の工作機械へ乗り換え、上記の通り輸入に依存する構造に変化。その構造が今日まで続いている」(ジェトロレポート、12ページ)ということである。

 

参考文献資料

Global Note「世界の1人当たり購買力平価GDP 国別ランキング・推移(世銀」( https://www.globalnote.jp/post-3389.html  202234日閲覧)

経済産業省編『通商白書2018年』「第1部 世界経済編 第2章 主要国・地域の経済動向及び対外経済政策の動き 第5節 ロシア及び中央アジア」(https://www.meti.go.jp/report/tsuhaku2018/2018honbun/i1250000.html  

202244日閲覧)

ジェトロ中国北アジア課『2021年の中ロ貿易、輸出入とも3割超の伸び、中国はエネルギー禁輸への反対表明 』(ジェトロ2022317日、https://www.jetro.go.jp/biznews/2022/03/af99a5fab099f762.html  202244日閲覧)

日本貿易振興機構海外調査部サンクトペテロブルグ事務所編『ジェトロレポート ロシア工作機械市場概況』ジェトロ、2021

田畑伸一郎「ロシア経済の強さと弱さ」

(『比較経済研究』671号、20201月、2739ページ)

藤原克美『移行期ロシアの繊維産業–ソビエト系工業の崩壊と再編』

春風社、2012

丸川知雄・服部倫卓「中国・ロシアの鉄鋼業 –競争力の源泉は何か?–」

『比較経済研究』561号、20191

吉井昌彦・溝端佐登史編著『現代ロシア経済論』ミネルヴァ書房,2011

渡辺幸男『現代中国産業発展の研究 製造業実態調査から得た発展論理』

慶應義塾大学出版会、2016

 

 

2022年4月28日木曜日

4月28日 ロシア工業の今をどう考えるべきか

ロシア工業の今をどう考えるべきか

ロシア工業についての興味深い論文とレポートを読んで


田畑伸一郎「ロシア経済の強さと弱さ」

(『比較経済研究』671号、20201月、2739ページ)

日本貿易振興機構海外調査部サンクトペテロブルグ事務所編

     『ロシア工作機械市場概況』JETRO2021

                                   渡辺幸男

 

はじめに

 ロシアのウクライナ侵略を契機に、改めてロシアの工業を中心とした産業発展について考えてみたくなり、ネットで探していたら、ここ数年の論考として、2つの興味深い作品に巡り合えた。

 1つは北海道大学の田畑伸一郎氏の論文であり、いまひとつはジェトロが調査委託をして作成したロシアの工作機械についての市場概況報告である。田畑氏の論文は、ロシアの近年の工業動向を、ロシアに豊富に存在し、巨大な輸出をおこなっている天然資源価格の高騰による「オランダ病」により、ロシアの工業が衰退している、という主張をしている。もう一方のジェトロの報告書は、ロシアの工作機械工業の近年の輸出入状況を概観し、具体的な数字でそれを示すと共に、ロシア政府の工作機械工業振興策に触れている。

 私はロシアの工業、旧ソ連の解体から進行した工業の展開を「非工業化」と括っているが、田畑氏はロシアの工業の後退は「オランダ病」ゆえに生じているものであると主張されている。そして、ジェトロの報告書は、その状況を考える上で有効と思われる点、まさに工業の中核的部分の1つで、旧ソ連解体後のロシア工業で何が生じたのか、ある意味で象徴的な数字を提示し、そのために今ロシアが採用している政策を簡単に紹介している。

 それゆえ、以下では、まずは田畑氏の主張を紹介し、それについての私の疑問等を提示したい。その上で、私の主張を裏付けると私が考えるジェトロのレポートの関連する部分を紹介し、ロシアの工業発展についての皆さんの理解のための問題提起としたい。

 

1 田畑氏の論文の私なりのまとめ

田畑氏の論文の目次を紹介すれば、以下のようになる。

要旨

1 はじめに

2 ロシア経済の強さ

2.1 豊富な資源

2.2 石油・ガスのレントを中央に確保する財政制度

2.3 地域との関係における強固な中央集権制度

3 ロシア経済の弱さ

3.1 オランダ病による製造業の不振

3.2 低い投資率

3.3 不十分な対外開放

4 強さと弱さの根源

5 弱さの克服策と今後の展望

注と参考文献

 

 まずは、田畑論文の最初に示されている「要旨」をそのまま紹介する。それは、「ロシア経済の発展を考えるために、その強さと弱さを考察した。強さとしては、豊富な資源、石油・ガスのレントを中央が確保する財政制度、地域との関係における強固な中央集権制度の3点、弱さとしては、オランダ病による製造業の不振、低い投資率、不十分な対外経済開放の3点を指摘した。強さも弱さも豊富な資源に起因するというものであることから、近い将来の成長率を3%以上にまで引き上げるのはなかなか難しいという結論を述べた」(田畑論文、27ページ)とされている。

 田畑論文でのロシア工業不振についての理解の中核は、著者自身が「油価の上昇がなくなれば、ルーブルの増価も無くなるので、自然に輸入代替の方向に進むはずだという議論をこれまで展開」してきたとし、「ルーブル高の下ではオランダ病が、そうでなければ輸入代替が進むというのは、極めて単純な話であるが、間違っていないと思われる」(田畑論文、36ページ)と述べていることにある。

 このような理解を通して、ロシアが旧ソ連から引き継いだ工業基盤が、まだ生きており、為替レートの変動を通して軍需産業以外の工業諸部門の再活性化も可能であるというのが、田畑氏の理解であることが表現されている。田畑論文の結論としては、「こうしてみると、ロシア経済は、石油・ガスを基礎に年平均12%程度の成長を続けることはできるとしても、政策が目標とするような3%程度の成長軌道に乗せるのは容易ではないと考えられる。」(田畑論文、37ページ)とされている。田畑氏の論理だと、油価が低下し、その結果として工業部門の輸出競争力が回復すれば、工業部門の生産そして輸出の拡大、工業部門の投資拡大となり、経済の本格的成長となってもおかしくないと思うが、その点では慎重な結論となっている。

 いずれにしても、田畑氏の理解は、工業部門の再活性化は、為替レート次第であり、為替レートがルーブル安に振れれば、問題なくその再活性化は進展するという、ロシア工業の現状について極めて楽観的な結論を、マクロの数字の紹介を通して、導いている。ただし、そのことでロシア経済のGDP成長率が大きく高まるとみているわけではないようである。再工業化と高度成長の両立は想定されていない。

 

2 田畑論文を読んでの勝手な感想

 田畑論文を読んで、何よりも感じたことは、まずは、ロシア経済、とくにその工業を中心とした産業発展についての問題点を見る上での田畑氏の視点の妥当性についての疑問である。田畑氏にとっては、輸出入構成や固定資本形成等のマクロの数字、あるいは大産業分類レベルでの産業動向についての検討で、ロシアの産業発展の今後を考察するための事実確認事項の議論としては十分であると、認識されているようである。これで良いのか、というのが正直な感想である。個別産業、主導産業等での投資や競争、その結果としての特定産業部門の企業の国際競争力形成の可能性とそれに至る経路等については、ほとんど、というか全く検討することなく、ロシア経済を「オランダ病」と診断できる、と考えられている。それゆえ、この結論としての「オランダ病」についても、その診断に疑問を持たざるを得なかった。

 ロシアの産業発展、特に国内工業そしてロシア系工業企業の発展の停滞問題は、そのような問題なのであろうか。工業部門の国際競争力の問題は、投資の総量の問題なのではなく、軍需産業以外の工業分野の工業製品の市場競争力が、海外市場向けだけではなく、国内市場向けでもほとんどない(ないしは、無かった)ということにあるのではないか、と私は理解している。為替レートが問題なのであれば、ある意味、天然資源の輸出が抑制されるかその価格が低下し、為替レートが低下傾向になることが見込まれるウクライナ侵略後の状況は、ロシア国内工業、それも自国系企業によるそれが再生、拡大するという展望を持ち得よう。しかし、少々の為替レートの低下では、中国やトルコといった国からの安価な財の輸入は止まらないであろう。国内で生産するより、より安くより良いものが輸入可能な状況は、中国やトルコといった諸国からの財の輸入が、為替水準以外の人為的要因で抑制されない限り、止まりようがない。

改めて、そのよってきたる原因の究明こそ重要であると考えている。が、そのようなことについての検討は、少なくともこの田畑論文には全くない。軍需製品については、旧ソ連からの伝統である近代兵器での優位性を、ロシア政府の優先的購入維持と、政府間輸出入によりそれなりに保持し続けているといえる。しかし、民需向け工業製品については、乗用車といった量産機械や半導体といった先端製品どころか、アパレル製品等の日用消費財も含め、そしてそれらの部材生産をも含め、かつて存在したはずの(国際競争力を持っていたかは別として)ロシア国内製造企業群は、ほぼ消滅しているように見える。例え、存在したとしても、国内市場での競争力をどの分野でどの程度維持しているのかも疑問であるといえる状態である。あるいは、エンジンを海外企業から購買し、生き残っている航空機製造企業のように、完成品組立企業としては残っているとしても、部材についてはほぼ輸入に依存しているような形で、換骨奪胎されているような企業が多いのではないかと想像される。一旦、事業体や主要生産部分が消滅し、そこでの経験のある技術者や労働者が老齢化あるいは海外に転出してしまえば、かつて存在したそれぞれの産業も、技術者そして熟練労働者の育成を含め、1から構築を始める必要が生まれる。為替レートの多少の変動では、これらの工業活動が再活性化することは考えられない。

 このように具体的な産業状況を踏まえず、マクロの輸出入状況や投資状況等だけを念頭に、課題を提起しても、そこで提起可能なものは、固定資本形成を高めるべきとか、輸入代替部門を強化すべきとかいったお題目に終始する可能性が高い。具体的な産業実態、担い手と競争状況、企業と人材の存在状況等を具体的に踏まえての工業発展、輸入代替化シナリオを描くことはできないと、私には思われる。

 

3 ジェトロレポートによるロシア工作機械生産と輸出入状況

 かつて実態調査を踏まえ、統計的事実も念頭におきながらも、実態調査から示唆された工業発展の論理を、日本の高度成長期とそれ以降そして中国の改革開放後について見てきた元産業論研究者としては、現在のロシアの工業諸部門、軍需産業部門も含め、そこでの競争と投資の具体的姿をぜひみることにより、私のいうロシアの「非工業化」が実際に進行しているのかどうか、それとも「オランダ病」として理解可能であり、為替レート次第で再発展する工業が依然ロシアには存在しており、私の理解は間違っているのか、確認したいところである。しかし、知的体力の顕著な弱化と調査環境の悪化の双方で、今の私には、このようなロシアでの実態調査は不可能となっている。

 同時に、邦文でのロシア経済研究は、上記の田畑氏の研究をはじめ、多く出版されているが、ロシア工業の実態、軍需産業を含め、その実態から工業の発展展望をおこなっている、あるいは調査報告をしているものは、ほとんどない。藤原克美氏のロシア繊維産業の研究が、私が接した唯一に近い、実態調査研究を踏まえたロシア産業についての著作といえる。なぜ、日本のロシア経済研究者は、ロシアの工業発展の論理を、その実態にまで踏み込んで議論しようとしないのであろうか。それともかつての中国のように、実態に踏み込むことは、日本の研究者には許されていないのであろうか。

 このような欲求不満に陥った元産業論研究者が、たまたま見つけることができたのが、ジェトロのレポート『ロシア工作機械市場概況』(2021年)である。ロシアの工業の中核の1つを占めているといえるロシア工作機械工業の現状についてのレポートである。

 本レポートで私がまず注目したのは、ロシア国内での金属切削加工機械生産台数と輸入台数の開きである。本レポートの「図2 ロシア国内における金属切削加工機械の生産台数」によれば、2020年には国内生産台数は4,331台であり、ここ数年4,000台前半を行き来する状況である(ジェトロレポート、6ページ)。他方で、同年の海外からのロシアへの金属切削加工機械の輸入台数は、68万台余であり、これまたここ数年での大きな変動はない(ジェトロレポート、7ページ)。この状況について、本レポートでは「品質の低さから国内生産品へのニーズが急増することは考えにくく」(ジェトロレポート、6ページ)と述べている。(ここでいう「金属切削加工機械」がどのような範囲の機械を指しているのか、本レポートを見る限りでは、よく分からない。近年ではホビー用の旋盤等も多く存在しており、本格的な金属加工用の切削機械なのかどうかは不明である。注意をしてこの図を見るべきだとは感じているが、いずれにしても、その数字の乖離はあまりにも大きい)

 ロシア国内生産台数は4千台強、輸入台数は68万台、台数比では国内生産は輸入の1%以下ということになる。しかも、市場環境が変わっても品質ゆえに国内生産品への需要が増えることは考えにくいと、レポート自体は結論づけている。機械工業の要の1つである金属切削加工機械1つとっても、ロシア国内生産はごくマイナーであり、品質面で輸入品と競合できるものではないとの指摘が、本レポートの指摘の中核部分といえよう。もちろん、国内生産台数には、外資系企業のロシア国内生産であり、たとえ単なる組立だけ国内で行っていても、統計的に国内生産に含まれることになるであろう。そうであるにもかかわらず、68万台と4000台の開きがあるのである。

たとえ、輸入が途絶したとしても、毎年輸入していた60万台余を実績として1万台も達していない国内生産で補うことは、質量共に、一朝一夕では不可能であることは、火を見るよりも明らかである。なぜ、このような状況を「オランダ病」ということができるのであろうか。工作機械、この場合は金属切削加工機械に限定されてはいるが、そのほぼ全面的な対外依存への移行は、「非工業化」そのものといえよう。

 同時に、ロシア政府そのものは、この問題の存在と重要性に気がついていて、2017年には国内工作機械工業の復活を目的とした助成金政策を実施しているとのことである(ジェトロレポート、11ページ)。ただし、その目標年次は2030年であり、10年以上の期間をかけての復活への施策であり、為替レートが変われば復活するような状況ではないことを、ロシア政府自体が自覚しているということであろう。なお同レポートによれば、旧ソ連末期のソ連製工作機械の国内シェアは94%であったという識者(1)もいるとのことである。

 30年間で、ロシア国内に設置された工作機械の多くが外国製になり、とくに新規投資される工作機械の圧倒的部分が輸入製品となった。その状況を多少なりとも方向転換させることを目指す政策が、すくなくとも10年以上をかけることを目処に目指されている、ということであろう。国内需要に応えていた自国系企業の国内工作機械産業が消滅し、それを再生するために10年以上の月日が必要と、ロシア政府自身が自覚しているのである。実際のところ、このような助成金政策で復活可能だとは、私には思えないが。

 ロシア国内企業が、ロシア国内で外国製品そして外資系企業が参入困難あるいは参入意欲を持たないような独自な市場を見出し、それをめぐって国内企業間の激しい競争が行われるような市場分野、そのような分野を開拓し、そこでの先端化を軸に、他の分野へのその波及で国際競争力を実現する。こんなシナリオが描ければ、10年単位での展望は生じるかもしれないが。このような内発的発展は、中国の改革開放後に生じたことと、私は理解している(渡辺、2016年、参照)。

 

4 まとめ

 ジェトロレポートがロシア工作機械産業の現状をほぼ正確に反映したものであれば、少なくとも、旧ソ連時代に国内需要のほとんどを充足していたロシアの工作機械産業は、実質的に消滅し、ロシア国内工作機械需要のほとんどは輸入工作機械によって充足されているということができよう。他方で、工作機械を使用する加工業企業はロシア国内に存在していることを、このことは意味している。工作機械需要がロシア国内にあること、その需要者がロシア系企業か外資系企業かは分からないが、そのことは事実であろう。それゆえ、輸入工作機械を使用した工業活動がロシア国内で行われているということは言えそうである。

 ロシア経済には、私が理解するように「非工業化」したとしても、すべての工業活動が海外化し、全ての工業完成品を輸入しているのではなく、金属関連の工業製品についても、ロシア国内での加工を一定行う企業層が存在する、ということを示しているであろう。ロシア経済は、天然資源に恵まれ、通常であれば外貨獲得能力に恵まれ、購買力平価での一人当たりGDP水準で見て日本の3分の2ほどの1億4千万人の人口がいる市場を持っているのであるから、その需要に向け、市場近接生産が有効な分野が多く存在するということであろう。立地的に市場近接が必要とされるような工業生産についてはロシア国内で生産がなされる。しかし、それ以外の市場近接を必要としないような工業製品、特に質的差異が大きく生産性や品質に関わるような工作機械等については、最も品質の高い工業製品を生産する経済地域の企業からほとんどを輸入する、ということが生じているのであろう。

天然資源が豊かで外貨獲得能力があり、一人当たりGDPは先進工業国並みであるが人口25百万人ほどのオーストラリアでの乗用車産業の消滅が、大変示唆的である。この豊かなしかし人口規模としては乗用車生産の川上から川下までの規模の経済性を実現するには不十分な市場であったオーストラリアでは、かつては組立だけは市場近接で行う十分な大きさがあったゆえに、その部分のみであるがオーストラリア立地が各完成乗用車メーカーにより希求された。しかし、完成車輸送コストが低下したことで、より生産性の高い地域で集中生産をし、規模の経済性を追求することが有効な生産立地となり、オーストラリア経済の豊かさそのものは全く変わらないのに、オーストラリアでの外資系企業の完成車組立工場、これが全ての組立工場であったが、それらは消滅した。

この例が、ここでも思い出される。オーストラリアと同様に天然資源と第一次産業に恵まれたロシアは、比較優位の原則に従い、市場近接が重視されず質的差異が大きな工業製品の生産についてはロシア国外に立地し、そこからの輸入に依存する体制が、外資系企業によって構築される。これが、ロシア経済の「非工業化」の進行といえる。その象徴的に表現するものが工作機械産業と言えるであろう。

繰り返すが、ロシアの工業は「オランダ病」に陥っているのではなく、ロシアの工業では、旧ソ連解体後、旧ソ連が保有していた川上から川下までの国内完結型の工業生産体系の「非工業化」が進展しているのである。現在世界の先端を言っているかのように見えるロシアの宇宙航空産業および軍需産業も、それらをかつては支えていたロシア国内の工業基盤については、まさに字義通りの「空洞化」が顕著に進行した、否、今も進行していると言えそうである。

 

(1) ジェトロレーポートによれば、「ソビエト時代末期である1980年代、工作機械の生産はソ連にとって重要な産業であった。ソ連工作機械・工具省は238もの鋳造工場と30以上もの研究・設計施設を有していた。ソ連製品の国内シェアは94%であったという識者もいる。しかしソ連崩壊によって、・・・工作機械の本土のユーザーは高品質な外国産の工作機械へ乗り換え、上記の通り輸入に依存する構造に変化。その構造が今日まで続いている」(ジェトロレポート、12ページ)ということである。

 

参考文献

田畑伸一郎「ロシア経済の強さと弱さ」

                 『比較経済研究』671号、20201月、2739ページ

日本貿易振興機構海外調査部サンクトペテロブルグ事務所編

『ロシア工作機械市場概況』JETRO2021

藤原克美『移行期ロシアの繊維産業–ソビエト軽工業の崩壊と再編』    春風社、2012

渡辺幸男『現代中国産業発展の研究 製造業実態調査から得た発展論理』

                            慶應義塾大学出版会、2016 

2022年4月12日火曜日

4月12日 ロシアのウクライナ侵略戦争と元産業論研究者

 ロシアのウクライナ侵略に関連して 

ロシアの産業と侵略の展望

渡辺幸男


 以下は  、元産業論研究者の視点から、今のロシアの産業状況と、今回のウクライナ侵略戦争、その長期化の持つ意味について、戦争開始後1月半の時点で、考えてみたことを、文章化したものである。


 旧ソ連の中心であり、旧ソ連崩壊後も1億人以上の人口を維持しているロシアは、ソ連時代の工業基盤の多くを引き継いでいる筈の国でもある。そのロシアがウクライナを侵略し、ウクライナの現政権を打倒し、傀儡政権を擁立しようと、全面戦争を仕掛けた。そのようなロシアの工業、世界最大の核保有国であり、最新兵器を多数持ち、宇宙開発でも先頭を走るロシア、しかし、その工業基盤は、旧ソ連以来の弱点を克服できないまま、今に至っている。それを端的に表現するのが、ロシアの輸出入構造である。

 先端兵器を生産できる工業力を持つ経済でありながら、その輸出入構造は、全く工業国の体を成していない。ロシアの輸出入構造を改めて見ると、天然資源とその一次加工品をもっぱら輸出し、完成品としての工業製品、資本財として、耐久消費財として、そして日用品としての工業完成品について、もっぱら輸入しているということが明白となる(通商産業省編『通商白書2018年版』)。それも一方で先進工業国を多く含むドイツ等の欧州との取引でそのような関係にあるだけではなく、後発工業化国である中国との輸出入関係でも、天然資源と一次加工品を輸出し、電話機を中心とした機械工業製品をはじめ、多様な工業製品をもっぱら輸入している(ジェトロ中国北アジア課編)。

 輸出入構造だけを見ると、工業国とは全く見て取れない状況である。豊かな天然資源をもとに、購買力平価で見た一人当たりGDPは、中国を上回っているが、先進工業国やオーストラリアといった一次産品輸出主体の高所得国とは比べ物にならない低い水準である。2020年には、米国63,414ドル、ドイツ54,264ドル、オーストラリア52,397ドル、イギリス45,853ドル、日本41,733ドル、ロシア28,213ドル、中国17,204ドル(Global Note202234日閲覧)となっている。中国より大きいが、米国の半分以下であるし、人口規模がかなり近い日本と比較しても、その3分の2強の水準といったところである。国民全体が、豊かな天然資源の輸出を通して、オーストラリア等と並ぶような先進工業国並みの豊かな生活水準を実現しているわけでもない。

 しかも、ロシアの輸出入を見てみると、基本的に一次産品ないしはその一次加工品を輸出し、工業製品を輸入していることは、対世界でも、対中国と同様である。この国が、工業製品でもある核ミサイルの保有台数では世界一であり、それらは自国産のミサイルでもある。「先端」的な軍備品の保有高では世界一であり、それらについて国内工業基盤を利用して生産してきたはずである。しかし、携帯電話ないしはスマートフォンについては量産できないらしく、中国からの輸入品の第1位が電話機輸入で、53億ドル余りになり、ロシアの電話機輸入の71%を中国製が占めていることとなっている。中国に原油や天然ガスを売り、中国からスマホを輸入しているのである。ロシアから中国への輸出の上位10品目に、機械関連の製品は全く入っていない(ジェトロ中国北アジア課編)。

 このことが意味するのは、私がその存在の重要性を強調してやまない機械工業の基盤産業がソ連崩壊後に消滅したと考えられることである。ソ連時代は、国際競争力はなくとも、東側諸国の工業製品生産国として、機械工業の基盤産業も存在していたと思われる。それがなければ、曲がりなりも国産部品だけで乗用車を量産することは不可能である。国際競争力が全くないとしても、機械製品を部品から国産化することは不可能である。私の記憶に残っている一例を挙げれば、私の大学院生時代、1970年代に旧ソ連を旅行した院生仲間が、買ってきて見せてくれたソ連製の腕時計を挙げることができる。確かにそれは腕時計であり、当時の円換算で見ても、極めて安い時計であったが、動くことは動き、時を刻んでいた。しかし、当時の日本ではクォーツが導入され、時計は時間が狂わないことが当たり前になりつつあったが、その腕時計は、毎日時間を合わせないと、決まった電車に乗るためには使えない代物であった。しかし、動くことは動いたのである。毎日時間を合わせれば、なんとか決まった電車に乗るためにも使えた。

 当時のソ連では、スプートニクを打ち上げることができ、核弾頭付きの大陸間弾道弾を数多く保有できただけではなく、耐久消費財としての機械製品も、国内で部材から生産できた。繰り返すが、先の腕時計とかソ連崩壊時のラーダといった乗用車生産の産業の存在で象徴されるように、全く国際競争力はない量産機械ではあったが、純ソ連産の量産機械も生産可能であった。

 その旧ソ連の中核部分を引き継いだロシア、そこでの輸出製品が、ほぼ天然資源とその一次加工品に限られ、機械製品は、対中国でも量産耐久消費財としての機械どころか、資本財としての機械についても、全く10位以内の輸出品目に入っていないのである。それに対して、先にも指摘したように、中国の対ロシア輸出の第1位製品は、スマートフォンを中心とした量産電子機器としての電話である。もちろん、その部材、ましてや生産のための資本財全てを中国国内で生産しているわけではないが、完成品としての電話が中国からの輸出品の10%近くを占めているのである。ロシア国内で、中国で少し前までやっていたように、また今インドで本格化しているように、部材を海外から調達して組み立てる、ということでもないようである。

 藤原克美氏の研究によれば、工業製品を海外に依存するのは、機械製品に限定されず、繊維製品においても、アパレル関係の布地生産や、そして紡織機械生産についても、かつてのソ連時代には国内に存在し、自給していたが、ソ連崩壊後、ほとんどその存在が消え、一部のアパレル用以外のカーテン等のための布地の生産が残っているのみであるとのことである。また、かつては存在した紡織関連の機械の国内生産もほぼ消滅したとのことである(藤原克美、2012年)。

 豊かな天然資源依存の国、たとえば、オーストラリアでも、かつては乗用車の組立工場が外資系企業の直接投資の形、幾つもオーストラリア国内に存在していた。しかし、完成車輸送コストの低下と生産拠点の集中による規模の経済性のより一層の進展から、外資系乗用車組立工場の撤退が一斉に生じ、今やオーストラリアで組立てられる量産乗用車は存在しない状況となっている。

これと似たような状況が、天然資源はオーストラリア同様に豊富だが、オーストラリアほど一人当たりGDPが高くないロシアでも生じているといえる。豊かな天然資源で国民生活を支え、工業製品については資本財から耐久消費財、そして日用品等の非耐久消費財まで、高級品は欧州依存、中低級品は中国やトルコ依存となっている。自国系企業が生産する国内工業生産品の多くは、低級品市場を含め、少なくとも海外で販売できるような競争力を持つものではなくなっているし、国内供給者としての存在すら怪しくなっている。工業製品として国際競争力を持つものとして残っているのは、旧ソ連時代から、性能としては一流のはずの軍需用製品だけということになる。

 さらに、一流のはずの軍需用製品であるが、ウクライナ侵略を通して伝えられる軍が使用する通信機器の水準は、傍受可能な製品を軍需用に使用しているといった水準にあるとのことである。軍用の一部すら、輸入民需製品に置き換わっていることが推測される。

 今回のウクライナ侵攻で、米欧諸国からの最新機器やそれらの生産のための部材の輸入が困難になっている。このことが長期に続けば、かつてのソ連圏の工業のように、海外との競争から守られた市場を、少なくとも旧ソ連圏内のいくつかの国を含めた市場を対象に国際競争力はないが、その市場内では供給できる工業企業群が再生するかもしれない。ただし、そのためには、中国そしてトルコやインドからの輸入が途絶する必要があろう。これらが途絶せず輸入可能である限り、旧ソ連圏のような市場の孤立は生ぜず、中低価格品では圧倒的な国際競争力を持つ中国等の後発工業化国からの輸入品にロシア市場は席巻されることとなろう。ただ、その限りでは、軍需品の遅れている部分を、スマホ輸入のように輸入製品や部材の活用で、ある程度克服できるかもしれない。

 

 プーチン大統領にとって、ゼレンスキー政権を打倒し、傀儡政権を擁立するためにウクライナ侵略することは、それゆえ、短期に政権打倒を実現することが絶対条件であった筈である。それによって、ロシア国民の生活に大きく影響するような事態を避けることが、不可欠だった筈である。

 しかし、今や1ヶ月以上経過し、首都キーウ陥落は諦めざるを得ない状況にある。ゼレンスキー政権のウクライナ内での存立基盤は、一層固まり、傀儡政権擁立どころではない。東部の2州とクリミア半島への陸路を占領したとしても、そのことは、ロシア国内向けのプーチン大統領のポーズにとっては意味があるとしても、原油天然ガスの輸出販売市場としての欧州の確保や欧州からの中高級消費財の輸入の本格的な再開にはつながりそうもない。欧州製品については「欲しがりません。勝つまでは」といつまでロシア国民は我慢するのであろうか。我慢できるのであろうか。

 原油や天然ガスの欧日からの需要は低水準にとどまり、ジリ貧となろう。それを中国やインドからの需要が全面的にカバーできるとは思えない。今、原油価格が高騰しているから見えていないが、原油価格水準が落ち着きを取り戻したら、どうなるのであろうか。原油や天然ガスについては、量的な充足が問題である。代替エネルギーを含め、多少高くてもエネルギーとして量的に確保できれば、ロシア産にこだわる理由は全くない。しかし、米欧日の資本財は、量ではなく、代替不能な製品群を多く含む。先端半導体のように、あるいはそれを生産するためのASMLの露光装置のように、これらがなければ、先端兵器を含めた機械工業製品をこれから作っていくための基本的な資本財に欠けることとなる。

 

 ここまで見てきて最も感じたことは、旧ソ連解体時の新古典派経済学者の提言が、見事に生かされたのが今のロシアである、ということができそうだということである。当時のグローバル経済を前提に、旧ソ連での比較優位産業をみれば、それは天然資源を採掘し一次加工程度を行い販売することである。つまり、世界市場に開かれた形での比較優位を追求した結果、素直に比較優位産業である資源販売を核とする産業構造にシフトして、それなりに豊かになったといえる。同時に、それは比較劣位であった機械工業等を含め市場に委ねた工業製品分野は全て放棄する方向、一般市場で取引される工業製品の生産を放棄する方向である。まさに、その方向での徹底的な経済構造・産業構造のシフトが実現したのが、今のロシアであろう。

 比較優位を追求した結果と資源賦存の状況から、依然として巨大な天然資源供給国であり続けられたことで、世界経済の中で一定の位置を占め、強国としてのロシア、巨大な軍需生産と軍事力をもつ国家として再生産可能となった。軍備に関する部分は市場の競争に委ねなかったがゆえに、新古典派的世界に開放しなかったがゆえに、工業生産全般が解体しても、それなりに当面、少なくとも30年間ほどは完成品生産能力としては残った。旧ソ連解体30年後の今、部材生産がどこまでできているかは不明だが。

つまり、軍機の完成品生産は、中央政府が天然資源で得た資金を、直接その維持再生産のために注ぎ込んでいるがゆえに存在しえている。同時に、今、ロシア系企業として半導体生産で残っているのは、技術的に大きく遅れた軍需依存の企業数社だけだということも報じられている。これらのことは、まさに市場からほぼ完全に遮断した時に生じることと、グローバルな市場競争に素直に委ねた時に何が生じることとの双方を示唆している。

 

 勝手に、色々、中小企業を中心とした産業論の元研究者として、ロシアの工業に関して、思いつくことをそのまま書いてきた。ここで考えたいことは、産業論の視点から見た場合、電撃的な侵略で、一挙に既存政権を打倒し、傀儡政権を短期間に擁立し、ロシアの勢力圏としてのウクライナを作り出す以外に、今回のウクライナ侵略が、プーチン大統領なりに意味を持つものとなりうる可能性はあるのか、そのための検討でもある。

産業論的視点から見た現況は、ウクライナの産業にとって、大規模な物理的な破壊が行われており、これほどの悲劇的なことはないといえる。同時に、ロシアの工業基盤の状況から見れば、ロシア経済にとっても、侵略による戦争状況が、長期化すればするほど、天然資源依存の国民経済とその下でのロシア国民の生活を維持することは、困難になるといえる。それを少しでも緩和しているのが、中国からの工業製品輸入であり、トルコやインドからの工業製品輸入であると言えよう。これがなければ、ロシアの一般市民の生活は、まともな新品の衣服さえ手に入らない状況に一気になろう。侵略戦争をプーチンの顔が立つように終えられるまで、プーチンを圧倒的に支持するロシア国民は、「(欧米製品については)欲しがりません。勝つまでは」すなわち「勝つまでは(中国製やトルコ製で)我慢、我慢」ということになる。このような国民に大きな犠牲を生じる状況は、いつまで持つのであろうか。ロシア国民のプーチン大統領支持が一挙に縮小するのは、結構間近ではないのか。同時に、当面は、工業製品の主要供給国としての中国そしてインドやトルコの対ロシア姿勢が、プーチン政権の生命線となる、ということでもある。

 

参考文献

Global Note「世界の1人当たり購買力平価GDP 国別ランキング・推移(世銀」( https://www.globalnote.jp/post-3389.html  202234日閲覧)

経済産業省編『通商白書2018年版』(https://www.meti.go.jp/report/tsuhaku2018/2018honbun/i1250000.html、 

202244日閲覧)

中国北アジア課『2021年の中ロ貿易、輸出入とも3割超の伸び、中国はエネルギー禁輸への反対表明 』(ジェトロ2022317日、https://www.jetro.go.jp/biznews/2022/03/af99a5fab099f762.html  202244日閲覧)

藤原克美『移行期ロシアの繊維産業–ソビエト軽工業の崩壊と再編』(2012年、春風社)

 

2022年3月13日日曜日

3月12日 本格的春の到来 ゼラニウムとサルビアの露地植え

 部屋の中で冬を越したゼラニウムを
エントランスに出しました。
窓辺でたくさん花をつけ
春を迎えました。

この花の咲いているゼラニウム、テラスで冬を越したものです。
テラスのゼラニウムも花をつけ、
葉の色も濃い緑、
軒下で冬を越したゼラニウムは、
花をきれいに咲かせることができず、
とりあえず、冬をなんとか乗り越えた姿です。

これから軒下で冬を越えたゼラニウムも
本格的な春を迎え
本来の緑ときれいな花をつけてくれると
期待しています。

下の写真は、本日、露地植えしたサルビアです。
テラスで冬を越し、
花をつけていましたが、勢いは今ひとつ
これから、露地で春の光を浴び
緑の葉と朱の花が鮮やかになると、
楽しみにしているところです。

花壇を本格的に耕し、
底に肥料として生ゴミを処理したものを
たっぷり入れました。
元気に夏を超え、秋に霜が降りるまで、
楽しみです。





2022年2月17日木曜日

2月17日 陽春、我が家の庭の梅、咲き誇っています 

我が家の庭の梅、今が盛りです。
今、庭には3本の路地植えの白梅がありますが、いずれも、
かつては盆栽の梅でした。
1980年代後半に亡くなった父が健在な頃、
毎年のように梅を中心とした盆栽をいただいた時期がありました。
盆栽として育てることを持て余し、
その多くを、路地植えにしました。
何本かは枯れてしまいましたが。
そのうちの3本が、その後数十年の年月を超え、
咲き続けています。
上の梅は、その中で最も大きくなった梅です。
古木の風格が出てきています。

下の梅は、上の梅の木に比べ、小さめですが、
よく花をつけます。

梅の木の下、この時期、香りも素敵です。
今日の青空のもと、梅の香りを味わってきました。
もう一本は、池の向こう側の松の脇にあります。
あまり目立たないところに植っているのですが、
一番多く、実をつけ、
妻のつくる梅干しや梅酒の材料を提供してくれます。

 

2022年1月24日月曜日

1月24日 FT記事、‘Russia Builds ‘fortress’ against western threats‘ を読んで

 FT記事を読んで

Seddon, M & P. Ivanova Russia Builds fortress against western threats’

FT, 19 Jan. 2022, p.2

渡辺幸男

 この記事は、基本的に今のロシアの対外スタンスを端的に表現しているものであった。対ウクライナについてのロシアの強行姿勢の背景について議論していて、その中心は、米欧諸国からのウクライナ政策についての金融制裁に備えているし、その水準は十分なものだ、という内容である。

 備えの第一は対欧州へのガス供給である。ロシアのガスへの欧州諸国の依存はあまり減っておらず、ガス供給制限を行うという脅しは十分意味がある、というのが、この記事の第一の論点である。第二は、米国の金融制裁に備え、外貨を積み増し、しかも外貨の構成でドル依存を減らし、金や人民元を増やしているという点である。この原資となっているのが、一方での石油価格高騰であり、他方での、成長率を抑え、国内インフラ投資の抑制していることであると指摘している。

 資源大国ロシアの面目躍如、これが原資となりプーチン大統領の対外政策での強気、侵略的姿勢、勢力圏の設定努力を支えていると言える。このような内容の記事である。

 この記事を読んで、プーチン大統領の強気の対外政策の、よって来たる所以を私なりにより強く理解できた。今のロシアにとって、資源価格の高騰は、強気の対外政策を実行する好機である、ということができよう。このような状況は、ごく短期なものではなく、それなりに継続する短中期なものといえよう。

 大きく状況を変えるとしたら、欧州のエネルギー依存の状況が、ロシアのガスを1つの中心とするものから、自然エネルギー中心、そして原子力発電の復活拡大による変化が本格化し、大きく変化する長期的な動向である、といえよう。それゆえ、資源大国ロシアとその強気は、当面、短中期では、維持されるということになろう。

 ただ、この記事の最後の方での指摘が、私には大変気になった。ドル依存を減らすために、ロシアが外貨の保有構成内容を変えるのみではなく、外貨の積み上げ努力をしており、そのために、国内景気への刺激を抑え、低成長率に甘んじ、またその流れとも言えるが、インフラ投資も抑えているということである。このことは、長期的な意味、特にロシア経済の現在の弱点を修正とするというより、悪化させる長期的な含意が大きいと、私には思える。

 ロシア経済は、旧ソ連解体後、一層、資源輸出国としての性格を強めている。その一方、軍事産業、すなわち政府需要依存を中核とした産業部門を除く、工業部門の国際競争力、もともと旧ソ連時代にもなかったが、旧ソ連圏内の囲い込んだ市場の需要を確保でき、それに依存して多様な工業部門がロシア国内に存在しえていた。そこから、旧ソ連解体後の国内市場での米欧企業、そして中国やトルコといった後進工業化国の企業との競争が生じ始めるという状況下で、資本財から工業原料そして安価な量産消費材まで、対外依存が高まっている。戦後高度成長期後半の日本と同様に、一通りの工業生産を国内生産できた旧ソ連時代と異なり、今や、工業面で内需対応能力のある国内生産のロシア系企業が激減しているだけではなく、外資系の企業のロシアへの直接投資も限定的であり、国内で内需向けの工業製品を生産することは、量産的な消費財から設備投資用の資本財に至るまで、基本的に困難になり、多くを輸入に依存せざるをえないようになっている。(藤原克美『移行期ロシアの繊維産業 ソビエト工業の崩壊と再編』(春風社,2012)は、本ブログでもかつて紹介したが、旧ソ連では繊維製品を繊維機械から始め紡績から衣服製造まで国内向けにソ連の国内企業が生産し、国内市場に供給していた。が、ソ連崩壊後は、衣服用の布帛は輸入品に変わり、繊維機械生産は壊滅的状況にある。国内完結型の繊維産体系が崩壊したことを示している。)

すなわち、工業製品については、相対的に優良あるいは安価な海外生産製品に大きく依存していることになる。多様な工業製品について海外生産品に依存していることでは、ある意味で現在の米国と共通しているのであるが、決定的な違いは、米国には企画開発し販売を行うファブレス的な先進工業製品生産企業が、多数立地しているのに対し、ロシアの場合、生産基盤が国内に存在しないだけではなく、国際競争力のある企画開発するファブレス企業も、ほとんどその存在は、我々には伝わってこない、という状況なのである。

 すなわち、国内市場向けの外資による乗用車生産工場も国内に存立しなくなった豊かな国オーストラリアと同様な状況、より人口が多く、一人当たりの豊かさでは、オーストラリアと比較すれば、まだまだな水準の国でありながら、その世界経済での位置づけでは同様になっていると言える。ただ、人口は、オーストラリアが25百万人余であるのに対し、ロシアは144百万人余である。六倍近くである。資源大国であったとしても、これだけの数の国民を、その生活水準面で米国並みに近づけるためには、資源大国である一方、他方での工業先進国であること、工業製品分野での、何らかの意味での先進化が必要であろう。この点では、全くもって未だの感があるのが、ロシアという資源大国である。

 このような状況での、インフラ投資抑制、成長率抑制が意味するものは何か。これが、このメモで考えたいことである。もちろん短中期ではなく、長期的なロシア産業そして経済展望ということになる。米欧からの経済制裁、ここからは、高級消費財や資本財等の先端工業製品の輸入が多少困難になる可能性が存在する。しかし他方で、中国やトルコとは友好関係を構築しており、それゆえ、安価な消費財や部材とそして量産的な電子製品等についての貿易関係も順調であろう。ロシア国内企業の工業生産が、米欧による経済制裁の過程で、国内市場向けにでも多くの分野で復活し、ロシア国内での市場競争力を構築することができる展望を見出すことができるかどうか、これがロシア経済の長期的な課題であろう。

 しかし、今のインフラ投資を抑制し低成長を受け入れても、米欧諸国と対立しながら、旧ソ連圏諸国への対外強行政策を維持する、というプーチン政権の姿勢から、このような展望は、全く見出せない。プーチン大統領が君臨していると考えられる短中期的な期間では有効な対外政策だが、プーチン後のロシア経済の展望としては、全く逆行的な政策であると思える。この政策は、トルコや中国経済の発展にとってはロシア市場を今以上に確保できるという意味で大きな意味がある。がしかし、ロシア工業にとっては、経済としての長期的発展には逆行する政策といえよう。私にはプーチン大統領の当面の君臨維持のためだけの政策にみえる。ロシア経済の先進工業化のためには、全く逆行的と思えるのである。軍需産業以外についての国際競争力のある工業分野企業のロシア国内形成が、海外企業のロシアへの直接投資を含め、天然資源輸出優先と国内インフラ低投資からは、全く見えてこない。

 資源立国ロシアの資源を利用した国際的に優位な強い立場、そして当面のその維持は可能でも、それ以後の発展展望が見えない。プーチン大統領の野望、威信維持のために、偉大なロシア(帝国)再建のために、長期的発展、豊かな天然資源を活用した豊かなロシア経済とそして豊かなロシア国民生活への道の模索が停止されているのではないか。そのように感じられてしょうがない。

 余計なお世話、資源輸入国日本の老人が危惧する必要が全くない話であるかもしれない。しかし、豊かな安定した隣国の誕生は、隣国日本や中国、そして欧州諸国にとっても大変大きな意味のあることであろう。それに対して、軍需用の一部分野を除いた一般的な工業製品については、ほぼ全面的に外資そして輸入に依存する資源大国、国民的な豊かさを実現し難いが故に、国際的な威信の回復を領土的な覇権によって自国民にみせざるを得ない政府、これは隣国にとっては、大変厄介な話である。

北方領土問題も、この脈絡からは、絶対何らの進展も見せないであろう。弱い工業生産力にもかかわらず、強力な覇権国家であることを常に国民に示すことが存立継続の第一条件となっているプーチン政権にとって、領土を拡大することを志向したとしても、第二次世界大戦で事実上獲得した領土を一寸たりとも隣国に戻すといったことは、政権としての自滅以外の何者でもなく、絶対的に避けるべき事態であろう。

2022年1月1日土曜日

1月1日  壬寅元旦

 壬寅元旦

謹 賀 新 年

渡辺幸男

 

今年も、元気に新年を迎えることができました。本年もよろしくお願いします。

昨年1年間、ほぼ、住まいがある中郡二宮町から出ない生活。出ても中郡大磯町の東海大大磯病院に、ほぼ定期的に三月に一回ほど通院する、あるいは、買い物に近所の市や町のDIYに出掛ける程度でした。会議や学会の多くも、リモートで開催されたので、自宅から出ることなく、多くの方と議論をし、打ち合わせをしました。

昨年は、正月の一族の集まりも中止し、静かな正月、といっても娘家族6名は来ていたので、それなりに賑やかでしたが、いつもよりはですが。また、昨年、多摩川を越えたのは数回、最後は10月に中小企業研究奨励賞審査の際、現物の応募作品を一覧する必要から、第1回専門委員会に出席するため、茅場町まで出かけました。新型コロナのため、ということができますが、元来の出不精であり、自宅での庭いじりと周辺の散歩で毎日を過ごし満足する私にとっては、それほど普段と変わらない日常で、楽しく過ごしたと言えます。

20194月に受けた腰椎あたりの骨髄炎の手術、骨髄炎そのものの再発もなく、痛みは全くないのですが、骨髄炎の炎症で圧迫されて神経の一部が傷み、右足に痺れが残っています。平らなところならば、杖を使わず、歩き続けることができるのですが、坂道をそれなりのスピードで歩くためには、杖が不可欠なような状況のまま、この2年半を過ごしています。私の住む二宮町百合が丘は、名前の通り丘にできた住宅地なので、家から出れば、登るか降るかしかなく、坂道を散歩で歩き回るには杖が必携となっています。

手術後、右足の痺れが残ったこともあり、運転中に血圧が上がり、問題が生じる可能性を感じたので、昨年の春、免許の更新を諦めました。そのため、坂の上のほうに住みながら、運転ができず、近所での買い物も、車を使うことはできなくなり、散歩のついでにスーパー、コンビニやドラッグストアに立ち寄る時に行うような状況です。杖をついての移動や買い物、そして妻の運転での買い物、これが日常になりました。

また、中小企業の研究者としての名残りは、中小企業研究奨励賞の審査委員、今年度からは審査委員長ということになりましたが、これが唯一の定期的な研究面の季節労働となっています。10月から翌年3月まで、中小企業研究書を読み、評価をし、選評を書くといった作業を毎年行っています。昨年の10月から、興味深い本も、私にとっては評価できない本も、幾つも読み、私なりの評価原稿を書いてきました。審査委員間の評価が割れる著作も多く、経済部門の主査として、委員会の見解まとめる苦労を、ここ数年繰り返しています。一般の審査委員であったときは、自分の見解をもっぱら主張し、後の始末、まとめは主査にお任せだったのですが、自分が主査となると、そうはいかず、ヒラの審査委員の立場での参加が懐かしく感じられるこの頃です。

 また、昨年は、黒瀬直宏、小川正博、向山雅夫の3氏と共著で出した『21世紀中小企業論』の改訂が進行しました。すでに第3版を2013年に出し、定年退職し、講義を持たなくなった私としては、今更中小企業論の教科書を改訂し

ても・・・、と思っていたのですが。まだ現役の仲間から、統計等が古くなっているから教科書として使いにくいので、改訂しようという話が出て、また、毎年のように増刷がなされていることもあり、有斐閣の編集者の賛同も得られ、改訂版を出すことになりました。その作業として、原稿修正、初校校正、第4版用序文執筆といったことを行いました。今年中に、再校の校正を経て、出版される予定です。私の単著は2016年出版の『現代中国産業発展の研究』という慶應義塾大学出版会から出た本で最後ですが、研究者の名残りで教科書の改訂版を出すことになったと言えます。

 このような研究者の名残りの仕事、そして庭仕事以外、現在の私の日常の大きな部分を占めるのが、好きな本、好みの分野の本を濫読するということです。大きく2つないし3つの分野の本が気になっています。1つは、近世・近代の東アジア経済史です。これはまだかつての研究者としてテーマに近いのですが、後2つは、大きく離れています。

1つは中国と中央アジアを中心とした古代史と中世史、近年多くの遺跡が新たに発掘され、新たな史料が数多く発見解読されています。これまでになく、その時代の経済的政治的実態が明らかになってきています。素人として、文庫本レベルから科研費による研究の成果物としての著作まで、楽しく濫読しています。学生時代にスウェン・ヘディンの全集を読んで以来気になっていたテーマで、その蒸し返しとも言えます。

今一つは、インカ帝国に代表されるような中南米のスペインによる征服以前の歴史です。これも、近年多くの成果物が出版され、素人にも理解できるような形で成果が示されています。改めて、濫読の楽しさを味わっています。

 濫読の対象については、中小企業研究奨励賞の審査のように、文献についての評価を自分なりに行うこと、これは全く必要ありません。当たり前ですが。でも、このような読書を自由にでき、かつ、それを読書の中心としてできるのは、ゼミに入る前の20歳までの時代以来と言えます。本を読むのが好き、しかも理屈っぽいのが大好き、ということを再認識しています。

また、3つのテーマ間のつながりは、私の頭の中にも全くありませんが、好きということは、このようなことだと考えています。