2021年3月20日土曜日

3月20日 植田浩史・三嶋恒平編著『中国の日系企業』を読んで考えたこと

植田浩史・三嶋恒平編著『中国の日系企業 蘇州と国際産業集積』

慶應義塾出版会、2021年 を読んで  渡辺幸男

 

本書の目次

序章 問題意識と課題                     植田浩史

 

第Ⅰ部 国際産業集積の形成                  伊藤亜聖

第1章         国際産業集積 “蘇州” の形成と変貌           植田浩史

第2章         中国の日本企業と製造業現地法人            植田浩史

第3章         蘇州への日本企業の展開                植田浩史

 

第Ⅱ部 自動車部品産業

第4章         蘇州の日系企業からみる中国自動車部品産業の発展    三嶋恒平

第5章         日系自動車部品2次サプライヤの中国進出生産管理活動  的場竜一

 

第Ⅲ部 中小企業と基盤的技術

第6章         中小企業と蘇州                    植田浩史

第7章         蘇州地域における蚊型の取引構造と重層的供給構造    田口直樹

−品質とコストの相克−

第8章         中国ローカル市場に切り込む日系中小企業        田中幹大

 

終章                             三嶋恒平

 

はじめに

 本書は、目次で示したように、植田浩史慶大教授を中心とした6人による共著である。基礎的な資料での蘇州産業集積についての概観的紹介を踏まえたうえで、蘇州に進出した様々な日系機械工業関連企業を、乗用車一次部品サプライヤからなる大企業群と、基盤産業を中心とした中小企業とに大きく分け、蘇州進出から現在までの個別企業の環境変化の中での対応状況を、事例を通して丁寧に紹介する、事例調査を軸とした調査研究である。

 中国に進出した日系企業についての研究ということで、私が2000年から行なってきた中国現地工業中小企業群の調査研究とは、方法的には極めて近く、同じ中国の工業のダイナミズムの内容を事例調査から解明しようとするものであるが、対象が異なり、いわば相互補完的な関係にある、と言える著作である。

 本書を、共編著者の植田・三嶋両氏の連名で出版早々送っていただき、そのタイトルと内容、さらにはこれまで個人的に伺ってきた話から、すぐさま、読み始めた。最近、かつてのような勢いで本を読むことができなくなっているので、大変興味深い本ではあるが、私としては時間がかかり、ようやく今週初め(315日ごろ)に読み終わった。その読書の途中から、感想文のメモを書き始め、それを最終的に書き終えたのが週半ばである。それを、まずは植田浩史氏に送った。受領し目を通した旨の返事をいただき、その内容は、感想文に対しての拒絶的反応を示すものではなかったこと、公刊された著作であり、関心のある方はどなたでも本書を手にすることが可能であることから、私のブログにも掲載し、私の感想文についても関心のある方に幅広く目を通していただき、こちらにもコメントをいただけたらと考えた次第である。

 

1、本書の結論部分を読む前に感じたこと

以下は、本書の「終章」を読む前に、第Ⅲ部までを読んで感じたこと、私なりに考えたことを書いてみたものである。

 本書は、植田浩史慶大教授グループによる中国江蘇省蘇州市の日系企業を中心とした、15年間にわたる現地調査の成果である。「アジア的規模で展開する日本の製造業・企業の現段階における特徴を論じることを課題」(同書、1ページ)とすると書かれている。本格的な長期にわたる定点観測的実態調査に基づく、日系製造業企業の中国蘇州市進出を核とした地域産業集積論である。

 本書の特徴は、何よりも、蘇州市の産業集積の形成と現状を概観した第I部、蘇州市に進出した日系自動車部品企業群の展開の特徴を1次サプライヤの現地工場を中心に描いた第Ⅱ部、そして自動車産業関連を含みながらも、多様な機械金属工業関連の日系中小企業の存立展開を描いた第Ⅲ部と、終章から構成されていることにある、と私には思えた。概論の第Ⅰ部と終章を別とすると、企業聞き取り調査という膨大な実態調査を積み重ねてきた対象それ自体を分析した際の対象は、大きく2つに分かれている。まさに2つに分けて見る必要のあるのが、蘇州の日系企業のあり方であるようである。そして、そこから示唆される中国進出日系機械金属工業企業の2つの方向である。

1)第Ⅱ部を読んで

 つまり、第Ⅱ部と第Ⅲ部で、同じように中国蘇州に進出した日系企業でありながら、そのあり方が決定的に異なることが示されている。第Ⅱ部の大半を占める乗用車部品の日系1次サプライヤ企業群、そのほとんどは大企業であるようだが、それらは、日本国内での乗用車完成車メーカーとの関係を、現在まで引きずり、欧米企業系現地企業を供給先として開拓することはできても、現地地場系企業からの受注を一方の受注の柱とすることは、ほとんど不可能な状況であることが、明確に示されている。しかも、これらの一次部品サプライヤの多くは、日本国内では特定完成車メーカーに系列化された企業ではなく、独立系のサプライヤということである。さらに、蘇州とその周辺地域には、地場企業と欧米企業の完成車工場はあるが、日系企業のそれはほとんど存在しないにもかかわらず、そういう結果となっている。

 第Ⅱ部の事例研究で解明されている姿として、自動車部品1次サプライヤにとっての元来の市場であった日系完成車メーカーとの関係を変えること、あるいは変えてまで現地地場完成車メーカーとの取引関係を強化することは、経営的に意味がないということが描かれている。日本国内で系列取引関係に象徴されるような、開発段階からの密な関係を完成車メーカーと取り結び、そのことを活かして日系部品メーカー間の相互の激しい競争を生き抜いてきた1次サプライヤ企業群(多くは、系列部品メーカーではなく、独立系の1次部品サプライヤにもかかわらず)は、中国でも日系完成車メーカーが大きな市場シェアを持ち、日本国内とならぶような市場を提供する状況にあれば、その関係の中で自らの発展可能性を追求することが最も容易であるし、これまでの受注開拓行動ないしは文化を大きく変えることなく、経営を発展させることができる、ということを意味している。

 発展への慣れ親しんだ形態を大きく変えてまで、またそのために現地工場に本格的な製品開発機能を持たせてまで、異なる企業文化を持った現地地場完成車メーカーからの受注を開拓する必要性を感じないし、意欲を持たない、ということが明らかにされている。1次サプライヤ企業にとっての現地工場・法人について日系完成車メーカーのための現地部品生産工場としての位置付けは、大きくは変わらないし、変える必要性がないし、変えるための努力は無駄ということであろう。特に、コラム(同書、375ページ)で書かれていたように、一定期間の駐在員として現地工場の管理を担当する日本人の管理者にとって、あえてそのような経営的冒険に乗り出す必要性は、日系完成車メーカーの現地の成長市場でのシェアが維持される限り、限りなく小さいと言えよう。

 逆に言えば、中国で成長する市場の1つとしての地場企業への供給を考えるには、現地工場に生産機能とその改善能力と共に、必要に応じて製品開発の機能をも持たせる必要がある。しかし、日系1次自動車部品メーカーは、日本の本社中心の製品開発体制を維持しながら日系企業や欧米企業の完成車メーカーの市場が中国現地でも保証される限り、中国現地地場企業市場を開拓するために生産・製品技術開発を現地化する意欲を削がれてしまう、ということが、これらの事例で明らかにされている。

 

2)第Ⅲ部を読んで

 他方で、第Ⅲ部で描かれている蘇州に進出した日系中小企業群は、異なる様相を呈している。何よりも、その多くは特定の機械加工サービスや金型あるいは一品生産型を含む産業機械の製造といった分野の企業であり、第Ⅱ部の中心を占める量産の際たるものである乗用車部品メーカーの現地工場とは異なっている。日本で発注側と共同開発した量産部品を、中国現地で受注生産するのではなく、生産技術的にあるいは製品技術的にも、一品生産ごとに、あるいは受注ロットごとに相手型のニーズに対応する努力を求められるような業務を担当するような中小企業群も含まれる。これらの企業の扱う製品や生産は、製品・生産技術を開発することと、日常的に生産することとを時間的、地理的に乖離させることが可能な量産型の部品製造とは異なり、同時並行的ないしは連続的に一体として開発と生産を行うことが求められている。

 これらの企業の場合、今、生き残っている中国に立地する日系企業の場合の多くが、現地地場企業からの受注開拓にも成功している企業ということになる。しかも、それらの企業の多くは、元々日本で行っていたような形態での生産技術開発や製品開発のあり方とは、形態を変えながら、現地企業の状況やニーズに応えながら、存立展望を切り開いている。あるいは、変えることができたから、中国蘇州で、現在でも存立展望を持ち得ていると言えるのかもしれない。

 

2、終章を読んでの感想

 以上を書いた後に、三嶋氏が書いた終章を読んだ。私の本書の内容についての理解に関して、多くの部分が終章で言及されていた。ある部分までは、ほぼ本書の結論と私の理解とは、一致するものと言える。

 ただ、勝手に私が本書からの含意を読み込んでしまった点があった。それは、中国における市場環境での、乗用車部品一次サプライヤと、他の機械類を含めた製品・部品向けの機械加工サービスや金型生産に専門化した中小企業との間での、大きな差異の存在のよって来たる理由についてである。中国の乗用車市場は、この調査期間、ほぼ順調にかつ急激に拡大し、世界最大の市場へと変化していた。しかも、その中で日系乗用車メーカーは安定的に大きなシェアを確保していたことと、それらの日系完成車メーカーに完成部品を供給する一次部品サプライヤとの関係が、完成車メーカーにとって、極めて市場競争上重要であったこと、これらにより、中国最終市場の発展、日系完成車メーカーの現地生産の拡大、そして一次日系部品メーカーの現地部品生産拡大が、並列的に進展したことの持つ意味でもある。

 それに対して乗用車の二次サプライヤ層を含め、種々の機械生産に対応した機械加工サービスや金型、専用機といった、二次サプライヤや周辺機器サプライヤにとっては、事態は同様な形で進展していないこと、このことの持つ意味でもある。機械工業だけ見ても、多様な業種で中国現地生産を開始した日系中小企業が多数存在する。それらの企業にとって、ここ四半世紀の中国市場の変化は、乗用車生産での一次部品サプライヤにとっての中国市場とは大きく異なっていたと言える。本書でも、コピー機等の事務機器や電気・電子機器へのサプライヤとして中国の工場進出した機械加工サービスに専門化した中小企業が、数多く紹介されている。しかもそれらの中小企業にとっての市場、進出当初想定していた日本向けの生産、そしてその後発注元の中国進出に従った中国日系企業向けの生産のいずれもが、この間に極めて大きな変動を被っている。

 乗用車生産のように、現地日系企業向けの市場が安定的に拡大するような状況にはなかった。その中で、今存在し、元気に展開している上記のような進出中小企業は、それらの激動を克服してきた企業ということになる。多くの中国進出日系中小企業が撤退していく中、現地の環境変化を克服し、活路を見出し、今元気に企業活動を現地で継続している企業ということになる。

 環境変化に揉まれ、それにうまく対応できた中小企業が、近年も蘇州で調査者の訪問に回答した、ということが言えるのではないか。本書の中でも、序章で「経営環境が大きく変化する時期であった。中小企業ならではの問題に加え、新たに多くの課題を抱えた日系中小企業の中には撤退を決断する企業も見られたが、今回我々が調査した中小企業の大半は、環境変化に対応しながら事業を継続させている」(同書、33ページ)と述べ、撤退した中小企業が存在することも示唆している。同時に、あえて中国に現地工場を展開させることをしたような、あるいはできたような日系中小企業の多くは、積極的かどうかは別として、激しい環境変化に遭遇しながらも、経営主体を変更するような事態も含め、業務内容の変更はもちろんのこと、事業形態を大きく変化させながら、それを克服する努力をし、今に至っているということも、上記の一文は含意していると見ることができよう。また、紹介されている事例群にも、そのことは大きく反映され、所有者が現地化されながら、日系企業としての歴史を活かし、現在も事業としては再生産されているような企業も紹介されている。

 

3、終章を踏まえて、どう考えるべきか

このような認識を前提に、自動車一次部品サプライヤと、基盤産業すなわち機械加工サービス専門化企業や金型生産中小企業との、現地受託先開拓状況の蘇州の事例での大きな差異を、どのように見るべきか、もう少し整理し、検討して見る。

両者の環境変化に対する対応を分けたことについての1つの考え方は、完成部品メーカーと基盤産業企業の差異の結果と見るような考え方である。すなわち、すり合わせ型部品の一次完成部品サプライヤと、基盤産業企業との、専門化した分野の違いに注目する見方である。

日系の完成部品メーカーは、独立系と言えども、日系乗用車メーカーとの共同開発の形で、日本の開発担当部署同士で、独自一次部品を開発している。その開発した部品を利用することも、日系完成車メーカーのグローバル市場での競争力の強さの一因となっている。また日系一次部品サプライヤにとっては、この共同開発への参画が、日系以外の一次部品メーカーとの日系完成車向け市場を巡っての競争優位の大きな要因となっている。それゆえ、日系完成車向け市場が順調に拡大している限り、従来の日系完成車メーカーとの間に構築した共同開発の体制を、大きく変更しながら、新たな受注先を開拓する必要性は低いことになる。その開発体制は、グローバル市場向けの乗用車のために、日本国内で共同して部品を開発するというものであるから、特定市場、たとえ世界最大の中国市場であろうと、そこでも日系企業向けの市場も安定的に拡大している限り、中国で現地市場向けに開発体制を組む必要性を持ち得ないことになる。

それに対して、基盤産業中小企業は、元来多様な多数の受注取引先と取引を行なってきているし、あるいはその可能性を前提に存立している。また、日本国内での存立においても、受注先業種の盛衰や個別受注先企業の成長動向で、最終製品的には大きく製品内容を変えるような状況を経験してきている。時間軸をも考慮すれば、多様な製品向けに特定加工サービスや特定部材を供給しているのが、多くの基盤産業企業の特徴なのである。その多くは日本国内では乗用車生産や多様な機械生産での二次サプライヤであったり、場合によっては機械製品の一次サプライヤであったり、状況に応じて階層的分業構造上での位置は変わるが、その専門化内容は機械加工サービスや製品組み立てあるいは多製品の共通部材の生産といったことについては変化がない。

このような元来日本市場において存在していた両者の業種・業態的性格の大きな差異が、進出先中国での行動変化状況の差異に結びついたと見る、という見方である。

今一つの見方は、現地市場の動向あるいは現地企業との既存受注先をめぐる競争の違いが、両者の差異をもたらしたという考え方である。すなわち、日系乗用車部品一次サプライヤ企業にとっての受注先、日系乗用車メーカーの中国市場での生産の順調な拡大と、日系乗用車部品一次サプライヤとの一体的な部品開発のあり方とが、日系乗用車部品一次サプライヤ企業の現地工場での生産体制の維持拡大につながった、と一方で見る見方である。それに対して、乗用車部品の二次サプライヤ層を含め、基盤産業に属するような企業群の場合、一方で地場サプライヤ層との競争にさらされ、また、多くの企業で当初想定した日本国内向けや中国での現地既存受注先向けの生産が、量的に大きく減少し、質的にも大きく変化し、従来の形態での現地工場の再生産が不可能になった場合が多い、という環境変化面での両者の大きな差異である。

 

すなわち、日系乗用車一次部品サプライヤと日系乗用車メーカーとの独自な関係、それは日系乗用車メーカーにとって中国市場を含めたグローバル市場での優位性確保の一因でもあるが、それゆえに両者の関係を双方ともに変え難く、かつ日系乗用車メーカーの中国市場での順調な発展とが相まって、中国市場での労賃騰貴等の大きな生産条件変化にもかかわらず、日系乗用車部品一次サプライヤは既存の取引関係に安住して成長可能であったが故に、例外的に既存の取引関係を軸に、数十年にわたり変化の激しい中国市場で、経営の拡大再生産を可能とされたと言える。

他方で、基盤産業に属すような中小企業群については、当初の市場そのものがそもそも消滅するとか、地場企業との直接的な競争に晒されるとか、といった理由で、現地生産を維持するためだけにも、大きく業務内容を変える必要性に迫られ、それゆえに、大きく取引状況を変化させ、現地事業の業務内容を変化させざるを得なかった。同時に、それらの基盤産業企業は、元来、受注先の大きな変化に対する対応を達成しやすいような業務形態である、ということも言える。それゆえに、調査結果に現れたような状況が、乗用車一次部品サプライヤと異なり発生した、という理解である。

 そもそもの業務内容が異なることと、置かれた外的市場環境の変化も量的かつ質的にも異なること、両者が組み合わさって、蘇州の日系機械工業サプライヤの2極化が生じたと見るのが、より現実的であろう。 

2021年3月12日金曜日

3月12日 池の鯉に春が来ました

 我が家の庭の池の鯉、春が来ました。
一昨日くらいから、
盛んに泳ぎ回るようになってきました。

餌として、冷凍庫に入れていたパンの残りを解凍し、
ちぎって、池にまいたところ、
きれいに食べました。

春です。池の春です。
これから、池の掃除をきちんとしないと、
水が濁ったり、
酸素不足になったり、
楽しい、忙しい庭仕事の季節がやってきました。

目障りなのが、青鷺よけのネット、
それを張るための棒、
鯉達を、比較的小さめの鯉達ですが、
守るためには不可欠、
これでも、不十分なことが、昨秋、目撃されました。
我が家の鯉が、やられたのを見たのです。
もう少し、密にネットを張る予定です。


2021年3月6日土曜日

3月6日 雨上がりの春のエントランス

 昨夜の雨があがり、春の朝がやってきました。
しっとりと濡れ、
我が家のエントランスの春の花が、
本格的に咲き始めています。

門の前の西洋桜草、
賑やかに咲いています。
クリスマスローズも花盛り。

お隣との境の低い塀に飾ったクリスマスローズ
今年いちばんの花盛り、
茶色鉢の数が親株、
そのためがこぼれたのを、何年かかけ育て、
10鉢以上、今年は花をつけました。

エントランスの玄関に向かって左側、
母屋に沿っては、ノースポールとゼラニウム、
花を本格的につけじめ、
ノースポールは、今一息でピークとなると思います。

これからの1週間、最低気温が氷点下の日はなさそうです。
いよいよ、春の花の季節、
クリスマスローズの蕾が萎れたり、
ゼラニウムの葉が赤くなったり、といった寒さゆえの異変、
もう大丈夫そうです。
これからは、毎週末、液肥をやり、一層賑やかな春を、
と努めるつもりです。
道行く人に楽しんでもらい、私も楽しむべく。

2021年2月16日火曜日

2月16日 73歳の誕生日を再来週に控えての大きな決断

73歳の誕生日を再来週に控えての大きな決断

 

 今朝、昨日までは全く考えていなかった決断をしました。

 今日は、運転免許証の更新時期が近づき、早くから申し込んでいた高齢者講習を受ける予定の日でした。二宮の自宅を9時前に出て、小田原市鴨宮の自動車学校まで車で行き、2時間ほどの講習、座学と検査、そして実習を受ける予定でした。講習の必要を知らせる葉書を昨年受け取るとすぐに講習を予約し、ようやく、迎えた日と言えます。

 朝、体温を測るように昨日教習所からの連絡があったので、いつものように体温を測りました。自分の平熱であり、問題がないことを確認しました。そして血圧を測ったところ、ここ1年ほど無かった高い値が出ました。上も下も両方の値が極めて高く、数回測っても下がりませんでした。昨日までと何が違うのか考え、教習所まで車で行き、そこで実習を含めた検査を受ける、このことが血圧に反映したと気がつきました。最近、いつも出かけていない場所に、自分で運転し行くときには、かなり緊張していたことを思い出しました。

 血圧は高いのですが、私の場合、頭が痛い等の自覚症状は全くありません。車を運転している時に高くなり、気がつかないまま、その時、私の基礎疾患である不整脈がらみで血栓ができ脳梗塞等を起こしたら、と想像しました。自分だけ静かに最後を迎えるのではなく、他の方々を巻き込んでしまう事故を起こす可能性が、極めて高くなります。免許を持っていれば、車を運転したくなります。どうしたら良いか、朝、血圧を何回か測りながら、考えました。

 自分の出した結論は、免許証の更新をせず、免許証の期限が切れるまでは、近所の慣れたところだけを運転する、ということでした。4月初めに免許証の期限が切れます。その後は、妻の運転に依存した生活、一昨年の4ヶ月にわたる入院そして退院後、まさに数ヶ月、そのような生活をしていました。その生活に戻ることにしました。そのことを決め、お茶を飲み、血圧を測り直しました。血圧は、多少高めですが、いつもの水準に戻っていました。

 8時半に教習所が開くので、その時間を待ち連絡を入れ、今日の高齢者講習の予約をキャンセルしました。ドタキャンなのですが、赦していただきました。更新をしないことを一応決め、7時ごろに妻に話し、それからキャンセルをするまでの1時間余、「それでいいのか」、という自問の繰り返しで過ごしました。他の方を巻き込むリスクを考え、正しい決断だと、自分に繰り返し、言い聞かせました。

 

 車に乗らないことを決めたことで、いろいろなことが必要になります。免許証が身分証明書になっていたので、マイナンバーカードも作らないでいましたが、今後はそうはいかなくなります。マイナンバーカード用のまともな写真、自撮りではなかなかうまく撮れません。また、現在2台の車を持っているのですが、それをどうするか、いずれも1ヶ月余りのうちに結論を出す必要があります。大きい方の車は、2月初めに2回目の車検を通したばかりです。しばらくまともに乗れなかったので、これから、本格的に乗りたいと思ってのことです。これも断念することにしました。

 

 私は、18歳になると同時くらいに運転免許を取得し、それから、母親の乗っていたトヨタコロナの中古車を自分用にも使い、そして20歳くらいからは、父親の仕事の関係での付き合いで購入したマツダのルーチェ1600(当時のマツダの乗用車で一番大きな車)に乗ったり、日産のスカイラインGTX(結婚したとき、この車にエアコンがついていなかったので妻が呆れていました)に乗ったりし、子供が増えた1990年前後からは8人乗りのワンボックスカーでの家族ドライブを楽しみ、すべての子供が独立したことで、5年前にXトレイルにしました。それでも7人乗り、どの子供たちの家族が来ても迎えに行けるように。半世紀以上にわたる車との付き合いです。一昨年、長期入院する前までは、車の運転を素直に楽しむことができました。ちょうど半世紀楽しんだということになります。大きな事故もなく、車と付き合えた事、感謝のみです。

 一昨年4月の手術により、入院前には完全に麻痺していた右足も、今では平地ならば杖なしで歩けるように回復したのですが、まだ、痺れは残り、それを意識して、この1年余は大変緊張して運転してきた事は確かです。それゆえの免許更新のための高齢者講習日での異常な血圧の高さとなったと思います。これまで、大きな事故を起こさず過ごしてきました。免許証の期限が切れる4月初めまでも、慣れた道だけの運転に限定し、運転する際には心して運転し、他人を巻き込むような事故だけは起こさないように努めるつもりです。そうすれば、無事、優良運転者で免許証の有効期限を迎えることができるでしょう。 

2021年2月15日月曜日

2月15日 小論 改めて「垂直統合」の対語は何かを考える その2

改めて「垂直統合」の対語は何かを考える その2

「垂直統合」と「水平分業」

「きょうのことば」と日経編『1997年版 経済新語辞典』との対比を通し

 

 日本経済新聞202126日朝刊、13版、3ページに「きょうのことば」欄で、これまで何回も本ブログで取り上げてきた日経での「水平分業」概念が正面から取り上げられていた。まずは、そこでの概念規定を引用する。「水平分業は技術開発や原料調達、組み立て工程などを、異なる企業が得意分野を生かして協力するビジネスモデルのこと」とある。そして対概念である「垂直統合」については「1つの企業が開発・生産のすべてを受け持つ」ものとしている。

 私には、繰り返しになるが、なぜ、片方が「水平」であり。他方が「垂直」なのかが理解できない。「分業」(企業間分業ないしは社会的分業のことであろう)と「統合」(企業内分業のみの場合)が対語であることは、理解できるのであるが。

 そこで、手元にあった、昔買った日本経済新聞社編『1997年版 経済新語辞典 第1版』(日本経済新聞社、1996年)を見てみた。そこでは、「水平分業」と言う概念は取り上げられておらず、似たものとして「水平的分業」と言う概念の項目があった。また、「垂直統合」もなく、あるのは「垂直的分業」と言う概念であった。そこでの「水平的分業」とは、「水平的国際分業ともいう。A国は自動車、B国は船を生産して互いに交換するというように、2国間で工業製品(あるいは原材料品)をやり取りする分業で、垂直的分業に対する言葉」(同書、227ページ)と述べられている。他方「垂直的分業」については、「垂直的国際分業ともいう。先進工業国と発展途上国との間で、先進国が資本集約的な工業製品を生産し、発展途上国の原材料品と交換すると言う形の国際分業で、水平的分業に対する言葉」(同書、226ページ)とされている。

 この日経が出版した辞書での分業(この場合は企業間分業ではなく国際分業だが)における「水平」と「垂直」は、同じレベルの工業製品同士や原材料同士での国家間(企業間)分業関係が「水平」で、原材料と工業製品といった広い意味での工程上の川上と川下での国家間の分業関係が「垂直」であるとしており、分業上の位置関係の差異を表現していると理解される。この水平と垂直の使い分けについて、「きょうのことば」での「水平分業」は、辞書の概念規定で言えば、垂直的な位置関係にある部分が企業間分業をしていることを指し、「垂直統合」は、垂直的な位置関係にある部分が同一企業内に統合されていることを意味すると、私には考えられる。

 少なくとも、日経辞書での「水平的分業」を念頭におけば、工程的には「垂直統合」と同じ工程について、企業間で分業をする関係を指す概念を「水平」分業とは呼ぶことはできない。「垂直」的な工程の企業内統合と企業間分業の差異と言うべきであろう。日経風に言えば、「垂直統合」と「垂直分業」と言うことになろう。私は「垂直的統合」(「垂直的企業内分業」)と「垂直的企業間分業」ないしは「垂直的社会的分業」(マルクス経済学的に)といいたいが。

 

 ここからは、私の勝手な推測である。何故、日経が川上・川下関係として連続する各工程を企業内に統合するのを「垂直統合」と呼ぶのに対し、連続する各工程の一部を他企業に委託したりするのを「水平分業」と呼ぶようになったのか。この点を推測してみたい。

かつて、日本の巨大企業による外注取引関係という川上と川下として連続する工程をめぐる取引関係の多くは「対等ならざる」取引関係で、下請取引関係と呼ばれていた。そして、その多くの場合、自社製品を構成する部品やそれらの加工工程という意味で自社が必要とする特定の工程を、完成品機械生産巨大企業が従属的な地位にあるが所有的には独立企業である下請中小企業に外注していた。今でもこのような関係は続いているが。

 その際の1つの下請外注形態として、OEM発注というのがある。巨大企業が、自社で開発した製品や完成部品の最終組立を、他社、多くは中小企業ないしは中堅企業であるが、それ等に外注し、自社製品として販売する形態である。取引の形式的な形態としては、現在のアップル等のファブレスメーカーと鴻海精密工業等のEMSとで行われている取引関係と、極めて類似した受発注形態である。しかし、現代では有力EMSは巨大化しており、電気・電子機器メーカーとEMSとの取引には、鴻海精密工業とアップルとの取引のような巨大企業同士の取引関係も多く含まれる。巨大企業が一部を中堅・中小企業にOEM外注する、日本に多く見られた「対等ならざる」外注取引関係、すなわち下請取引関係とは、取引関係上での力関係が大きく異なっている。

 そのような力関係が大きく異なっているのが明確なのが、電子機械製品でのファブレスメーカーとEMSとの受発注関係であり、半導体のファブレスメーカーとファウンドリとの受発注関係である。ファウンドリは半導体の製造受託企業であり、かつて日系電機メーカーが下請受託組立生産専門企業に組立工程をOEM発注していたのと、形式的にはほぼ同様な取引関係の下で再生産している。しかし、取引上の力関係を見れば、全く異なる可能性が高い。とくにTSMCに至っては、生産技術的には世界最先端であり、そのために巨大な投資をする先端生産技術の巨大企業となっている。ファブレスメーカーとの取引関係としては「対等ならざる」受発注取引関係、すなわち下請取引関係ではなく、「対等な」受発注取引関係であるといえる。かつて、私が見たような伊那の組立のみを受注する農村工業中小企業、組立方法の習得から組立用設備まで発注側大企業に依存していたそれとは、企業としての存立能力や発注側企業との取引上の力関係について全くの別物である。

 かつて「垂直的分業」は、先に引用した日経の辞書でも明示されているように、先進工業国の工業製品と発展途上国の原材料との「垂直的国際分業」も意味していた。ここでは先進国の工業製品が価値実現上で優位であると言われていた。それゆえ、「垂直」に同一製品の工程間関係という意味以外に、「対等ならざる」関係の意味をも含めて捉える向きもあったようである。優位にあるものと劣位にあるものとの取引関係、「対等ならざる」取引関係を含意しているかのような理解である。工程的に川上の部門が川下の部門との取引で優位か劣位か、はたまた対等であるかは、供給、需要それぞれの側での競争のあり方によって規定される。トヨタ自動車はサプライヤーに対し優位な立場にあり続けていることは明らかだが、部品メーカーのインテルやエヌビディア は、取引相手の完成品メーカーとの取引で劣位どころか、優位な取引関係を実現している。垂直的な取引関係のどこに存立するかが、取引上の優位や劣位を決めるものではない。すなわち垂直分業ないしは垂直的企業間分業は、工程上の川上と川下つながりを表現する「垂直」概念と企業間分業関係を表現する「分業」との結合概念であり、取引上の力関係と本来は無関係な概念である。

 このような取引上の力関係と無関係な概念である「垂直的分業」が、その分業の1形態である下請取引や発展途上国と先進工業国との垂直的国際分業と重なることで、「垂直」という概念に「対等ならざる」取引関係を含意する理解が、全く間違った理解であるにもかかわらず生じていた。ここにEMSやファウンドリといった、受託生産者でありながら、巨大企業で先端生産技術を担う企業が出現した。ここから、日経新聞の混乱が始まったと、私は理解している。

「対等ならざる」取引という含意を「垂直」概念に入れ込んだことで、半導体でのファブレスメーカーとファウンドリとの取引関係を、「対等ならざる」取引であることを含意することになってしまう「垂直分業」とは言えないと、勝手に連想することになる。誤解が誤解を生み、「対等な」取引関係であり、すなわち「垂直」でない取引関係であるからとして、「垂直」ではない対等な関係すなわち「水平」な取引関係であると展開し、「垂直統合」の対概念が「水平分業」となった。そしてその「水平分業」概念を一般化するために、日経の「きょうのことば」で、改めて概念規定し、権威づけたといえよう。日経がかつて出版した用語辞典での用例を無視しても、ということになる。

さらに「きょうのことば」と同日の日経に掲載された水平分業の概念図が、単に水平分業というだけではなく水平分業ネットワークとなり、本文でのファウンドリをめぐる分業の実態、すなわち工程のつながりの中の部分部分を他の企業が担うという、工程の流れの中での企業間分業を概念図化したものとは、似ても似つかない水平分業ネットワークの図となった。つまり、前後の工程間分業上の繋がりであるはずが、それとは全く異なる多方向性のつながりを持つ、かつ企業間のつながりに工程の流れを意味する矢印のない方向性のない繋がりの図となり、さらに、訳が分からなくなっているといえよう。

 困ったものである。 

2021年2月11日木曜日

2月11日 小論 改めて「垂直統合」の対語は何かを考える

「垂直型」と「水平型」、 改めて「垂直統合」の対語は何かを考える

 

半導体製造をめぐる社会的分業の進展

   ファウンドリ、TSMCの位置と先端性の実現をめぐる論点 −

 

中山淳史「アマゾンとインテルの明暗」(Deep Insight

(日本経済新聞、202126日、8ページ)

 これまでも指摘してきた現代の半導体製造における、企業間分業のあり方についての議論がまた、ここでも取り上げられた。「垂直統合型」としてインテルの生産体制、半導体の企画から製造販売までそしてアフターサービスまでを同一企業内で行う体制を紹介し、それに対して、アーム社の「コア」を使用してCPUを開発する形態を「水平分業型」と呼んでいる。そしてこの「垂直型より水平型」といった形に省力表記している。

 しかも、図解まであり、垂直統合型は、企画から販売そしてアフターサービスまで一串になっており、特定1企業に担われていることを示す図となっている。それに対し、アーム社が「コア」を開発し、それをもとに各社がCPUを開発し、ファウンドリ(各社)がCPUを製造し、開発した企業が販売する、という事例は水平分業(ネットワーク)型とされ、A社が多数の取引先と取引しているネットワーク状の状況で示されている。

 しかし、本文で述べられているのは、半導体の規格開発の「コア」をアーム社が提供し、これについて使用を許可された半導体開発諸企業、ファブレスメーカーが「コア」をもとにして自社の独自な(用途の)半導体をそれぞれ開発し、それをファウンドリ(各社)が受託製造し、出来上がった委託製造した製品を開発した半導体企業、ファブレスメーカー各社がそれぞれ販売し、その販売数量に応じてアーム社に「コア」使用料を払うというもののであり、垂直的関係にある諸機能の一部を(ファブレス)メーカー以外の企業が担当する、企業間分業となっているに過ぎない。垂直(的)企業間分業と言うべき例が、本文では紹介されている。なぜ、これを「水平」型と言い、ネットワーク型と呼ぶのであろうか。

繰り返すが、「垂直」関係の意味は連続する工程間を、企業内であろうと企業間であろうと分担する関係を述べ、「水平」関係のいみは、同じ次元の異なる製品や部品の生産を分担する、これまた企業内であろうと企業間であろうと、そのような関係を意味している。半導体で言えば、DRAMとフラッシュメモリー、あるいはCPUと車載用半導体等々が、キオクシアとインテルとのような多様な企業により企業間分業で担われることもあれば、サムソン電子のように多様な半導体を水平統合的に生産している企業も存在している。



出所:日本経済新聞、202126日朝刊、13版、8ページ

 

 アーム社の「コア」を使ったCPU等について図示すれば、この記事に使われる水平分業の中心にあるA社がまさにアーム社と言うことになろうか。より、正確に表現すれば、以下のようにするのがより適切であろう。

 

ファブレスメーカー絡みの先端半導体の企画開発生産

開発から販売までの流れとそれらの担い手企業群

(アーム系半導体の場合)

 

「コア」半導体の基本設計の開発

アーム社

⬇️

「コア」をベースに半導体開発設計

 メディアテック クアルコム エヌビディア等々の

ファブレスメーカー

⬇️

開発半導体の製造の委託先・受託企業

(最先端製品)TMSC、(その他)他のファウンドリ企業群も

⬇️

半導体の販売

メディアテック クアルコム エヌビディア等々の

ファブレスメーカー

 

この図からも明らかなように、同一製品の企画開発から製造販売に至る川上から川下の工程を、いくつかの企業が分業して担う、「垂直」的関係以外の何者でもない。垂直(的)企業間分業を通しての最先端半導体群の生産となろう。

 いずれにしても、川上から川下への製品の開発から販売への流れの矢印が示されないような、双方向での取引関係を含むようなネットワーク状の繋がりではない。半導体メーカー(ファブレスメーカー)は、メディアテック等であり、アーム社は「コア」の提供企業、TSMCは半導体受託生産企業である。それらの企業が半導体の企画開発から生産そして販売の垂直的諸段階の各部分を担い、それぞれが専門化し、企業間分業を構成しているのである。

 

同じ日の日経の記事として、1面には、「半導体「持たざる経営」転機」、「有事の供給にリスク」「台韓、シェア43%」と言う見出しのついた記事がトップで掲載されている。「水平分業」(私の言う「垂直企業間分業」)の結果、開発するメーカーは米国企業群の優位だが、ファウンドリの生産能力が台韓中心であることを指摘し、製造部門を持たないことへの疑問が呈されている。

 しかし、米国、ましてや日本の半導体メーカーは、製造に関して台湾のTSMCそして韓国のサムスン電子のファウンドリ部門にも大きく遅れ、先端半導体の生産では、TSMCに依存せざるを得ない事実と、そのよって至る由来の議論については欠落している。そもそも、ファブレスメーカーは、最先端のファウンドリに依存することを前提に、先端半導体メーカーは最先端ファブレスメーカーとして再生産している。日系企業と異なり、米系企業にはファウンドリの有力企業が存在し、あるいは存在していたが、競争の中で、先端製造技術ではTSMCに大きく遅れをとった、しかし、そのTSMCの使用する先端半導体製造装置は、オランダのASMLの露光装置をはじめとして米欧日の半導体製造装置メーカーの開発した製品が中心である。グローバルな生産体系の中での線幅競争で、いま、TSMCが単独首位となった、と言うことである。競争相手がサムスン電子以外にも存在し、それらが遅れをとっている。しかし、日系企業と異なり、有力なファウンドリは米国等には存在している。

 

 かつて、主要燃料を海外に依存することの有事における危険性が、日本でも指摘された。しかし、原油利用の優位性ゆえ、危険性を無視して経済性重視で行動した企業が生き残った。半導体でも、先端能力を実現した台湾メーカーに依存せずには、ファブレスメーカー間の先端製品での競争には生き残れない、と言えるであろう。上記の1面の記事の中にも、日系企業である「ルネサスエレクトロニクスは半導体不足を受けてTSMCに委託していた製品の一部を自社の国内工場での生産に切り替えた。生産コストは上がるが、自動車メーカーなどへの納入優先で決断に踏み切った」(アンダーラインは引用者)とするが、「「せっかく確保してきたTSMCの生産割り当てを手放してもいいのか」」と言う疑問を紹介している。価格面での不利問題だけであれば、このような対応も可能だが、TSMCのみが実現した線幅を不可欠とする先端半導体では、このような対応を行うことは不可能である。その分野からの撤退、ないしは大幅後退を覚悟せざるを得ないことになる。

 原油と同じで、原油並みの一次エネルギーを国内で調達可能にするか、原油の輸入が途絶えないように、調達先の分散とともに、グローバルな市場環境の維持に努めるか、有事への対応方法としては、いずれしかないであろう。半導体の製造や、先端半導体の調達についても。当面、先端的半導体生産や多くの先端半導体の開発を、自国内で実現することが見通せない日系企業にとっては、後者のグローバル市場環境の維持に努めることが第一であり、有事に備えて劣位な国内生産の維持を強引に進めるのは半導体関連の日系企業全体の国際競争力を削ぐこと以外の何者でもない。長期的には、半導体製造においても、国際競争力を持つ受託生産企業を、政策的に育成することを考えると言う選択肢も存在するが、それも、今の状況では、当面、不可能に近い。TSMCと競合し、それに伍していけるだけの製造技術の開発を、どのような主体が、どのように担うかは、私には、今のところ答えのない問いである。それを希求すれば実現するかのような議論が、数年前の中国経済経営学会の報告でもあったが、画餅以外の何者でもないと、その報告を聞いた当時感じたが、今やさらに強く感じている。

 半導体製造用先端材料、フッ化水素の禁輸をめぐる日韓の対立が、韓国国内での生産実現で輸入代替可能となってきていると言う記事が、27日付の日経(「韓国半導体「脱日本」着々と」7ページ)に出ていた。このような特定の部分的な材料の生産の一定水準への高度化であれば、年単位の時間をかければ、先進工業国の企業間であれば、キャッチアップ可能なことを、この事実は示している。しかし、日々高度化する総合的な生産体系については、キャッチアップは容易ではない。先に中山氏が執筆した記事でも、TSMCと3番手のインテルの線幅競争の予測として、現在、TSMCは5nmを実現しているが、インテルは2023年に7nmの量産見込みを実現するとし、TSMCはその翌年の24年には2nmでの量産を実現している可能性があると紹介している。今ある水準に追いつくだけではなく、日々高度化しているフロントランナーに追いつくのは、簡単なことではない。多くの場合、競争の土俵が変わることを契機に、フロントランナーが入れ替わることが多く、そうでない場合は、生じにくいといえよう。

 内製すなわち垂直統合を軸に先端半導体についての先端製造を主導してきたインテルでも、一度遅れた状況を取り戻し、先行企業と並ぶことは、極めて困難なことが示されている。そのために、CEOの交代さえも生じているのである。

 

 他方で、日経の26日の1面の記事は、自国以外の製造受託企業に委託することの危うさ、政治的な騒乱の可能性のゆえの危うさに言及している。しかし、何故、インテルのように垂直統合型の生産体制企業がかつては主流だったのに、現在では垂直分業型の企業が、先端半導体では主流なのか、その転換の論理を、丁寧に確認することはない。

現在の先端的な半導体が、かつて日系企業群が主導したDRAMといったメモリーやインテルのMPUのように、基本的に高度化の方向性が一方的であり、かつ先端的半導体であるとともに汎用の部品としての半導体でもあり、それぞれの段階で極めて大量の単一種の部品が生産され、単一部品専用の生産体系が先端的な技術水準と量産水準を実現できた、半導体生産の発展段階があった。それを他の半導体の生産に応用する形で、多品種少量生産の半導体生産も生産技術水準として高度化した。追随的ではあるが。

しかし、現代においては、半導体の量産の意味が、特定の半導体製品専用の量産体制での高度化から、多様な半導体を同時並行的に生産する中での量産体制、そして生産技術高度化へと変化した。その変化に最後まで抵抗し、かつそれに成功し孤高を保っていたのがMPUのインテルである。サムスン電子は、先端的なメモリー等で量産を実現するとともに、受託生産のファウンドリとしても先端的生産体系を実現し、受託生産を幅広く行っている。それにたいし、TSMCは受託生産のみを幅広く行うことで、先端半導体生産体系の構築に専心し、結果、それの最先進化に成功したと言える。多様な半導体を多様かつ多数の受託先から受注し、量産効果を実現するとともに、先端的生産体系を構築する。有力受託生産者ゆえ可能な、総量としての生産量の巨大化を生かし、半導体設計における変化も追い風とし、多様な半導体を総量として多数生産することでの量産効果を実現し、巨大な投資を意味あるものとすることを可能とし、生産体系の先進化に専心することで、生産での最先端化を実現し、今や先端的生産技術企業の中での優位を、2位3位のサムスン電子やインテルに対しても実現した。

 

私自身が理解できないことは、半導体の線幅の微細化を実現する上で、決定的な意味を持つオランダのASMLの露光装置を購入することは、オーム社の「コア」を先端半導体企業が多数購入し使用料を払って利用していることと同様に、受託かどうかに関わらず他の半導体製造企業にも可能であるはずである。それにも関わらず、インテルやサムスン電子といったこれまで先端生産技術を追求し、それをTSMCに伍して実現してきた、先端生産技術投資を惜しみなくしてきた企業が、TSMCに線幅競争で大きく遅れたことである。ASMLの同じ露光装置を使っても、TSMCと同様どころか大きく劣る経済的に意味をなさない歩留まり率でしか生産をすることができない、と言うことなのであろうか。そうであれば、ASMLの露光装置を使いこなせない、と言うことになる。ASMLの先端的な露光装置さえ手に入れば、TSMC並みの線幅を実現できる、と言うわけではなさそうである。ASMLの露光装置入手は必要条件だが、先端線幅実現のための十分条件ではなさそうである。

 確かに、新聞記事を眺めると、先端線幅の実現にはASMLの露光装置は不可欠だが、それに加えるにいくつかの先端部材の存在と、それらを生産技術として使いこなす能力が問われていることがわかる。露光装置や部材が先端のもので、それらを集めれば、線幅も先端化すると言うものでもないことが見えてくる。しかし、どこにTSMCにとって生産技術上の優位性の肝があるのかは、よくわからない。

  

2021年2月4日木曜日

2月4日 早春の花 クリスマスローズと白梅

 クリスマスローズが本格的に咲き始めました。

何年も前に種がこぼれ、実生が育ち、

鉢が増え、

いくつもの蕾をつけ始めました。


蒼空とのコントラスト、
早春の楽しみです。

庭の白梅も、花盛りを迎えています。
蒼空に冴えています。

立春が過ぎ、いよいよ春、
早春の花々が、我が家のエントランスと庭を賑やかにしてくれます。
池の鯉は、まだ、深みに固まっていますが。