2025年12月27日土曜日

12月27日 日経記事、小川知世、古川慶一「ロシア、旅客機不足に直面」を読んで

 日経記事、小川知世、古川慶一「ロシア、旅客機不足に直面」

  サブタイトル「制裁で部品調達困難、退役機増」

   「国内生産も進まず」「日本、整備不安で領空回避」 

   (日本経済新聞、20251227日、11版、13ページ)

を読んで 渡辺幸男

 

 この記事の内容は、タイトルとサブタイトルとで、ほぼ要約されていると言えるが、ロシアの航空会社の所有する外国製の機体の部品が輸入できなくなり、国産部品への切り替え、他の機体を解体して転用、あるいは第三国経由の輸入等で対応しているが、整備について国内では対応できず、輸入部品も高くつき、旅客機が足りなくなる恐れが出てきているとしている。現在稼働している旅客機の3分の1が2030年までに退役するとの見通しも紹介されている。また、部品不足が日本の航空会社のロシア上空飛行にも影響し、それを避けるようになっていることも紹介している。

 そのための対策として、ロシア政府は国産機を増やすことを目指し、国産エンジン搭載の軽飛行機の試験飛行や、輸入部品を自国製に置き換えた国産旅客機の試験飛行を行っていることについて、この記事は紹介している。また航空会社の保有機体の国産比率を現行の3割から30年に8割に増やす目標をたてているが、ここ数年での納入は5機にとどまるとし、「ロシアは戦闘機やロケットの技術を持つが、採算を維持しつつ完全に自前で航空機を開発・量産するのは容易ではない」としている。

 

 ロシアは旧ソ連の航空機産業を継承しているはずであり、旧ソ連は、自前の開発でジェット旅客機を部品から製造していたはずである。かの「コンコルドスキー」と呼ばれた超音速旅客機、ツポレフTU-144をも、一応製品化したはずである。しかし、それにもかかわらず、現在、まともな旅客機を、自国製の部品を使って製造することはできなくなっている、ということが紹介されている記事と言える。しかも、旧ソ連時代のジェット旅客機が、旧ソ連崩壊35年後も、現役の旅客機として飛んでおり、50年経過した機体が運航に使用され、今年の7月に墜落したとのことも触れられている。このような事実をどう見るべきなのであろうか。 

 

 202311月に、松里公孝著『ウクライナ動乱 −ソ連解体から露ウ戦争まで』(ちくま新書、2023年)を私のブログで紹介し、その中で、ウクライナの工場が自工場で作れるのに、近隣に設置された機械が、ポーランドのメーカーに発注されたことを怒り、自社で作れること示すためにその機械を作り工場前に飾った、というエピソードが書かれているのを示した。まさにそのようなこと、あるいはそれ以上のことがジェット旅客機で生じ、40年程度経ったことで、改めてジェット旅客機を開発し生産するにあたり、旧ソ連時代の蓄積をうまく活かせない、ということが示されているといえよう。新たに現状で国際競争力のあるジェット旅客機を開発し量産することができないどころか、輸入困難となった交換部品の代替品さえ、開発生産できない、ということである。

 旧ソ連時代の蓄積を活かせないと書いたが、旧ソ連時代の蓄積そのものが、現状の市場経済のもとで、商品生産として存立可能なものではないゆえに、必要に迫られながら、その開発そして生産が、部品レベルでも困難である、と言えるのかもしれない。

 今になって、プーチンは「我々には近代的な国産航空機が必要だ」といい、西側の制裁という契機が、ロシアの技術力を高め競争力を強化する好機だといっているそうだが、そのために何が必要か、少なくとも旧ソ連の遺産を市場競争力のある生産力に転用できなかった現ロシアの現代工業が、何をどうしたら、その問題点を克服でき、改めて先端的な旅客機の開発を実現できると考えているのであろうか。全く反省は見えてこないし、それゆえ反省に基づいた上での新たな対策も見えてこない。お題目を唱え、お金を投下するだけで、国際競争力のある産業は育たない。この点の理解がないのであろう。結果、中国が開発している旅客機の部品さらには旅客機そのものの輸入に終わるのではないか。

 旧ソ連の国際競争力形成努力を欠いていた近代工業を継承しながら、中核的工業部門の衰退という「非工業化」を経験しつつあるロシア、そのようなロシアの工業にとって、どのような筋道なら再工業化、少なくとも民需工業の先端工業化、輸出競争力のある工業部門の形成が実現できるのであろうか。その道筋を改めて検討し、それを前提に多数の主体により試行錯誤し開発しない限り、プーチンの思いと例え豊富な資金投入されたとしても、それだけで、その考えは実現しないであろう。資源や一次産品の輸出で外貨を獲得でき、それでもって先端工業製品を輸入できた国そして諸企業が、まだ中国からそれなりの先端工業製品を輸入できる中で、大統領が号令し、金を投下すれば、諸企業が再工業化への厳しい道を選択し、市場からの脱落の可能性をも踏まえながら試行錯誤を実行し、生き残った企業だけによる再工業化を実現できるのであろうか。

私には、今のロシア工業に関しては、再工業化への道筋が全く見えてこない。また、この記事で紹介されているロシアの大統領の言質にもそれが全く感じられない。

2025年12月12日金曜日

12月12日 冬支度のサルビア

 エントランスのサルビアの鉢を
テラスに取り込みました。


これまでに比べ、
冬越しの花の種類と鉢の数が極端に減ってしまいました。
私の夏の努力不足と、
今年の猛暑が重なり、
それなりに元気に咲いているのは、
サルビアといくつかのゼラニウムといった状況です。


サルビアは、

私の花との付き合いの当初の頃からのもので、

二宮に居住してから先月で満50年ですが、

その最初の頃から、毎年、実生から育て、

冬を越させ、咲かせ続けた、

50年近く続く、代々のサルビアの末裔です。

今も、我が家の庭の賑わいを、一年中、支えてくれています。

これからも、サルビアの朱色を、

楽しんでいくつもりで、苗も採取し、

鉢に30本ぐらい植え、これもテラスに入れました。

2025年12月2日火曜日

12月2日 日経記事、The Economist 「中国の技術革新に学べ」を読んで

 The Economist 「中国の技術革新に学べ」

(日経、2025122日、p.7

を読んで 渡辺幸男

 

 日経のこの記事は、ロボタクシー開発と新薬開発の2つを取り上げ、中国の新製品開発の特徴を述べている英エコノミスト誌1129日号掲載の記事の翻訳である(日経電子版、国際、The Economistにも掲載)。そこでの特徴について、中国の新製品開発の優位性としては、関連部材の生産供給面での優位性、中国の巨大市場規模によるコスト削減、製薬での治験のやりやすさを指摘し、同時に、地方政府のさまざまな支援、そして、中でも特に中央政府の規制の機敏な策定を強調し、これらがイノベーションを加速しているとしている。

 また、自動運転車の試験運用を50以上の都市が行なっているとも述べている。そして、中国国内での熾烈な競争は、個々の企業には厳しいものであるが、生き残った企業は鍛えられ、輸出競争力を持つ企業となる。結果として西側諸国は産業空洞化に見舞われるリスクがあるとし、それを防ぐためには、西側諸国はイノベーションのあり方を再考すべきであると述べている。

 

 FTでも紹介されている新薬開発での中国市場の迅速性の議論は、FTの記事とほぼ同様の論理で展開され、同時に、ロボタクシーの開発での多様な試みの一部として、50以上の自治体で試験運用されていることが紹介されている。そこでは、中国政府、それも地方政府を巻き込んだ製品開発への多数の多様な努力の存在の一端が紹介されている。

 特に興味深いのは、中国のこの多様な開発その迅速性から、西側諸国の産業が空洞化するというこの記事の指摘(「中国企業との競争は西側の産業空洞化を招くリスクがある」と述べている)であろう。個々の製品での中国の技術開発での先行というだけではなく、各国先進工業間での開発競争での中国企業の圧倒的優位により、他の先進工業国での産業衰退が生じる可能性があるというのである。

 かつての産業空洞化論は、当時の中国以外の先進工業国の諸企業が、中国等に進出することで、出身母体の国のモノづくりの生産工場部分が「空洞化」するという議論であったが、ここでは、新製品分野開発競争の結果として、中国系企業の中国での生産活動が、他の西側先進工業国での工業生産活動を圧倒し、後者を中国で開発された製品の単なる消費国としてしまい、当該国系の先進工業企業群が生産どころか開発や試作を含め消滅するという可能性を示唆する議論となっている。

 非常に大胆な中国先進工業化による、他の西側先進工業国の産業空洞化論であり、今までにない中国産業発展論を意味している記事とも言えそうである。

 

 他方で、私は、この記事を読む前に、すなわち121日までに以下のような内容のメモを、中国の産業発展についての見方として、書いていた。

 

タイトルは、「改革開放後の中国経済の工業先進化(先進工業国)の道と

キャッチアップ段階を越えた中国工業の現況・到達点をどう見るか」というものである。

 改革開放後に生じた中国経済の工業化の特徴の第一は、海外市場向け委託の加工生産、低賃金労働力の動員と、労働集約的部分の受託生産の急激な巨大な規模への拡大であったといえよう。同時に生じたことは、中国国内市場としてみれば、海外からの受託生産労働者等を含めた、巨大だが、低価格・低級品の市場、消費財・資本財そして中間財の諸市場の一挙の本格的形成が生じたということが言える。それらの国内需要向けの市場は、他の工業国の諸製品にとっては、それらが供給可能な製品の価格が高価すぎることで、浸透できない極端な低価格品の巨大市場として形成された。この新規形成の国内低価格品市場向けに、多様な出自の国内の供給源・企業群が、計画経済下で形成されたそれなりの近代工業技術や、加工生産のために進出した外資企業の技術を模倣等により利用し、さらには先進工業国の技術の簡便化開発を行い、低価格巨大市場に適合した独自な生産体系を構築した。

 同時に、中国の旧来の国有大企業は、本格的な低価格品「市場」の形成そして拡大についていくことができず、停滞・縮小ぎみであった。旧来からの国有企業は、低価格品市場なりに生じていた市場ニーズの変化に対応した開発努力という面で、郷鎮企業等の新興(民営)企業群に比して甚だしく劣っていた。そのことで、新たに形成され巨大化した低価格品中心の市場での競争から多くの巨大国有企業が脱落し、単なる熟練労働力や工業生産技術の提供源にとどまることとなった。

このような状況について多くを学んだのは、改革開放期初期までの中国自転車産業での寡占的巨大国有企業である天津飛鴿自行車の事例からである。同社は計画経済下での国有大企業であり、同社の1990年代初頭の改革開放初期での急躍進とその後の一挙の縮小、寡占企業からの後退状況を通してである。その背景には、極端に低価格だが市場競争が本格的に行われるようになった市場で、多様な民営企業の激しい参入とそれなりの差別化競争が行われるようになったことがある。これらの新興企業群との市場競争についていくことができず、既存の国有巨大企業は衰退の一途を辿ることとなった

計画経済時からの国有巨大企業は、製品を量産的に作れるが、市場ニーズの変化に応じた製品を開発生産することはできない、政府から指示された(既存の)物を作るだけの「巨大」企業だったのである。結果として、独自な巨大国内市場と国内生産体制の再構築が生じ、国内巨大市場向けの多数かつ多様な新規創業の国内資本による多様な多数の企業による競争が生じた。国内市場が巨大故に、企業が巨大化しても、寡占企業が(協調的)寡占支配をする市場にはならず、あるいはできず、競争的市場を維持することとなった。

 中国経済独自の国内市場向けの本格的な工業発展は、2000年代初頭までに実現した。その中から、先進工業国市場でも通用する独自な開発型生産企業が登場し始めた。また、その直前には、山塞携帯のような発展途上国向けの独自工業製品の開発も、多様な工業分野で生じていた。多様な開発主体による、多様な多数の開発による競争関係が、巨大化した国内市場の存在により維持され、多様な開発内容の製品が、迅速に多数供給される状況が生じた。競争が激しく、競争的市場であるが故に、開発の過程の途中段階でも市場へ供給され、市場で揉まれる中で多くの新製品が消滅するとともに、そこで生き残った少数だが開発完成品となるような製品が、多様な分野で簇生した。

その中から、ドローンのDJI、バッテリーKATLEVBYDのような、さらには通信機器・システムのファーウェイのような、国内巨大市場の高度化を前提に、そこでの激しい競争から、国際市場でも先端的と言えるような諸企業が誕生した。

 中国系の先進工業分野の巨大企業が形成された2020年代でも、依然として、中国国内市場は十分に巨大で、それらの中国系巨大企業も含めた国内企業中心に競争的に供給されることとなっている。国内市場はこれまで以上に豊かになった10億人以上の(独自)巨大市場であるが故に、国内新規創業企業群も含めた独自な競争の場となっている。国内市場向け独自商品開発の場であり、最終消費財、資本財、それらの中間財等、全ての面での激しい競争下で、諸企業による開発そして競争が行われている。

結果として、そこから、海外市場の需要向けとも共通の新製品開発をも実現するようになってきている。特に、国内市場の飽和ないしは停滞を契機に一挙に海外市場へ進出し始めた。その典型が、小米等のスマホであり、BYD等によるEVであろう。単なる低価格に止まらない、独自製品供給企業群としての海外進出の実現である。

 それが、消費財から始まり、今や多くの資本財でも、生じているようである。その結果を象徴する出来事が、ドイツの資本財市場で、ドイツ製品と競合可能な資本財の大量供給に成功し、中国とドイツの資本財貿易で、これまで一貫してドイツ側の大幅黒字実現の状況にあったものが、中国側の黒字傾向へと転換したという、FTの記事で示されていたことであろう。また、VWがドイツでの雇用を大幅に削減し、中国にEV開発生産のための開発センターを多額の投資を行い構築し、中国で全面的な中国内外市場向けの新製品開発を手掛け始めたことにも表れているといえるであろう。

 改革開放下での先進工業へのキャッチアップ過程から、現在の先進工業化状況への中国経済の発展論理をこのように見るならば、そこからいくつかのことが見えてくる。米国以外の先進工業化した先行の工業国との大きな違いである。最初に近代工業が発展したイギリスと米国以外の先進工業化諸国は、いずれも本格的先進工業化段階で海外市場を主要な競争の場とするようとなり、同時に、出自国内では寡占的市場支配を実現し、国内市場での競争的市場環境は主要大企業にとっては消滅していた。主要対外市場をめぐっての国内大企業間の競争は、寡占的なそれであり、大企業化したもとでも、新規企業が常に創業・参入し、競争的市場が維持される状況ではなかった。

  また、国内市場の大きさの限界から、国内市場向けの生産だけで、その時点での十分な規模の経済性を実現することは困難な場合が多かった。日本の場合、1億数千万人の国内市場があり、先進工業化する過程で、乗用車産業等についても国内市場にもっぱら依存して、競争的寡占市場状況を実現することができた。しかし、後発の完成車メーカーは、海外市場に相対的に多く依存する形で、初めて国内市場での競争でも寡占的競争関係に耐えうるだけの、その時点での十分な規模の経済性を実現することが可能となった。しかし、そこでは、国内市場の拡大過程で新規参入も多く見られたが、多様な多数な企業が参入し、技術変化等を契機に、主導する企業が大きく変化するような状況となることはなかった。

 今の中国の工業についてみれば、ここが大きく違うということができよう。巨大な国内市場であるが故に、自動車産業の国内市場が年間3千万台を越えてきている。米国市場でも考えられなかった国内市場規模である。ましてや500万台前後の日本とは桁が違うことになる。

 

 ここまでが121日までに書いていた部分である。

 

 以上の私の議論と、122日の日経に掲載されたエコノミストの記事との大きな差異は、エコノミストの記事が、中国産業の新製品分野の迅速な形成の要因の第一として中央政府の「規制の機敏な策定」を取り上げていることであろう。私に、そのような理解、中央政府の政策策定過程の意義についての認識はほぼなかった。国内市場の巨大さ、地方政府の多様な多数の支援のもとでの多数の多様な企業の新規参入、その結果としての激しい競争、関連産業の重厚な存在、このような点に注目し、特に国内市場の巨大さとそこでの競争の激しさ、それも多様な新企業の参入によるそれを強調していたのが、私の議論であった。

 もう1つの相違点は、中国の産業発展が、今や西側先進工業国での本格的産業空洞化をもたらす可能性を、エコノミストの記事が指摘していることである。これは米国産業を含むことになるはずだが、これまた、私の想像する範囲を大きく超えるものである。西側先進工業国の産業空洞化、この可能性を言えるほど、中国での新製品開発環境は優れているのであろうか。FTによれば、VWがドイツ国内の人員を大幅に削減しても、中国で本格的に開発から量産までのEV開発生産拠点を立ち上げようとしているということであるが。それゆえ、これまでの西側諸国企業の中国現地工場進出とは、VWの場合にはその内容が根本的に違うことは確かである。

が、西側先進工業国の産業空洞化までが展望されうるということを、述べることは可能なのであろうか。今の私には、中国の産業の現状を見ていないこともあり、ここまでの見通しを言うことは不可能である。

 

 エコノミストのこの記事は、すごい内容であり、かつ大胆な記事である。私には121日の時点で、全く展望できなかったことが書かれている記事でもあるといえる。ますます、中国の産業展開を、FTと日本語文献を通してだけという、間接的だけのアプローチだが、頭が動く限り追いかけたくなった。

2025年11月29日土曜日

11月29日 FT記事 ‘VW says EV production costs halved with car engineered entirely in China’ を読んで

 White, E., K. Inagaki & S. Ash,VW says EV production costs halved with car engineered entirely in ChinaFT, Nov. 2025, p.1) を読んで 

渡辺幸男

 

 またまた興味深い記事がFTに掲載された。VW2030年までにドイツ国内のVWの自動車工場勤務者を35千人減らす一方で、同社の自動車の新車開発については、同社としては初めてドイツ外、それも中国で全面的に行う、というものである。

 ドイツと中国の資本財の貿易関係で、ドイツの出超から中国の出超へと逆転が生じたという記事がでて、まだ間もないのであるが、今度は、欧州一の自動車メーカーVWの新車開発拠点が、全面的にドイツ外に、しかも中国に出ていくという記事である。

 

同社によれば、2023年の時点で、ドイツでEVを開発し生産するのに比して、中国でのそれは50%ほどコストが安いと述べている。労働コストの低さもあるが、バッテリー調達のようなサプライ・チェーンの効率性や開発期間の短さにより、それは生じていたとしている。そのため、VWは安徽省の合肥市に開発センターを作り、数十億投資したとのことである。

VWは現在中国の内燃機関による自動車市場では約20%のシェアを保っているが、EVやプラグインハイブリッド車生産では、中国市場で上位10位以内にも入っていない。しかし、中国EV市場での生き残りのために、2022年末以来、VWはほぼ40億ユーロを投下してきた。今月、同社は自動運転のためのAIを、他社と共同で開発に成功したと発表している、と記事では述べられている。

 

ここでも、「VW、お前もか」というのが率直な感想である。

欧州最大の乗用車メーカーが、生き残るために、ドイツでの労働者大幅削減と、中国での本格的開発拠点形成、そして中国での巨大投資実行、これも、資本の論理としては、ある意味当然であろう。自社の海外主力市場でのシェアを維持するために改めて本格的投資を行い、同時に停滞気味で高コストの出自国での生産は縮小する。しかし、それがVWであり、中国市場であることに、あらためて感慨深いものがある。

VWは、早くから中国市場に進出し、そこでの優位を確立し、中国市場の成長につれ、自らの販売を拡大し、中国市場を主要市場とする企業となっていた。しかし、開発等については、基本的にドイツ国内中心だったはずである。それが、なのである。ドイツの高い工業水準を背景に、その先端企業として世界市場で覇者となっていたVW、それが、中国でも多額の金をこれから投資し、全面的な開発拠点を設けるのみならず、本国での自社雇用労働者を大幅削減しながら、それを実行するというのである。

中国市場の将来性に、自社の命運を賭けたのであろうか。ヨーロッパの「お山の大将」が、生き馬の目を抜く中国市場の激しい競争と、そのもとでの急激な状況変化についていけるのであろうか。戦後欧州市場のような、競争相手が見えるような相対的に安定的、徐々に拡大し変化する巨大寡占市場ではないのが、今の中国市場である。VWが中国市場に本格進出した改革開放期の中国市場でもない。中国の各製品の市場は、巨大な国内市場を前提に、多様な多数の企業が生き馬の目を抜く競争を繰り返し、勝者が常に入れ替わるような市場である。中国自動車市場も、EV化することで、このような中国市場の中での例外的な市場とはいえなくなっている。このことを如実に示したのが、新興企業であるBYDEV市場での、当面の勝利であろう。

こんな市場にかけるだけの力は、中国市場に精通しているはずのVWであっても、外資であり、欧州の寡占間競争の中で生きてきたVWにあるのであろうか。それとも、欧州市場そして中国市場でVWとしてジリ貧の中では、それでも中国市場に賭けざるを得ないのが、今のVWなのであろうか。

 

それにしても、巨大市場としての中国の形成の上での、中国の開発拠点としての有効性を含めた工業生産地域としての成長、これには瞠目すべきものがあるといえよう。労賃が相対的安いのは、これまでの経緯からわかりやすい点である。しかし、関連産業、サプライヤー層の充実、それも新製品開発を含めてのそれは、かつては考えられなかったことである。ましてや、開発期間が半分で済む、これは中国のここへきての基盤産業の充実そのものの成果と言える。これからの国際競争力形成において、主要なあるいは最高の開発拠点に中国がなる可能性が高いことを、この記事で紹介されているVWの行動が、あらためて示唆しているのではないか。このように考えざるを得ない。

 

このことの持つ意味は大きい。これまで、アメリカがヨーロッパに無い巨大な一国市場であり、そこでの先進分野形成が、世界の資本主義の産業発展を牽引してきた。今も多くの分野で牽引している。その牙城を1億人余の国内市場規模の日本経済・産業は突き崩すことはできず、最終的に米国市場に依存する先進工業国の一つに到達するにとどまった。その米国経済、米国市場と並び立つ、世界経済・市場と技術開発の両面で世界産業を主導する国民経済に、中国経済が名乗りを上げている、と見ることもできそうである。それが今回のVWの行動にも現れていると私は感じるのであるが、いかがであろうか。

 

中国経済での国内市場は、自動車でいえば年間3千万台規模となり、かつてどこにもなかった巨大な国内市場を前提とし、先進的技術に基づく、新規参入企業も含めた激しい企業間競争をしている。そして、その前提として、多数の新規参入企業を許容する資金調達構造の存在、これらは現代中国の市場経済の特徴と言える。まさに、中国資本主義のダイナミズムを生み出している、基本的な要因であるといえよう。

世界最大規模になったような企業が、国内市場で寡占的市場支配を実現できないのが中国市場の大きさである。世界最大規模に巨大化した企業が、競争的なまま国際市場にも進出するのが、中国先進企業の現実といえよう。市場の大きさと、それとともに技術変化の激しさとから、いまや中国経済では「GM」のような存在は生まれないのではないか、そんなふうに思われる昨今である。

2025年11月26日水曜日

11月26日 FT記事、Chinese companies push up price of Russia’s war supplies を読んで

 Cook, C. Chinese companies push up price of Russia’s war supplies

FT, 25 Nov. 2025, p.3


を読んで 渡辺幸男

 

 ロシアによるウクライナ本格侵略開始後の中露貿易の動向が、機械工業関連について紹介されている記事である。その小見出しでは、「中国の輸出業者たちは、ロシアの軍需産業関連バイヤーに対する価格を引き上げ、西側の制裁で輸入を制限され、彼らの供給に依存せざるを得ないことから利益を得ている、と新たな調査研究が明らかにした」としている。

 

 具体的な中身として、特に機械・同関連産業に分類されるような戦争遂行に不可欠であるような製品について、西側の制裁は、輸入製品の価格をより高価にすることで、ロシアの物的生産能力を制約しているとしている、という報告を紹介している。

その中でも、特に私が注目したのは、中国からロシア向けの「ボールベアリング」の輸出についての数字である。2021年と2024年とを比較し、ロシアの中国からの輸入金額は76%増大しているが、中国からのロシア向けの輸出量はその期間に13%も下落している、という指摘である。機械や兵器生産において不可欠な部品であるボールベアリングの中国からの輸入金額は急増しているのに、中国からの輸入数量は逆に減少しているのである。ボールベアリングの単位あたりの価格が倍増しているにもかかわらず、輸入の拡大にはつながっていないということを示唆している可能性が高いといえよう。

 

これをどう見るべきであろうか。

ベアリングは、機械や兵器の生産には不可欠な部品である。また、中国政府ないしは中国企業が、主体的に輸出を制限しているということは考えられにくい。そうであるならば、可能性の1つとしては、中国製のベアリングの価格が急騰し、ロシアが他国からの調達を行い、中国製品の価格が高止まりしながらも、調達先代替により中国からの調達が減少している、ということがありうる。いま一つの可能性は、戦時下にあるロシアだが、輸入原資が不足してきていて、思うように輸入量を増やすどころか維持することさえできなくなったということが考えられる。さらには、ロシア国内での機械や兵器の生産それ自体の水準拡大どころか維持さえ困難となり、部品としてのベアリング需要が減り、中国からの調達も縮小したという可能性も考えられる。

 

制裁に参加している西側諸国以外で、機械や兵器に使用可能なレベルの部品を大量に供給可能で、中国からの調達に量的にも代替可能な工業国は、果たして存在しているのであろうか。この記事にも書かれているように、制裁に参加していない国からの輸入の価格は、対中国と同様に価格上昇しているようであるから、供給面での中国からの代替国の存在の可能性については、必要量の巨大さという面から見て、ほぼ不可能ではないだろうか。

そのように見てくると、ボールベアリングの中国からの輸入量が縮小しているということは、ロシア側での理由によるのではないかと考えられる。戦時下であることから、ロシアの機械工業や兵器産業という、戦時体制を物的に支えるロシア内工業生産に対する需要が縮小するということは、ほぼあり得ないであろう。あるとすれば、生産体制そのものを制約する状況の発生か、部品調達をする際の輸入原資の不足の発生か、のいずれかということになろう。私には、物的な生産能力そのものが限界にきて縮小するということよりも、輸入原資の不足の可能性が、理由として大きいと考えられる。

他の国からの輸入価格も急騰していると、この記事の最後に触れられていることからも、輸入原資の不足の可能性は高いのではないだろうか。原油や天然ガス等の輸出による外貨の獲得、それらも欧州への輸出等の制裁による制約強化で先細りである。他方で、国民の生活水準を維持するための消費財等については、それらの輸入水準を維持しながらのウクライナ侵略遂行が必要である。すなわち生活水準切り詰めを伴う本格的戦時体制への移行へについては大きな制約がある。その中で、外貨獲得機会の縮小が響いてきたのではないか。こんなふうに考えるのであるが、如何であろうか。

 

ウクライナにとって、ロシアの侵略に対抗することがますます困難になってきていることは確かなようであり、その結果として米国トランプ政権の強引な和平案にも、一定の理解を示さなければならないような状況に、ウクライナ政府は陥っているようにもみえる。しかし、同時に、ロシア側も、ロシア国民の許容範囲でウクライナ侵略戦争を実行していくこと、プーチン大統領側の強気姿勢にも拘らず、これも困難になりつつある。このようにも見えてくる。

ロシア側の兵士の人的損害の多さが指摘され、徴兵の本格的実施への制約等で、それが侵略戦争遂行の難しさをロシア側にもたらしているということであるが、同時に、ロシア政府は資金面でも侵略続行のための限界にぶつかりつつあるのではないか。このような示唆を感じさせるFTのこの記事である。

2025年11月13日木曜日

11月13日  FT ‘The free fall of German industry, を読んで

 FT BIG READ. MANUFACTURING 

                  ‘The free fall of German industry, 

FT, 12 November 2025, p.15 を読んで

 渡辺幸男

 

 本記事は、Olaf Storbeck, Sebastien Ash Florian Muller(uに¨)3名によって書かれた記事で、サブタイトルで「ヨーロッパ最大の経済が、トランプの貿易政策と中国の成長する競争力によって悪化したスランプから脱出すべく戦っている。経済学者は、残されているものを救うために、ラディカルなステップの必要性を示唆している」と述べられている。

 

 私にとって、この記事を読んで知った最も衝撃的な事実は、4つ掲載されている図のうちの第一、「ドイツは今年の初めから中国との資本財(capital goods)の貿易で赤字に陥っている」とタイトルがつけられた図である。ドイツにおける投資財(investment goods)の独中貿易での直近12ヶ月平均のドイツの対中国月別収支が、20251月から大幅な赤字へと転化したこと示している。図は2009年から示されており、2024年までの間は一貫してドイツ側の黒字であり、特に2010年から2024年までは5億ユーロ以上のドイツの黒字、多い時は15億ユーロのドイツ側の貿易黒字となっている。それが、2025年に入って、この分野で一挙にドイツ側の対中貿易赤字となったのである。それも直近(3?)の月までの12ヶ月平均の数字で、5億ユーロのほどのものとなっている。

 しかも、2番目の図によれば、ドイツの工業生産は2024年後半から2021年を100として、一時は110くらいまで上昇していたものが、90程度にまで急減していることが示されている。工業生産が大幅に縮小している中で、投資用の資本財の大幅な対中赤字への転化が生じたのである。工業生産の好調ゆえの資本財輸入拡大の結果では無く、工業生産縮小の中での中国からの資本財輸入の拡大の可能性を示唆しており、少なくとも、ドイツ国内の資本財需要が、不況の中で、国内生産の資本財から中国製の資本財へと急激に代替するという現象が生じているということになる。

その裏付けの一例ともいうべき数字が、本文で示されている。線材加工機械の例であるが、ヨーロッパの企業、この場合の機械供給側のメーカーはスイスの企業のようだが、一台13万ユーロであるのに対し、中国浙江省製のそれは28千ユーロとのことである。さらに価格面だけでは無く、中国の企業は欧州の企業に対し、新しいアイデアの機械製品の商品化までの開発必要時間が、半分の時間で済むということも指摘されている。

 

 この記事自体は、この後の部分で、ドイツの製造業の雇用の縮小の問題が取り上げられている。であるが、私の関心から言えば、この前半の部分、その中でも、アメリカのトランプ政権とドイツ製造業の関係ではなく、ドイツと中国の資本財での競争関係の逆転、その逆転の背景にあることとして指摘された点が、極めて興味深く感じられた。資本財部門について、単なる価格面だけでは無く、中国側の新製品開発能力の形成と、その開発速度の速さでの優越性についての指摘がそれである。

 前回のブログで、中国の製薬産業の発展についてのFT記事に注目し、それについて多少の意見を書いたが、このドイツと中国の資本財貿易での逆転は、それ以上に、中国の持つ製造業の変質発展を示唆するものとして注目され、衝撃的である。欧州一というだけでは無く、世界で最も有力な(というよりは、これまでは世界一であった)ドイツの資本財製造業、産業用機械製造業について、欧州市場、その中心のドイツ市場で、中国製の製品が価格面で優位に立った。しかも、それだけでは無く、資本財の新製品開発競争でも優位に立つようになり、ドイツの工業生産不況の中での投資用財の調達で、ドイツ製より中国製が従来より顕著に競争力のある存在となっている。このようなことを示唆しているのが、この記事であるといえよう。

 

背に腹は変えられない、ということであろうか。価格面、そして新製品開発面の両面で、ドイツ製の資本財、自国製品の機械調達による投資よりも、中国製の機械を調達しての投資の方が、不況下のドイツ製造業諸企業自体にとって、競争上優位に立つことを意味するようになりつつある。このようなことを、この記事は示唆するものと思われる。

世界の工業生産における資本財生産第一人者としてのドイツ機械工業の覇者の時代は、ついに終わりを迎え、もしかしたら覇者の交代が進みつつあるのかもしれない。このようなことが示唆される記事である。電子製品等の技術変化の激しい先端的な分野での覇権の移行のみでは無く、旧来型の工業生産の中核部分である、資本財としての機械工業の分野でも、覇者の交代、中国の企業そして産業が覇者となる時代が始まっていることを示す事例の1つなのかもしれない。

 

こんなことを、この記事を通して感じた。同時に、ここでも、具体的に、何故、中国企業は、一挙に競争力を強化したのか、そのメカニズム、論理が知りたくなった。金をかけさえすれば、政府が希望しさえすれば、直ちに実現するものではないことだけは確かである。しかし、新聞記者諸氏に、これを求めるのは酷であろう。これを解明するのは、かつての私にとってそうであったように産業論研究者の務めであろう。だれか中国の具体的な資本財産業を事例に、中国企業群・産業の競争力強化、それもドイツのそれを超すような強化の論理を解明していただけないであろうか。できれば、日本語で書かれたものを期待しているのであるが。ぜひ読んでみたいものである。

日本語の文献で無くとも、英語、中国語、ドイツ語の文献であれば、辞書を引きつつなんとか読むことが(多分)可能なので、先の点についての文献をご存知の方がおられれば、ご教示いただければと思う次第である。

 

 

2025年11月4日火曜日

11月4日 FT記事「諸改革が中国のバイオテックブームを加速している」を読んで

 FT記事「諸改革が中国のバイオテックブームを加速している」を読んで 

 

渡辺幸男

 

 ‘Reforms turbocharge China’s biotech boom’(FT, 3 November 2025, p.8)という英文タイトルで、E. Olcott H. Ko  W. Sandlund3名による記事である。副題に「北京政府の資本調達や技術革新を促進する諸手段は、製薬産業の急速な国際的成長へとつながっている」とあり、中国の製薬会社の新薬開発の実態事例を紹介しながら、統計的事実も示している。掲載された図によれば、中国の製薬産業が2020年前後から、この5・6年で、技術革新的薬剤で、海外からのライセンス取得による生産中心から、急速に海外へのライセンス供与に変化し、海外への技術供与がライセンス取得による生産を大きく上回るようになったこと、海外への技術供与の額が2019年から鰻登りに増え始めていること、また、新薬のトライアル数が、急速に増大し、2016年に日本を抜き、2022年から2023年にかけて、米国をも抜き世界一になったことを紹介している。

 さらに2社の具体的な医薬品開発事例も紹介するなど、大変興味深いレポートとなっている。

 

 この記事を通して、「製薬産業、お前もか」といった状況、すなわち、スマホや乗用車産業すなわちEVで生じた、中国企業の急速な発展とその結果としての世界市場での存在位置の逆転状況が、製薬分野でも再現されてきているようにも見える。製薬産業の場合、その急速な発展は、開発の際に、治験や臨床試験が、迅速かつ大量に安価に可能であるということ、このことが、このような結果をもたらす要因の1つとして、この記事では紹介されている。さらに、資本調達の面での中国政府の改革も、医薬品製造分野での企業の資本調達をよりスムーズにし、技術革新を追求し易くしていると指摘している。

 何れにしても、激しい国内での新薬開発等の技術革新競争が、政府の支援等もあり、一層活発化し、その成果が海外への技術供与数と額の急増に結びついているようである。相対的に安価に迅速かつ豊富に治験をしやすい環境、巨大な国内市場の存在、すなわち相対的に急速に豊かになりつつあり、薬剤への需要が巨大化している国内市場の存在が、このような急激な多数の治験の迅速な実行と結果としての豊富な成果の実現を可能にしていると、この記事は述べていると見ることができよう。

 

 新薬市場でもEV市場等に続いて国際的な貿易摩擦を起こすのであろうか。そこまでの言及は、この記事ではなされていない。しかし、新規開発の薬剤市場でのそれぞれの薬剤は、EVやバッテリーのように、海外にほぼ同質のものが存在し、その価格面でもっぱら評価されるというより、それぞれの薬剤がもつ独自の効能を評価され、差別化され得た存在として利用されると言える。それゆえ、国際市場での競争のあり方も、EV等とは大きく異なることになろう。

 しかし、いずれにしても、中国経済そして国内市場が持つ巨大さ、それが相対的に豊かな市場へと変身し、巨大な医薬品ニーズが生じた上で、それに呼応する形で、多様な新薬開発メーカーが簇生し、激しい新薬開発競争が生まれ得る基盤が整い、そこに政府の促進策が実行され、その成果が一挙に花開きつつある。このように見ることができよう。

 ただ、本記事からのみではわからないことは、新薬開発を主導する企業群の出自であり、それらの企業の技術革新を支える資金の具体的な出所である。さらには、それらを踏まえた脱落企業の存在を含めた競争の実態である。製薬産業の多様な新薬開発競争が、具体的にどのような企業群と諸資本によって担われ、多くの成果が生まれているのか、本格的な新薬開発を中心とした中国製薬産業の産業分析が待たれるところである。

中国語での研究論文をフォローしていない、近年の私の怠慢ゆえの「まとめ」といえるかもしれないが。

 

 

2025年9月11日木曜日

9月11日 猛暑を乗り越えた庭の花

百日紅の花
こぼれ種から育った百日紅
元の木はシロバナの百日紅でしたが、
この百日紅はピンク、
植木鉢で咲き始めました。


こちらは、木槿
タネが池の端にこぼれ、
勝手に生えてきたのを、繰り返し刈り込み、
今年は、このように密に花が着きました。


ピンクの百日紅の種の元の白の百日紅
この夏2回目の花です。


 暑い夏、
私の手入れが不十分になり、
多くの花の鉢や庭の木々が花をつけない中、
この2本の庭木は、ここにきて元気に咲いています。
感謝です。

2025年8月25日月曜日

8月25日 ポプキンズ, A.G.著『アメリカ帝国 グローバル・ヒストリー』を読んで

ポプキンズ, A.G.著『アメリカ帝国 グローバル・ヒストリー』

上、下、 (ミネルヴァ書房、2025)  を読んで

 

  渡辺幸男

 

  この著作は、米合衆国の歴史を独立から振り返り、かつての英国の植民地が、独立国になっただけではなく、ある時点からまさにアメリカ帝国となり、対スペインの19世紀末の戦争を契機に、キューバやプエルトリコといった島国をカリブ海で、そしてフィリッピンを太平洋で植民地として獲得し、またハワイもヨーロッパ系の移民を送り込むことで植民地化し、植民地帝国として存在していたことを明らかにしている著作である。

 

 しかし、私は、本書でプエルトリコ等を植民地化した19世紀末の対スペイン戦争以前の歴史として書かれていたこと、これに強く関心を惹かれた。

この著作を読んで、自分が米合衆国についての基本的知識において、極めて曖昧に生きてきたことを、改めて感じたのである。

 米合衆国とその資本主義のあり方について関心があり、その問題性についても色々考えてきたつもりであるが、そもそも米合衆国が、いつどのようにでき、すなわち、本書の最初の部分が述べている、米合衆国がいつ植民地から独立国家になり、南北戦争という内戦を経て、その後、覇権国家の道を進んできたかの歴史的経過そのものについて、時代的、地理的に私の理解が全く曖昧であり、きちんと確認し、理解することができていなかったことを、本書での主題である米合衆国の帝国としての形成過程やその内容そのものを受け止め検討する以前に痛感させられた。

 

 上巻の194ページの「図5−1 19世紀における合衆国の大陸拡張」、そして195ページの「表5−1 合衆国の政治発展の指標としての州設立年」という図表が端的に表していることであるが、米合衆国のそもそもの独立時からの地理的拡張の経過そのものと、それらの歴史年代的な経過さえ、まともに理解できていなかったのである。

 すなわち、米合衆国の独立は1783年、そして南北戦争が始まったのが1861年、これらと、当時の米合衆国を構成していた諸州ないしは地域が米合衆国に組み込まれた経過や時期等についての知識が、極めて不確かなまま米合衆国史を勝手に理解したつもりになり、考えていたのである。

今の時点で考えれば、当たり前のことのようにも思えるのであるが、図の5−1は、独立時の米合衆国の州が、北アメリカ大陸の東の端の部分のみに過ぎず、アパラチア山脈東側の13州のみからなっていたこと、独立後に、他の英国植民地を接収し、スペイン領を手に入れ、西に大きく拡大し、太平洋岸まで到達したことを示している。そして、その進出併合の多くが19世紀に入ってからのその世紀の前半の時期であったことである。そして、同時に、重要なのは、13州で独立したときには、アパラチア山脈の西側にはネイティブ・アメリカンの「国々」、すなわち先住民の生活圏が大きくは傷つくことなく、実質的に広がり、生活圏として再生産していたこと、それらが形式上は欧州諸国の植民地として存在していた。それらを、当時の宗主国から買取り、あるいは宗主国との戦争を通して奪うとともに、そのもとにそれなりに存立を保っていたネイティブ・アメリカンの国々そして生活圏を完全に破壊し、それらの人々を元来の生活空間から追い出し、それぞれのネイティブ・アメリカンが共同体としてもっていた再生産の基盤を破壊したことである。また、そこへヨーロッパ人からの移民の入植を大量に進め、欧州人中心の自国の州として米合衆国に編入してきたことである。

さらに認識すべきは、それが今からたった200年少し前からの事柄であったこと、これらのことである。そして、しかも、これらを知っているつもりになっていて、歴史的に年代的に自分の中で位置付けることなく、私は認識し、理解したつもりになっていたのである。

 

ここで、なぜか先日のアラスカでの米露首脳会談を思い出した。アラスカはかつて一時期ロシア帝国の領土であった。それは当時ネイティブ・アメリカンが住んでいた今のアラスカの地を、ロシア人が1741年に「発見」し、1799年にロシア領とし、1867年に米合衆国がロシア帝国より買収した結果のことである。このことは、今のロシア連邦、そして前身の旧ソ連やロシア帝国のシベリアや極東の地が、ロシア人により「発見」され、ネイティブの人々の存在とその生活空間を無視し、ロシア帝国領とされ、ヨーロッパ系のロシア人が移住し作られたロシアのシベリアや極東地方、その東の先端がアラスカであったこと、このことを示している。

何故か、米合衆国の西部へのネイティブ・アメリカン社会を破壊しての拡大とロシア帝国今のロシア連邦東部への拡大、ネイティブ社会を破壊し、欧州系ロシア人を入植させ、植民地化した動きが、重なるのである。これらは、多少時代のずれがあるものの、ほぼ同時期に行われ、アラスカで米露が巡り合い、ネイティブ民族の存在を無視して、占領者による勝手な土地の売買取引が行われた。そして、今の米露の国境が確定された、といえる。

欧州の他の植民帝国は、ネイティブの人々を結果的には皆殺しにし、欧州人とアフリカ人を送り込んだ地域を含め、植民地母国の欧州諸国と地理的に大きく離れていたが故に、第2次大戦後、多くの地域が植民地の立場を脱し、独立することになった。南米大陸の多くの国は、この点では異なる歴史的経過を経てはいるが。

しかし、ロシアの東部地域と米合衆国の中部や西部地域の植民地地域は、本国と地続きであるがゆえか、欧州人による植民が数の上で圧倒しただけではなく、米露という植民を行った欧州人の国土そのもの一部とされてしまった、と言えそうである。この一点でも、両国は似ている。トランプとプーチンの両氏が、現代の主権国家の国境について、自国の利害で変更可能かのように考えている点で似ているように、両国の国土の拡大形成経過も似ているように見える。

もちろん、ロシア帝国は、他方で地続きでありながら、人口的に大きくかつ密であり民族としての独自文化を強固に育んできた中央アジアの諸民族については、それを自国帝国内に民族的存在のまま取り込んでいるようであり、全面的に民族の破壊を行うようなことは、いくつかの例外を除き、しなかったようである。まさに欧州系のロシア人が主力を占め、他民族を内部に従属的に従える典型的な多民族帝国を形成していたし、今のロシア連邦もその一部が依然として継続しているということは確かであろう。

同時に、ロシア東方の極東地域等では、先住民社会の破壊と欧州系ロシア人の入植による植民地化を行い、西漸してきたアメリカとアラスカで欧州出身者同士の植民地としてぶつかったことも事実と言えそうである。

 

 この本は、上記のような点も含め、米合衆国を帝国と見ているとも言える。

また、同様なことは、規模は大きく異なるといえるが、和人の北海道でのアイヌ人の共同体や生活環境の破壊、土地の掠取や、ブラジルのポルトガル人を中心とした欧州系の人々のネイティブ・アメリカンの社会の破壊等、多くの地域で、同時代から現代にかけても見られることでもある。それをどのように我々は位置づけるべきなのであろうか。私は、たまたま破壊した側の人間として生まれたに過ぎないのだが。

これらの事実をきちんと自覚し、自分なりに位置付ける必要があろう。

 

 この本を読んで、まずは、こんなことを考えた。自らの生活圏を拡大するために、他の人々が営々として築いてきた共同体の生活圏を破壊してしまうこと、このようなことは、その時点で軍事的に優位に立った人々により、現生人類の歴史の中で繰り返し行われてきたのであろう。長い歴史を持つ事実であろう。しかし、だからといって、今、人類を単位に豊かな社会の構築を唱える人々としての我々が、このような過去を背負っていることを忘れるべきではないであろう。また、同じようなことを今から行うことは、絶対に許されるべきではないであろう。しかし、ここ2百年の時間の中で、このような出来事は、一挙に進んだとも言えるのである。米露に限らず、今存立している社会の多くが、このような他の共同体の破壊を行ってきた結果として存立していること、これに目を瞑るべきではないであろう。

 アラスカという地は、どのような理由ないしは根拠で、ロシア帝国が米合衆国に売却し得たのか、その背後の歴史を知ること、そこに先住の人類の営みが存在し、それらの多くが破壊されたということ、これを知った上で、今を見つめる必要があろう。偉そうに振る舞うプーチンとトランプの両氏を見るたびに、このようなことが思い浮かぶ今日この頃である。

 現在はウクライナ領のはずのクリミア半島の先住民であるクリミア・タタールの人々を、クリミア半島から旧ソ連のスターリンが追放してから、まだ百年も経たないのである。その地に旧ソ連はヨーロッパ系ロシア人を移住させた。ロシア連邦は、ウクライナ領になっていたその地を、2014年に自国領土に編入した。移住したヨーロッパ系ロシア人が、ロシア連邦への併合に賛成したということなのであろうか。プーチンはスターリンの遺産を活用したともいうべきなのであろうか。 

2025年8月22日金曜日

8月22日 日経:呉軍華「「光」と「影」が際立つ中国経済」を読んで

 呉軍華「「光」と「影」が際立つ中国経済」

エコノミスト360°視点,(日本経済新聞、2025822日、p.6) 

を読んで 渡辺幸男

 

 この新聞記事を読み、「角を矯めて牛を殺す」の格言、諺を思い出した。

 

 呉氏は、この日経のOpinion欄で、現在の中国経済の「光」として中国の「先端産業」の「技術覇権に挑む勢い」を述べ、「影」として「不動産市況の崩壊」等、「経済は改革開放以来の深刻な局面に陥っている」ということを、まずは確認し、「なぜ、光があっても景気減速が止まらないのか」と問い、その答えとして、新産業の「波及効果が乏し」く、「経済全体をけん引するには裾野が狭い」こととともに、制度的制約も1つの要因と指摘し、それが「地方政府間の熾烈な競争をもたら」し、「過剰生産と無秩序な競争を招き、価格破壊」となっている、こととしている。すなわち「「光」を生む仕組みが同時に「影」を増幅していることを示す」とし、「真に持続的成長を図り、国際社会との調和を目指すには、・・・無秩序な競争の是正といった構造改革が不可欠だ」としている。そして、「さもなくば、せっかくの「光」の輝きも国内外の摩擦に覆われ、色あせることになりかねない」と結んでいる。

 

 ここでの議論を、私流に見ると、今の中国では、「地方政府間の熾烈な競争をもたら」し、「過剰生産と無秩序な競争を招き、価格破壊」が影をもたらす要因であるという、それ自体としては、妥当な指摘をしていると思う。だが、同時に、この要因が「技術覇権に挑む勢い」を可能にしている、という呉氏自身が主張している事実、これを呉氏は議論の最後では無視しているようにも見えるのである。

 最大の光をもたらす主要な要因の1つが、同時に影をももたらしている、まさに光と影の関係である。このような事実を無視し、あたかも両者を切り離して政策的対応が可能かのように議論しているように、私には見える。

つまり、先端産業企業の簇生という光る牛の「角」の1つであるはずの「価格破壊につながる」「過剰な生産と無秩序な競争」という角を、「矯める」ことを推奨するような結論を安易に述べているように見える。

 

 この呉氏の議論を読みながら、かつての日本の通産省の1つの動きを思い出した。通産官僚による乗用車産業の「過当競争論」であり、政策的にはトヨタと日産の2大メーカーに集約することを政策的課題とすべきという高度成長初期における産業政策論である。

 その論理は、高度成長初期の日本国内の乗用車市場の小ささを前提に、当時の技術水準で見ても、乗用車産業企業が規模の経済性を十分に実現するためには、日本の市場には乗用車メーカーは2社程度が適切であるという認識に基づくものである。それゆえ、後発の東洋工業(現マツダ)、プリンス等の乗用車市場への参入は規模の経済性の実現という意味でも、当時の遅れた日本の乗用車産業にとっては、「過当」な競争をもたらすから、後発企業の参入を抑え、さらには排除し、2大メーカーに集約すべきである、という政策的議論である。ましてや二輪車メーカーのホンダや鈴木の乗用車産業への参入は政策的に断固阻止すべき、といった内容ではなかったかと思う。かなりうろ覚えであるが。

 ここでの重要な点は、当時の産業政策担当の通産官僚の認識では、世界市場で競争できる規模の経済性を実現することが第一であり、日本市場を前提にそのことを考えると2社程度に集約し、国内市場で規模の経済性を発揮させる必要であるということである。すなわち、国内企業間の企業間競争を抑え、世界市場に打って出られる規模の経済性を最初から発揮できる企業を政策的意図で作ることが可能であり、必要である、ということになる。それが国際競争力を日系企業が発揮するためには不可欠である。このような理解であるといえる。

 このような通産官僚の思惑による政策が、実際には実行されず、「過当競争」的な乗用車産業への参入がその後も生じたが故に、1980年代後半以降の日米貿易摩擦の中心が日系企業による米国への乗用車輸出となるような日系乗用車メーカーの発展が生じたと言える。結果的には、「角を矯め」て「牛を殺す」ことが無かったが故に、日系工業企業の世界的な展開が1980年代以降に発現したといえるのである。

 このような日系工業企業の発展展開、90年代以降の相対的停滞についての議論は別として、一度は世界市場の主導企業としての地位を多くの産業で実現した事実、これを思い起こすと、今の中国の状況を光とその影として見ること自体は妥当だと、私も思うが、その影自体を解消する政策を、光をもたらした要因の「是正」という策にすべきということには、疑問を感じざるを得ない。しつこいが、「角を矯め」て「牛を殺す」ことがない形での軟着陸を模索すべきなのではないかと考える次第である。

 呉氏は、最後に「せっかくの「光」の輝きも国内外の摩擦に覆われ、色あせることになりかねない」と結んでいるのであるが、「せっかくの「光」」の元を断ってしまっては、光が色褪せるどころか消えてしまい、元も子もないということになろう。ただ、ここでの呉氏の議論もかつての通産官僚の議論と同様に、実際には実行されず、中国では、「産業の育成と支援」をめぐる「地方政府間の熾烈な競争」は、今後もしばらくは続きそうに、私に思えるのであるが。

2025年7月29日火曜日

7月29日  FT ‘China’s profitless investment boom' を読んで

 ‘China’s profitless investment boom'

by Joe Leahy, Wenjie Ding and William Langley,

FT BIG READ. CHINESE ECONOMY, 29 July 2025, p13

を読んで 渡辺幸男

 

 ブログに「米国との経済的対立と、中国・ロシア産業経済の方向性」を掲載した日の午後に配達されたFTに、この記事が掲載されていた。「中国の利潤無き投資ブーム」とも訳すべき、大変興味深いとともに、ブログで展開した私の中国産業経済理解の妥当性を問うとも思える内容の記事である。

 

 記事の内容は、中国で消費拡大が一方で叫ばれながら、依然として設備投資主導の景気刺激策が展開されている、という内容につながる議論である。まずは、地方政府、それも省レベルのような大きな地方政府ではなく、下級の地方政府が依然として積極的に工業団地を建設し、工業企業の誘致活動をしているが、その多くには十分な企業が集まっていない。たとえ土地が売れたとしても空き地のままであるか、よくて倉庫建設にとどまり、工場の建設そして稼働には至っていない。これらの点について、事例を通しての紹介がされている。

 また、雑貨類の生産工場では、過当競争状況に陥り、利幅が極めて薄くなっている状況も紹介されている。さらに、機械工業関連でも過剰生産能力が目立っているとしている。航空機部品製造やロボット製造のような分野でも、過剰生産傾向は強く、海外への進出を考えざるを得ないとの言及もなされ、工業生産全般における過剰投資と、低利潤状況が紹介されている。

 しかも、地方政府等の支援を受けた工場建設等による過剰設備状況は、中央政府の抑制策にもかかわらず、いろいろな形で継続され、状況の改善は見られないとしている。そして、本記事の締めくくりは、地方政府の官僚の言として、「我々は全面的に中央政府の政策を支持しているので、もう鉄鋼業や炭鉱業のような産業については支援していない」という、皮肉な表現で締め括られている。

 

 この記事が言いたいことは、中国経済が投資依存の経済である傾向は、簡単には変わらない、ということであろう。その動きの中心的部分は、下級地方政府の利害が地元への工場建設の実現にかかっている中国の政治状況である、ということでもあろう。それゆえ、本記事の見出しは、「地方政府はハイテク設備を生産する新工場の投資を誘導しているが、実際には、経済成長刺激とは程遠く、過剰生産能力の積み重ね、一層の薄利へとつながっている」としている。

 中国経済での過剰投資傾向、特に先端産業に絡む分野に向けての投資の過剰は、地方政府の利害に絡んでいるがゆえに、中央政府の投資抑制そして消費需要拡大への動きに地方政府が対応し、大きく減少することは困難であろう、ということであろう。過剰投資傾向の今後の継続、投資分野を変えながらの過剰投資の継続が、地方政府の利害ゆえに見込まれることを指摘する記事といえよう。

 同時にこの記事から受け取れることは、産業向けの設備投資を促進するとしても、下級地方政府は、いつも同じような産業を支援するのではなく、その時代時代で注目されている新産業企業の誘致をする方向で、誘致対象を変えてきている、ということであろう。しかし、注目される新分野への投資が、地方政府間の競争を通して、過剰投資として実現され、当初より参入企業の利益は薄くなりがちである、ということでもあろう。

 同時に、参入を意図する企業にとって、中国の地方政府間の誘致競争は、大変強力な助人となってきたし、今もそうであることを、この記事は示している。新産業分野での激しい参入と、その後の新規参入企業間の「過当競争」が生じ、急激な新産業分野での新規参入企業間の優劣の顕在化、そして勝者と敗者の明確化、急成長企業と脱落企業の共存が繰り返されることとなる。

 同時にこの過程こそ、中国での新産業形成と、そこでの無数とも言え得る企業の参入とチャンピオン企業の形成の過程でもあり、それが依然として存在し続けている、ということを示すものとも言える。そのためのキーパーソン的な存在が下級地方政府であるといえ、それが依然健在であることを示す記事と言えよう。

 このFTの記事を我田引水的に議論そして理解すれば、このようになろう。私のここでの理解が現実的な議論と言え得るのかどうかは、今後の中国産業経済を見守ることで明らかになるであろう。

 

7月29日 米国との経済的対立と、中国・ロシア産業経済の方向性

米国との経済的対立と、

中国・ロシア産業経済の方向性

渡辺幸男

 

 中・露経済は、ともに計画経済から市場経済に前世紀末に転換した大規模国民経済である。しかし、計画経済としての近代工業確立の状況、可能性としての国内市場規模の大きさ、そして一次産品の産出可能性の状況等には、両者の間に大きな差異がある。それらの差異の状況とその意味、そして、さらには米国との対立のもとでの先進工業国としての可能性等について、私なりの理解を、以下で示したい。

 なお、この議論は、これまでの私のブログでの中露それぞれの経済と工業についての議論を踏まえ、私なりにまとめた議論であるとも言える。

 

1 中露の近代工業形成についての私の理解

(1)  中国

 計画経済下で、それなりの近代工業基盤を形成し、一応量産機械を含め、近代工業製品を国内企業により生産できる状況になった。その後、1980年代以降の改革開放期以降、大量の海外資本の参入、直接投資を受け入れた。それにより、低価格加工品の海外資本依存の輸出経済により工業生産を拡大するとともに、先進工業国製品が参入不可能な低価格品の巨大市場を国内に形成し、その国内市場向けに自国系資本の新興企業が、計画経済期に蓄積した近代工業技術と進出外資から得た工業技術を使用し、大量に参入し、国内新企業間で新たに形成された低価格品の巨大市場を巡って激しい競争が実現した。競争による淘汰の結果、低価格品市場向けの国内市場に依存し、そこで生き残った企業群が急速に成長した。

 そこから、巨大化した国内市場向け生産の多数の自国系企業が中心の生産体系も、大量の外資の直接投資にもかかわらず形成された。直接投資を通して外資が開拓した海外生産市場と異なる市場、巨大化した低価格品国内市場を新興の中国系企業群は開拓し、そこでの激しい競争を通して、さらには、世界市場の中低価格品市場向けの近代工業製品を専ら生産する中国系新興企業群が生まれた。

 それらの新興企業群は、計画経済下で形成されていた国有大企業ではなく、そこでの基盤的な技術、技術者や熟練工を活かす形で、国内新規形成市場向けに、低価格を含め、製品群を開発した新興企業群であった。計画経済下で形成された国有大企業は、改革開放下で一時的には巨大企業となりながらも、中国の新たな工業発展の担い手とはなれず、1990年代以降、衰退した。

 他方で、強大な国内市場は、単なる低価格品の巨大市場から、先進工業製品を含む巨大市場へと成長し、依然として維持されている、多様な新企業の参入という特徴とあいまって、新興企業を中心とした、新市場開拓競争が激しく行われ、国内市場を前提とした自国系企業を中心とする自生的先進工業への道を、中国経済は歩み始めた。結果、既にいくつかのグローバル市場で見ても先端的な先進工業企業が、新興企業群の中から生まれ始めている。10数億人の巨大国内市場を前提とした近代的先進工業国の形成の可能性が見えてきたといえる。

 中国でかつて自ら実態調査を行ったことから得た認識を踏まえ、その後の中国研究者の情報を私なりに付加し、中国の工業発展について、私はこのように考えるに至った。

 

(2) ロシア

 それに対して、ロシアの工業は、大きく異なった展開を示していると認識している。ロシアは旧ソ連の中核的共和国として、その多くを旧ソ連から引き継いでいる。旧ソ連の工業の特徴は、戦後のソ連経済圏の形成とそれを前提とした計画経済的工業発展により、旧ソ連解体以前にそれなりの「先進」工業化を達成していたことである。同時に、その「先進」工業化は、西側市場では全く国際的市場競争力のない技術的意味だけの「先進」工業であった。計画経済のもとでの市場を保証された形での工業先進化は、市場ニーズに合わせ製品を開発し、他社との競争下で販売するという市場経済の「いろは」の「い」の字とも、全く関係なく、機能的に先進的であれば、それで十分であるという先進化であった。製品としてのジェット旅客機や乗用車がそれであり、そのための工作機械も同様な評価のもとにあった。機能的に見て製品としては存在するが、市場で競争力を持つ製品としての配慮、開発は全く存在していなかった。文献からの情報に基づいたものに過ぎないが、旧ソ連の工業発展の特徴を、私はこのように理解するに至った。

 旧ソ連経済圏という、当時の先進工業にとって十分巨大な市場を前提として、量産もそれなりに行われたが、競争により市場経済製品として鍛えられることのない、当時の先進工業製品としての機能を充足するだけの工業製品であったようである。

 このような状況で1990年代の旧ソ連解体、ロシア連邦の形成となる。しかも、その過程は、改革開放時の中国と比較すれば、相対的に豊かな国民経済であり、西欧諸国からの先進工業製品の進出が可能な市場であった。結果、旧ソ連工業企業群の製品の先進工業部面での西欧製品に対する国内市場での敗退を意味した。しかも、ロシア経済は、一次産品生産の豊かな経済であり、鉱業製品や農業製品の輸出を通して、工業製品を輸入することが可能な経済であった。当初の混乱期を越えることで、一次産品を輸出することにより、新たな形で1億4千万人余の相対的に豊かな市場を維持することが可能であり、西欧向け一次産品輸出と西欧の工業製品の市場としての意味とで、西欧さらには欧州諸国との経済的な一体化が進展した。

 これが、現代ロシア経済の「非工業化」と、私が呼んでいるものである。政府需要に依存し、市場競争にさらされず、市場競争力を必要としない軍需産業としての工業は生き残っているようだが、その先端的部分、特に電子部品等については、対外依存が極めて大きくなっているようである。

 このような工業状況でありながら、ウクライナ侵略を始めた。結果として欧州との経済的一体化の中で、豊かな一次産品供給国としての発展を維持することは、不可能となった。結果、先端的工業製品については、中国に依存し、一般的な工業製品については中国、トルコそしてインドに依存する元先進工業国が生まれたのである。これが「非工業化」ロシア経済の現状と言える。

以上のように、私は、日本語の文献を通してロシア工業の現状を理解した。自分の目で全く見ていないだけにこの議論の妥当性について不安もあるが、同時に、これに反する有意と思われる実態調査報告もなく、多くの実態調査報告は上記の議論を裏付けるものだと理解している。私が参照した文献と、それについての私なりの理解については、これまでのこのブログで、文献の紹介を兼ねて披露してきたところである。

 

2 中国とロシア、何が違うのか。

計画経済から市場経済の競争的環境への適応結果が大きく違うのは、なぜか、何がどう違うからなのか、またそのことの持つ意味は何か、上記の私の認識を踏まえ、私なりに議論してみたい。

まずは、計画経済下で両国とも近代工業の基盤を形成した。その上で、旧ソ連とその後継国ロシアは、近代工業の基盤だけではなく、その工業は、市場経済へと転換した時点で、すでに技術水準的には「先進工業」水準に達していた。ジェット機や乗用車生産、工作機械生産等、「先進」工業と呼べる水準に達していた。中国は近代工業の基盤を形成することには成功していたが、市場経済へと転換した時点では、「先進」工業と言える水準ではなかった。

また、国民の生活水準から見ると、旧ソ連そしてロシアは、それなりに豊かな社会を実現し、西欧の消費生活物資等を購入できる水準に大衆レベルで達していた。それに対して中国の計画経済終了時の国民生活水準は、当時の先進工業国の消費水準に対比できるような水準には全く達していなかった。

また国民経済としての大きさは、人口規模から見れば、中国は当時世界最大の規模であり、所得水準上昇が実現するならば、世界最大の巨大な国内市場を実現する潜在的可能性を秘めていた。また旧ソ連その中のロシアも、1億4千万人程度の人口があり、かつ、すでに一定水準の国民所得を実現しており、国内市場として大変魅力的な大きさの市場を提供できる市場となっていた。

 

両国とも、計画経済を終了したのちは、海外資本の直接投資等を積極的に受け入れた。ただ、その際に直接投資する外資にとって、中露では、その進出先としての主要目的が大きく異なっていた。

ロシアへ進出した西欧資本の多くにとって、1億4千万人余のロシア国内市場の需要を確保することこそ、直接投資等でロシアへ進出することの目的であった。それに対して、中国に直接投資する日米欧の資本にとって、中国政府の政策との関連もあり、中国市場向けでの直接投資を現地国有企業と合弁しながら進出するといった乗用車産業のような例外はあるが、多くは、中国の豊富な低賃金労働力を活用し、米日欧市場向けに安価な品を再輸出することを目的とする加工組み立て貿易のための直接投資であった。

 

それゆえ、結果として生じたことは、中露で大きく異なることとなった。ロシアは、ある程度豊かな市場であり、市場の大きさとしても魅力のある経済であるがゆえに、西欧企業の直接投資が大量に生じ、西欧の先進工業の財が流入した。しかも、ロシア経済は一次資源も豊富であるがゆえに、一次資源の輸出拡大を通し、先進工業製品の輸入も豊かに行うことができた。長期に渡り、このような過程が継続し、計画経済下で形成されていたロシア国内の「先進」工業の多くが停滞ないし衰退することとなった。

それに対し、中国経済は、国民経済として潜在的には極めて巨大な市場になる可能性を当初より秘めていたが、実際は、国民の所得水準が低く、先進工業国の製品、その中の低価格品でも、当時の中国市場向けには高価すぎるものであった。それゆえ、既存の製品の輸出を試みた先進工業国の企業の輸出製品は、潜在的な巨大市場をまえにしながら、その市場を本格的に開拓することができなかった。

 同時に、先進工業国企業から、高所得国向けの相対的低価格製品の再輸出のための加工組み立ての直接投資を大量に受け入れた中国経済は、低賃金労働力の膨大な雇用拡大を実現した。その需要にも対応することで、超安価品の(潜在的に)巨大な市場を形成することになった。この需要に応じたのが、郷鎮企業と呼ばれるような地場の企業を中心とした、大量の新規創業企業である。これら企業群の生産供給により、当時の極端な安価製品中心の中国市場にも対応可能となり、それらより極端な低価格製品の生産供給拡大が実現した。

 これらの新規創業企業群による超低価格の製品は、品質的には極めてばらつきが大きく、使用に耐えないものも多く存在したようだが、市場での激しい競争によりそれらの生産企業は駆逐され、きわめて安価だが、それなりに使用に耐えることができる製品を生産する企業群が、生産財から資本財そして消費財(耐久と非耐久の双方)生産企業に至るまで、大量に新生し、これまた大量に生き残り、成長することとなった。

 多様な低価格品の巨大国内市場向けを中心とした新興企業群による激しい競争が生じたのである。ただし、計画経済下で形成されていた中国の計画経済期からの国有企業群は、このような動きについていけず、市場競争にさらされた多くの国有企業が縮小退出ということとあいなった。

 

 1990年代にこれまでの計画経済から市場経済へと大きく転換した中露の経済は、このような転換点の状況の違い等を通じて、市場経済下での再生産のあり方が大きく異なることとなった。一次産品の供給国として優位性を活かし、欧州市場の産業体系の一部となり、先進工業生産については、直接投資も多く受け入れたロシア経済は、政府需要に大きく依存する軍需生産等以外の工業生産については、西欧資本・企業に大きく依存する、「非工業化」するかつての「先進工業」国となった。それに対して、中国経済は、巨大な国内市場を構築し、乗用車等のいくつかの例外を除き、それら市場に新興の自国系資本企業が専ら供給するという自立した10数億人の世界最大の国内市場をもつ経済となった。

 中露の経済は、計画経済下に近代工業の基盤を形成し、その後、市場経済となったことでは同様であるが、市場経済化した時点での所得水準の違いや、輸出可能な一次資源の豊かさの違いを中心的な原因として、市場経済下での、その後の展開が大きく異なることとなったのである。既存の先進工業諸国の経済に市場としても一体化されたロシア経済、それに対して、先進工業国向け低価格品の組み立て供給基地として先進工業諸国経済に組み込まれたが、先進工業国企業にとっての市場としては一体化されなかった中国経済との違いである。中国の潜在的巨大市場が、当初、あまりにも先進工業国製品の市場としては適応不可能な超安価品市場であったがゆえに、潜在的巨大市場を市場として顕在化させた際の主体は、そのようなニーズに応えることができた地場の新興郷鎮企業等であった。このような転換点での転換方向の違いが、両者の大きな差異をその後もたらしたと言える。

 結果として、西欧先進工業諸国経済と一体化したロシア経済と、(潜在的に)巨大な自立した国内市場を持つ中国経済ということになった。計画経済から市場経済への転換のあり方が大きく異なったことにより、中露の経済は、全く異なるその後の発展経路をたどることとなった。

 以上のように見ることができるのではないかと、私は考えている。

 

3 小括 以上の議論のもつ含意

 以上のことの含意は、現今の米国や欧州との対立状況にある中露にとって、その対立のもつ意味が大きく異なる可能性を示唆している。

 ロシアにとって、ウクライナ侵略に伴って生じた欧州経済からの制裁、基本的には欧州の経済的枠組みへの位置付け、一次産品の供給を中心にした欧州市場での主要経済国としての存在の場の否定、欧州経済からの排除を前提に、欧州経済内での一次産品国として位置付けと同様の位置付けで自国経済の再生産を可能とするためには、他の有力経済の一部としての一次産品国へと転換することの必要性が生じたことになる。1億4千万人余の国内市場だけでは、現代の先進工業のための市場としては不十分であり、先進工業について依存する巨大経済の一部としての一次産品供給国への道を新たに模索する必要が出てきたのである。その道が、BRICS諸国経済への接近であり、さらには中国経済圏への加入となるのではないかと、私は考えている。巨大な中国への主要一次産品供給国となり、中国から先進工業製品の供給を受ける、といった意味で脱欧入亜経済への転換とも言える転進である。

 また、他方で、中国経済は、米国から切り離されることで、一層の自立を迫られている。そのことで、自立した経済圏としての可能性を追求することが不可避となったと、中国政府は自覚しつつあるといえよう。それゆえ、自らが中核となる経済圏、「一帯一路」のようなそれを、ロシア等を組み込みながら構築する道を歩みつつあるし、その経済圏構築が一定の可能性を持つ経済であると言えそうである。

 

付論1

 以上のように中露経済の展望を考えた時、BRICSの一員である先進工業化を目指す巨大経済インド経済の今後が、大変気になる。中国主導でロシアを組み込んだ巨大経済圏の形成が、ロシアの脱欧入亜により生じつつある時、中国と並びうる潜在的には巨大な国内市場をもつインド経済がどうなるのか、大変気になるところである。中国の工業製品の主要巨大市場として組み込まれるのであろうか。

 ただインド経済、特にその工業の現状についての実態的な研究は、ロシア経済以上に日本語の文献では少ないようである。私は、法政大学の絵所さん等の研究等で、その実態を垣間見ているに過ぎない。

 新聞等の報道を見ていると、ロシアの一次産品の新たな受け入れ先として、インドが極めて大きな意味を持っているようにも思えてくる。同時に、インド経済、特にその近代工業にとって、中国製品とのインド国内市場を巡っての競争が、極めて重要な位置を占めてきているようにも見える。他方でインド独自の自律的な先進工業発展の事例も紹介されている。

インド経済全体として、どのような状況にあり、どのように展開しようとしているのか、特に中露との関連でこの点が気になる。新聞記事等の断片的情報も活用しながら、今後も私なりに考えていきたい論点の1つである。

 

付論2

 同じBRICSの一員である、ブラジルと南アについては、私は、まだ、グローバルな産業発展の中での位置付けを、とば口としてだけでさえ、つかめていない。ブラジルに対するトランプ政権による異常な高関税の設定は、巨大な一次産品供給国としてのブラジルを、非米市場向け志向の輸出国に変えるであろうことぐらいは想像しているが、その先はどうなるのであろうか。非米市場向け輸出国として、ある意味オーストラリアと同様に、幅広く展開するのか、特定の経済圏へと近づき、その一部を構成する有力国になるのか、全く見えていない。

 ましてや、南アである。政治的混乱も含め、その展望は私には全く見えてきていない。

 かつてフィールドワークを主体とした産業論研究に携わっていた者として、まだまだ学び、考えなければいけないと思われることが、多く残されていることを、改めて、自覚している次第である。これから、本格的に学び、考えることは絶対的に不可能であることは自覚しているが、今の自分なりに、情報を得て、それなりに考えてみたいと思っている。