中国のロシア向け輸出の10%水準の縮小は、
何を意味するのか?
Foster, P., Gill Plimmer, A. Bounds and A. Williams,
‘How trade tensions are hurting business’
(FT, FT BIG READ. GLOBAL ECONOMY,5 July 2025,p.8)
を読んで
渡辺幸男
この記事は、米国トランプ政権の政策が、中国からの米国向け輸出を急激に減らしている事実を確認した上で、生産拠点の移動は簡単にできず、まずは米中の輸出入に大きな影響を与えるというということから議論を始めている。その際に示された、中国海関総署(GACC)の中国の2024年5月から2025年5月にかけての輸出の変化率の図が大変興味深い。図のタイトルは、「中国の輸出は米国向けの急激な縮小にもかかわらず、昨年は4.8%の拡大」(「2024年5月から2025年5月にかけての中国輸出の変化」)と言うものである。
中国からの米国向けの輸出が、図によれば、35%ぐらい減少している(本文では米国の中国からの輸入は同期間に43%減少と書かれている)。しかし、平均すると、この間の中国からの輸出全体では、4.8%も増えている。図の中での最大の増加率を示すのはアフリカで、30%以上増えているようである。中国からの最大の輸出先であろう米国市場への輸出が30%以上減少しても、中国全体としては、輸出が5%近く増加している。これ自体、大変興味深い、注目すべきことであろう。ある時期の日本のように最終的には専ら米国市場に依存して輸出を拡大しているのではなく、多様な市場の需要向けに輸出を拡大できているのが、今の中国であると言えそうである。
これは、まさにそうなのであろうと思ったが、同時に、私が注目し、大変驚いたのは、図でアメリカの次に掲げられているロシア向けの輸出であり、それが10%くらい減少していることである。中国全体では、同期間の輸出は、4.8%の増加なのである。また、この図には中国の主要な貿易相手の諸地域は、ほぼ全て掲げられているようにみえるが、減少しているのは米国以外ではロシアのみである。他方、平均4.8%の輸出の伸びを下回っているのはラテンアメリカのみとなっており、EUは10%以上、カナダはほぼ20%、アフリカは30%以上と大幅に伸びている。それにもかかわらず(と言うべきかどうかわからないが)ロシア向けが、かなりの率で減少しているのである。
ロシアはウクライナへの侵略開始以来、電子製品等の輸入を中国に大きく依存するようになり、中国からの輸出が大きく増加しているはずだし、今も増加傾向が続いている、少なくとも、減少はしていないだろうと私は勝手に想像していた。だが、この統計では、顕著な減少を示している。これは何を意味しているのであろうか。この統計の図に驚きを隠せなかった。
この記事そのものは、生産拠点の移動は8~10年間単位の視野で生じるのであり、当面は関税引き上げのマイナス面だけが浮き上がってくるとし、企業家は投資をどうするか決められずにいるといったことを結論的に述べている。
しかし、私にとって、米国への投資回帰が長期的にどうなるかより、当面、気になるのは、ロシアへの中国からの輸出が急減していることである。これは何を意味しているのであろうか。ロシア側の変化故なのか、それとも中国側の変化の結果なのであろうか。
今のロシアの工業について、軍需生産へのシフトは一層進んでいることがあろうとも、民需へ多少なりとも回帰しているというようなことは、私には全く考えられない。軍需用製品の部品を含め多くの電子機器や電子部品を、今ロシアが依存できるのは中国生産品、あるいは中国経由の輸入品しかないであろう。ロシアの工業生産自体は拡大しているようである*が、そのために部材の輸入増大も不可欠なのが、現在のロシアだと、私は思っている。また、大量の消費財についても、インドやトルコ等とともに、中国が主要な調達元の1つであろう。それなのに、10%レベルでの減少、これは何なのであろうか。
1つ考えられるのは、米欧の一層の締め付け強化で中国のロシア向け輸出も縮小せざるを得なくなっている、ということであろう。あるいは、ロシアが輸入対価として使っている原油や天然ガスの輸出を拡大できなくなり、輸入のための資金が枯渇しつつあるということであろうか。事実、鉱業生産は縮小しているとも報告*されている。
旧ソ連時代から蓄積してきた兵器を消耗しながら、軍需生産を拡大し、対ウクライナ侵略戦争を勝ち抜いていく。しかも、ロシア国民一般の生活水準をできれば高めながら、最低限でもウクライナ本格侵略以前の水準を維持しながら、それを実現する。これがプーチン政権にとっては、ウクライナ侵略戦争を継続していく為の必須条件であろう。そのためには中国からの軍需関連部品や民需品の順調な輸入拡大、少なくとも輸入維持が不可欠だと、私は考えていた。そして、それがロシアの豊富な一次産品、特に原油と天然ガスゆえに可能となっているとも、考えていた。
それが中国からのロシア向け輸出の年約10%の減少である。中国に代わる輸入元が見つかったのであろうか。低価格での巨大な供給力と柔軟な拡大余力を持つ経済は中国以外存在しないであろう。実際、この間、中国からの輸出はEU向けを含め、多くの地域に対し年10%以上で伸びているのである。それなのに、対米を除けば、対ロシア向けだけが10%水準で減少している。中国側からの供給制限があるのだろうか。米欧による対ロシア制裁がいよいよ中国の対ロシア向け輸出にも効いてきたのであろうか。はたまた、ロシアの工業生産力が、電子部品等を含め回復し、中国からの部材等での輸入にあまり依存しないで済むようになってきたとでも言えるのであろうか。中国に代わる供給源がみつかり、それに代替できたのであろうか。そうであれば、どこ?まさかトランプのアメリカではないであろう。いくらなんでも。
どう判断したら良いのであろうか。
* なお、ジェトロによれば、以下のような、ロシアにおける鉱工業生産についての数字が報告されている。「ロシア連邦国家統計局は1月31日、2023年の鉱工業生産は前年比3.5%増と発表した。製造業が同7.5%増と牽引した。その一方で、鉱業は同1.3%減だった。」(ジェトロ、ビジネス短信、調査部欧州課、2024年2月13日)