2025年11月4日火曜日

11月4日 FT記事「諸改革が中国のバイオテックブームを加速している」を読んで

 FT記事「諸改革が中国のバイオテックブームを加速している」を読んで 

 

渡辺幸男

 

 ‘Reforms turbocharge China’s biotech boom’(FT, 3 November 2025, p.8)という英文タイトルで、E. Olcott H. Ko  W. Sandlund3名による記事である。副題に「北京政府の資本調達や技術革新を促進する諸手段は、製薬産業の急速な国際的成長へとつながっている」とあり、中国の製薬会社の新薬開発の実態事例を紹介しながら、統計的事実も示している。掲載された図によれば、中国の製薬産業が2020年前後から、この5・6年で、技術革新的薬剤で、海外からのライセンス取得による生産中心から、急速に海外へのライセンス供与に変化し、海外への技術供与がライセンス取得による生産を大きく上回るようになったこと、海外への技術供与の額が2019年から鰻登りに増え始めていること、また、新薬のトライアル数が、急速に増大し、2016年に日本を抜き、2022年から2023年にかけて、米国をも抜き世界一になったことを紹介している。

 さらに2社の具体的な医薬品開発事例も紹介するなど、大変興味深いレポートとなっている。

 

 この記事を通して、「製薬産業、お前もか」といった状況、すなわち、スマホや乗用車産業すなわちEVで生じた、中国企業の急速な発展とその結果としての世界市場での存在位置の逆転状況が、製薬分野でも再現されてきているようにも見える。製薬産業の場合、その急速な発展は、開発の際に、治験や臨床試験が、迅速かつ大量に安価に可能であるということ、このことが、このような結果をもたらす要因の1つとして、この記事では紹介されている。さらに、資本調達の面での中国政府の改革も、医薬品製造分野での企業の資本調達をよりスムーズにし、技術革新を追求し易くしていると指摘している。

 何れにしても、激しい国内での新薬開発等の技術革新競争が、政府の支援等もあり、一層活発化し、その成果が海外への技術供与数と額の急増に結びついているようである。相対的に安価に迅速かつ豊富に治験をしやすい環境、巨大な国内市場の存在、すなわち相対的に急速に豊かになりつつあり、薬剤への需要が巨大化している国内市場の存在が、このような急激な多数の治験の迅速な実行と結果としての豊富な成果の実現を可能にしていると、この記事は述べていると見ることができよう。

 

 新薬市場でもEV市場等に続いて国際的な貿易摩擦を起こすのであろうか。そこまでの言及は、この記事ではなされていない。しかし、新規開発の薬剤市場でのそれぞれの薬剤は、EVやバッテリーのように、海外にほぼ同質のものが存在し、その価格面でもっぱら評価されるというより、それぞれの薬剤がもつ独自の効能を評価され、差別化され得た存在として利用されると言える。それゆえ、国際市場での競争のあり方も、EV等とは大きく異なることになろう。

 しかし、いずれにしても、中国経済そして国内市場が持つ巨大さ、それが相対的に豊かな市場へと変身し、巨大な医薬品ニーズが生じた上で、それに呼応する形で、多様な新薬開発メーカーが簇生し、激しい新薬開発競争が生まれ得る基盤が整い、そこに政府の促進策が実行され、その成果が一挙に花開きつつある。このように見ることができよう。

 ただ、本記事からのみではわからないことは、新薬開発を主導する企業群の出自であり、それらの企業の技術革新を支える資金の具体的な出所である。さらには、それらを踏まえた脱落企業の存在を含めた競争の実態である。製薬産業の多様な新薬開発競争が、具体的にどのような企業群と諸資本によって担われ、多くの成果が生まれているのか、本格的な新薬開発を中心とした中国製薬産業の産業分析が待たれるところである。

中国語での研究論文をフォローしていない、近年の私の怠慢ゆえの「まとめ」といえるかもしれないが。

 

 

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