FT BIG READ. MANUFACTURING
‘The free fall of German industry,
FT, 12 November 2025, p.15 を読んで
渡辺幸男
本記事は、Olaf Storbeck, Sebastien Ashと Florian Muller(uに¨)の3名によって書かれた記事で、サブタイトルで「ヨーロッパ最大の経済が、トランプの貿易政策と中国の成長する競争力によって悪化したスランプから脱出すべく戦っている。経済学者は、残されているものを救うために、ラディカルなステップの必要性を示唆している」と述べられている。
私にとって、この記事を読んで知った最も衝撃的な事実は、4つ掲載されている図のうちの第一、「ドイツは今年の初めから中国との資本財(capital goods)の貿易で赤字に陥っている」とタイトルがつけられた図である。ドイツにおける投資財(investment goods)の独中貿易での直近12ヶ月平均のドイツの対中国月別収支が、2025年1月から大幅な赤字へと転化したこと示している。図は2009年から示されており、2024年までの間は一貫してドイツ側の黒字であり、特に2010年から2024年までは5億ユーロ以上のドイツの黒字、多い時は15億ユーロのドイツ側の貿易黒字となっている。それが、2025年に入って、この分野で一挙にドイツ側の対中貿易赤字となったのである。それも直近(3月?)の月までの12ヶ月平均の数字で、5億ユーロのほどのものとなっている。
しかも、2番目の図によれば、ドイツの工業生産は2024年後半から2021年を100として、一時は110くらいまで上昇していたものが、90程度にまで急減していることが示されている。工業生産が大幅に縮小している中で、投資用の資本財の大幅な対中赤字への転化が生じたのである。工業生産の好調ゆえの資本財輸入拡大の結果では無く、工業生産縮小の中での中国からの資本財輸入の拡大の可能性を示唆しており、少なくとも、ドイツ国内の資本財需要が、不況の中で、国内生産の資本財から中国製の資本財へと急激に代替するという現象が生じているということになる。
その裏付けの一例ともいうべき数字が、本文で示されている。線材加工機械の例であるが、ヨーロッパの企業、この場合の機械供給側のメーカーはスイスの企業のようだが、一台13万ユーロであるのに対し、中国浙江省製のそれは28千ユーロとのことである。さらに価格面だけでは無く、中国の企業は欧州の企業に対し、新しいアイデアの機械製品の商品化までの開発必要時間が、半分の時間で済むということも指摘されている。
この記事自体は、この後の部分で、ドイツの製造業の雇用の縮小の問題が取り上げられている。であるが、私の関心から言えば、この前半の部分、その中でも、アメリカのトランプ政権とドイツ製造業の関係ではなく、ドイツと中国の資本財での競争関係の逆転、その逆転の背景にあることとして指摘された点が、極めて興味深く感じられた。資本財部門について、単なる価格面だけでは無く、中国側の新製品開発能力の形成と、その開発速度の速さでの優越性についての指摘がそれである。
前回のブログで、中国の製薬産業の発展についてのFT記事に注目し、それについて多少の意見を書いたが、このドイツと中国の資本財貿易での逆転は、それ以上に、中国の持つ製造業の変質発展を示唆するものとして注目され、衝撃的である。欧州一というだけでは無く、世界で最も有力な(というよりは、これまでは世界一であった)ドイツの資本財製造業、産業用機械製造業について、欧州市場、その中心のドイツ市場で、中国製の製品が価格面で優位に立った。しかも、それだけでは無く、資本財の新製品開発競争でも優位に立つようになり、ドイツの工業生産不況の中での投資用財の調達で、ドイツ製より中国製が従来より顕著に競争力のある存在となっている。このようなことを示唆しているのが、この記事であるといえよう。
背に腹は変えられない、ということであろうか。価格面、そして新製品開発面の両面で、ドイツ製の資本財、自国製品の機械調達による投資よりも、中国製の機械を調達しての投資の方が、不況下のドイツ製造業諸企業自体にとって、競争上優位に立つことを意味するようになりつつある。このようなことを、この記事は示唆するものと思われる。
世界の工業生産における資本財生産第一人者としてのドイツ機械工業の覇者の時代は、ついに終わりを迎え、もしかしたら覇者の交代が進みつつあるのかもしれない。このようなことが示唆される記事である。電子製品等の技術変化の激しい先端的な分野での覇権の移行のみでは無く、旧来型の工業生産の中核部分である、資本財としての機械工業の分野でも、覇者の交代、中国の企業そして産業が覇者となる時代が始まっていることを示す事例の1つなのかもしれない。
こんなことを、この記事を通して感じた。同時に、ここでも、具体的に、何故、中国企業は、一挙に競争力を強化したのか、そのメカニズム、論理が知りたくなった。金をかけさえすれば、政府が希望しさえすれば、直ちに実現するものではないことだけは確かである。しかし、新聞記者諸氏に、これを求めるのは酷であろう。これを解明するのは、かつての私にとってそうであったように産業論研究者の務めであろう。だれか中国の具体的な資本財産業を事例に、中国企業群・産業の競争力強化、それもドイツのそれを超すような強化の論理を解明していただけないであろうか。できれば、日本語で書かれたものを期待しているのであるが。ぜひ読んでみたいものである。
日本語の文献で無くとも、英語、中国語、ドイツ語の文献であれば、辞書を引きつつなんとか読むことが(多分)可能なので、先の点についての文献をご存知の方がおられれば、ご教示いただければと思う次第である。
0 件のコメント:
コメントを投稿