2019年9月7日土曜日

9月7日 小論 グローバル・サプライ・システムとFDI

実態調査に基づく研究から空想へ、現在の産業発展への視点
グローバル・サプライ・システムとFDI
現代の社会的・地理的分業論
渡辺幸男
目次
1 2つ目のグローバル・サプライ・システムの形成
2 フラグメンテーション(工程・機能)の深化
3 フラグメンテーション の進行を促進するファブレス化の論理
4 結果としてのグローバルな地理的(企業内・社会的)分業生産体制の深化
5 外資による直接投資、FDI(特に後発工業化国へのFDI)の意味の変化
6 後発工業化国でのFDIの質的純化、単純化
7 貿易統計の意味の変化
8 国家単位の工業発展の可能性の狭隘化
9 FDIを契機に当該地域の工業発展を目指すことの限定性
10  インド、巨大国内市場保有国としての例外性
11  小括
12 例外としての乗用車産業分野
参考文献

 猪俣哲史著の『グローバル・バリューチェーン 新・南北問題へのまなざし』をよんで、改めて、私なりに、現代工業発展、特に後発工業化国のそれを考える際に、新たに考慮に入れる必要のある論点とは何かについての考察を示したくなった。以下は、2011年をもって実態調査を離れた、実態調査を通して主として日本と中国の産業発展を考えてきた、かつてのフィールド・ワーカー研究者の現時点での空想の成果、ないしは現時点の実態を踏まえない観念論ないしは妄想である。
(以下の文章は、猪俣著を読む前から、というよりも4月の入院前からメモリ始め、入院時、多少余裕ができてきた時点から本格的に骨子を検討し始めていたものである。ブログに掲載するか、あるいはどのようにまとめをつけるかについて悩んでいたが、猪俣著を読み、改めて見直し、文章化をし、私なりのまとめをつけ、ブログにアップすることにした)

1 2つ目のグローバル・サプライ・システムの形成
現代の工業を考える上で、グローバルに視野を広げた時、検討すること、無視できないことが、新たに生まれてきている。それは、2つ(め)のグローバル市場の形成である。1つ目は、かつてより存在する、先進工業国向けのグローバル・サプライ・システムである。猪俣(2019年)の言うところのグローバル・バリューチェーンGVCもこれに含まれるであろう。先端工業製品を巡る、グローバルなレベルの工程間や機能間分業が進展し、世界の各地域がそこに組み込まれ、先進工業国を中心とした相対的に高所得な人々からなる市場向けに供給している。
同時に注目すべきは、これまでの先進国市場を前提として展開したグローバル・サプライ・システムとは異なる対象を主たる市場とするグローバル・サプライ・システムが登場してきている、ということである。この2つ目のグローバル市場の形成により、本格的なグローバル市場が完成したと言える。グローバル・サプライも本来的にグローバルな市場の包摂を完了した。この第2のグローバル市場こそ、中国製低価格品を軸にしたグローバル市場である。これまで、グローバル・サプライの際の対象市場とされていなかった、低所得国の国民にとっての市場、古着等が販売されていたような市場が、本格的な低価格品だが新製品の市場として、独自な存在を示し始め、それを対象とする新たなサプライシステムが構築された。それが、中国製低価格品を軸とした市場である。

この市場は、小川さやか『「その日暮らし」の人類学 もう一つの資本主義経済』で描かれた世界が示唆するものである。タンザニアの民衆用の日用品の調達に、タンザニアの商人が中国の華南の広州や華東の義烏の集散地市場そしてその周辺の産業集積を訪れ、自らの顧客が求めるものを調達、場合によっては注文生産をして調達することが始まっていることが、小川著には描かれている。欧州人の古着市場であったタンザニアの民衆向け市場が、低価格だがニーズに対応した新品の商品の市場へと変身し、中国の華南や華東を核とするサプライ・システムに組み込まれたのである。

また、これまで電気が通じていない等で、家電製品の市場になりようがなかった部分が、ソーラー発電システム等の活用で、新たにスマートフォン等の電機製品市場に組み込まれ始めている。これらも上記の2つ目のグローバル・サプライ・システムの形成の一部とみなされよう。低所得とインフラ未整備ゆえにグローバル市場の外に存在していた人々が、新技術の応用で、安価に工業製品を利用する機会を得ることができるようになった。その需要、市場に対応して、あるいは市場を創造して、新規創業のベンチャー企業を中心に、先進工業国市場中心のサプライ・システムとは別個の体系が構築されつつある。この新旧2つのグローバル・サプライ・システムが重なり合っているのが、現代のグローバル・サプライ・システムである。同時に、この2つのシステムの双方が重なり合う部分に中国内の生産体系が存在している。

2 フラグメンテーション(工程・機能)の深化
インフラが整備され、情報流費が極度に低下し、物流費も安価になったことを背景に、技術的な工程間・機能間の地理的分業の可能性も深化してきている。すなわちフラグメンテーションが深化していると言える。その結果として、地理的なグローバル分業が、細分化された工程や機能にとってのそれぞれの最適地をグローバルに追求することを可能にすることで、より強化されている。従来であれば近接立地が物流費や情報流費の制約から不可欠であった工程間、機能間の関係が、すなわち産業集積内立地、ないしは私の言う広域的工業圏内立地から解き放たれ、これらの費用的制約をあまり考慮することなく、それぞれの工程や機能にとっての最適立地を求めることが可能となっている。
あくまでもインフラの整備が前提であるが、それさえ整えば、不熟練労働力の利用が可能な工程であれば、より安価で豊富な不熟練労働力を動員できる立地を求めて、世界中を探すことになる。私が、かつて京浜地域の産業集積に対し広域関東圏というより広域的な集積、さらには東アジアといった単位では表された地理的広がりを越えて、グローバルな範囲で最適立地を、工程や機能ごとに探すことになる。それぞれの工程や機能を、誰が担うかは別として、地理的には、それぞれ細分化された部分が、それぞれ自立的に最適立地が模索される、ということを意味する。

3 フラグメンテーション の進行を促進するファブレス化の論理
ファブレスメーカーの広範な形成と展開により、製品技術と生産技術の発展が、それぞれの独自の論理で展開することにより、乗用車産業に未だ見られるような両者が一体で発展することが求められる統合型技術発展に比し、より部分的工程と機能を、地理的に分離可能とし、地理的分業を促進することになる。ファブレスメーカーは、企画開発と販売のために最適な立地を選択し、最終製品生産受託企業は、最終製品の製造のために最適立地を、グローバルに探索し選択する。このような動向を先取りした産業がアパレル産業であり、そのメーカーと受託縫製企業との関係である。その技術的最先端がクアルコム等の半導体メーカーとTSMC等のファウンドリの関係といえよう。
製品の企画開発を行い、販売戦略を練る際に必要とされる人材と、最終製品を生産するために必要な人材は、これらの人々の間での情報のやり取りそのものは緊密なものが必要であろうとも、全く異なる人材層であると言える。それぞれの機能が、人材調達に最適な立地地域にそれぞれの機能を担う事業体を設け、地理的かつ社会的分業を形成することになる。また、それぞれの事業体は、担う資本が別なだけではなく、同じ産業に産業分類上は分類されることになるが、それぞれが目指すべき技術開発やイノベーションの方向は、製品技術と生産技術をいう形で、大きく分かれることになる。それゆえ、それぞれの事業体の革新のために必要な人材や関連産業も、大きく異なることになる。その意味でも、最適立地地域は両者で大きく異なることとなる。両者の最適立地が近接していることの方が、偶然の結果であると考えるべきであろう。

4 結果としてのグローバルな地理的(企業内・社会的)分業生産体制の深化
 フラグメンテーション の進展、ファブレスメーカーと受託生産専門企業の簇生等を通して、グローバルな地理的分業が多くの産業で生じ、また同時に地理的分業が社会的分業すなわち企業間分業となる場合も多く生じることになる。従来、産業集積内立地が不可欠されたような特定の産業の各工程や機能が、工程や機能それぞれの立地の論理に従って、グローバルに最適立地を模索し、それに従ってグローバル展開をし、グローバル・サプライ・システムを構築する。
このよう動きを、最も直裁的に示しているのが、iPhoneの開発生産販売における地理的・社会的(企業間)分業であろう。企画開発と最終製品の組立は全く異なる国民経済で異なる企業によって担われ、その生産には世界中から部材や産業機械が調達されている。そして、企画開発した企業によって世界中に販売されている。アップル社はスマートフォンの先端的企業という意味でも技術面では製品開発に特化した企業であり、組立の多くを受託している鴻海精密工業は、EMSの最大手企業であるととも電子製品の量産組立体系の開発を産業機械メーカーとともに担う生産技術の先端企業でもある。さらに、iPhoneの最重要部材であるCPUはファブレスメーカーである米国のクアルコムが企画開発し、台湾のファウンドリであるTSMCが受託生産している。しかもスマートフォン用のCPUではクアルコムは最先端の製品技術開発企業であり、同時にTSMCは韓国サムスンと並ぶ半導体組立生産の最先端技術を半導体製造装置メーカーとともに開発する生産技術開発企業でもある。これらの製品技術・生産技術の開発拠点は、生産拠点とは一致せず、さらなる地理的分業が、この中でも行われている。

5 外資による直接投資、FDI(特に後発工業化国へのFDI)の意味の変化
 かつての外資による直接投資FDIとして、第2次世界大戦前の米国乗用車メーカーの欧州進出の時のFDIが典型だが、その場合の投資内容は、米国で形成した生産体系を、もう1セット、欧州でも形成するという内容のものであった。主要市場ごとに生産体系を1セット構築するというものである。1980年代以降の日系の乗用車メーカーによる米国市場向けのFDIも、同様に、どこまで実現したかは別とすれば、もう1セット、日本国内同様の生産体系を、生産技術の優位形成をもとに、米国内に構築することを目指していた。北米や欧州に進出した日系TVメーカーの場合も、最終組立のみならず、主要コンポネントの組立も進出市場内で行う、TV生産1セット単位でのFDIであった。
 しかしながら、現代のFDI、特に電子機器等の量産機械についてのそれは、機能や工程ごとに見た進出先地域の特定の立地優位性に絞ったFDI展開となっている。すなわち、グローバルなインフラ整備の下、フラグメンテーションが進展し、機能や工程ごとに最適立地を選択することが可能であるし、意味があるという条件下で、生産体系1セットの設備投資が特定国民経済向けにFDIとして実行されることはなくなっている。このことは、後発工業化国にとっての先進工業国系の企業のFDIの内容と持つ意味が大きく変わることを示唆している。
 すなわち、後発工業化国であっても、巨大な独自な市場を構成しつつあるような国へのFDIによる進出では、最終製品の企画開発の少なくとも一部は、当該市場内で行うことが迅速かつ適切なことであり、それを行うだけの規模の経済性も実現できるということで、製品技術開発の一部機能がFDIによって当該国民経済内に立地することが大いに考えられる。これは、FDIを行う最終製品企画開発企業間での市場競争の強制ということでもある。
他方で、後発工業化国の場合、圧倒的部分は、豊富な低賃金労働力の利用可能性があるとしても、独自な巨大な市場を持つ国民経済ではない。インフラが整備され、グローバル・サプライ・システムに組み込まれる可能性が出た場合、そこでのFDIは、豊富な低賃金労働力の活用に絞っての工場投資ということになろう。各工程や機能がグローバルに立地を選択できるということは、立地の優位性ごとに工程や機能が細分化され立地が決まる、ということを意味している。かつてのように、生産体系1セット単位で立地する必要はない。その意味で、インフラが整備された後発工業化国へのFDIによる工場立地の可能性は非常に高まるが、特定の立地優位に基づく工程や機能のみの立地である可能性が高い。立地優位となる1点に絞ってのFDIということになる。

6 後発工業化国でのFDIの質的純化、単純化
その結果、特定の立地優位のみが意味がある特定の機能や工程のみの当該地域へのFDI立地となる。そして、その他の関連工程や機能は、他の国民経済等に幅広く立地し、それとの地理的(・社会的)分業を通して、製品生産を完結させることになる。後発工業化国で当該国の国民経済が巨大な独自市場を持たない限り、製品の企画開発等の機能を含めた幅広い機能が当該国内に立地する可能性は、極めて小さいことになる。
グローバル・サプライ・システムに組み込まれることで、結果として生じることは、当該地域の豊富な低賃金労働量の賦存の優位の活用のみへと純化したFDI投資の集中ということになる。グローバル・サプライ・システムの一環としてのFDI投資であるがゆえに、当該国経済内での関連分野への、FDI投資主体に対する投資誘引は存在しない。その存在限りでの当該国FDIの維持拡大が行われ、それに留まることになる。グローバル・サプライ・システムゆえの当該地域への関連産業立地への波及の希薄化が生じる。また、FDIが立地している国民経済内から部材調達等を行う可能性も、極めて低いということになる。すなわち、FDIによる直接的な雇用と工場建設の際の臨時の雇用労働力の増大以外、関連分野や関連産業への当該国民経済内での波及はほとんど存在しないということになる。
 さらに、FDIを行う主体にとって、この立地の優位性、豊富な低賃金労働量の存在がなくなれば、他の立地要因、かつてのように当初のFDI投資に関連して関連産業が周辺に立地する、といったことはないので、同様の立地優位性を求めて他地域へ転出する以外の選択肢は存在しない。転出後、当該地域に残るものは、多少賃金が上昇した不熟練低賃金労働力以外では、中間管理層人材、メンテナンス従事の技術者等、わずかなタイプの人材のみであろう。ここからは、次の発展を担う可能性のある起業家や企業(家)の層としての形成は見えてこない。
 波及効果のない、当該立地の優位に直接つながるFDIが行われ、その優位性が消滅すれば、投資も引き上げられる以外ないという、極めて単純なFDIということになる。また、かつてFDIが存在したことによる遺産も、新たな起業家を簇生するような形で存在することは、ほとんど不可能といえよう。鉱脈が尽きた鉱山街が、新たな存立展望がないままに衰退し、消え去るような状況に陥る可能性が高いであろう。

7 貿易統計の意味の変化
フラグメンテーションによる機能の一部のみの立地が可能となり、純粋に組立工程のみの立地といったことが、低賃金労働力動員利用のために生じる。他の機能は、当該機能に最適な立地の他地域に立地することになる。低賃金が豊富だから、それを利用する工程が立地するだけではなく、それとの近接を求め、その他の機能、製品開発や生産技術改良といった機能が、当該地域に立地する可能性は極めて低くなる。しかし、そこで最終製品が組み立てられ、海外に輸出されれば、貿易統計上は完成品の輸出に計上されるということになる。部材の大量の輸入と完成品の大量な輸出が、貿易統計的には共存する。
このような貿易統計上の姿は、一見すると、活発な工業製品内での相互貿易が実行されていることを表現している、ということになる。実際に財は国境を越えて部材から完成品へと転換されながら行き来することになる。ただし、付加価値的には、猪俣氏の著作(猪俣哲史、2019)で示されたように、組立だけのFDI工場が立地する国民経済へは、スマイルカーブの底辺部分、すなわち付加価値生産性という視点から見れば最小の付加価値が落ちるのみであり、完成品の主要な付加価値部分は当該国民経済とは無縁な存在となる。
しかも、時系列的に見ても、当該完成品をめぐり、当該国民経済が得る付加価値部分が拡大する展望は、猪俣哲史(2019年)の考えるところと異なり、増えていく方向では見通されない。それどころか、低賃金労働力の枯渇と共に、わずかに当該国民経済に落ちていた付加価値さえ消滅する可能性が高い、というのが、ここでの私の理解である。

8 国家単位の工業発展の可能性の狭隘化
以上の検討から見えてくることは、後発工業化国へのFDIを直接的な契機とした工業発展が、当該国民経済全体に波及する論理は、かつて雁行形態論が想定したような当該国の当該産業の関連産業への波及を含めた深化という形では、現代のFDIにおいてはほぼ存在しないということである。特定の優位のみに従って、特定の工程や機能のみが当該国民経済内に立地すること、このことの意味、結果は、論理的に言えば、その立地優位の要因が消滅すれば、工程や機能は当該経済内に立地する理由が全くなくなるということである。しかも、現代においては、他の優位な立地への移動は、多国籍企業にとっては、極めて容易なことであるし、グローバルな競争が行われている中では、他のより立地優位な国民経済内に立地している企業工場に競争で負け、移転しないとしても何れにしても消滅するということを意味する。
猪俣(2019年)とは全く正反対の結論ということが言えよう。猪俣(2019年)では、先端製品の生産をめぐるスマイルカーブのどこかに食い込めば、それを足がかりに学習効果を生かして、GVCが構築された現代でも、当該国民経済内で、当該先端製品のより付加価値の高い他の機能や工程へと展開することが可能だとしている。しかし、低賃金労働力ゆえにFDIが行われた国民経済で、低賃金労働力が枯渇した時、何が残っているのであろうか。かつてであれば、関連産業が近接立地することが、何らかの立地優位をもつ地点では生じ、特定工程や機能のみに限定されない産業集積が形成される可能性が高かった。これは物流費や情報流費が高くついたからに他ならない。これらの費用が安くなれば、関連機能や工程が近接立地する必要性がなくなり、一定以上の幅を持った産業集積を形成する必要がない。あるいはそれよりグローバルに調達した方が、当該機能や工程にとって有利になる。競争上の集積形成へのインセンティブは消滅する。
そもそも、グローバルを範囲に自由に豊富な低賃金労働力を利用できる地点として選択され、他の機能や工程が隣接していなくとも十分にその立地優位を活かせるからこそ、当該国民経済に低賃金労働力を求めたFDIが実現したのである。それゆえ、そこからより幅広い集積へと広がる論理は内在的には存在しない。

9 FDIを契機に当該地域の工業発展を目指すことの限定性
FDIを契機に当該地域の工業発展を目指すのであれば、インドのバンガロールのような人材等、単なる豊富な低賃金労働力の存在以外の立地優位要因を構築することが不可欠であろう。ただし、ここでも確定的に言い得ることは、このような集積では、賃金上昇が本格的に生じても、当該機能や工程についての立地優位は消滅しにくい、ということだけである。他の関連機能や工程が近接立地するかどうかは、当該地域に一定の機能や工程が立地した理由から判断することはできない。
ブラジルでは、エンブラエル社がリージョナルジェットの開発に成功し、カナダのボンバルディアとともに世界市場を2分する存在となった。この元にあるのが、第2次世界大戦後の特異な状況下での、ドイツ系を中心とする航空機開発に長けた人材の集積にあるとのことである。ロシアのスホーイがこのリージョナルジェット市場で大苦戦し、日本の三菱は未だ開発途上にあるのに対し、国際競争力のあるリージョナルジェットの開発に成功したのがエンブラエルである。しかし、同時に、エンブラエルはブラジルを越えた大量の国際的な生産委託を行なっており、日本の川崎重工等もその一部を担っている。エンブラエルのブラジルにおける主力工場周辺に航空機産業の一大産業集積が形成されているのではなさそうである(1)。機体開発能力の蓄積を核に、グローバルなネットワークを生かし、リージョナルジェットのチャンピオンとなったと言えそうである。今後、ブラジルに関連企業が近接立地を進める可能性は存在する。日本の川崎重工にもそのような話が存在しているようである。そのことを通して、ブラジルに航空機産業を核とする機械工業集積が本格的に形成され、それがブラジル工業化の核になる可能性は存在するのであろうか。現在の私は、この可能性に懐疑的であるが、それを確認する手段を残念ながら持ち得ていない。

10インド、巨大国内市場保有国としての例外性
 こうした中で、進出先の市場を目的としたワンセット型のFDIの可能性の存在するのが、インド市場ということができよう。実際に、小米等のスマートフォンのファブレスメーカーである中国企業や鴻海精密工業といったEMSも、インド市場向けを念頭に、インドへFDIを行なっている。小米にとっては、EMSの同時進出は不可欠であり、現地ニーズに対応した現地仕様のスマートフォンを開発し、EMSを通して現地生産を行い、市場への迅速対応を実現している。また、その結果とも言えるが、インドでサムスンを超え首位のシェアを確保したと、日経電子版で報じられている(ローズマリー、2018年)。これにより、中国から部品を調達し、そのまま組立て供給していた低価格品中心の現地メーカーとのインド市場での競争で、圧倒的な優位に立ち、一挙にインドでの市場シェアを拡大したと言えそうである。

11  小括
純化したFDI中心であれば、その地域が特化した資源、多くは低賃金の豊富な労働力の活用のみに重点を置いたFDIが、グローバル・サプライ・システムを前提に、グローバル市場を対象に実行されることとなる。そこに、深圳等で見られるようなベンチャー簇生を基にしたイノベーションの振興を政策的に実現可能であるというのは、全くの幻想であろう。FDIを通して生まれる産業活動の中に、新たな集積を生み出す担い手は誰かいるのか、対象とする市場はどこかにあるのか、そこで誰と競争しようとしているのか。いずれについても、全く見えてこない。これらがどこかに存在する、あるいは政策的に創造できると考えるのが、ベストプラクティスに学ぶ大野健一氏の政策的議論(大野健一、2013)なのであろうか。イノベーション簇生の根本は、政策の問題ではないと私は考える。

12 例外としての乗用車産業分野
FDIが広範化し、単一製品にも関わらず巨大な市場がある分野でありながら、現代でも量産型機械工業の中で乗用車だけは生産体系として本来的な意味でのグローバル化を充分は成し遂げていない。もちろん、国際化の進展は顕著であり、多国籍企業が多数存在している。しかし、その存立形態は、第2次世界大戦前の米国企業の欧州進出の延長線上とも言える存在であり、グローバル・サプライ・システムを構築しているとは、言い切れない。それゆえ別途検討することが必要であろう。
 結果、乗用車産業でのFDIは、基本的に規模の経済性が十分発揮できる需要すなわち大規模市場近接ということで展開される。それゆえ、後発工業化国で国内市場が十分な大きさのない国民経済は、立地の対象外となる。また、たとえ豊かな国民経済でも、オーストラリアのような絶対的人口規模が相対的に小さな国民経済への乗用車工場のように、FDI立地はかつてはかなり存在した(2)が、現在は顕著に減少している。乗用車産業は単品をめぐる産業集積が依然として生きている例外的巨大分野と言える。
 乗用車産業は、製品技術と生産技術とが、擦り合わせ技術等の必要性から、依然として一体的に開発する必要があるとされている産業分野であり、財の容積や重量の割には、容積あたり、重量あたり単価の低い主要部品が多数存在している分野でもある。それゆえに、他の量産機械産業とは異なり、主要部材の生産と最終的組立工程とが近接立地することが、依然として有効な分野となっている。
 佐伯靖雄編著『中国地方の自動車産業』の議論のように、日本国内産業集積の将来的可能性を議論する余地が存在する。またそこで描かれた鳥取の国内電機関連サプライヤの国内乗用車関連産業へのシフトの実態的な基盤でもある。
 ただ、EV化によるその多くの部分の喪失される可能性が存在する。佐伯編著に描かれたタイヤ生産と同様な、各部材生産の自立的な立地可能性が、EV化により、乗用車産業の各部分に広がることが予測される。

1)エンブラエル社について、私の理解に関しては、ブログ「[覚書]グローバル市場・調達時代における後発工業化国製造業・企業の発展をどう見るべきか —ブラジルのエンブラエルの発展に至る産業発展の新たな可能性と限定性—」を参照。

2)豊かな1次産品輸出国であるが、人口2500万人程度と乗用車市場としての可能性は小さいオーストラリアの自動車需要は年間100万台余である。かつては複数以上存在していた完成車組立工場は、2017年のトヨタとGMの現地子会社工場の閉鎖(「オーストラリアの車生産、90年で幕」日本経済新聞、2017107日朝刊)により、皆無となっており、100万台余の需要は全て完成車輸入でまかなわれるようになったようである。なお、「豪昨年の新車販売3%減、4年ぶり前年割れ」( 日本経済新聞電子版、201919日)によれば、2018年の販売台数は前年比3%減の1153111台とのことである。

 

参考文献
猪俣哲史、2019年『グローバル・バリューチェーン
 新・南北問題へのまなざし』日本経済新聞社
エンブラエル、www.embraer.com/en-us 2016527日閲覧
大野健一、2013『産業政策のつくり方 
– アジアのベストプラクティスに学ぶ』有斐閣
小川さやか、2016年『「その日暮らし」の人類学
 もう一つの資本主義経済』 光文社新書
佐伯靖雄編著、2019年『中国地方の自動車産業 
−人口減少社会におけるグローバル企業と地域経済の共生を図る』晃洋書房
田中祐二、2007「ブラジルにおける新しい企業像の追求  —航空機製造企業
EMBRAER社のクラスター形成とCSR—」『立命館経済学』5556
中山智夫、2010「エンブラエル社の世界戦略と航空機投資の魅力」
    http:// www.itca.co.jp2016524日閲覧
マランディ、ローズマリー2018「中国・小米、インドで攻勢
 韓国サムスンから首位を奪う」日本経済新聞電子版、2018513


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