2018年9月15日土曜日

9月15日 中小企業学会第38回全国大会参加日誌その2

2018910日〜14
日本中小企業学会第38回全国大会 参加日誌
於:武蔵大学 2018年9月8日、9

2 いくつかの報告についてのコメント
<久保田典男報告について> 以上の意味で、統一論題での3つの報告での発見の中で、発見内容の理解について、改めて検討する必要があると、私にとって思われるのは、久保田報告での事例の含意についての理解である。久保田報告では、まずは親族による承継が島根の中小企業で極めて困難になり、それゆえに廃業に至る中小企業が多いことを、統計的に確認している。その上で、親族外承継の事例とM&Aによる地元での事業継続の事例を紹介し、それらについて事業継承のための一定の有効性を確認している。
しかしながら、成功事例として紹介されている親族外承継の3例は、いずれも承継者の承継の正統性を企業内で確立するために、承継者として指名されてから承継までに10年前後をかけている。すなわち、親族外承継であろうと、その承継を成功裡に実現するためには、早期に承継者を確保し、その承継予定者に対し正統性を得させるために長期にわたる後継者候補による人材教育・人材マネジメントが必要であるということである。島根の中小企業経営者については、他の地域以上に高齢化が進展し、その中で親族内承継者がないために廃業の可能性が高くなっている、という議論から久保田報告は始まっている。その上で親族外承継を、親族内承継に代わる選択肢として検討している。その親族外承継は10年前後の時が準備に必要であるというのが、事例が示唆していることである。
経営者の高齢化が進み、廃業の危機に瀕している島根の中小企業にとっては、親族外承継は時間がかかりすぎ、選択肢になりにくい、というのが事例の示唆ではないかと、私には思える。しかし、久保田報告では、この点への言及がなく、親族外承継を1つの選択肢として評価し、その裏付けとして実際に親族外承継が実現している事例を利用しているように見える。いま島根県の中小企業にとって必要な事業継続への試みは何か、という検討課題に対しては、親族外承継は時すでに遅し、ということになるのではないか。事例からの示唆は、親族外承継が政策的に推奨されているが、それは経営者の年齢等や承継の逼迫性から考え、意味がある選択肢とは言えない、というのが事例の示唆であろう。
それゆえ、事例の示唆から一定の意味があると思われる政策は、M&Aそれも当該事業の既存の事業地域での継続を保証するようなM&A以外にない、ということになろう。報告者の言葉を使って言えば、「地方の中小企業でニーズが高まっている親族外承継」には長期にわたる後継者による「人材マネジメント」が必要であり、即効性のある方法ではない。この点こそが事例の最重要な含意であろう。問題意識で述べている「後継者難による廃業」による「企業の減少を食い止める手段」としての親族外承継は、「人材マネジメント」が必要であり、かつ「充分な期間を与え」ることが必要であれば、地方の現在の喫緊の問題を解決するためには、時間が足りない、とすべきであろう。
となれば、残された選択肢は、事例でも紹介されているような、元来の事業を地元で継続可能とするようなM&Aということになろう。単なるM&Aで事業の一部が何らかの形で継続されるのではなく、地方の地域経済にとっては、買収される側の事業が既存の立地地域で維持されることが極めて重要である、というのが報告者の主張である。そうであればそのような形態のM&Aが、どのような条件下で可能となるか、事例を通してさらに踏み込んだ検討が必要となろう。しかし、報告では、最も肝心な主張点になりうると思われるこの点について、支援機関がこの点を考慮することが必要というだけで、突っ込んだ議論や検討は全くなされなかった。久保田氏が親族外承継にも後継者による長期の人材マネジメントが必要である、ということを確認し、主張することに重点を置いたことで、このようになったのかもしれないが。何れにしても、事例の含意についての検討が、私には不十分のように思われる。貴重な事例を発掘しているだけに、残念である。
<分科会報告で質問したかった宇山報告について> 私が聞いた分科会報告で、質問をしそこない、一番欲求不満に陥ったのが宇山報告である。宇山報告のタイトルは、「両毛地域の産業集積における中核企業の役割 −2000年以降における中核企業の事業転換に着目して−」というものである。
かつて乗用車生産企業であるスバルと日産栃木工場、そして三洋電機等の自動販売機等の電気機器生産工場、これらの自動車産業や電機産業企業の完成品メーカー大企業がいくつか立地し、それらのサプライヤとしての中小企業が数多く立地するという、複数の大企業を中心とする企業城下町型産業集積を形成していたのが両毛地域と言える。その中で、日産系の生産が縮小気味であり、電気機器関連産業が顕著に縮小し、従来の企業城下町型産業集積を規模として維持できなくなっているのが、この地域の現状であろう。
他方で、宇山氏も報告の中で言及している点であるが、スバルは近年輸出が好調で、他の大企業の工場と異なり、関連サプライヤも含める形で、両毛地域で生産を拡大している。全体的に縮小が進展する中で、企業城下町を構成していた主要企業の1つだけは好調というのが、両毛地域産業集積の近年の特徴である。明示的には報告で言及されていなかったが、この業績好調のスバルを中心とした下請系列生産体制からはみ出た企業でありながら、域外からの受注を実現し、依然として両毛地域で活発に企業活動を行なっている中小企業が、今回の事例のようである。
しかも、企業城下町を構成していた他の中心的な大企業の停滞や域外転出により、地域としての需要は減っていること、また経営者の高齢化が進展していることもあり、特定加工に専門化した小零細企業層の層としての縮小が見られる状況であるとも、報告で言及されている。
以上のような独自な環境変化のもとで、スバルとの直接取引を中心としていない中小企業の中で、域外からの受注に成功し、企業発展を実現しているのが、今回紹介された3事例である。いずれも宇山氏は産業集積としての両毛地域にとっての「中核企業」と言える企業であるとしている。なお宇山氏の言う「中核企業」とは、レジュメによれば、中小企業白書でいう「「コネクターハブ企業」とほぼ同義」ということである。白書での「コネクターハブ企業」の定義(注)をみると、域外から仕事を地域に持ってきて、自社と地域の企業の生産能力を活用を中心に生産し、多くを域外に販売している企業のようである。かつて大田区の産業集積についての議論で、少数の「需要搬入企業」の存在に注目するという、誤った議論があったが、その際に使用された「需要搬入企業」という概念ともほぼ同義の内容と思われる。
このような宇山氏の議論について、私が学会当日に質問したかったことは、タイトルで宇山氏の言う「産業集積」とはどのようなものを指すのか、かつては確たる「産業集積」が存在したと私も認識するが、現在も本当に「産業集積」と言える存在なのか、あるいは、かつてと同様な「産業集積」と言えるのかと言うことである。さらに、その後、宇山氏のレジュメを読み直し、事例の企業は、宇山氏の言う再編された「産業集積」の中核的存在としての「中核企業」と言える企業なのか、この点も疑問に思えてきた。
最初の疑問は、かつて明らかに存在していた両毛地域の産業集積の現状についての理解に関する疑問である。かつての両毛地域の産業集積は、宇山氏も言及しているように、いくつかの広義の機械工業関連の巨大完成品企業・工場の存在を中核とする企業城下町型産業集積と言える。しかし、宇山氏の紹介する統計による両毛地域のここ10年の動向からも示唆されるように、太田市の輸送用機械を除いて、両毛地域の機械工業は、顕著な縮小傾向を示している。具体的には、スバルを除いた機械工業関連の巨大完成品企業・工場が撤退したり縮小したこと、同時にスバルについては、報告のシート16に示されているように、他の企業と異なり、生産拡大がスバル群馬製作所が立地する両毛地区で生じたこと、このことが大きく影響しているようである。
ここで、宇山氏が「中核企業」としている3件の事例企業を、両毛地区のサプライヤ層との関係で見ると、A社は確かに両毛地区のサプライヤを多数使用するとともに、スバルのTier1企業からの受注のみならず、域外からの機械工業関連以外の仕事の受注の開拓にも成功していることから、スバルの企業城下町型産業集積の一部を構成するとともに、他面で「中核企業」的側面を持っているといえよう。
B社については、受注先は乗用車を含め、多様な全国の機械関連製品の企業から受注するとともに、外注先については、「両毛地域の企業に仕事を発注したくてもできない状況にある」ため、「外注先の範囲:両毛地域から全国に拡大」(シート36)しつつあるということである。両毛地区にも外注先を持っているようであるが、両毛地域内を中心にしているとは言えない状況にあるようである。全国のメーカーから受注し、必要に応じて全国の外注先を利用している企業と描かれている。
かつては三洋電機の自販機関連のサプライヤと言えた第3の事例C社については、現状では、全国を範囲に乗用車関連を中心に、多様な機械機器の発注元を全国範囲で新規開拓し、同時に、加工工程の外注先を両毛地域で利用していたが、両毛地域の外注先利用の前提条件としての豊富な外注先の存在が、「集積の減少によってその条件が失われつつある」(シート45)という状況になっていると述べられている。
このように見てくるならば、2つのことが浮かび上がってくる。3事例とも、広域的な受注を実現しているが、しかし、他方で、自社内の両毛地域内での生産と両毛地域の立地するサプライヤをもっぱら利用して、生産対応しているとは必ずしも言えない。さらに、両毛地域の外注先を利用しようとしても、可能な外注先企業層自体が、廃業する等で縮小しており、域外、それも全国的に外注先を利用することを考える必要があり、かつ実際にそれで対応している部分がすでに存在している、ということが見えてくる。
このような事実は、かつていくつかの機械工業関連の完成品大企業の工場が立地し、それを前提にしていた企業城下町型産業集積が、発注者のスバルのみの拡大のもとで全体として縮小し、広域的に受注開拓する必要が生じただけではなく、ナショナルに受注開拓に成功した企業は、そのための生産を、外注利用を含めたものとして両毛地域内中心で実行することが難しくなっていることを意味する。さらに、今後一層困難になることが予想されることをも意味する。
すなわち、「産業集積」としての両毛地域は、スバルの企業城下町型産業集積としては、一定の規模を維持し、産業集積としてみることは可能である。しかし、今回の宇山氏の事例のような企業にとっては、自らが開拓した域外からの受注に対応するためには、旧来の産業集積が解体しつつあることにより、広域的な発注で対応せざるをなくなりつつあることを意味する。すなわち「中核企業」にとっての両毛地域の産業集積は解体しつつあるということになる。
ということは、「中核企業」とされた事例企業のなかには宇山氏の定義する「中核企業」たり得ないものが存在するということである。域外からの受注を開拓するが、域外を含めて広域的に外注利用し、注文に応じるのであり、「産業集積」に域外から仕事をもたらす「中核企業」ではないことになる。また、このような状況は、宇山氏の集積についての動向把握が妥当ならば、益々増えてくるということも意味する。
両毛地域の産業集積という視点から見れば、このような事態は、スバルの企業城下町型産業集積としての純化と、その他の企業の広域的受発注関係の形成による両毛地域産業集積離れとが、並存している状況といえよう。事例企業にとっては、両毛地域は外注先として活用可能な産業集積でなくなりつつあり、産業集積内の「中核企業」としての存在意義は希薄化しつつあることになる。すなわち、より広域的な取引関係の中で事業を展開するナショナルな企業になりつつあるのであり、いわば、両毛地域産業集積からの卒業生というのが、事例企業のいま向かっている方向であり、今後の姿と言えそうである。
このようにみると、今回の宇山報告のメイン・タイトル「両毛地域の産業集積における中核企業の役割」でいう「役割」については、結論的には中核企業としての存在とその役割は両毛地域の産業集積の性格変化により、終了しつつある、あるいは、中核企業としての存在それ自体が不可能になりつつある、という形で締めくくられるべきであろう。宇山報告の内容に従う限りではあるが。
 なお、私が、報告直後に宇山氏に質問しようとしたことは、以上の議論と多少異なっていた。懇親会の席上で宇山氏と多少の会話をした際には、事例の動向から、両毛地域の産業集積が解体しつつあるのではないか、という形で疑問をぶつけた。一面では正しい理解だと、改めて感じてはいるが、それは一面に過ぎず、スバルの両毛地域の企業城下町型集積自体は再生産されている可能性が高い。この点には理解が及んでいなかったと、現時点では考えている。

注:中小企業白書ではコメクターハブ企業を以下のように定義している。「「コネクターハブ企業」とは、地域の中で取引が集中しており(取引関係の中心となっているハブの機能)、地域外とも取引を行っている(他地域と取引をつなげているコネクターの機能)企業をいう。ここでは、その中でも特に地域経済への貢献が高い企業、具体的には、地域からより多くの仕入を行い、地域外に販売している企業をコネクターハブ企業としている」(『2014年版 中小企業白書』第4部第3章)

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