2018年9月10日〜14日
日本中小企業学会第38回全国大会 参加日誌
於:武蔵大学 2018年9月8日、9日
1 国際セッションと統一論題に関して
本年度の中小企業学会全国大会は、武蔵大学で9月8日と9日に、例年通りの丸二日間の日程で開催された。今年は、大会中の責務がなかった昨年と異なり、2日目の午前に設定された第7分科会の座長を務めることが決まっており、分科会の全てのコマについて、自由に選んで一般参加者として参加することは許されなかった。何れにしても、大会には、第1日目の分科会から始まり、2日目午後の統一論題のパネルディスカッションまで、2日間すべての報告と討論に、サボらず参加した。
参加した分科会を記せば、次のようになる。第1日目の午前は、第1分科会第1報告の植田浩史報告、第2報告の宇山翠報告、第3分科会の第3報告の上野敏寛報告を聴いた。また、第1日目午後は、国際セッションで、韓国カトリック大学のキム・キーチャン氏とオーストラリアニューイングランド大学のKotey, Bernice氏、これらお二人の報告を聞いた。2日目の朝は座長として第7分科会に出席し、足立裕介報告と松下幸生報告を聞いた。また、統一論題もきちんと出席し、額田春華報告、竹内英二報告、久保田典男報告を聞いた。国際セッションを除き、予定討論も行われ、それらについてもすべて聞いた。
ただ例年と異なり、分科会での私自身の質問は、植田報告に対してだけにとどまった。第7分科会でも、座長としても特権を利用せず、時間係に徹した。また、統一論題のディスカッションにおいても、あえて質問しなかった。分科会については、質疑の時間が短く、他の方が積極的に質問をされていたこともあり、手をあげるのを自己規制した側面が強い。このこと自体は、学会としては極めて健全で、良いことだと思う。しかし、そのため、自身にはかなり欲求不満が溜まったことも事実であり、この日誌を早速書き始めた。以下では、2日間すべての日程に参加した中で、特に感じた点を、私のコメントを含め、書いていくことにする。
<国際セッション報告について> 国際セッションは「中小企業の人材育成とHumane Entrepreneurship」というタイトルであった。統一論題が「中小企業と人材:人材育成に期待される中小企業の役割」であったように、中小企業の人材育成を軸にし、それと企業家精神との関係を議論するものと、私は理解していた。しかし、そこでの報告の1つは、基本的に「中小企業」視点の欠けている議論であった。‘Humane Entrepreneurship:Theoretical Model and its Application’というタイトルであった。まさに国際セッションの後半部分のタイトルそのものをタイトルとしている議論である。しかし、実際の報告は、キム氏の持論と思われる‘Humane Entrepreneurship’についての議論の紹介に終始し、セッションのタイトルの前半部分を完全に無視していると、私には理解された報告であった。すなわち、企業一般についての議論であり、念頭に置いているのは話の中での言及からサムスンや京セラといった(巨)大企業のようであるが、何れにしても中小企業を意識している議論では全くなかったように感じられた。企業一般における被雇用者のEntrepreneurshipの欠如の問題と、それを組み込んだ時の他の問題を解決するために、Humane Entrepreneurshipが有効であるという議論と、私は理解した。
この議論を、経営学会や企業家精神ないしは労務管理を議論する学会で取り上げるのであれば、大きな違和感を感じることはなかったであろう。しかし、報告された場は日本中小企業学会であり、そこで「中小企業の人材育成」という限定がついている場での報告としては、「それでは中小企業ではどうなのか」が全く議論されない報告は、当学会では場を得ない報告であったといえよう。事前の打ち合わせが不十分であったのか、あるいはキム氏がタイトルを理解していなかったのか、その理由は全くわからないが、結果的には課題と適合していないと、私には思えた。
もう一人の報告者、Kotey氏の報告であるが、これは、報告のタイトルである ‘Human Capital Development in the Entrepreneurship and SME Sector’ に現れているように、中小企業での人材育成の側面を持つ報告であり、またその他の部分についても、中小企業を念頭に置いた議論であったと言える。その意味ではキム氏の報告のようにメインタイトルとの間の齟齬を感じることはなかった。ただ、私はこのタイトルを見て、誤解をしたらしく、中小企業内での人材育成と企業家精神と思ってしまった。が、どうもそうではなく、中身は、起業家教育による起業家についての人材育成と中小企業被雇用者としての人材の育成という、2つの話を一体にしたものであった。配布されたレジュメでは、前者が6ページ、後者が3ページとなっていた。
しかし、奇妙なのは、2つの話が、結論でまとめらることなく、完全に並列的に存在していたことである。パワーポイントの最後のシートは、‘Effective HRM in SMEs’(「中小企業での効果的人材マネジメント」と私は訳した)というタイトル通り、後半3ページの部分のまとめであり、2つの部分の総括の部分が全くない報告要旨となっている。私の近年の英語の聞き取り能力はかなり低下しているので、報告そのものでは何か言われたのかもしれないが、私にはそのように聞き取れなかった。レジュメに結論的な部分がないというのはあり得ないとも思えるので、2つの話を合体させただけの報告ということであろう。何れにしても、Kotey氏の報告は、実証的研究をまとめたものとして提示するものではなく、また理論的に突っ込んだ議論をしているものでもなく、ただ、起業家精神についての学校の各段階での教育と、中小企業内部での人材育成とを、氏の視点で整理しただけのものと言える。紹介の域を出ていないと感じられた。
これら2つの報告のいずれについても、私の語学力のせいでもあるかもしれないが、わざわざお招きして中小企業学会で報告していただく意味を、残念ながら見出せなかった。
<統一論題「中小企業と人材:人材育成に期待される中小企業の役割」について> また、額田春華会員、竹内英二会員、久保田典男会員による統一論題報告について、三井逸友会員によるコメントがフェイスブックにすでに載ったが、氏の意見は、まとめれば、統一論題にも関わらず、3者の議論が「噛み合っていない」というものであった。統一論題のそもそもの理念に照らせば、極めてもっともな批判であり、私も同感である。が、そもそも多様な人材教育の主要な幾つかの側面の1つをそれぞれが選択し、それぞれが選択した側面について議論するという構成なので、噛み合うことが当初より困難な設定であったと、私には思われる。それゆえ、それぞれの対象についてのそれぞれの実証的研究それ自体について、評価検討することが、まずは必要であろう。
中小企業での女性労働のあり方を富山の事例を通して検討した額田報告は、零細企業を除いた中小企業として見ても、女性の参加の仕方には中小企業内での規模による差異が存在し、その境目が製造業中小企業の場合50人前後にありそうだ、という発見をしている。それが何故生じているか、またそのことが何を意味するかについての十分な検討は、今後の課題と言えるが、事例調査を通じての新たな発見を提示し、問題提起した報告と言える。
第2報告である竹内報告は、自ら参加したアンケート調査結果と補完的インタビュー調査をもとに、日本の中小企業における外国人労働者のあり方が、その外国人労働者の在留資格の差異によって、顕著に異なることを明確にしたものであった。外国人労働者の人材育成といっても、その存在形態の差異の存在を念頭において行わないと、大きな混乱を招くことを、データをもって示した報告であった。
さらに第3報告である久保田報告は、島根県の事例を通して、中小企業経営者の高齢化が進行している中で、事業を承継する親族が存在しないために、現経営者のリタイアにより廃業の可能性が極めて高くなっている状況の打開策を模索したものである。そこでは親族外承継の可能性とM&Aを通しての事業継続について、事例を通してその可能性の存在を示している。親族外承継においては長期の人材育成・人材マネジメントが必要であることや、当該地域の事業継続が地域として求められている中、そのような内容を含むM&Aも存在しうることを発見した報告とも言える。
いずれも実態調査研究を通して、それぞれの対象と視点から、一定の発見を行ったことの報告であると言える。その上で、その発見を中小企業の人材育成の観点から、どのように位置づけ解釈するか、という点に突っ込むことが、研究としては求められる。しかし残念ながら、どの報告もそのような意味での、共通論題を巡ってかみ合うような形での、発見した事実についての理論的なツッコミには至っていない。まずは、それぞれの対象で調査を通して発見したことの報告にほぼ留まっている。
ということは、三井逸友会員がフェイスブックで指摘したような統一論題「中小企業と人材:人材育成に期待される中小企業の役割」を巡ってかみ合うような報告にまで、発見を昇華できていない報告と言える。それぞれが統一論題に含まれる対象をそれぞれなりの関心で選択し、そこで一定の発見を実態調査から実現した報告にとどまっている。それゆえ、それらの発見をいかに中小企業の人材育成をめぐる議論の中に位置付け、かつ意味付けるかは、中小企業学会会員それぞれへの宿題となったとも言える。
それゆえ、統一論題についてコメントするとしたら、それぞれの報告での発見について、その発見の理解等について、まずは言及すべきであり、その上で、それぞれの発見を中小企業の人材育成についての議論の中に位置付け、かつそこから得られた理論の発展への含意に言及することとなろう。
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