サルビアは、
私の花との付き合いの当初の頃からのもので、
二宮に居住してから先月で満50年ですが、
その最初の頃から、毎年、実生から育て、
冬を越させ、咲かせ続けた、
50年近く続く、代々のサルビアの末裔です。
今も、我が家の庭の賑わいを、一年中、支えてくれています。
これからも、サルビアの朱色を、
楽しんでいくつもりで、苗も採取し、
鉢に30本ぐらい植え、これもテラスに入れました。
我が家の花と、私が時々書いている小論 投稿者プロフィール 慶應義塾大学名誉教授 専門 中小企業論・工業経済論・産業集積論
サルビアは、
私の花との付き合いの当初の頃からのもので、
二宮に居住してから先月で満50年ですが、
その最初の頃から、毎年、実生から育て、
冬を越させ、咲かせ続けた、
50年近く続く、代々のサルビアの末裔です。
今も、我が家の庭の賑わいを、一年中、支えてくれています。
これからも、サルビアの朱色を、
楽しんでいくつもりで、苗も採取し、
鉢に30本ぐらい植え、これもテラスに入れました。
The Economist 「中国の技術革新に学べ」
(日経、2025年12月2日、p.7)
を読んで 渡辺幸男
日経のこの記事は、ロボタクシー開発と新薬開発の2つを取り上げ、中国の新製品開発の特徴を述べている英エコノミスト誌11月29日号掲載の記事の翻訳である(日経電子版、国際、The Economistにも掲載)。そこでの特徴について、中国の新製品開発の優位性としては、関連部材の生産供給面での優位性、中国の巨大市場規模によるコスト削減、製薬での治験のやりやすさを指摘し、同時に、地方政府のさまざまな支援、そして、中でも特に中央政府の規制の機敏な策定を強調し、これらがイノベーションを加速しているとしている。
また、自動運転車の試験運用を50以上の都市が行なっているとも述べている。そして、中国国内での熾烈な競争は、個々の企業には厳しいものであるが、生き残った企業は鍛えられ、輸出競争力を持つ企業となる。結果として西側諸国は産業空洞化に見舞われるリスクがあるとし、それを防ぐためには、西側諸国はイノベーションのあり方を再考すべきであると述べている。
FTでも紹介されている新薬開発での中国市場の迅速性の議論は、FTの記事とほぼ同様の論理で展開され、同時に、ロボタクシーの開発での多様な試みの一部として、50以上の自治体で試験運用されていることが紹介されている。そこでは、中国政府、それも地方政府を巻き込んだ製品開発への多数の多様な努力の存在の一端が紹介されている。
特に興味深いのは、中国のこの多様な開発その迅速性から、西側諸国の産業が空洞化するというこの記事の指摘(「中国企業との競争は西側の産業空洞化を招くリスクがある」と述べている)であろう。個々の製品での中国の技術開発での先行というだけではなく、各国先進工業間での開発競争での中国企業の圧倒的優位により、他の先進工業国での産業衰退が生じる可能性があるというのである。
かつての産業空洞化論は、当時の中国以外の先進工業国の諸企業が、中国等に進出することで、出身母体の国のモノづくりの生産工場部分が「空洞化」するという議論であったが、ここでは、新製品分野開発競争の結果として、中国系企業の中国での生産活動が、他の西側先進工業国での工業生産活動を圧倒し、後者を中国で開発された製品の単なる消費国としてしまい、当該国系の先進工業企業群が生産どころか開発や試作を含め消滅するという可能性を示唆する議論となっている。
非常に大胆な中国先進工業化による、他の西側先進工業国の産業空洞化論であり、今までにない中国産業発展論を意味している記事とも言えそうである。
他方で、私は、この記事を読む前に、すなわち12月1日までに以下のような内容のメモを、中国の産業発展についての見方として、書いていた。
タイトルは、「改革開放後の中国経済の工業先進化(先進工業国)の道と
キャッチアップ段階を越えた中国工業の現況・到達点をどう見るか」というものである。
改革開放後に生じた中国経済の工業化の特徴の第一は、海外市場向け委託の加工生産、低賃金労働力の動員と、労働集約的部分の受託生産の急激な巨大な規模への拡大であったといえよう。同時に生じたことは、中国国内市場としてみれば、海外からの受託生産労働者等を含めた、巨大だが、低価格・低級品の市場、消費財・資本財そして中間財の諸市場の一挙の本格的形成が生じたということが言える。それらの国内需要向けの市場は、他の工業国の諸製品にとっては、それらが供給可能な製品の価格が高価すぎることで、浸透できない極端な低価格品の巨大市場として形成された。この新規形成の国内低価格品市場向けに、多様な出自の国内の供給源・企業群が、計画経済下で形成されたそれなりの近代工業技術や、加工生産のために進出した外資企業の技術を模倣等により利用し、さらには先進工業国の技術の簡便化開発を行い、低価格巨大市場に適合した独自な生産体系を構築した。
同時に、中国の旧来の国有大企業は、本格的な低価格品「市場」の形成そして拡大についていくことができず、停滞・縮小ぎみであった。旧来からの国有企業は、低価格品市場なりに生じていた市場ニーズの変化に対応した開発努力という面で、郷鎮企業等の新興(民営)企業群に比して甚だしく劣っていた。そのことで、新たに形成され巨大化した低価格品中心の市場での競争から多くの巨大国有企業が脱落し、単なる熟練労働力や工業生産技術の提供源にとどまることとなった。
このような状況について多くを学んだのは、改革開放期初期までの中国自転車産業での寡占的巨大国有企業である天津飛鴿自行車の事例からである。同社は計画経済下での国有大企業であり、同社の1990年代初頭の改革開放初期での急躍進とその後の一挙の縮小、寡占企業からの後退状況を通してである。その背景には、極端に低価格だが市場競争が本格的に行われるようになった市場で、多様な民営企業の激しい参入とそれなりの差別化競争が行われるようになったことがある。これらの新興企業群との市場競争についていくことができず、既存の国有巨大企業は衰退の一途を辿ることとなった
計画経済時からの国有巨大企業は、製品を量産的に作れるが、市場ニーズの変化に応じた製品を開発生産することはできない、政府から指示された(既存の)物を作るだけの「巨大」企業だったのである。結果として、独自な巨大国内市場と国内生産体制の再構築が生じ、国内巨大市場向けの多数かつ多様な新規創業の国内資本による多様な多数の企業による競争が生じた。国内市場が巨大故に、企業が巨大化しても、寡占企業が(協調的)寡占支配をする市場にはならず、あるいはできず、競争的市場を維持することとなった。
中国経済独自の国内市場向けの本格的な工業発展は、2000年代初頭までに実現した。その中から、先進工業国市場でも通用する独自な開発型生産企業が登場し始めた。また、その直前には、山塞携帯のような発展途上国向けの独自工業製品の開発も、多様な工業分野で生じていた。多様な開発主体による、多様な多数の開発による競争関係が、巨大化した国内市場の存在により維持され、多様な開発内容の製品が、迅速に多数供給される状況が生じた。競争が激しく、競争的市場であるが故に、開発の過程の途中段階でも市場へ供給され、市場で揉まれる中で多くの新製品が消滅するとともに、そこで生き残った少数だが開発完成品となるような製品が、多様な分野で簇生した。
その中から、ドローンのDJI、バッテリーKATL、EVのBYDのような、さらには通信機器・システムのファーウェイのような、国内巨大市場の高度化を前提に、そこでの激しい競争から、国際市場でも先端的と言えるような諸企業が誕生した。
中国系の先進工業分野の巨大企業が形成された2020年代でも、依然として、中国国内市場は十分に巨大で、それらの中国系巨大企業も含めた国内企業中心に競争的に供給されることとなっている。国内市場はこれまで以上に豊かになった10億人以上の(独自)巨大市場であるが故に、国内新規創業企業群も含めた独自な競争の場となっている。国内市場向け独自商品開発の場であり、最終消費財、資本財、それらの中間財等、全ての面での激しい競争下で、諸企業による開発そして競争が行われている。
結果として、そこから、海外市場の需要向けとも共通の新製品開発をも実現するようになってきている。特に、国内市場の飽和ないしは停滞を契機に一挙に海外市場へ進出し始めた。その典型が、小米等のスマホであり、BYD等によるEVであろう。単なる低価格に止まらない、独自製品供給企業群としての海外進出の実現である。
それが、消費財から始まり、今や多くの資本財でも、生じているようである。その結果を象徴する出来事が、ドイツの資本財市場で、ドイツ製品と競合可能な資本財の大量供給に成功し、中国とドイツの資本財貿易で、これまで一貫してドイツ側の大幅黒字実現の状況にあったものが、中国側の黒字傾向へと転換したという、FTの記事で示されていたことであろう。また、VWがドイツでの雇用を大幅に削減し、中国にEV開発生産のための開発センターを多額の投資を行い構築し、中国で全面的な中国内外市場向けの新製品開発を手掛け始めたことにも表れているといえるであろう。
改革開放下での先進工業へのキャッチアップ過程から、現在の先進工業化状況への中国経済の発展論理をこのように見るならば、そこからいくつかのことが見えてくる。米国以外の先進工業化した先行の工業国との大きな違いである。最初に近代工業が発展したイギリスと米国以外の先進工業化諸国は、いずれも本格的先進工業化段階で海外市場を主要な競争の場とするようとなり、同時に、出自国内では寡占的市場支配を実現し、国内市場での競争的市場環境は主要大企業にとっては消滅していた。主要対外市場をめぐっての国内大企業間の競争は、寡占的なそれであり、大企業化したもとでも、新規企業が常に創業・参入し、競争的市場が維持される状況ではなかった。
また、国内市場の大きさの限界から、国内市場向けの生産だけで、その時点での十分な規模の経済性を実現することは困難な場合が多かった。日本の場合、1億数千万人の国内市場があり、先進工業化する過程で、乗用車産業等についても国内市場にもっぱら依存して、競争的寡占市場状況を実現することができた。しかし、後発の完成車メーカーは、海外市場に相対的に多く依存する形で、初めて国内市場での競争でも寡占的競争関係に耐えうるだけの、その時点での十分な規模の経済性を実現することが可能となった。しかし、そこでは、国内市場の拡大過程で新規参入も多く見られたが、多様な多数な企業が参入し、技術変化等を契機に、主導する企業が大きく変化するような状況となることはなかった。
今の中国の工業についてみれば、ここが大きく違うということができよう。巨大な国内市場であるが故に、自動車産業の国内市場が年間3千万台を越えてきている。米国市場でも考えられなかった国内市場規模である。ましてや500万台前後の日本とは桁が違うことになる。
ここまでが12月1日までに書いていた部分である。
以上の私の議論と、12月2日の日経に掲載されたエコノミストの記事との大きな差異は、エコノミストの記事が、中国産業の新製品分野の迅速な形成の要因の第一として中央政府の「規制の機敏な策定」を取り上げていることであろう。私に、そのような理解、中央政府の政策策定過程の意義についての認識はほぼなかった。国内市場の巨大さ、地方政府の多様な多数の支援のもとでの多数の多様な企業の新規参入、その結果としての激しい競争、関連産業の重厚な存在、このような点に注目し、特に国内市場の巨大さとそこでの競争の激しさ、それも多様な新企業の参入によるそれを強調していたのが、私の議論であった。
もう1つの相違点は、中国の産業発展が、今や西側先進工業国での本格的産業空洞化をもたらす可能性を、エコノミストの記事が指摘していることである。これは米国産業を含むことになるはずだが、これまた、私の想像する範囲を大きく超えるものである。西側先進工業国の産業空洞化、この可能性を言えるほど、中国での新製品開発環境は優れているのであろうか。FTによれば、VWがドイツ国内の人員を大幅に削減しても、中国で本格的に開発から量産までのEV開発生産拠点を立ち上げようとしているということであるが。それゆえ、これまでの西側諸国企業の中国現地工場進出とは、VWの場合にはその内容が根本的に違うことは確かである。
が、西側先進工業国の産業空洞化までが展望されうるということを、述べることは可能なのであろうか。今の私には、中国の産業の現状を見ていないこともあり、ここまでの見通しを言うことは不可能である。
エコノミストのこの記事は、すごい内容であり、かつ大胆な記事である。私には12月1日の時点で、全く展望できなかったことが書かれている記事でもあるといえる。ますます、中国の産業展開を、FTと日本語文献を通してだけという、間接的だけのアプローチだが、頭が動く限り追いかけたくなった。
White, E., K. Inagaki & S. Ash,‘VW says EV production costs halved with car engineered entirely in China’(FT, Nov. 2025, p.1) を読んで
渡辺幸男
またまた興味深い記事がFTに掲載された。VWが2030年までにドイツ国内のVWの自動車工場勤務者を35千人減らす一方で、同社の自動車の新車開発については、同社としては初めてドイツ外、それも中国で全面的に行う、というものである。
ドイツと中国の資本財の貿易関係で、ドイツの出超から中国の出超へと逆転が生じたという記事がでて、まだ間もないのであるが、今度は、欧州一の自動車メーカーVWの新車開発拠点が、全面的にドイツ外に、しかも中国に出ていくという記事である。
同社によれば、2023年の時点で、ドイツでEVを開発し生産するのに比して、中国でのそれは50%ほどコストが安いと述べている。労働コストの低さもあるが、バッテリー調達のようなサプライ・チェーンの効率性や開発期間の短さにより、それは生じていたとしている。そのため、VWは安徽省の合肥市に開発センターを作り、数十億投資したとのことである。
VWは現在中国の内燃機関による自動車市場では約20%のシェアを保っているが、EVやプラグインハイブリッド車生産では、中国市場で上位10位以内にも入っていない。しかし、中国EV市場での生き残りのために、2022年末以来、VWはほぼ40億ユーロを投下してきた。今月、同社は自動運転のためのAIを、他社と共同で開発に成功したと発表している、と記事では述べられている。
ここでも、「VW、お前もか」というのが率直な感想である。
欧州最大の乗用車メーカーが、生き残るために、ドイツでの労働者大幅削減と、中国での本格的開発拠点形成、そして中国での巨大投資実行、これも、資本の論理としては、ある意味当然であろう。自社の海外主力市場でのシェアを維持するために改めて本格的投資を行い、同時に停滞気味で高コストの出自国での生産は縮小する。しかし、それがVWであり、中国市場であることに、あらためて感慨深いものがある。
VWは、早くから中国市場に進出し、そこでの優位を確立し、中国市場の成長につれ、自らの販売を拡大し、中国市場を主要市場とする企業となっていた。しかし、開発等については、基本的にドイツ国内中心だったはずである。それが、なのである。ドイツの高い工業水準を背景に、その先端企業として世界市場で覇者となっていたVW、それが、中国でも多額の金をこれから投資し、全面的な開発拠点を設けるのみならず、本国での自社雇用労働者を大幅削減しながら、それを実行するというのである。
中国市場の将来性に、自社の命運を賭けたのであろうか。ヨーロッパの「お山の大将」が、生き馬の目を抜く中国市場の激しい競争と、そのもとでの急激な状況変化についていけるのであろうか。戦後欧州市場のような、競争相手が見えるような相対的に安定的、徐々に拡大し変化する巨大寡占市場ではないのが、今の中国市場である。VWが中国市場に本格進出した改革開放期の中国市場でもない。中国の各製品の市場は、巨大な国内市場を前提に、多様な多数の企業が生き馬の目を抜く競争を繰り返し、勝者が常に入れ替わるような市場である。中国自動車市場も、EV化することで、このような中国市場の中での例外的な市場とはいえなくなっている。このことを如実に示したのが、新興企業であるBYDのEV市場での、当面の勝利であろう。
こんな市場にかけるだけの力は、中国市場に精通しているはずのVWであっても、外資であり、欧州の寡占間競争の中で生きてきたVWにあるのであろうか。それとも、欧州市場そして中国市場でVWとしてジリ貧の中では、それでも中国市場に賭けざるを得ないのが、今のVWなのであろうか。
それにしても、巨大市場としての中国の形成の上での、中国の開発拠点としての有効性を含めた工業生産地域としての成長、これには瞠目すべきものがあるといえよう。労賃が相対的安いのは、これまでの経緯からわかりやすい点である。しかし、関連産業、サプライヤー層の充実、それも新製品開発を含めてのそれは、かつては考えられなかったことである。ましてや、開発期間が半分で済む、これは中国のここへきての基盤産業の充実そのものの成果と言える。これからの国際競争力形成において、主要なあるいは最高の開発拠点に中国がなる可能性が高いことを、この記事で紹介されているVWの行動が、あらためて示唆しているのではないか。このように考えざるを得ない。
このことの持つ意味は大きい。これまで、アメリカがヨーロッパに無い巨大な一国市場であり、そこでの先進分野形成が、世界の資本主義の産業発展を牽引してきた。今も多くの分野で牽引している。その牙城を1億人余の国内市場規模の日本経済・産業は突き崩すことはできず、最終的に米国市場に依存する先進工業国の一つに到達するにとどまった。その米国経済、米国市場と並び立つ、世界経済・市場と技術開発の両面で世界産業を主導する国民経済に、中国経済が名乗りを上げている、と見ることもできそうである。それが今回のVWの行動にも現れていると私は感じるのであるが、いかがであろうか。
中国経済での国内市場は、自動車でいえば年間3千万台規模となり、かつてどこにもなかった巨大な国内市場を前提とし、先進的技術に基づく、新規参入企業も含めた激しい企業間競争をしている。そして、その前提として、多数の新規参入企業を許容する資金調達構造の存在、これらは現代中国の市場経済の特徴と言える。まさに、中国資本主義のダイナミズムを生み出している、基本的な要因であるといえよう。
世界最大規模になったような企業が、国内市場で寡占的市場支配を実現できないのが中国市場の大きさである。世界最大規模に巨大化した企業が、競争的なまま国際市場にも進出するのが、中国先進企業の現実といえよう。市場の大きさと、それとともに技術変化の激しさとから、いまや中国経済では「GM」のような存在は生まれないのではないか、そんなふうに思われる昨今である。
Cook, C. ‘Chinese companies push up price of Russia’s war supplies’
FT, 25 Nov. 2025, p.3
を読んで 渡辺幸男
ロシアによるウクライナ本格侵略開始後の中露貿易の動向が、機械工業関連について紹介されている記事である。その小見出しでは、「中国の輸出業者たちは、ロシアの軍需産業関連バイヤーに対する価格を引き上げ、西側の制裁で輸入を制限され、彼らの供給に依存せざるを得ないことから利益を得ている、と新たな調査研究が明らかにした」としている。
具体的な中身として、特に機械・同関連産業に分類されるような戦争遂行に不可欠であるような製品について、西側の制裁は、輸入製品の価格をより高価にすることで、ロシアの物的生産能力を制約しているとしている、という報告を紹介している。
その中でも、特に私が注目したのは、中国からロシア向けの「ボールベアリング」の輸出についての数字である。2021年と2024年とを比較し、ロシアの中国からの輸入金額は76%増大しているが、中国からのロシア向けの輸出量はその期間に13%も下落している、という指摘である。機械や兵器生産において不可欠な部品であるボールベアリングの中国からの輸入金額は急増しているのに、中国からの輸入数量は逆に減少しているのである。ボールベアリングの単位あたりの価格が倍増しているにもかかわらず、輸入の拡大にはつながっていないということを示唆している可能性が高いといえよう。
これをどう見るべきであろうか。
ベアリングは、機械や兵器の生産には不可欠な部品である。また、中国政府ないしは中国企業が、主体的に輸出を制限しているということは考えられにくい。そうであるならば、可能性の1つとしては、中国製のベアリングの価格が急騰し、ロシアが他国からの調達を行い、中国製品の価格が高止まりしながらも、調達先代替により中国からの調達が減少している、ということがありうる。いま一つの可能性は、戦時下にあるロシアだが、輸入原資が不足してきていて、思うように輸入量を増やすどころか維持することさえできなくなったということが考えられる。さらには、ロシア国内での機械や兵器の生産それ自体の水準拡大どころか維持さえ困難となり、部品としてのベアリング需要が減り、中国からの調達も縮小したという可能性も考えられる。
制裁に参加している西側諸国以外で、機械や兵器に使用可能なレベルの部品を大量に供給可能で、中国からの調達に量的にも代替可能な工業国は、果たして存在しているのであろうか。この記事にも書かれているように、制裁に参加していない国からの輸入の価格は、対中国と同様に価格上昇しているようであるから、供給面での中国からの代替国の存在の可能性については、必要量の巨大さという面から見て、ほぼ不可能ではないだろうか。
そのように見てくると、ボールベアリングの中国からの輸入量が縮小しているということは、ロシア側での理由によるのではないかと考えられる。戦時下であることから、ロシアの機械工業や兵器産業という、戦時体制を物的に支えるロシア内工業生産に対する需要が縮小するということは、ほぼあり得ないであろう。あるとすれば、生産体制そのものを制約する状況の発生か、部品調達をする際の輸入原資の不足の発生か、のいずれかということになろう。私には、物的な生産能力そのものが限界にきて縮小するということよりも、輸入原資の不足の可能性が、理由として大きいと考えられる。
他の国からの輸入価格も急騰していると、この記事の最後に触れられていることからも、輸入原資の不足の可能性は高いのではないだろうか。原油や天然ガス等の輸出による外貨の獲得、それらも欧州への輸出等の制裁による制約強化で先細りである。他方で、国民の生活水準を維持するための消費財等については、それらの輸入水準を維持しながらのウクライナ侵略遂行が必要である。すなわち生活水準切り詰めを伴う本格的戦時体制への移行へについては大きな制約がある。その中で、外貨獲得機会の縮小が響いてきたのではないか。こんなふうに考えるのであるが、如何であろうか。
ウクライナにとって、ロシアの侵略に対抗することがますます困難になってきていることは確かなようであり、その結果として米国トランプ政権の強引な和平案にも、一定の理解を示さなければならないような状況に、ウクライナ政府は陥っているようにもみえる。しかし、同時に、ロシア側も、ロシア国民の許容範囲でウクライナ侵略戦争を実行していくこと、プーチン大統領側の強気姿勢にも拘らず、これも困難になりつつある。このようにも見えてくる。
ロシア側の兵士の人的損害の多さが指摘され、徴兵の本格的実施への制約等で、それが侵略戦争遂行の難しさをロシア側にもたらしているということであるが、同時に、ロシア政府は資金面でも侵略続行のための限界にぶつかりつつあるのではないか。このような示唆を感じさせるFTのこの記事である。
FT BIG READ. MANUFACTURING
‘The free fall of German industry,
FT, 12 November 2025, p.15 を読んで
渡辺幸男
本記事は、Olaf Storbeck, Sebastien Ashと Florian Muller(uに¨)の3名によって書かれた記事で、サブタイトルで「ヨーロッパ最大の経済が、トランプの貿易政策と中国の成長する競争力によって悪化したスランプから脱出すべく戦っている。経済学者は、残されているものを救うために、ラディカルなステップの必要性を示唆している」と述べられている。
私にとって、この記事を読んで知った最も衝撃的な事実は、4つ掲載されている図のうちの第一、「ドイツは今年の初めから中国との資本財(capital goods)の貿易で赤字に陥っている」とタイトルがつけられた図である。ドイツにおける投資財(investment goods)の独中貿易での直近12ヶ月平均のドイツの対中国月別収支が、2025年1月から大幅な赤字へと転化したこと示している。図は2009年から示されており、2024年までの間は一貫してドイツ側の黒字であり、特に2010年から2024年までは5億ユーロ以上のドイツの黒字、多い時は15億ユーロのドイツ側の貿易黒字となっている。それが、2025年に入って、この分野で一挙にドイツ側の対中貿易赤字となったのである。それも直近(3月?)の月までの12ヶ月平均の数字で、5億ユーロのほどのものとなっている。
しかも、2番目の図によれば、ドイツの工業生産は2024年後半から2021年を100として、一時は110くらいまで上昇していたものが、90程度にまで急減していることが示されている。工業生産が大幅に縮小している中で、投資用の資本財の大幅な対中赤字への転化が生じたのである。工業生産の好調ゆえの資本財輸入拡大の結果では無く、工業生産縮小の中での中国からの資本財輸入の拡大の可能性を示唆しており、少なくとも、ドイツ国内の資本財需要が、不況の中で、国内生産の資本財から中国製の資本財へと急激に代替するという現象が生じているということになる。
その裏付けの一例ともいうべき数字が、本文で示されている。線材加工機械の例であるが、ヨーロッパの企業、この場合の機械供給側のメーカーはスイスの企業のようだが、一台13万ユーロであるのに対し、中国浙江省製のそれは28千ユーロとのことである。さらに価格面だけでは無く、中国の企業は欧州の企業に対し、新しいアイデアの機械製品の商品化までの開発必要時間が、半分の時間で済むということも指摘されている。
この記事自体は、この後の部分で、ドイツの製造業の雇用の縮小の問題が取り上げられている。であるが、私の関心から言えば、この前半の部分、その中でも、アメリカのトランプ政権とドイツ製造業の関係ではなく、ドイツと中国の資本財での競争関係の逆転、その逆転の背景にあることとして指摘された点が、極めて興味深く感じられた。資本財部門について、単なる価格面だけでは無く、中国側の新製品開発能力の形成と、その開発速度の速さでの優越性についての指摘がそれである。
前回のブログで、中国の製薬産業の発展についてのFT記事に注目し、それについて多少の意見を書いたが、このドイツと中国の資本財貿易での逆転は、それ以上に、中国の持つ製造業の変質発展を示唆するものとして注目され、衝撃的である。欧州一というだけでは無く、世界で最も有力な(というよりは、これまでは世界一であった)ドイツの資本財製造業、産業用機械製造業について、欧州市場、その中心のドイツ市場で、中国製の製品が価格面で優位に立った。しかも、それだけでは無く、資本財の新製品開発競争でも優位に立つようになり、ドイツの工業生産不況の中での投資用財の調達で、ドイツ製より中国製が従来より顕著に競争力のある存在となっている。このようなことを示唆しているのが、この記事であるといえよう。
背に腹は変えられない、ということであろうか。価格面、そして新製品開発面の両面で、ドイツ製の資本財、自国製品の機械調達による投資よりも、中国製の機械を調達しての投資の方が、不況下のドイツ製造業諸企業自体にとって、競争上優位に立つことを意味するようになりつつある。このようなことを、この記事は示唆するものと思われる。
世界の工業生産における資本財生産第一人者としてのドイツ機械工業の覇者の時代は、ついに終わりを迎え、もしかしたら覇者の交代が進みつつあるのかもしれない。このようなことが示唆される記事である。電子製品等の技術変化の激しい先端的な分野での覇権の移行のみでは無く、旧来型の工業生産の中核部分である、資本財としての機械工業の分野でも、覇者の交代、中国の企業そして産業が覇者となる時代が始まっていることを示す事例の1つなのかもしれない。
こんなことを、この記事を通して感じた。同時に、ここでも、具体的に、何故、中国企業は、一挙に競争力を強化したのか、そのメカニズム、論理が知りたくなった。金をかけさえすれば、政府が希望しさえすれば、直ちに実現するものではないことだけは確かである。しかし、新聞記者諸氏に、これを求めるのは酷であろう。これを解明するのは、かつての私にとってそうであったように産業論研究者の務めであろう。だれか中国の具体的な資本財産業を事例に、中国企業群・産業の競争力強化、それもドイツのそれを超すような強化の論理を解明していただけないであろうか。できれば、日本語で書かれたものを期待しているのであるが。ぜひ読んでみたいものである。
日本語の文献で無くとも、英語、中国語、ドイツ語の文献であれば、辞書を引きつつなんとか読むことが(多分)可能なので、先の点についての文献をご存知の方がおられれば、ご教示いただければと思う次第である。
FT記事「諸改革が中国のバイオテックブームを加速している」を読んで
渡辺幸男
‘Reforms turbocharge China’s biotech boom’(FT, 3 November 2025, p.8)という英文タイトルで、E. Olcott、 H. Ko と W. Sandlundの3名による記事である。副題に「北京政府の資本調達や技術革新を促進する諸手段は、製薬産業の急速な国際的成長へとつながっている」とあり、中国の製薬会社の新薬開発の実態事例を紹介しながら、統計的事実も示している。掲載された図によれば、中国の製薬産業が2020年前後から、この5・6年で、技術革新的薬剤で、海外からのライセンス取得による生産中心から、急速に海外へのライセンス供与に変化し、海外への技術供与がライセンス取得による生産を大きく上回るようになったこと、海外への技術供与の額が2019年から鰻登りに増え始めていること、また、新薬のトライアル数が、急速に増大し、2016年に日本を抜き、2022年から2023年にかけて、米国をも抜き世界一になったことを紹介している。
さらに2社の具体的な医薬品開発事例も紹介するなど、大変興味深いレポートとなっている。
この記事を通して、「製薬産業、お前もか」といった状況、すなわち、スマホや乗用車産業すなわちEVで生じた、中国企業の急速な発展とその結果としての世界市場での存在位置の逆転状況が、製薬分野でも再現されてきているようにも見える。製薬産業の場合、その急速な発展は、開発の際に、治験や臨床試験が、迅速かつ大量に安価に可能であるということ、このことが、このような結果をもたらす要因の1つとして、この記事では紹介されている。さらに、資本調達の面での中国政府の改革も、医薬品製造分野での企業の資本調達をよりスムーズにし、技術革新を追求し易くしていると指摘している。
何れにしても、激しい国内での新薬開発等の技術革新競争が、政府の支援等もあり、一層活発化し、その成果が海外への技術供与数と額の急増に結びついているようである。相対的に安価に迅速かつ豊富に治験をしやすい環境、巨大な国内市場の存在、すなわち相対的に急速に豊かになりつつあり、薬剤への需要が巨大化している国内市場の存在が、このような急激な多数の治験の迅速な実行と結果としての豊富な成果の実現を可能にしていると、この記事は述べていると見ることができよう。
新薬市場でもEV市場等に続いて国際的な貿易摩擦を起こすのであろうか。そこまでの言及は、この記事ではなされていない。しかし、新規開発の薬剤市場でのそれぞれの薬剤は、EVやバッテリーのように、海外にほぼ同質のものが存在し、その価格面でもっぱら評価されるというより、それぞれの薬剤がもつ独自の効能を評価され、差別化され得た存在として利用されると言える。それゆえ、国際市場での競争のあり方も、EV等とは大きく異なることになろう。
しかし、いずれにしても、中国経済そして国内市場が持つ巨大さ、それが相対的に豊かな市場へと変身し、巨大な医薬品ニーズが生じた上で、それに呼応する形で、多様な新薬開発メーカーが簇生し、激しい新薬開発競争が生まれ得る基盤が整い、そこに政府の促進策が実行され、その成果が一挙に花開きつつある。このように見ることができよう。
ただ、本記事からのみではわからないことは、新薬開発を主導する企業群の出自であり、それらの企業の技術革新を支える資金の具体的な出所である。さらには、それらを踏まえた脱落企業の存在を含めた競争の実態である。製薬産業の多様な新薬開発競争が、具体的にどのような企業群と諸資本によって担われ、多くの成果が生まれているのか、本格的な新薬開発を中心とした中国製薬産業の産業分析が待たれるところである。
中国語での研究論文をフォローしていない、近年の私の怠慢ゆえの「まとめ」といえるかもしれないが。