2017年10月11日水曜日

10月11日 日本中小企業学会全国大会の報告を聞いて

日本中小企業学会 第37回全国大会
2017107日、8日、大阪商業大学)
報告 を聞いて
渡辺幸男
 今回の日本中小企業学会全国大会で、久しぶりに報告者・座長・予定討論者の責務を一切負うことなく、自由に分科会報告を選び、報告と予定討論を聴き、フロアからの質問を聴くとともに、何回か自ら質問を行うことができた。
 多くの報告はいずれも自ら質問とコメントを、じっくりと行いたくなる報告であったが、時間の制約があることもあり自制し、半数ぐらいの報告で質問することだけにとどめた。そのため、私としては、出席した報告について質問したかったことやコメントしたかったことを語れなかったので、出席した諸報告のいくつかについて、ブログに自らの感想やコメントを書くことにした。

取り上げた報告
的場竜一報告「中国自動車産業の変容と日系サプライヤーの取引構造の変化
        中国江蘇省蘇州市における日経サプライヤーを事例として−」
吉原元子報告「産地縮小過程における中小企業の行動」
大前智文報告「中小企業の存立条件に関する一考察 
              −「残存部門の新部門への転化」の検討から−」
池辺亮国際交流セッション報告「東アジアの国際分業とベトナム」

弘中史子統一論題報告「中小企業の海外生産と顧客」


的場竜一報告「中国自動車産業の変容と日経サプライヤーの取引構造の変化  中国江蘇省蘇州市における日系サプライヤーを事例として−」
 大阪市立大学の院生、的場竜一氏の報告である。中国江蘇省蘇州での現地調査を踏まえ、完成車メーカーが蘇州には存在しないなか、1次部品サプライヤとして直接投資をした日系メーカーが、どのような調達状況かを、現地ローカルメーカーからの調達が可能になっているかどうかを中心に報告していた。
 この報告については、乗用車量産部品の1次サプライヤに供給する加工サービス企業の近接の必要性の論理をきちんと押さえているであろうか。この点が気になった。
 進出した日系中小企業の多くは、量産重量物の部分的な受託加工サービス企業であるがゆえに工場の近接立地を求められ、価格引き下げのために近隣立地のローカルサプライヤへの切り替えが求められることになる。他方で電子部品は、EMSLSIのファウンドリーが典型的なように、その部材のサプライヤの工場の発注側工場への近接立地を必ずしも必要とするものではない。電子機器の部材の場合、多くの部分はグローバルに調達が行われ、近接立地の必要性が、乗用車の従来型部品の部材と大きく異なる可能性がある。
 このことを念頭に置いて、ローカルサプライヤの必要性等を検討する必要があろう。さらに、電子的な完成部品の場合、モジュール化される可能性が大きく、そうなれば、乗用車生産をめぐる産業集積のあり方は、極めて大きな変化を被る可能性がある。
 なぜ、乗用車産業での従来型の多くの部品の生産関連では、依然として1次・2次サプライヤの工場の近接立地が重視され、その中でローカルサプライヤへの転換が求められるか、集積のあり方が大きく異なる電気機器や電子部品との対比の中で、再検討し、位置付ける必要があるということであろう。電子部品については、2次供給企業の生産拠点が近接立地するのではなく、サプライヤの出先、扱い拠点が、深圳がそうであるように、近接すればよいと言えそうである。どこに生産拠点があるかよりも、調達ルートが身近にあるかどうかが重要な意味を持つ。このような差異は、すり合わせの必要性、モジュール化や標準化の進展、重量あたり単価等々、いくつかの近接立地を必要とする要素の状況が異なることで決まってくると私は考える。
 報告者には、ぜひ、乗用車産業のサプライヤの近接立地の論理について、改めて考察し、電子機器の乗用車への導入の持つ意味について、調査を通して明らかにしてもらいたいと感じた。

吉原元子報告「産地縮小過程における中小企業の行動」
 この報告では、産業集積の再生産を検討課題とし、山形のニット産地、特にニットメーカーの動向を取り上げている。その際の関心は、ニットメーカーとサプライヤの関係にある。
 ここできちんとしておかねばならない点は、現在の山形のニットメーカーとは、ニット製品生産でどのような機能を担う企業かということであろう。市場と産地との関係の中での位置を明確にすることが必要である。
 山形のニットメーカーについて、吉原報告では、基本的なデザインを与えられれば、型紙に起こし、サイズ展開する能力を備えたニット製品の生産者であるが主流であるとみている。この点について逆に言えば、市場での製品の企画開発を行うことをしない、あるいはできない受託生産サービス企業ということである。すなわち、ファブレスメーカーであるアパレルメーカーの企画開発に従って、生産機能を受託する生産であり、本来的な意味ではメーカーではなく、受託加工サービス企業としての性格が強いと位置付けるべきであろう。
 当たり前のことであるが、ホールガーメントの島精機の最先端の機械を導入していたとしても、受託生産サービス企業という位置付けが変わるわけではない。吉原報告について言えば、以上の諸点をきちんと押さえて、本来的にはニット生産サービス(EMSに習えばNMSと略せる)企業とでもいうべき山形の「ニットメーカー」について議論しているとは思えなかった。
 (以上のような見方が正しいのであれば、山形の少なくとも一部の「ニットメーカー」は、NMSとして一層の高度化を目指している企業というべきであろう。その上で、そのような存在が、地域の産業集積とどのように関わることになる可能性があるかを検討すべきであろう。)
 全量OEM企業と自社ブランド構築開始企業との差異は、どこにあるのであろうか。とりあえず、本報告ではサプライヤに関しては差異がなかったような結論だが、本当にそうであろうか。少なくとも3割の自社ブランド売り上げを達成した事例のD社は、多様な関連サプライヤを多数利用しているように記述されている。本格的に自社ブランドを構築しようとすれば、小ロットで多様な製品の品揃えが必要となり、多様なサプライヤを必要とすることが示唆されている。他方で、特定種類を中心としたOEM主力の企業であれば、内製化し、専門化した製品群での迅速な生産対応が必要となり、内製化が進む可能性がある。地元サプライヤとの関連でいえば、自社ブランドを本格構築した企業とOEM全量依存の企業とを対比して見ることが有効であると、本報告での事例を通して、私には想像されるが、この点への言及は報告では全くなかった。5の一覧表で、内製化率の向上に多様なサプライヤを利用しているとしているD社についても二重丸ではないが丸をつけたことに、本文での記述との齟齬があり、議論の方向性を見えなくしているようにも思える。

大前智文報告「中小企業の存立条件に関する一考察 −「残存部門の新部門への転化」の検討から−」
 旧来の技術を活かしながら、新技術によって見捨てられた旧来の技術が可能にしていた要素、独自の風合いや味、失われたものの珍奇性といったものを活かし、あるいは残し、それが適合するニッチな市場を発見し、中小企業として「製品差別化」し「新部門形成」を行う、これを報告者は、「残存部門の新部門への転化」としている。事例により、その具体的な可能性を示しており、中小企業の1つの存立形態についての議論として、大変興味深く感じた。
 同時に、そこでの議論として欠けているように見えたのは、残存する技術ゆえに有効な要素を活かせる市場をどのように見つけ出し、それを市場としてどうやって開拓するのか、したのかという論点である。旧来の生産方法が特定の独自性ある製品を生産することが可能である、ということと、それに適合した市場を発見し開拓する、ということは異なることであると、私は考える。その点で、事例紹介の中で、この視点が弱く、さらに結論部分でまとめられていないことは、残念に思われた。市場は旧来の生産方法であろうと、新生産方法が主流になった下では、改めて亜市場として構築される必要がある。単なる結果論的なものであろうとも、市場の発見開拓過程は重要である。
 特に中小企業の存立を動態的に考える際には、結果としてそこに亜市場があったことを確認するだけではなく、亜市場を市場として発見し開発・開拓した過程が極めて重要であろう。

池辺亮国際交流セッション報告「東アジアの国際分業とベトナム」
 ベトナムを中心にASEAN諸国の貿易状況と直接投資の状況を概観し、当該地域に直接投資をした日系企業の課題を明らかにしている。さらに、ベトナムに進出している日系企業が抱える課題と可能性を提示し、現代のベトナムを中心としたASEAN諸国への日系企業にとっての可能性を端的に示した報告であった。いずれも、これらの点を俯瞰的にわかりやすく整理していた。
 その中でも、私にとって、大変興味深かったのは、日系企業にとってはチャイナ・プラス・ワンとタイ・プラス・ワンとは、その展開内容が大きく異なり、また意味も異なることを、現地への長期駐在経験から把握され、示されたことである。すなわち、中国に進出した企業にとっては、一極集中のリスクを回避するためにベトナムにもう1つ完結した工場建設という形で直接投資をしているのに対し、タイで労働集約的な工程をより賃金の安い隣国に分散させる形で周辺地域への展開が生じ、工程間分業が展開しているとされる。
 ただし、日系企業にとってと中国系企業にとってとでは、ベトナム進出の意味には大きな差がありそうである。例えば、坂田正三(2017)によれば、ベトナムの農村工業である「専業村」では中国商人の存在が目立ち、中国から機械や技術が輸入され、製品が中国向けに輸出されている事実が紹介されている(同書、117ページ)。そこでは、中国国内生産分業からの外延的拡大としてベトナムの農村工業発展が描かれていた。
参考文献
坂田正三(2017)『ベトナムの「専業村」 経済発展と農村工業化のダイナミズム』アジア経済研究所

弘中史子統一論題報告「中小企業の海外生産と顧客」
 海外生産立地したサプライヤが「待ちの営業」であることで、取引先多角化を実現できずに撤退を余儀なくされるという問題は、海外進出の際の問題であろうか。日本国内の調査をしていて、私が非常に感じたことは、同じような特定企業依存の加工サービス中小企業であっても、置かれた環境、特に市場環境の激変により、積極的に対応し多角的取引先を獲得するようになる企業が生まれていたことである。厳しい環境下にある企業全てが、取引先多角化に成功したわけではないが、そこからその後多角化に成功した企業を多く輩出していることを感じた。その反対が、乗用車産業関連の受託加工サービス企業であった。私は、この国内での乗用車依存で急激な需要の変化を経験せず、徐々に受注見通しが悪化してきていた企業の状況を「茹でガエル」状況と呼んだ。この場合、「待ちの営業」を依然として維持していたのは、急激な変化によって決断をする必要に追い込まれていない、あるいは決断のきっかけを得られなかったからであった。
 また、このような状況は、山本聡氏の2000年代になってからの日立地域に立地する日立製作所のサプライヤについての実態調査からも読み取れる点である。山本氏ご本人は必ずしもそのようような問題としては紹介していないが。
 このような国内の状況と、海外進出企業の進出先での多角化の進展企業とそうでない企業との差異についての本報告での議論は、ほぼ同様な論理であると言える。ということであれば、「待ちの営業」の問題は、海外進出の下で生じた問題ではなく、国内外に立地する日系中小企業、特に従来特定少数の発注側大企業に依存してきた受託加工サービス企業が、これまでの市場環境の推移ゆえに共有してきた問題であると言えそうである。この問題は、海外進出していなくとも、国内の日系中小企業の多くには生じていたのであり、今でも、そして海外でも同様な状況が生じていると見るべきであろう。
 同時に、海外に進出するだけの力のある中小企業であっても、受託加工サービスで特定少数企業に従来依存していた日系中小企業として、国内に置かれていた状況下での行動と、同様な行動を海外でも取るということが、確認されたこと自体は、大変興味深いことではある。また、危機的状況に陥れば、これまで「待ちの営業」であった企業の中にも、積極的に受注先を多角化する努力を行う企業が生まれてくる可能性があることを、示唆しているとも言える。当然のことながら、危機的状況が生じた時に、すべての企業が大きく変身できるわけではなく、いくつかの企業が変身し、それらが残ることで、危機的状況下で多角化する企業が生じるということが示されたことになる。




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