2026年3月11日水曜日

3月11日 プーチンとトランプは、同じ穴のムジナか?

 プーチンとトランプは、同じ穴のムジナか?

渡辺幸男

 

 プーチンのウクライナ侵略は、2014年のクリミア半島の無血奪取に始まった。そして、ウクライナ東部への侵略、2022年の本格的侵略へとつながる。クリミア半島での成功が、ゼレンスキー政権の崩壊、そして傀儡政権としてのウクライナ元首の挿げ替えを目指した、(後から見れば)不用意な形でのウクライナへの全面侵略開始、そしてウクライナ東部戦線での膠着状態、大量の自国兵士の死傷者発生、すなわち自ら泥沼にハマりにいき、引くに引けない侵略戦争へ、そしてその長期化、それなりの「勝利」の実現の困難化、戦争開始の際の目的を大きく割り引いた上でのそれなりの「勝利」の宣言と終戦との困難化へと繋がっている。

 2026年のトランプは、もっと短期に、同じようなことをしているように見える。ヴェネゼエラからのマドゥーロ大統領の誘拐、そして自国兵士の損傷なく、ヴェネゼエラ政府の米国政府の傀儡化の実現を達成できたように見える。同じことをイランに対して始めた。イスラエルと組んで、最高指導者の暗殺をはじめとして主要政権幹部の暗殺、その後、イラン政府の傀儡化を実現しようとした。

しかし、である。イラン政府は、ヴェネゼエラ政府の副大統領が受け入れたような米国への自国政府の傀儡化について、これを拒否した。結果、米国は引くに引けない状況に、自らを追い込んでいるのではないか。4〜5週間で侵略は終わり、傀儡政権を樹立できるとのトランプの思惑は、大いに外れそうである。

イランはヴェネゼエラではない。ヴェネゼエラでの成功体験が、悪影響をトランプに与え、泥沼へと誘い、世界経済を混乱させ、米国経済にも悪影響を与え、トランプ政権の存立基盤自体を掘り崩しつつある。

このように見えてくる。どうであろうか。

プーチンがウクライナで犯している失敗を、トランプは、もっと短期で、より過激に繰り返すのではないか。

ここでトランプは、引くことができるか、それが勝負どころであろう。引くことができれば、トランプの政権基盤自体は弱体化するが、とりあえず侵略長期化という泥沼にハマることはないことになる。ただ、自らの面子を重視すれば、引くに引けない状況に陥るであろう。

トランプが、ウクライナ援助をしぶり、プーチンに甘いのは、プーチンと同じ発想の、自国の勢力圏たる近隣諸国に対する力による支配を主張する帝国主義的人間であることの反映ではないか。それゆえ、プーチンの行動を十分理解でき、その発想の大元については、これを肯定し、共鳴するからではないか。このように思えてくる。ロシアのウクライナ侵略について危機感を持って身近に感じているヨーロッパ諸国民とその政府首脳たちとの大きな違いが、そこには存在するようである。

 

ここまでを、2026310日午後2時までに書いた。

 

 その日の午後2時過ぎに我が家に届いた、フィナンシャル・タイムズのOpinion欄(p.17)で、ギデオン・ラックマン氏がトランプのイラン侵略の問題を取り上げ、‘Trump’s Venezuela plan is failing in Iran’(トランプのヴェネゼエラ・プランはイランでは失敗しつつある)というタイトルで小論を書いている。そのサブタイトルは、「中東での米国の軍事的介入は、すでに、カラカスで使用されたモデルから劇的に乖離している」というものである。

 そして、その小論の結論部分の最後の2つのパラグラフで、「トランプは明確に敗北している場合でも、勝利を主張することのできるという極めてユニークな能力を保持している」とし、「事態の一層の追求と迅速な撤退との選択を迫られたとき、彼の気質と政治的利害は、損切りへの選択を目指すであろう」と述べる。ただ、「イランでの勝利を宣言し、撤退するのはそれほど単純なことではないであろう」とし、その理由として「当該地域には、米国の軍事基地群、経済的諸資産、傷つきやすい同盟諸国があり、4万人の米兵がおり、トランプは好きなときに戦争を始められるが、同様に好き勝手なときに戦争を終えることはできず、‘Operation Epic Fury’は、‘an epic failure(大失敗)となるリスクがある」と締め括っている。

 

 まさにロシアのプーチン大統領が4年ほど前に踏み込んだ道と、トランプ大統領のイラン侵略戦争開始は、あまりにも共通している。ただ、プーチンとトランプでは、性格が大きく異なることを、ラックマン氏は最後に指摘し、トランプが、プーチンとは異なり、不利な戦況のもとでも、勝手に勝利宣言し撤退する可能性を指摘している。が、しかし、両者におけるその性格に違いも、イラン侵略の際の中東での米国の置かれた環境下では発揮され難く、プーチン同様に戦争の長期化、泥沼化へとつながる道を歩まざるを得なくなるかもしれないと、ラックマン氏は締め括っているのである。

 

 帝国主義者としての似たもの同士、プーチンロシア大統領とトランプ米国大統領、ともに、第2次大戦後の世界で保持していた帝国主義的覇権がほころび始めたときに政権につき、帝国主義国としての再興を目指した。その結果が、プーチンの場合は、ロシア以外の旧ソ連諸国でのロシア人居住地域の分離独立、そしてウクライナ政府の傀儡政権化ないしはロシア人居住地域である東部ウクライナの分離、ロシアへの併合となった。また、トランプ大統領の場合では、WTOのルールを無視した高関税による自国内再工業化の試み、そして西半球の米国にとっての勢力圏宣言と、グローバル規模での反米勢力支配の国家の武力による解体の試みとなったといえよう。

 ただし、奇妙とも言えるのは、第2次大戦後のような覇権国家、帝国主義国家間の対立としての米ソ(今の米露)対決となっていないことである。ロシアがグローバルな覇権国家としての力を失ったこと、旧ソ連、そして旧ロシア帝国領土の回復を目指すに留まらざるを得ないことが、このような米露対決とはなっていない理由であろう。21世紀20年代の覇権国家は、米国と中国ということなのであろう。

 覇権国家から脱落した旧ソ連の継承国家としてロシア、そして覇権国家としての存立が怪しくなってきた米国、その両者に似たような帝国主義的志向の大統領が生まれ、それがウクライナ侵略戦争を引き起こし、イラン侵略戦争を引き起こしたのであろう。

 

 いずれにしても、今、注目すべきは、トランプがラックマン氏のいうように、とにかく勝手に勝利宣言を出し、一方的に対イラン戦争から撤退することができるかどうかであろう。それが可能であり、その可能性を選択しえるのがトランプであるとも言えるのであるから。泥沼にハマらざるを得なかったプーチンとの大きな違いである。

 同じ穴のムジナであるプーチンとトランプであるが、同じムジナでも性格が大きく異なる。自らの思惑外れた時、失敗の締めくくり方が、両者で大きく変わるかもしれない。あるいは、性格が大きく異なるムジナだが、環境がもたらす強制力の方が強く、それが性格の異なるムジナの行動を最終的に決め、結局、両者で同じような結果、戦争の長期化をもたらすのであろうか。

 このような状況がもたらす結果は、他人事ではなく、我々の生活がかかっていることではある。が、興味深いことでもある。