2025年12月27日土曜日

12月27日 日経記事、小川知世、古川慶一「ロシア、旅客機不足に直面」を読んで

 日経記事、小川知世、古川慶一「ロシア、旅客機不足に直面」

  サブタイトル「制裁で部品調達困難、退役機増」

   「国内生産も進まず」「日本、整備不安で領空回避」 

   (日本経済新聞、20251227日、11版、13ページ)

を読んで 渡辺幸男

 

 この記事の内容は、タイトルとサブタイトルとで、ほぼ要約されていると言えるが、ロシアの航空会社の所有する外国製の機体の部品が輸入できなくなり、国産部品への切り替え、他の機体を解体して転用、あるいは第三国経由の輸入等で対応しているが、整備について国内では対応できず、輸入部品も高くつき、旅客機が足りなくなる恐れが出てきているとしている。現在稼働している旅客機の3分の1が2030年までに退役するとの見通しも紹介されている。また、部品不足が日本の航空会社のロシア上空飛行にも影響し、それを避けるようになっていることも紹介している。

 そのための対策として、ロシア政府は国産機を増やすことを目指し、国産エンジン搭載の軽飛行機の試験飛行や、輸入部品を自国製に置き換えた国産旅客機の試験飛行を行っていることについて、この記事は紹介している。また航空会社の保有機体の国産比率を現行の3割から30年に8割に増やす目標をたてているが、ここ数年での納入は5機にとどまるとし、「ロシアは戦闘機やロケットの技術を持つが、採算を維持しつつ完全に自前で航空機を開発・量産するのは容易ではない」としている。

 

 ロシアは旧ソ連の航空機産業を継承しているはずであり、旧ソ連は、自前の開発でジェット旅客機を部品から製造していたはずである。かの「コンコルドスキー」と呼ばれた超音速旅客機、ツポレフTU-144をも、一応製品化したはずである。しかし、それにもかかわらず、現在、まともな旅客機を、自国製の部品を使って製造することはできなくなっている、ということが紹介されている記事と言える。しかも、旧ソ連時代のジェット旅客機が、旧ソ連崩壊35年後も、現役の旅客機として飛んでおり、50年経過した機体が運航に使用され、今年の7月に墜落したとのことも触れられている。このような事実をどう見るべきなのであろうか。 

 

 202311月に、松里公孝著『ウクライナ動乱 −ソ連解体から露ウ戦争まで』(ちくま新書、2023年)を私のブログで紹介し、その中で、ウクライナの工場が自工場で作れるのに、近隣に設置された機械が、ポーランドのメーカーに発注されたことを怒り、自社で作れること示すためにその機械を作り工場前に飾った、というエピソードが書かれているのを示した。まさにそのようなこと、あるいはそれ以上のことがジェット旅客機で生じ、40年程度経ったことで、改めてジェット旅客機を開発し生産するにあたり、旧ソ連時代の蓄積をうまく活かせない、ということが示されているといえよう。新たに現状で国際競争力のあるジェット旅客機を開発し量産することができないどころか、輸入困難となった交換部品の代替品さえ、開発生産できない、ということである。

 旧ソ連時代の蓄積を活かせないと書いたが、旧ソ連時代の蓄積そのものが、現状の市場経済のもとで、商品生産として存立可能なものではないゆえに、必要に迫られながら、その開発そして生産が、部品レベルでも困難である、と言えるのかもしれない。

 今になって、プーチンは「我々には近代的な国産航空機が必要だ」といい、西側の制裁という契機が、ロシアの技術力を高め競争力を強化する好機だといっているそうだが、そのために何が必要か、少なくとも旧ソ連の遺産を市場競争力のある生産力に転用できなかった現ロシアの現代工業が、何をどうしたら、その問題点を克服でき、改めて先端的な旅客機の開発を実現できると考えているのであろうか。全く反省は見えてこないし、それゆえ反省に基づいた上での新たな対策も見えてこない。お題目を唱え、お金を投下するだけで、国際競争力のある産業は育たない。この点の理解がないのであろう。結果、中国が開発している旅客機の部品さらには旅客機そのものの輸入に終わるのではないか。

 旧ソ連の国際競争力形成努力を欠いていた近代工業を継承しながら、中核的工業部門の衰退という「非工業化」を経験しつつあるロシア、そのようなロシアの工業にとって、どのような筋道なら再工業化、少なくとも民需工業の先端工業化、輸出競争力のある工業部門の形成が実現できるのであろうか。その道筋を改めて検討し、それを前提に多数の主体により試行錯誤し開発しない限り、プーチンの思いと例え豊富な資金投入されたとしても、それだけで、その考えは実現しないであろう。資源や一次産品の輸出で外貨を獲得でき、それでもって先端工業製品を輸入できた国そして諸企業が、まだ中国からそれなりの先端工業製品を輸入できる中で、大統領が号令し、金を投下すれば、諸企業が再工業化への厳しい道を選択し、市場からの脱落の可能性をも踏まえながら試行錯誤を実行し、生き残った企業だけによる再工業化を実現できるのであろうか。

私には、今のロシア工業に関しては、再工業化への道筋が全く見えてこない。また、この記事で紹介されているロシアの大統領の言質にもそれが全く感じられない。

2025年12月12日金曜日

12月12日 冬支度のサルビア

 エントランスのサルビアの鉢を
テラスに取り込みました。


これまでに比べ、
冬越しの花の種類と鉢の数が極端に減ってしまいました。
私の夏の努力不足と、
今年の猛暑が重なり、
それなりに元気に咲いているのは、
サルビアといくつかのゼラニウムといった状況です。


サルビアは、

私の花との付き合いの当初の頃からのもので、

二宮に居住してから先月で満50年ですが、

その最初の頃から、毎年、実生から育て、

冬を越させ、咲かせ続けた、

50年近く続く、代々のサルビアの末裔です。

今も、我が家の庭の賑わいを、一年中、支えてくれています。

これからも、サルビアの朱色を、

楽しんでいくつもりで、苗も採取し、

鉢に30本ぐらい植え、これもテラスに入れました。

2025年12月2日火曜日

12月2日 日経記事、The Economist 「中国の技術革新に学べ」を読んで

 The Economist 「中国の技術革新に学べ」

(日経、2025122日、p.7

を読んで 渡辺幸男

 

 日経のこの記事は、ロボタクシー開発と新薬開発の2つを取り上げ、中国の新製品開発の特徴を述べている英エコノミスト誌1129日号掲載の記事の翻訳である(日経電子版、国際、The Economistにも掲載)。そこでの特徴について、中国の新製品開発の優位性としては、関連部材の生産供給面での優位性、中国の巨大市場規模によるコスト削減、製薬での治験のやりやすさを指摘し、同時に、地方政府のさまざまな支援、そして、中でも特に中央政府の規制の機敏な策定を強調し、これらがイノベーションを加速しているとしている。

 また、自動運転車の試験運用を50以上の都市が行なっているとも述べている。そして、中国国内での熾烈な競争は、個々の企業には厳しいものであるが、生き残った企業は鍛えられ、輸出競争力を持つ企業となる。結果として西側諸国は産業空洞化に見舞われるリスクがあるとし、それを防ぐためには、西側諸国はイノベーションのあり方を再考すべきであると述べている。

 

 FTでも紹介されている新薬開発での中国市場の迅速性の議論は、FTの記事とほぼ同様の論理で展開され、同時に、ロボタクシーの開発での多様な試みの一部として、50以上の自治体で試験運用されていることが紹介されている。そこでは、中国政府、それも地方政府を巻き込んだ製品開発への多数の多様な努力の存在の一端が紹介されている。

 特に興味深いのは、中国のこの多様な開発その迅速性から、西側諸国の産業が空洞化するというこの記事の指摘(「中国企業との競争は西側の産業空洞化を招くリスクがある」と述べている)であろう。個々の製品での中国の技術開発での先行というだけではなく、各国先進工業間での開発競争での中国企業の圧倒的優位により、他の先進工業国での産業衰退が生じる可能性があるというのである。

 かつての産業空洞化論は、当時の中国以外の先進工業国の諸企業が、中国等に進出することで、出身母体の国のモノづくりの生産工場部分が「空洞化」するという議論であったが、ここでは、新製品分野開発競争の結果として、中国系企業の中国での生産活動が、他の西側先進工業国での工業生産活動を圧倒し、後者を中国で開発された製品の単なる消費国としてしまい、当該国系の先進工業企業群が生産どころか開発や試作を含め消滅するという可能性を示唆する議論となっている。

 非常に大胆な中国先進工業化による、他の西側先進工業国の産業空洞化論であり、今までにない中国産業発展論を意味している記事とも言えそうである。

 

 他方で、私は、この記事を読む前に、すなわち121日までに以下のような内容のメモを、中国の産業発展についての見方として、書いていた。

 

タイトルは、「改革開放後の中国経済の工業先進化(先進工業国)の道と

キャッチアップ段階を越えた中国工業の現況・到達点をどう見るか」というものである。

 改革開放後に生じた中国経済の工業化の特徴の第一は、海外市場向け委託の加工生産、低賃金労働力の動員と、労働集約的部分の受託生産の急激な巨大な規模への拡大であったといえよう。同時に生じたことは、中国国内市場としてみれば、海外からの受託生産労働者等を含めた、巨大だが、低価格・低級品の市場、消費財・資本財そして中間財の諸市場の一挙の本格的形成が生じたということが言える。それらの国内需要向けの市場は、他の工業国の諸製品にとっては、それらが供給可能な製品の価格が高価すぎることで、浸透できない極端な低価格品の巨大市場として形成された。この新規形成の国内低価格品市場向けに、多様な出自の国内の供給源・企業群が、計画経済下で形成されたそれなりの近代工業技術や、加工生産のために進出した外資企業の技術を模倣等により利用し、さらには先進工業国の技術の簡便化開発を行い、低価格巨大市場に適合した独自な生産体系を構築した。

 同時に、中国の旧来の国有大企業は、本格的な低価格品「市場」の形成そして拡大についていくことができず、停滞・縮小ぎみであった。旧来からの国有企業は、低価格品市場なりに生じていた市場ニーズの変化に対応した開発努力という面で、郷鎮企業等の新興(民営)企業群に比して甚だしく劣っていた。そのことで、新たに形成され巨大化した低価格品中心の市場での競争から多くの巨大国有企業が脱落し、単なる熟練労働力や工業生産技術の提供源にとどまることとなった。

このような状況について多くを学んだのは、改革開放期初期までの中国自転車産業での寡占的巨大国有企業である天津飛鴿自行車の事例からである。同社は計画経済下での国有大企業であり、同社の1990年代初頭の改革開放初期での急躍進とその後の一挙の縮小、寡占企業からの後退状況を通してである。その背景には、極端に低価格だが市場競争が本格的に行われるようになった市場で、多様な民営企業の激しい参入とそれなりの差別化競争が行われるようになったことがある。これらの新興企業群との市場競争についていくことができず、既存の国有巨大企業は衰退の一途を辿ることとなった

計画経済時からの国有巨大企業は、製品を量産的に作れるが、市場ニーズの変化に応じた製品を開発生産することはできない、政府から指示された(既存の)物を作るだけの「巨大」企業だったのである。結果として、独自な巨大国内市場と国内生産体制の再構築が生じ、国内巨大市場向けの多数かつ多様な新規創業の国内資本による多様な多数の企業による競争が生じた。国内市場が巨大故に、企業が巨大化しても、寡占企業が(協調的)寡占支配をする市場にはならず、あるいはできず、競争的市場を維持することとなった。

 中国経済独自の国内市場向けの本格的な工業発展は、2000年代初頭までに実現した。その中から、先進工業国市場でも通用する独自な開発型生産企業が登場し始めた。また、その直前には、山塞携帯のような発展途上国向けの独自工業製品の開発も、多様な工業分野で生じていた。多様な開発主体による、多様な多数の開発による競争関係が、巨大化した国内市場の存在により維持され、多様な開発内容の製品が、迅速に多数供給される状況が生じた。競争が激しく、競争的市場であるが故に、開発の過程の途中段階でも市場へ供給され、市場で揉まれる中で多くの新製品が消滅するとともに、そこで生き残った少数だが開発完成品となるような製品が、多様な分野で簇生した。

その中から、ドローンのDJI、バッテリーKATLEVBYDのような、さらには通信機器・システムのファーウェイのような、国内巨大市場の高度化を前提に、そこでの激しい競争から、国際市場でも先端的と言えるような諸企業が誕生した。

 中国系の先進工業分野の巨大企業が形成された2020年代でも、依然として、中国国内市場は十分に巨大で、それらの中国系巨大企業も含めた国内企業中心に競争的に供給されることとなっている。国内市場はこれまで以上に豊かになった10億人以上の(独自)巨大市場であるが故に、国内新規創業企業群も含めた独自な競争の場となっている。国内市場向け独自商品開発の場であり、最終消費財、資本財、それらの中間財等、全ての面での激しい競争下で、諸企業による開発そして競争が行われている。

結果として、そこから、海外市場の需要向けとも共通の新製品開発をも実現するようになってきている。特に、国内市場の飽和ないしは停滞を契機に一挙に海外市場へ進出し始めた。その典型が、小米等のスマホであり、BYD等によるEVであろう。単なる低価格に止まらない、独自製品供給企業群としての海外進出の実現である。

 それが、消費財から始まり、今や多くの資本財でも、生じているようである。その結果を象徴する出来事が、ドイツの資本財市場で、ドイツ製品と競合可能な資本財の大量供給に成功し、中国とドイツの資本財貿易で、これまで一貫してドイツ側の大幅黒字実現の状況にあったものが、中国側の黒字傾向へと転換したという、FTの記事で示されていたことであろう。また、VWがドイツでの雇用を大幅に削減し、中国にEV開発生産のための開発センターを多額の投資を行い構築し、中国で全面的な中国内外市場向けの新製品開発を手掛け始めたことにも表れているといえるであろう。

 改革開放下での先進工業へのキャッチアップ過程から、現在の先進工業化状況への中国経済の発展論理をこのように見るならば、そこからいくつかのことが見えてくる。米国以外の先進工業化した先行の工業国との大きな違いである。最初に近代工業が発展したイギリスと米国以外の先進工業化諸国は、いずれも本格的先進工業化段階で海外市場を主要な競争の場とするようとなり、同時に、出自国内では寡占的市場支配を実現し、国内市場での競争的市場環境は主要大企業にとっては消滅していた。主要対外市場をめぐっての国内大企業間の競争は、寡占的なそれであり、大企業化したもとでも、新規企業が常に創業・参入し、競争的市場が維持される状況ではなかった。

  また、国内市場の大きさの限界から、国内市場向けの生産だけで、その時点での十分な規模の経済性を実現することは困難な場合が多かった。日本の場合、1億数千万人の国内市場があり、先進工業化する過程で、乗用車産業等についても国内市場にもっぱら依存して、競争的寡占市場状況を実現することができた。しかし、後発の完成車メーカーは、海外市場に相対的に多く依存する形で、初めて国内市場での競争でも寡占的競争関係に耐えうるだけの、その時点での十分な規模の経済性を実現することが可能となった。しかし、そこでは、国内市場の拡大過程で新規参入も多く見られたが、多様な多数な企業が参入し、技術変化等を契機に、主導する企業が大きく変化するような状況となることはなかった。

 今の中国の工業についてみれば、ここが大きく違うということができよう。巨大な国内市場であるが故に、自動車産業の国内市場が年間3千万台を越えてきている。米国市場でも考えられなかった国内市場規模である。ましてや500万台前後の日本とは桁が違うことになる。

 

 ここまでが121日までに書いていた部分である。

 

 以上の私の議論と、122日の日経に掲載されたエコノミストの記事との大きな差異は、エコノミストの記事が、中国産業の新製品分野の迅速な形成の要因の第一として中央政府の「規制の機敏な策定」を取り上げていることであろう。私に、そのような理解、中央政府の政策策定過程の意義についての認識はほぼなかった。国内市場の巨大さ、地方政府の多様な多数の支援のもとでの多数の多様な企業の新規参入、その結果としての激しい競争、関連産業の重厚な存在、このような点に注目し、特に国内市場の巨大さとそこでの競争の激しさ、それも多様な新企業の参入によるそれを強調していたのが、私の議論であった。

 もう1つの相違点は、中国の産業発展が、今や西側先進工業国での本格的産業空洞化をもたらす可能性を、エコノミストの記事が指摘していることである。これは米国産業を含むことになるはずだが、これまた、私の想像する範囲を大きく超えるものである。西側先進工業国の産業空洞化、この可能性を言えるほど、中国での新製品開発環境は優れているのであろうか。FTによれば、VWがドイツ国内の人員を大幅に削減しても、中国で本格的に開発から量産までのEV開発生産拠点を立ち上げようとしているということであるが。それゆえ、これまでの西側諸国企業の中国現地工場進出とは、VWの場合にはその内容が根本的に違うことは確かである。

が、西側先進工業国の産業空洞化までが展望されうるということを、述べることは可能なのであろうか。今の私には、中国の産業の現状を見ていないこともあり、ここまでの見通しを言うことは不可能である。

 

 エコノミストのこの記事は、すごい内容であり、かつ大胆な記事である。私には121日の時点で、全く展望できなかったことが書かれている記事でもあるといえる。ますます、中国の産業展開を、FTと日本語文献を通してだけという、間接的だけのアプローチだが、頭が動く限り追いかけたくなった。