FT ‘Presidential vote. Imports’,
‘China flags its presence in US election campaign’,
Financial Times, 25 September 2024, p.4 を読んで
渡辺幸男
この「大統領選挙、輸入、中国はその存在を米国選挙戦で示している」というタイトルのFTの記事は、現代の産業のあり方として大変興味深く、同時に、私にとっては色々な意味で面白い記事でもあった。
この記事の内容は、今回の米国大統領選のキャンペーンで振られている共和党と民主党両陣営の候補者、トランプ前大統領とルイス副大統領の応援旗についての生産供給についての話である。
記事のオチは、米国の大手旗メーカーは、今回の大統領選で販売の5から10%の増加を期待していたが、中国製の旗が市場を席巻したので良くて前年並みにとどまる、ということである。これは、中国製品の輸入抑制、工業製品の国内生産化を訴えるトランプ前大統領陣営の応援旗を含めての話である。また、シカゴの旗メーカーは、自社で作ると材料費だけで1本5ドルでも足りないのに、中国浙江省金華市義烏市のメーカーは、1000本のキャンペーンフラッグを1本当たり90セントで売っている、とも指摘している。
ただ、義烏市のメーカーから見ると、販売増は、それほど単純なことではないようである。当初は米国市場向けについて、アメリカのバイヤーに卸していたのだが、そのルートが米国政府の政策等からダメになったようである。アメリカのバイヤーは多少高くつくが、東南アジアからの調達に切り替えた、とのことである。ただ、義烏市のメーカーはAmazonを通しての米国市場への直販に切り替え、オンラインストアを開き、米国の状況変化に迅速に対応し、商品開発をし、販売を維持し拡大しているとのことである。
Amazonで“Trump flag 2024”検索すると、最初の48社の販売者のうちアドレスが中国なものが46社となっている、と紹介されている。義烏の生産者は、ニュースを見、価格づけを行い、迅速に供給対応をしているとのことである。上海のコンサルタントによれば、状況に対応して生産するのに米国だと1〜2週間かかるのに、中国では1〜2日で対応し、安いだけではなく、状況に敏感に生産内容を変化させての供給が可能であると指摘している。
結果、トランプ陣営の応援旗の多くが中国製であり、米国内に生産が戻るどころではない。それどころか、アメリカのバイヤーが中国以外の東南アジア諸国から調達し米国向けに販売しようとしても、中国の浙江省義烏市の旗メーカーは、Amazonを通しての直販を実現し、アメリカの状況に迅速に生産対応することで、トランプ陣営の応援旗の多くについても、中国メーカーが敏感に機を見ることで、生産供給することに成功している、と指摘している。このことが、いくつかの事実を通して確認されている記事ということになる。
この話のオチは、アメリカのバイヤーが米政府の規制で中国から調達できなくても、米国内での生産と調達に戻ることはない。まず、これが第1点である。第2点は、アマゾンという米国発の新たな流通経路の開発そして発展が、機を見るに敏な中国義烏のメーカーに活用され、中国からの日用品の対米輸出が直販の形で依然として活発に行われている、という点である。あんなに中国からの輸入を国内生産に代替させようと唱えてきているトランプ前大統領陣営、その応援旗についても。という皮肉な話でもある。
本来の議論、産業経済論という私の議論の土俵から見れば、産業と流通は一体のものであり、両者がうまく組み合わさることで、産業の発展や、新たな状況への対応展開が可能となる、ということであろう。市場経済での物作りの要点は、製造業者、「メーカー」の立場から見れば、販売市場とルートの存在の多様性を念頭に、最終消費者の需要とその変化に、いかに迅速に対応するか、そのための物的な生産供給基盤をどのように構築し維持し、ダイナミックな生産体制をつくるか、ということになろう。
中国義烏市の多様な「メーカー」にとっては、米国市場向けでは、かつての日本の米国市場向けの地場産業産地の企業が抱えていた流通ルートの限定性という問題については、柔軟な輸送網ネットワークとインターネット上での取引網の形成により、大きく緩和されたということができよう。アメリカのバイヤーに依存しなければならない状況以外の選択肢ができ、同時に、市場情報のより迅速な流通捕捉も可能となった。それにより、生産システムの柔軟性をより有効に活用できるようになった。
このような状況下で、トランプ氏は、どのようにして中国製の極めて安価な時機にかなったトランプ大統領候補応援旗のような商品の、中国メーカーによる開発と米国市場での販売を阻止しようとしているのであろうか。あるいは阻止できると本当に思っているのであろうか。中国から第3国経由で米国市場に中国製品についてインターネットを通して供給することも、いくらでも可能であろう。中国の義烏の中小企業にとってさえも。
米国内で、安価な旗が大量に生産され、自国市場向けに販売される可能性を、前大統領が期待しているとは、全く思えないが。旗の生産も製造業であること、米国にも生産者がいることには、自動車産業と変わりがない。
追記:浙江省金華市義烏市とそこの卸売市場そしてメーカーとは
(ここからは、9月26日に追加した)
義烏市は、浙江省(省都、杭州市)の内陸にある金華市(地級市)の一部を構成する県級市であり、残念ながら、私自身は調査に訪れたことはないが、そこの市場は中国最大級の消費財の卸売市場であると聞いている。義烏市にある中国の巨大な卸売市場は、中国内の多くの卸売市場と同様に、単なる消費財の集散地としての市場ではなく、背後に巨大な生産システムを構築している卸売市場である。多様な消費財の生産が可能となる大小様々な中小企業が、周辺地域に社会的分業的集積を構成し、多様な財の産地型産業集積として市場から発せられる多様な消費財に対してそれぞれ機能的に専門化しながら、需要に対応し、迅速に生産供給する体制を構築している。
そのような巨大な産業集積への中国内外からの需要の受容と販売の拠点として、その集積の中心に「卸売市場・義烏市場」があるとも言える。このような市場は、まずは巨大な中国内需要を充足するために形成され、それが、国内の多地域のバイヤーの多様な大小様々の注文に迅速に応える柔軟かつ巨大な生産力の集積となり、「市場」となったことで、海外からのバイヤーも引きつけることになった。海外向けにも生産供給する中核に市場がなり、かつその周辺に海外向け製品の生産を念頭におく、多くの「メーカー」も形成された。
なお、この場合の「メーカー」の多くは、私が浙江省の温州市等にある他の市場でみた同様の市場の場合は、「メーカー」と言っても、主要生産部分を企業内で一貫生産するタイプの製造企業ではなく、日本の産地でいう製造問屋、製品の企画開発といくばくかの生産工程を担い、商品の開発販売リスクの主要な担い手となり、多くの部品生産等については、外注に柔軟に依存するような存在、そのような企業が多くみられた。いわば、日本のアパレル産業でいう「メーカー」に近い存在といえよう。義烏市場の場合も、このような社会的分業が広範に行われているようである。
このような柔軟かつ巨大な社会的分業体制の構築、これが「メーカー」による大小様々なある範囲内の新規需要に、柔軟かつ迅速に対応することを可能しているとみられる。
海外企業が、低賃金労働力等を念頭に、発展途上国内に新たに生産拠点を設けたような生産体系とは全く異なる成り立ちと集積内容を持つものと言える。ここからは全くの想像ということになるが、本記事の米国のバイヤーが東南アジアの国に調達拠点を移した、という場合の多くは、以下のような状況となるであろう。
すなわち、低賃金労働力の動員を中心に、物流インフラがある程度整った労働力が豊富な地域に、調達先工場を新たに「作った」(全く新規ではないとしても、既存の転用等で)場合が多く、多様な柔軟な社会的分業は望むべくもない状況であろう。現在の中国と比較し、表面的には労賃水準は低くとも、変化の激しい消費財需要に必要な柔軟な部品調達等を含めたトータルコストは高くつく、ということになるであろう。かつて、日本の産地型産業集積が、国内賃金の高騰にもかかわらず、ある程度までは、輸出競争力を維持しえたように。
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