2024年1月8日月曜日

1月8日 FT, ‘Chinese exports of machine tools to Russia surge’ を読んで

  Leahy, Joe, Chris Cook, Max Seddon & Max Harlow,

Ukraine conflict. Military components

Chinese exports of machine tools to Russia surge

                 FT, 3 Jan. 2024, p.2

 

を読んで 渡辺幸男

 

ウクライナ侵略によるロシア経済の非工業化の一層の進展についての

再確認

 

 2024年1月3日付のFTの2面に、ロシアの工業の非工業化に関心がある私にとって、大変興味深い記事が掲載された。この記事のメインタイトルは上にあるように「中国の工作機械のロシア向け輸出が急増」というもので、その上に「ウクライナ紛争、軍事用部品」とあり、記事の要約では「キーウの同盟国は、モスクワの防衛産業にとって重要な先進的な部材の供給増により警告される」とある。また、中見出しには「事実は、ロシアがヨーロッパからの機械輸入を遮断され、中国に依存するしかない、ということである」という発言が紹介されている。

 

 記事の内容について、私の関心に基づいて要約するならば、以下のようになる。

 ロシアの税関統計を利用し、ロシアへの中国製の重要な先進的工作機械の輸出が、ウクライナへの本格的侵略以来10倍に増えたことを指摘している。いまや、モスクワの兵器生産にとって決定的に重要な高精度のCNC装置の取引では、中国製の輸入が支配的な存在である。2022年2月には650万ドルであったCNC工作機械の中国製のロシア向け輸出が、税関の記録では、2023年7月には68百万ドルとなっている、とまずは紹介している。

 その上で、これは、ヨーロッパからの輸入が厳しく制限されたことで、ロシアは中国製のCNC輸入を選択せざるを得なかったことによる、とも指摘されているとしている。結果、中国製のCNC工作機械が、絶対額として増加しただけではなく、ロシアが輸入するCNC工作機械の輸入全体が急増する中で、中国製が12%から57%へと割合を急増している。また、絶対的には台湾製や韓国製の輸入も増えている。一方、侵略開始前に主要輸入元であったヨーロッパ製の輸入が占める比率が低下しただけではなく、絶対額でも顕著に低下している。

 他方で、ロシアの軍需工場での中国製CNC工作機械の使用は、まだ顕著に少ない様である、とも述べている。例えば、宣伝用の動画で撮られているロシアの軍需工場で使用されているCNC工作機械は、ほとんどが欧州製か台湾・韓国そして日本製である。これらの事実は、ロシアの軍需工場では、中国製のCNC工作機械が、精度や耐久性の面で日本製やドイツ製より劣るということで、信用されておらず、使用されていないことを示唆するとのロシア外のアナリストの見解が紹介されている。

 中国から輸入された中国製のCNC工作機械、それ自体は軍需工場で精密金属加工のために使われるために大量に輸入されたのではないようである。そうではなく、これまで輸入された欧州製等のCNC工作機械が軍需生産に集中され、それ以外の分野での金属加工の工作機械が不足しために、その穴埋めとして中国製が大量に輸入され、軍需生産以外の分野で使われている、ということを示唆する結論となっている。

 さらに本文には紹介がないが、掲載されたグラフをみれば、CNC工作機械についてのロシアの輸入金額の総額が、ウクライナ本格侵略前と比べ、月額4千万ドル強の水準から22年前半の月には月額2千万ドル台に減少したが、237月には月額1億2千万ドル前後へと侵略前の2〜3倍に増大していることがわかる。全体として、輸入金額が急増し、その中で、欧州からの輸入は絶対的に激減し、中国を中心とした台湾や韓国からの輸入が激増したということになる。

 

 以上、勝手に私が要約した記事内容である。記事そのものは新聞半ページ近くの大きさがあり、内容的に多くの論点に触れているが、私の関心に従えば、このようになると言える。

 

 ここから見えてくることは何か、次にこの点について考えてみたい。

 何よりも、ここで注目したいことは、ロシア国内では、高精度のCNC工作機械を生産することが出来ないだけではなく、精度が落ち、民需用の生産向けのCNC工作機械も、生産能力がほぼない、あるいは少なくとも、需要に応じて生産量を拡大することが出来ない、ということであろう。軍需用の高精度の精密金属製機器の生産用機械について、ロシア国内で生産することが出来ず、欧州製等の高精度の機械を輸入せざるを得ないのみならず、非軍需向けの精度の劣る工作機械を含めたCNC工作機械一般を増産できない、あるいは生産できない状況になっている、といえる。

 旧ソ連は、国際競争力は別として、当時の先端的な工作機械を自国内で生産し、旧ソ連圏内に供給していた。自給的生産体制をソ連圏として維持していたのである。だからこそ、米ソ対立の中で、自立的工業先進国として、高度な軍需製品を生産し、米国側に対抗していた。そのソ連が崩壊して30年余が経過した。その過程で、ロシアを中心とした旧ソ連の非工業化が進行した。ロシアは、原油やガスの輸出国への特化が進行し、先端的工業製品のみならず繊維製品等を含め工業製品を幅広くかつ数多く輸入するようになり、特に欧州から輸入するようになった。その欧州製の高精度の金属加工機械を使用して、ロシア製の先端的な武器の金属部分の加工・生産を行っている。このことが、ロシアの軍需産業の宣伝用の動画を通してみて取れるのである。

宣伝用動画ということであれば、通常、自国産の先端機械を使用した工場を登場させるものであろうが、そのような状況には全くないことから、欧州製そして日本や台湾製の先端工作機械を多用する兵器工場を紹介したのであろう。しかも、欧州からの工作機械の輸入が止まった中でも、依然として欧州製の機械を中心に兵器を製造している動画をアップしている。これは、自らの生産能力が、欧州からの直輸入が困難になっても、従来の水準を維持していることを強調したいがゆえであろうか。中国経由の欧州製工作機械の輸入も中国からの輸入に計上されている可能性もある税関統計であるが、この記事の図の注記によれば、利用している統計は税関統計だが、登録された原産国別に計上されているとしている。それゆえ、税関統計を利用しているが、この場合は生産国別の統計と言えそうである。

 

同時に注目すべきことは、金属部品加工の中核部分である工作機械に関して、従来の主要輸入元からの輸入が止まっても、自国製の工作機械生産へと最大努力を投入するという方向ではなく、他の多少精度等が劣る機械が輸入可能であれば、それの輸入に頼らざるを得ない先進兵器生産国が、現在のロシアということである。自立、ないしは自給可能な工業生産国から程遠い状況にあることを、この記事は示唆している。言い換えれば、従来の輸入元からの輸入が途絶しても、それを国内生産での代替とする方向での経済的、政治的力が十分には働かない、あるいは働かせられない、かつての先進工業国ということになる。他方で、中国製の「先進的」工作機械を豊富に輸入することは、今のロシアにとって可能だということになる。急ぎの増産のためには、自国内での基盤産業の再生を待っていられないし、待っていなくとも他の供給源が存在する、ということになる。

 

今回のウクライナ侵略による米欧等からの経済制裁により、先進工業製品の直接的な輸入が困難化したことが、ロシアに非工業からの脱出を可能とさせ、再先進工業化へと転進させる契機になる可能性の存在を考えていた私にとって、今回の記事は、その道への転進がほとんど進展していないこと、あるいは進展しそうにもないことを示唆する貴重なロシア工業状況の紹介となったと言える。旧ソ連時代から生産する能力がなかった先進半導体を依然として生産できないだけではなく、ロシア工業は、かつては生産していた(その当時の)先進的工作機械の国内生産も困難な「非工業国」となった、ということなのであろう。ロシアの再工業化の核となる先端半導体や先端工作機械を開発生産する能力を確保し、ロシア経済が再先進工業化を目指すような可能性が、全く示唆されないどころか、ほぼ否定されているようなFTの記事であった。

 

「先端的」中国工業製品の輸入が可能であり、欧州からの輸入が経済制裁で制約されても、それをすり抜けることが非工業化したロシア経済にとって可能である。そして、それがウクライナ侵略戦争の継続を可能とするロシアの自国での兵器生産を実現させている。同時に、長期的にはロシア経済の非工業化の徹底化、中国の先進工業化の進展という結果をもたらしている。このように見ることも可能なようである。

さらには、このような状況は、近い将来、ロシアは、先進工業化し巨大国内市場をもつ中国経済に対して、原油等の一次原料を豊富に供給することで経済成長を維持する、中国経済依存の周辺国になる可能性も示唆していると言えよう。中国経済にとってみれば、ロシアは国境を接した諸国の1つとして、他の旧ソ連構成の中央アジア諸国、カザフスタンのような国と同様に、世界最大の中国経済の工業生産を軸とした発展のための、有力な素原料供給国となる、というのがロシア経済の今後の展望であることを示唆するような記事とも言える。プーチン大統領の素原料輸出依存の経済成長政策、それによる国民経済の当面の発展確保は、ロシア経済にとって、長期的にはより一層の非工業化という、大きな代償を将来支払うことになると言えそうである。

 

 プーチン政権下で、欧州への素原料供給・工業製品輸入国としての豊かさ追求の一定の実現が、ウクライナ侵略の開始とその長期化により、自立的工業国へと再転換するのではなく、素原料供給・工業製品輸入国としてはそのままで中国へのそれに転換し、中国の周辺国として新たな発展展望を模索せざるを得ないことになる。これが、ウクライナ侵略が長期的にはロシア工業にとって意味することのようであり、その可能性を示唆する記事といえよう。

ロシアは、国民生活水準の向上を、この転換を通して維持していけるのであろうか。あるいは、ロシア国民は、ヨーロッパ製ではなく、中国製、そしてインド製やトルコ製の消費財の輸入で満足するのであろうか。

ウクライナ侵略が長期化し、長引けば長引くほど、これらの点についての懸念は強まることになる。モスクワでスターバックスが撤退し、もじりのスターズ・コーヒーが生まれた話どころの問題ではない。


やはり、プーチン大統領にとって、キーウ進軍の形でのウクライナ侵略開始は、短期で傀儡政権樹立のための侵略であり、ハンガリー動乱やプラハの春の旧ソ連軍侵攻による鎮圧の再現を夢想していた、ということであろう。旧ソ連の中のウクライナなのだから、ロシア人の多いウクライナなのだから、と、ロシア軍の侵攻で一挙に傀儡政権の樹立が可能だと、夢見ていたのであろう。その代償は、極めてロシア経済にとっても大きなものとなる。

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