2022年6月7日火曜日

6月7日 FT ロシアの半導体調達関連の記事を読んで

 Gross, Anna & Max Seddon, 

‘Sanctions trigger Russian technological crisis’ ( FT, 3 June 2022, p.3)を読んで

渡辺幸男

 

 この記事の副題は「ウクライナ侵略ゆえにかされた半導体チップやハードウェアに対する輸出規制は、経済的な圧力を強めている」である。

 この記事で興味深いことの1つは、データセンターサービスの拡張を求めているSberbankといったロシアの大銀行が、ロシアの地場の半導体メーカーの能力について評価を下している内容である。いくつか半導体の開発を行うロシアの地場の企業は存在しており、名前が上がっているが、それらはこれまで、製造そのものは台湾やヨーロッパのファウンドリに依存していた、ということである。ここへきて、ロシアの地場の企業が所有する工場に切り替え、「ロシア固有の技術でworthy processors」を作り出したとしているが、Sberbankは、これらのロシアの半導体開発企業の開発したチップは「catastrophically」にテストに失敗し、インテルのチップに遠く及ばないとしている。

 またこの点との関連で、本記事に掲載された図が大変興味深い。それは「ロシアのチップの輸入のほとんどはアジアから」という図である。2020年のロシアの輸入金額で中国が5億ドル近くと、他を圧しているのはまだチップの大量消費地であり、そこを経由地として使っていることは理解可能である。が、2位がマレーシアで2億5千万ドル強、半導体生産国である韓国や日本が数千万ドルから8千万ドルくらい、また、フィリピン、タイ、シンガポールも数千万ドルから6千万ドルくらいであるが、「それ以外のアジア」がグラフの中で3番目の多さで2億ドル余となっている。また、ベラルーシが米国と並び6千万ドルぐらいである。いずれにしても、ロシアがこれまでも、主要な半導体生産企業が立地する国から直接輸入しているというよりも、多様な流通ルートを通し、グレイマーケットから調達していることを、この図は反映しているのであろう。

 少なくとも、チップを開発設計し、販売している国の企業から直接購入しているのではないことは、確かなようである。

 

 以上のように図でも示されているように、ロシアの当局等は、アジアやアフリカのブローカー経由でグレイマーケットからの調達をおこなってきている、とされているが、それもここへきて枯渇してきているとのことである。そこで、ロシア当局は、中国のファウンドリでの生産へと移行することを模索しているが、北京当局が救済の手を差し伸べていると思われるような証拠はほとんどない、としている。

 また、ロシア国内企業がサーバーをロシア国内企業のものへ切り替えているが、国内企業のクラウドサーバーそのものに必要な先進的なチップが手に入らないと、クラウド運営企業がロシア当局に訴えているとのことである。

 

 このような記事内容から見えてくることは、半導体製造について、開発を行なっている企業は何社かあるが、中国系のファウンドリのレベルでみても最新の半導体をまともに生産可能なロシア系企業は存在せず、ましてや、当然のことだがTSMCやインテルに対抗できるような生産技術水準の企業は存在しない、ということである。さらに、これまでロシア系企業が半導体を調達していたグレイマーケットも枯渇し始めており、ますます調達困難となっている、ということでもある。

 こうして見てくると、この点からも、ロシアはかつて旧ソ連時代に作り上げていた勢力圏内完結型の工業生産体制を完全に失ったといえる。しかも単に勢力圏内完結型や勢力圏内フルセット型では無くなっただけではなく、先進的技術の担い手も失い、中国を含めた国外企業への依存抜きにはクラウドも維持できなくなってきている、ということが言えそうである。さらに単にいくつかロシア内で調達できないものがあるという意味で海外依存になっている、ということではなく、先進技術総体を海外企業群に依存せざるを得ない状況、よくて工業中進国だといえる水準へと移行していると思わざるを得ない状況となっている。

旧ソ連時代は、国際競争力はないが、ソ連圏内完結型の工業生産体制を構築し、圏内生産体制を前提に先進的兵器・航空宇宙産業を構築していた。それが、ロシア化した30年間の中で、大きく後退したといえる。少なくとも、この記事を通して見えるのは、現代の産業の米と言われる半導体等について、先進的な開発・生産能力に大きく欠ける水準にある、ということである。それゆえ、クラウドコンピューティング等についても、ほぼ全面的に海外企業による部材供給に依存しなければならないということになる。すなわち、クラウドコンピューティング自体を行うことができる国内企業は存在しているが、自国内で部材調達を行うことでは、それらのシステムを構築できなくなっている、ということである。

ここでも、ロシアというそれなりに巨大な国民経済内に立地することが必要な機能、この場合は、多分にロシア政府の意向ゆえにということであるが、これは国内立地し得たとしても、それらの企業が機能を発揮するために必要な部材のうち、先進的な工業製品については、国内生産による国内調達をすることはできない、ということになる。近代工業の水準を規定してきた工作機械について、ほぼ全面的に海外依存という状況になったということを、このブログでも先に紹介した。ロシアの場合、それだけではなく、半導体といった新たな先端部品、兵器を含めた多くの工業製品の機能を根本的に規定するような部材についても、国内生産ができない状況にあること、しかも、ロシア国内企業群が、直接的に開発生産するメーカーから調達することが困難であること、これらが、この記事により、かなり明確に示されたことになる。

先端工業製品に対する市場はそれなりにありそうだが、ただ、その大きさは本記事によれば、「ロシアの半導体消費量は、世界の半導体の1%以下」ということであり、この市場が失われることは、中国立地の企業を含め、世界の半導体メーカーにとっては大きな損失とはならないといえる。他方で、ロシアにとっては、先端半導体が自由に手に入らないことは、兵器を含めた先端的工業製品やそれを生産する資本財の生産にとって、大きな痛手となることを意味する。

天然資源が豊富ゆえに進行しているロシアの「非工業化」、その1側面が、ここでも出現している。天然資源輸出で、手っ取り早く国民生活水準を回復させたプーチン政権の、それなりの成功の成果の1つが、最重要先端工業部門の開拓実現の欠落として結実した、といえそうである。

 

 

 

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