2022年6月10日金曜日

6月10日 日経記事「ロシア車最大手、生産再開」を読んで

日経記事「ロシア車最大手、生産再開」

202269日、夕刊、3版、3ページ)を読んで

渡辺幸男

 

 日経の69日付の夕刊に掲載された、執筆記者の名前が入っていない「タス通信が伝えた」という記事に目が止まった。それによると、ロシアの自動車最大手アフトワズが乗用車「ラーダ」について、4月下旬から生産が止まっていたものを、ここへきて生産を再開するということである。「今回の生産再開は、輸入部品の不足を回避するため、可能な限り現地化を進め実現したという」(アンダーラインやゴチ化は渡辺による、以下同様)ことである。また、アフトワズの株式の68%を、仏ルノーが、今後6年間の買い戻しの権利を持つ形で、ロシアの政府系科学機関に売却するとのことも紹介されている。

 まずは、この記事からロシアブランドである「ラーダ」は、フランスのルノーの現地子会社となった企業が生産していたこと、輸入部品に依存して生産されていたこと、これらのことが示唆される。同時に、この記事によれば、「可能な限り」であるが、「現地化」を進めることで、生産再開に漕ぎ着けた、ということになる。なお「ウィキペディア」によれば、2017年にアフトワズはロシア国内で約31万台を生産したとのことである。

 生産再開でどのくらいの生産規模を実現する見込みなのか、全く書かれていないが、10万台オーダーくらいなのであろうか。ルノー日産系の子会社化していた企業の生産車で、部品の多くを輸入に依存していた乗用車の生産を、それなりの規模でもって、かつ国内で生産される部品を利用することで、生産の再開が可能だということなのであろうか。そうであれば、私がこれまでロシア工業について推測していたこと、「非工業化」の進展という認識は、ほぼ間違っていたことになろう。その意味でも大変興味深い記事である。

 私自身は、ロシアの工業状況を、いくつかの資料や著作を通して観察し、「非工業化」が進展し、工業、特に広義の機械工業について、その基盤産業を喪失しているのではないか、という推測を行ってきた。旧ソ連時代にはそれなりに存在していた基盤産業が、ここ30年で消滅し、ほぼ輸入代替となった、というのが、私が「非工業化」という時の含意の1つである。上記の記事の意味するところが、必要に応じ、輸入部品を国内生産の部品に切り替え、例えば10万台規模で乗用車を生産可能であるということであれば、未だ機械工業の基盤産業が、それなりに層として存在している、ということになる。本当にそうなのであろうか。まずは、ラーダそのものは旧ソ連時代から続くブランドで、ネットで検索する限り、見た目での大きなモデルチェンジは行われていないようである。しかし、一方で、ウクライナ侵略に伴う経済制裁で部品不足が生じた、ということは、見た目は別として、ルノー傘下の企業になったこととどのように関連するか分からないが、車のコンセプトには大きな変化がないが、中身は輸入部品中心になっていたということであろう。それを「可能な限り(調達を)現地化」、すなわち、素直に読めば部材生産をロシア国内生産品に切り替えると読める。何年も前に輸入部品に切り替わったものを、数ヶ月で国内生産部品に切り替えることができる、ということであれば、これはこれでロシアの機械工業の基盤産業は健在ということを意味しよう。本当なことなのであろうか。

 私の理解する「非工業化」状況が、現在のロシア工業の状況なのであれば、ここでの再開は、国内の補修用等でストックされていた既成の部品を掻き集め、あるいは解体された中古の車の部品の良いところだけ取り出し、それらを集めて補修再生し、「新車」を組み立てる、ということではないのか。ラーダの中古車はそれなりの数で存在するはずであるから、このような補修用部品と中古車からの回収再生部品を、一定量集めることは、短(中)期的には可能であろう。あるいは、ラーダと共通部品が存在すると考えられるルノー等の部品等については、本来の組み付け用部品として生産している部品メーカー等から直接調達するのではなく、半導体のようにアジア等のグレイマーケットから、イミテーションパーツも含め、調達し輸入するといったことも考えられる。これならば、かなりの期間にわたって調達可能であろう。「可能な限り現地化を進め実現した」としているが、どの程度まで現地生産化を実現でき、足りない部分をどう補ったのか、全く不明である。

 また、上記の前者か後者かで、私の理解するロシア工業の「非工業化」が妥当な理解なのかどうかが決まるといえよう。

 あるいは、ある意味、その中間で、一応国内生産の部材を中心にラーダが組み立てられるが、その製品の良品率は、顕著に低下する、ということであれば、多少なりとも基盤産業は残っているが、量産機械の生産を安定的に行うだけの精度を実現できる水準ではないということになる。

ウクライナ侵略の際に数多く飛ばしているロシア製のミサイルについて、全てが額面通りまともに飛行するのではなく、3個に1個はそれなりに飛行することもなく、さらに、まともに目標に到達するのは、残りの2個のうちの1つに過ぎない、といった話が伝わってきている。ロシアの中では最も工業生産能力が残っているはずの兵器で、この水準である。乗用車を純国産部品に戻した場合、ないしはグレイマーケットからの調達部品をそれに組み込んだ場合、いわば旧ソ連時代の「ラーダ」に近いものに戻すということになるが、その良品率はどのような水準になるのであろうか。部材のかなりの部分を国内で新規生産できるとしたら、その結果として、ロシア国内で生産された部材の品質水準を知ることができるので、生産された「ラーダ」のある意味での「出来」が大変興味深いことになる。

 もし、そうであれば、かつての旧ソ連時並みの基盤産業は、規模はかなり縮小しているとしても、まだそれなりに存在しているということになろう。「ラーダ」の生産再開の際の部材の調達状況と、そこから作られる乗用車の水準が、実際のところどうなのか、実態をこの目で見てみたいものである。元産業論研究者としての血が騒ぐ。

 2000年代初頭に、偶然なのであるが、中国産業の実態調査に参加でき、中国語文献も読めるようにと慶應外語の生徒となり、ダイナミックに発展する中国産業の実態を、自分の目で確かめ、自分なりの中国産業発展についての考えを、調査を共にした中国産業研究の先達の方々に学びながら、展開できた。

同じようなことをロシアについてできないものか・・・。年齢、環境、共に無理と言っているのは承知だが。

  工業発展で交錯する旧ソ連(ロシア)と中国、そして日本と韓国・台湾、既存の理論の当て嵌めで評価するのではなく、実態を見て、その論理化を通して対比する。このような実態調査研究が欲しい。 

付論 ネットで漫然とアフトワズの車の生産再開についての記事を眺めていたら、生産が再開される車の装備は、完全に電子化以前の状態に戻り、近年、通常の乗用車に装備された電子機器類は、ロシアにとって輸入困難のため、それらの装備がない、旧ソ連時代の乗用車装備のものが生産再開されるとされるとあった。電子機器関連の装備が、ロシア国内で調達困難なことは、よく理解できる。が、このことの含意は、旧ソ連時代の乗用車部品については、それなりの精度と量でもって、ロシア国内で生産できる、ということになる。本当だろうか。

 旧ソ連が解体し、ロシア国内で生産される乗用車も、ルノーに買収されたアフトワズを含め、外資系が生産主体となり、しかもWTO加盟で部品の現地調達率の規制も顕著に低下した状況下で、どれほど、ロシア国内にまとまった量の部品を生産できる企業が立地しているのであろうか。私には大変疑問に思える点である。さらに言えば、部品の金属加工を行う工作機械は、ほとんど輸入品となっていることはジェトロの調査報告書が示しているところである。一時は、輸入済みの工作機械を使用し、それなりの機械加工中心の部品の生産は可能であったとしても、制裁が長引けば、工作機械の劣化が生じ、乗用車部品としての精度を保てなくなる可能性が大である。生産を担う企業、熟練労働者、工作機械、いずれも、使用されなくとも時間が経てば、陳腐化し、腐ってしまう。長期にわたって冷凍保存できるような代物ではなく、生きている、使っていて、さらには必要に応じて新人が入り、更新してこそ維持できるものである。これが30年間、どこに存在していたのであろうか。補修用?

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