改めて「垂直統合」の対語は何かを考える その2
「垂直統合」と「水平分業」
「きょうのことば」と日経編『1997年版 経済新語辞典』との対比を通し
日本経済新聞2021年2月6日朝刊、13版、3ページに「きょうのことば」欄で、これまで何回も本ブログで取り上げてきた日経での「水平分業」概念が正面から取り上げられていた。まずは、そこでの概念規定を引用する。「水平分業は技術開発や原料調達、組み立て工程などを、異なる企業が得意分野を生かして協力するビジネスモデルのこと」とある。そして対概念である「垂直統合」については「1つの企業が開発・生産のすべてを受け持つ」ものとしている。
私には、繰り返しになるが、なぜ、片方が「水平」であり。他方が「垂直」なのかが理解できない。「分業」(企業間分業ないしは社会的分業のことであろう)と「統合」(企業内分業のみの場合)が対語であることは、理解できるのであるが。
そこで、手元にあった、昔買った日本経済新聞社編『1997年版 経済新語辞典 第1版』(日本経済新聞社、1996年)を見てみた。そこでは、「水平分業」と言う概念は取り上げられておらず、似たものとして「水平的分業」と言う概念の項目があった。また、「垂直統合」もなく、あるのは「垂直的分業」と言う概念であった。そこでの「水平的分業」とは、「水平的国際分業ともいう。A国は自動車、B国は船を生産して互いに交換するというように、2国間で工業製品(あるいは原材料品)をやり取りする分業で、垂直的分業に対する言葉」(同書、227ページ)と述べられている。他方「垂直的分業」については、「垂直的国際分業ともいう。先進工業国と発展途上国との間で、先進国が資本集約的な工業製品を生産し、発展途上国の原材料品と交換すると言う形の国際分業で、水平的分業に対する言葉」(同書、226ページ)とされている。
この日経が出版した辞書での分業(この場合は企業間分業ではなく国際分業だが)における「水平」と「垂直」は、同じレベルの工業製品同士や原材料同士での国家間(企業間)分業関係が「水平」で、原材料と工業製品といった広い意味での工程上の川上と川下での国家間の分業関係が「垂直」であるとしており、分業上の位置関係の差異を表現していると理解される。この水平と垂直の使い分けについて、「きょうのことば」での「水平分業」は、辞書の概念規定で言えば、垂直的な位置関係にある部分が企業間分業をしていることを指し、「垂直統合」は、垂直的な位置関係にある部分が同一企業内に統合されていることを意味すると、私には考えられる。
少なくとも、日経辞書での「水平的分業」を念頭におけば、工程的には「垂直統合」と同じ工程について、企業間で分業をする関係を指す概念を「水平」分業とは呼ぶことはできない。「垂直」的な工程の企業内統合と企業間分業の差異と言うべきであろう。日経風に言えば、「垂直統合」と「垂直分業」と言うことになろう。私は「垂直的統合」(「垂直的企業内分業」)と「垂直的企業間分業」ないしは「垂直的社会的分業」(マルクス経済学的に)といいたいが。
ここからは、私の勝手な推測である。何故、日経が川上・川下関係として連続する各工程を企業内に統合するのを「垂直統合」と呼ぶのに対し、連続する各工程の一部を他企業に委託したりするのを「水平分業」と呼ぶようになったのか。この点を推測してみたい。
かつて、日本の巨大企業による外注取引関係という川上と川下として連続する工程をめぐる取引関係の多くは「対等ならざる」取引関係で、下請取引関係と呼ばれていた。そして、その多くの場合、自社製品を構成する部品やそれらの加工工程という意味で自社が必要とする特定の工程を、完成品機械生産巨大企業が従属的な地位にあるが所有的には独立企業である下請中小企業に外注していた。今でもこのような関係は続いているが。
その際の1つの下請外注形態として、OEM発注というのがある。巨大企業が、自社で開発した製品や完成部品の最終組立を、他社、多くは中小企業ないしは中堅企業であるが、それ等に外注し、自社製品として販売する形態である。取引の形式的な形態としては、現在のアップル等のファブレスメーカーと鴻海精密工業等のEMSとで行われている取引関係と、極めて類似した受発注形態である。しかし、現代では有力EMSは巨大化しており、電気・電子機器メーカーとEMSとの取引には、鴻海精密工業とアップルとの取引のような巨大企業同士の取引関係も多く含まれる。巨大企業が一部を中堅・中小企業にOEM外注する、日本に多く見られた「対等ならざる」外注取引関係、すなわち下請取引関係とは、取引関係上での力関係が大きく異なっている。
そのような力関係が大きく異なっているのが明確なのが、電子機械製品でのファブレスメーカーとEMSとの受発注関係であり、半導体のファブレスメーカーとファウンドリとの受発注関係である。ファウンドリは半導体の製造受託企業であり、かつて日系電機メーカーが下請受託組立生産専門企業に組立工程をOEM発注していたのと、形式的にはほぼ同様な取引関係の下で再生産している。しかし、取引上の力関係を見れば、全く異なる可能性が高い。とくにTSMCに至っては、生産技術的には世界最先端であり、そのために巨大な投資をする先端生産技術の巨大企業となっている。ファブレスメーカーとの取引関係としては「対等ならざる」受発注取引関係、すなわち下請取引関係ではなく、「対等な」受発注取引関係であるといえる。かつて、私が見たような伊那の組立のみを受注する農村工業中小企業、組立方法の習得から組立用設備まで発注側大企業に依存していたそれとは、企業としての存立能力や発注側企業との取引上の力関係について全くの別物である。
かつて「垂直的分業」は、先に引用した日経の辞書でも明示されているように、先進工業国の工業製品と発展途上国の原材料との「垂直的国際分業」も意味していた。ここでは先進国の工業製品が価値実現上で優位であると言われていた。それゆえ、「垂直」に同一製品の工程間関係という意味以外に、「対等ならざる」関係の意味をも含めて捉える向きもあったようである。優位にあるものと劣位にあるものとの取引関係、「対等ならざる」取引関係を含意しているかのような理解である。工程的に川上の部門が川下の部門との取引で優位か劣位か、はたまた対等であるかは、供給、需要それぞれの側での競争のあり方によって規定される。トヨタ自動車はサプライヤーに対し優位な立場にあり続けていることは明らかだが、部品メーカーのインテルやエヌビディア は、取引相手の完成品メーカーとの取引で劣位どころか、優位な取引関係を実現している。垂直的な取引関係のどこに存立するかが、取引上の優位や劣位を決めるものではない。すなわち垂直分業ないしは垂直的企業間分業は、工程上の川上と川下つながりを表現する「垂直」概念と企業間分業関係を表現する「分業」との結合概念であり、取引上の力関係と本来は無関係な概念である。
このような取引上の力関係と無関係な概念である「垂直的分業」が、その分業の1形態である下請取引や発展途上国と先進工業国との垂直的国際分業と重なることで、「垂直」という概念に「対等ならざる」取引関係を含意する理解が、全く間違った理解であるにもかかわらず生じていた。ここにEMSやファウンドリといった、受託生産者でありながら、巨大企業で先端生産技術を担う企業が出現した。ここから、日経新聞の混乱が始まったと、私は理解している。
「対等ならざる」取引という含意を「垂直」概念に入れ込んだことで、半導体でのファブレスメーカーとファウンドリとの取引関係を、「対等ならざる」取引であることを含意することになってしまう「垂直分業」とは言えないと、勝手に連想することになる。誤解が誤解を生み、「対等な」取引関係であり、すなわち「垂直」でない取引関係であるからとして、「垂直」ではない対等な関係すなわち「水平」な取引関係であると展開し、「垂直統合」の対概念が「水平分業」となった。そしてその「水平分業」概念を一般化するために、日経の「きょうのことば」で、改めて概念規定し、権威づけたといえよう。日経がかつて出版した用語辞典での用例を無視しても、ということになる。
さらに「きょうのことば」と同日の日経に掲載された水平分業の概念図が、単に水平分業というだけではなく水平分業ネットワークとなり、本文でのファウンドリをめぐる分業の実態、すなわち工程のつながりの中の部分部分を他の企業が担うという、工程の流れの中での企業間分業を概念図化したものとは、似ても似つかない水平分業ネットワークの図となった。つまり、前後の工程間分業上の繋がりであるはずが、それとは全く異なる多方向性のつながりを持つ、かつ企業間のつながりに工程の流れを意味する矢印のない方向性のない繋がりの図となり、さらに、訳が分からなくなっているといえよう。
困ったものである。
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