「垂直型」と「水平型」、 改めて「垂直統合」の対語は何かを考える
半導体製造をめぐる社会的分業の進展
− ファウンドリ、TSMCの位置と先端性の実現をめぐる論点 −
中山淳史「アマゾンとインテルの明暗」(Deep Insight)
(日本経済新聞、2021年2月6日、8ページ)
これまでも指摘してきた現代の半導体製造における、企業間分業のあり方についての議論がまた、ここでも取り上げられた。「垂直統合型」としてインテルの生産体制、半導体の企画から製造販売までそしてアフターサービスまでを同一企業内で行う体制を紹介し、それに対して、アーム社の「コア」を使用してCPUを開発する形態を「水平分業型」と呼んでいる。そしてこの「垂直型より水平型」といった形に省力表記している。
しかも、図解まであり、垂直統合型は、企画から販売そしてアフターサービスまで一串になっており、特定1企業に担われていることを示す図となっている。それに対し、アーム社が「コア」を開発し、それをもとに各社がCPUを開発し、ファウンドリ(各社)がCPUを製造し、開発した企業が販売する、という事例は水平分業(ネットワーク)型とされ、A社が多数の取引先と取引しているネットワーク状の状況で示されている。
しかし、本文で述べられているのは、半導体の規格開発の「コア」をアーム社が提供し、これについて使用を許可された半導体開発諸企業、ファブレスメーカーが「コア」をもとにして自社の独自な(用途の)半導体をそれぞれ開発し、それをファウンドリ(各社)が受託製造し、出来上がった委託製造した製品を開発した半導体企業、ファブレスメーカー各社がそれぞれ販売し、その販売数量に応じてアーム社に「コア」使用料を払うというもののであり、垂直的関係にある諸機能の一部を(ファブレス)メーカー以外の企業が担当する、企業間分業となっているに過ぎない。垂直(的)企業間分業と言うべき例が、本文では紹介されている。なぜ、これを「水平」型と言い、ネットワーク型と呼ぶのであろうか。
繰り返すが、「垂直」関係の意味は連続する工程間を、企業内であろうと企業間であろうと分担する関係を述べ、「水平」関係のいみは、同じ次元の異なる製品や部品の生産を分担する、これまた企業内であろうと企業間であろうと、そのような関係を意味している。半導体で言えば、DRAMとフラッシュメモリー、あるいはCPUと車載用半導体等々が、キオクシアとインテルとのような多様な企業により企業間分業で担われることもあれば、サムソン電子のように多様な半導体を水平統合的に生産している企業も存在している。
出所:日本経済新聞、2021年2月6日朝刊、13版、8ページ
アーム社の「コア」を使ったCPU等について図示すれば、この記事に使われる水平分業の中心にあるA社がまさにアーム社と言うことになろうか。より、正確に表現すれば、以下のようにするのがより適切であろう。
ファブレスメーカー絡みの先端半導体の企画開発生産
開発から販売までの流れとそれらの担い手企業群
(アーム系半導体の場合)
「コア」半導体の基本設計の開発
アーム社
⬇️
「コア」をベースに半導体開発設計
メディアテック クアルコム エヌビディア等々の
ファブレスメーカー
⬇️
開発半導体の製造の委託先・受託企業
(最先端製品)TMSC、(その他)他のファウンドリ企業群も
⬇️
半導体の販売
メディアテック クアルコム エヌビディア等々の
ファブレスメーカー
この図からも明らかなように、同一製品の企画開発から製造販売に至る川上から川下の工程を、いくつかの企業が分業して担う、「垂直」的関係以外の何者でもない。垂直(的)企業間分業を通しての最先端半導体群の生産となろう。
いずれにしても、川上から川下への製品の開発から販売への流れの矢印が示されないような、双方向での取引関係を含むようなネットワーク状の繋がりではない。半導体メーカー(ファブレスメーカー)は、メディアテック等であり、アーム社は「コア」の提供企業、TSMCは半導体受託生産企業である。それらの企業が半導体の企画開発から生産そして販売の垂直的諸段階の各部分を担い、それぞれが専門化し、企業間分業を構成しているのである。
同じ日の日経の記事として、1面には、「半導体「持たざる経営」転機」、「有事の供給にリスク」「台韓、シェア43%」と言う見出しのついた記事がトップで掲載されている。「水平分業」(私の言う「垂直企業間分業」)の結果、開発するメーカーは米国企業群の優位だが、ファウンドリの生産能力が台韓中心であることを指摘し、製造部門を持たないことへの疑問が呈されている。
しかし、米国、ましてや日本の半導体メーカーは、製造に関して台湾のTSMCそして韓国のサムスン電子のファウンドリ部門にも大きく遅れ、先端半導体の生産では、TSMCに依存せざるを得ない事実と、そのよって至る由来の議論については欠落している。そもそも、ファブレスメーカーは、最先端のファウンドリに依存することを前提に、先端半導体メーカーは最先端ファブレスメーカーとして再生産している。日系企業と異なり、米系企業にはファウンドリの有力企業が存在し、あるいは存在していたが、競争の中で、先端製造技術ではTSMCに大きく遅れをとった、しかし、そのTSMCの使用する先端半導体製造装置は、オランダのASMLの露光装置をはじめとして米欧日の半導体製造装置メーカーの開発した製品が中心である。グローバルな生産体系の中での線幅競争で、いま、TSMCが単独首位となった、と言うことである。競争相手がサムスン電子以外にも存在し、それらが遅れをとっている。しかし、日系企業と異なり、有力なファウンドリは米国等には存在している。
かつて、主要燃料を海外に依存することの有事における危険性が、日本でも指摘された。しかし、原油利用の優位性ゆえ、危険性を無視して経済性重視で行動した企業が生き残った。半導体でも、先端能力を実現した台湾メーカーに依存せずには、ファブレスメーカー間の先端製品での競争には生き残れない、と言えるであろう。上記の1面の記事の中にも、日系企業である「ルネサスエレクトロニクスは半導体不足を受けてTSMCに委託していた製品の一部を自社の国内工場での生産に切り替えた。生産コストは上がるが、自動車メーカーなどへの納入優先で決断に踏み切った」(アンダーラインは引用者)とするが、「「せっかく確保してきたTSMCの生産割り当てを手放してもいいのか」」と言う疑問を紹介している。価格面での不利問題だけであれば、このような対応も可能だが、TSMCのみが実現した線幅を不可欠とする先端半導体では、このような対応を行うことは不可能である。その分野からの撤退、ないしは大幅後退を覚悟せざるを得ないことになる。
原油と同じで、原油並みの一次エネルギーを国内で調達可能にするか、原油の輸入が途絶えないように、調達先の分散とともに、グローバルな市場環境の維持に努めるか、有事への対応方法としては、いずれしかないであろう。半導体の製造や、先端半導体の調達についても。当面、先端的半導体生産や多くの先端半導体の開発を、自国内で実現することが見通せない日系企業にとっては、後者のグローバル市場環境の維持に努めることが第一であり、有事に備えて劣位な国内生産の維持を強引に進めるのは半導体関連の日系企業全体の国際競争力を削ぐこと以外の何者でもない。長期的には、半導体製造においても、国際競争力を持つ受託生産企業を、政策的に育成することを考えると言う選択肢も存在するが、それも、今の状況では、当面、不可能に近い。TSMCと競合し、それに伍していけるだけの製造技術の開発を、どのような主体が、どのように担うかは、私には、今のところ答えのない問いである。それを希求すれば実現するかのような議論が、数年前の中国経済経営学会の報告でもあったが、画餅以外の何者でもないと、その報告を聞いた当時感じたが、今やさらに強く感じている。
半導体製造用先端材料、フッ化水素の禁輸をめぐる日韓の対立が、韓国国内での生産実現で輸入代替可能となってきていると言う記事が、2月7日付の日経(「韓国半導体「脱日本」着々と」7ページ)に出ていた。このような特定の部分的な材料の生産の一定水準への高度化であれば、年単位の時間をかければ、先進工業国の企業間であれば、キャッチアップ可能なことを、この事実は示している。しかし、日々高度化する総合的な生産体系については、キャッチアップは容易ではない。先に中山氏が執筆した記事でも、TSMCと3番手のインテルの線幅競争の予測として、現在、TSMCは5nmを実現しているが、インテルは2023年に7nmの量産見込みを実現するとし、TSMCはその翌年の24年には2nmでの量産を実現している可能性があると紹介している。今ある水準に追いつくだけではなく、日々高度化しているフロントランナーに追いつくのは、簡単なことではない。多くの場合、競争の土俵が変わることを契機に、フロントランナーが入れ替わることが多く、そうでない場合は、生じにくいといえよう。
内製すなわち垂直統合を軸に先端半導体についての先端製造を主導してきたインテルでも、一度遅れた状況を取り戻し、先行企業と並ぶことは、極めて困難なことが示されている。そのために、CEOの交代さえも生じているのである。
他方で、日経の2月6日の1面の記事は、自国以外の製造受託企業に委託することの危うさ、政治的な騒乱の可能性のゆえの危うさに言及している。しかし、何故、インテルのように垂直統合型の生産体制企業がかつては主流だったのに、現在では垂直分業型の企業が、先端半導体では主流なのか、その転換の論理を、丁寧に確認することはない。
現在の先端的な半導体が、かつて日系企業群が主導したDRAMといったメモリーやインテルのMPUのように、基本的に高度化の方向性が一方的であり、かつ先端的半導体であるとともに汎用の部品としての半導体でもあり、それぞれの段階で極めて大量の単一種の部品が生産され、単一部品専用の生産体系が先端的な技術水準と量産水準を実現できた、半導体生産の発展段階があった。それを他の半導体の生産に応用する形で、多品種少量生産の半導体生産も生産技術水準として高度化した。追随的ではあるが。
しかし、現代においては、半導体の量産の意味が、特定の半導体製品専用の量産体制での高度化から、多様な半導体を同時並行的に生産する中での量産体制、そして生産技術高度化へと変化した。その変化に最後まで抵抗し、かつそれに成功し孤高を保っていたのがMPUのインテルである。サムスン電子は、先端的なメモリー等で量産を実現するとともに、受託生産のファウンドリとしても先端的生産体系を実現し、受託生産を幅広く行っている。それにたいし、TSMCは受託生産のみを幅広く行うことで、先端半導体生産体系の構築に専心し、結果、それの最先進化に成功したと言える。多様な半導体を多様かつ多数の受託先から受注し、量産効果を実現するとともに、先端的生産体系を構築する。有力受託生産者ゆえ可能な、総量としての生産量の巨大化を生かし、半導体設計における変化も追い風とし、多様な半導体を総量として多数生産することでの量産効果を実現し、巨大な投資を意味あるものとすることを可能とし、生産体系の先進化に専心することで、生産での最先端化を実現し、今や先端的生産技術企業の中での優位を、2位3位のサムスン電子やインテルに対しても実現した。
私自身が理解できないことは、半導体の線幅の微細化を実現する上で、決定的な意味を持つオランダのASMLの露光装置を購入することは、オーム社の「コア」を先端半導体企業が多数購入し使用料を払って利用していることと同様に、受託かどうかに関わらず他の半導体製造企業にも可能であるはずである。それにも関わらず、インテルやサムスン電子といったこれまで先端生産技術を追求し、それをTSMCに伍して実現してきた、先端生産技術投資を惜しみなくしてきた企業が、TSMCに線幅競争で大きく遅れたことである。ASMLの同じ露光装置を使っても、TSMCと同様どころか大きく劣る経済的に意味をなさない歩留まり率でしか生産をすることができない、と言うことなのであろうか。そうであれば、ASMLの露光装置を使いこなせない、と言うことになる。ASMLの先端的な露光装置さえ手に入れば、TSMC並みの線幅を実現できる、と言うわけではなさそうである。ASMLの露光装置入手は必要条件だが、先端線幅実現のための十分条件ではなさそうである。
確かに、新聞記事を眺めると、先端線幅の実現にはASMLの露光装置は不可欠だが、それに加えるにいくつかの先端部材の存在と、それらを生産技術として使いこなす能力が問われていることがわかる。露光装置や部材が先端のもので、それらを集めれば、線幅も先端化すると言うものでもないことが見えてくる。しかし、どこにTSMCにとって生産技術上の優位性の肝があるのかは、よくわからない。
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