2021年2月16日火曜日

2月16日 73歳の誕生日を再来週に控えての大きな決断

73歳の誕生日を再来週に控えての大きな決断

 

 今朝、昨日までは全く考えていなかった決断をしました。

 今日は、運転免許証の更新時期が近づき、早くから申し込んでいた高齢者講習を受ける予定の日でした。二宮の自宅を9時前に出て、小田原市鴨宮の自動車学校まで車で行き、2時間ほどの講習、座学と検査、そして実習を受ける予定でした。講習の必要を知らせる葉書を昨年受け取るとすぐに講習を予約し、ようやく、迎えた日と言えます。

 朝、体温を測るように昨日教習所からの連絡があったので、いつものように体温を測りました。自分の平熱であり、問題がないことを確認しました。そして血圧を測ったところ、ここ1年ほど無かった高い値が出ました。上も下も両方の値が極めて高く、数回測っても下がりませんでした。昨日までと何が違うのか考え、教習所まで車で行き、そこで実習を含めた検査を受ける、このことが血圧に反映したと気がつきました。最近、いつも出かけていない場所に、自分で運転し行くときには、かなり緊張していたことを思い出しました。

 血圧は高いのですが、私の場合、頭が痛い等の自覚症状は全くありません。車を運転している時に高くなり、気がつかないまま、その時、私の基礎疾患である不整脈がらみで血栓ができ脳梗塞等を起こしたら、と想像しました。自分だけ静かに最後を迎えるのではなく、他の方々を巻き込んでしまう事故を起こす可能性が、極めて高くなります。免許を持っていれば、車を運転したくなります。どうしたら良いか、朝、血圧を何回か測りながら、考えました。

 自分の出した結論は、免許証の更新をせず、免許証の期限が切れるまでは、近所の慣れたところだけを運転する、ということでした。4月初めに免許証の期限が切れます。その後は、妻の運転に依存した生活、一昨年の4ヶ月にわたる入院そして退院後、まさに数ヶ月、そのような生活をしていました。その生活に戻ることにしました。そのことを決め、お茶を飲み、血圧を測り直しました。血圧は、多少高めですが、いつもの水準に戻っていました。

 8時半に教習所が開くので、その時間を待ち連絡を入れ、今日の高齢者講習の予約をキャンセルしました。ドタキャンなのですが、赦していただきました。更新をしないことを一応決め、7時ごろに妻に話し、それからキャンセルをするまでの1時間余、「それでいいのか」、という自問の繰り返しで過ごしました。他の方を巻き込むリスクを考え、正しい決断だと、自分に繰り返し、言い聞かせました。

 

 車に乗らないことを決めたことで、いろいろなことが必要になります。免許証が身分証明書になっていたので、マイナンバーカードも作らないでいましたが、今後はそうはいかなくなります。マイナンバーカード用のまともな写真、自撮りではなかなかうまく撮れません。また、現在2台の車を持っているのですが、それをどうするか、いずれも1ヶ月余りのうちに結論を出す必要があります。大きい方の車は、2月初めに2回目の車検を通したばかりです。しばらくまともに乗れなかったので、これから、本格的に乗りたいと思ってのことです。これも断念することにしました。

 

 私は、18歳になると同時くらいに運転免許を取得し、それから、母親の乗っていたトヨタコロナの中古車を自分用にも使い、そして20歳くらいからは、父親の仕事の関係での付き合いで購入したマツダのルーチェ1600(当時のマツダの乗用車で一番大きな車)に乗ったり、日産のスカイラインGTX(結婚したとき、この車にエアコンがついていなかったので妻が呆れていました)に乗ったりし、子供が増えた1990年前後からは8人乗りのワンボックスカーでの家族ドライブを楽しみ、すべての子供が独立したことで、5年前にXトレイルにしました。それでも7人乗り、どの子供たちの家族が来ても迎えに行けるように。半世紀以上にわたる車との付き合いです。一昨年、長期入院する前までは、車の運転を素直に楽しむことができました。ちょうど半世紀楽しんだということになります。大きな事故もなく、車と付き合えた事、感謝のみです。

 一昨年4月の手術により、入院前には完全に麻痺していた右足も、今では平地ならば杖なしで歩けるように回復したのですが、まだ、痺れは残り、それを意識して、この1年余は大変緊張して運転してきた事は確かです。それゆえの免許更新のための高齢者講習日での異常な血圧の高さとなったと思います。これまで、大きな事故を起こさず過ごしてきました。免許証の期限が切れる4月初めまでも、慣れた道だけの運転に限定し、運転する際には心して運転し、他人を巻き込むような事故だけは起こさないように努めるつもりです。そうすれば、無事、優良運転者で免許証の有効期限を迎えることができるでしょう。 

2021年2月15日月曜日

2月15日 小論 改めて「垂直統合」の対語は何かを考える その2

改めて「垂直統合」の対語は何かを考える その2

「垂直統合」と「水平分業」

「きょうのことば」と日経編『1997年版 経済新語辞典』との対比を通し

 

 日本経済新聞202126日朝刊、13版、3ページに「きょうのことば」欄で、これまで何回も本ブログで取り上げてきた日経での「水平分業」概念が正面から取り上げられていた。まずは、そこでの概念規定を引用する。「水平分業は技術開発や原料調達、組み立て工程などを、異なる企業が得意分野を生かして協力するビジネスモデルのこと」とある。そして対概念である「垂直統合」については「1つの企業が開発・生産のすべてを受け持つ」ものとしている。

 私には、繰り返しになるが、なぜ、片方が「水平」であり。他方が「垂直」なのかが理解できない。「分業」(企業間分業ないしは社会的分業のことであろう)と「統合」(企業内分業のみの場合)が対語であることは、理解できるのであるが。

 そこで、手元にあった、昔買った日本経済新聞社編『1997年版 経済新語辞典 第1版』(日本経済新聞社、1996年)を見てみた。そこでは、「水平分業」と言う概念は取り上げられておらず、似たものとして「水平的分業」と言う概念の項目があった。また、「垂直統合」もなく、あるのは「垂直的分業」と言う概念であった。そこでの「水平的分業」とは、「水平的国際分業ともいう。A国は自動車、B国は船を生産して互いに交換するというように、2国間で工業製品(あるいは原材料品)をやり取りする分業で、垂直的分業に対する言葉」(同書、227ページ)と述べられている。他方「垂直的分業」については、「垂直的国際分業ともいう。先進工業国と発展途上国との間で、先進国が資本集約的な工業製品を生産し、発展途上国の原材料品と交換すると言う形の国際分業で、水平的分業に対する言葉」(同書、226ページ)とされている。

 この日経が出版した辞書での分業(この場合は企業間分業ではなく国際分業だが)における「水平」と「垂直」は、同じレベルの工業製品同士や原材料同士での国家間(企業間)分業関係が「水平」で、原材料と工業製品といった広い意味での工程上の川上と川下での国家間の分業関係が「垂直」であるとしており、分業上の位置関係の差異を表現していると理解される。この水平と垂直の使い分けについて、「きょうのことば」での「水平分業」は、辞書の概念規定で言えば、垂直的な位置関係にある部分が企業間分業をしていることを指し、「垂直統合」は、垂直的な位置関係にある部分が同一企業内に統合されていることを意味すると、私には考えられる。

 少なくとも、日経辞書での「水平的分業」を念頭におけば、工程的には「垂直統合」と同じ工程について、企業間で分業をする関係を指す概念を「水平」分業とは呼ぶことはできない。「垂直」的な工程の企業内統合と企業間分業の差異と言うべきであろう。日経風に言えば、「垂直統合」と「垂直分業」と言うことになろう。私は「垂直的統合」(「垂直的企業内分業」)と「垂直的企業間分業」ないしは「垂直的社会的分業」(マルクス経済学的に)といいたいが。

 

 ここからは、私の勝手な推測である。何故、日経が川上・川下関係として連続する各工程を企業内に統合するのを「垂直統合」と呼ぶのに対し、連続する各工程の一部を他企業に委託したりするのを「水平分業」と呼ぶようになったのか。この点を推測してみたい。

かつて、日本の巨大企業による外注取引関係という川上と川下として連続する工程をめぐる取引関係の多くは「対等ならざる」取引関係で、下請取引関係と呼ばれていた。そして、その多くの場合、自社製品を構成する部品やそれらの加工工程という意味で自社が必要とする特定の工程を、完成品機械生産巨大企業が従属的な地位にあるが所有的には独立企業である下請中小企業に外注していた。今でもこのような関係は続いているが。

 その際の1つの下請外注形態として、OEM発注というのがある。巨大企業が、自社で開発した製品や完成部品の最終組立を、他社、多くは中小企業ないしは中堅企業であるが、それ等に外注し、自社製品として販売する形態である。取引の形式的な形態としては、現在のアップル等のファブレスメーカーと鴻海精密工業等のEMSとで行われている取引関係と、極めて類似した受発注形態である。しかし、現代では有力EMSは巨大化しており、電気・電子機器メーカーとEMSとの取引には、鴻海精密工業とアップルとの取引のような巨大企業同士の取引関係も多く含まれる。巨大企業が一部を中堅・中小企業にOEM外注する、日本に多く見られた「対等ならざる」外注取引関係、すなわち下請取引関係とは、取引関係上での力関係が大きく異なっている。

 そのような力関係が大きく異なっているのが明確なのが、電子機械製品でのファブレスメーカーとEMSとの受発注関係であり、半導体のファブレスメーカーとファウンドリとの受発注関係である。ファウンドリは半導体の製造受託企業であり、かつて日系電機メーカーが下請受託組立生産専門企業に組立工程をOEM発注していたのと、形式的にはほぼ同様な取引関係の下で再生産している。しかし、取引上の力関係を見れば、全く異なる可能性が高い。とくにTSMCに至っては、生産技術的には世界最先端であり、そのために巨大な投資をする先端生産技術の巨大企業となっている。ファブレスメーカーとの取引関係としては「対等ならざる」受発注取引関係、すなわち下請取引関係ではなく、「対等な」受発注取引関係であるといえる。かつて、私が見たような伊那の組立のみを受注する農村工業中小企業、組立方法の習得から組立用設備まで発注側大企業に依存していたそれとは、企業としての存立能力や発注側企業との取引上の力関係について全くの別物である。

 かつて「垂直的分業」は、先に引用した日経の辞書でも明示されているように、先進工業国の工業製品と発展途上国の原材料との「垂直的国際分業」も意味していた。ここでは先進国の工業製品が価値実現上で優位であると言われていた。それゆえ、「垂直」に同一製品の工程間関係という意味以外に、「対等ならざる」関係の意味をも含めて捉える向きもあったようである。優位にあるものと劣位にあるものとの取引関係、「対等ならざる」取引関係を含意しているかのような理解である。工程的に川上の部門が川下の部門との取引で優位か劣位か、はたまた対等であるかは、供給、需要それぞれの側での競争のあり方によって規定される。トヨタ自動車はサプライヤーに対し優位な立場にあり続けていることは明らかだが、部品メーカーのインテルやエヌビディア は、取引相手の完成品メーカーとの取引で劣位どころか、優位な取引関係を実現している。垂直的な取引関係のどこに存立するかが、取引上の優位や劣位を決めるものではない。すなわち垂直分業ないしは垂直的企業間分業は、工程上の川上と川下つながりを表現する「垂直」概念と企業間分業関係を表現する「分業」との結合概念であり、取引上の力関係と本来は無関係な概念である。

 このような取引上の力関係と無関係な概念である「垂直的分業」が、その分業の1形態である下請取引や発展途上国と先進工業国との垂直的国際分業と重なることで、「垂直」という概念に「対等ならざる」取引関係を含意する理解が、全く間違った理解であるにもかかわらず生じていた。ここにEMSやファウンドリといった、受託生産者でありながら、巨大企業で先端生産技術を担う企業が出現した。ここから、日経新聞の混乱が始まったと、私は理解している。

「対等ならざる」取引という含意を「垂直」概念に入れ込んだことで、半導体でのファブレスメーカーとファウンドリとの取引関係を、「対等ならざる」取引であることを含意することになってしまう「垂直分業」とは言えないと、勝手に連想することになる。誤解が誤解を生み、「対等な」取引関係であり、すなわち「垂直」でない取引関係であるからとして、「垂直」ではない対等な関係すなわち「水平」な取引関係であると展開し、「垂直統合」の対概念が「水平分業」となった。そしてその「水平分業」概念を一般化するために、日経の「きょうのことば」で、改めて概念規定し、権威づけたといえよう。日経がかつて出版した用語辞典での用例を無視しても、ということになる。

さらに「きょうのことば」と同日の日経に掲載された水平分業の概念図が、単に水平分業というだけではなく水平分業ネットワークとなり、本文でのファウンドリをめぐる分業の実態、すなわち工程のつながりの中の部分部分を他の企業が担うという、工程の流れの中での企業間分業を概念図化したものとは、似ても似つかない水平分業ネットワークの図となった。つまり、前後の工程間分業上の繋がりであるはずが、それとは全く異なる多方向性のつながりを持つ、かつ企業間のつながりに工程の流れを意味する矢印のない方向性のない繋がりの図となり、さらに、訳が分からなくなっているといえよう。

 困ったものである。 

2021年2月11日木曜日

2月11日 小論 改めて「垂直統合」の対語は何かを考える

「垂直型」と「水平型」、 改めて「垂直統合」の対語は何かを考える

 

半導体製造をめぐる社会的分業の進展

   ファウンドリ、TSMCの位置と先端性の実現をめぐる論点 −

 

中山淳史「アマゾンとインテルの明暗」(Deep Insight

(日本経済新聞、202126日、8ページ)

 これまでも指摘してきた現代の半導体製造における、企業間分業のあり方についての議論がまた、ここでも取り上げられた。「垂直統合型」としてインテルの生産体制、半導体の企画から製造販売までそしてアフターサービスまでを同一企業内で行う体制を紹介し、それに対して、アーム社の「コア」を使用してCPUを開発する形態を「水平分業型」と呼んでいる。そしてこの「垂直型より水平型」といった形に省力表記している。

 しかも、図解まであり、垂直統合型は、企画から販売そしてアフターサービスまで一串になっており、特定1企業に担われていることを示す図となっている。それに対し、アーム社が「コア」を開発し、それをもとに各社がCPUを開発し、ファウンドリ(各社)がCPUを製造し、開発した企業が販売する、という事例は水平分業(ネットワーク)型とされ、A社が多数の取引先と取引しているネットワーク状の状況で示されている。

 しかし、本文で述べられているのは、半導体の規格開発の「コア」をアーム社が提供し、これについて使用を許可された半導体開発諸企業、ファブレスメーカーが「コア」をもとにして自社の独自な(用途の)半導体をそれぞれ開発し、それをファウンドリ(各社)が受託製造し、出来上がった委託製造した製品を開発した半導体企業、ファブレスメーカー各社がそれぞれ販売し、その販売数量に応じてアーム社に「コア」使用料を払うというもののであり、垂直的関係にある諸機能の一部を(ファブレス)メーカー以外の企業が担当する、企業間分業となっているに過ぎない。垂直(的)企業間分業と言うべき例が、本文では紹介されている。なぜ、これを「水平」型と言い、ネットワーク型と呼ぶのであろうか。

繰り返すが、「垂直」関係の意味は連続する工程間を、企業内であろうと企業間であろうと分担する関係を述べ、「水平」関係のいみは、同じ次元の異なる製品や部品の生産を分担する、これまた企業内であろうと企業間であろうと、そのような関係を意味している。半導体で言えば、DRAMとフラッシュメモリー、あるいはCPUと車載用半導体等々が、キオクシアとインテルとのような多様な企業により企業間分業で担われることもあれば、サムソン電子のように多様な半導体を水平統合的に生産している企業も存在している。



出所:日本経済新聞、202126日朝刊、13版、8ページ

 

 アーム社の「コア」を使ったCPU等について図示すれば、この記事に使われる水平分業の中心にあるA社がまさにアーム社と言うことになろうか。より、正確に表現すれば、以下のようにするのがより適切であろう。

 

ファブレスメーカー絡みの先端半導体の企画開発生産

開発から販売までの流れとそれらの担い手企業群

(アーム系半導体の場合)

 

「コア」半導体の基本設計の開発

アーム社

⬇️

「コア」をベースに半導体開発設計

 メディアテック クアルコム エヌビディア等々の

ファブレスメーカー

⬇️

開発半導体の製造の委託先・受託企業

(最先端製品)TMSC、(その他)他のファウンドリ企業群も

⬇️

半導体の販売

メディアテック クアルコム エヌビディア等々の

ファブレスメーカー

 

この図からも明らかなように、同一製品の企画開発から製造販売に至る川上から川下の工程を、いくつかの企業が分業して担う、「垂直」的関係以外の何者でもない。垂直(的)企業間分業を通しての最先端半導体群の生産となろう。

 いずれにしても、川上から川下への製品の開発から販売への流れの矢印が示されないような、双方向での取引関係を含むようなネットワーク状の繋がりではない。半導体メーカー(ファブレスメーカー)は、メディアテック等であり、アーム社は「コア」の提供企業、TSMCは半導体受託生産企業である。それらの企業が半導体の企画開発から生産そして販売の垂直的諸段階の各部分を担い、それぞれが専門化し、企業間分業を構成しているのである。

 

同じ日の日経の記事として、1面には、「半導体「持たざる経営」転機」、「有事の供給にリスク」「台韓、シェア43%」と言う見出しのついた記事がトップで掲載されている。「水平分業」(私の言う「垂直企業間分業」)の結果、開発するメーカーは米国企業群の優位だが、ファウンドリの生産能力が台韓中心であることを指摘し、製造部門を持たないことへの疑問が呈されている。

 しかし、米国、ましてや日本の半導体メーカーは、製造に関して台湾のTSMCそして韓国のサムスン電子のファウンドリ部門にも大きく遅れ、先端半導体の生産では、TSMCに依存せざるを得ない事実と、そのよって至る由来の議論については欠落している。そもそも、ファブレスメーカーは、最先端のファウンドリに依存することを前提に、先端半導体メーカーは最先端ファブレスメーカーとして再生産している。日系企業と異なり、米系企業にはファウンドリの有力企業が存在し、あるいは存在していたが、競争の中で、先端製造技術ではTSMCに大きく遅れをとった、しかし、そのTSMCの使用する先端半導体製造装置は、オランダのASMLの露光装置をはじめとして米欧日の半導体製造装置メーカーの開発した製品が中心である。グローバルな生産体系の中での線幅競争で、いま、TSMCが単独首位となった、と言うことである。競争相手がサムスン電子以外にも存在し、それらが遅れをとっている。しかし、日系企業と異なり、有力なファウンドリは米国等には存在している。

 

 かつて、主要燃料を海外に依存することの有事における危険性が、日本でも指摘された。しかし、原油利用の優位性ゆえ、危険性を無視して経済性重視で行動した企業が生き残った。半導体でも、先端能力を実現した台湾メーカーに依存せずには、ファブレスメーカー間の先端製品での競争には生き残れない、と言えるであろう。上記の1面の記事の中にも、日系企業である「ルネサスエレクトロニクスは半導体不足を受けてTSMCに委託していた製品の一部を自社の国内工場での生産に切り替えた。生産コストは上がるが、自動車メーカーなどへの納入優先で決断に踏み切った」(アンダーラインは引用者)とするが、「「せっかく確保してきたTSMCの生産割り当てを手放してもいいのか」」と言う疑問を紹介している。価格面での不利問題だけであれば、このような対応も可能だが、TSMCのみが実現した線幅を不可欠とする先端半導体では、このような対応を行うことは不可能である。その分野からの撤退、ないしは大幅後退を覚悟せざるを得ないことになる。

 原油と同じで、原油並みの一次エネルギーを国内で調達可能にするか、原油の輸入が途絶えないように、調達先の分散とともに、グローバルな市場環境の維持に努めるか、有事への対応方法としては、いずれしかないであろう。半導体の製造や、先端半導体の調達についても。当面、先端的半導体生産や多くの先端半導体の開発を、自国内で実現することが見通せない日系企業にとっては、後者のグローバル市場環境の維持に努めることが第一であり、有事に備えて劣位な国内生産の維持を強引に進めるのは半導体関連の日系企業全体の国際競争力を削ぐこと以外の何者でもない。長期的には、半導体製造においても、国際競争力を持つ受託生産企業を、政策的に育成することを考えると言う選択肢も存在するが、それも、今の状況では、当面、不可能に近い。TSMCと競合し、それに伍していけるだけの製造技術の開発を、どのような主体が、どのように担うかは、私には、今のところ答えのない問いである。それを希求すれば実現するかのような議論が、数年前の中国経済経営学会の報告でもあったが、画餅以外の何者でもないと、その報告を聞いた当時感じたが、今やさらに強く感じている。

 半導体製造用先端材料、フッ化水素の禁輸をめぐる日韓の対立が、韓国国内での生産実現で輸入代替可能となってきていると言う記事が、27日付の日経(「韓国半導体「脱日本」着々と」7ページ)に出ていた。このような特定の部分的な材料の生産の一定水準への高度化であれば、年単位の時間をかければ、先進工業国の企業間であれば、キャッチアップ可能なことを、この事実は示している。しかし、日々高度化する総合的な生産体系については、キャッチアップは容易ではない。先に中山氏が執筆した記事でも、TSMCと3番手のインテルの線幅競争の予測として、現在、TSMCは5nmを実現しているが、インテルは2023年に7nmの量産見込みを実現するとし、TSMCはその翌年の24年には2nmでの量産を実現している可能性があると紹介している。今ある水準に追いつくだけではなく、日々高度化しているフロントランナーに追いつくのは、簡単なことではない。多くの場合、競争の土俵が変わることを契機に、フロントランナーが入れ替わることが多く、そうでない場合は、生じにくいといえよう。

 内製すなわち垂直統合を軸に先端半導体についての先端製造を主導してきたインテルでも、一度遅れた状況を取り戻し、先行企業と並ぶことは、極めて困難なことが示されている。そのために、CEOの交代さえも生じているのである。

 

 他方で、日経の26日の1面の記事は、自国以外の製造受託企業に委託することの危うさ、政治的な騒乱の可能性のゆえの危うさに言及している。しかし、何故、インテルのように垂直統合型の生産体制企業がかつては主流だったのに、現在では垂直分業型の企業が、先端半導体では主流なのか、その転換の論理を、丁寧に確認することはない。

現在の先端的な半導体が、かつて日系企業群が主導したDRAMといったメモリーやインテルのMPUのように、基本的に高度化の方向性が一方的であり、かつ先端的半導体であるとともに汎用の部品としての半導体でもあり、それぞれの段階で極めて大量の単一種の部品が生産され、単一部品専用の生産体系が先端的な技術水準と量産水準を実現できた、半導体生産の発展段階があった。それを他の半導体の生産に応用する形で、多品種少量生産の半導体生産も生産技術水準として高度化した。追随的ではあるが。

しかし、現代においては、半導体の量産の意味が、特定の半導体製品専用の量産体制での高度化から、多様な半導体を同時並行的に生産する中での量産体制、そして生産技術高度化へと変化した。その変化に最後まで抵抗し、かつそれに成功し孤高を保っていたのがMPUのインテルである。サムスン電子は、先端的なメモリー等で量産を実現するとともに、受託生産のファウンドリとしても先端的生産体系を実現し、受託生産を幅広く行っている。それにたいし、TSMCは受託生産のみを幅広く行うことで、先端半導体生産体系の構築に専心し、結果、それの最先進化に成功したと言える。多様な半導体を多様かつ多数の受託先から受注し、量産効果を実現するとともに、先端的生産体系を構築する。有力受託生産者ゆえ可能な、総量としての生産量の巨大化を生かし、半導体設計における変化も追い風とし、多様な半導体を総量として多数生産することでの量産効果を実現し、巨大な投資を意味あるものとすることを可能とし、生産体系の先進化に専心することで、生産での最先端化を実現し、今や先端的生産技術企業の中での優位を、2位3位のサムスン電子やインテルに対しても実現した。

 

私自身が理解できないことは、半導体の線幅の微細化を実現する上で、決定的な意味を持つオランダのASMLの露光装置を購入することは、オーム社の「コア」を先端半導体企業が多数購入し使用料を払って利用していることと同様に、受託かどうかに関わらず他の半導体製造企業にも可能であるはずである。それにも関わらず、インテルやサムスン電子といったこれまで先端生産技術を追求し、それをTSMCに伍して実現してきた、先端生産技術投資を惜しみなくしてきた企業が、TSMCに線幅競争で大きく遅れたことである。ASMLの同じ露光装置を使っても、TSMCと同様どころか大きく劣る経済的に意味をなさない歩留まり率でしか生産をすることができない、と言うことなのであろうか。そうであれば、ASMLの露光装置を使いこなせない、と言うことになる。ASMLの先端的な露光装置さえ手に入れば、TSMC並みの線幅を実現できる、と言うわけではなさそうである。ASMLの露光装置入手は必要条件だが、先端線幅実現のための十分条件ではなさそうである。

 確かに、新聞記事を眺めると、先端線幅の実現にはASMLの露光装置は不可欠だが、それに加えるにいくつかの先端部材の存在と、それらを生産技術として使いこなす能力が問われていることがわかる。露光装置や部材が先端のもので、それらを集めれば、線幅も先端化すると言うものでもないことが見えてくる。しかし、どこにTSMCにとって生産技術上の優位性の肝があるのかは、よくわからない。

  

2021年2月4日木曜日

2月4日 早春の花 クリスマスローズと白梅

 クリスマスローズが本格的に咲き始めました。

何年も前に種がこぼれ、実生が育ち、

鉢が増え、

いくつもの蕾をつけ始めました。


蒼空とのコントラスト、
早春の楽しみです。

庭の白梅も、花盛りを迎えています。
蒼空に冴えています。

立春が過ぎ、いよいよ春、
早春の花々が、我が家のエントランスと庭を賑やかにしてくれます。
池の鯉は、まだ、深みに固まっていますが。