2018年5月24日木曜日

5月24日 小論 日経記事、中村裕「中国CATL首位疾走」を読んで

日経記事、中村裕「中国CATL首位疾走」2018523日、第13版、p.8
を読んで 渡辺幸男

 この記事のサブタイトルは、「EV電池 世界から技術者」「規模のメリットで優位」「国家戦略ありきの成長」「外資電池は補助金対象外」と、4つもついている。さらに、グラフでは、2011年創業の福建省寧徳市に立地する寧徳時代新能科技(CATL)が、2017年にはEV用電池で世界一になり、EV用電池メーカー上位10社のうち7社までが中国系であることを示し、また、CATL3年で一気に世界一の出荷実績を誇るに至った急成長の姿が示されている。
 さらに本文の中で、私が大変興味を持った事実がいくつかある。その1つは、CATL2011年創業の極めて若い企業であると同時に、リチウム電池メーカーとしては、TDKの中国現地の電池子会社ATLとしての実績を持っており、そこから「分離・独立」した企業であるということである。もともとリチウム電池メーカーであるが、スマホ向け等の小型電池を生産していたのが、独立し、大容量の車載電池を手がけた、という事実である。リチウム電池メーカーとしての基本的な生産技術についてのベースは存在してスタートしたことを、このことは意味している。
 さらに注目されるのは、車載電池を手がけるにあたって、ボッシュ等の海外の自動車部品の大手メーカーから技術者を大量にスカウトしていること、また海外から電池研究の権威を開発の責任者に迎えていること、これでまずは開発人材の中核部分の強化を図っている。TDKの中国現地子会社としては、あくまでも開発を行わない生産子会社であったはずだが、研究開発人材を大量に海外から確保し、それで自ら車載電池開発に乗り出しているということである。これは、この記事でも中核的に取り上げられている。
 同時に注目すべきは、記事では簡単に、「電池の製造技術がこの数年で急速に進歩し、・・・「装置産業化」が著しくなったこと」で、「大量に製造し、資金力のある企業がさらに有利に」なったという記事内容である。ここで言われていることの裏にあるのは、資金があれば、製造装置は、グローバルに外部調達できるという事実である。しかもCATLは一挙に世界最大規模への設備投資をしている企業であるから、車載電池関連の製造装置を開発販売している企業にとっても、大変魅力的な顧客となる。単に大量に買ってもらえるだけではなく、新分野としての車載電池の生産装置の開発を同時に行うことが可能となる顧客といえる。
 逆に言えば、現代においては、特定製品の生産を目指す企業にとって、資金豊富であり積極的に設備投資を行うならば、最新の製造装置をグローバルに調達でき、多くの場合、それを通して最新の開発途上の装置を、他に先行して手にすることができることを意味している、と示唆される。かつて、IBMが汎用コンピュータで覇権を握っていた時期において、IBMは製造装置まで内製化していた。また現代でも多くのグローバルトップの製品メーカーが、製造装置を内部化し、競合他社が製造装置を自由に手に入れることができないようにしている。その際たるものはファスナーメーカーのYKKであると、最近、仲間の研究者から聞く機会があった。もしそのような状況にリチウム電池の生産があったなら、このようにグローバルに製造装置を調達し、一挙に大量生産ラインを立ち上げることが可能となるような状況は生じようがなかったであろう。
 しかし、現在の電子機器等の産業分野では、かつてのIBMや現在のYKKに見られるような状況と大きく異なり、専門の製造装置メーカーが存在し、グローバルに供給している。しかも、積極的に設備投資をする企業とであれば、最新の開発途上の設備機械を実用化する過程を含め、自らの持つ最新の設備機械を販売する状況にある。製造装置メーカー間の競争優位のためにも、製造装置メーカーにとっても、積極的に設備投資を行う顧客とともに製造装置の開発を行うことは重要である。このような点では、台湾のTSMCがファウンドリとして、半導体製造装置メーカー群と共同で世界最先端の半導体生産ラインの構築に成功していることが、その典型的な事例といえよう。
 また、資金については、深圳市場への上場で「2千億円以上の資金を調達」と記事にもあるように、中国メーカーにとって、たとえ創業数年の新興企業であろうとも、積極的な事業展開を資金市場の資金供給側に対して示せば、多様なルートで多額の資金を調達可能となる。
 優れた人材、豊富な資金、最新鋭の製造装置を手にし、結果として、独立して6年で、CATLは世界一の車載用リチウム電池メーカーとなった。ここで、本記事では、「国家戦略ありき」という形で、中国政府の政策が重要であった、と指摘される。確かに、海外の電池メーカーを差別し、中国系電池メーカーに中国なEVPHVの車載電池需要を集中させたことは、政策の結果、ないしは成果であるといえよう。これがなければ、中国メーカー群のここまでの急成長は生じなかったであろう。同時に、この記事は、「電池を中国メーカー57社から調達しなければ、・・・補助金を支給しない」と述べている。中国の電池メーカーは数社ではなく、57社もあり、特定少数の中国メーカーが優遇されているのではない。多数の企業による極めて競争が激しい中での、いくつかの企業の急成長が生じていることがわかる。
それとともに、優遇された中国市場で成長することで、グローバル市場で見て上位10社のうち7社までが中国メーカーで占められるということも生じていることが注目される。グローバルに見て巨大な急成長する中国市場があり、そこで多数の中国系企業が激しい競争をしており、その中でいくつもの企業が積極的に開発し生産拡大し、CATLが、今、そのトップを占めている。このように言えるのである。
 このようなことは、いくら政策的に自国系企業からの調達を義務付けても、中国市場の巨大さがなければ、生じようのないことである。また、巨大な中国市場であるからこそ、その市場にもっぱら依存する企業が多数存在しても、それらの企業群内での競争を通して、そこから世界一の生産規模を実現する企業が生まれてきているし、10大メーカーのうち7社までが中国系ということになりえたのである。国内市場が急速に形成されていることは、中国の車載電池メーカーの今後にとって極めて重要である。少し前のソーラーパネル産業でも、多数の中国メーカーの参入と、その中でいくつかの企業の急成長が見られた。しかし、ソーラーパネル自体の需要は海外市場依存で、その海外市場の状況が大きく変化したために、成長途上で激しい淘汰が生じている。それに対して車載電池では、もっぱら国内市場依存であるので、しかもその市場が政策もあって急成長することがほぼ確実であることから、ソーラーパネルのような息切れは、当面生じないであろう。

 何れにしても、本記事から読み取れることは、中国国内市場の巨大さの下での新市場形成が、新興企業群による極めて激しい競争を通して行われ、そこから多くの世界的規模の企業が新たに生まれているということである。その形成と発展に必要な、人材、技術と製造装置、資金は、中国内からに限定されず広くグローバルに国外からも集めることが可能であり、その制約はない。この事例ではリチウム電池生産のためのベースとなる技術を持っている企業が事例だが、それも含め、経営諸資源について外部依存でも、市場を発見・開拓・確保し、戦略的に展開するならば、もっぱら中国市場に依存することで、先端産業でさえ世界最大の企業となりうる。このような時代が到来したことを示しているといえよう。
 中国市場が持つ意味、世界第2位のGDPの市場が持つ意味、購買力平価で見れば、すでに第1位の市場が持つ意味ということができよう。日系乗用車メーカーにとっては、米国市場での高いシェアの実現を通してのみ可能であった、グローバル市場でのフロントランナー化は、米国市場での存在感が今ひとつなVWの場合には、中国市場での高いシェアの実現により可能とされた。まさにこれこそ、世界経済での中国市場の意味の変化を象徴する事実ということができる。これが、乗用車市場以外でも実現し始めたというのが、車載電池についてのこの記事の持つ最大の含意と言えるのかもしれない。

 このような中国車載電池市場の状況から見えてくる、日系企業にとっての活躍可能な場としての含意はどこか。パナソニックの中国内生産による中国製EV補助金対応電池認定への努力や、テスラと組んでの孤独な車載電池市場での戦いが1つであろう。それとともに、基幹部材の供給者や電池生産設備等の資本財の供給者としての存在が重要となる。電子機器の多くの最終製品で、日系企業のグローバルシェアは低下しているが、同時に、電子機器の基幹部材や製造装置の生産供給では、日系企業は依然として高いシェアをいくつもの分野で維持している。組立用設備機械や半導体製造装置といった分野である。これと同様なことが、車載電池でも生じるのであろうか。あるはすでに生じ始めているのかもしれない。

追記:日経記事、「EV電池中国企業と開発」「世界最大手 ホンダ、量販者向け」
2018524日、13版、p.1 より
 上記の記事の翌日、日経1面でCATLとホンダが、中国販売向けの量販車で、車載電池の共同開発を行うことが報じられた。同記事では、日産も18年中国販売の「量販EV」に同社の電池を採用するとも報じられている。同時に、ホンダは既存のHVでは「パナソニックやGSユアサとの共同出資会社から電池を調達している」とのことである。

 この記事をあわせて見るならば、より一層、中国市場の、主要乗用車メーカーにとっての重要性が浮かび上がってくる。中国製電池の乗用車のみが、中国市場では中国政府のEV補助金を得ることができる、とされていることから、中国外企業は、中国市場への依存を維持するために中国製電池を使用するか、それとも中国市場での販売鈍化を受け入れるかを、事実上、迫られていることになる。そこでの選択は、たとえホンダのようにすでに日系電池メーカーと共同出資の車載電池メーカーから車載電池を調達している企業でも、あえて中国系メーカーから電池を調達することを甘受する、ということであることを、この記事は示している。
 しかし、同時に注目すべきは、少数の中国系車載電池メーカーからの調達を義務付けられているのではなく、調達先企業の選択や共同開発の余地があることも、これらの記事は示している。国内企業については、特定の少数の国内企業を優遇するのではなく、政策的には、国内企業を競争させながら、中国外企業に中国市場確保のために、有効な提携相手を選択させ、また共同開発させているということになる。その中で、かねてより車載電池を手がけてきたBYDよりも、日系企業の流れをくみ、2011年創業で技術開発に熱心と見える新興のCATLが、多くの外資系企業によって選択され、結果としてCATLが世界最大の車載電池メーカーとなったと見ることができる。
 中国での新興企業の可能性は、巨大な新市場ないしは巨大既存企業が支配を貫徹できない市場が一挙に形成されること、それに対応可能な規模の巨大な資金を集めることが可能なこと、そしてその資金をグローバルな人材確保に活かし、またグローバルに製造設備を調達することで活かすことができること、そして、それらの条件を活かせる戦略を持てば、どんな新しい企業であっても、スマホでの小米等がそうであるように、一挙に巨大企業化できるという形で存在する。これが今の中国の産業発展の1側面である。このような状況が、また車載電池でも実証されようとしている。

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