2018年2月16日金曜日

2月16日 小論 日本の機械金属工業中小企業の存立展望を考える

日本の機械金属工業中小企業の存立展望を考える
   −日本公庫総研レポート2017-4に触発されて−
渡辺幸男

目次

はじめに

1 2つの調査結果の一覧表

2 上記一覧表を踏まえた総研レポートとセンター調査の注目点

3 両調査での事例の諸特徴
-1 センター調査 機械金属工業企業10事例について

-2  総研レポート 機械金属工業企業(機械用消耗品を含む)9事例について

4 2つの報告書からの示唆

5 何故、このような差異が生じたのか

6 今後の展望 まとめにかえて




はじめに
 日本公庫総研レポートNo.20174『国内生産減少に立ち向かう中小製造業の生き残り策』20176月(以下、総研レポート、と略す)を送っていただきながら、今年に入って送っていただいた『日本政策金融公庫 調査月報』No.112No.113の2つの号で、足立裕介氏の論文「電気機械産業における中小企業の生き残り策 国内外を取り巻く厳しい事業環境」と「同 技術の蓄積を生かす新分野開拓」を拝見するまで、目を通すことなく、放っていた。この足立氏の論文を拝見し、上記総研レポートの存在に改めて目を通したくなった。
 それというのも、私も主査として調査と執筆に参加し、1998年に調査が行われ、1999年に報告書が刊行された、社団法人中小企業研究センターの調査研究報告No.99『急成長する中小企業(RGSME)の成長要因と市場行動』(以下、センター調査、と略す)と、ある意味内容が大きく重なるように見えたからである。約20年間で、日本の機械工業中小企業の中での、いわば優等生とみなされる企業が、どのような存在であるか、それは、20年たって時代環境が変わっても、優秀な中小企業というのは大きく変わらないものなのか、あるいは環境変化ゆえに優秀さの中身や存立形態に大きな変化が生じているものか、興味が湧いたからである。
 さらに言えば、両レポートとも、分析内容が紹介されているだけではなく、調査事例について個別に紹介が行われている点でも、私にとっては、大変興味深いレポートと見えた。さらに言えば、総研レポートの「はじめに」で、レポートをまとめ、月報に論文を執筆された足立裕介氏が調査とレポート作成において、私にとっては院生時代からの中小企業研究仲間である嘉悦大学教授の三井逸友氏がアドバイスしたと書かれていた。偉そうに言えば、三井氏が関わっているのであれば、調査等についても信用できると考えた次第である。
 以下は、総研レポートで紹介された事例を自分なりにまとめ、センター調査で私が見てきた事例と対比することで、私なりに勝手に時代環境の違いが、優良中小企業のあり方にどのような影響を与えるのか、あるいは発展する中小企業像がどう違うのか、これを考えて見た結果をまとめたものである。

1 2つの調査結果の一覧表化
 以下の表1-ABは、総研レポートとセンター調査の事例を一覧表にまとめたものである。










2 上記一覧表を踏まえた総研レポートとセンター調査の注目点
 上記の表をもとに、事例を私の関心からまとめてみると、以下のようになる。
1998年調査のセンター調査の15事例のうち、機械金属工業に属する企業が10事例である。そのうち、自社製品が、完成機械器具と汎用部品をあわせ6事例である。残りは、受注生産(主とするものを含む)が3社で、これらの受注生産企業の中の2社は、独自生産技術開発企業である。他の1社は、当時自社製品開発中であり、その自社製品が現在主力事業化している模様の企業である。また、開発受託を主とする企業が1社あった。
2016年調査の総研レポート事例中、国内では、元々は電気機械関連中小企業の11事例である。そして現在では、機械金属工業に属する企業(機械用消耗品を含む)は9事例である。そのうち、自社製品(機械用消耗部材生産)企業が1社、受注生産企業が8社である。受注生産企業のほぼ全ての企業が、受託の際に提案・ソリューションを含む企業であり、単純に委託側企業の図面に従って生産し、生産技術面での独自性も持たない企業は存在しない。また、受注生産企業のうち、電気機械関連から乗用車関連にシフトした事例が4例、乗用車も含む多様な機械分野にシフトしたのが2事例となっている。

3 両調査での事例の諸特徴
-1 センター調査 機械金属工業企業10事例について
 この事例の特徴は、基本的に急成長企業として1990年代末当時に注目された機械金属工業中小企業は、中小企業といえども、圧倒的に自社製品企業が多かったということである。赤松フォーシスや美和のように、受注生産型の企業もいくつか含まれるが、その大部分は自社製品企業である。開発ソリューション型の受注生産企業は、メガチップス1社のみであり、開発を含め受託する企業は、急成長企業として特に目立っていなかったように見える。
 メガチップスやヒロボーのように、受注生産開発あるいは単なる受注生産企業は、受注生産による発展の限定性を乗り越えるため、当時、自社製品の開発を進め、一定の成果を上げつつあったと見ることができる。ただし、現時点の状況をURLを通して見た限り、両者とも企業発展を維持しているが、メガチップスは開発受託が中心業務となっているようである。他方でヒロボーは自社製品の無人ヘリが一定の大きさを持つようになって、自社製品メーカー化を実現しているように見える。
 何れにしても、他の事例は、自社製品製造企業である。同時に、自社製品中小企業の事例のうち2社は、1社は機械金属工業ではないが、聴き取り調査後10年以内に倒産したことが報告されている。

-2 総研レポート 機械金属工業企業(機械用消耗品を含む)9事例について
事例の中の多くは、基本的なあり方としては委託企業から特定の加工を受託したり、あるいは委託側仕様の部品を受託生産する受注生産企業であると言える。しかしながら、その受注形態は、かつての一般的な下請企業で見られた、図面を提示され、それに従い加工するという、あるいはそれに従い部品を作成するという、全くの受託加工だけ、受託部品の生産だけの企業ではない。
事例のほとんどの企業に共通するのは、自社独自の加工技術の保有、委託側の仕様や要望等に従って自社独自な加工法をさらに応用開発し対応したり、あるいは委託側のニーズに応じて自社が得意とする部品を応用開発するなどといった、ソリューションビジネスの側面を持つ受託加工、部品生産企業である。また、自社開発した独自な設備機械で加工するといった。開発を受託内容に含む受託加工や生産を行なっている。すなわち、80年代から90年代に下請中小企業に求められた提案型の受託加工・生産企業や独自生産技術保有企業が現実化し、それが高度化している姿を示していると言える。
 いってみれば、委託側の発注に対応するQCDは当たり前、それにS(サービス)も加えるという時のサービスが、瑣末な部分の提案ではなく、基本的な設計引受は当然として、独自な製品開発技術の応用組み込み、あるいは生産技術開発に基づいた独自な生産の展開といった形で、極めて大きな付加部分、ソリューション的な内容のものを委託側に提供する受託企業となっている。
 今、受託生産で注目される中小企業に関して言えば、受託生産が、与えられた図面と注文条件にきちんと対応することだけから、委託側のニーズに応え、受託側が独自な内容を付加する生産となっている。それも、「開発」と呼んで良いような内容を持った提案を行う中小企業が当たり前となっている。総研レポートから見えてくる現代の先端的国内製造業中小企業の存立状況は、大変興味深いものである。
 さらに総研レポートの事例で注目される点は、電気機械関連の受注生産型中小企業であった企業を中心に調査されたのであるが、それらの企業の多くは、開発提案を含むような形で受注生産をし、国内での発展展望を切り開いているが、その新たな展開先が、乗用車産業中心であるということである。受注生産を主としている企業は事例中8社であるが、そのうち、4社は電気機械関連から乗用車関連にシフトし、2社は乗用車関連を含む多様な機械関連での受注生産へとシフトしている。そこからは、電気機械関連のソリューション能力を活かし、乗用車関連からの新たな受託に成功した中小企業の姿が見えてくる。

4 2つの報告書からの示唆
 事例調査であり、どのようにして事例を選択したかにより、事例の内容は大きく異なるのは当然であり、両報告書の対象企業の差異について比較することは、本来無意味と言えるかもしれない。しかし、センター調査で主査を務めた私としては、大変興味深く、総研レポートの内容をみることができた。それは、何よりも、受注生産に専門化しながら、委託側の開発にも関わる形で、自社の独自技術を活かしている企業が、注目される機械金属工業中小企業の過半を占めていた、という事実である。しかも、電気機械関連からの受注の減少に取って代わった受託分野は乗用車関連を中心としている。
 センターレポートの調査時点、1990年代末においては、自社製品保有を模索する受注生産型企業を含め、機械金属工業で注目されていた中小企業は、自社製品を保有し、それを軸に成長を目指す企業であった。もちろん赤松フォーシスのように、高い金型開発能力を持ち、受注生産に基づきながら、急成長企業として注目された中小企業も存在していた。しかしながら、受託分野を大きく変えながら、受注生産を主として発展展望を持つ企業とされた企業は、この時点では見出せなかった。あるいは、中小企業の発展方向として注目されていなかったというべきなのかもしれない。

5 何故、このような差異が生じたのか
 ここで注目すべき点は、2つの調査の時間的な違いの20年間弱に生じたことである。電気機械関連産業では、電気機械関連大手企業の一層の海外生産シフト、あるいは国内生産の縮小が生じた。それに対し、乗用車関連産業では、乗用車の電子化ないしはIT化が顕著に進展し、日系企業における乗用車の電子化に向けての開発は、日本国内で行われている。また、乗用車の国内生産は、大きく減少することなく推移していることである。電気機械産業と乗用車産業とでは、この20年間の動向にかなり差異が存在する。
 日本国内で、安定的に生産を維持し、かつその製品内容について付加的な形でIT化ないしは電子化を進めてきた日系の乗用車産業では、そのIT化ないしは電子化の付加的部分について、国内立地の電気機械関連サプライヤー層が蓄積してきた技術を活かし、電子関連部品の開発を行うことことが求められた。そこに、日系電気機械関連大手企業の海外化の中で国内生産にこだわる国内立地中小企業の有力企業が、新たな受注先として乗用車関連企業を見出した。その過程は、単に受注先の転換ということではなく、乗用車部品関連の新たな電子部材の開発を伴っていた。それゆえ、従来から単なる受注生産に従事するだけではなく、委託側のニーズに応える形で開発等を行ってきた電気機械関連の中小企業にとって、乗用車関連の受注生産は、極めて有望な分野となった。
 このように理解することで、総研レポートのこれまで電気機械関連で受注生産を行なっていた事例の多くが、乗用車関連へとシフトしたことが理解できよう。それゆえ、総研レポートの事例の紹介でも書かれているように、受注生産型の電気機械関連中小企業が、自らの開発能力を含め具体的に受注可能な加工内容や、部品内容をネットに掲載することで、乗用車関連企業からの引き合いがあり、それが具体的な開発と受発注関係の形成へとつながり得たと言える。潜在的な発注側企業が、既存の発注先にはない技術を持つ受注側企業を探すことが、大規模に行われていなければ、ネットへの掲載によって引き合いが来て、それが本格的な開発と受発注に結びつくことは稀であろう。国内乗用車関連企業が、幅広く電子関連の開発能力のある発注先企業を探索していたがゆえに、総研レポートに描かれたような状況が生じたと言える。
 なお、このようなネットに具体的な業務内容を掲載することで、委託企業から引き合いが来るような状況は、発注側を国内企業に限定しなければ、かなり多様な企業から生じる可能性がある。もちろん言語の問題や信用の問題があるので、国内からの引き合いに比較して、成約に至るには多々困難があると言える。その意味で、国内の実績のある乗用車関連の企業からの引き合いがあったということは、乗用車産業の日本国内での生産維持と開発拠点維持のみならず、乗用車の電子化、IT化という、旧来の電気機械関連の受注生産型中小企業にとっては、極めて好都合な状況が偶々生じたということになる。
 それに対して、1990年代末のセンター調査時点では、電気機械産業を中心に機械金属工業での全体的な海外生産化が進展していたが、各機械工業内のうちの国内生産が堅調な分野で、国内での既存の受発注関係を大きく変え、他分野で発注先企業を開拓する必要が広範に生じるような状況にはなかった。それゆえ、急成長企業ないしは発展可能性を持つ企業として目立ったのは、受注生産型の中小企業ではなく自社製品保有型の中小企業であったと見ることができるのではないかと考える。

6 今後の展望 まとめにかえて
 乗用車産業自体のIT化は、駆動システムの電動機化やAI技術に基づく自動運転化といった内容で、ますます進展することが、今後予測される。その限りでは、電気機械関連企業からの受託から乗用車関連企業からの受託へとシフトした、総研レポートの調査事例の多くのような発展展望を持つ企業は、今後も発展が見込まれるといえよう。
しかし、同時に、乗用車の電子化は、既存の乗用車関連中核巨大企業の乗用車産業での覇権の維持を保証するものではない。その展開は既存の乗用車関連巨大企業以外の企業の主導の下に生じ、乗用車産業の構造を根本的に変える可能性が存在する。かつてPCで生じたようなIBM主導からマイクロソフトとインテル主導へとシフトしたような産業内社会的分業構造の変化が、乗用車産業にも生じる可能性がある。乗用車産業のプラットフォーム化のもので生産体制への変化、「Intel Inside」の世界への転換である。
 すなわち、当面国内で新たな受注先を開拓し、発展展望を確保した旧電気機械関連受注型企業の存立が、ソリューション型の受注生産を維持すれば、中長期にわたって安定したものになるかどうかは、日本国内乗用車産業自体のグローバル市場内での位置の変化、あるいはグローバル市場自体の大きな変化次第で、大きく変わる可能性がある。
 今、産業、特に電子機器関連の産業は、極めて激しい変化の時期に来ている。しかもこれらの産業はグローバル市場を前提とした産業であり、日本国内市場を前提にガラパゴス化が許される産業ではなくなった。この中に乗用車産業も巻き込まれつつあるというのが、乗用車の電動駆動システム化と自動運転化の動きが持つ意味でもある。日本市場にもっぱら依存するというガラパゴス化が許されないグローバル企業として、日系巨大機械関連企業は存立している。これが、多くの電子機械や乗用車生産の大企業が置かれた、逃れることができない現在の市場環境である。
グローバル市場の中の主要市場である中国や米国での産業変化が、直接的に日系大企業の存立形態や可能性を規定することになる。乗用車産業は、これまで大きな製品内容の変化を経験することなく100年余を経過してきた。しかし、このような状況が今後続くとは、私には思えない。今始まっている乗用車の電子化、それによって国内旧電気機械関連中小企業は、新たな国内での発展展望を見出したのだが、それは、より大きな日本国内の乗用車産業の変化の初期段階を意味するのであり、近年形成された国内受発注関係が安定期を迎える可能性は低い。これが私の乗用車産業についての理解である。このような認識が妥当なものであるならば、総研レポートで紹介された、国内乗用車産業へとシフトして当面発展展望を見出した旧電気機械関連の中小企業は、国内乗用車産業企業との受発注拡大にのみこだわることなく、早速次の展開を模索する必要があろう。
 
参考文献
足立裕介「電気機械産業における中小企業の生き残り策 国内外を取り巻く厳しい事業環境」『日本政策金融公庫 調査月報』No.11220181
足立裕介「電気機械産業における中小企業の生き残り策 技術の蓄積を生かす新分野開拓」『日本政策金融公庫 調査月報』No.11320182
社団法人 中小企業研究センター編『急成長する中小企業(RGSME)の成長要因と市場行動』調査研究報告No.991999年3月

日本政策金融公庫 総合研究所編『国内生産減少に立ち向かう中小製造業の生き残り策』日本公庫総研レポートNo.2017420176

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