福田直之、宮地ゆう「中国IT
異形のイノベーション」朝日新聞2018年2月18日朝刊、p.2
を読んで
渡辺幸男
この記事では、まず「異形の発展を遂げる中国式「創新」は世界に広がるのか」と問いかけ、顔認証で買い物し、手ぶらで帰る話を紹介し、また自分のデータ提供に対し抵抗感が薄く、膨大な個人情報を活用し、個人の信用状況について「「芝麻信用」で与えられる点数」についても紹介されている。さらにA.サクセニアン教授のコメントが紹介される。そこでは「中国のIT企業は」「政府と強い結びつきを持っている」とし「こうした特殊な環境にいることは、国外市場での彼らの競争力を削ぐことになりかねない」と指摘し、「IT企業がイノベーションを遂げるためには日米欧などの主要な市場で利用者とつながらなければならない。国内だけで成功しても、グローバルな競争力には直結しない」とされている。他方で、同じ大学のS.ウイーバー教授の言として「中国IT企業はかつて日本の自動車メーカーが国内の保護主義の枠を抜け出し、海外に出た1980年代ごろと似たような時期にある」とも紹介している。
この記事をどう見るべきか、私にはかなり皮肉な記事に見える、1980年代の日本の自動車産業は、市場としては保護されていた日本国内市場で、日本企業間での激しい競争をし、結果、独自な生産技術を磨きあげ、その意味でのイノベーションを実現し、海外、特に米国市場へと進出し、大成功を収めた。当時の状況下では、乗用車産業にとっての市場として日本市場は十分な大きさがあり、そこで独自に発展した日本の乗用車生産企業が、その後グローバル市場に進出し、成功した物語を、ウイーバー教授の指摘は思い出させる。日本市場で揉まれた結果として生じたイノベーションが、全て北米市場で成功したかどうかは別であるが、少なくとも乗用車産業では結果的に大成功を収めた。これは事実であろう。
他方で、サクセニアン教授の議論では、中国国内市場で成功しても「グローバルな競争力には直結しない」と言っている。現在中国国内では、激しい競争が生じている。しかも中国市場は現代的基準で見ても、米欧と並ぶ十分に大きな規模の市場である。日本市場より大きく、ガラパゴス状況にあるとは言えない。とするならば、中国市場で成功したイノベーションが、何故、日米欧市場で成功することに直結する可能性がない、あるいは少ないのであろうか。少なくとも1980年代の日系の乗用車メーカーは、日本市場での成功を北米市場での成功に直結させることができた。
日米欧市場の持つ先進工業経済としての過去の蓄積が、イノベーションの普及の妨げになっている。これが少ない新興市場である中国市場では、イノベーションが一挙に普及する場合が多く見られる。その例がこの新聞の記事で紹介されている諸現象であろう。しかも中国市場は、現代の市場として十分大きな市場であり、現代技術を前提にした上でも、規模の経済性を大いに発揮できる市場である。さらに中国人は世界中に旅行等を通して需要を波及させている。中国人の市場が中国を超えて拡大している。このような需要を、膨大な中国人旅行客を受け入れる側が、放っておくとは考えられない。アリペイがその1例であろう。アリペイが使える商業施設が中国人旅行客に選択されるとすれば、中国人旅行客が多く訪問する地域では、アリペイのインフラが整備され、このような支払い方法が一挙に普及することになる。これにより、地元の人間が従来の支払い方法の一定の便利さゆえに、あえて試みなかった支払い方法が持つより一層の便利さが、中国人以外にも実感されることになる。
何故、中国市場での成功が、日米欧の市場での成功の可能性に直結しないのであろうか。既存の蓄積による新規なものの登場への障害が少ない中国市場、そこでの成功の多くは、膨大な中国人旅行客等を通して世界で試される。その中のいくつかは、過去の蓄積ゆえにこれまで普及しにくかったイノベーションを、日米欧市場で普及させる。このようなシナリオを描くことこそ、今必要なのではないか。
かつて、アメリカ政府や米国軽乗用車メーカーは、日本の乗用車輸出の急増を、為替レートや低賃金ゆえとし、日系企業の日本国内市場の特性ゆえに生まれた生産技術面での優位を認めなかった。そのことが日系の乗用車メーカーの対外直接投資での優位構築をより容易にした。新興工業国の環境の異なる大規模市場で生まれたイノベーションは、既存の先進工業国市場で生まれるイノベーションとは内容的に大きく異なる可能性がある。そのことは、一方で既存の先進工業国市場への進出を困難になるイノベーションの存在を生むと同時に、これまでの先進工業国市場が自生的に生み出すことができなかった、当該市場により適合したイノベーションを生み出す可能性も大いに存在する。全てのイノベーションが、日米欧市場に直結するとは、私も言わないが、同時に、直結するイノベーションも多々生み出されていると見るべきであると主張したい。
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