2018年1月23日火曜日

1月23日 小論 AIは乗用車産業に何をもたらすのか

中西豊紀「ケイレツ解体AIが招く 日本流 車ピラミッドの限界」
(日本経済新聞、2018122日朝刊、p.5「経営の視点」欄)を読んで
渡辺幸男

 上記の記事について、私の関心から抜き書きすれば、以下のようになる。
シリコンバレー支局の中西氏の日経記事は、2018年の春闘でトヨタ自動車の系列に注目し、「1次、2次とピラミッド状に広がる取引先企業の頂点に立ち、その判断は・・・千を超える傘下企業の賃金水準にも影響」しているとし、
「そんな日本の自動車産業独自の「ケイレツ」が今、静かに壊れ始めている」とする。
他方で、「自動運転の開発が進みソフトウェアの重要性が増す中で、独自性が高いAI企業は引く手あまただ」・・・「こうした企業を自動車ピラミッドで位置付けると、1次、2次サプライヤーにすぎないが、どこかの「家長」に連なる意識はない」と指摘している。例として、「自動運転ベンチャー、ナウトの・・・最高経営責任者は「我々はデータ時代のプラットファーマー。特定のメーカーとの取引に絞ることはない」と断言する」と紹介している。
さらには、「自動運転の土台技術をバイドゥが作り上げ、自動車メーカーはそれを採用するだけ。そんな懸念が各社をバイドゥとの提携に走らせる」とも書き、「従来のピラミッド思考を捨て、対等で緩やかなプロの企業連合を形成するような発想にまで至れるだろうか」とまとめている。

上記の記事について、私はいくつもの点が気なった。
まずは、「日本の自動車産業独自の「ケイレツ」」という表現である。日本の自動車産業に特徴的であった、系列取引関係は、現在でも「日本の自動車産業」の特徴であろうか。ケイレツそれ自体は「日本・・・独自」であるが、「静かに壊れ始めている」のは、言えたとしても「日本の自動車産業」ではなく、乗用車メーカートヨタの最後に残った「ケイレツ」である。他の乗用車メーカーがかつて構築していた「ケイレツ」取引関係は、90年代の激変の中で、ほぼ解体した。この意味で、この記事は、まずは何が壊れ始めたという点で、誤解を生むものといえよう。90年代までに壊れなかったのはトヨタの「ケイレツ」のみで、電機産業や他の乗用車メーカーのそれは、今や存在していない。
 そして、その最後に残ったトヨタの「ケイレツ」を壊し始めようとしているのが、自動運転を中心としたAIの発展であるかもしれないとしている。その際、2つの点がポイントとして紹介され、自動運転のAIを開発する一方の主役は、乗用車産業外の海外新興企業であり、これらの企業は特定少数の乗用車メーカー向けではなく、幅広くグローバルに乗用車メーカー群にプラットフォームを提供する企業として紹介されている。他方で中国市場を背景として自動運転技術を開発している中国の検索エンジンにおけるチャンピオン、バイドゥ(百度)にも同様な可能性を見ている。
 すなわち、自動運転をめぐり、かつてPCやスマホの普及の過程で生じた現象、特定の中核部品開発企業やソフト開発企業が、プラットフォームを形成し、それを元に多くの完成品メーカーがグローバルに生産供給するという図式である。これを素直に読めば、乗用車産業に、電子機器産業特にスマホ等の量産耐久消費財としてのそれと同様なことが生じる可能性を示唆しているとも読める。
 しかしながら、この記事の最後の締めくくりは、先に紹介したように、ケイレツが壊れた先は、「従来のピラミッド」ではなく、「対等で緩やかなプロの企業連合を形成するような発想に至れるだろうか」と言っている。少なくとも電子機器産業での展開を見る限り、IBM主導のPCは、マイクロソフトとインテルという2大中核「部品」開発企業主導の産業に変わったように、既存の主導的企業を核とした新たな「企業連合」形態の形成ではなかった。主導権は、中核部品・ソフト開発企業に移り、完成品生産企業、例えばIBMPC事業そのものを売却した。結果として、完成品企業というのは、基本的に中核部品・ソフトを前提に、製品を設計し組み立てるに過ぎない多数のメーカー、さらにはEMSに依存する多数の多様なファブレスメーカーとなった。
 トヨタのみが21世紀になっても維持してきた「ケイレツ」が、自動運転の開発がもたらすPC的な開発生産体制への転換により解体し、「緩やかなプロの企業連合」になるというのは、IBMが自社内に保有していた、中核部品と中核ソフトの開発を外注したことを契機に生じた、インテルとマイクロソフトのプラットフォーム化とは、あまりにも異なる姿である。何故、「企業連合」になると言えるのであろうか。
 産業内での主導権の所在変化は、乗用車産業のようにすでにグローバル化した産業では、グローバルに生じる。乗用車産業では、これまで開発の中核を完成車メーカーが担ってきた。これは、搭載する内燃機関との整合性が、完成車の設計上、極めて重要な位置を占めていたことによるといえよう。そのため、完成車設計の受託開発サービス企業も一般化せず、グローバルにはマイナーな存在に止まってきた。しかし、乗用車の開発における中核部分が乗用車本体の設計から他の中核部品や中核ソフトに移るのであれば、そして、動力機関が、設計の難しい内燃機関から電動モーターに移るのであれば特に、それらの中核部品を踏まえて、自らのコンセプトによる乗用車開発を行うことも、ごくありふれたことになり、多様な多数の企業が多様なニーズに応じて設計開発すると考えることができる。さらには、完成車のコンセプトのみを開発し、具体的な車体設計をも他社に委託するような「メーカー」の形成も視野に入れることができよう。
 中国の電動二輪車では、まさにこのようなことが生じている。既存の部品を前提に、自社の完成車を開発し、成功している企業も数多く存在する。四輪乗用車では、高速移動する製品として、安全性が極めて重要であるが、その制御が自動運転AI依存となれば、電動モーターの持つ、設計上の柔軟性と組み合わされることで、車体設計そのものは、これまでのように中心的開発部分として存在し続けることはないであろう。車体設計は、工学的な制約の下ではあるが、内燃機関ゆえの制約を外され、より自由な形態を追求することになろう。
 特に世界最大規模となった中国の乗用車市場では、中国内外の双方の市場で優位に立つ既存の自国系企業が存在しないだけに、また、多くの企業が内燃機関の乗用車の生産の場合にも、依然として多様な形で参入する余地が大きかっただけに、自由な発想をもって、プラットフォーム化した中核部品やソフトを活用し、多数、多様なニーズに対応した完成車メーカーが参入することになりそうである。結果、これまでの乗用車産業には見られない、多様なコンセプトの乗用車が開発され、まずは中国市場を中心に、多様性に富んだ乗用車市場が顕在化する可能性が高い。
 以上のように、私も、この記事の著者と同様に、AI化により日本の乗用車産業の社会的分業構造が大きく変わると見ている。しかも、その変化はケイレツ関係を維持しているトヨタグループにとって、最も大きくなるものであろう。しかし、その結果生じる新たな社会的分業構造が、この記事の日経記者のように「対等で緩やかなプロの企業連合を形成する」ことになる、という可能性は高くない、というのが私の可能性についての理解である。
他産業の事例と、乗用車産業のあり方の変化方向から、私が考える可能性としては、完成車メーカー主導の産業のあり方が、大きく変わり、プラットフォームとなる中核部品やソフトが開発され、それの導入により多様な完成車メーカーの参入が見られるということである。特に、中国でこのような現象が先導的に顕在化し、中国の状況にグローバル市場全体が影響され、乗用車の完成車生産をめぐる社会的分業構造の顕著な変化が生じる可能性が高いと見る。そのような変化の中核が、中核部品やソフトの開発メーカーの製品のプラットフォーム化であると見るべきであろう。

 

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