2021年7月19日月曜日

7月19日 小川正博著『イノベーション入門』同友館、2021年 を巡って

 小川正博著『イノベーション入門』同友館、2021

を巡って 小川正博氏との議論 渡辺幸男

 

 4月に小川正博さんから近著を送っていただき、最近、一気に読み、その感想と疑問を小川さんに送ったところ、小川さんからの反論をいただきました。それをめぐり小川さんとメールのやりとりを行いました。以下は、その内容を、小川さんの許可も一応いただいたが、渡辺幸男の責任で勝手にまとめ、このブログに掲載したものです。

 

1、小川正博著の目次

第1章         コンテナに見るイノベーションの特質

第2章         イノベーションとは

第3章         製品や技術・生産システムのイノベーション

第4章         情報技術のイノベーションと企業経営の変容

第5章         モジュール化によるものづくりのイノベーション

第6章         顧客価値からの事業イノベーション

第7章         破壊的イノベーション

第8章         ネットビジネスのイノベーション

終章  イノベーションへの挑戦が社会や企業を支える

 

2、小川著への渡辺幸男の最初の感想

 今年4月に出版され、著者より送っていただいた本書を、7月に入ってからの数日で読んだ。このところ、中小企業を中心とした産業発展についての議論よりも、東アジアの近世近代の経済史やアンデスを中心とした古代文明についての議論に関わる著作等に関心が集中していた。そのため、同世代で一緒に中小企業論の教科書を書いた学会仲間でもある小川正博教授(小川教授は私と全く同じ歳だが現役の教授である)から、この著作をいただきながら、目を通すことが遅れてしまった。

 久しぶりに、現代の産業発展に関わる著作を読み始め、改めて自分の関心の所在がここにもあることを認識させられた。

 本書は、イノベーションについての議論の諸論点を、具体的な事例を通して紹介しながら、経営学の視点から議論している著作である。と、私には理解された。本書で最初に紹介されている事例は、ベトナム戦争を大きな転機として、コンテナ輸送システムを創造構築した、マルコム・マクリーンの担った輸送システムでのイノベーションの紹介から始まっている。

事例を紹介し、それを通してイノベーションとは何かを語る、という手法で、コンテナ輸送、コピー機、デジカメ、宅配便等々、世の中を大きく変えたイノベーションを紹介しながら、イノベーションについて議論している。それを通して、イノベーションとは何かについて、多様な研究成果を紹介しながらそれぞれの展開の論理を示すことで、イノベーションについての諸論点を興味深く紹介している。

 私自身がある程度知識のあった事例もあるが、私のそれの多くは荒っぽい知識であり、著者のような丁寧な既存研究を踏まえた整理ができていなかった。その意味でも、大いに勉強となった。また、興味深く読むことができ、読み始めた後は、一気に最後まで読むことができた。

 

3、小川教授への渡辺の疑問

 ただ、1つだけ気になったことがあった。「第6章 顧客価値からの事業イノベーション」での議論を中心とした著者の主張である。その最も典型的な表現が「イノベーションを事業として実現するには、・・・模倣しにくく競争優位になる顧客価値の提供が不可欠である」(134ページ)というものである。

 小川教授も述べているのであるが、イノベーションの成果を長期にわたって自社のものとするには「差別化」が必要である、という議論である。「事業の仕組みの視点からイノベーションを推進することが求められる」(154ページ)ともいう。

 第6章の議論では、イノベーションそのものよりも、それを先導した事業体がイノベーションの成果を長期にわたって自己のものとするには、どうしたら良いかが議論されている。それに失敗した例として、早期にコモディティ化したクォーツ時計やMP3そして液晶テレビが取り上げられている。社会に多大な影響を与えたイノベーションを起こしたが、事業としては必ずしも長期的にはそのイノベーションの成果を活用できなかった企業の事例と言える。そして、自社のイノベーションの成果を長期にわたって囲い込むために何が必要かを議論している。しかも、そのような仕組みを作ることを、結論的にも、上記のように推奨している。

 寡占的競争での製品差別化競争での優位の形成、これはイノベーションの普及という視点から見れば、普及の担い手が市場を独占するということであり、有効なイノベーションの迅速な普及を阻害し、多様な可能性の模索と実現を歪め、そしてコモディティ化を遅らせるということを意味する。とすれば、社会的な意味では、当該イノベーションの成果の可能性の発揮を遅らせるということを意味しよう。しかし、著者の視点である個別企業としての利益の追求の視点からは、コモディティ化が「マイナスの存在」であるかのように描かれている。私には、コモディティ化は社会的には「プラスの存在」と思えるのだが、いかがなものであろうか。

 コンテナ業界の現在の覇者は、それを事業として最初に推進したイノベーションの主導者と企業ではない。激しい競争が行われ、一挙にコンテナ化が進行した結果として、当初主導した経営者はコンテナ業界から脱落したことが本書の第1章で述べられている。そのような過程であったからこそ、コンテナシステムのイノベーションは一挙に普及し、さらなる進化ないしは深化を遂げたと言えるのであろう。

 イノベーションが生じ、それが、多数の多様な新規参入者との激しい競争を通して、社会的に急速に普及し、その可能性を十二分に実現する。これこそイノベーションの意味を十二分に発揮することであろう。経済学的なイノベーションの順調な形成実現としては、イノベーションの初期の担い手のみではなく、多様なプレイヤーが自由に参加し、競争し、多様な可能性を花開かせるということこそ重要であろう。それをイノベーションの担い手としての企業が製品差別化等を通して、社会的な普及を遅らせ、自らの競争優位性として囲い込む努力をし、その囲い込みに成功するということは、イノベーションの社会的意味から見れば、イノベーションの自由な普及や一層の発展を阻害する行為、いわば「反社会的行為」といえよう。小川さんのイノベーション下で個別事業体の独占的主体として利益を追求することの推奨とも言えるような議論は、経済学的な意味では、イノベーションの意義の普及を意図的に遅らせ、多様な可能性を阻害する、反イノベーション的行動の推奨ともいえよう。

 個別事業体から見れば、自ら主導したイノベーションの成果をなるべく長期にわたり囲い込み、より多くの利益を実現することこそ、意味のあることと言える。個別経営的、あるいは経営学的に見れば、そういうこととなろう。しかし、イノベーションの社会的意義という視点から見れば、これは反社会的経済行為、独占的市場支配といえよう。特に社会的に有意義なイノベーションの普及を意図的に遅らせ、そのイノベーションから派生する諸々のイノベーションの可能性を抑制するという意味でも、より一層、反社会的独占行為といえよう。

 当該イノベーションが社会経済的に意味のあるものであればあるほど、一挙に競争的に多様な可能性を実現できる方向で普及することが重要であり、経済的、経済学的価値があることであるといえる。これを阻害する行為を推奨しているように見え、かつそれをイノベーションの議論の一環と位置付けているかに見える点に、大きな疑問を感じた。

なお、本書は、個別企業にとってのイノベーションの経営上の有効活用を意味するようなタイトルではなく、『イノベーション入門』という、イノベーション一般を議論することを意味するタイトルとなっている。しかも、タイトルから見て当然のことながら、理論的には、最初にシュンペーターのイノベーション論を紹介することから、始まっている。経済を発展させる新結合として、議論は始まっている。クオーツが一挙にコモディティ化し普及したことは、開発企業にとっては、収益機会の短縮を意味した。しかし、社会的には、正確な時計を、より安価に手に入れることが可能となるという、高価なスイスの機械式時計が独占していた、時を正確に刻む携帯用機械を、世界中の人が子供も含め安価に手にすることができるようにした、極めて重要な世界的なイノベーションの経済的には健全な展開そのものである。開発した企業も低価格化したクオーツのムーブメントを世界中に販売することで、それなりの利益を長期に実現したことを含め。

 

4、小川教授の反論1

 ただ1つだけ気になることがあった。という点につきまして私(小川教授)の見解です。

 ご指摘の通り,イノベーションを1つの企業が独占することになれば社会全体に,国民経済的に効果をもたらしません。経済的厚生に寄与しません。さらに言えばイノベーションは,社会経済に広く普及することによって生じる現象です。独占では経済を新たな軌道に発展させる現象にはなりません。多くの企業が新たに登場した何か新しいものを模倣して,それがさらに顧客にとって使用しやすい機能や性能,活用し易い仕組みなどを備えることによって,社会により普及していく現象がイノベーションです。それでなければ,シュンペータの言う経済を質的に新しい軌道に乗せるイノベーションにはなりません。ご指摘の通りです。

 ただ企業は,企業家自身には社会に貢献するという意思があったとしても,経済的な利益を追求する存在です。利己的に経済的利益を追求することによって,その結果社会を豊かにしてく存在だと認識します。企業は本来的に少しでも利益を拡大したい,そのことが原点にあって,イノベーションに至る行動にまで突き動かされる。一般にはイノベーションを目的とするのではなく,利益獲得のための行動がイノベーションに結びつくものではないでしょうか。(マクリーン経営姿勢をこうした視点で記述しました。)

 企業は自社と同様なものが登場すれば,あるいはそれを模倣して利益を獲得しようとすれば,差異の創出が必要です。機能や性能の向上,コスト削減,広告宣伝,ブランドなどあらゆる手段を用いて差別化に走ります。他の企業はそれを打破するために,さらに新しいものを創造し,新たな差別化手段を講じます。こうした企業間の競合が,差別化がイノベーションを発生させたり,加速したり,ときにはシュンペータの言う社会経済をダイナミックに変容させるイノベーションになっていく,と私は考えます。

 シュンペータは企業家の役割を重視しました。まさに企業家は少しで多くの利益を獲得したい,そのためにリスクを冒しても新しいものの事業化に挑戦する。利益獲得のための事業化がなければイノベーションは生じにくい。利己的な活動を追求する企業家,企業が存在することによって,経済社会を変革するようなイノベーションが生じる。

 繰り返しになりますが,私(小川教授)は利益獲得のための企業の利己的な行動がイノベーションの原点になるものと考えます。模倣への対抗,模倣の打破のための競争優位追究の行動はイノベーションを阻害するよりも,それがイノベーションをもたらす。そして新たなイノベーションを生じさせ,それらが結合することでダイナミックなイノベーションに進化していくと考えます。

 経営学の視点からいえば,企業は少しでも利益を獲得して,それを再投資しさらに利益を拡大したい。そのためには競合企業よりも優位な製品や競争手段を設定しなくてはならない。それができないとイノベータとして成功しない。模倣しても成功した起業家や企業がイノベータになるというのが現実と私(小川教授)はとらえます。

 確かにクオーツは高価であった時計をコモディティ化して社会に恩恵をもたらしました。それだけでなく,そこで培われた技術や部品などはカメラなど電子製品の小型化に使用されて技術進歩に寄与しました。しかしセイコーの経営はその後停滞し事業を縮小して,多くの従業員を解雇することになりました。(プリンターなど新しい分野での事業を創出はしましたが)。一方スイスのスオッチ社は,クオーツをおしゃれなファッション製品に再定義し,スイス国内だけで生産して価値化し,そこで得た収益をスイス時計産業に投資することによって産業集積としても新たな発展を遂げました。私企業の視点からいえば,イノベータはさらなる差別化,事業の再定義を行なって事業を持続しなければ,自社だけでなく関連企業をも衰退させます。私(小川教授)は企業の利益を拡大するための差別化の行動,競合企業には模倣しにくい競争優位の形成が,社会を発展させる源になる。次のイノベーションを喚起すると考えます。

 クオーツと同様なことがコンピュータ,携帯電話,液晶テレビ,半導体,家電,オーディオ機器などさまざまな分野で起こっている。企業は競合に敗退すれば,次のイノベーションを起こすこともできなくなります。国の産業さえ衰退を招く。

 現実を直視しない無能な政治家,新しいものに挑戦しない無能な経営者によって,日本という国は30年をかけて先進国から転落しました。今日よりも明日の世界は明るい,という私たちが経験した時代を創るには,イノベーションを起こすしかない。そんな思いで書いた拙い書ではあります。

 

5、渡辺からの718日の返事

経営学の視点での発想、私なりに理解しました。ありがとうございます。繰り返し差別化して、超過利潤を獲得する努力をする。それが競争的状況でもある。これについては、理解したつもりです。

その上で、日本の多くの企業が、ある時期、イノベーションを連発し、その後、大きく遅れをとってしまったこと、これをどう理解するか、これこそ、クリステンセンの継続イノベーションと破壊的イノベーションの議論につながるのではないでしょうか。日系企業群のイノベーションでの成功は、トヨタのトヨタ生産方式を含め、高度成長における日系企業群のグローバルに置かれた状況下での独自の国民経済的環境、これと激しい日系企業間の国内市場をめぐる競争の存在、これがある方向性をもつイノベーション群をひき起こした。このように私は考えています。この方向での成功が、その方向での努力の継続を生み、あるいはこだわりを生み、グローバルな環境の変化とグローバルな市場での直接的な競争への移行の中で、有効性が弱まり、ほぼ消滅したのではないか、このような理解をしています。

何故、日系企業群がある時代、イノベーションを簇生し、その後、多くの分野で韓国台湾等の企業のイノベーションとは見劣りするものとなったのか、メモリー等の先端的部門でのイノベーションを見ていると、こんなふうに感じざるを得ません。乗用車は、市場そのものが大きく変わらなかったので、トヨタのイノベーションは長く継続的に有効であったのではないでしょうか。日系企業群の中では、いわば例外的な存在だと思います。

 

6、小川教授からの718日付の再論

ブログはご自由にお願いします。 

先生がイノベーションも興味,研究の対象だということ,私(小川教授)は興味深く感じています。刺激を受けました。 

なぜ高度成長期以降,イノベーションを引き起こした日本企業がその後停滞し今日まで至るのかというのは,私(小川教授)にとっても大きな課題です。製品や企業ごとに理由は多様だと思います。私(小川教授)は今のところ大枠では次のように考えています。

〇日本企業のパラダイムであった「良いものを安く作れば売れる」という発想で製品化し,それを模倣できないように差別化 していくという視点が希薄であった。絶えず差別化するなかでイノベーションの芽も浮かび上がる。

〇「技術」革新という視点が強く,それを顧客が望む製品に,顧客価値に基づく製品に提供することを怠った。例えば半導体メモリーで世界トップの技術を確立したが,それはメインフレーム向けの製品であり,パソコンが登場するなかで当初は品質が劣ってもより低価格な半導体が求められるものに対応せず,その市場をサムスンに奪われた。それ以降半導体でフラッシュメモリー以外,日本企業のイノベーションは見えない。

〇国内市場に目を奪われ,世界市場の開拓を怠ったために,モジュール化を軸とした自律分散な世界的なものづくり体制の構築に遅れ,世界規模での規模の経済性を発揮できず,中国企業の低格に対応できなかった。このとき,アメリカ企業は研究開発とマーケティングに特化し,自律分散なものづくりを活用して世界市場を獲得した。サムスンはかつての日本企業と同様な垂直統合型生産システムに多額の資金を投下して規模の経済性を発揮する経営で成功した。(今その限界を迎えようとしているが

〇デジタル製品はイノベーション速度が速く,模倣が容易である。このため絶えざるイノベーションの継続が不可欠だが,前述のような理由で競争に敗退し,イノベーションを行うべき資源がなくなってイノベーションの余裕がなくなり,敗退を重ねたデジタル製品になって世界をリードするような日本企業のイノベーション少ない。また世界市場を獲得できていない。携帯電話は初期には世界をリードしたが,デジタル化以降,衰退した。世界市場で日本のスマホの存在感はない。

〇デジタル製品にはソフトが不可欠であり,今日ではソフトのためにハードがつくられるといってもよい。このソフトの世界でイノベーションを起こせない現実がある。

〇わが国ではイノベーションを起こすようなベンチャー企業が登場してこない。デッドコピーといってもよい製品づくりで基盤を築いた中国サンサイ企業は,今や世界市場を獲得する勢いの企業まで生んだ。これはイノベーションとは呼べないが,今後イノベーションを推進していく可能性は高い。

今思いつくものを簡単に書いてみました。

 

7、渡辺幸男の勝手なまとめ

 以上、小川さんの最新の著作をめぐって、渡辺が勝手に噛み付いたことに対しての、小川さんの反論を掲載した。これを渡辺なりに整理すれば、以下の2点にまとめることができよう。

 

論点1 イノベーションと差別化、そして独占と言った現代経済におけるイノベーションの決定的な重要性、そして意味と、そこから生まれる独占の可能性についての懸念

 イノベーションが現在経済の発展をもたらす、ということ自体に小川さんと私、渡辺との差異は存在しない。競争的環境下での多様なイノベーションの多様な主体による実現こそが、現代経済の本格的な発展をもたらす、と二人とも理解している。その中で、小川さんは、それゆえ、個別経営は差別化の努力を常に行い、イノベーションの担い手となることで、より多くの利益を実現する主体となるべきであると、主張されている。それに対して渡辺は、特定の事業主体が差別化によるイノベーションに成功し、市場での競争を阻害し、独占的市場支配を実現する可能性についての懸念を表明した。

 イノベーションの現代経済における重要性、そのための各企業による差別化努力の必要性については、両者の差異は存在しない。差異があるとすれば、それでも競争が担保されるか、という点での認識の差異である。差別化の最も成功した形態が、独占的市場支配で、他の主体の差別化努力を抑えてしまうことであろう、というのが渡辺であり、そういうことを想定することは必要ないであろうというのが小川さんの見解ではないかと、渡辺は考えた。

 いずれにしても、イノベーションの事例を数多くこのような視点からも研究することで、それぞれの可能性が現実化するかどうか、その条件はどのようなものであるかを、検討することが、両者ともに残された課題といえよう。

 

論点2 日本経済という国民経済の場でのイノベーションの可能性

 論点1は、市場の置かれた場は議論の対象となっていない、ごく一般論である。しかし、小川さんとで議論した点のもう1つは、日本という国民経済でのイノベーションの一時的簇生と、その後のイノベーションの激減をどのように見るべきかという、日本経済論に関わる問題である。あるいは、国民経済でのイノベーションの簇生化をどのように実現するかという、経済政策論的課題である。

 この点について、渡辺は、クリステンセンを引用し、グローバル経済の状況と、そこから隔離された日本という国民経済を前提した、独自な競争状況が、日系企業群でのイノベーションの簇生をある時期実現した、という認識に立っている。そして、グローバル経済に本格的進出後、日系企業は、多くの業種で市場的環境が大きく変化したにもかかわらず、継続的イノベーションの道を歩み、破壊的イノベーションを行った他国系の企業群に、グローバル市場での覇権を奪われた。このように見ている。日系企業としての独自な環境下での偶然から得られたグローバル市場に対する破壊的イノベーションの一斉的成功ゆえに、その後の環境変化の中でも継続的イノベーションを実現しようとして、多くの場合的外れの意味のない差別化努力となり、グローバル市場で後退せざるを得なかった。これが渡辺の理解である。

 それに対し、日系企業のおけるイノベーションや差別化の事例を数多く見てこられた小川さんは、渡辺が言うような形で一般的に説明できるような、そんな単純なものではないと考えている。すなわち、それぞれの事例で、それぞれなりの環境のもとでの差別化努力とそれぞれなりのズレがあり、多様な理由で全体としての日系企業の適切な差別化努力の衰退につながった、という理解である。

 

あとがき

 イノベーションについて、まともに事例調査や既存研究についての研究を積み重ねてきていない渡辺の勝手な噛みつきに、小川さんがおつきあいくださり、それなりに議論ができたと、勝手に評価している.まずは小川さんにお礼を述べたい。

 また、もし可能であれば、このような形での議論の紹介も、このブログで、今後もしていきたいと考えている。同時に、我々の議論に対して異論等あれば、是非、コメント等の形で参加してくだされば、大変嬉しいことである。

2021年6月23日水曜日

6月23日 朝の餌に群がる池の鯉とエントランスの花

朝、池の鯉に餌をあげた直後の姿です。
 散っていた鯉が、一気に餌に向かって群がってきます。
ここのところ、多少、少なめに餌を与えているせいか、
群がり方は、例年以上です。

鯉の大きさ、わかりづらいかもしれませんが、
周りの草の葉と比べてみてください。
50〜60センチのものを最大に、
15センチぐらいまで、
全て我が家でかつて孵化した鯉、

その中で、幸運にも、最初の年を越し、
池に放流され、
青鷺の餌にならず、
ここまで育った、19080年代生まれを含めた鯉達、
元気に今朝も餌を食べています。

エントランスには、サンパラソルの真紅の花

そして、冬を越した苗から育てたサルビアが、
今年も本格的に咲き始めたので、
門の前に並べてみました。

鯉もサンパラソル、サルビアも、
夏を越え、
秋まで楽しませてもらえそうです。
鯉とサンパラソルは、また冬を越えさせ、
サルビアは子孫を残してもらい、
我が家の庭とエントランスの賑わいとして、
これからも。







2021年5月14日金曜日

5月14日 我が家の石楠花とエントランスのゼラニウム


我が家の石楠花、ようやく満開です。
ご近所では先月中に咲き誇り、もう散ってしまっています。
我が家の石楠花は、
陽当たりがもう一つのためなのか、いつも、遅くなります。

エントランスのゼラニウムも、賑やかに咲いています。
本格的なゼラニウムの季節

早春から、西洋桜草、ノースポールと主役が交替し、
今は、ゼラニウムが
エントランスの主役となりました。

しばらく、ゼラニウムが中心のエントランスとなります。



2021年4月18日日曜日

4月18日 春です。我が家の庭の出来事

 我が家の庭のシンボルツリー
柏の葉が芽吹き始めました。今日の蒼空を背に、
朝陽を浴びていました。

母屋のテラスの壁に、
メジロがしきりにやってきました。
巣作りのための材料にと、壁についた蛾の繭の抜け殻を
集めに来ていたみたいです。

エントランスのモミジの根本では、
エビネランがいくつも咲いていました。
昨年より数が増えたみたいです。
その昔、この家の庭を作った植木屋さんが、
休憩時間に裏の雑木林でみつけ、
勝手に我が家の庭に植えてくれた名残りです。

庭では鉄線の花が、賑やかに咲き始めました。
適当に鉄の棒を立て、
それに絡ませたところ、それなりに、
様になったように思いますが、いかがでしょうか。

いずれにしても、我が家の庭は春そのものです。
ほとんど二宮の自宅から出ない私でも、退屈しないのが
春だと、痛感している毎日です。






2021年4月11日日曜日

4月11日 TSMC創業者の張忠謀氏インタビューを読んで

 TSMC創業者の張忠謀氏へのインタビュー記事

 「半導体 1強の台湾企業」(朝日新聞、202148日、13版、15ページ)

を読んで 渡辺幸男

 

 半導体生産におけるファウンドリの最先端企業、TSMCの創業者のインタビュー記事である。以下、私の関心事から注目された張氏の発言部分を紹介し、そこから触発された、自身の勝手な意見を述べたい。

 台湾でTSMCは創業したのだが、創業当初から台湾ではなく米国からの受託生産をしていたことが紹介されている。すなわち、「業界では「垂直統合」が基本だった当時、一体、どこから注文を取ってきた」のかという質問に対し、「半導体の設計会社です、世界では90年代にかけて雨後のタケノコのように設計会社が続々、登場しました」とし、「米クアルコム」がTSMCと同時期に設立されたと述べ、「米エヌビディアも90年代にでき」たと述べている。当初より、台湾ではなく米国等のファブレス企業からの受託を行なってきたことが示唆されている。しかも、「87年に創業してしばらくは競争相手がまったくおらず、我々の独占状態が78年続きました」と述べている。90年代半ばまでは、米国を中心にファブレスメーカーが登場する中で、台湾立地のTSMCが受託半導体製造企業として圧倒的な存在であったことを示唆している。なお、台湾の半導体ファブレスメーカーの代表的存在と言えるメディアテックの創業は1997年であり、TSMCの創業より10年後である。ちなみに、現在ファウンドリ業界第2位のグローバルファウンドリーズは、2008年に当時の垂直統合型半導体メーカーAMDから分社・発足し、翌2009年に正式に設立されており、TSMCから20年遅れてのファウンドリ専業としての参入ということになる。

 他方、1980年代末から1990年代は、日系半導体メーカーが垂直統合型企業として、メモリーの1種、DRAM中心に世界市場を席巻し、やがてDRAMでサムスン電子に追い上げられ始められた頃でもある。90年代後半、日系メーカーの国内DRAM工場勤務であったゼミのOBが、ゼミのOB会で、DRAMの生産技術開発でサムスンの追い上げが急激であると、話してくれた。逆に言えば、このような事実が私にとって新鮮に聞こえたということは、90年代後半でも、日系企業のメモリー中心にした垂直統合型の半導体製造が、グローバル市場での先端的存在であったことを示唆している。

 垂直統合型の日系DRAMメーカーが、同じく垂直統合型の当時のサムスン電子に、DRAM生産技術開発で追いつかれ始めていた時点で、すでにTSMCは受託生産企業として台湾に登場し、米国等の設計会社すなわちファブレスメーカーが開発する多様なロジック半導体の生産を受託し始めていた、ということを、このことは示唆している。

 今1つ興味深い張氏の発言は、「台湾がTSMCを生んだように」というインタビュアーの発言に対し、張氏が「あなたは今、『生んだ』と言いましたが、台湾がTSMCを生んだわけではありません。なぜなら、私は米国で育てられたからです」と答えていることである。台湾に立地し、台湾政府の支援を受けているとしても、TSMCは、米国で育った生産技術と経営者をもとに、米国を中心としたグローバルな半導体市場向けに、当初から活動していたことが言われているとも言える。

 その上で、「日本がロジックを手がける製造専業の会社を生めなかったのはなぜでしょうか」というインタビュアーの問いに対しは、「どうして日本にTSMCはでてこなかったのか、ですか。それは、日本にファブレス企業が出てこなかったのが、最大の要因だと思います」と回答している。台湾に立地しているTSMCは、米国企業で育った経営者を核にグローバルな需要を対象に創業し、初期からグローバルないしは米国中心の需要を前提に成長しているのに対し、張氏は、日系企業については日本国内にファブレスが生まれなかったからだといっている。すなわち、日本国内に需要がなかったからだといっていることになる。他方で、TSMCが受託していたようにグローバルにはすでに需要が存在していたが、それは日系企業のファウンドリ化には関係なかったということになる。

読んだ当初は、一見矛盾する見解のようにも思えたが、まさにその通りであると、改めて感じた。つまり、当時の日系企業は、そして今でもかなりそうであるが、日本国内での需要と企業間分業を前提に創業しており、当初よりグローバルな市場を前提に、部分的工程に専門化して中間需要ないしは中間材需要を開拓するような企業の創業は稀有であったし、今でもそうであるということを暗に念頭に置いての発言であろう。

 TSMCは当初より海外需要を前提に半導体生産の一部のみを先端的に担うことを志向し創業したが、日系企業には、そのような形での市場志向は存在しにくいということなのであろう。台湾と日本の工業先端化の過程の差異が、ここに如実に表現されていると感じた。日本の製造業は、海外から技術導入をしたが、生産体系は国内完結型を目指すものであり、1980年代にはほとんど国内完結型生産体制を構築することに成功した。製造業内での需要について、部分的な工程のみに特化し、後は海外の需要に依存して発展するような経験は、戦前戦後を通して一貫してほぼ存在しなかったといえよう。また、最終製品市場についても、先端的な工業分野を含め、まずは日本国内でその製品分野として完結した生産体系を構築してから、海外の最終製品市場に進出するという形態を、当然のこととしていた。海外企業との企業間分業による中間需要を前提に、当初より、その部分工程に専門化した形で海外需要を開拓した分野は、ほぼ存在しないと見て良いであろう。

 台湾の場合は、この張氏のインタビュー記事に対する解説的記事を同じページに書いているアジア経済研究所の川上桃子氏がかつて『圧縮された産業発展 −台湾ノートパソコン企業の成長メカニズム−』(名古屋大学出版会、2012年)で、ノートパソコンについて描いたように、そしてこのTSMCの半導体受託生産、グローバル需要を前提にしたファウンドリとしての創業もまた、戦後日本の工業発展とは大きく異なり、当初よりグローバルな生産市場体系の一部を担う形で、国内市場とはほぼ切り離された形で、多様な工業生産分野が拡大した。筆者が実際に調査研究対象としたジャイアントやメリダに代表される台湾系自転車産業企業も、その一例であろう。自転車では、市場と部材の多くを海外に依存しながら、組立生産を受託し、発注側のブランドでの生産、OEM生産からその本格的成長が始まった。部品ではなく完成品の受託生産から参入したという意味で、受託生産の製品内容が異なるが。また、EMSの鴻海精密工業(富士康)も、同様に海外からの電子・電気製品の組立受託という中間市場向けに受託生産をして巨大化した例と言えよう。

 ただ、TSMCが上記のような台湾系の著名な他の受託生産企業と大きく異なるのは、その生産体制が、中国大陸に進出し、そこを生産の主力とすることなく、依然として台湾中心のものとなっている、ということである。大量の非熟練労働力を、生産工程の中の主要な部分に必要とするような産業においては、中国の改革開放以後、ほとんどの有力台湾企業が、中国大陸に進出し、そこを生産面での主要拠点としている。それに対して、TSMCは依然として台湾での生産を中核としている。ファウンドリが技術的に装置型産業であり、TSMCが生産技術での先端を担う企業であることによるのであろう。なお、上記の自転車産業で世界最先端にあるようなジャイアント等の台湾系メーカーも、量産工場自体は中国大陸を主力としているが、開発拠点については依然として台湾に残している。TSMCは装置型の先端生産技術企業を目指したがゆえに、半導体生産技術で先端を行く主力生産工場を中国に移せなかったとも言えるのかもしれない。

 

 このようなTSMCの発展を、産業発展論の中で、どのように位置付けるべきであろうか。現代においては、かつて日本の製造業が先進化したような過程、時期とは異なり、多様な中間財それも特定機能だけに専門化した企業でも、グローバルな市場を前提に、グローバルな企業間分業を活用することで、技術的にも最先端化できる、ということを示したものといえよう。国民経済単位での産業発展に制約されることの少ない形での、突出的な特定産業の発展が可能なのが、現代の工業、産業なのであろう。そのような例として、台湾の諸産業とともに、他には、本ブログでも取り上げたことのある、ブラジルのリージョナルジェット機メーカーであるエンブラエルがあげられよう。ブラジルの場合は、出発点は多数のドイツ人航空機技術者のブラジル移住にあったとされる。台湾のTSMCの場合は、そのような存在として張氏をはじめとする米国で学び米国企業で半導体開発生産に携わった中国系技術者たちということになろう。

 

 今後の世界の産業発展が、どのような地域間分業構造を前提に展開していくのか、興味深い点である。東アジアは、その意味でその可能性について、他の後発工業化国にとっての大いに参考となる産業地域といえよう。

しかし、日本のように、国民経済単位で、一定規模の国内市場の存在を前提に、国内完結型の生産体制の構築を目指し、それに成功し、その中からグローバルに競争力のある乗用車産業等を生み出すといった方向での産業発展は、ある意味、他の後発工業化国には参考にならないであろう。いわば最後の国民経済的工業化成功国、日本経済といえよう。

 それに対して、台湾や韓国は、海外市場を当初より前提し、そこでの一部の市場での優位を実現することや特定の生産機能を担うことで、一点突破的に工業化を進展させ、それを核に他の分野も海外市場を念頭に発展させた、工業化成功事例である。国民経済内での国内完結型生産体制の構築に依存しない工業化といえる。その1つの事例が、今回のファウンドリTSMCということになろう。

それに対して中国は、一方で大量の低賃金不熟練労働力を動員し、工業生産における世界市場における量産製品生産の組立機能のみの海外企業からの受託生産を中心に工業化を進めた。と同時に、それを通して一定の所得水準上昇を実現したことを活かし、さらに計画経済下での工業化要素の形成、人的基盤の存在を活かしての独自な巨大な国内市場向け生産体制構築に成功し、その市場部分を活用する新規創業企業の大量創出が生じた。それを通して、上記のグローバルな生産体系の中の1要素を担うと同時に、国民経済単位での新たな形での独自な産業発展をも実現した経済と言えよう。

 

 リージョナルジェットでのブラジルやバンガロールのIT産業のインドのように、すでに一点突破的な先端工業分野の構築に成功している地域や国もある。ただ、これらの地域は台湾や韓国と異なり、多くの先端企業や産業を生み出すことには、未だ至っていない。一点突破型のグローバル市場向け産業分野の後発工業化国での構築、そして、その簇生の条件は何か。興味深い論点である。

2021年4月9日金曜日

4月9日 春爛漫のエントランス

道路沿いの生垣のトキワマンサク、
紅と白、
手前の3本が本格的に咲きました。
奥の2本は、
刈り込んだために、花付きが今ひとつですが。

エントランスでは、ノースポールが満開です。
モミジの新緑、
ゼラニウムにマーガレット
花がそれぞれ咲き誇っています。

灯籠の脇のモミジ、
新緑、
でも、こちらも緑ではなく、
紅色の「新緑」、これも粋なものです。

例年に比べ、ゼラニウムの花のつきが遅くなっています。
一昨年から、軒下で冬で越させているので、
花の盛りの始まりが遅くなっています。
蕾はたくさんついているので、
もう少しでゼラニウムも賑やかになると思われます。







 

2021年3月30日火曜日

3月30日 Intel Inside からFab by TSMCへ

Intel Inside からFab by TSMC

FT BIG READ, MANUFACTURING

 FT, 25 March 2021, p.15を読んで

 

  325日版のFTFT BIG READは、台湾のファウンドリ、TSMCを中心とした半導体生産での1社優位へ向けての話である。半導体生産で垂直統合企業ながら生産技術でも、これまで世界最先端の存在であったインテル、かつてはほとんどのPCに ‘Intel Inside’ と書かせ、そして「インテル入ってる」と宣伝し、部品サプライヤでも完成品メーカーに対して取引上優位に立てることを、我々日本の中小企業研究者に知らしめた、そのインテルが、生産技術でTSMCそしてサムスン電子にも置いていかれる状況にあることは、このブログでも紹介した。

この記事は、そのような状況下でのTSMCの巨大な投資の状況と、その世界戦略、受注だけではなく工場立地戦略についても言及している記事である。

そこでかかれていること1つは、インテルがCPUのいくつかをTSMCに外注し、2023年にはインテルのCPU20%をTSMCに外注することになり、そのためだけにTSMC100億ドルを投資するということが記されている。それはインテルが7nmの半導体の生産に自信を持ち始めているにもかかわらず、TSMCを利用するCPUでの競合ファブレスメーカーAMDとの競争で劣後しないためでもある。また、TSMCはインテル向けを含め、2021年には250億から280億ドルの設備投資、2020年比で63%増が見込まれている。

 

また、この記事によれば、TSMCがこれだけの巨大な投資を行うことで、EUV露光装置で圧倒的な存在であるオランダのASMLをして供給不足の状況にいたらしめているということである。それゆえ、TSMCの潜在的競争相手が、必要なEUVASMLから手に入れることは困難となっている。その結果、この記事の落ちは、「インテルがこの困難により長い時間をかけ取り組めば取り組むほど、TSMCとの差は広がる」というのが、半導体製造装置メーカー幹部の言であり、「TSMCの覇権は、ここしばらく揺るぎない」という言葉をまとめとして引用している。

 

半導体のファブレスメーカーが先端半導体開発の各分野で先頭を占めれば占めるほど、先端的かつ大規模なファウンドリに依存する必要が増すことは、当然の結果といえよう。線幅を微細化することで半導体ファブレスメーカーは、ファブレスメーカー間の競争において、より競争優位に立てるのであるから。最先端の生産技術を持つファウンドリが1社ないし2社になれば、先端的な半導体を開発するファブレスメーカーからの発注は、それらの1・2社に集中することになる。それがサムスン電子とTSMCであったのだが、ここにきてTSMC1社になりつつあるということであろう。

 

ファブレスメーカーが多く生まれ、ファブレスメーカー間の競争が激しくなる。ただ、半導体は多様であり、それぞれの分野で優位に立つファブレスメーカーを生み出している。DRAMを中心とした半導体メモリーが半導体生産技術を先導していた時代とは、この点が大きく異なる。多様な半導体について、激しい競争が生じている。他方で生産技術の高度化は、多様な先端的半導体生産を行うことを先端的生産技術受託企業に可能とする形で展開している。その高度化を半導体受託生産企業群の中では、生産技術での先頭にいるTSMCとサムスン電子が主導してきた。そして、ついにはTSMC一社優位になりつつある。その意味を考えることが重要であろう。

受託生産企業であろうとも、受託生産を行う生産技術で、発注側どころか、他の受託生産企業を圧倒する優位を実現し、その優位が発注側企業間の競争で発注側企業にとって決定的な優位をもたらす、あるいは劣位に陥らないで済む要素となれば、発注側メーカーに対し、そして半導体設備供給側装置メーカーに対しても、取引関係上で優越した地位に位置することができる、ということを、改めて我々に示しているのが、このFTの記事である。この点こそ、TSMCの受託生産企業としての生産技術での差別化成功が、我々のような産業経済論の研究者に示唆する第一の点であろう。

日本の下請分業構造で多く見られたOEM企業、相手側設計に基づく受託生産サービス企業、その多くは中小企業であり、取引上、発注側企業に対し劣位な関係にあった。その理由は、OEM企業間の競争が発注企業間の競争より激しいこと、それと同時に、生産技術的に発注側企業に対し優位性を持ち得なかったこと、この2つが極めて重要な要因である。この生産技術的に発注側企業に対し優位に立ち得なかったことを、大きく克服したのがTSMCであり、発注側企業が真似できない水準、それも競争上決定的な半導体の線幅の生産技術で、それを実現したこと、このことの重要性を端的に示しているのが、垂直統合企業であるインテルが改めてTSMCに製造を外注することで、ファブレスAMDとの競争での劣位を克服しようとしたことといえよう。

発注側が実現できないどころか、他の生産受託サービス企業も実現できない線幅の生産技術をものにしたTSMCは、委託企業にとって、さらにはインテルのような垂直統合企業にとっても、自社の先端的半導体生産の優位を維持するためには、不可欠な生産委託先ということができる。我々が、かつて日本の機械工業でのOEM企業すなわち生産受託サービス企業を観察することによっては全く想像できなかったような、強い取引上の立場をTSMCは実現しているのである。

 

 このような状況の出現を踏まえた時、取引上の力関係は、単純に、最終製品や完成部品の企画開発を行う企業が優位で、そこから生産委託を受けるような受託加工サービス企業が劣位、といった、生産上の垂直的な位置関係から決まるものではないことが明らかになる。経済学の基本の基である、売り手と買い手、それぞれにおける競争状況こそが、どちらの側を取引状優位にするかを決めるのである、ということが確認される。

 買い手独占故に、自社内生産も同様な水準以上で可能な故に、激しい売り手間の競争に曝されている売り手は、取引上不利な立場に置かれる。これが売り手独占、あるいは売り手の中で他が追随できない、独自かつ買い手にとって競争上必要不可欠な技術を持つ売り手であれば、逆に売り手が取引上優位な立場に立つ。かつての日本における外注取引関係からは想像できなかった経済学的事実が、インテルとTSMCの事例によって改めて確認されたとも言える。

かつてCPUというPCの完成部品、中核部品だが1部品でもある部品の生産者インテルが、完成品であるPCのメーカーに対して持った取引上の優位、これ自体、当時の日本の機械産業での外注取引関係研究者であった私にとっては、驚き以外の何物でもなかった。が、そのインテルが、今度は、自ら開発し依然として競争力の高い完成部品CPU、優位のもとであった完成部品の生産を、自社内で、自社の従来水準よりは高度な形で生産できるにもかかわらず、外注せざるを得なくなった。それも当該外注先企業TSMCを既に利用している競争相手のファブレスメーカーAMDに対抗するため、という競争に強制されてである。

かつての外注関係の用語を使えば、完成部品メーカーが自社開発し、自社でもそれなりに先端的な製品として生産できるにもかかわらず、OEM外注をせざるを得ない。それも自社の主力完成部品市場での競争力を維持するために。取引関係上でみて劣位な立場で、OEM発注せざるを得ない、というのが、垂直統合企業であるインテルが、ファウンドリTSMCと垂直的社会的分業をせざるを得ないことのより広い概念での表現といえよう。

 

 このような状況は、半導体だけに生じることなのであろうか。半導体以外の機械製品や機械完成部品にも生じることなのであろうか。これが次の問題となる。

 

 このような状況を、単品でみて世界最大の市場である乗用車市場で再現しようとしているのが、ファブレスメーカーとしてのアップルとEMSの鴻海精密工業ということなのであろうか。ただ、EV市場には、「インテル」や「マイクロソフト」は、(まだ)存在しない。EVの「インテル」は、蓄電池に出現するのか、それともモーター、あるいは自動運転技術、何が決定的な完成部品で、その部品を特定企業(群)だけが圧倒的な優位を占め、供給を独占できるのか、その可能性と論理は、(少なくとも私には)全く見えていない。個別完成部品が優位を占め、その生産でファブレス化が進み、乗用車生産それ自体はPC生産のようになる。こちらの可能性は、充分に考えられるが。

まずは、EV乗用車で「インテル」が生まれるのか、生まれるとしたらどの部品か。そしてEVでの「TSMC」は? 産業論研究者には興味が尽きないテーマではある。