2021年3月30日火曜日

3月30日 Intel Inside からFab by TSMCへ

Intel Inside からFab by TSMC

FT BIG READ, MANUFACTURING

 FT, 25 March 2021, p.15を読んで

 

  325日版のFTFT BIG READは、台湾のファウンドリ、TSMCを中心とした半導体生産での1社優位へ向けての話である。半導体生産で垂直統合企業ながら生産技術でも、これまで世界最先端の存在であったインテル、かつてはほとんどのPCに ‘Intel Inside’ と書かせ、そして「インテル入ってる」と宣伝し、部品サプライヤでも完成品メーカーに対して取引上優位に立てることを、我々日本の中小企業研究者に知らしめた、そのインテルが、生産技術でTSMCそしてサムスン電子にも置いていかれる状況にあることは、このブログでも紹介した。

この記事は、そのような状況下でのTSMCの巨大な投資の状況と、その世界戦略、受注だけではなく工場立地戦略についても言及している記事である。

そこでかかれていること1つは、インテルがCPUのいくつかをTSMCに外注し、2023年にはインテルのCPU20%をTSMCに外注することになり、そのためだけにTSMC100億ドルを投資するということが記されている。それはインテルが7nmの半導体の生産に自信を持ち始めているにもかかわらず、TSMCを利用するCPUでの競合ファブレスメーカーAMDとの競争で劣後しないためでもある。また、TSMCはインテル向けを含め、2021年には250億から280億ドルの設備投資、2020年比で63%増が見込まれている。

 

また、この記事によれば、TSMCがこれだけの巨大な投資を行うことで、EUV露光装置で圧倒的な存在であるオランダのASMLをして供給不足の状況にいたらしめているということである。それゆえ、TSMCの潜在的競争相手が、必要なEUVASMLから手に入れることは困難となっている。その結果、この記事の落ちは、「インテルがこの困難により長い時間をかけ取り組めば取り組むほど、TSMCとの差は広がる」というのが、半導体製造装置メーカー幹部の言であり、「TSMCの覇権は、ここしばらく揺るぎない」という言葉をまとめとして引用している。

 

半導体のファブレスメーカーが先端半導体開発の各分野で先頭を占めれば占めるほど、先端的かつ大規模なファウンドリに依存する必要が増すことは、当然の結果といえよう。線幅を微細化することで半導体ファブレスメーカーは、ファブレスメーカー間の競争において、より競争優位に立てるのであるから。最先端の生産技術を持つファウンドリが1社ないし2社になれば、先端的な半導体を開発するファブレスメーカーからの発注は、それらの1・2社に集中することになる。それがサムスン電子とTSMCであったのだが、ここにきてTSMC1社になりつつあるということであろう。

 

ファブレスメーカーが多く生まれ、ファブレスメーカー間の競争が激しくなる。ただ、半導体は多様であり、それぞれの分野で優位に立つファブレスメーカーを生み出している。DRAMを中心とした半導体メモリーが半導体生産技術を先導していた時代とは、この点が大きく異なる。多様な半導体について、激しい競争が生じている。他方で生産技術の高度化は、多様な先端的半導体生産を行うことを先端的生産技術受託企業に可能とする形で展開している。その高度化を半導体受託生産企業群の中では、生産技術での先頭にいるTSMCとサムスン電子が主導してきた。そして、ついにはTSMC一社優位になりつつある。その意味を考えることが重要であろう。

受託生産企業であろうとも、受託生産を行う生産技術で、発注側どころか、他の受託生産企業を圧倒する優位を実現し、その優位が発注側企業間の競争で発注側企業にとって決定的な優位をもたらす、あるいは劣位に陥らないで済む要素となれば、発注側メーカーに対し、そして半導体設備供給側装置メーカーに対しても、取引関係上で優越した地位に位置することができる、ということを、改めて我々に示しているのが、このFTの記事である。この点こそ、TSMCの受託生産企業としての生産技術での差別化成功が、我々のような産業経済論の研究者に示唆する第一の点であろう。

日本の下請分業構造で多く見られたOEM企業、相手側設計に基づく受託生産サービス企業、その多くは中小企業であり、取引上、発注側企業に対し劣位な関係にあった。その理由は、OEM企業間の競争が発注企業間の競争より激しいこと、それと同時に、生産技術的に発注側企業に対し優位性を持ち得なかったこと、この2つが極めて重要な要因である。この生産技術的に発注側企業に対し優位に立ち得なかったことを、大きく克服したのがTSMCであり、発注側企業が真似できない水準、それも競争上決定的な半導体の線幅の生産技術で、それを実現したこと、このことの重要性を端的に示しているのが、垂直統合企業であるインテルが改めてTSMCに製造を外注することで、ファブレスAMDとの競争での劣位を克服しようとしたことといえよう。

発注側が実現できないどころか、他の生産受託サービス企業も実現できない線幅の生産技術をものにしたTSMCは、委託企業にとって、さらにはインテルのような垂直統合企業にとっても、自社の先端的半導体生産の優位を維持するためには、不可欠な生産委託先ということができる。我々が、かつて日本の機械工業でのOEM企業すなわち生産受託サービス企業を観察することによっては全く想像できなかったような、強い取引上の立場をTSMCは実現しているのである。

 

 このような状況の出現を踏まえた時、取引上の力関係は、単純に、最終製品や完成部品の企画開発を行う企業が優位で、そこから生産委託を受けるような受託加工サービス企業が劣位、といった、生産上の垂直的な位置関係から決まるものではないことが明らかになる。経済学の基本の基である、売り手と買い手、それぞれにおける競争状況こそが、どちらの側を取引状優位にするかを決めるのである、ということが確認される。

 買い手独占故に、自社内生産も同様な水準以上で可能な故に、激しい売り手間の競争に曝されている売り手は、取引上不利な立場に置かれる。これが売り手独占、あるいは売り手の中で他が追随できない、独自かつ買い手にとって競争上必要不可欠な技術を持つ売り手であれば、逆に売り手が取引上優位な立場に立つ。かつての日本における外注取引関係からは想像できなかった経済学的事実が、インテルとTSMCの事例によって改めて確認されたとも言える。

かつてCPUというPCの完成部品、中核部品だが1部品でもある部品の生産者インテルが、完成品であるPCのメーカーに対して持った取引上の優位、これ自体、当時の日本の機械産業での外注取引関係研究者であった私にとっては、驚き以外の何物でもなかった。が、そのインテルが、今度は、自ら開発し依然として競争力の高い完成部品CPU、優位のもとであった完成部品の生産を、自社内で、自社の従来水準よりは高度な形で生産できるにもかかわらず、外注せざるを得なくなった。それも当該外注先企業TSMCを既に利用している競争相手のファブレスメーカーAMDに対抗するため、という競争に強制されてである。

かつての外注関係の用語を使えば、完成部品メーカーが自社開発し、自社でもそれなりに先端的な製品として生産できるにもかかわらず、OEM外注をせざるを得ない。それも自社の主力完成部品市場での競争力を維持するために。取引関係上でみて劣位な立場で、OEM発注せざるを得ない、というのが、垂直統合企業であるインテルが、ファウンドリTSMCと垂直的社会的分業をせざるを得ないことのより広い概念での表現といえよう。

 

 このような状況は、半導体だけに生じることなのであろうか。半導体以外の機械製品や機械完成部品にも生じることなのであろうか。これが次の問題となる。

 

 このような状況を、単品でみて世界最大の市場である乗用車市場で再現しようとしているのが、ファブレスメーカーとしてのアップルとEMSの鴻海精密工業ということなのであろうか。ただ、EV市場には、「インテル」や「マイクロソフト」は、(まだ)存在しない。EVの「インテル」は、蓄電池に出現するのか、それともモーター、あるいは自動運転技術、何が決定的な完成部品で、その部品を特定企業(群)だけが圧倒的な優位を占め、供給を独占できるのか、その可能性と論理は、(少なくとも私には)全く見えていない。個別完成部品が優位を占め、その生産でファブレス化が進み、乗用車生産それ自体はPC生産のようになる。こちらの可能性は、充分に考えられるが。

まずは、EV乗用車で「インテル」が生まれるのか、生まれるとしたらどの部品か。そしてEVでの「TSMC」は? 産業論研究者には興味が尽きないテーマではある。 

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