Rachman, G., ‘There is no path to lasting Russian victory’
「ロシアにとって勝利持続への道はない」(FT, 17 Jan. 2023, p.17)を読んで
渡辺幸男
久しぶりに、勝手なコメントを書きたくなる、興味深いFTの記事に遭遇した。それが、上記のタイトルのG. Rachman氏の論説である。
ここでは、ロシアのウクライナ侵略について、どのように見るべきか、改めて議論がなされている。そこでの主張の中心は、タイトルにあるように、ロシアのウクライナ侵略では、今後、ロシアによる戦場での一定の成果が生じても、持続的なロシアの勝利とはならない、ということである。たとえ、ロシアがウクライナのゼレンスキー大統領を追放できても、10年単位のゲリラ戦がウクライナで生じるだけであり、アフガニスタンでの旧ソ連の戦争が「ピクニック」のように見えてくる、ことになるとしている。
たとえ一時的に勝利しても、ロシアのウクライナ占領軍やその傀儡政権は、長期的なゲリラ戦に巻き込まれ、その一時の「勝利」はロシアをより一層、長期の災難へと導くというのである。第2次世界大戦の対ドイツ戦での旧ソ連の最終的な勝利は、自国での戦いであり、その上にヨーロッパ諸国を味方にしての戦いであったが、今回はウクライナがその立場にある。ロシアの味方はヨーロッパには存在せず、南の諸国の中に存在するだけであり、何よりもロシアが侵略者なのである。旧ソ連のアフガン戦争が「ピクニック」とみえるような状況になり、プーチン大統領のロシアにとっては、論理的には降伏も可能だが、降伏は自らの完全否定となるプーチン大統領にとって受け入れ難いことであろうとも述べている。
そしていずれにしても、プーチン大統領が長い戦争を遂行するには、ロシア国内のエリートの長期に渡る無条件的な愛国主義的支援が不可欠である。しかし、無条件的な愛国主義的エリートは、仲間を戦場に送り、そして殺すことになり、持続可能とは言えない。ロシアの本当の愛国主義的エリートの多くは投獄されたり亡命したりしているが、彼らがプーチン大統領と彼の戦争をやめさせるとき、ロシアには初めて、「道徳的、経済的、そして国際的な地位を再構築するチャンス」が生まれる、と締めくくっている。
この論説でのポイントは、今回の戦争が、ロシアのウクライナへの侵略戦争であり、たとえウクライナ現政権が崩壊したとしても、戦争は長期のゲリラ戦となり、侵略者ロシアは、この30年欧州諸国へのエネルギー資源供給者として成長を遂げてきたのであり、その欧米諸国から総スカンを喰らい、多少なりとも積極的な支援を期待できるのは南の諸国の中にあるだけで、それもイランぐらいであり、中国等も積極的には支援しないであろうというが第一の点である。そして、それにもかかわらず、プーチン大統領は引くに引けず、泥沼で足掻くことになる。しかもその足掻きを維持できるのは、ロシアの愛国主義的エリート層の無条件の支持があってのものであるが、それ自体無理であろう、ということで締め括られている。
この論説を読んで、改めて、ロシアのプーチン大統領の読み間違えの深刻さを痛感した次第である。多くの人が指摘しているように、プーチン大統領はキーウに向けて侵略を開始すれば、本格的な抵抗もないまま、数日ないし10日くらいで、ゼレンスキー政権を追放し、傀儡政権を打ち立てることができると読んでいたのであろう。2014年のクリミア半島のあまりに容易な自国領土化の事実上の成功、これこそが読み違えに向けての原点であろう。クリミアで成功したのだから、それを見た目でより大規模に行えば、ウクライナ全土を属国化できる、という読みである。
そのような読みがあったからこそ、最前線に向かう自国の兵士に、直前まで演習への参加と思わせていても、問題ないと考えていたのであろう。兵士の絶対数さえ十分であれば、その戦闘意欲や兵站状況とその背後にある大義等は関係なく、ゼレンスキー政権は崩壊すると。これが完全に見込み外れであったことから、引くに引けない羽目に陥った。そして、時間を経過させ、米欧による本格的なウクライナ支援を呼び込んでしまった。しかも、ラックマン氏によれば、プーチン大統領は自らが破滅するまで、戦い続けざるを得なくなっている、ということになる。
その結果、プーチン大統領は、当面の勝利を得ようとして、無差別攻撃を行い、民間人の大量虐殺や、社会生活のインフラの意図的破壊をおこなっている。これは、当面ウクライナ人を傷め、生活困難に至らしめることになる。しかし、このようにウクライナ国民を徹底的に痛めつけるならば、プーチン大統領がたとえ傀儡政権を打ち立てることに成功したとしても、その傀儡政権は、ウクライナ人の多く、ウクライナ国民の圧倒的な部分の人々の協力を得られないことになるであろう。ラックマン氏はアフガンどころではない長期の激しいゲリラ戦になると言っている。数日で傀儡政権を樹立できなかったボタンの掛け違い、そこに至ったプーチン大統領の状況の読み違いゆえに、引くに引けず、泥沼にますますハマる状況を作り出してしまっている。ほぼ1世紀前の、どこかの新興帝国の侵略者の中国での失敗を素直になぞっているようにも見える。
その読み違いの根本は、2014年段階のウクライナ国民のウクライナ国民としてのアイデンティティが、クリミアのロシア併合で大きく変わり、強化されたことであり、それをさらに強めているのが、いまのロシアのウクライナ侵略だと、ラックマン氏は言うのである。
しかも、ロシア、そしてプーチン政権は、ここ30年、旧ソ連の崩壊後、ヨーロッパへのエネルギー資源の輸出国として、ロシア国民1億4千万人にとってのある程度豊かさを実現した。そのことを通してプーチン大統領は自らの権力基盤を堅固なものとした。このロシア国民にとってのある程度の豊かさをもたらした対欧州向けの天然エネルギーの順調な輸出と、それを中心とする豊かさへの道は、2度と再現不可能であろう。欧州の主要国は今回の侵略で、ロシアへの天然エネルギー依存が極めて国民的にリスクの大きなことであることを認識したであろう。ここでもプーチン大統領の読み違いが見えてくる。エネルギー資源をロシアに大きく依存するヨーロッパ諸国は、形だけの制裁にとどまり、本格的な経済制裁をロシアに向け発動せず、ロシアへの全面的な経済制裁発動は控える、というクリミア奪取の経験の再現を期待したのであろう。
ヨーロッパへの天然エネルギー資源の輸出拡大の道が閉ざされた中で、ロシアは、どのように改めて経済の回復成長を実現し、高所得国へと近づこうとしているのであろうか。中国とインドという巨大な人口のエネルギー輸入国への輸出の大幅拡大の可能性に将来に賭けているのであろうか。そのことを通して、オーストラリアのようになろうとしているのであろうか。1億4千万人が高所得になるだけの天然資源と農産物の成長する輸出市場を中長期的に確保できるのであろうか。
それとも、旧ソ連が、それなりに実現した、自国の勢力圏内での完結型の工業化を、改めて再現しようとしているのか。中央アジアの諸国を含め、今回のウクライナ侵略で、周辺国のロシア勢力圏化への積極的な協力の確保は不可能であろう。いつ主権を否定する侵略を行うかもしれないロシアに、積極的に協力する国は、政権基盤がぐらついているベラルーシのルカシェンコ政権ぐらいであろう。
プーチン大統領の権力者としての一層の頑張りは、ラックマン氏もいうように、ロシアの悲劇の深化ということになろう。悲劇への道を突き進む指導者のもとで、その指導者に盲目的に従う国民、歴史的には、幾つものその姿を見てきた、その再来がプーチン大統領支配下のロシア「帝国」ということになろう。工業生産については、国際競争力と勢力圏内完結性の両面において、旧ソ連以下の状況にある現在のロシアだが、国際エネルギー供給者としての地位の確保と、多少の豊かさの実現による国民的支持を得た支配者の見込み違いが、国家としての破滅につながるような泥沼、いな底なし沼にはまる、という国家的悲劇をもたらしつつある。しかも、この支配者は、自らの非を認めることが全面的な自己の破滅となるような、逃げ場のない支配者、事実上、政権交代の仕組みを持たせない体制の独裁者である。
今こそ、ロシア革命の時と言えるかもしれない。プーチン「皇帝」打倒のためのロシア革命である。しかし、ラックマン氏が期待するように、本当の愛国的エリートが、反プーチン大統領で蜂起する可能性があるのであろうか。その多くが投獄され国外逃亡している人々でもある。天然エネルギーを買ってくれるところは、買い叩かれるとしても、中国やインドといった巨大人口国を中心に存在し続けるであろう。このことにより、ロシア経済はジリ貧とはなるが、獲得した豊かさを少しずつ手放すことで済み、経済崩壊を意味しないですむ。このジリ貧状況は、一挙崩壊より、ロシア経済には、長期的な、より大きなダメージを与えることになるかもしれない。新たな道の模索をしない、あるいはできないまま、ジリ貧状態が長期化する。そして、天然エネルギーである石油や天然ガスの需要者とその量が、絶対的に減る。再生可能エネルギーへの代替により。同時に、そこそこの水準で天然資源への依存が維持されることで、本格的な再工業化へのエネルギーは、ロシアでは生じないことになる。再工業化の担い手となる可能性を持つ多くの人々は、海外に脱出しているがゆえに、一層のこと。
一刻も早い、ロシアでの政権交代、ラックマン氏の言う真の愛国主義的エリートによる政権奪取、「ロシア革命」を願うばかりである、が・・・。
ただ、それにしても、ロシアの高所得国化への道が、私には見えてこない。1億4千万人のロシアの人々にとって、天然資源輸出を通しての高所得国への道は極めて困難に見える。が、他方で、米欧そしてアジアの先進工業諸国からの経済制裁下でのロシアにおける工業発展の道、これもまた私には全く見えてこない。今のロシアの工業状況では、旧ソ連レベルのラーダの量産さえ、できるとは思われない。しかも、この30年でかつての旧ソ連が持っていた勢力圏内完結型の工業構造は完全に解体し、広範な工業生産における米欧を含めた国際分業に依存する天然資源輸出主導の、そこそこに豊かさを実現した国民経済となっているロシア、今後の発展的展開の筋道が見えてこない。
見えてくるのは、中国経済への天然資源と農産物の輸出で食いつなぐ、高所得国化できなかった停滞的ロシアなのだが・・・。これも、世界経済の再生エネルギーへの転換により経済破綻しなければであるが。
お詫び:論説の著者の日本語表記が、間違っていました。ラックマン氏の翻訳書を読んでいながら間違えてしまいました。お詫びいたします。最初の公開時には、ラッチマン氏と表記していましたが、ラックマン氏と修正しました。
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