2022年8月7日日曜日

8月7日 日経記事、鄭婷方・黎子荷「半導体供給網 無数のネック」を読んで

鄭婷方・黎子荷「「国内化」による安全保障に不都合な真実

 半導体供給網 無数のネック」NIKKEI Asia, Global Eye

(日本経済新聞、202287日、12版、8ページ)を読んで 渡辺幸男

 

久しぶりに、私のかつての専門に近い分野での興味深い記事に出会った。米欧日の各国の政府が、台湾のTSMCを中心に、最新の半導体メーカーの自地域内誘致を進めているが、それがたとえ成功したとしても「「国内化」による安全保障」としては「それはおとぎ話にすぎない」と切り捨てている。実に明快な結論である。

その根拠は、半導体生産におけるサプライチェーンについての理解にある。すなわち、今、半導体不足の中で供給力強化に乗り出している半導体最大手で最先端技術の担い手であるTSMCそのものが「サプライチェーン(供給網)のボトルネックに直面している」というのである。そこからの含意は、「半導体製造の「国内化」を」実現したとしても、その「製造プロセスに必要不可欠な数百の原材料、化学薬品、消耗部品、工業用ガス、さらに機器や原材料を供給するネットワーク」が存在し、それらは「数十カ国をまたいで機能し」ているのであり、「これを1つの国や地域で行うのは困難である」ということである。

さらに、それぞれの「専門企業」のうちで、半導体製造の基準を満たすのは、「それぞれ世界に数社しかない」とのことである。すなわち、数十カ国に広がる専門企業、しかしそれぞれの分野については数社しか存在しない部品、部材、製造装置を集めること、それによって最先端の半導体生産がはじめて可能となっている、ということである。具体的にどのような部材や製造装置がそうなのか、簡単な指摘も行われている。部材についても、その分野の製品が作れれば、どの企業の製品でも使用可能というのではなく、ごく限定された最先端の部材のみ使用可能ということも指摘されている。

結果、「供給網のどの部分も二重化ですら簡単ではない」と締めくくっている。ここでの議論は、半導体製造、それも先端的なそれについては、単に半導体製造について最終組立企業としてのTSMCをはじめとした数社のみが、先端的な半導体を製造できるというだけではなく、幅広い高度な専門企業群の社会的分業が、グローバルな形で、素原料を含め、部材、製造装置、製造装置用の部材といった多様な分野との社会的分業から成り立っており、かつ、先端的な半導体につながる製品を生産できる企業は、世界でも、それぞれの分野で少数企業である、ということが指摘されている。それゆえ、最終製造工程の最先端工場を誘致するという形で、今、米欧日で進められている「半導体製造の「国内化」」は、半導体の自国・自地域への安定的供給を実現するという意味では、それ自体だけでは「おとぎ話にすぎない」ということになる。

この限りでは、まさにその通りだというしかない。それぞれ最先端の少数企業に担われている社会的分業に基づくサプライチェーンの各環節は、それぞれについて少数の生産拠点がグローバルな広がりの中で、各地に、それぞれなりに展開する形で存在している。それぞれ他の企業がすぐには追随できないような少数専門化企業によって担われている。そのどの環節が損なわれても、先端的半導体は製造困難となり、近年生じたような半導体不足が少なくとも短中期的には継続することになる。このことの一面については、韓国と日本との半導体生産用のフッ化水素ガス(エッチングガス)の規制をめぐる争いを通して、すでに明らかになっている点ともいえよう。

 

ここまでは、極めて納得的な記事である。しかし、その上で、かつて社会的分業論を専門研究分野としてきた私にとっては、気になる点がいくつか抜け落ちているような気がした。1つは、社会的分業の担い手である半導体生産の川上部門や製造設備製造部門、そしてその生産のための川上部門の企業の、個別企業としての再生産をめぐる存立形態についての議論が、それである。今ひとつは、「供給網の強靭化」を実現するための有効な方法模索の方向性についてである。

 

前者の各関節を担う、専門企業の存立形態について、少数寡占が多いということは指摘されているが、その専門企業の存立形態、再生産形態についての言及はない。ごく一般的な議論としていうならば、それらの少数寡占状況を生み出している専門企業の多くは、半導体部材、また半導体製造装置向けだけに専業化している企業は少ないとみられるということである。それぞれの専門企業が、特定の部材生産分野、製造装置分野で、半導体に専門化しない形で存立している場合が圧倒的である。この記事でも、「バルブやパイプ」といった半導体製造に使用する部材や製造装置の部材について言及しているが、その専門メーカーは、特殊パイプやバルブを少なくとも専門の1つにしている企業であるが、半導体関連のためだけにパイプやバルブを生産している企業は、ほぼ皆無であろう。どんな製品であっても、半導体の部材の一部や製造装置の部材の一部を構成するにすぎず、先進的な開発能力のある企業が、それだけで自らの持つ開発力や資本力等を使い切り、諸費用を回収するには、特殊すぎる部材と言える。

 それぞれパイプやバルブを含めた専門メーカーとして多様な特注や特別企画の製品の生産を含め、高度な製品を幅広く受注し、それらを通して開発から生産を行う企業、さらにはその一部を担う企業であろう。重要な供給先として半導体関連が存在するとしても、あくまでも自社の受注の一部を構成する一分野というのが、その存立、再生産の多くの企業の場合の在り方である場合が多いと、私は考える。それらの企業の多くは、私のいう機械工業の基盤産業の先端的な、相対的に大企業的な部分とも言える。多様な機械分野で使用される部材を幅広く開発生産している中で、半導体向けや半導体製造装置向けの受注も行い、それらの分野でも先端化した企業の可能性が高い。

 これらの企業は、経路依存的であると同時に、その専門化した分野にとって都合の良い立地、すなわち人材確保や関連企業の利用状況、そして原材料調達等の面で、立地上優位な地点に、その開発と生産の拠点を展開している。結果として、グローバルに生産立地を展開している企業もあれば、特定地点に集中生産立地している企業もあろう。それぞれの企業の歴史的経緯と立地論理に従い、特定地域に単数ないしは複数立地をし、グローバルに高度専門化部材を供給しているといえよう。

繰り返すが、多くのこれらの企業は、半導体製造のためだけに存立しているのではなく、多様な製品分野からのニーズに応える専門化企業として存在しているのである。この点を忘れると、大きな間違いを犯すことになる。世界最大規模の単一製品生産産業である乗用車産業では、多くの場合これと異なり、大手完成車メーカーを頂点に、ほぼ乗用車専用部材に専門化した形で多くの部材メーカーとその2次サプライヤが、乗用車生産にほぼ専門化する形で存在し、多くの場合、大規模市場の近くに乗用車産業集積、いわゆる企業城下町を形成し、多くの部材部分をも含め、集積内完結の形で生産している。しかし、機械工業の社会的分業のあり方としては、あるいはサプライチェーンのあり方としては、乗用車産業はそれ自体では巨大だが存立形態としては例外的産業分野と言える。トラック等の自動車を含め多くの機械や機械部品の生産分野の部材は、多様な製品や部材に供給している専門部材メーカーによって担われている。それゆえ、その部材メーカーにとっての川上のサプライヤから見ても、川下の完成品ないしは完成部品は極めて多様な分野となり、それらの立地は分散的である。

すなわち、半導体関連のサプライヤにとって、半導体生産メーカーは、重要な顧客分野であるとしても、多くある分野の1つにすぎない場合が多いのである。半導体生産向けだけをもっぱら念頭において、その生産体制や立地を選択することは、これらの部材生産企業にとっては、その企業としての再生産を阻害することになりかねないのである。この点の確認をした上で、サプライチェーンの問題を議論することが必要であるが、この点についての議論はもちろんのこと、この点について言及も、残念ながら、この記事にはなかった。

 

いま1つは、「各国の半導体製造の「国内化」」は「供給網を強靭化」するとの話は「おとぎ話にすぎない」として、それではどうしたら良いのか、何か対応策はあるのか、この点である。素原料まで遡るサプライチェーンを含めて、どうすれば、多少なりともリスクを軽減できるのであろうか。この点についての言及も、この記事には存在しない。

私なりの考え、その実現可能性自体についても、かなり怪しいのではあるが、この点についての私なりの考えを示したい。なお、本記事で主張されている、サプライチェーンの重要性を考慮すれば、半導体生産について最先端の最終組立工場を自国内に立地させれば、安全保障上の問題をかなり解消できると見るのは浅はかである、という考えそのものについては、私も肯定的に評価する。その上で、ではどうしたら良いのか、と言うのが、この論点である。

半導体の最先端の最終組立工場が、台湾そして韓国に多く立地するという、中国近接地域、「隣国」と係争を抱えている地域にもっぱら立地していることのリスクは、何れにしても、先端半導体を安定的に確保するためには、地政学的リスクが極めて大きいとは言える。また、サプライチェーンの中のそれぞれの部分が、特定少数企業への依存や特定地域への立地企業への依存という形で、偏って存在しており、この点のリスクも大きいことは事実である。これをいくらかでも緩和するために可能なことは何か。これが考えたいことである。

まず、この点を考える前提として、当然のことながら、サプライチェーンを構成する企業に代替する企業を、新たにゼロから作ることは、極めて困難である、ということがある。既存の企業や多くの場合はその既存の工場群を前提に、あらためて、安定的な先端半導体の入手の方法を考える必要があろう。少なくとも短中期的には。

そうであれば、必要なことは、サプライチェーンのそれぞれの部分について、「分散の必要性」ということになる。分散には大きく分けて2つの意味での分散があり、それを考慮すべきである。第一は、TSMCの米日への誘致に代表されるように、地理的分散である。半導体の主要消費地を前提に、その開発と生産の拠点をできる限り地理的に分散する。それも当然のことながら、最終組立に関して分散するだけではなく、サプライチェーンの最上流である素原料部分から、完成部品生産までも、また、製造設備の生産についても、特定地域にそれぞれについて集中させることなく、地理的に分散させること、これがまずは必要なことであろう。

今ひとつは、担い手としての企業の分散、すなわち特定1企業によるサプライチェーンのいずれかの部分の独占を、できる限り回避するということである。半導体製造装置のASMLが典型的であると言えると思われるが、技術開発競争の結果として、特定1企業が先端的部分、部材でも製造装置でも、完成品生産でも、いずれかどこかを占めてしまうことが生じがちである。これを、できる限り避ける努力をするということでもある。

このような2つの側面での集中を回避し、分散を実現すること、このことこそが、半導体のようなグローバルに生産される先端的に製品を安定的に確保するために最も必要とされることであろう。しかし、「言うは易く、行うは難し」の典型例であろう。特に、技術的競争の結果としての事実上の独占形成、TSMCASMLのような例の発生を、どのようにしたら避けることができるのか、諸企業間の競争を通しての技術的発展、健全な資本主義的経済発展の根幹であると思うが、これを肯定した上で、どのようにして結果的に生じる独占を防ぐか。その手立てについて、私にはわからない。しかし、少なくとも、できるだけ、特定1企業によって支配的な技術状況を作り出しやすいような環境を避けることは必要であり、多少なりとも効果があろう。

 

以上、今日の日経の記事を読んで、勝手なことを考え、それを一気に書き綴った。資本主義の持つ、競争を通して技術進歩を実現する、と言うことが如実に、かつ具体的に現れているのが、半導体生産産業である。また、そのような技術開発競争が、独占的停滞へと転化せず、次々と新たな段階に突入し、多様な側面から新たなチャンピオンが登場しているのも半導体生産産業である。しかも、半導体生産そのものは、グローバルな形での多様な機械工業の基盤産業の存在の上に、再生産可能となり、発展可能となっている。これをかなり上手く表現しているのが、本記事であろう。

 より一層の半導体生産産業の健全な発展が、どのような形で実現するのか、しないのか、私なりに、今後もその展開を追いかけていきたい。2次情報に依存するしかないが。 

 

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