2022年8月14日日曜日

8月14日 日経記事「ロシアGDP 5期ぶり減」を読んで

日経記事、署名無し「ロシアGDP 5期ぶり減  46月、制裁で企業に打撃  事業停止2割増 11万社  消費低迷 資源高でも補えず」

(日本経済新聞、2022814日、12版、5ページ)を読んで

渡辺幸男

 この日経記事は、ロシア経済の近況を伝える記事であり、内容は盛りだくさんで、見出しにあるようにいくつものことが言及されている。その中で、ロシアの産業に現況について、より突っ込んで知りたい私にとって、大変興味深い内容があった。

 ロシア自動車の販売市場と生産についての現況紹介が記事の2段目からあり、そこには、まずは「特に輸入依存度が高い自動車業界は制裁で苦境に陥った。欧州ビジネス協議会(AEB)によると、6月のロシアの新車販売は前年同月比で82%減と大幅に落ち込んだ。7月も75%減だった。」と述べた上で、「ロシア最大手自動車メーカー、アフトワズの一部工場の従業員は7月下旬、プーチン大統領に「部品が不足しているため、工場の生産を再開できない」と窮状を訴える書簡を送り、SNS(交流サイト)で公表した。書簡によると、部品に占めるロシア製の比率は40にとどまる。(引用中の太字は引用者による – 渡辺)」と書かれていた。

 もともと、近年のロシア経済は、年180万台前後のロシア国内販売台数であり、人口は1億4千万人以上で、天然資源豊富でその輸出大国であり、日本の一人当たりGDPと比して、その3分の2強の所得水準の新興経済としては、近年の自動車の国内販売台数は少なめと言える。その上で、月15万台前後の販売水準であったものが、4分の3ないしはそれ以上の市場縮小、月3万台水準に下落したと言うのである。極めて顕著な市場縮小である。

 その上で、注目すべきことは、この販売の顕著な縮小が、この記事の見出しにあるように「消費低迷」と言うことに起因するといえるかどうか、と言う点である。景気が低迷していると言っても、本文記事の出だしにも書いてあるが、「46月期のGDPは前年同期比4.0%減」と言うことである。一桁の減少であり、4分の3以上減少した自動車販売とは桁の違う減少である。

 この点との関連で注目すべきは、引用の後半部分の記事である。年35万台ほど生産していたラーダを生産している一時ルノーに買収されたが、ロシアのウクライナ侵略を機に、ルノーの傘下から離れたソ連時代の国内最大規模の乗用車メーカーの後身、現在もロシア国内で最大規模の生産を維持していたアフトワズの工場の従業員がらみの話である。そこでは、アフトワズのその従業員が勤務している工場の生産を、部品不足のため再開できない、というのである。また、その工場では部品に占めるロシア製の部品は40%に過ぎないとのことである。

 すなわち、ロシアの自動車販売が落ち込んでいる原因については、「消費低迷」による販売不振のみではなく、あるいはそれよりも、輸入部品の途絶のため国内生産で部品生産を補おうとしても補い得ない結果として、ロシア国内で自動車を生産できないことによる部分と、完成車を輸入できないことによる部分との双方が、供給側の要因として影響していると思われる、国内市場への供給不足の問題こそが重要であると言えそうなことである。

 

 6月にアフトワズの生産再開、エアバックやABS等の近年の乗用車には当然積載されているはずの装備のない、今日ソ連時代のレベルのラーダの生産が再開されると言う話が、日経等で報じられた。(この記事についての勝手なコメントを、「日経記事「ロシア車最大手、生産再開」(202269日、夕刊、3版、3ページ)を読んで」と言うタイトルで、私のブログに掲載した)また、付論として示しておいたように、朝日新聞にもそのことと似たような記事*73日付けでていたので、その際に自らへの覚書として、後述のようなノートを書いた。そして、今、この日経の記事に引用されている、アフトワズの1工場の従業員のプーチン大統領への書簡である。

 そこで言われているのは、ロシア製の部品の比率は40%にすぎず、部品不足で工場再開が無理、という話である。6月や7月の日経や朝日の記事を前提にアフトワズの生産再開を考えれば、そこでの再開は旧ソ連レベルのラーダ等を生産することを目指していたはずであり、ABSやエアバッグの装備は、再開に向けて想定されていたラーダの生産のための採用部品に、初めから入っていなかったはずである。もしこの従業員の工場が完成車生産工場であるならば、旧ソ連時代のラーダを作るのであっても、それでも完成車の部品のうちロシア製は40%と言うことになる。付論として掲載した朝日新聞の記事が予想している「ロシア経済の「ソ連化」の道」、これさえも、もう歩めない、と言うことになる。「「簡素なモデル」(他国には売れないモデル?)を「生産量と雇用を維持するために」生産するというロシア副首相の発言での主張も、実現不可能ということといえる。この従業員に従えば、旧ソ連レベルの製品も、今や国産部品だけでは作れない、ということであろう。

 

 

付論

*朝日新聞「ロシア車 エアバッグ・ABSなし」「欧米の制裁影響 経済

「ソ連化」か」(13版、202273日、7ページ)を読んで

      年何台作れるのか? 量産できるのか? –

本記事は、執筆者名のない記事である。欧米の経済制裁で「ロシアの自動車産業ではハイテク機器などに深刻な影響が出ている」とし、「ロシア経済も「ソ連化」の道を歩む可能性がある」と述べている。すでに、日本でもいくつもの記事が報道しているように、制裁がらみでルノーの子会社から独立したロシアの「アフトバズ」(アフトワズ)の旧ソ連以来の乗用車ラーダの最新モデルが、米欧日からの輸入に依存するABSやエアバッグが無く、現行排ガス規制不適合車であると紹介し、「簡素なモデル」(他国には売れないモデル?)を「生産量と雇用を維持するために」生産するとロシア副首相が主張していることを紹介している。

その上で、このような新車を生産することになったのは、「いきなり独自に高性能な部品を作ることは至難の業」だと記事は指摘している。他方で、プーチン大統領の「ソ連は実質的に常に制裁の条件の中で生きてきたが、発展し、大成功を収めた」という主張も紹介している。その上で、記事は、「欧米の制裁は、(ロシアの)ハイテク産業などに確実に打撃を与えて」いるとしている。

つまり、本記事は、ラーダがロシア国内の生産基盤を基に生産できるのか、どのくらいの台数生産できるのかについては、全く触れていない。これまでの他の新聞が掲載した記事と、その点では同様である。

まず、確認すべきことは、旧ソ連は、最後まで、欧米でまともに販売可能であった競争力のある(低価格)乗用車を生産したことはないという点である。乗用車を開発し、量産することには成功したが、国際競争力のあるものとは最後までならなかった。ソ連時代に旧ソ連経済圏内でラーダが売れたのは、旧ソ連経済圏では日米欧の車が競争相手として圏内に存在しなかったからである。

旧ソ連は、乗用車を開発し量産できたが、国際競争力のあるそれではなかった。これが、「ソ連は・・・発展し、大成功を収めた」の実質的な中身であろう。

 ただ、私が気になるのは、旧ソ連並みのラーダ量産することさえ、今のロシアに可能なのであろうか、という点である。これが私の最大の疑問である。旧ソ連に立地していた企業にはソ連経済圏という日米欧の企業との競争から隔絶された市場の利用が、長期に渡り可能であった。そのため、数億人規模のソ連経済圏市場を前提に素材の生産から一次加工、そして部材の生産、最終製品の組立と、全ての生産機能について投資が行われ、それらがソ連経済圏内に構築されていた。その上で、ラーダ等の乗用車生産もソ連内に経済圏内完結型の生産体制でもって量産可能であった。

 この生産体系が解体し始めてから、すでに30年がたっている。一般市場向けに乗用車を生産するということは、何十台かの車を手作りすることではない。多くの部品を量産し、それをラインで組立てる。このような生産体系の構築が前提となる。今のロシア国内に、旧来型の乗用車用の部品であっても、旧ソ連並みの多様な部品についての部品の量産基盤が存在するのであろうか。ラーダの組立ラインは存在可能であるとしても、である。これが大きな疑問であり、これまでの記事も含め、この記事でもどこにもこの点が言及されていない。

旧ソ連時代のラーダ並みの乗用車用の部材の生産それ自体であれば、ハイテクではないので、今のロシアに存在する企業の中にも、何社かそれぞれの部門で生き残っているであろう。ラーダの最近のバージョンの部品生産者として、あるいは補修用乗用車部品の生産者や、他の一品生産的機械製品の部品の生産者や、それらの補修用部品の生産者として。しかし、乗用車の場合、必要な部品の生産の量的規模は少なくとも10万台単位での生産である。それだけの量を、1年あるいは2年のうちに安定的に生産できるような企業が、国内にほぼ全ての分野に存在して、国内で初めて安価な乗用車が量産可能となる。1980年代の東ドイツのように、256kDRAMを作ることはできるが、手作りであり、日米で生産されていた当時の先端的な量産半導体とは、コスト的に全く次元が異なるもの、民生用電子機器の部品としては使用不可能なもの、そんなことが、ラーダについても生じる可能性がある。

それとも、そもそも旧式のラーダをあらためて生産するだけであるから、新車の開発の際に必要な多大な開発費用がかからないので、年産10万台レベルでの量産をしなくとも、一台あたりで、かなり安くなるというのであろうか。しかし、この30年間にWTO加盟、そしてルノーの子会社化といった外資系企業へのシフトもあり、すでに輸入部品に代替されているものも多いのではないか。そのような、かつては国内で生産され、今は輸入に依存していた部品を、改めて量産するためには、それぞれの部品について新たな設備投資が必要であろう。中期的に見れば技術的には可能だとしても、誰がその投資リスクを引き受けるのであろうか。部材の輸入が再開された時、ほぼ無意味になる可能性の高い生産単位に、本格的な投資を行い、そのリスクを担う企業家は、今のロシアにいるのであろうか。それとも、国営企業として、旧ソ連時代のように全てを国営企業として運営する方向で、関連の民間企業を買収し、生産体制を構築するのであろうか。

エレクトロニクス機能を含む高性能の完成部品については、輸入完成部品を使用せざるを得ないので、ついていないというだけではなく、乗用車のレベルとしては旧ソ連並みのラーダだが、けば高い車になる可能性がある。このようなロシア内産業基盤の存在についての議論は、これまでも、ラーダの生産再開の紹介の際に、私が目にした限り、日本語で書かれた記事のどれにも言及されていない。しかし、これこそ、旧ソ連解体によるロシア経済そして工業の変質の中核的部分ではないのではないか。私は、このように感じている。

旧ソ連では、当時でも技術的にかなり遅れていたとしても、乗用車を量産するのに必要な一通りの部材を、一からソ連経済圏内で量産することができたし、そのための生産主体が存在していたのである。このことが再び可能とならない限り、ラーダをロシア国内で「新規」に開発生産することはできないであろう。

中古部品を集め、それでそれなりの規模での量産をすれば、当面は、このような状況にならないかもしれないが、このような状況は中長期的に継続可能なことではない。

ある機械を作れることと、その機械を安く安定的に市場での値段に見合う品質の機械として一定量以上の規模で継続生産できることとは、生産体系としては全く異なるものである。実験室での生産と、市場向け量産との差異とも言えよう。

これからのロシアでのラーダ生産の行く末を見ることで、私の理解の妥当性が確認できよう。ロシアの工業生産の「非工業化」と私が呼んでいることが、実際に生じているかどうかについても、ラーダの生産再開をめぐる今後の報道を通して確認できそうである。

 ただ、ロシアの近年の在り方を見れば、半導体でそうであるように、正規ルートを通さず輸入すること、直接的に生産メーカーからあるいは正規ルートから輸入することが困難な部品については、いわゆるグレイマーケットを利用して海外から輸入調達することは、日常的に行われているらしい。だとすれば、新ラーダの部品のうちロシア内生産が困難な部品を、グレイマーケットを通して調達することを前提に開発・設計を行うことも考えられる。こうなると、比較的安価な新ラーダを生産することはそれなりに可能となり、新ラーダを解体してみないと、ロシア工業基盤の実態についての真実はわからないことになる。

 なお、ウィディペキアによれば、ラーダはいまでも旧ソ連経済圏では一定の人気があるということである。その理由は、作りが簡素で、故障しても修理しやすい、という点にあるとのことである。かつての中国国営企業が製造した自転車と共通する理由とも言える。ただ、旧ソ連崩壊後、一応モデルチェンジをしていることも記され、その最新モデルは親会社になったルノーの影響を受けていることも記されている。部材がどうなっているのであろうか。基本的に旧来からの部品については部品生産からロシア内で行われていたのであろうか。

 また、故障しても修理しやすいということは、旧ソ連系内には、修理用部品の供給網と、そのための生産基盤が存在するということになるのであろうか。 

2022年8月7日日曜日

8月7日 日経記事、鄭婷方・黎子荷「半導体供給網 無数のネック」を読んで

鄭婷方・黎子荷「「国内化」による安全保障に不都合な真実

 半導体供給網 無数のネック」NIKKEI Asia, Global Eye

(日本経済新聞、202287日、12版、8ページ)を読んで 渡辺幸男

 

久しぶりに、私のかつての専門に近い分野での興味深い記事に出会った。米欧日の各国の政府が、台湾のTSMCを中心に、最新の半導体メーカーの自地域内誘致を進めているが、それがたとえ成功したとしても「「国内化」による安全保障」としては「それはおとぎ話にすぎない」と切り捨てている。実に明快な結論である。

その根拠は、半導体生産におけるサプライチェーンについての理解にある。すなわち、今、半導体不足の中で供給力強化に乗り出している半導体最大手で最先端技術の担い手であるTSMCそのものが「サプライチェーン(供給網)のボトルネックに直面している」というのである。そこからの含意は、「半導体製造の「国内化」を」実現したとしても、その「製造プロセスに必要不可欠な数百の原材料、化学薬品、消耗部品、工業用ガス、さらに機器や原材料を供給するネットワーク」が存在し、それらは「数十カ国をまたいで機能し」ているのであり、「これを1つの国や地域で行うのは困難である」ということである。

さらに、それぞれの「専門企業」のうちで、半導体製造の基準を満たすのは、「それぞれ世界に数社しかない」とのことである。すなわち、数十カ国に広がる専門企業、しかしそれぞれの分野については数社しか存在しない部品、部材、製造装置を集めること、それによって最先端の半導体生産がはじめて可能となっている、ということである。具体的にどのような部材や製造装置がそうなのか、簡単な指摘も行われている。部材についても、その分野の製品が作れれば、どの企業の製品でも使用可能というのではなく、ごく限定された最先端の部材のみ使用可能ということも指摘されている。

結果、「供給網のどの部分も二重化ですら簡単ではない」と締めくくっている。ここでの議論は、半導体製造、それも先端的なそれについては、単に半導体製造について最終組立企業としてのTSMCをはじめとした数社のみが、先端的な半導体を製造できるというだけではなく、幅広い高度な専門企業群の社会的分業が、グローバルな形で、素原料を含め、部材、製造装置、製造装置用の部材といった多様な分野との社会的分業から成り立っており、かつ、先端的な半導体につながる製品を生産できる企業は、世界でも、それぞれの分野で少数企業である、ということが指摘されている。それゆえ、最終製造工程の最先端工場を誘致するという形で、今、米欧日で進められている「半導体製造の「国内化」」は、半導体の自国・自地域への安定的供給を実現するという意味では、それ自体だけでは「おとぎ話にすぎない」ということになる。

この限りでは、まさにその通りだというしかない。それぞれ最先端の少数企業に担われている社会的分業に基づくサプライチェーンの各環節は、それぞれについて少数の生産拠点がグローバルな広がりの中で、各地に、それぞれなりに展開する形で存在している。それぞれ他の企業がすぐには追随できないような少数専門化企業によって担われている。そのどの環節が損なわれても、先端的半導体は製造困難となり、近年生じたような半導体不足が少なくとも短中期的には継続することになる。このことの一面については、韓国と日本との半導体生産用のフッ化水素ガス(エッチングガス)の規制をめぐる争いを通して、すでに明らかになっている点ともいえよう。

 

ここまでは、極めて納得的な記事である。しかし、その上で、かつて社会的分業論を専門研究分野としてきた私にとっては、気になる点がいくつか抜け落ちているような気がした。1つは、社会的分業の担い手である半導体生産の川上部門や製造設備製造部門、そしてその生産のための川上部門の企業の、個別企業としての再生産をめぐる存立形態についての議論が、それである。今ひとつは、「供給網の強靭化」を実現するための有効な方法模索の方向性についてである。

 

前者の各関節を担う、専門企業の存立形態について、少数寡占が多いということは指摘されているが、その専門企業の存立形態、再生産形態についての言及はない。ごく一般的な議論としていうならば、それらの少数寡占状況を生み出している専門企業の多くは、半導体部材、また半導体製造装置向けだけに専業化している企業は少ないとみられるということである。それぞれの専門企業が、特定の部材生産分野、製造装置分野で、半導体に専門化しない形で存立している場合が圧倒的である。この記事でも、「バルブやパイプ」といった半導体製造に使用する部材や製造装置の部材について言及しているが、その専門メーカーは、特殊パイプやバルブを少なくとも専門の1つにしている企業であるが、半導体関連のためだけにパイプやバルブを生産している企業は、ほぼ皆無であろう。どんな製品であっても、半導体の部材の一部や製造装置の部材の一部を構成するにすぎず、先進的な開発能力のある企業が、それだけで自らの持つ開発力や資本力等を使い切り、諸費用を回収するには、特殊すぎる部材と言える。

 それぞれパイプやバルブを含めた専門メーカーとして多様な特注や特別企画の製品の生産を含め、高度な製品を幅広く受注し、それらを通して開発から生産を行う企業、さらにはその一部を担う企業であろう。重要な供給先として半導体関連が存在するとしても、あくまでも自社の受注の一部を構成する一分野というのが、その存立、再生産の多くの企業の場合の在り方である場合が多いと、私は考える。それらの企業の多くは、私のいう機械工業の基盤産業の先端的な、相対的に大企業的な部分とも言える。多様な機械分野で使用される部材を幅広く開発生産している中で、半導体向けや半導体製造装置向けの受注も行い、それらの分野でも先端化した企業の可能性が高い。

 これらの企業は、経路依存的であると同時に、その専門化した分野にとって都合の良い立地、すなわち人材確保や関連企業の利用状況、そして原材料調達等の面で、立地上優位な地点に、その開発と生産の拠点を展開している。結果として、グローバルに生産立地を展開している企業もあれば、特定地点に集中生産立地している企業もあろう。それぞれの企業の歴史的経緯と立地論理に従い、特定地域に単数ないしは複数立地をし、グローバルに高度専門化部材を供給しているといえよう。

繰り返すが、多くのこれらの企業は、半導体製造のためだけに存立しているのではなく、多様な製品分野からのニーズに応える専門化企業として存在しているのである。この点を忘れると、大きな間違いを犯すことになる。世界最大規模の単一製品生産産業である乗用車産業では、多くの場合これと異なり、大手完成車メーカーを頂点に、ほぼ乗用車専用部材に専門化した形で多くの部材メーカーとその2次サプライヤが、乗用車生産にほぼ専門化する形で存在し、多くの場合、大規模市場の近くに乗用車産業集積、いわゆる企業城下町を形成し、多くの部材部分をも含め、集積内完結の形で生産している。しかし、機械工業の社会的分業のあり方としては、あるいはサプライチェーンのあり方としては、乗用車産業はそれ自体では巨大だが存立形態としては例外的産業分野と言える。トラック等の自動車を含め多くの機械や機械部品の生産分野の部材は、多様な製品や部材に供給している専門部材メーカーによって担われている。それゆえ、その部材メーカーにとっての川上のサプライヤから見ても、川下の完成品ないしは完成部品は極めて多様な分野となり、それらの立地は分散的である。

すなわち、半導体関連のサプライヤにとって、半導体生産メーカーは、重要な顧客分野であるとしても、多くある分野の1つにすぎない場合が多いのである。半導体生産向けだけをもっぱら念頭において、その生産体制や立地を選択することは、これらの部材生産企業にとっては、その企業としての再生産を阻害することになりかねないのである。この点の確認をした上で、サプライチェーンの問題を議論することが必要であるが、この点についての議論はもちろんのこと、この点について言及も、残念ながら、この記事にはなかった。

 

いま1つは、「各国の半導体製造の「国内化」」は「供給網を強靭化」するとの話は「おとぎ話にすぎない」として、それではどうしたら良いのか、何か対応策はあるのか、この点である。素原料まで遡るサプライチェーンを含めて、どうすれば、多少なりともリスクを軽減できるのであろうか。この点についての言及も、この記事には存在しない。

私なりの考え、その実現可能性自体についても、かなり怪しいのではあるが、この点についての私なりの考えを示したい。なお、本記事で主張されている、サプライチェーンの重要性を考慮すれば、半導体生産について最先端の最終組立工場を自国内に立地させれば、安全保障上の問題をかなり解消できると見るのは浅はかである、という考えそのものについては、私も肯定的に評価する。その上で、ではどうしたら良いのか、と言うのが、この論点である。

半導体の最先端の最終組立工場が、台湾そして韓国に多く立地するという、中国近接地域、「隣国」と係争を抱えている地域にもっぱら立地していることのリスクは、何れにしても、先端半導体を安定的に確保するためには、地政学的リスクが極めて大きいとは言える。また、サプライチェーンの中のそれぞれの部分が、特定少数企業への依存や特定地域への立地企業への依存という形で、偏って存在しており、この点のリスクも大きいことは事実である。これをいくらかでも緩和するために可能なことは何か。これが考えたいことである。

まず、この点を考える前提として、当然のことながら、サプライチェーンを構成する企業に代替する企業を、新たにゼロから作ることは、極めて困難である、ということがある。既存の企業や多くの場合はその既存の工場群を前提に、あらためて、安定的な先端半導体の入手の方法を考える必要があろう。少なくとも短中期的には。

そうであれば、必要なことは、サプライチェーンのそれぞれの部分について、「分散の必要性」ということになる。分散には大きく分けて2つの意味での分散があり、それを考慮すべきである。第一は、TSMCの米日への誘致に代表されるように、地理的分散である。半導体の主要消費地を前提に、その開発と生産の拠点をできる限り地理的に分散する。それも当然のことながら、最終組立に関して分散するだけではなく、サプライチェーンの最上流である素原料部分から、完成部品生産までも、また、製造設備の生産についても、特定地域にそれぞれについて集中させることなく、地理的に分散させること、これがまずは必要なことであろう。

今ひとつは、担い手としての企業の分散、すなわち特定1企業によるサプライチェーンのいずれかの部分の独占を、できる限り回避するということである。半導体製造装置のASMLが典型的であると言えると思われるが、技術開発競争の結果として、特定1企業が先端的部分、部材でも製造装置でも、完成品生産でも、いずれかどこかを占めてしまうことが生じがちである。これを、できる限り避ける努力をするということでもある。

このような2つの側面での集中を回避し、分散を実現すること、このことこそが、半導体のようなグローバルに生産される先端的に製品を安定的に確保するために最も必要とされることであろう。しかし、「言うは易く、行うは難し」の典型例であろう。特に、技術的競争の結果としての事実上の独占形成、TSMCASMLのような例の発生を、どのようにしたら避けることができるのか、諸企業間の競争を通しての技術的発展、健全な資本主義的経済発展の根幹であると思うが、これを肯定した上で、どのようにして結果的に生じる独占を防ぐか。その手立てについて、私にはわからない。しかし、少なくとも、できるだけ、特定1企業によって支配的な技術状況を作り出しやすいような環境を避けることは必要であり、多少なりとも効果があろう。

 

以上、今日の日経の記事を読んで、勝手なことを考え、それを一気に書き綴った。資本主義の持つ、競争を通して技術進歩を実現する、と言うことが如実に、かつ具体的に現れているのが、半導体生産産業である。また、そのような技術開発競争が、独占的停滞へと転化せず、次々と新たな段階に突入し、多様な側面から新たなチャンピオンが登場しているのも半導体生産産業である。しかも、半導体生産そのものは、グローバルな形での多様な機械工業の基盤産業の存在の上に、再生産可能となり、発展可能となっている。これをかなり上手く表現しているのが、本記事であろう。

 より一層の半導体生産産業の健全な発展が、どのような形で実現するのか、しないのか、私なりに、今後もその展開を追いかけていきたい。2次情報に依存するしかないが。