丸川・李・徐・河野共著『タバコ産業の政治経済』への感想文
ブログアップ後の丸川知雄さんとのやりとり
渡辺幸男
はじめに
以下は、9月11日付の丸川他著についての感想文をブログに掲載する際に、同内容を丸川さんと徐さんに送付し、丸川さんからいただいた返信メールと、その後の丸川さんと私とのやりとりを、丸川さんの許可を得て、ほぼそのまま掲載したものです。
このやり取りを通して、丸川他著についての私の読み込みの足りなさを指摘していただき、改めて丸川他著の当該部分に目を通し、私の理解の足りなさを痛感し、その上で、同書から得られた私なりの感想を再確認した形になっています。
このブログでのこれまでの掲載文でも触れていますが、丸川さんとは、1999年から始まった、日中合同調査研究チームである3E研究院の中の、中国中小企業発展政策研究チームの日本側メンバーとして、5年間にわたり中国の中小企業現地調査を共にした仲でした。3E研究院の2000年初春に開催された中国北京清華大学での研究会で、当時アジア経済研究所におられ、中国産業企業の現地調査を活発に行われていた丸川さんに、北京市近郊の浙江村と呼ばれた市場とその周辺に立地する町工場を、研究会の合間をぬって案内していただきました。
特に飛び込みで訪問した従業者3名の刺繍工場の印象が強烈でした。その工場は、年代物の中国産の刺繍機にフローピーディクの情報を読み込むNC機をつけた、ワンポイント刺繍用の、いちおうNC刺繍機と言えるものを2台ほど置いた工場でした。その自動機械に、経営者の妻と山東省出身の10代の女工さんとが、糸切れ対応人員として1台ごとに張り付き、動かしていました。これを見せていただき、中国産業の底辺の状況、自前でNC化することが可能だが、先端の機械としてではなく、中古機械を生かしそれなりに自動化し、安い労働力でその機械の欠点を補うという姿、これをみたのが、その後、10数年にわたり中国現地調査にのめり込む、そもそものきっかけでした。
私は、2011年をもって、中国現地調査を終了し、中国産業発展について現場で追いかけるのをやめましたが、東大社研教授になられた丸川さんは、当然のことながら、現役の研究者で、中国での調査も継続されています。丸川さんの調査のあり方やそれのまとめ方を、調査にご一緒させてもらうことでそれなりに理解しているつもりの私にとって、今回の中国タバコ産業の調査研究は、大変興味深く、そこでの成果から多くを学びました。その際の文献の読み方の浅さを、今回のやりとりで指摘いただき、さらに理解を深めることができたと感じています。
1、2021年9月15日付け 丸川さんからのメール
渡辺先生:
書評をいただき、誠にありがとうございました。
精読していただき、感激しております。
やや複雑な経緯でタバコ産業を研究することになりましたが、中国のタバコについて事前の予想より情報が多かったですし、ずいぶん親切な中国の先生たちに恵まれて、楽しく研究しました。
私にとっては、何よりも中国の農業についてずいぶん学びました。それは、一緒に調査に行った張馨元、李海訓の両名からの教えも大きいのですが。
最後の方のご指摘についてですが、タバコは長期的には衰退するのは確実ですが、短期的には最も安定しています。第10章でコンビニになぞらえておりますが、煙草公司の指示通りに草を抜いたり、農薬を散布したりしていけば、確実に収入になるという感じがしました。調査で訪れた河南省の黄土台地の上とか、四川省の山の中とか、なかなか葉タバコ以外に有力な作物はなさそうに思いました。
雲南省はコーヒーや茶や漢方薬材など特産品は多いのですが、特産品の需要は波があり、かつ名産地になれる場所は限られています。中国の内陸でワイン用ブドウに活路を見出そうとしている地域は多いのですが、中国の人たちが高価なワインを鯨飲するようにならない限り、なかなか将来性はないのではないかと思いました。というのも、中国産のいいワインと言われて飲むと確かにボルドーとかに比肩できるのですが、お値段がボルドーの何倍もして、これよりは1000円のボルドーを買うだろうなと思ってしまいます。特産品はどれも需要量が少ないので、個性的な作物を選ばないとならないのだと思います。
『現代中国経済・新版』とも合わせ、お読みいただき、誠にありがとうございました。
丸川知雄
2、2021年9月16日付け 丸川さんへのメール
丸川知雄様
勝手な報告へのお返事、ありがとうございます。たばこ栽培の中国周辺地域での栽培の意味、興味深く拝見しました。たばこ以外に安定した農作物が、現在のたばこ栽培地域にないとすると、やはり、中長期的には厳しい状況へと回帰してしまうのではないかと思う次第です。
また、「煙草公司の指示通りの」栽培、という場合の「煙草公司」とは、各地域に設置された子会社ないし孫会社と理解すれば良いのでしょうか。それぞれの地域の子会社が地域利害をも加味し、地元農家を指導する。そんな姿なのでしょうか。中国全体を見渡し、多様な視点から見た最適な地域を探して栽培を指導するというより、省単位の利害を共にする子会社等が、地域利害を踏まえて指導する。地域間競争がそのような指導でも生まれている、ということでしょうか。
いずれにしても、地方単位の主体による市場競争(新古典派的な市場競争ではないが、市場のダイナミズムを生み出すような競争)が、単一国有巨大企業傘下でも生じうるのが、巨大な市場の存在する中国、この点は、中国のタバコ専売制度を通して、再確認した、最大の点だと、今も感じています。ありがとうございます。
渡辺幸男
3、2021年9月17日付け 丸川さんからのメール
渡辺先生
「煙草公司の指示通りに」というときの煙草公司とは何か、という点に関してですが、お手元に本があれば187ページの図8-2をご覧ください。
このうち、左から3本目のラインが中煙工業で、その下にかつては100社以上あり、今は27社に絞られてきたシガレットメーカーがあります。
さらに左から4本目のラインがあり、そこには省ー市ー県と連なっております。これが私の言う「煙草公司」です。
こちらは何をするところかといいますと、葉タバコ栽培の指導と買い付けおよび販売、そしてシガレットの販売です。
つまり、シガレット製造の系列と、葉タバコ農業・シガレット流通の系列とを分けたところに、中国のタバコ産業の独特なところがあり、そこはシガレット製造と販売が一本化され、葉タバコ農業に対しても買い手独占となっている日本の専売制・JTと大きく違うところです。
二つの系列は、地域ごとにブロックとして固まっているわけではなく、独立しています。例えば雲南省では製造メーカーとして紅塔と紅雲紅河という2大メーカーがあり、もう一つの系列は地域ごとに例えば石林煙草局がありますが、二つの系列はそれぞれ独立の企業として自由に契約を結んでおり、後者が紅塔や紅雲紅河を葉タバコ供給を優先したり、シガレットの販売において紅塔などを優先するということは今はなくなったようです。(かつてはありました)
産地の煙草局とシガレットメーカーは長期的な契約を結ぶことが多く、上海や広東など沿海部の有力メーカーも雲南省などの産地の煙草局と長期契約を結んで安定した供給を受けています。
葉タバコ栽培は、メーカー側の利害とは独立しており、国全体の計画に基づいて、各地域に作付面積や生産量が割り当てられて、煙草局の管理のもとで行われております。新たな葉タバコ産地が勝手に参入して競争が激しくなることは原理的になく、指示されたとおりにまじめに作業すれば、収穫期には必ず予定した通りの収入になる、という感じです。天候不順によって不作になっても保険があったと思います。
丸川
4、2021年9月17日付け 丸川さんへのメール
丸川知雄様
ご指摘、ありがとうございます。改めて、該当箇所を読み、私が思い込みをし、読み飛ばしをし、誤解していたことがわかりました。
競争的な関係について、たばこ栽培と製造が別系統で、それぞれの子会社が、経営判断を一定程度できる「企業」、しかもそれなりに「自立した企業群」であり、葉タバコ調達でも立地地域を超えて栽培・販売系と製造系それぞれの販売・調達競争があり、また同時に製造子会社間にも販売競争が葉タバコ栽培産地を越えてあることが、理解できました。
思っていた、あるいは思い込んでいた以上に、葉たばこ産地ごとの競争という形を越えた競争が多面的であることがわかりました。ありがとうございます。
中国の葉タバコ専売制度とは、市場競争のプレイヤーそのものが特定化され、栽培総量が中央で決定されている、ということに尽きるようにも感じました。また、それらの特定化されたプレイヤーは多数存在し、相互に競争的であり、かつ川上と川下の取引関係も子会社たる各プレイヤーの裁量の範囲内であり、極めて競争的であると、改めて感じた次第です。巨大市場を前提に、生産の大枠だけ決め、後は多数ある各子会社の裁量に任せる、子会社たるプレイヤーにとって参入退出についての自由はないが、その他は極めて競争的な市場ということを、改めて痛感した次第です。
参入退出のみが規制されている巨大市場での多数企業の競争、これをどのような競争的市場と評価すべきなのでしょうか。少なくとも独占的市場というべきではなく、競争的市場といえることだけは確かに思えますが。資本主義のダイナミズムをもたらす市場「競争」とはどのような「競争」か、新古典派の言う「市場競争」ではないことだけは確かだとは思うのですが。いずれにしても、制度の中身と運用内容をきちんと具体的にみないで、「専売」だ「国有」だということで、競争や企業行動のあり方を先験的に決めつけることだけは避けるべきだと、改めて感じた次第です。
長文のご指摘、本当にありがとうございます。
渡辺幸男
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