統計のイロハを大事にしたい
産業関連統計と私の経験
はじめに
私は、事例研究を中心に、中小企業の視点からの日本、そして中国の産業発展を研究してきた。その場合でも、事例を通して確認した事実の数量的な重要性や位置付けを把握するために、各種の統計資料を使用することも不可欠であった。そのため、『工業統計表』やかつての『事業所統計調査』等の基本的な統計資料を利用してきた。それらの利用にあたって、まずは統計についての注記をかなり丁寧に読み、その統計が表現する数字の意味と限定性を確認してきたつもりである。このことは、統計を有効に利用するためには不可欠な作業であろう。さらに、先輩研究者の著作の統計の扱いについての注記等にも、多少なりとも気を配ってきた。
しかし、世の中の研究者には、それを省略し、とんでもない誤解をしたまま、統計を利用し、誤った結論を導いている方も散見される。これまで読んできた現状分析の書籍で、その最たるものは、かつての中分類業種「精密機械器具製造業」について、「精密」な機械と勝手に想像し、他の機械工業3業種と比較しながら議論していた研究者の例である。この方は私の院生時代の先輩と共同研究を行ったような方なので、その現状分析の議論を読む機会を持った。
『日本標準産業分類』を見れば、あるいはそれ以前にこの中分類に属する小分類業種や細分類業種の眺めればわかることだが、精密機械器具製造業に属する業種は、「精密」な「機械」を製造している業種ばかりではない。腕時計の生産も入るが、医療器具としてのメスや輸出向けの安価な双眼鏡も医療用機械器具や光学機械器具として、この中分類には含まれる。それぞれの時代で中心となる製品は異なるが、「精密機械器具製造業」だから「精密」な「機械」を生産する中分類業種なのではない。
これは、あまりにも極端な例であるが、現状分析をしながら、統計を扱う際に、その統計数字の収集方法や分類方法等をきちんと確認していない研究者が、かなり存在することも事実である。近年も、そのような事例を著作等で散見するので、あえて、私が最も身近に利用していた『工業統計表』や『事業所統計調査』を中心に、そこでの統計上の特徴や限定性を確認してみた。
1 業種分類はどのようになされるのか
各種の産業分析の際に、まずは使用される統計上の概念が、業種分類である。その業種分類では、例えば、乗用車の部品製造関連の生産を行なっている企業・事業所が、自動車附属品製造業という細分類に分類されると、通常考えられる。もちろん多くの場合、この理解は妥当なのであるが、この原則から外れる例も数としては多く存在する。なお、ここでは私の関心から製造業での業種分類を中心に考察を加える
1) 業種分類の仕方
業種分類の基本的な基準には、まずは事業所単位での分類であるという大原則が存在する、その上で、当該事業所の業種をどのように分類するか、大きく3つぐらいに分けられる基準によって、分類される。
一番多く適用されているのは、当該事業所が生産している製品そして部品の組み付けられる製品の種類による分類である。これには、歯車のような規格化された汎用部品も製品とみなされ、含まれる。また、当該企業が専門化し採用している加工方法で分類する場合もある。さらに生産に使用する素材によって分類される場合もある。
例えば、金属プレス加工でもっぱら部材の加工をしている事業所は、どのような製品の金属部品のプレス加工を担当していようと、中分類25の金属製品製造業の小分類255の金属素形材製品製造業に属す細分類2551のアルミニウム・同合金プレス製品製造業と、同2552の金属プレス製品製造業(アルミニウム・同合金を除く)のいずれかに分類される。この場合、製品での分類より、加工方法での分類が優先することになる。
他方で、同じように特定加工である各種の切削加工に専門化している事業所の場合は、旋盤加工等その加工方法で分類されることは全くなく、加工対象としている部品が組み付けられる最終製品によって分類が決められる。
また、用途や加工方法に関係なく、素材により業種分類される業種も存在する。その典型が、ゴムで作られている製品である。ゴムで作られる製品は、中分類業種として19のゴム製品製造業に分類される。機械工業製品関連でいえば、輸送用機械の中心を占める自動車の部品であるタイヤを製造する事業所は、ゴム製品製造業に分類され、自動車附属品製造業には分類されない。タイヤの圧倒的部分は自動車部品として利用されるのだが、小分類業種と細分類業種は、191タイヤ・チューブ製造業、1911 自動車タイヤ・チューブ製造業となる。
さらに、部品としての鋳物の鋳造に専門化している事業所は、その素材が鉄か非鉄金属かで中分類が大きく分かれる。鉄鋳物を専門とする事業所の場合は、中分類業種23の鉄鋼業のうちの小分類235の鉄素形材製造業のうちの細分類2351の銑鉄鋳物製造業(鋳鉄管,可鍛鋳鉄を除く)に分類される。他方でアルミ鋳物の専門事業所では、中分類24の非鉄金属製造業のうちの小分類245の非鉄金属素形材製造業のうちの細分類2452の非鉄金属鋳物製造業(銅・同合金鋳物及びダイカストを除く)に分類される。ここでは同じ鋳物加工に専門化している事業所の場合、製造される部品が組み付けられる製品の種類や鋳造という製造方法によるのではなく、まず扱う素材で中分類レベルで区別されることとなる。
これら大きく分けて3つの分類原則に従って、すべての製造業事業所が業種分類されることになる。
さらに言えば、蓄電池のような汎用部品を生産している事業所については、それ自体が細分類に分類される。分類は、中分類29の電気機械器具製造業の中の小分類295の電池製造業のうちの細分類2951の蓄電池製造業となる。当然のことながら、現在の自動車には大量の蓄電池が搭載されるが、タイヤとは異なり自動車用に特定された業種分類も存在しない。しかし、自動車部品としての性格は、EV化により、一層強くなることが想定される汎用電気部品でもある。しかし、自動車附属品製造業に分類される可能性は、今の分類基準からすれば、存在しない。
ここから言えることは、業種分類とは、特定の製品をめぐる形で、統一的に分類されたものではない、ということである。それゆえ、特定の製品についての業種分類が存在したとしても、それらの業種に属する事業所だけで、その製品の完成品と部品が生産されているとは限らない、ということでもある。また、業種によっては、極めて多様な製品向けに、特定の素材を供給しているような業種や、受託加工をしているような業種も、数多く存在するということになる。
ここから、業種分類で分類された内容の業務を、当該事業所が100%業務として行なっているとしても、特定の製品の生産をめぐる事業所を析出するためには、多様な形での検討が必要であることが示唆される。小分類業種の自動車・同附属品製造業を見れば、少なくとも自動車専用の部品の部分加工から関わる事業所を確認することができる、といったことは、業種分類の原則それ自体からして、ありえないことなのである。さらに、次に見るように、特定の事業所が、特定の業種に分類される内容の業務のみを行なっているとは限らない、という問題が存在する。
2) 多様な製品・部品を生産している事業所の場合
事業所の中には、機械加工に専門化している事業所が典型とも言えるが、いくつかの製品につながる多様な部品を生産している事業所も数多く存在する。このような場合、単一の種類の製品や部品を生産している事業所のように、直接業種分類を行うことができない。もちろん加工方法や素材で分類される業種については、生産している製品や部品に関係なく加工方法や素材によって、即業種分類が決定されることになる。
加工方法や素材によって業種分類されないで、生産している製品や部品によって分類されるタイプの分野の事業所で、かつ多様な製品・部品を生産している事業所についての業種分類の原則は、以下のようになる。
事業所単位で、当該事業所の年間売上高のうち大分類業種で見た最大の業種にまず分類され、その大分類業種のうちの最大の中分類業種、そして同様に小分類業種、最終的には細分類業種へと分類される。間違えてはいけないのは、多様な製品の部品を生産している工場の場合、必ずしも最大の細分類業種に分類されるわけではないことである。他方で、極めて多様な製品の部品を生産しているような工場事業所であろうと、必ず1つの細分類業種へと分類されるということである。そしてその分類された業種に、事業所数として計上されるだけではなく、その売上高等も計上されることになる。この細分類業種への事業所の分類が、工業統計等での業種別事業所数や業種別売上高等の計上の基本的な前提となるのである。
(もちろん、このような問題を除くために、細分類業種よりより細かい分類である品目分類による売上高等の計上がある。この場合は、多様な製品がらみの生産をしている工場事業所について、それぞれの生産品目ごとに売上高を計上し、集計している。同時に、当該品目を生産している事業所全体の数も計上している。結果、品目ごとの事業所数を集めると、その合計は、それぞれで事業所数が計上されることから、実際に存在する事業所数を大きく上回る事業所数となる。また、そこでは従業者等の品目ごとの割り振り等は行われず、もっぱら売上高だけが割り振られる。それゆえ、一人当たり売上高等は、細分類業種レベルまでしか把握できない。)
3) 以上の2つの点から生じる論点
以上の業種分類の原則を踏まえた時、製造業関連の統計を見るときに生じる問題を、以下で見ていきたい。
例えば、輸送用機械器具製造業という中分類業種31に含まれる小分類業種311の自動車・同附属品製造業は、完成車を生産している事業所が含まれる3111 自動車製造業(二輪自動車を含む)、自動車の車体組立を中心とする事業所が含まれる3112 自動車車体・附随車製造業、部品を生産する事業所が含まれる3113 自動車部分品・附属品製造業の3つの細分類業種からなる。
これらの311の小分類業種に計上されている事業所が、主として自動車生産に関わっている事業所であるということは、確かに言える。しかし、主として自動車の部品の生産に関わっている事業所が全て含まれているとは言えないのは、金属プレス加工部品の加工に携わっている事業所や、自動車タイヤ製造やアルミ鋳物の生産に関わっている事業所は、たとえ、もっぱら自動車部品用のプレス部品やアルミ鋳物、自動車タイヤを生産しているとしても、この中には含まれないことから、明らかである。
さらに、細分類3113に計上されている自動車部品向けに機械加工を受託生産している事業所が、自動車部品の加工だけを行なっているかどうかも、定かではない。自動車産業は巨大であり、企業城下町型の産業集積を形成している場合も多いが、関東地区にあるような2次や3次の特定加工に専門化した事業所の場合は、多様な製品分野からの部分加工を受注し、その中に自動車関連がある場合も、数多く存在している。
このような事実から言えることは、統計上で特定業種に分類される事業所と、その数や売上高は、一定の基準で事業所を業種分類した結果もたらされるものであり、ある特定の製品の生産に関わる事業所数そのものや、それに関する売上高等を示すものではないということである。上記の小分類311の自動車・同附属品製造業に含まれる事業所数は、自動車生産に関わっている事業所数としては明らかに過少であること、同時に、そこに含まれる事業所が自動車生産関連で実現している売上高としては過大であることは、業種分類上の原則から明白であると言える。
2 その他の事項への影響
当然のことながら、大きく見れば、例えば、製造業のなかで、実態的に中分類業種として多くを占めるものが、統計的にも大きな比重を占めることになる。これは確かであるが、分野によっては、この原則から、業種転換等では、実態と統計的な数字とで、大きな乖離をもたらす可能性が存在することになる。
私がかつて確認したことであるが、かつての機械工業4中分類業種間の事業所の業種転換の比率は、他の中分類業種間に比して、顕著に高かった。これは、本来的な意味での「業種転換」、製造業として当該事業所の業務内容を大きく変えるという意味での転換を意味するものも含まれるが、業種分類の性格から、そうでないものが多く踏まれることになることが影響している可能性が極めて大きい。例えば、切削加工に専門化し、各機械の部品の切削加工を受注している企業は、上記の基準で分類されると、その年最も多く加工した部品が組み込まれる製品の業種関連に分類される可能性が高い。年によってその部品の種類が変われば、ほぼ全く同じような業務を一貫して担っていても、業種、それも中分類レベルでの業種転換をしたと、統計的には把握されることになる。
他方で、加工方法で分類される金属プレス加工を行っている事業所であれば、主要扱い部品の組み付け製品が大きく変化しても、その業種分類は、全く変化しない。例えば、東京の城東地区には、かつて金属玩具の産業集積があり、玩具の部品のプレス加工をしていた事業所が多数存在した。それらの事業所のいくつかは、その後加工水準を大きく高め、電気機械部品のプレス加工を行なっているといった例も多く見てきた。しかし、これらの事業所は、業種的には全く変わらないことになる。産業集積にとっての大きな環境変化があり、それに対応し得たがゆえに存立を維持できた金属プレス加工事業所だが、それは業種統計には全く反映されないのである。
3 経年変化での奇妙な例
例えば、当時の工業統計表で川崎市の自動車・同附属品製造業についてみると、ある年に突然急増し、翌年の工業統計表ではまた急減するといった数字が登場した。その裏返しであったのが、鉄道車両・同部分品製造業であった。これは、丁寧に規模や地域を特定してみていくと、東急クロガネ工業の工場の影響であることが見えてきた。当時の東急クロガネ工業の当該工場である事業所は、鉄道車両関連と自動車関連との双方をほぼ同じ規模で生産していた。業種分類では、まず事業所ベースで中分類業種として最大の売上高の業種に分類されるのであり、その限りでは輸送用機械器具製造業に分類されることには、全く変化はない。しかし、小分類業種では、自動車・同附属品製造業と鉄道車両・同部分品製造業のうち、当該年に売り上げが多かった小分類業種に、当該工場の売り上げ全体が計上されることになる。年により、当該事業所の最大規模の小分類業種は微妙な変化でも移動したため、業種分類は小分類レベルで大きく変化することになる。
統計上は、毎年、大きな業種変動が当該地域で生じていることになる。しかし、実態は、東急クロガネ工業の売り上げに占める鉄道車両関係と自動車関係の微妙な変化がもたらしているに過ぎない。当該工場の業種転換や当該地区での生産分野の大きな変化が、毎年生じているわけではない。しかし、業種分類の原則を知らなければ、統計上の大きな変化を、実態を反映するものと考えてしまうことになる。
4 統計での使用概念の誤解ないしは無理解の例
1) 自動車産業での社会的分業構造としてのピラミッド構造的把握
小分類業種である自動車・同附属品製造業に属する事業所は、極めて多数であり、かつ規模的に多様な事業所群である。また、細分類業種の自動車附属品製造業の中には、1次部品メーカーの事業所のみならず、2次や3次のサプライヤー、その多くは特定(機械)加工に専門化している事業所である。
このような小分類業種としての自動車・同附属品製造業に属する事業所群を取り上げ、これが自動車生産を行なっている事業所群であるとするだけではなく、これらの事業所群を持って自動車が生産されているということや、これらの事業所群は自動車生産のためにのみ存在しているということを表現しているという認識が、さらに一方的に深まった認識が、ピラミッド構造的な自動車製造業把握と言える。階層的な部品供給構造が存在し、それが頂点に立つ自動車完成品生産企業への供給ピラミッドを構成しているという見解である。
すなわち、自動車・同附属品製造業に属する事業所群によって自動車が生産されるとともに、その生産構造は、自動車生産に専用化された構造を持っているという認識である。それを頂点に自動車完成品メーカーをいただくピラミッドにたとえたものである。このような自動車産業が自立した構造図を描くことで、自動車産業と他の機械工業との関連が見えなくなる。自動車産業の他の機械工業同様に、多様な基盤産業を共用し、その基盤産業を前提になりなっている、ということが見えなくなる。
また、自動車・同附属品製造業という業種分類を前提にすることで、業種分類上は、これらの業種と全く関係ない業種に、先にも見たように自動車生産に関わる多くの業種が存在することも見えなくなる可能性を与える。
すなわち、私が、1990年代から主張しているように、機械工業の各業種は、自動車製造業も例外ではないのだが、素材産業群も含めた多様な基盤的産業の上に存在し、他の機械工業諸分野と基盤産業等を共有している。自動車産業も、他の機械工業生産分野と同様に基盤産業を供給している山脈の中の、巨大な1つの峰に過ぎないのだが、それが見えなくなる。
2) 業種分類以前の、事業所と企業の混同事例
当然なことながら、工業統計表や商業統計表等での基本的な集計単位は、事業所である。これは、「事業所とは「1区画を占めて経済活動を行っている場所」のことです」と規定されている。複数の場所に存在する可能性のある「企業」とは全く異なる概念である。既存企業が開設する事業所も、新規創業企業の事業所も、同様に事業所としては開設されることになる。
この企業と事業所との概念を混同した議論が、以下の議論との関連で、最近でも散見されたので、確認も兼ねて、概念を整理しておくことにした。
かつての『企業・事業所統計調査』を見た限り、開業関連の統計は、開設時期別事業所数と設立時期別会社数であった。前者は事業所ベースでの開設時期別数であり、後者は会社ベースでの設立時期別である。当然のことながら、多数の個人企業が存在することから、会社の数は事業所数さらには企業数に比較しても、ごく少ない数になる。この『企業・事業所統計調査』では、事業所でも会社でもない「企業」の、開設でも設立でもない「開業」についての時期別の統計は全く存在しない。企業の開業時期別の数字を、『企業・事業所統計調査』から得ることは不可能である。
事業所の開設は、新規創業企業の工場等と既存企業の工場等の開設の双方を、当然のことながら含むものである。地域の開設時期別事業所数には、これらが混在してカウントされることになる。新規創業企業の開業状況を示すものではないことは、当然のことである。しかし、これを「開業」時期別「企業」数としてしまうと、個人企業を含む企業全体の新規創業による事業所新設のみを指すことになる。これは、事業所ベースでは、本来全くわからない数字である。同時に、会社ベースの設立の数とも関係ない数字でもある。
なお、『企業・事業所統計調査』を引き継いでいる現行の『経済センサス』でも、統計項目は「産業(小分類)、開設時期(13区分)別民営事業所数、従業者数及び売上(収入)金額(外国の会社及び法人でない団体を除く)-全国」となっている。企業の開業時期ではなく、事業所の開設時期別なのである。
終わりに
工業統計表や事業所統計調査といった、私がこれまで活用してきた統計について、統計を読む際に、私なりに注意してきた諸点を思いつくままに述べてきた。「このようなことは当たり前」だと、中小企業研究や産業研究に従事されている方から言われれば、それに越したことはない。私にとっても、上記のことは常識のつもりであった。しかし、そうでもないことを、最近知ってしまった。そのため、あえてまとめて書いて、ブログにアップした次第である。
また、本稿で議論した私の統計についての読み方に問題があれば、ぜひ指摘していただきたい。ブログへのコメントでも、私宛のメールでも良いので、よろしくお願いしたい。
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