2017年12月27日水曜日

12月27日 小論 岸本千佳司著『台湾半導体企業の競争戦略』を読んで

岸本千佳司『台湾半導体企業の競争戦略 戦略の進化と能力構築』
               日本評論社、2017年  を読んで

1 岸本氏の著作についての簡単な紹介と、私にとっての示唆
 本書は、台湾半導体企業の発展、とくに台湾系のファウンドリとファブレスメーカーの発展に注目し、その発展の論理を、著者によるインタビュー調査と既存文献の渉猟を通して解明した、大変興味深い成果を上げている、産業企業発展とそこでの個別企業の意味についての研究書である。半導体生産として垂直統合し、電気機械製品生産企業の1部門を構成する、日系企業の半導体生産企業ないしは部門との対比を念頭に、何故、台湾系企業は発展し、日系企業は半導体産業企業として衰退したのか、解明している。
 この議論の中で、私自身が最も痛感したことは、半導体産業とはどのような存在なのかという点に関してである。岸本氏も「台湾半導体産業」という概念を使用しないわけではないが、それは台湾に半導体企業が形成される過程に関してもっぱら使っている。それ以外は、台湾半導体企業が、ファブレスメーカーとして、ファウンドリとして、どのような取引関係をグローバルな中で形成し、発展しているかをもっぱら検討している。産業の単位は国民経済ではなく、グローバルであると言える。
 台湾半導体企業の競争相手は、台湾以外の市場、多くはグローバルな市場での競争相手であり、米欧のファブレスメーカーや岸本氏がIDMintegrated device manufacturer)と呼ぶ垂直統合企業さらにはシリコンバレーのファウンドリのみならず、さらには日系の半導体生産での垂直統合企業、特に日系企業に多く存在する電気機械製品生産の一環として半導体を垂直統合形態で生産している企業も含まれる。
 同時に、岸本氏が描いているのは、半導体産業それ自体の質的変化、需要の変化とそれに伴う有効な生産体制の発展方向の変化である。台湾系企業が例えばファウンドリとして、半導体生産技術で大きく先行していた日系企業へのキャッチアップに成功するのみならず、技術発展を主導する立場へと躍り出たのは、単に追いかけに成功したということではない。そうではなく、需要の質が大きく変化し、それに対応するには生産技術面でのあり方の変化も必要であった。そのような需要の質の変化の局面で、後発メーカーとして既存の発展傾向に拘泥せずに、新たな需要への対応をすることができた台湾系ファウンドリであるがゆえに、生産技術での優位を確立したことを明らかにしている。
 すなわち、多様な用途の半導体を、個別に開発するのではなく、共通のツールやモジュール化された部品を使いながらそれぞれの用途別に開発する方向性が生じ、多様な製品を多数生産することによる規模の経済性の実現が可能となり、それに適合した生産技術・装置体系を導入し、ついでは、装置メーカーとその方向での共同開発を行なったのが台湾系ファウンドリということになる。半導体の需要の多様化がメモリー以外の分野で生じ、それが総量として巨大化した。このような需要の変化の下で、それに適合した技術を装置メーカーとともに開発可能であった。このような状況が生じたがゆえに、メモリーの生産を軸に生産技術での開発優位を維持していた日系企業に対し、優位に立つことができたのである。
 技術の発展とは、市場での需要の質や構造の大きな変化によって、大きく方向性を変えるものである。しかも、従来の市場・需要の中で技術的優位を実現した企業は、新たな市場環境で再度優位を実現することは、並々ならぬことであるということを、これらのことは示唆しているといえよう。
 乗用車産業でのトヨタ自動車の技術的優位の形成とその後の優位維持からも、このような技術発展に関する理解への裏付けが得られよう。乗用車生産技術は、乗用車市場での需要のあり方の安定性から、フォード生産方式以来の技術の発展方向が積み重ねであり、大きな発展方向の変化はないといえよう。ただし、戦後日本の乗用車市場の需要の特異性から、その方式に修正が加えられ、トヨタ等日系企業の生産技術の優位性が実現した。いわゆるトヨタ生産方式である。
 この技術が対応する市場は、その後も安定的に拡大し、電子機器に見られるような製品技術の大きな交代、レコードからCDへそしてインターネットからのダウンロードといった、ほぼ同じ使用価値を実現するのに、全く異なった電気・電子的技術体系が使用されるという、革命的な変化は、乗用車産業にはなかった。それどころか、乗用車の需要の質の変化も、積み重ね的であり、既存の生産技術を前提とした発展で対応可能なものであった。
 それに対して、半導体は、多様な用途のための中核的部材の1つとして、電子機器のみならず、多様な機械の構成要素として、設計開発されることとなった。時代によって、汎用コンピュータやパソコンでのDRAMのように、半導体の量的主要部分を占めるような部品も形成されたが、それ自体も、常に高度化が進展し、新たな飛躍的な変化を必要とする生産技術が求められた。しかも、半導体の応用分野が広がるにつれ、かつてのDRAMに当たるような単一製品での高度化が求められるよりも、多様な高度化する製品の生産に対応する生産体系が求められ、それが時代とともにより顕著になってきた。そこに特定用途の半導体を設計開発する主体と、多様な半導体をまとめて生産し、規模の経済性を発揮する生産技術を開発する主体との、方向性の違いが明確になり、IDMは東芝あるいはサムスン電子のようなメモリーメーカーやインテルのようなCPUメーカーに限定され、他はファブレスメーカーとファウンドリの組み合わせという形態が優勢となった。
 その中で、TSMCに代表される台湾系のファウンドリは、シリコンバレー等のファブレスメーカーの台頭に応じ、柔軟な生産体制を構築し、かつ半導体製造装置メーカーとの共同開発等により、生産技術面での優位性について大規模投資を積極的に行うこととともに実現した。
 それに対して台湾系のファブレスメーカー、メディアテックは、独自市場の発見、当該市場の積極的育成、すなわち中国での携帯電話の普及過程での山寨携帯に対し、技術面でのサポートをも組み込んで半導体のチップセットを供給し、低価格携帯市場という、それまで存在しなかった巨大市場の開拓に成功した。その際の半導体生産の受け皿が台湾フォウンドリということになる。中国における新たな低価格携帯生産集積の中核的存在となり、急激に発展した。
 
 市場の規模の急激な拡大の下での、需要の質の大きな時系列的変化、それに対応し、技術発展、製品技術と生産技術との一体的発展が有効な環境から、別途の主体による発展が有効な環境へと、時系列的に大きく転換したのが、半導体産業ということになる。これを岸本氏は、台湾のメーカーを事例に、具体的に明らかにしたと言える。

2 まとめにかえて
 −岸本氏の議論が示唆すること、日系半導体企業にとっての示唆は何か−
 このような台湾系半導体企業と日系半導体企業の近年の動向と現状を見るとき、今年度の中国経済経営学会での三重野文健氏の報告(「中国半導体産業動向と日本半導体産業の問題点について」20171111日、分科会1)について、疑問を感じざるを得ない。同氏の報告の結論は、日系企業からの需要を集めた日系ファウンドリを設立し、そこを生産技術先端化の拠点とするとともに、日系半導体メーカーはファブレスメーカーとして製品開発に勤しむべきというものと理解された。
 クアルコム等の多様な多数の半導体メーカーからの受注を軸に、積極的なファウンドリとしての生産技術投資のみならず、日系企業をも含めた半導体装置メーカーとの製造装置共同開発を通して、最先端の生産技術を実現しているTSMCと、どのように新興日系ファンドリは対抗しようとするのであろうか。生産技術開発で対抗できると考えているのであろうか。少なくとも、今の需要構造を前提にしての発展として考えるならば、キャッチアップが困難なことは目に見えている。
 また、TSMCに日系半導体メーカーが依存すべきでないという理由は何か。TSMCは、その時代の有力なファブレスメーカーにとっては、最適な、少なくとも現時点では最適なファウンドリということができる。独自な有力な半導体製品を持つことこそ、ファウンドリの有力な顧客となることを意味する。日系ファウンドリとして自立的に発展することが可能だとしたら、そのような顧客をグローバルに確保することであり、競争劣位の顧客をいくら集めても、有力なファウンドリになることはできない。
 台湾系ファウンドリはグローバルにファブレスメーカーからの生産委託を受けているのであり、メーカーの出自により差別するような状況にはない。日系半導体メーカーに必要なことは、当面は自社の競争劣位の製品の生産でも、自らのいうことを聞いてくれるファウンドリの存在ではなく、世界最先端の生産技術を持つファウンドリが喜んで受託してくれる半導体製品を開発し続けることである。
 最先端のファウンドリに優先的な形で相手にされないとしたら、受託するに値する優良な製品を開発しえていないことに、その理由は存在する。そうだとしたら、そのような製品でも受託し優先的に対応してくれるファウンドリを作り上げても、グローバルな市場競争で、製品技術面、生産技術面、双方で優位に立つことなど、もともと困難であろう。

付記:なお、この点で、1225日付のブログで紹介した日経の1222日の記事の出だし部分の記述、「経営不振に陥っていた半導体大手、ルネサスエレクトロニクスが復活してきた。原動力の一つは半導体の製造受託の世界最大手、台湾積体電路製造(TSMC)との連携だ」(日本経済新聞、1222日朝刊、p.1)は象徴的である。IDMからファブレスメーカーへと舵を切った日系大手半導体メーカーが、TSMCをファウンドリとして活用可能であり、それが有効でありそうなことを示唆している。


0 件のコメント: