2017年11月12日日曜日

11月12日 小論 田中幹大論文を読んで

 田中幹大論文は、大阪の機械金属工業での基盤産業の形成を、いくつかの製品分野に属するとされる機械金属工業中小企業の扱い製品構成とその変化から見ていこうとしている。大変興味深い論考である。
 以下、抜き刷りをいただき、読了し、感じた、勝手な感想を述べたい。

田中幹大「中小機械金属工業と機械工業の「シフト」
 −195060年代大阪のミシン、繊維機械、自転車−」(1)(2)
(立命館経営学562号、3号、20177月、9月) を読んで
渡辺幸男
1、      田中論文について

上記論文の目次
 Ⅰ はじめに
 Ⅱ 先行研究と資料
 Ⅲ 大阪ミシン産業と中小機械金属工業
 Ⅳ 大阪ミシン産業における中小機械金属工業の製品転換
 Ⅴ 大阪繊維機械産業における中小機械金属工業の製品転換
1.    大阪繊維機械産業と中小機械金属工業
2.    大阪繊維機械産業における中小機械金属工業の兼業・転換品目
 Ⅵ 大阪自転車産業における中小機械金属工業の製品転換
1.    大阪自転車産業と中小機械金属工業
2.    大阪自転車産業における中小機械金属工業の兼業・転換品目
 Ⅶ 小括

 田中幹大氏による本論考は、工場名鑑といった資料を利用し、極めて丁寧に、大阪の機械関連の中小企業中心の産業、すなわち戦前からのミシン、そして戦後の繊維機械、自転車の3産業での、中小機械金属工業企業の扱い製品の状況とその変化を、時系列的に追いかけた研究である。それを通して、多くの機械金属工業中小企業が、多様な方向性をもって扱い製品内容を変化させ、また同時に複数の製品に関わっていることを実証している論考である。
 結果として、調査の最初の時点から複数製品分野での生産を行なっていた企業も少なからず存在していること、戦後大阪の主要機械工業となった電気機械等へと転換した企業も数多く存在していることを明らかにしている。また、その転換先は特定製品分野に集中することなく、極めて多様であることも明らかにしている。
 また、工業統計表等では、特定業種に振り分けられてしまった結果の数字でしか、業種構成を把握できない。本論考では、そうではなく、工場名鑑等を利用することで、振り分けられた特定機械関連の業種分類以外にも、当該機械の生産に携わっているとする企業が数多く存在することも明らかにしている。
 すなわち、個別企業レベルでの多様な製品分野との同時並行的関わりとともに、業種分類を前提にしては見ることのできない、産業レベルでの多様なつながりの存在、それとそれを時系列的に見た場合の大きな変化、これが大阪の機械金属工業中小企業の存立実態であることを明らかにしている。これに本論考でも言及されてはいるが、直接は扱われなかった新規開業企業の多数かつ多様な状況を加えることで、大阪の機械金属工業の基盤産業の形成過程やその存立状況といった側面が明らかにされていると言える。
 以上を解明した論考として、大変興味深く、多くを学ぶことができた論考であった。その上で、本論考の提示している図表を通してだけでも、結論的に、もっと強調して良いと私が思うことは、当初より複数の製品に関わっていた企業が、少なからず存在していること、この点の確認である。さらに、このことの持つ意味の検討を行えば、本論考での資料の範囲内でも、より内容的に深まったのではないか、と感じた。

2、現代の機械工業の社会的分業構造
 その上で、広域的な生産体系を含め、それぞれの企業がどのような形に専門化し、存立しているかについての私の認識を前提とし、第2次世界大戦前後の状況に遡った時、本論考に関して、物足りなく感じた点がある。
 現代の機械金属工業の社会的分業構造を考える際、まず考慮すべきは、当然のことながら、完成品の生産か部品の生産か、という分業である。同時に必要なのは、それぞれの生産において、どのような機能を企業内に保有しているかどうかでもある。すなわち、同じ完成品の生産を行なっている企業でも、その製品の企画・開発・設計そして生産の全てを同一企業内で行なっている企業もあれば、企画から設計までを社内で行い、あとは全て外注するという、アップル社のような企業(ファブレスメーカー)も存在する。他方で、鴻海精密工業のように、製品それ自体については企画・開発はせず、受託生産のみであるが、生産設計そして部材調達等を全て社内で行うような Electronics Manufacturing Service企業(EMS)のような企業も存在している。また、発注側の指示に従い設計の一部を担う設計サービス企業もあれば、同様に発注側の企業の図面に従い特定の加工のみを受託生産する企業も存在する。
 当然のことながら、完成品を企画設計し販売する企業は、たとえ実際に生産機能を社内に保有していなくとも、特定製品の「生産」に専門化している企業と言える。それに対し、EMSは字義通り、電子製品や電子完成部品を組み立てるサービスを提供する企業であり、完成品や完成部品の「生産」機能を担うが、特定製品の「生産」に専門化しているのではない。電子製品の組立サービス業務に専門化しているのである。同様な受託組立企業は電子機械以外の機械の場合は、OEM企業すなわち受託組立サービスに専門化した企業ということになる。これらの企業は、本来的には調査時点で扱っている製品の種類で業種分類することは、社会的分業構造を考える際には、ミスリーディングとなる可能性がある。しかしながら、業種分類上は、両者が区別されず一体で集計される可能性があったり、前者は「生産企業」ではなく、後者だけが「生産企業」として計上されたりする可能性さえある。
 私自身もかつて混乱していた点であるが、例えば、機械工業の例ではないが、このような関係は、アパレルメーカーと受託衣服生産企業との関係でもある。アパレルメーカーはメーカーとされるが、物的な意味での「生産」はしていない。しかし、現在の私の理解では「生産」している、まさに製品の企画・開発・設計をし、製造のみを委託する「メーカー」である。縫製業企業等の受託衣服生産企業は、通常衣服の「生産企業」として計上されるが、縫製サービス提供企業と見るべきものであろう。
 同じように完成部品や汎用部品を生産する企業とは、それらの部品を企画・開発・設計し販売する企業ということになる。他方で、他者が企画・開発・設計した部品を、「生産」について受託し実際に組立生産をするだけの企業は、これまた電子部品であればEMS、その他の機械の部品であればOEM企業ということになる。
 さらに、機械関連の部品の特定加工部分だけを受託生産する企業群が、機械工業に数多く存在する。これらの企業は、特定の部品の生産に専門化しているのではなく、特定加工に専門化している特定加工専門化サービス企業である。プレス加工に専門化し、他社からプレス加工を受注生産している企業は、プレス加工サービス提供企業として加工の種類に従い業種分類され、特定加工のサービス企業であることが、ある意味明確に示される。その際、多くの場合は、特定の素材について一定の幅の精度と量産規模を前提とした加工に専門化している場合が多い。それらを前提に、実際に幅広い製品分野の部材の加工を受注しているかどうかは別として、プレス加工を必要とする部材の加工を、幅広い製品分野から受託生産可能となる。逆に、もっぱらどのような製品の部品のプレス加工をしているかは、業種分類では見えなくなるが。
 他方で、特定の切削加工等に専門化している企業は、プレス加工に専門化している企業同様に、特定加工に専門化し、その加工について受注し、加工生産サービスを提供しているのであるが、既存の業種分類では、その加工対象が最終的に組み付けられる製品分野に応じて分類され、加工に専門化したことを反映する形で分類されない。同様の部品を企画・開発・設計し(生産し)ている企業と同様な業種分類となる。しかしながら、部品生産への関わり方としては、両者で全く異なっている。
 工場名鑑によって、これらの点を解明することは、極めて困難であるが、機械金属工業の存在形態を考える上では、極めて重要である。例えば、現在も存続している企業等への聞き取りで補うならば、この点での社会的分業上の状況変化も、ある程度解明することが可能であろう。特に、乗用車と異なり、本論考で取り上げられた機械のうち、家庭用ミシンと自転車については、規格化が業界横断的に形成されており、企画開発を行っていた部品メーカーは、特定顧客からの独自仕様の部品についての受託生産ではなく、業界標準規格の部品の生産を行うことになる。ましてや、後発工業化国として日本の家庭用ミシン産業や自転車産業は、補修用部品を中心に部品生産から当該製品の生産に参入している。この点は、本論考が最初に紹介している家庭用ミシンの輸入業者の部品生産への進出からも示唆されることである。
 このような視点で工場名鑑での関連製品分野の叙述を眺めると、部品の生産を行なっている思われる回答企業にも、切削加工に専門化した加工サービス企業を含め、特定専門加工サービスの提供に特化し、たまたま調査時点でいくつかの製品の部品の加工を行っていた企業と、本来的に部品の企画開発生産を行い、特定部品のみではなくいくつかの製品分野の部品を生産していた企業とが共存していた可能性が示唆される。もし、このような状況が存在するのであれば、特定専門加工サービスに特化していた企業は、多様な製品分野の特定専門加工を受注するのが、本来的な状況であり、多様な製品分野に進出しているということではなく、また、時系列的に見て製品内容が変化したとしても、業種転換あるいは製品転換を行ったことを意味しないということができよう。単に業種分類上の多数性製品の移動や転換ということになる。
 さらに言えば、大阪の機械金属工業中小企業の存立形態として、特定専門加工サービス企業が当初より幅広く形成され、大阪での多様な機械工業の発展の基盤を形成していたということになる。業種転換を通して、新たな製品分野への進出が実現したのではなく、専門加工サービス企業として多様な製品分野の企業のニーズに対応したということになる。
 本論考の中で紹介されるナットフォーマーを極めて早期に導入した企業の例も、多様な製品分野に共通するナットという汎用部品的な部品の生産企業であり、他の製品分野の部品メーカーから量産製品分野へと業種転換したというよりも、それがより量産的な需要が汎用部品である場合が多いナットに生じたがゆえに、ナット生産メーカーの存立の一環としてフォーマーを導入し、量産的需要への対応を行ったと見ることができよう。ただし、ナットフォーマーを導入した企業の場合、乗用車生産向けについては、汎用部品生産から特定乗用車向けの相手側仕様の受注生産と変わった可能性が存在する。もしそうであれば、この部分については、汎用部品生産とは言えないことになる。しかしながら、量産ナット用のナットフォーマーの導入であり、乗用車向けの特注ナット専用機ではなく、多様な製品分野のナットを量産可能であり、量産ナットを必要とする製品分野であれば、どのような業種の製品にも対応可能と見ることができる。特定乗用車向けの冷間鍛造部品の受注生産メーカーというよりも、ナットメーカーとして乗用車向け特注部品にも対応している、と見るべきであろう。当然ながら、ある1時点で見れば、乗用車向けの部品生産が当該企業の生産量の圧倒的部分を占めていることも十分ありうる。しかし、同時に、当該企業はナットメーカーとして多様な製品向けの需要に対応可能な部品生産企業であることには変わりはない。
 
3、まとめ
 以上長々と勝手なことを述べて来たが、私が言いたいことは、機械金属工業中小企業には、特定製品や特定製品の部品の企画開発設計(そして生産)に専門化した企業と、機械金属工業全体の基盤産業を構成する汎用部品に専門化した企業や特定加工サービスに専門化した企業が存在し、社会的分業構造の意味の考察のために製品分野の変化を考えるときには、この3者を念頭に置き、できる限りわけて見ていく必要があるということである。
 さらに、単に主要扱い製品に変化があったかだけではなく、対象の機械金属業中小企業について、この3者の間での移動があったかどうか、これも重要になる。特定の製品の部品についての企画開発(と生産)を行うメーカーが、そこで培った加工技術を活かし、加工サービス企業といったような製品の部品の加工を受注する方向での転換、このようなものを見ていくことが重要であろう。本論考で言及された私の書いた論考での自転車産業での転換の事例は、自転車の標準規格部品を生産していた部品メーカーが、そこで培った独自な加工法を活かし、受注相手側の図面に従って受注生産する加工サービス企業へと転換した事例であり、単なる部品間での転換ではない。

 この点を追求するためには、工場名鑑といった資料だけでは不十分で、現在まで存在している企業からの聞き取り事例を通して、そもそもの存立形態の変遷をも確認する必要がある、ということである。

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