呉詠航、伊原健作、多部田俊輔、兼松雄一郎「鴻海、米で巨額投資の賭け
TV生産、シャープと連携 アップル依存度下げ」
(日本経済新聞、2017年8月3日、p.11)を読んで
渡辺幸男
上記の日経の記事は、EMSである鴻海精密工業の米国での工場建設についての記事であり、EMSについて考察を深めたい私にとって大変興味深いものである。その第一は、「会社資料などからの推計」と注記されているが、下に転載した2つの図である。本文に照らしてみれば、鴻海は、アップル社から2000年にiMacという完成品を受託生産するようになってから、アップル社への依存度を高め、2012年には60%近くになっている。同時にそれ以降は、iPhoneの生産急増、すなわち鴻海のアップル社からの受託生産の急増にもかかわらず、アップル社への依存度は50%強で推移し、依存度は高まっていない。鴻海のEMSとしての急成長は、記事本文で見る限り、2016年度に四半世紀ぶりに減収となり、そこで止まったようである。逆に言えば、鴻海の売り上げは2015年度までは増大していたが、その過程で、アップル依存度は50%強から高まることはなく、アップル社以外からの受託生産の伸びも同様に高かったことになる。
さらに注目すべきことは、2015年度までは成長しているにもかかわらず、中国からの輸出は、絶対額で減少している下段の図である。このことは、アップル社が「インドで現地生産を進めるスマートフォン「iPhone SE」の組み立て先に選んだのは台湾の電子機器受託製造会社、緯創資通(ウィストロン)の工場」であり、「鴻海もアップルのライバルであるOppoや華為技術など中国勢との付き合いを深めている」ということ、すなわち、中国国内の販売で、アップルのiPhoneを上回る販売台数を実現している上位企業とも鴻海は取引があり、その結果として中国国内の販売を増加させていることの反映が、中国からの輸出の微減につながっているように見えることである(1)。
7月11日にこのブログで紹介した Financial Timesの記事でも、鴻海はインドで小米等の中国メーカーからの受託生産をおこなっていると紹介されている。ここから見えてくることは、鴻海にとってスマホ生産の受託先としてのアップル社は、重要なお得意先ではあることは確かであるが、他の競合メーカーからも幅広く生産を受託し、企業成長を実現してきたということである。
サムスンと世界市場では1・2を争うアップル社の主要生産受託企業であり、その受託生産を主として中国でおこなっている鴻海は、同時にスマホの急成長企業からも生産受託するEMSであり、特定企業に依存する企業ではない、ということをこのことは示している。
出所:日本経済新聞、2017年8月3日
このように見てくると、下段の図の見出し「鴻海の中国からの輸出は伸び悩んでいる」という見出しは、妥当なものなのかどうか、疑問が生じる。15年から16年にかけての減少はアップル社絡みと想像することも可能であるが、12年から15年まで輸出が横ばいなのは、「輸出が伸び悩んでいる」というよりも、中国国内販売がアップル以外からの受託生産により増えていることで、鴻海が企業成長を遂げていたことを示すものといえそうである。それゆえ図からの示唆は、中国での生産は増えたが、中国での国内販売も増えたので、輸出は横ばい、ということであろう。
なお、この記事自体の中心は、中国からの輸出というよりも、買収したシャープの技術を生かし、液晶パネルやテレビ等の米国での自社製品、それも部品だけではなく完成品用の工場の建設も計画しているということである。EMSとして完成品受託生産で急成長し、世界的な巨大企業となった鴻海が、受託生産から自社ブランド製品の生産へと乗り出す、という話である。
かつてパソコンで台湾のエイサーが受託生産企業から出発し、自社製品を開発生産販売するメーカーとなった道を、鴻海も歩もうとしているのであろう。ファブレスメーカーの受け皿としての受託生産専門企業から、完成品メーカーとなることが、共存可能なのであろうか。確かに自転車産業では、台湾の巨大機械工業、ジャイアントは、受託生産で成長を本格化し、その後も自社ブランドメーカーとして大きく成長しながら、受託生産も行なっていた。最終市場で直接競合する企業からの受託をジャイアントが共存できたのは、委託側の企業、その多くは米国企業であるが、それらの企業にとっては受託生産企業として選択肢が、ほとんど台湾企業しかなく、かつ主要市場をある程度棲み分けることで、共存可能になったことにあったようである(渡辺・周・駒形編著(2009)を参照)。鴻海についても、シャープのブランドと製品開発力を活かし、完成品メーカーとして、どのような展開を示すか、注目すべき点であろう。
ただ、鴻海の場合、受託生産の現在の中心であるスマホでのメーカー化ではなく、テレビへの進出ということであるので、ジャイアントのような問題は生じないと言えるかもしれない。しかしながら、耐久消費財の完成品メーカーになるということは、新たに必要なのは製品技術だけではなく、マーケティング能力や販売網構築も不可欠である。企業買収を通して内部化することを含め、このような能力を鴻海がいかに構築するか、これから注目したい点である。
補足:以上が、この記事を通して、私が感じたことであるが、内容とは別に、この記事の中で、言葉遣いとして気になった点が2箇所ほどあった。それについて最後に言及しておきたい。
1つは、「鴻海の狙いは米国で薄型テレビを一貫生産する体制を築くことだ。水平分業から垂直統合にモデルチェンジする戦略の一環となる」という表現である。ここで「垂直統合」化というのは、社会的分業概念から見て、妥当なことと思われるが、その前の「水平分業」とは何を言っているのであろうか。「垂直統合」の対概念は「垂直(社会的)分業」である。ある財の生産において川上工程と川下工程が別々の企業によって担われているのが後者である。それに対して、川上と川下を同一企業内に取り込んでいる状況が「垂直統合」である。
他方で「水平(社会的)分業」とは、完成品間や部品間で異なる企業が生産をしていることを指している。それゆえ「水平分業」の対概念は、同じレベルの完成品あるいは部品について複数以上の種類の財を同一企業内で生産する「多角化」である。鴻海の今回の変化は、このような多角化では全くない。EMSとして受託生産だけに特化していた企業が、液晶パネルからテレビまで、自社製品として開発生産し販売するようになることを「水平分業から垂直統合にモデルチェンジ」というのは、意味不明の表現といえよう。
今1つは「アップルも受託先を鴻海以外にも広げ始めた」という表現である。これは経済学的な概念の使い回し以前に、日本語の問題である。アップルの受託先はどこなのであろうか。鴻海の受託先はアップルであるが、アップルは受託生産をしておらず生産を委託しているだけであるから、「アップル」の「受託先」は存在しない。これは日本語として「アップルも委託先を鴻海以外にも広げ始めた」というのが正しいといえよう。
内容的に興味深く、かつ私にとっては手に入れ難い貴重な情報を提供している記事だけに、この2つの不適切な表現は極めて残念であった。
注
(1) 2017年8月4日付日本経済新聞(p.11)の記事、中村裕「アップル、中国5位に後退」でのIDC調べの結果によれば、2017年第2四半期の中国市場でのスマホの出荷台数上位5社のうち、ファーウェイ(21.0%)を筆頭に4位の小米(12.7%)までが中国系の地元企業であり、アップル社は7.1%のシェアで第5位になったということである。
参考文献
呉詠航、伊原健作、多部田俊輔、兼松雄一郎「鴻海、米で巨額投資の賭け
TV生産、シャープと連携 アップル依存度下げ」
日本経済新聞、2017年8月3日、p.11
渡辺幸男・周立群・駒形哲哉編著、2009『東アジア自転車産業論
日中台における産業発展と分業の再編』慶應義塾大学出版会
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