Cook, C., S. Pfeifer & P. Ivanova, ‘How Russian passenger jets are still flying’
(FT BIG READ. TRANSPORT, 10 May 2024, p.13) を読んで
渡辺幸男
この特集は、「ロシアのジェット旅客機は、いかにして、まだ飛んでいられるのか」というタイトルで書かれ、その見出しによれば、「FTの調査によれば、経済制裁は交換部品の輸入の崩壊を引き起こしている。しかし、航空会社は国際的な密輸ネットワークの手助けを受け、ロシアで部品を手に入れる新しいやり方を見つけ出している」ということである。
この論考の中身は大変興味深い。どのような形で旅客機の交換部品が持ち込まれているかを、事例を示しながら紹介している。もちろん、正規の輸入ルートではなく、闇ルートであり、航空手荷物としても持ち込まれていると述べ、その担い手を具体的に紹介している。さらに、ロシアの民間航空機の圧倒的部分がエアバス製とボーイング製の旅客機であることを統計的に示し、また、ロシアのアエロフロートに次ぐ2番目の航空会社S7の航空機部品輸入がウクライナ侵略に伴う制裁開始以降極端に減少していることを、通関統計を使って示している。
さらに、非正規ルートを使って部品を手に入れている事例を紹介し、完全に輸入が止まっていないことを示すと同時に、その購入価格が通常の価格の数倍以上であることも示している。その上、2025年には輸入旅客機の全面的なオーバーホールが必要となり、海外製の旅客機を失うことになると指摘している。それを避けるために、アエロフロートは、エアバスA330一機を試験的にイランへと送ったが、そのオーバーホールは十分には満足がいくものではなかった、とのことである。
そして最後のパラグラフで、元パイロットの発言として、何年も前からロシアは国内生産に取り組むべきだったとし、海外製旅客機を修理することはできないし、それに取って代わる航空機はないとし、「その結果としての問題は、旅客機が毎日墜落することを目撃することになるというどころか、全く飛べなくなるということになりそうだということである」と締めくくっている。
ロシアの産業の現状、これをロシアの航空産業の実態と航空機産業についての米欧への依存の深化の状況を、航空機部品が、5倍以上の高価格でだが、なんとか闇ルートで手に入ることで、民間航空産業が現状では維持されている状況を示している。しかし、なまじっか、交換部品が手に入ることで、それに依存しており、近く、本格的なメンテナンス、全面的なオーバーホールが不可能な状況にあり、それが2025年に差し迫っていることが紹介されている論考と言える。
また、アエロフロートが自社の使用する米欧製の航空機のオーバーホールのため、イランの企業に依存しようとしたが、満足できなかった、という紹介は、航空機生産国である、あるいはあったロシアとしては、極めて悲惨な状況になっていることを示唆しているといえよう。ロシアは、かつてソ連時代には、ソ連圏内で自給的に当時の先端製品としての工業製品を生産できた経済ということができたが、それは遠い過去のこととなっていることを、この事例は示唆している。
兵器の最終製品については国内生産が可能だが、その他の工業製品については、民需用は航空機も含め、グローバルな経済圏に依存する、軍需製品生産と一次原料の生産に特化した経済に現在のロシア経済がなっていること、旧ソ連圏経済の中の旧ソ連経済とは、全く異なった経済であること、これを如実に示している論考である。これがわかっていないのか、それとも、それが問題になるほど、ウクライナ侵略戦争は長引くことはないと思って始め、引くに引けなくなっているのか、私は後者だと思うが、何れにしてもプーチンは自らの持つ経済力の限界を全く理解していない、あるいは理解しようとしない権力者だといえよう。あるいは理解しているが、なんとかなると勝手に夢想していた権力者なのかもしれない。
たとえ、当該工業製品を自国内で生産できなくとも、日常的な生活用品であれば、米欧の製品が輸入できなくとも、中国やトルコの製品の輸入で、機能的に十分代替可能であろう。また、当面の補修用のパーツであれば、自国内で生産できない最新の工業製品についても、イミテーションパーツや闇ルートを使った補修用パーツの輸入で、高価格になるが、ある程度代替可能であろう。この点を民間航空機という、最も高度な工業製品で示したのが、この論考と言える。
しかしながら、本格的な更新は不可能であり、補修を重ねることで製品の機能劣化が生じ、さらには十分なメンテナンスが維持できず、通常の使用が不可能となる時期が、遅かれ早かれやってくる。民間航空機の場合は、それが2025年、ウクライナ侵略開始から3年でやってくるというが、この論考の結論である。
先にこのブログでも紹介したように、大同小異の現象が、先端的工作機械等でも生じており、ロシアの工業生産の展望は、当面表面的な工業生産指数等の動向としては順調に見えても、質的な変化と長期的な継続性の問題があり、近い将来、大きな転機、まともな工業生産の途絶が生じる可能性があるということであろう。
ますます、第2次世界大戦末期の日本工業の状況に近づいているということであろう。アメリカ製の工作機械の輸入が途絶し、その機能の劣化を修復できずに部品の金属加工をせざるを得ず、設計図通りの性能を出せなくなった当時の日本製戦闘機のように。
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