2024年5月14日火曜日

5月14日 FT「ロシアの旅客機は、いかにしてまだ飛べているのか?」を読んで

 Cook, C., S. Pfeifer & P. Ivanova, How Russian passenger jets are still flying’ 

FT BIG READ. TRANSPORT, 10 May 2024, p.13) を読んで

渡辺幸男

 

この特集は、「ロシアのジェット旅客機は、いかにして、まだ飛んでいられるのか」というタイトルで書かれ、その見出しによれば、「FTの調査によれば、経済制裁は交換部品の輸入の崩壊を引き起こしている。しかし、航空会社は国際的な密輸ネットワークの手助けを受け、ロシアで部品を手に入れる新しいやり方を見つけ出している」ということである。

 

 この論考の中身は大変興味深い。どのような形で旅客機の交換部品が持ち込まれているかを、事例を示しながら紹介している。もちろん、正規の輸入ルートではなく、闇ルートであり、航空手荷物としても持ち込まれていると述べ、その担い手を具体的に紹介している。さらに、ロシアの民間航空機の圧倒的部分がエアバス製とボーイング製の旅客機であることを統計的に示し、また、ロシアのアエロフロートに次ぐ2番目の航空会社S7の航空機部品輸入がウクライナ侵略に伴う制裁開始以降極端に減少していることを、通関統計を使って示している。

 さらに、非正規ルートを使って部品を手に入れている事例を紹介し、完全に輸入が止まっていないことを示すと同時に、その購入価格が通常の価格の数倍以上であることも示している。その上、2025年には輸入旅客機の全面的なオーバーホールが必要となり、海外製の旅客機を失うことになると指摘している。それを避けるために、アエロフロートは、エアバスA330一機を試験的にイランへと送ったが、そのオーバーホールは十分には満足がいくものではなかった、とのことである。

 そして最後のパラグラフで、元パイロットの発言として、何年も前からロシアは国内生産に取り組むべきだったとし、海外製旅客機を修理することはできないし、それに取って代わる航空機はないとし、「その結果としての問題は、旅客機が毎日墜落することを目撃することになるというどころか、全く飛べなくなるということになりそうだということである」と締めくくっている。

 

 ロシアの産業の現状、これをロシアの航空産業の実態と航空機産業についての米欧への依存の深化の状況を、航空機部品が、5倍以上の高価格でだが、なんとか闇ルートで手に入ることで、民間航空産業が現状では維持されている状況を示している。しかし、なまじっか、交換部品が手に入ることで、それに依存しており、近く、本格的なメンテナンス、全面的なオーバーホールが不可能な状況にあり、それが2025年に差し迫っていることが紹介されている論考と言える。

 また、アエロフロートが自社の使用する米欧製の航空機のオーバーホールのため、イランの企業に依存しようとしたが、満足できなかった、という紹介は、航空機生産国である、あるいはあったロシアとしては、極めて悲惨な状況になっていることを示唆しているといえよう。ロシアは、かつてソ連時代には、ソ連圏内で自給的に当時の先端製品としての工業製品を生産できた経済ということができたが、それは遠い過去のこととなっていることを、この事例は示唆している。

兵器の最終製品については国内生産が可能だが、その他の工業製品については、民需用は航空機も含め、グローバルな経済圏に依存する、軍需製品生産と一次原料の生産に特化した経済に現在のロシア経済がなっていること、旧ソ連圏経済の中の旧ソ連経済とは、全く異なった経済であること、これを如実に示している論考である。これがわかっていないのか、それとも、それが問題になるほど、ウクライナ侵略戦争は長引くことはないと思って始め、引くに引けなくなっているのか、私は後者だと思うが、何れにしてもプーチンは自らの持つ経済力の限界を全く理解していない、あるいは理解しようとしない権力者だといえよう。あるいは理解しているが、なんとかなると勝手に夢想していた権力者なのかもしれない。

 

たとえ、当該工業製品を自国内で生産できなくとも、日常的な生活用品であれば、米欧の製品が輸入できなくとも、中国やトルコの製品の輸入で、機能的に十分代替可能であろう。また、当面の補修用のパーツであれば、自国内で生産できない最新の工業製品についても、イミテーションパーツや闇ルートを使った補修用パーツの輸入で、高価格になるが、ある程度代替可能であろう。この点を民間航空機という、最も高度な工業製品で示したのが、この論考と言える。

しかしながら、本格的な更新は不可能であり、補修を重ねることで製品の機能劣化が生じ、さらには十分なメンテナンスが維持できず、通常の使用が不可能となる時期が、遅かれ早かれやってくる。民間航空機の場合は、それが2025年、ウクライナ侵略開始から3年でやってくるというが、この論考の結論である。

先にこのブログでも紹介したように、大同小異の現象が、先端的工作機械等でも生じており、ロシアの工業生産の展望は、当面表面的な工業生産指数等の動向としては順調に見えても、質的な変化と長期的な継続性の問題があり、近い将来、大きな転機、まともな工業生産の途絶が生じる可能性があるということであろう。

ますます、第2次世界大戦末期の日本工業の状況に近づいているということであろう。アメリカ製の工作機械の輸入が途絶し、その機能の劣化を修復できずに部品の金属加工をせざるを得ず、設計図通りの性能を出せなくなった当時の日本製戦闘機のように。

2024年5月5日日曜日

5月5日 FT Opinion Ribakova氏の議論を読んで

Ribakova, Elina, Russia’s new economy may end up prolonging its war,

FT Opinion(3 May 2024, p.17)から

を読んで考えたこと

 

渡辺幸男

 

ピーターソン国際経済研究所の上級研究員(non-resident senior fellow)等を務めるリバコワ氏の興味深い議論が、FTのオピニオン欄に掲載された。タイトルは、「ロシアの新たな経済は、この戦争を長引かせるかもしれない」というものである。中見出しには、「高まった軍事部門からの需要が、かつてない低い水準に失業率を引き下げている」とある。

 

議論についての私の勝手な要約的紹介:

リバコワ氏の議論は、まずは、ロシア経済について、経済制裁等がその経済を破壊することなく、経済軍事化によりロシア経済は依然成長していることを確認している。そしてこの成長は、専ら産軍複合体の拡大に依存しているとする。経済制裁は、ロシアの軍事生産をより高くつくものとしているが、サプライチェーン破壊等による決定的な制約要因とはなっていない。この戦争関連の生産を財政支出が支えている。直接的な軍事支出だけで本格侵略開始以前の3倍以上となっている、と指摘する。

 また、ロシアの軍事産業企業の数は、この戦争の前の2000弱から6000程へと増加している。これらの企業は、全体で35万人以上を雇用し、被雇用者では3シフト・週6日労働が基本となっている。給与も大幅に増額され、彼らは軍役からは免除されている。その結果、軍役の拡大とともに、これらの雇用が拡大し、失業率を2.8%というかつて無い低水準にしている。また、工業生産も金属製品、機械組立や化学製品分野で増大し、産軍複合体的拡大部分を構成しているとする。

 このような拡大は、地方政府によれば、工業団地の新設を含むような新工場の設立にもよっている。このような戦争努力の結果、雇用が拡大するとともに、ロシアの市民はプロパガンダ等によりこの戦争を支持しているだけでなく、雇用拡大等の実質的な生活水準向上を踏まえ支持を拡大することとなっている、と述べている。

 同時に、戦時関連活動への工業生産のシフトは、もはや循環的あるいは短期的あるいは政策的な結果ではなく、経済にとって構造的なものとなっている。このため、産業の軍事化を停止することは、経済のハードランディングを意味し、すでに権力を維持するために抑圧的になっているロシア政府は、経済軍事化を維持せざるをえないであろう。それゆえ、ロシア経済自体が、対ウクライナ戦争を長引かせる要因となるかもしれないとしている。

 

議論のまとめ:

 すなわち、このFT掲載の議論は、ウクライナへの本格的な侵略戦争を開始・遂行し、一次産品の輸出が維持されているロシア経済では、同時に軍事関連産業の生産そして雇用が拡大し、実質的ないしは本格的な経済拡大を実現し、国民の生活水準向上を実現している、と指摘している。そして、結果として、軍事関連の生産に依存する経済への本格的なシフトが生じており、簡単に平時経済に戻れる状況になく、ウクライナ侵略戦争はその意味でも長引くであろうということを指摘している。

 

私がこの議論から考えたこと:

 この指摘自体とその論理は、非常に納得的であり、私もその通りだと思った。問題はその先にある。私の持論でもあるロシア経済の非工業化論の視点から見ると、問題はそこにとどまらないことになる。旧ソ連経済は、まさに長期の一種の軍事経済であり、国家が主要な需要主体の一つとなり米国と並ぶ軍事大国を実現した。同時に当時の旧ソ連圏は、米欧からの市場経済での競争圧力に、直接にさらされることなく、個別企業として市場競争において生き残る努力をあまりしなくとも、長期的な発展を経済内の各部門の企業群のいずれもが保障されていた。

 しかし、現在のロシア経済は大きく異なる。市場経済ロシアが、ウクライナへの侵略戦争ゆえに、一時的に戦時経済化したに過ぎない。市場経済でありながら、非常時としてのウクライナへの侵略戦争維持のため、戦時経済化し、そのもとでのみ意味のある、国家需要に依存した軍事関連産業中心の工業の復活活性化が生じているのである。

 他方で、1990年代以降の市場経済化のもとで、市場競争の中で生き残ってきた工業企業は、ほとんどが現在の軍事経済化とは無縁の分野の企業であるといえよう。これらの企業では、その存在が経済政策的には無視され、中国やインドそしてトルコといった中進国工業企業との激しい競争に一層さらされることになる。そして、他方で、国家市場への依存の下でしか存立し得ないような軍事関連部門が、国家需要に依存して息を吹き返し生き延びたのみではなく、再生拡大しているということになる。しかも、この議論に書かれていたように、軍事関連製品を輸入依存することができないゆえに、それらの製品群は、より高価格で、優先的に需要されることなる。小ソ連工業の一時的再現である。この旧ソ連時代への逆行は、あくまでも一時的だが、どこまで戦時経済を長引かせられるか、どれだけの数の自国民を殺せることが可能かで、その期間の長さが決定され、政府としては長引かせることに意味を感じるような状況になりつつある、というのがこの議論の結論である。

これらのロシアの機械金属工業企業群は、国家の軍事需要がなければ再生産不可能な、それに順応した企業としての再生発展を、今実現しているのである。ましてや、この小論が主張しているように、数年どころか、それ以上にこの軍事需要依存の戦争需要が長期化することが、プーチン政権にとって、国民経済管理上も望ましいこととなると、見た目の工業生産水準の向上とは裏腹に、ロシア工業の平時の国際競争力は、ますます弱体化するということになる。戦争終了後、一挙にロシア経済の一層の非工業化が進展し、一次産品の輸出依存経済であり、高所得国になれきれないロシア国民経済の長期化という結果になろう。

一次産品依存の経済発展を一定程度実現し、国民生活水準の向上に、ある程度成功した中規模人口国の工業発展の行き詰まり、南米のどこかで見たような戦時工業化の戦後非工業化、その結果経済停滞に陥り、しかも戦時の繁栄を忘れならない相対的にかつての「豊かな」国民生活と経済の再現困難の長期化が生じ始めているのかもしれない、

 

ウクライナへの侵略戦争での軍需依存で旧ソ連時代の夢を「一時的に(でも)」再現したロシア工業、民需工業製品を中国等からの輸入に依存し、国民生活を維持し、工業生産としては軍需依存にますますシフトし、経済成長したロシア工業そしてロシア経済にとって、それゆえにこそ、この工業そして経済が平時経済下での国際競争力を持つ工業・経済へと転身ないしは再生することは、ますます遠い夢物語となろう。非工業化進展の外観上の一休み、そして、ウクライナ侵略戦争の維持次第が一休みの継続を規定し、それがロシア国民にとって受容可能な側面を持つということから、侵略戦争はより長期化しそうだというのが、この議論が描いた姿だといえる。しかも、そこから展望されることは、非工業化の一時休止以外の何者でもなく、その後の非工業化の急激な進展ということになる。

いずれくる戦争終結、勝ち負けを別として、その終結は、軍産複合体一辺倒のロシア工業の市場の一挙縮小、そしてロシア工業の最終的消滅、非工業化の完成、これらの可能性を示唆する議論でもある。