2021年8月15日日曜日

8月15日 日経記事「ホンダ早期退職 EV化の波映す」を読んで

山田遼太郎、阿部晃太朗「ホンダ早期退職 EV化の波映す」

(日本経済新聞記事、202187日、12版、p.7

 小見出し「部品半減、雇用8万人減」「サービス分野シフト急務」

「エンジン不要に」「ピラミッド崩壊」

*この記事の注目点

 ホンダがEV化への移行から、大幅な人員削減を行うという話がまくらとなり、EV化が国内既存乗用車産業にとって何を意味するかを紹介している記事である。EV化はエンジンを必要としなくなるということで、1台の車に必要とされる部品点数が大幅に減るということ、そのためホンダ自身も大幅な人員削減を必要とするということ、大手完成車メーカーがこれまで構築してきた「産業ピラミッドの重要性が薄れ」ること、開発設計に専念し、生産を他企業に委託するような異業種からの参入が増える可能性があること(これを「水平分業」と呼んでいる)、ホンダのみではなく乗用車産業全体で雇用が減る可能性が高いこと、などが述べられている。

 「産業構造」と題した下記の図では、ガソリン車の「垂直統合(ピラミッド)」からEVの「水平分業」へと移行するという図が掲げられている。

 

図 日経に掲載された乗用車の「産業構造」の図


備考:日本経済新聞8月7日付、12版、7ページでは、右側の図は右90度に回転し、消費者が右側に縦に描く形で縦型に示されていた。

出所:日本経済新聞URL2021814日閲覧

 

*気になる点1

 相変わらずの「垂直統合」と「水平分業」という概念と、その使い分け

 まずは、車大手の乗用車産業の構造を、「垂直統合(ピラミッド)」というのは、日経風に言っても不適切であろう。車メーカーと大手部品メーカー、そして中小部品メーカーというピラミッドになっているが、企業的にはあくまでも独立した企業であり、あえていうのであれば「垂直準統合」と「準」を入れることが必要であろう。日系企業の特徴は、垂直統合ではなく、独立企業であるサプライヤを系列化し、従属させることにあるのであるから。垂直統合というのであれば、かつての米系企業、GMやフォードの主要部品の内製化状況を意味してしまう。

 他方、全く訳がわからないのが、EVの分業図である。垂直関係の際には、発注と納品が別の矢印となっているのに対し、EVではメーカー間の関係が「受発注・納品」として一体化され双方向となっている。また、「IT大手など新興・異業種」も消費者に販売するというのであるが、同じレベルで「車メーカー」があり、これとも双方向に「受発注・納品」するとなり、また「部品メーカー大手」が車メーカーとやはり双方向に受発注するという絵になっている。ボッシュなどの大手部品メーカーが自社で独自部品を開発し販売している姿を念頭に置いているようだが、直に消費者に販売する、というのも奇妙である。

 内容的に私なりに理解すれば、異業種の大手企業の最終製品開発・設計そして組立てを受託組立て専門企業に委託する姿を、1つは描きたかったのであろう。そうであれば、組立て委託先は既存の車メーカーの場合もあれば、記事でも触れられているような鴻海精密工業のようなEMSという場合も考えられよう。

 また、右側の「水平分業」の図では、部品メーカーと並び、半導体メーカーがサプライヤ側に来ている。ピラミッドでの「中小部品」は、多くは特定加工に専門化した中小企業であるが、ここでの部品メーカーと半導体メーカーは、どのような存在と言いたいのであろうか。半導体メーカーは、半導体の組立てだけのファウンドリといった受託生産企業なのか、それとも開発設計も行う企業なのか。少なくとも、左図の中小部品の多くは、発注側の指示に従い、部品の特定の加工を行う受託生産企業であり、部品の開発・設計機能は限られている企業である。

 左右で企業関係は、どのように違うのであろうか。左図では、下部の企業は上部の企業の作成した図面に従って、受託した加工を行う企業群である。右の図には、そのような存在では無くなったということであろうか。自社で開発設計する企業ばかりということか。2次や3次のサプライヤの存在としては、EV化しても加工サービスを提供する企業が中心であり、部品の開発・設計とは無縁の企業群であろう。ただ、その受託先の企業群が大きく変わり、より広域的に受発注関係が展開する可能性が高い。

 

*気になる点2

垂直準統合としての系列の解体と、EV化によるサプライヤの全面的な再編・大幅減少とは、まったく異なる現象な筈だが?

 日本の乗用車産業でかつて主要な関係であった系列関係は、トヨタ以外は、すでにほぼ完全に解体している。

 しかも、EV化は、系列企業であるかどうかには関係なく、必要なサプライヤ層の内容を大きく変えることは確かであり、また、必要な量も変える可能性が大である。これまでの金属の加工中心の2次サプライヤ層は、大きく、その必要性を減らし、電気、電子関連の部品メーカーやサプライヤ層に大きく入れ替わる。

 このような変化と、もうすでにトヨタ系以外は解体してしまっている系列関係の変化とが、同時に進行しているかの如く、あるいは表裏一体の現象であるかのように描いていることが、下請系列問題を議論してきた私から見たら、この記事の最もおかしな部分、奇妙さの中核である。

EV化は、従来の乗用車の生産体系を、誰が担っているか、系列化されているか、内製部門であるか等とは関係なく、その生産体系を根本的に変える。また完成車を設計・開発し、かつ最重要部品であるエンジンを開発生産している現在の完成車メーカーの主導的な立場を大きく変える可能性が存在する。そのような状況変化の可能性に抗い、完成車メーカーとして、従来からの主導権を維持しようとしているのが、トヨタ自動車とその系列部品メーカー、すなわちトヨタグループであり、日系完成車メーカーで唯一、そのために莫大な開発投資をしているというのが、40年来の研究仲間である清晌一郎関東学院大名誉教授による、この8月の中小企業学会東部部会での報告の主張の1つである。

 系列関係は、日系完成車メーカーに見られた特徴的な分業構造であったが、すでに大きく変質し、トヨタグループ以外では、存在しなくなったといえる。その象徴が、日産系列の中心部品メーカーであったカルソニックカンセイが、米国の投資会社KKRの子会社に2017年に買収され、2019年に商号としてもマレリとなったことであろう。

また、多国籍企業化した乗用車メーカーといえども、日系乗用車メーカーの場合、日本国内の主力工場は機械工業関連の国内基盤産業を前提に、そこの中で系列取引関係を構築していたといえる。EV化は、国内基盤産業をサプライヤ層再編の1つの前提にしているのであり、電気・電子機械工業関連中心の活用へと基盤産業内での利用が大きく再編されるものと、国内生産については見ることができよう。

 

*気になる点3

 乗用車産業の基盤産業での東アジア大への広がりと、モジュール化の可能性

 基盤産業としてみると、電気・電子機械関連のそれは、これまでの乗用車関連の基盤産業以上に、より広域的に、東アジア全域に広がっているとみることができる。調達範囲が地理的により広域的なものが、その製品の性格から多いといえる。同時に、物理的な機能に対し、電気・電子的な機能は、標準化され、全体との関連のもとですり合わせ的に開発される必要性は低く、モジュール化しやすいと言えそうである。それゆえ、標準品をベースに多少の補足的改良を加えることで、個別的需要に対応可能となるし、そうすることで、極端に単位当たりコストを低くすることが可能であるという特徴を持つ。

 既存の内燃機関の乗用車でも、バッテリーやプラグといった電気部品あるいはタイヤといった部品は標準化され、モジュール化されている部品である。EV化ということは、このようなタイプの部分が、駆動部分を始め、制御系統で多数化し、するということであろう。外観を規定する車体部品については、車種ごとの開発ということになろうが。中身は、モジュール部品中心となり、基本的にモーターと制御機器とそれを格納する車台として、規格化が業界横断的に進むであろう。いまでも、企業ごとには規格化が進んでいる部分が、EV化を機に、業界横断的にこれまで以上にグローバル大で進展するということであろう。

トヨタとそのグループ企業群はこのようなEV化の部分に抵抗することは目に見えているが、トヨタといえども、グローバルな意味での乗用車産業でのシェアは過半には程遠い、GAFAの世界ではない。低価格化されモジュール化された車台が広範化すれば、かつて半導体で見られたように、標準化された低価格品をベースに開発された製品が、見た目の差別化を伴いつつも、一般化するであろう。MTK(メディアテック)によるプラットフォーム提供下での山寨携帯のように。特に巨大化した中国市場と巨大化するとみられるインド市場では。

携帯電話の後のスマートフォンでは、アイフォーンが高級少数派であり、トヨタが目指せるのは少数派としての高級機種、「アイフォーン」レベルの少数派ということかもしれない。量的な多数派は、アンドロイドを使用し、クアルコムそしてMTK(メディアテック)等を利用した中価格や低価格スマホであるというのと同様に、ニーズに応じた機能面で差別化を実行しつつ、基本は同じ部材を使用した乗用車群ということになるかもしれない。

あるいは、インテル・インサイドの世界の乗用車版の出現か。最先端の駆動システム、PCでのインテルMPU、自転車でのシマノの駆動システム、これが乗用車で生じることも、十分ありうる。ここでも、アップルはPCでも特異機種であり、一定のシェアを確保する少数派、これがトヨタの目指すものか。それでもグローバルに実現できれば、十分な大きさとなる。アップルのMacのように。

 

*気になる点4

EV化を中小企業との関連で、どのような視点から考えるべきか

1つは、基盤産業との関連の変化が問題である。東アジア大の基盤産業の中で国内の基盤産業も位置付けられる可能性が大きい。この点が基盤産業を構成する日系中小企業にとっての大きな問題となろう。もう1つは、日本市場でのEV化を主導する企業はどのようなタイプの企業であるかが、大きく日系基盤産業中小企業の中での命運の差異に関わってくる。

 日系企業の場合、乗用車と電子・電気機器完成品の巨大既存企業中心であり、テスラタイプの企業の登場は困難だし、中国のようなLEV(簡易型EV)メーカーの簇生の余地・見通しはない。またその発展系だと私は勝手に想像しているのであるが、低価格EV、中国の柳州五菱の宏光のEVのように極端な低価格の街乗りEVが、中国系メーカーに伍して日本国内で発展し量産を実現するとは思われない。佐川急便が採用しようとしている小型EVも、中国製EVをベースとした一部改造特注品のようである。

 このように見ると、携帯の二の舞が、トヨタ以外では起こる、というのが日系乗用車メーカーのEV化下の、最も可能性の高いシナリオかもしれない。日系企業で残るのは、トヨタを除けば、例えば、日本電産のような関連部材メーカーであり、半導体製造設備メーカーのような関連設備機械メーカーだけかもしれない。ただ、それらの日系企業の開発拠点は日本国内に残るとしても、主力生産工場は、EV市場の最も大きな中国や北米となるのかもしれない。すでに日本電産の工場がそうであるように。そして、トヨタにとっての可能性は、EV化乗用車でのアイフォーンになれるかどうか、これが生き残りにかかっているということかもしれない。

ちなみに、アイフォーンの生産は、企画開発と販売は、アップル社の本社のある米国だが、生産はEMS大手鴻海精密工業等への委託生産で、製造現場は中国中心となっている。同様に、トヨタの主力生産拠点が日本に残る理由は、ますますなくなる。今でもトヨタ車の過半の生産は非日本立地工場群が担っているのであるが、それが主力工場の立地の1つとしての日本国内もなくなる可能性も、大といえよう。世界中から電子・電気部品を調達し、主要販売市場近くで、組立て販売し、車体関連の部材の加工工場群は組立工場の近くに立地する。これが一層乗用車生産では当たり前になる可能性が大である。日本市場は、その意味では中規模であり、中国、北米、EUそして近未来のインド市場の大きさには至らないことは確かであり、日本国内立地の工場が主要工場として残るかどうか。かつてオーストラリアに大手乗用車メーカーの組立工場が複数立地し、オーストラリア市場を確保しようとした。しかし、今は、より大きな市場内に工場立地し、そこで生産し、オーストラリアに輸出する形となっている。これがEV化で、相対的により大きな日本のような市場でも生じる可能性が、大である。インドでの乗用車生産工場の新規立地は考えられても、日本国内でほとんど考えられない。むしろ、旧来工場の陳腐化につれ、オーストラリア市場なみに組立工場の撤退となる可能性が大きいのである。開発がらみの工場を1つは日本国内に残すとしても。

 こうなると、サプライヤ層のアジア大での分散立地どころではない。現在の国内主力産業である乗用車産業の量産工場の国内からの消滅ないしは急減ということになる。自国系乗用車だが、完成車としては輸入産業化するということになる。アメリカでは、アップル社が典型であるように、世界市場で覇を唱える「製造業企業」が、開発設計と販売に特化し、生産は国外の最適立地工場、さらには海外企業の海外工場に任せることが一般化している。TSMCや鴻海精密工業に依存しているように、他企業の海外工場に依存する。これが乗用車でも生じる可能性が示唆される。乗用車の場合は、EV化しても、輸送コストの大きさから、集中製造拠点が、台湾ではなく巨大市場である中国や北米といった主要乗用車市場に限定されるという違いはあると思うが。

 

*まとめにかえて

近未来としての状況可能性の検討のために必要な事項

 現在の乗用車産業ないしは四輪自動車産業が、産業連関的に、国内において製造設備機械産業や基盤産業に対しどのような大きさ、位置を占めているか、まずはそれをきちんと確認することが必要であろう。現在でも、海外調達の部分が金型等を含め部品でもあるはずであるから、日系企業かどうかを別にして、どこから調達しているかを、国内から調達しているかどうかを軸に整理する必要があろう。業種別の生産額ではなく、少なくとも産業連関表的に、部材調達を国内でどの程度しているか、それを確認する必要があろう。

 その上で、必要なのは、電子・電気部品に置き換わったとき、その調達が国内でどの程度となり、海外調達へシフトするものがどの程度か、より具体的に部材を想定して、議論する必要があろう。

 利用される基盤産業が機械加工的なもの中心から、電気・電子部品関連のものへとシフトするだけではなく、調達される地域も国内外でのウエイトが大きく変わる可能性がある。この点も考慮することが、国内基盤産業中小企業にとっては、極めて重要である。そのための一応の想定としては、国内生産の乗用車台数は大きく変わらないことが指摘される。しかし、当然のことながら、本来、これも大きく変わる可能性がある。部材の調達がより地理的制約を受けないのであれば、アッセンブリー工場の地理的立地も大きく変わるであろうから。

 さらに、中期的には、アッセンブリー工場が乗用車巨大市場へとシフトした場合、どの部分が国内生産として維持発展するのであろうか、量産電子機器の歴史的推移を念頭に、改めて考察する必要があろう。

 

 以上、日経の記事から、私なりに勝手な発想の展開を行った。これまでの議論との繰り返しも多いが、少しは、新たな論点が加わったのではないかと、勝手に思い、ブログに掲載した次第である。 

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