私の中小企業研究「社会的分業と中小企業」
2020年10月10日と11日の両日に、日本中小企業学会第40回全国大会が、駒澤大学の長山宗広教授を準備委員長にオンライン開催されました。その際、11日の統一論題報告が40回記念として企画された中で、私は「社会的分業と中小企業」というタイトルで報告の1つを担当しました。以下の文章は、その内容として、前もって座長宛に送付したものです。
私がこれまで考え行なってきた中小企業研究、実態調査研究の成果の中から、最も中核的な部分である山脈構造型社会的分業構造という概念図について、それを導き出した経緯と、私自身が考えるその意味をまとめたものです。中小企業学会会員以外を含め、関心があるより幅広い方々に、もしおられればですが、見ていただきたいと考え、改めて当ブログに掲載することを考え、全国大会事務局から許可をえ、ブログにアップした次第です。
報告そのものでは、オンラインとはいえ、30分間という長時間、実際は時間超過し35分間喋ってしまったのですが、長い時間しゃべり続けて、声が少し変わってしまいました。大学で講義を担当していた時には、90分間マイクなしに100名以上の学生を対象に喋っていて、なんら問題が生じなかったのですが。それは昔々のこととなったことを痛感した次第です。定年退職が2013年3月、もう7年以上経ちます。その間、講義めいたことは全くせず、大学院の演習で多少しゃべりましたが、それからもだいぶ経ち、近頃は、コロナ禍もあり家に籠り、妻との多少の会話が中心の毎日です。喉は大きく変わった、と痛感した次第です。
なお、本稿は、学会論集に投稿予定の原稿そのものではなく、統一論題で大会当日報告した内容で見ると、その3分の2から半分に留まる縮刷版です。また、最初の投稿日は10月13日となっていますが、図の掲載に失敗したため、17日に完成稿をアップしました。そのため、タイトルは17日となっています。
【統一論題報告】
社会的分業構造と中小企業
渡辺幸男
序
本報告では、私のこれまでの研究方法を簡単に述べ、その具体的事例として、日本の機械工業の社会的分業構造としての山脈型社会的分業構造図に至った経過を紹介したい。
1、私の中小企業研究の方法
① 私の中小企業研究の方法は、マルクス経済学の経済理論の基本的枠組みを踏まえ、実態把握を論理的理解へと昇華させる方法といえる。すなわち、マルクス経済学の経済理論での(国民経済の下での)市場と諸資本の競争という枠組みから、中小企業を中心に産業そしてそのダイナミズムを見ていくという方法である。
市場と諸資本の競争を、それぞれの国民経済の制度的・歴史的環境を背景に考察し、各国経済について、中小企業を中心において、各産業のあり方とその発展を考察する方法とも言える。中小企業からの視点を軸にし、裾野産業・基盤産業等を重視し、それをも通して産業を理解し、産業発展を理解する方法の有効性、必要性から、このような方法を採用した。
② 私の研究対象となる中小企業は、多数で多様な中小企業層の全体であり、多数・多様な中小企業群による模索の重要性を認識し、重視している。それゆえ、層としての中小企業に着目し、産業のダイナミズムを考える方法とも言える。特定のタイプの中小企業、例えば、中小企業全般ではなくベンチャー等にのみ注目するといった研究方法ではない。
③ さらに、自らの目で見、足で稼いだ「実態」について、自ら把握したことに基づき、それを論理的に整理したものにより、既存の議論を批判的に検討するという方法でもある。自身としては、「ただもの論(唯物論)」と自称している方法である。まずは、機械工業零細企業の存立論理でこのような方法を試み、それを、戦後日本の機械工業を中心とした下請系列取引関係についての理解に応用し、次いで、日本の機械工業の社会的分業構造の理解に適用した。その結果、日本の機械工業の社会的分業構造を山脈構造型社会的分業構造として把握する議論となった。それが、拙著『日本機械工業の社会的分業構造』(有斐閣、1997年)として結実した。
2、私の研究事例 「(日本の)機械工業の社会的分業構造の理解」
① 日本の機械工業の社会的分業構造を、私は、「中小企業の存立する市場と競争相手」の視点から理解するように努めた。すなわち、それまでの多くの研究が依拠していたような、特定の完成品機械分野の大企業にとっての下請分業構造の一部として、中小企業群を見るのではなく、まずは、中小企業それ自体の存立実態が、具体的にどのようなものであるかを見ることから始めた。その結果、「機械工業」では、機械金属工業の製品が多様なだけではなく、素材生産から部材生産そして完成品生産に至る川上から川下まで、その流れが錯綜しており、完成機械ごとに社会的分業を括れるような形で、機械工業の社会的分業は存在していないということが確認された。これこそ、実態を通して、その存在から確認したことの第一の点と言える。
② この状況は、完成機械分野ごとにみていた旧来のピラミッド型の社会的分業構造概念図では説明不能ないしは表現不能なことである。ピラミッド型として表現することで、社会的分業を担う(中小)企業の存立の場(市場)とそれぞれの競争相手について誤解が生じる可能性が大きくなる。たとえば、特定の機械製品用の完成部品をもっぱら(企画開発し)生産供給する企業については、当該完成品機械分野と一体化したものとして把握しても、誤解を招くことは生じない。しかし、多様な製品に供給可能な、特定加工に専門化しているような(中小)企業については、特定機械分野にのみ繋がっているかのように表現することは、その存立する市場と競争相手について実態とズレることになり、誤解を生じる可能性が強いことになる。
実態を踏まえ、錯綜した取引関係の存在を表現しようとするならば、誰が誰と競争しているかを論理的に提示することが可能な概念図が必要となる。それこそ、私が提起した山脈構造型社会的分業構造概念図であった。
3、ピラミッド型社会的分業構造概念図と山脈構造型社会的分業構造概念図
① いわゆるピラミッド構造型の社会的分業構造図について、実態を踏まえた詳細な図の典型的な事例としては、以下のような図がある。これは、特定完成品機械大企業(分野)を核に、当該完成品機械が生産されるための社会的分業構造を表現した図で、『昭和53年版中小企業白書』に掲載されていた。そこでのサプライヤー層の調査は、極めて綿密かつ丁寧に行われ、精度の高いものとなっている。
図 昭和53年版白書における自動車産業の社会的分業構造図
出所:中小企業庁編『昭和53年版中小企業白書』(1978年)168・169ページ
この『白書』の本文では、本図は以下のように説明されている。「自動車(乗用車)工業を・・・みると、下請企業が親企業と相互依存の関係を持ちながら緊密にかつ多層の協力関係を形成していることが示されている。すなわち、親企業1社の下に一次下請171事業所、二次下請延べ5,437事業所及び三次下請延べ41,703事業所が分業体制を構成している。・・・このように自動車工業における分業構造は網目状の様相を呈している」(同書、167ページ)
A社の(社会的)分業構造として、完成車メーカーからの視点により、完成車生産に至る階層的な社会的分業構造が描かれている。それゆえ、他の完成機械等の分野とのつながりの存在や可能性は全く言及されておらず、階層的な社会的分業構造全体が乗用車工業(それもA社1社)に包摂された形で描かれている。そこでは、2次や3次の下請(中小)企業の多くについて、特定加工への専門化している姿が明示的に描かれている。しかしながら、それらの特定加工専門化(中小)企業が乗用車工業以外の産業企業との取引を保有している、あるいは取引可能であるという機械金属工業の基盤産業的認識は示されていない。乗用車工業の中にあくまでも包摂されている存在として示されている。乗用車という完成品生産単位で、特定加工専門化企業群も存在しているかのように描かれ、そのように認識されても仕方がない形の図でもって描かれている。
これは、基本的に最終完成品を生産する巨大完成品機械メーカーの側からのみ社会的分業構造を見ていることから、このように見えてしまうことがほぼ必然的に生じてしまうとも言える。世界最大の単品巨大市場である乗用車生産企業からみれば、全ては乗用車に向かっている川上工程ということになり、乗用車のため(だけ)に加工専門化(中小)企業も存在すると、認識されてもおかしくないし、それを反映した図とも言える。
実際、私自身、当初は(実態調査を本格的に行い、多様な製品分野とつながりを持つ小零細企業層の存在を知るまでは)、このような社会的分業構造として、機械工業各製品分野の社会的分業構造を認識していた。
② このピラミッド構造型の社会的分業構造図に対し、実態調査を行うことにより、根本的な疑問が生じたのである。特定加工専門化小零細企業群についての自らの実態調査を踏まえ、これら上記の図に描かれている特定加工専門化(中小零細)企業にとっての「市場と競争相手」を見るならば、当該(中小零細)企業が専門化している加工をおこなっている企業群全体が競争相手であり、市場は、完成品単位で存在するのではなく、当該企業が専門化した加工ごとに存在していることが見えてきた。
機械金属工業の種々なる完成品の生産の中で必要とされる特定加工専門化企業群、特に種々の機械加工に専門化した(中小)事業所(企業)が、業種分類上の恣意的な分類事情によって、特定完成品のみの社会的分業構造の階層の中下層を形成するかのように示されているのが、ピラミッド型社会的分業構造把握である。また、これは機械加工専門化事業所(企業)が専ら業種分類上の恣意的な理由により、特定加工に専門化していることではなく、最も多くを受託している特定製品の業種に分類され、完成品機械ごとに業種分類されることによると認識される。同時に、機械金属製品向けにプレス加工部品を供給したりメッキ加工を行っている事業所(企業)は、どのような製品向けが主力であるかは関係なく、専門化している加工で業種分類されてしまうことになる。先の白書の図で2次や3次で特定加工に専門化してる事業所のうち、プレス加工等に専門化している事業所は、乗用車向けだけの生産に特化していても、業種分類上は、自動車部品の細分類業種どころか機械工業関連の中分類業種に分類されることなく、中分類24の金属製品製造業に分類され、機械工業分野の1つとしての自動車生産に特化していることは、業種分類上では完全に無視されることになる
それゆえ、専門化と市場と競争の関係を、改めて概念図化して示す必要が生じた。そこから私のいう山脈構造型社会的分業構造概念図が生まれたのである。これによって、これまで底辺産業として、あるいは基盤産業として言われてきた小零細企業群が、何故、一国経済の機械金属工業全体にとっての「底辺」であり「基盤」であるのかも、より明らかにされた。これに、多様な取引関係のあり方が加わったのが、下に示した私の最終的な概念図となる。
この図で言わんとしていることの1つは、機械工業の各製品生産分野さらには特定完成品向けの完成部品生産分野は、それぞれ自立した産業分野を形成している。しかし、同時に、汎用部品生産企業群や特定加工専門化企業群については、機械工業さらには機械金属工業全体によって共同利用されている、ということである。それゆえ、特定加工専門化企業は、自企業が主として関わっている特定完成品機械向けの同様の専門加工企業と競争しているだけではなく、他の製品向けの同様な加工に専門化している企業とも競争している。また、特定加工専門化企業の多くは、特定製品の部品等の部分加工を行うだけではなく、多様な製品向けの部品について同様な加工を受託加工している。さらには、需要の変化に応じて、業務内容を大きく変えることなく、全く異なる機械向けの生産に従事することが可能である。工業統計表等の業種別集計では、このような行動は中分類ないしは小分類業種レベルでの特定加工専門化事業所(企業)の業種転換として表現されてしまうことも多い。しかし、この場合の業種転換は、主要取引先が変わり、その取引先が生産する完成機械としての製品が大きく変わっただけで、特定加工専門化事業所(企業)の業務内容はほとんど変化していないことになる。この点をも表現した概念図なのである。
他方、同じ特定加工の専門化し、完成機械メーカーないしは完成機械部品メーカーから特定加工を受託している事業所(企業)であっても、機械加工ではなく、プレス加工やメッキ加工に専門化している事業所(企業)は、先にも触れたように、業種分類上での扱いが全く異なっている。これらの事業所(企業)は、もともと専門化している加工に従って業種分類され、主として携わっている部品がどの完成機械に使用されるかによっては業種上は分類されない。そのため、こちらの側は、業種分類別でのカウントでは、当該事業所がたとえ特定完成機械関連の部品加工に専門化していても、当該完成品の属する業種に属する事業所としてカウントされないことになる。また、受注先企業の主要製品が大きく変化しても、当該加工専門化事業所(企業)の業種分類には、全く変化がない。
例えば、自動車部品だけのプレス加工あるいはメッキ加工に専門化している事業所(企業)は、他の完成機械がらみの加工を行っていなくとも、自動車部品の機械加工に専門化している企業が分類される「3113自動車部分品・附属品製造業」には分類されない。そうではなく、中分類業種も異なる「2451アルミニウム・同合金プレス製品製造業」や「2452金属プレス製品製造業(アルミニウム・同合金を除く)」、また「2464電気めっき業(表面処理鋼材製造業を除く)」といった細分類業種に分類され、どのような製品の部品を加工しているかについては、業種分類に全く反映されない。
上記の山脈構造型社会的分業概念図は、まさに、1990年代半ばの私のパソコンでの図形作成能力の限界が露呈している図であるが、この図で言いたいことの主要な点の一方は、上記のことである。
4 結論
実態調査を通して得た具体的な存立形態の情報を論理的に整理し、それを踏まえ既存の機械工業での社会的分業についての概念図を書き直すことで、機械工業の基本的なあり方についての認識を、より正確に把握することが、あるいは実態を知らない人が、図を見て誤解した理解に陥ることを避けることが可能となった。このように言えよう。
付論1
また、このような理解を通して、改革開放後の中国の産業発展を見た時、その潜在的可能性を理解することができた。すなわち、機械工業の基盤的部分が、技術的には遅れているが、すでに幅広く自生的に存在し、それを活用することで、中国での新市場の発掘に長けた起業家による新規創業企業が、自らが発見し開拓しようとする中国市場にとっては新製品である市場に容易に参入可能である理由を理解することが可能となった。
中国では、個別の企業の技術水準は、同時代の日本の特定加工専門化企業群と大きく異なっていたが、機械金属工業にとっての基盤をなす特定加工専門化企業群が、多様に多数存在し、相互に競争していた。それゆえ、完成機械や完成部品について、独自の市場を開拓しようとする起業家にとって、自らの企画する製品を具体化するための要素技術を、国内で安価に入手することができたのである。これが、ある時代までは、改革開放下における中国の機械工業発展を容易にしたものといえる。このような発見を中国での調査を通して実現できたのも、上記のような機械金属工業の社会的分業構造についての理解を、日本での実態調査を通じて得ていたことによると言える。
付論2
山脈型社会的分業構造図には、上記の企業(事業所)の専門化の表現を主内容とする社会的分業それ自体についてとともに、今1つ、下請(系列)取引関係等の企業間の取引関係を表現する内容が含まれている。今回の港氏の報告と重なる部分についての、私の理解を表現するものでもある。それについては、私の報告に与えられた時間の関係もあり、本日は、全面的に割愛することにした。
今回の大会が、当初の予定のように、駒澤大学で開催されたのであれば、各自の報告の後で、報告者等による討論が予定されていた。そこで可能あれば触れるつもりであった。が、残念ながら、その機会がなくなり、港氏と私の学会での論争の続編を展開することは不可能となった。
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